焔の白虎

    作者:篁みゆ

    ●燃ゆる
     そこは鶴見岳の山頂。それまでいた源泉を離れてここまで来たそのイフリートは、炎に包まれた白い身体を揺らして空を仰ぐ。
     ホワイトタイガーに似たそのイフリートは大人のホワイトタイガーよりやや小さく、顔立ちも幼く見えるが、その身に宿した猛る炎の荒々しさはまさに一人前のイフリート。
    「イマコソ、ガイオウガノミモトニ!」
     そう叫ぶと、白い毛並みをまとっていた炎は一層猛々しくなり、イフリートを覆い尽くした。そのさまはまるで一つの大きな火の塊のよう。
     炎の塊は徐々に、地面へと吸い込まれ――そして消えた。
     

    「やあ。毎日暑いね。来てくれてありがとう」
     灼滅者たちをクーラーの効いた教室へと招き入れた神童・瀞真(大学生エクスブレイン・dn0069)は、彼らが着席したのを確認するといつもの様に和綴じのノートを繰る。
    「サイキック・リベレイターによるガイオウガの復活を感じ取ったイフリート達が、鶴見岳に向かっているよ」
     姿を消したイフリートは鶴見岳に向かっており、鶴見岳山頂で自死し、ガイオウガの力と合体しようとしているようだ。
    「イフリート達がガイオウガと合体を繰り返せば、ガイオウガの力は急速に回復し、完全な状態で復活してしまうかもしれないんだ」
     瀞真は言葉を切り、真っ直ぐに灼滅者たちを見つめる。
    「それを阻止する為には、鶴見岳でイフリートを迎撃し、ガイオウガへの合体を防がなければならない」
     瀞真によれば鶴見岳に向かっているイフリートはホワイトタイガーのような姿をしているという。大人のホワイトタイガーより少し小さいようだが、一人前のイフリートである。
    「ラキという名のそのイフリートは、夕方頃に山頂のこのあたりに現れるだろう。迎撃できるから、特に捜索はいらない」
     瀞真はプリントアウトした地図のようなものを広げ、遮る木々のない草むらのようなところだと告げて指をさす。
    「ここで迎撃すれば、ラキは撤退することなく、最期まで戦うよ」
     ラキを灼滅する事ができれば、ガイオウガの力が増す事を阻止する事ができるだろう。
     ただ、合体してガイオウガの一部となるイフリートは、その経験や知識をガイオウガに伝える役割もあるようなので、学園に友好的なイフリートであるのならば、ガイオウガへの伝言を伝えて、敢えて阻止せずにガイオウガとの合体を行わせるという選択肢もあるかもしれない。
    「その場合は迎撃ポイントで接触した後、ラキとの友好を深めたり、伝えたい内容を確実に理解してもらうといった準備が必要となるね」
     ラキは自分が少し小さいことを気にしているようだね。だから余計に一人前だということを証明すべく、ガイオウガのもとに行きたいという気持ちは強いかもしれない――瀞真はぽつりと付け加えて。
    「多くのイフリートが語っていた、ガイオウガと一つになるという事は、このことだったんだね」
     君たちなら上手く任務を遂行できると信じているよ、と告げて微笑んだ。


    参加者
    加藤・蝶胡蘭(ラヴファイター・d00151)
    華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)
    化野・十四行(徒人・d21790)
    炎帝・軛(アポカリプスの宴・d28512)
    穂村・白雪(無人屋敷に眠る紅犬・d36442)
    草葉・双見(髪切り見習い・d36570)

