炎は、その魂を捧げる

■リプレイ

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　夜の鶴見岳――そこを駆ける巨獣の気配に、砂原・鋭二郎（高校生魔法使い・d01884）が呟く。
「来たな」
　森の中を駆けるのは、美しい獣だった。緋色の毛並みは、小さな火の粉をまとい。犬型の肉食獣、狼にも似たフォルム。六メートルはあろうその巨大な体躯に、二メートルは優に超える長い尾を持つ獣――イフリートは、進行上にいた灼滅者達に、地面を抉りながら急停止した。
「キサマラ――」
「俺は武蔵坂の灼滅者、穂村白雪だ、俺たちに戦う意思はない。おまえに頼みがあって来たんだ」
　イフリートの言葉が、穂村・白雪（無人屋敷に眠る紅犬・d36442）の言葉に止まる。意思疎通ができる、その事を悟りながら白雪は続けた。
「今、様々な勢力がガイオウガの力を狙ってる。復活の時は気を付けろと伝えてもらえないか？」
「……ソノコトバヲシンジルニタルショウコハ？」
　いつでも動けるように身構えたイフリートに、影龍・死愚魔（ツギハギマインド・d25262）が口を開く。
「クロキバとかから武蔵坂学園の名前くらい聞いてない？　邪魔するつもりなら、声をかけたりしないで奇襲とかしているよ」
「クロキバとも共闘した事があるし、私は貴方達とはわかりあえると思っているわ」
　死愚魔の言葉をフォローするように、セティエ・ミラルヴァ（ブローディア・d33668）が告げるとイフリートが目を細めた。思案している――獣の表情からでも、それは見て取れる。
　その表情の変化を見て、死愚魔は続けた。
「こっちも全部のダークネスを滅ぼすつもりはないからね。そっちとはクロキバとかを通じて交流もあったし、こうやってちょっとお話しに来たよ」
「イナコトヲイウ、キサマラトワレラガキョウゾンデキルトハオモエン」
　ソコヲドケ、と吐き捨てるイフリートへ夜伽・夜音（トギカセ・d22134）は言う。
「お邪魔してごめんねぇ。僕は、あなたが大切な人のところに向かうのを、応援してあげたい。勝手なお気持ちだし、勝手な行動だけど。伝わって欲しいと思って、此処に居るの」
　夜音の言葉に、イフリートは喉を鳴らした。人で言えば、唸っているような響きだ。
（「ガイオウガさまの活性化……イフリートさまはあんまり敵対したくないですの。クロキバさまの件もありますし、どうなるのかしら……。それにアフリカンパンサーさまも。むつかしー問題ですのねい。むむむ」）
　マナ・ルールー（ステラの謡巫女・d20938）が、厳しい表情で口を開こうとした、その時だ。
「――リカイハ、シタ。キサマラノコトバニ、ウソハナイト」
「でしたら……」
　マナがそう言葉を続けようとした瞬間、ゴォ！　とイフリートを中心に炎が吹き上がった。ガキン、と火花を鳴らして歯を剥きながらイフリートは吠えた。
「ダガ、ナサケハイラヌ！　ワレライフリートガ、キサマラスレイヤーニナサケヲカケラレルオボエハナイ！」
「…………」
　イフリートの姿に、白雪の脳裏に浮かぶのは自分の兄を殺したイフリートのことだ。胸に抱くのは怒りではなく、喪失。イフリートによって、また誰かが命を落とすのではないかという恐れ。そのとき、自分は見ていることしかできないのではないかという無力感――二度とあんな思いはしないために灼滅者になったはずの自分が、こうやってイフリートと仲良くなろうと努力している。
　それでも、これは命を賭けたやり取りなのだ。戦いと同じく、そこにあるのは決して引けない一線だ。
　――そして、イフリートにもそれがあるのだと、思い知った。
「キサマラヲクライ、ワレハイク。ソノトキハ、キサマラノカクゴヲアタマノカタスミニノコシテオイテヤッテモヨイ」
「そうか」
　鋭二郎は呟き、前へ出る。
「付き合う自分も非難できる状態ではないが――甘い連中が多い、どこもかしこも」
「モットモダ」
　ニヤリ、とイフリートが口の端を持ち上げたその時、その場にいた全員が理解する。互いに退けない一線がある――初めて出会う相手と少なくとも本気を理解し合えた、それだけでも十分だろう。
「申し訳ないけれど、誰も死なせないわ」
「ソウカ――イクゾ、スレイヤー」
　仲間が危険に晒されるというのならば話は別だ、セティエの宣言にイフリートは薙ぎ払う尾の一閃で応えた。

