少年の最後の闘争

    作者:るう

    ●大分県別府市、鶴見岳山頂
     それは独り山頂に佇み、麓の景色を見下ろしていた。
     眼下に広がる灯りは別府市街。夜なお明るき人の営みを、彼も愛していた頃があったに違いない。
     が……それも今は昔。
     彼――人間大のヤマネコとしか言いようのない怪物は、自分でも気づかぬうちにかぶりを振った。そして足元の大地を幾度か前足で叩いて確かめると、静かに目を瞑って天を仰ぐ。
     時は来た。
     彼の全身を、炎が包む。己自身から生まれた炎は、彼をたちどころに焼き尽くす。
     大地と同化するように崩れ落ちた彼は……おお、ガイオウガよ、きっと永遠の歓喜に満ちるのだ!

    ●武蔵坂学園、教室
    「時は来た……サイキック・リベレイターの力を受けて、俺の全能計算域(エクスマトリックス)がイフリートの動きを察知した!」
     神崎・ヤマト(高校生エクスブレイン・dn0002)の指先が、壁の日本地図の一点を指す。大分県別府市の活火山、鶴見岳……今までも幾度もイフリートらが活動していた、彼らの首魁『ガイオウガ』の眠る地だ。
    「イフリートは鶴見岳山頂で自死する事で、ガイオウガの力との合体を目指してる……これが繰り返されればガイオウガは力を取り戻し、早い段階で完全な状態として復活してしまうだろう! 鶴見岳に現れるイフリートを迎撃しガイオウガとの合体を防ぐのが、お前たち灼滅者に課された宿命だ!」

     こうして鶴見岳にやってくる中に、一頭のヤマネコ型イフリートがいる。夜、鶴見岳と西の由布岳に挟まれた県道を南下してきた彼は、鶴見岳西登山口から東進し、南平台と鞍ヶ戸岳に挟まれた涸れ谷を、一気に鶴見岳山頂まで駆け上るようだ。
    「大きな地図で見るとこの谷、途中に砂防ダムみたいなのがある?」
     姶良・幽花(高校生シャドウハンター・dn0128)に訊かれると、ヤマトはそれこそが絶好の作戦ポイントだと強調した。
    「砂防ダムはお前たちの姿を、イフリートの目から隠すだろう! さらに堤体を敵が跳び越えた瞬間は、奇襲機会としても有効だろう!」
     もっともヤマトが言うところには、このイフリートはかつて、セイメイの陰謀を潰すために灼滅者たちと共闘した事がある個体だ。敢えて戦わず、上手く友好を深めた後に見逃す事で、彼が合体したガイオウガ自体を友好的な関係に近づけられるかもしれない。
     恐らくイフリートにとって、ガイオウガと一体化する事は最大の喜びなのだろう。
    「それに対してお前たちがどのようなやり方で影響を与えるか、俺にはお前たちの意志が試されているように思える!」


    参加者
    華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)
    紅羽・流希(挑戦者・d10975)
    秋山・清美(お茶汲み委員長・d15451)
    鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)
    奏川・狛(獅子狛楽士シサリウム・d23567)
     

    ■リプレイ

    ●炎の棚引き
     煌々と燃える一粒の炎が、木々の間を激しく照らす。まるで、導火線を伝う火のように。
    「来るね……ちゃんと、止められるかな?」
     姶良・幽花(高校生シャドウハンター・dn0128)の手の中に汗が滲む。
     いや、ある意味ではかのイフリートは、導火線そのものであるのかもしれぬ。ガイオウガという巨大な爆弾を点火する、一つの切っ掛けであるという意味では。
     そこには人とは根本的に異なる死生観が働いているように、鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)には思えてならなかった。
    (「彼らにとっての融合は死というよりむしろ、ガイオウガと共に生きる自然な行為なんだろうな」)
     けれど、たとえ価値観こそ違えども、生きるために足掻き、同胞のために戦う事だけは変わるまい。
     思わず隣の秋山・清美(お茶汲み委員長・d15451)を見た。まるで戦争映画から出てきたような、もんぺにセーラー服姿の少女は、胸の前で手を組み、祈るように目を閉じている。
    (「あれは……前にイフリートと会った時にしてたという格好ですね」)
     たとえ、ほんの僅かな絆でも。彼女はそれが育つのを願っているのだろう……そんな風に奏川・狛(獅子狛楽士シサリウム・d23567)には見える。今、狛にできる事はたったの二つ、その祈りを誰にも──ガイオウガにも、イフリート自身にも邪魔させない事と、清美を信じる事くらい。