    ■リプレイ

    ●出逢いと
     鶴見岳山頂付近を目的地目指してひた走るのは、白い獣。普通の獣と違うとすれば、その体躯に炎を纏っているということか。
     獣――ラキは自分たちとは違う気配が待ち構えていることに気づき、身を固くして立ち止まった。目の前の6つの気配からは敵意は感じられない。けれどもすぐに警戒を解くほどラキは愚かではない。
     夕日と炎が混ざり合って、揺らめいている。白い毛がざわりと、警戒するように動いているように見えた。
    「オマエラ、テキカ?」
     こちらが言葉を発する前にラキの、唸り声に似た声が響いた。彼の言葉を遮らぬように一拍置いてから、華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)が口を開く。
    「初めまして、ラキさん。今日は少しだけお願いにきました」
    「!?」
    「戦うつもりはありません。この指輪も捨てましょう」
    「オレノナマエ、シッテルノカ?」
     見知らぬ者に名を呼ばれ、驚かぬはずはない。それでも紅緋が唯一身につけていた『契約の指輪『コート・ド・ニュイ』』を捨てたからだろう、ラキは警戒を強める様子はなかった。
    「突然すまない。私達は武蔵坂学園の灼滅者だ。イフリート・ラキ、君を一人前のイフリートと見込んで頼みがある」
     加藤・蝶胡蘭(ラヴファイター・d00151)が武器をすべて地に置き、ゆっくりと、そして『一人前』という部分を強調して語りかけた。
    「ムサシザカ……スレイヤー……」
    「俺は武蔵坂学園の灼滅者、穂村白雪だ。おまえを一人前のイフリートと見込んで頼みに来た」
     穂村・白雪(無人屋敷に眠る紅犬・d36442)もまた、自分の名を名乗り、敵意がないことを示すために武器を手放す。ラキが残りの三人の意思を見定めるように、順に三人を見つめていく。炎帝・軛(アポカリプスの宴・d28512)も化野・十四行(徒人・d21790)も名乗り、他の者と同じく武器を手放した。
    「君の抱くガイオウガへの強い想いを遮るのは野暮いな」
     告げて草葉・双見(髪切り見習い・d36570)が『髪切りフィガロ』を手放すと、ラキは満足気に、少し安心したように警戒を緩めた。
    「シッテイルダロウガ、オレハ、ラキ。ガイオウガサマノミモトニイクトコロダ。トメテモムダダ」
    「止めるつもりなら、武器を捨てずに襲いかかっていますよ。わたし達を見て下さい。あなたを傷つける何かが見えますか?」
     紅緋の言葉にラキは灼滅者たちを改めて見回した。紅緋は改めてラキと視線の高さを合わせ、その瞳を見つめて訴えかける。
    「あなたを信じます。その爪や牙は、戦う意思のない相手に使うものではないと。それが、私が信じる炎の幻獣種イフリートの誇りだと思うから」
    「ヴ……」
     怯むことなく強い意志を持った瞳と言葉。ラキの瞳がと心が揺れる。
    「私達はラキさんがガイオウガさんの一部になるのを止めたいんじゃありません。少なくとも私は、ラキさんに共感していますよ」
     自らの命を何かに捧げること――紅緋も学園の勧誘がなければ、渡海舟で海に出て、海の藻屑となっていただろう。だがそれは神仏に命を捧げる崇高な行為――たとえ、他からどう見られるとも。だから、紅緋は自分にはラキを止める権利がないと思っている。
    「ヴ……ヴヴ……」
     ラキは悩むように唸りをこぼし、今一度灼滅者たちを見渡す。そして、その場に腰を下ろした――それが彼の答え。話を聞いてくれるつもりはあるようだ。
    「オレニ、タノミガアルトイッタナ? オレノモクテキヲジャマシナイモノカ? オレニデキルコトカ――イヤ、イチニンマエノオレニデキナイコトナド、タブン、アマリ、ナイ……ガ……」
     一人前と言われたのがよほど嬉しかったのだろう。本当は「できないことはない」と言いたかったのだろうが、言い切れないところが少し可愛くもある。
    「ああ、頼みがある。君達のガイオウガへの言伝を頼まれてくれないか?」
    「コトヅテ……」
    「伝言、の方がわかりやすいか?」
     言い直し、蝶胡蘭は持ってきた荷物の中から弁当箱を取り出した。
    「ガイオウガと一つになるというなら、君も万全な方が良いだろう? 食べながらでも良いから私達の話しを聞いてくれ、頼む」
     ラキの好みがわからなかったため、中身は蝶胡蘭が普通に作った弁当である。だが肉を多めに使ったその内容に、ラキは鼻を近づけている。