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　ガガガガガガガガガガガガガガガガガン！　と地面を穿ち、二メートルを超える尾が伸びて振るわれた。イフリートのブレイドサイクロンに、白雪は言葉を飲み込んだ。
「本気でおまえと話しに来た、それを信じてコレなら――もう、答えはひとつだな」
　炎血を代償とする機殻剣に破邪の白光を宿して、白雪は振るう。白雪のクルセイドスラッシュに合わせて動いたライドキャリバーのクトゥグァによる突撃を真っ向から受けて、イフリートは笑った。
「アア、ゾンブンニタタカオウゾ！」
「灼滅開始」
　イフリートが、弾けたように頭上を見上げる。そこにいたのは、マテリアルロッドに影をまとわせダイダロスベルトによって肩紐のように構えた鋭二郎だ。
「穿て」
　影の銃床を右肩に当て、狙いを付けるように構えた鋭二郎は空中でレイザースラストを射出する。まさに、銃弾のごとき撃ち込まれたレイザースラストを、イフリートは尾を盾に受け止めた。
「ケレーヴ！」
　マナの呼びかけに、ウイングキャットのケレーヴが猫魔法でイフリートを拘束する。そこへ、マナは両手を広げた。ヒュガガガガガガガガガガガガン！　とイフリートへと、魔法の矢が降り注ぐ！
「イフリートさまも、本気で応えてくれてるのねい」
　もはや、言葉で語れる事はないのだろう――ならば、自分達の言葉は本当であったのだと、本気であったのだと行動で示さなくてはならない。その事を、マナは悟った。
「少なくとも、初めて出会った私達を本気で向かい合ってくれた――」
　セティエが、跳躍する。そして、落ちる流星のごとくイフリートの頭上へとスターゲイザーの跳び蹴りを落とす。
「こちらも、本気で応えるわ」
　ズン！　という重圧がイフリートを襲った。ウイングキャットが尾のリングを光らせた直後、死愚魔が怪談蝋燭から黒煙を立ち昇らせ、ウイングキャットのマオゥがリングを輝かせた。
「それが選択だというのなら、こっちも相応に相対するだけだ」
「正々堂々、迎え撃つよ」
　夜音が駆け込み、クロスグレイブを遠心力を込めて振り下ろす。一撃一撃の重みを込めた連撃、夜音の十字架戦闘術にもイフリートは小揺るぎもしなかった。
「武蔵坂学園という存在が、力を持っている事、僕達の力で、お相手するよ。きっと、いつか、あなたに、そして、ガイオウガさんに、武蔵坂学園が力になれるかもしれないってこと、伝わって欲しいの」
　……僕の勝手なお気持ちだけれどねぇ、と笑う夜音に、グルグルと喉を鳴らしてイフリートは告げた。
「ソレデイイ。チカラノトモナワヌコトバニ、ナンノイミガアロウカ！」
　ブブン！　とイフリートの尾が、無数の銃弾を生み出す。ダダダダダダダダダダダダダダダダダン！　とイフリートのバレットストームが灼滅者へと降り注いだ。

