炎の獣、最期の時

    作者:草薙戒音

     駆ける、駆ける。
     木々の間を抜け、岩を飛び越え……ただひたすらに走り続けた炎獣は、とある山の山頂で漸く足を止めた。
    『ガイオウガ』
     見晴らしのいい山頂で呟くのは頭部に小さな角を生やした、大型の猫科の動物を思わせるまだ年若いイフリート。
     自身が踏みしめる大地に纏った炎と同色の瞳を向けて、彼は言葉を紡ぐ。
    『我ガ身ハ君ノ為ニ、今コソ……』
     纏う炎が一際大きくなる。
    『ガイオウガノ御許ニ!』
     直後に響く最期の咆哮。地面に崩れ落ちたイフリートの体は炎の塊となり、そのまま大地へと吸い込まれていく――。
    「イフリートたちが鶴見岳に向かっている」
     集まった灼滅者を前に一之瀬・巽(大学生エクスブレイン・dn0038)が切り出した。
     サイキック・リベレイターによるガイオウガの復活。それを感じたイフリートたちが鶴見岳山頂で自死し、ガイオウガの力と合体しようとしているらしい。
    「イフリートたちがガイオウガとの合体を繰り返せばガイオウガの力は急速に回復する。結果、完全な状態で復活してしまう可能性がある」
     それを阻止するために鶴見岳でイフリートを迎撃してほしい、と巽は続けた。
    「皆に対処してもらいたいのは、頭部に小さな角を生やしたイフリートだ」
     実は大型の猫科の動物を思わせる姿をしたこのイフリート、以前に一度武蔵坂学園の灼滅者と共闘したことがある。
    「先代の『クロキバ』からの依頼を受けて、白の王『セイメイ』の計画を潰した時のことだ」
     その後の行動は定かではないが、ここしばらくはどこぞの源泉でひたすら『時』が来るのを待っていたらしい。
     巽が広げた地図の一点を扇子で指し示す。
    「この場所で待ち構えていれば、イフリートが現れる。時間は……夜明け前」
     東の空が漸く白み始めるくらいのタイミングだがイフリート自身が光源となる、暗さを心配する必要はない。
    「イフリートを灼滅すればいいんですか?」
     ミリヤ・カルフ(中学生ダンピール・dn0152)の問いかけに、巽は生真面目な表情で答えた。
    「それが一番手っ取り早い方法ではある」
     イフリートはファイアブラッドと同じ攻撃手段を持っている。どんなに不利な状況になろうとも彼が退くことはない――山頂で自死するために。
    「わざとイフリートを見逃す、という手もある」
     ガイオウガの一部となるイフリートは『その知識や経験をガイオウガに伝える』という役割も担っている。何らかの形でイフリートと友好を結びガイオウガへの伝言を託す、という選択肢もある。
    「……イフリートがガイオウガの一部になることを諦める、という可能性も皆無ではないけど……」
     言いかけて巽は軽く首を横に振った。あまり現実的ではない、とでも思ったのだろうか。
    「『ガイオウガと一つになる』というのが文字通りの意味だとは思っていませんでした」
     ミリヤの呟きに巽も頷く。
    「どんな方法を取るかは皆に任せる。――よろしく頼む」
     そう言うと、巽は灼滅者たちに頭を下げた。


    参加者
    アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)
    鹿島・狭霧(漆黒の鋭刃・d01181)
    江田島・龍一郎(修羅を目指し者・d02437)
    牧瀬・麻耶(月下無為・d21627)
    炎帝・軛(アポカリプスの宴・d28512)
    フリル・インレアン(小学生人狼・d32564)
    秦・明彦(白き雷・d33618)
    五目・並(沿線の怪談使い・d35744)