    「クッテイイノカ?」
    「ああ。心配なら毒味を――」
     蝶胡蘭が申し出終わらぬうちに、ラキはがぶりと生姜焼きに齧りついた。あっという間に咀嚼し嚥下して、ぺろりと舌で口の周りを舐めて灼滅者達を見る。
    「オマエタチ、オレヲシンジタ。コトバ、アズケル。オレ、オマエタチシンジル、ドクミハイラナイ」
     どうやら疑わずにお弁当を食べるというのがラキにとって、灼滅者たちを信じる事を示す行動のようだ。他のイフリートなら食べ物を警戒したかもしれない。けれども彼はまだ少し幼い部分があるようだ。一人前と言われて嬉しいのと、灼滅者たちが武器を捨ててまで自分に預けたい情報が気になったのだろう。身を盾にしてまでしてガイオウガに伝えたい内容、イフリートとしては気にするなという方が難しいかもしれない。
    「わたしも唐揚げを持参した。食べてもらえるか?」
    「クウゾ!」
     軛も食べ物を用意していた。警戒されるなら己が食べてみせるつもりだったが、その必要はなさそうだ。食べ物を口にするラキは、大人になりきっていない可愛らしい表情をしている。
    「貴重な情報をもたらすことは、他の誰よりもガイオウガに尽くした証にもなるだろう」
     これから仲間たちが話すことをよく聞いてくれ、ラキの関心を引く言葉を投げかけながら、十四行はラキに語りかける仲間たちから一歩下がったところに立つ。仲間の言葉がラキの自尊心とガイオウガへの忠誠を傷つけるような事があればフォローに入るつもりだが、それよりも。
    (「とりあえず、自分の目標は『自分も含め、メンバーから闇堕ち・重傷・死亡を出さないようにする』だな」)
     もしもラキの気が変わって、何か不測の事態が起きて彼の牙が仲間に向くようなことがあれば、身を挺してでも仲間たちを庇えるような位置取りをしていく。遠くの他人より近くの仲間――ダークネスとの有効よりも、武蔵坂の仲間のほうが大切だと彼は思っている。
    (「ダークネスとの友好には、ちと懐疑的だが……戦闘さえ起きなければ、少なくとも目標は達成できるだろ」)
     今は仲良く言葉を交わせていても、全面的に安心はできない。万が一のことを考えておくのは大切だ。
    「――」
     ラキは今、食事をするという一種無防備な状態を自分たちの前に晒している。それでも白雪の喉は、用意していた言葉を発するのを一瞬躊躇った。喉に言葉が引っかかった理由――それは頭をよぎる、とあるイフリートの姿。自分の兄を殺したその獣に抱くのは、怒りというより恐怖。
    (「イフリートによってまた誰かが命を落とそうとしている時、俺は見ているだけしかできないのではないか――」)
     恐れと無力感。二度とあんな思いをしないために灼滅者になったはずの自分が、こうしてイフリートと仲良くなろうとしているのは不思議な縁だと思う。これはいつもの戦いとは違うが、白雪にとって命がけの戦いなのである。
    「――今、様々な勢力がガイオウがの力を狙ってる」
     深呼吸をした。すると用意していた言葉が滑りだしてくれる。
    「復活の時は気をつけろと伝えてもらえないか?」
    「! ガイオウガサマハ、ネラワレテイルノカ? ドコノドイツニダ!?」
     流石にラキの顔色が変わる。
    「ソロモンの大悪魔達やアフリカンパンサー、ナミダ姫。多くの勢力に狙われている。我々はヒトへの被害も抑えたい。そのためにもガイオウガが利用されぬよう、警戒して欲しい」
    「ガイオウガの力は『糧』として狙われてるんだ」
     軛と双見はゆっくりと、ラキの理解が追いつくように語って聴かせる。
    「自分で自分を燃やして捧げるなんて、それだけ結束が強くて個々の想いが強いんだな。カッコいい」
    「……ソウカ?」
     双見の瞳には、生で見る初めてのイフリートへの恐怖もあるが、それよりも白い毛並みと赤い炎の鮮やかさにワクワクする想いの方が強く宿っている。
    「綺麗でカッコいい物に垣根はないだろう。それが『糧』扱いで利用されるのは心苦しいんだ」
     カッコいいといわれて悪い気はしないのだろう、ラキはたどたどしくアリガトウと口にして。
    「ただ、危機を伝えるだけではない。わたし達は過去にクロキバやアカハガネと繋がりがあった。ガイオウガとも友好的な付き合いをしたい」
    「ガイオウガさんと取引がしたいんです」
     軛の言葉に続き、紅緋もまた口を開いた。