     それらは全て、短い思索であったはずだ。けれども、炎はもう、ちょうど林から涸れ谷に移らんとしているところであった。無言で小さく合図した後、全員に息を潜めるよう促す紅羽・流希(挑戦者・d10975)。
    (「どのような結果になろうと、後悔だけはないようにしなければなりませんねぇ……」)
     のんびりとそんな事を思う間にも、耳に届いてくる火の粉の爆ぜる音が、しなやかな肢体が風を切る音が、次第に大きくなってゆく。
     腰の国広が抜き放たれた途端、流希の目つきは鋭く変わった。ここまで来れば……後は、運命をいかに切り開くかのみと。
     砂防ダムの向こうでは一度、大きめの足音が響き、それから何も聞こえなくなった。代わりに灼滅者たちに届くのは……段々と短く色濃くなってゆく、堤体の影の端。そして空中の赤々とした炎が、迎え打たんとする灼滅者らを照らす!
     流希の足元の影もまた、その黒さを増してゆき……それが真っ直ぐに上空へと伸びた時! 咄嗟に空中で身を捻った炎のヤマネコは、そのまま新たな別の影の中へと落下した。
    「こんにちは、イフリートさん」
     もがいて、ようやく影の中から顔を出したヤマネコが見たものは、華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)の屈託のない笑顔だった。
    「ちょっとだけでいいんです……こらえて、お話を聞いてはもらえませんか?」

    ●燃える想い
     ヤマネコは、まるで楽しい遊びを邪魔された時のように、不満そうに炎を撒き散らした。けれど、それを押し止めて声をかける流希。
    「こんな不意打ちみたいなので止めちまってすまねぇ。けど……なぁ、カイオウガの所に行くの、やめねぇか?」
     ヤマネコは、再び炎を身に纏う。けれどもそんな彼の肩を手を回すように撫でながら、紅緋は彼の耳元で囁いたのだった。
    「ガイオウガさんって、すごい力の持ち主なんですよね」
     激しい炎。恐らく、彼は言いたいのだろう……ガイオウガ様ノ御前デハ、オ前タチナド、ヒトタマリモナク焼キ滅ボサレルデアロウ、と。
     でも……彼がそのような強大なダークネスだからこそ。
    「ガイオウガさんとの融合を止めていただけませんか?」
     あの日、確かに共に憎き白の王の人形を滅ぼした少女は、まるで神々にかしずく巫女のように、彼に最上の礼を尽くすのだ。
     一度、イフリートは炎を吹きかけた。けれど、清美の強い意志は、どうやらその程度では曲がりそうにない。
     不快げに、ヤマネコの眉根がぴくりと上がる。それは切り込んでゆく脇差への反応を、僅かに、しかし十分に遅らせるほどの隙。
    「強力なガイオウガの力を狙う者は多い……アフリカンパンサーは今も、奪った力を利用しているだろう。そして、ソロモンの悪魔どもも策略を巡らせている」
     そして……狛も。いや、彼に敬意を表する証拠として、彼女もご当地ヒーローの正装……すなわちシークヮーサーの鎧を纏いしシーサー、『シサリウム』の姿にて思いの丈を言葉に乗せる!
    「せっかく貴方が融合したガイオウガの力がそんな風に使われるなんて、きっと貴方は嫌だと思うでグース!」
     けれども返るは激しい炎! 邪魔をするなら全て焼く! どれだけ小癪な策があろうとも、全て焼き滅ぼせばよいだけなのだ!!
     その様はまさに、猛り狂う災厄であった。互いに互いを庇いあい、清美の『サムワイズ』がハートを浮かべ、幽花が浄化の剣で勢いを抑えてもなお、大義を目前にした破壊の炎は、何もかもをも嘗め尽くさんとする……が。
    「その気持ち、痛いほどよく解ります」
     それほどまでにガイオウガを信じる彼だからこそ、紅緋には言葉を重ねる価値があるように思えた。
    「ガイオウガさんが真に王であるためには、王を王と認めてくれる臣下が必要なんです……その偉大さを皆に説く、あなたのような忠臣が」
     だが……果たして彼は臣下なのだろうか? 彼がガイオウガと共にあるべき者ならば、彼を臣下たらしめる事は、王太子に臣下たれと説くに等しいのでは?
     紅緋を、賢王子ならばかく称えるであろう……よくぞ我が驕りを諫めたと。しかし、その驕りこそがイフリートなり。何もかもをも焼き尽くす、暴虐の権化のダークネスなり。まるで薙ぎ払うがごとき炎の渦が、シサリウムが庇うため広げたシークヮーサーの皮を、ちりちりと甘酸っぱい香ばしい匂いへと変えてゆく!
    「炎は止めておくでグース! 秋山さんは説得の方を!」
     いかめしい顔つきをさらに厳しくし、シサリウムは振り向きもせずに声をかける。無論、そんな事は言われるまでもない……眼鏡の奥の丸っこい目を、さらに大きく見開いて、止められるのも構わず飛び出して。
    「あの事件の時、私たちは力を合わせて戦いましたよね? あなたがガイオウガと融合したら、私たちはもう、一緒に戦うことも、話すこともできなくなってしまいます」
    「俺の大切な後輩を、悲しませないでくれよ」
     清美の肩に手を置いて、割り込むように流希がやってきた。
    「お前だって、そんなの、見たくないだろ?」
     獣は不思議そうに首を傾げる。清美は、確かに共に戦った相手だ……優秀な灼滅者だと認めはするが、何故それが自身の消失を悲しむのかまでは理解ができぬ。
    「それが……人間って奴なんだよ」
     振るわれた前足を刀で受けて、流希は数歩分後ろに跳んだ。入れ替わりにヤマネコの目と鼻の先に飛び込んでくるのは、脇差の『月夜蛍火』の剣先だ。
    「無理に理解してくれなんて、俺だって言うつもりはない」
     思わず逸らす目線には、それでも解り合いたいという想いがありありと浮かび。けれど、伝える言葉は思いつかずに、口から零れるのはこんな言葉。
    「でも……ほんの少しの間でいい、今だけは考え直してくれないか?」
     ぼう、とイフリートが吐き出した火は、少しばかり迷っているようにシサリウムには見えた。まだ……ダメと決まったわけじゃない。ならば……ヒーローは決して諦めない!