    ■リプレイ


     鶴見岳――登山道を大きく外れた、普段ならば誰も立ち入らないような山の中腹。身を隠すでもなく、存在を誇示するでもなく、灼滅者たちはただイフリートがやってくるのを待っていた。
    「炎の幻獣種イフリート、ね。敵なんだか味方なんだか」
     アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)が誰に聞かせるでもなく呟く。利害関係から共闘めいたことをしたり戦ったり。それなりに学園と接触があるのに、その親玉がどう動くかがまったくと言っていいほどわからない。そもそも個々のイフリートたちの目的すら、正確には把握できていなかったのだ。
    「『一つになる』が文字通りだったとは思わなかったね」
     眼鏡に手をやりながら、江田島・龍一郎(修羅を目指し者・d02437)が口を開く。
    (「イフリートとは、それなりに仲良くできてたと認識してたんだけど……」)
     これまでの経緯を思い出し、鹿島・狭霧(漆黒の鋭刃・d01181)も考える。そこそこ友好的な雰囲気だったからこそ灼滅となればやり辛い。
    (「結果どうなるかはわからないけれど、ここは伝言伝えて見逃すのがベターじゃないかしらね」)
     東の空がうっすらと紫に染まる頃、灼滅者の耳が何者かの咆哮を捉えた。茂みの合間に見える鮮やかな朱、それは見る間に大きくなりやがて大きな獣の姿となる。
     進路を塞ぐようにして立つ灼滅者に気付いてか、炎を纏った獣が足を止めた。
    「おはよう、炎の幻獣種。急いでいるみたいだけど、少し話を聞いてくれないかしら?」
     声をかけるアリスに対し、警戒も露に姿勢を低くし地に響くような声で唸るイフリート。
    「戦いに来たわけではない」
     臨戦態勢のイフリートに炎帝・軛(アポカリプスの宴・d28512)が言葉をかける。
    「わたしたちは武蔵坂学園の灼滅者だ」
    「あの、憶えていませんか? 昔、アンデッドさん討伐でイフリートさんと一緒に戦った方々の仲間です」
     フリル・インレアン(小学生人狼・d32564)が付け加えると、イフリートがピクリと反応した。
    (「あ、こっちの事憶えてくれてる……?」)
     イフリートから感じる威圧が心なしか弱くなった気がして、五目・並(沿線の怪談使い・d35744)は改めて背筋を伸ばす。記憶があるのなら、橋渡しに応じてくれるかもしれない。
    「少し貴方と話したいのです。時間をくれませんか」
     イフリートに一礼し、秦・明彦(白き雷・d33618)が話しかける。
    「私たちは少し話をしたいだけ。あなたの邪魔をする気もないし、戦闘する気は更々ないわよ」
     続く狭霧の言葉に、イフリートはチラリと視線を龍一郎に向けた。
    『ナラバ何故オマエは我ニ刃ヲ向ケル?』
     龍一郎の手には抜刀した日本刀があった。
    「キミに聞きたいことがある」
     イフリートの瞳を真っ直ぐに見据え、龍一郎が問う。
    「その決意は本物か?」
     欠片でも迷いがあるのならば、行かせない――そんな彼の思いなど知らぬイフリートが吼える。
    『我ラがガイオウガト一ツにナルノハ当タリ前ノコト……オマエは我ノ邪魔ヲスルカ!』
     咆哮に思わずビクリと体を震わせる並。激高したイフリートの体から炎の奔流が放たれた。
     龍一郎を中心とした灼滅者たちを激しい炎が襲う。ここで誰かが反撃すればそのまま戦闘が開始されただろうが……灼滅者たちはイフリートに手を出さなかった。
    「未練がある状態でガイオウガと合体するのは失礼だろうと思ってのこと、キミの決意を否定するつもりなどなかった……そう聞こえたのなら申し訳ない」
     傷を負いながらも刀を納め、頭を下げる龍一郎。
    「まあ、落ち着きなさいな」
     はあ、と大きく息を吐きイフリートに声をかける牧瀬・麻耶(月下無為・d21627)。彼女のウイングキャット『ヨタロウ』は「七不思議」を語る並と共に懸命に灼滅者の傷を癒している。
    「安心なさい。私たちはガイオウガ復活の邪魔はしないし、それでアンタが死のうがどーでも良い」
     少なくとも現時点、今この時においては。
    「ただ少し話を聞けといっている。それを待てないほどガイオウガは狭量な存在ではないのでしょう?」
     だいたい、と麻耶が続ける。
    「ガイオウガのところに手土産も無しに出向くのはどうなの? 手土産代わりに私たちの話を聞いてからでも良いのじゃない?」
     灼滅者からの反撃がなかったことに毒気が抜かれたのか、あるいは彼らの言葉に一理あるとでも思ったのか。イフリートが困惑気味に唸り声を上げる。
     暑さから来るバテ気味の体とイフリートとの交渉――おまけにたった今一方的に攻撃されたばかり――という緊張感に押しつぶされそうになりながらも、並は普段よりもしっかりとした口調でイフリートを食事に誘う。
    「とりあえず一緒に朝御飯でもどうかな」
     手にした包みを広げれば、ふわりと広がるカレーピラフの香り。食欲をそそる刺激的な香りに、イフリートが反応した。
    「私たちの話を聞いている間にでも、召し上がっていきませんか?」
     フリルが持参した弁当箱を開ければ、狭霧も用意した魚料理を取り出す。
    (「まさかドラ焼きがいい……なんてないわよね」)
     次々並べられる料理。
    「鳥肉は飲み物よね?」
     最後にアリスがローストターキーを供すると、イフリートは灼滅者たちの顔を見回した。
     暫く考えるような素振りを見せた後、イフリートが地面に腰を落ち着ける。
    『……ワカッタ。話ヲ、聞コウ』
     並んだ料理と灼滅者の話、果たしてどちらに心を動かされたのだろう――?