    「この国で起こる地震や火山の噴火をガイオウガさんが抑えてくれるなら、私達はガイオウガさんに必要なサイキックエナジーを提供しましょう。イフリートも鶴見岳にいる限り灼滅しません」
    「ヴ……」
    「ラキさん、話してる意味、分かりますか?」
    「スコシ、コンラン」
    「よし、もう一度おさらいしよう」
     紅緋から引き継ぐようにして、蝶胡蘭が繰り返す。
     ガイオウガの力を奪ったそいつが再びガイオウガの力を狙っている。
     ソロモンの悪魔、そしてスサノオの勢力もガイオウガを狙っている。
     彼らと戦うつもりなら、私達は協力したい。
     ゆっくりと、簡単な言葉で、ラキが理解するまで何度も。
     その様子を視界に収めながら、紅緋は再び舞い降りた鶴見岳の地に不思議な感覚を抱いていた。
    (「不思議ですね、帰ってきたような気がします」)
     鶴見岳は紅緋が第三の宿敵とするデモノイドと初めてまみえた場所。あの時はソロモンの悪魔とイフリートと自分たちの三つ巴だったけれど。今回はそれに比べれば、随分シンプルだ。
     軛もまた、頑張って話を理解し、記憶しようとしているラキを見て、ある想いを抱いていた。軛は自身の一族に誇りを持つ狼の末裔。ガイオウガ復活を望むラキ達イフリートの想いには、親近感を抱かざるを得ない。
    「……ヨシ、オボエタ。……タブン」
     どれだけの情報がガイオウガに伝わるのか、ラキにも正確なところはわからないのかもしれない。けれども灼滅者たちも、ラキも出来る限り努力はした。
    「ソロソロ、イク」
     立ち上がったラキは、灼滅者一人ひとりを順に見つめて。
    「タベモノ、ウマカッタ。……イチニンマエ、ミトメテクレタ、アリガトウ」
     告げて灼滅者たちに背を向ける。それが彼なりの、最大級の信頼だろう。十四行はふう、と細長く息を吐いて緊張を緩める。だが、最後の最後まで『万が一』を警戒するつもりだ。
    「ガイオウガは大きいか。ラキもその一つになるのだな。それはとても誇らしいことだろう」
     軛の言葉に振り返ったラキは、笑顔で頷いて、再び灼滅者たちから離れる。そして十分に距離をとったところで、自らの炎の出力を上げ、目的を遂げるべく最後の行動に出た。
    (「命の燃える色、か……」)
     白雪と同じく、彼もまた、命をかけてここに来ていたのだ。イフリートとゆっくり言葉をかわすなんて、以前の白雪が見たらどう思うだろうか。
    (「ガイオウガと一つに、か。彼らにとってガイオウガってどんな存在なんだろうな」)
     徐々に強くなっていく炎を見ながら浮かんだ想を打ち消すように、蝶胡蘭はかぶりを振る。
    (「いや、今は考えても仕方ないか。利用、と言う言い方は悪いかも知れないが、彼らと力を合わせてガイオウガを狙う勢力を一網打尽に出来ればいいのだがな」)
     ラキの忠誠心が、生命が無駄にならねばいい、そう願わずにはいられない。
    (「やっぱり経験の差なのか?」)
     双見は今回、同行者の中に見知った灼滅者が多かったため、それほど緊張はしていなかった。けれどもその分気になるのは、自らの力不足。更に幼さの残るラキまで自らを燃やしてでも前へ進もうとしているのだ、自分との差を感じずにはいられない。
    「自分もこれで良いんだろうか」
     ぽつりと零された双見の呟きは、斜め後ろにいた十四行が拾った。だが彼は、その言葉に対する答えを持たない。故に、聞かなかったふりをした。
    「わたしは、狼とヒトの為生きる。イフリートともそう在れれば……喜ばしい」
     軛の声は、業火の中のラキへと届いたのだろう。一瞬、彼の瞳がこちらを向いて頷いたように見えた。
    「さよなら……というのも違いますよね」
    「そうだな。息災を……という言い方も変なのかな。ガイオウガと無事ひとつになれるよう、祈ってるぞ」
     紅緋の言葉に蝶胡蘭も言葉を選ぶ。けれども思いは皆同じ。
     こちらの言伝を上手く伝えて欲しい、それもあるけれど。
     彼が無事にガイオウガとひとつになれますように――夕日の中で燃える彼を前にして、そう祈らずにはいられなかった。

    作者:篁みゆ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年7月22日
    難度:普通
    参加:6人
    結果:成功!
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