    ●伝えたい気持ち
    「どうか……解ってほしいでグース!」
     シサリウムの石の体は赤熱し、鎧は黒く焦げていた。それでも彼女は斃れない……何故人が共感するかを彼が知らぬなら、我が身でそれを示すまで。
     打算なき想いが刻まれる。獣にはその理由は解らぬが、清美に強き願いがある事だけは、ようやくその胸のうちに理解する。
    「ガイオウガさんには他にもイフリートさん達がいます……でも、私にはあなたしかいません」
     清美の言葉はきっと真実なのだろう。けれど、その気持ちに応えるには……彼は、彼女の事を知らなさすぎるのだ。
     一時と比べると随分と弱々しくなった大ヤマネコの瞳に、脇差は確かに見て取った。
     共に歩める道はある。
     なのに……その道を築き上げるには、もう少しばかり時間が必要だった。
    「できれば、戦うより一緒に遊びませんか?」
     イフリートに飛び乗るようにして抱きついたり、撫でてやったりする紅緋。その間、彼の意識は山頂から外れ、怒っているというよりはじゃれついているような素振りを見せたりはする。けれど、大きく振り落とされた紅緋が腰をさすっている間……彼は再び鶴見岳を見遣る。
    「……誰が信じるか」
     脇差が信じないと言ったのは、大ヤマネコがただ弱りゆく事か。それとも、一度は自らが垣間見た道か。ぶれた切っ先を掻い潜るかのように……イフリートは覚束ない足取りで、再び山頂を目指して歩き出す。
    「行かせてやれ」
     流希は静かに見送った。けれど、すぐに待っていろと言い残すと、岩陰に消えた敵を追いかける。
     彼は……数分も経たず戻ってきた。
    「いやぁ……どうやら私たちがガイオウガを憎んでいたわけではないという事は、納得はして貰えたようですよ……」
     普段のように暢気に嘯く彼の衣服は……何故か行った時よりも、少し、多めに黒ずんでいた。

    ●帰り道
     流希が実際には何をしてきたのかなんて、脇差には興味がないはずだった。例えイフリートを連れて帰れたところで、他人に見せるわけにはいけない自分の姿を、無警戒に晒す事になるのが関の山だ。いい事なんて何一つない。
     なのに……こんなにももやもやした気持ちになるのは、一体、どうした事だろうか?
     けれど、最も悔しい気分であったのは、きっと清美に違いなかった。眼鏡が流希の灯した明かりを反射して、俯く目元は誰にも見えず。砂防ダムの陰に置いておいた荷物を、無言で拾って背に担ぎ。
     もしも前に会った時、一言でも言葉を交わす機会があったなら……今更そんな事を思っても、やり直すには遅すぎたのだろう。それゆえに、紡いだと思った『絆』が一方的なものに過ぎなかったと自らを責める彼女を見るくらいなら、流希は自分の手が血で汚れ、誰かから嘘吐きや冷血漢呼ばわりされる事の方が、幾分かは気が楽だった。
     刀が獣の頚椎を断つ感触。それを流希が忘れる事は、この先、決してないだろう。今の彼にできる事があるとすれば、一刻も早く、それを忘れてもよい日が来る事を、ただ、運命に願う事だけだ。
    「ともあれ……一応は無事に任務完了したわけですね。皆さんお疲れ様でした」
     笑顔を作って皆を労う紅緋の声に、無理をしているところがあるのは自分でも判った。せめて彼の名前さえ判っていれば、多少の軌道修正はできたかもしれないのに……。
     だとしても、自分だけが落胆しているわけではないのだから、笑い続けるのが彼女の役割だ。そして、どうやらその甲斐あって、転身を解除してからというもの山の方角をぼーっと眺めていた狛の口元に、ほのかな笑みが取り戻される。
    「ありがとう……そうですね、最低限の目的は果たせたわけですから、次に繋げてゆけばいいだけですね」
     もちろん、そんなに単純な事ではないとは解っているけれど、それすらも信じられなくなれば、シサリウムは――元はといえば怪人の姿だけれど――ヒーロー廃業になってしまうのだから。

    作者:るう 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年7月26日
    難度:普通
    参加:5人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