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　夜の森を、セティエが駆けていく。仲間達とイフリートは、木々の向こうで鎬を削っている――セティエは、その動きの一つ一つを見極めていた。
（「皮肉な話ね、こっちの言葉を汲んでくれたからこそ戦いになってるなんて」）
　イフリートは、灼滅者達の言葉を正しく理解していた。だからこそ、イフリートはその命を賭して確かめようとしているのだ――その言葉が真実であるというのなら、自分ごとき倒せるはずだ、と。
「その上で、こちらの命を奪ってもガイオウガには意志を残してくれる……確かに、破格の返答か」
　死愚魔は、自身の足元から影を走らせる。イフリートの後ろ足を、影が絡め取った。そこへ、マオゥが肉球パンチを振り下ろす！
　死愚魔自身、説得中は使うつもりはなかった攻撃だ。しかし、ここに至ればこれこそが説得だと確信出来る――。
「おまえが死ぬ気でガイオウガに尽くすように、俺たちも死ぬ気でこの場にいる――！」
　ヴォン！　と白雪の狂犬ツァールによる騒音刃とクトゥグァの機銃掃射がイフリートを捉えた。火の粉を散らして毛並みが切り裂かれ、銃弾の雨に動き止まる。
「貫け」
　そこへ撃ち込まれる鋭二郎の斬影刃が、イフリートを切り裂いた。しかし、イフリートの笑みは消えない。
「――キリキザメ」
　ヒュゴ！　と炎が七つの円盤となり、森の中を縦横無尽に暴れ回った。イフリートのセブンスハイロウ、それを飛び越えて夜音の跳び蹴りがイフリートを捉えた。
「あなたのお名前、聞かせてほしいな」
「――ベニヒオダ！」
　夜音の問いかけに、イフリート――ベヒニオは、夜音のスターゲイザーを受け止めた尾を振り払った。
　しかし、そこへオーラの砲弾が着弾する――箒に乗ったマナのオーラキャノンだ。
「体勢を！」
　マナをフォローするように、ケレーヴが猫魔法でイフリートを抑え付ける。そのわずかに生まれた時間に灼滅者達は後退、包囲網を調えた。
「大丈夫よ、戦線は私が支えるから」
　ウイングキャットがリングを光らせ、セティエが清めの風を吹かせる。
　戦いは、一進一退の膠着状態にあった。ベニヒオの全力を、灼滅者達は受け止める。そして、灼滅者達の力をもたベニヒオもまた渾身で応えた。どちらが正しいのではない、どちらも間違えていないのだ――相手を認めるからこそ出せる全力が、そこでは応酬されていた。
　しかし、始まりがあれば終わりもある。この戦いにも、それは例外ではなかった。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ！！」
　ベニヒオが、炎に包まれた尾を振るう。それを引き金のない長銃を構えた鋭二郎が、文字通り迎え撃った。
「喰らえ」
　放たれたのは、影喰らい。レーヴァテインの尾を、影が飲み込み大きく軌道を逸らした。しかし、ベニヒオの動きは止まらない。
「マダマダ――ァ！！」
　相殺されながらなお、ベニヒオは攻撃を繰り出そうとする――しかし、鋭二郎は動かない。
「……それは目眩まし」
「――ッ！？」
　ベニヒオを、強い衝撃が襲った。夜音の燃え盛る回し蹴りが、蹴打したのだ。グラリ、体勢を崩したベニヒオに、夜音は告げる。
「お願い」
「おお！」
　そこへ、クトゥグァが突撃。合わせて、白雪の非実体化された猟犬ロイガーの刃が刺突された。そのまま、クトゥグァに乗った白雪はエンジンを吹かせ、ベニヒオを吹き飛ばす！
「サセヌワ！！」
　しかし、舞い上げられたベニヒオは尾を地面に突き立て堪えようとする――が、その尾をセティエの縛霊手の殴打とウイングキャットの肉球パンチが地面に触れる前に弾いた。
「影龍」
「任せろ」
　空中で体勢を立て直し損ねたベニヒオを、マオゥの猫魔法が縛り上げる。そして、セティエに答えた死愚魔の影が飲み込んだ。
「オオ――ッ！？」
　空中に更に跳ね上げられたベニヒオへ、ケレーヴとマナが同時に迫る。ベニヒオの視線を真っ向から受けて、マナは言った。
「言葉が嘘でないと、証明しますの。ベニヒオさま――」
　撃ち込まれたのは魔法の矢――マナのマジックミサイルとケレーヴの肉球パンチがベニヒオを撃ち抜いた直後、ボン！　と炎となって獣の体が爆ぜた。
　風に乗って聞こえたのは、満足な笑い声だ。最後まで、イフリートとしての誇りを貫いて、ベニヒオは逝った……。

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「やはりこうなるとは思っていたが、致し方なしか」
　ガイオウガに我々に対する敵意を植えつける事にならずに済んだと思うべきか、そう鋭二郎は口の中で付け足した。
　戦いが終われば、静寂が戻る。全力を尽くした、その結果だ。想定とは違っていても、皮肉にも納得を得てあのイフリートは倒れたのだ。言葉は届いた、そう確信はあった。
「ガイオウガさまを狙う勢力がある……それを伝えられれば、よいのですけれど」
　難しい、それは確かだ。マナは、その事を知った。それでも、何か手があるのなら――そう思わずには、いられなかった……。

作者：波多野志郎	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2016年7月21日 難度：普通 参加：6人 結果：成功！
得票：格好よかった 5／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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