    「急いでいたところを足を止めてしまって、本当にごめんなさい」
     ぺこり、とフリルが頭を下げる。
    「名前を聞いても?」
     尋ねる明彦にイフリートが聞き返す。
    『名ナド聞イテドウスル?』
    「貴方と親しくなりたいと思ったからです。残念ながら貴方はもうすぐガイオウガと一体になって消えてしまう。その前に貴方の事を聞いて憶えておきたい」
     できれば今まで住んでいた場所や、経験した戦いの話などを聞いてみたい。そう思う明彦だったが、このイフリートはあまりそういった話をしたがらなかった。話を聞くことにはしたものの少しでも早く頂上へ、と考えているのかもしれない。
     雑談を早々に切り上げ、彼らは本題に入った。
    「もうわかっていると思うけれど。私たちは貴方が何故ここに来たのか、その理由を知ってる」
     言葉の先を促すように、イフリートがアリスを見る。
    「あなたの意思は尊いと思うわ。それで、もののついでに私たち武蔵坂学園を手助けしてくれないかしら?」
    『助ケル?』
    「そう。ガイオウガとは争いたくないの」
     アリスの言葉に、イフリートは微かに目を細めた。
    「ガイオウガは強大な力を持っているんでしょう? 私たちとガイオウガが全力で戦えば、勝ったほうも無傷ではすまない」
     アリスが言えば、イフリートはあまり面白くなさそうに鼻先に皺を寄せて見せた。武蔵坂学園の力はそれなりに理解しているらしい。
    「ガイオウガの力は他のダークネスに狙われてるんだ」
     並が訴え、明彦が同意するように頷く。
    「アフリカンパンサーやソロモンの大悪魔。スサノオのナミダ姫もイフリート勢力への攻撃を目論んでいる」
    「戦いで傷ついたところを他のダークネスに付け込まれると、こちらとしても困ったことになるのよ」
     肩を竦めるアリス。
    「ガイオウガの力狙うダークネス、見過ごせばヒトにとっても望ましくない」
     あまり表情を変えることなく、軛は淡々と語る。しばしの間の後、彼女はその目を僅かに伏せた。
    「クロキバやアカハガネとは、それなりの関係を築けていたと思う。できればガイオウガともそういう関係を望む」
    「僕もセイメイ戦の時みたいに協力できたら嬉しいな」
     軛と並が口にした願いに、フリルがはにかんだように笑った。
    「こらまでも一緒に戦うことが出来たのだから、こうしてお食事したりお出かけしたり……イフリートさんたちともっと仲良くなりたいんです」
     明彦の陰に隠れ恥ずかしそうにしながらも自分の思いを口にするフリル。
    「こんな風に『友達』となる道を探している者もいる」
     勿論、学園の総意というわけにはいかないが――と、龍一郎が補足する。だが少なくとも、ここにいる八人の中には積極的にガイオウガと敵対しようという意思を持つものはいなかった。
     黙って話を聞いていた麻耶が同意するように頷く。「自分が楽ならそれで良い」というのが麻耶のスタンスだ。敵を説得するという面倒を自分が負うのはゴメンだしそれなら戦ったほうが簡単だと思うが、誰かの説得の結果それが覆るというのならそれはそれで構わない。
    (「敵対しないのなら別に放っておいていいし」)
     戦わないで済むなら楽には違いないのだから。
    「俺達は貴方達のような誇り高い種族とは尊重し合って共存したい。戦いたくないのです」
     明彦が言った『共存』という言葉に、イフリートの耳がピクリと跳ねる。
    「一般人に犠牲者が出ないようにしてくれるなら可能なのです。それを貴方とガイオウガに知ってほしくて、ここまで来ました」
    『人間ノコトナド知ラヌ』
     イフリートはあっさりと言い放った。ある意味イフリートらしい答えだろう、根が単純なだけに利用しようとか騙そうとかいうことはないが逆に気を使うこともない……。
     なんとも言えない空気が漂う。これがもっと上位の、配下を多く持つようなイフリートならもう少し違う受け答えをしただろうか。
    「も、もしかしたら合流が遅れるイフリートがいるかもしれない」
     微妙な雰囲気に耐えかねてか、並が別の話題を切り出した。鶴見岳を目指すイフリートに接触しているのは自分たちだけではない。中には説得に折れてガイオウガとの合体を諦めるイフリートがいるかもしれない。
    「そういうイフリートがいても怒らないでほしいんだ」
    「合体しそびれた者がいても責めないでほしい」
     軛が深々と頭を下げる。
    「ガイオウガと合体せぬのは裏切り者、それは理解している。だからあなたの合体は止めぬ……だがどうか、合体を諦めた同胞を見捨てないで貰えぬか」
     合体を諦めたイフリートを外れ者にされるような憂き目にあわせたくない、軛個人にとってはそれが今回イフリートに接触した一番の目的だった。
    『ガイオウガトノ合体、拒ムモノガイルカ……?』
     怪訝そうな声だった。ガイオウガの力の一部になるということはこのイフリートにとってそれほど当たり前のことなのだろう。
     ガイオウガと一つになることを当たり前と考えるイフリートに一つになることを拒むイフリートのことを頼む、矛盾していると思う。けれど、それ以外に方法がないのも事実。
    『――話ハ終ワリカ』
     しばしの間の後、イフリートが口を開いた。
    『我ハ人間ガドウナロウト知ラヌ。ガイオウガト一ツニナルコトヲ拒ムイフリートモ……許セヌ』
     話を理解してもそれに同意できるか否かはまた別の話だ。だがそれでも、とイフリートは続ける。
    『我ハガイオウガト一ツニナル身、オマエタチノ話ハガイオウガニ伝ワルダロウ』
     それをガイオウガがどう判断するかは、このイフリートにはわからない。
    「名前を教えてもらえませんか?」
     明彦が二度目の問いを投げた。その真っ直ぐな視線がイフリートを捉える。
    『……「シュエン」、ト呼バレテイタ』
     立ち上がり、山頂を見遣ったイフリートに龍一郎が声をかける。
    「何か困ったことがあったら武蔵坂を頼って欲しい」
    「イフリートには以前世話になったからね。いつでも力になるわよ」
     狭霧にそう言われ、イフリートが炎と同じ色の目を細めた。
    『……ソレモ、ガイオウガニツタワル』
     イフリートの呟きに狭霧が頷く。山頂へと体を向けたイフリートに明彦が笑顔で声をかける。
    「さらばです。貴方のことは忘れない。願わくばまた会いたいものです」
     イフリートは答えなかった。ちらりと灼滅者たちを振り返り、ただ微かに口元を歪めてみせた――まるで笑っているかのように。
     それが最後。シュエン、と名乗ったイフリートは山頂目掛けて駆けていく。
     振り返ることも立ち止まることもなく、朱の炎を纏った獣は姿を消した。


    「き、緊張した……」
     はあ、と大きなため息をつき並が膝に手をつく。そうでもしなければへたり込んでしまいそうだった。
    「己の身を犠牲にしても主に尽くす、か」
     イフリートの消えていった方角を見遣り、龍一郎が呟く。鶴見岳の山頂は目と鼻の先、そう時間を置かずに彼はガイオウガと一つになり消えるだろう。
     その考えどおり、数分後に山頂付近に淡い光が現れ……何かに吸い込まれるように消えた。
    「逝ったようね」
    「そうだねー」
     山頂を見上げるアリスにそう答え、麻耶は大きく伸びをする。いずれにせよ今回の依頼は終わり、結果がどう転ぶかは神のみぞ知る話。今ここで自分たちに出来ることはもうない。
    「上手くガイオウガに伝わったかしら」
     心なしか不安げな表情の狭霧。伝えるべきことは伝えた、と思う。言葉も極力わかりやすくと努力したし、イフリート自身も一応はわかっているような素振りは見せていた。
    「だっ、大丈夫だと思います……きっと」
     答えたのはフリルだった。その声を聞きながらアリスは思う。
    (「彼の意志はどの程度ガイオウガに影響を与えるのかしら?」)

     願わくば、双方にとってより良い未来を――。

    作者:草薙戒音 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年7月25日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