孤独な巨獣が荒れ狂う

    作者:波多野志郎

     ――巨獣が、月を見上げていた。
     狂いそうになるほど細く鮮やかな三日月だ。それをただ、巨獣は見上げ続ける。
     巨獣がいるのはかつては人が住む村があった場所だ。しかし、家は崩れ、燃え、そこには人がいた、そんな痕跡だけが生々しく残っていた。
    『オ――――!!』
     巨獣がその拳を振り上げる――ゴウ! と渦巻く炎が螺旋を描き、巨獣はそれを頭上へと突き上げた。
     しかし、その拳は月へは届かない。それを知った獣はその拳を傍らにあった家の残骸へと振り下ろした。
     ガゴン! という豪快な破壊音。こうして、また一つここから人がいた痕跡が失われた。
    『グル……』
     巨獣が唸り、また夜空を見上げる。そこには、手の届かない月だけがあった……。

    「……今回、私が行動を察知したダークネスはイフリートだ」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は静かにそう語り始める。
    「イフリートがいるのはとある山中の廃村……ええ、おそらくはそのイフリートによって全滅させられたのでしょう」
     イフリートはその廃村を拠点にしており、不幸中の幸いこの村が人里と離れていたので問題は生じなかった――そう、過去形だ。
    「しかし、この廃村の周辺を開発しよう、そういう流れが出て来ています。よしんば開発されなくても、ここを測量にやってくる人もいるでしょう。その人達がイフリートと遭遇してしまえば……必ず、犠牲者が出ます」
     だから、放置する訳にはいきません――姫子は厳しい表情でそう言った。
     イフリートはその廃村に行けば必ず遭遇出来る。昼間、そこへ向かえばいいだろう。イフリートがよくいるのは廃村の中心――拓けた広場になっている。
    「戦う分には、申し分ない地形です。それはもちろん、イフリートにとってもなのですが」
     イフリートは高い攻撃力を持ち、見た目の通りタフな相手だ。イフリート自身のサイキックに加え、妖の槍のサイキックも使用してくるという。
    「攻撃力も高い、広範囲の攻撃をこなし、回復もあります。これに単体の遠距離への攻撃手段も持っていますから注意してください。こちらは一人一人の戦闘能力では決して敵いません、だからこそ全員が役割を把握し、全力を尽くす必要があります」
     姫子はそこまで語り終え、憂いの表情で続ける。
    「このイフリートに孤独を感じるのは……きっと、私の感傷でしょう。あの姿になってそのような感情が残っているとは思えませんから……」
     そこまでこぼし、姫子は表情を改めた。
     イフリートはダークネスの中でも破壊と殺戮の本能に突き動かされ暴れ狂う凶暴な存在だ。誰かが危険にさらされる可能性があるのならば、放置出来るはずがない。
    「だからこそ、確実に――終わらせてあげてください」
     よろしくお願いします、と姫子は深々と頭を下げ、そう締めくくった……。


    参加者
    蔵原・皐月(縛鎖の炎・d00496)
    笠井・匡(白豹・d01472)
    安曇野・乃亜(ノアールネージュ・d02186)
    東谷・円(乙女座の漢・d02468)
    流鏑馬・アカネ(霊犬ブリーダー・d04328)
    水無瀬・楸(黒の片翼・d05569)
    早乙女・仁紅丸(炎の緋卍・d06095)
    及川・翔子(剣客・d06467)

    ■リプレイ


    「あー……本当に広場のど真ん中に居るんだねぇ」
     笠井・匡(白豹・d01472)が物陰からその光景を見て呟く。
     見る影もなく荒れ果てた廃村、その広場にその巨獣は存在していた。周囲の破壊された光景とその威容に匡の表情から笑みを消す。
     イフリートは、まるで獅子がそうするようにその場に横に転がり体を休めている――しかし、これ以上の接近は躊躇われた。
    「ま、出来りゃ儲けもんって程度の認識だったけどなー」
     水無瀬・楸(黒の片翼・d05569)は苦笑する――これ以上は悟られる、そんな予感があるからだ。楸は瓦礫の端から横たわるイフリートを見て、ふと呟いた。
    「破壊しつくされた場所に、なーんで留まってんだか? ココはワンコの『故郷』だったりしたのかもねー」
    「……あのイフリートは闇堕ちする前はどんな人間だったんだろうな」
     考えても答えは出ない――だが、灼滅者だからこそそれを考えずにはいられない、そう蔵原・皐月(縛鎖の炎・d00496)は目を細める。
     しかし、それを断ち切るように天星弓を手にした東谷・円(乙女座の漢・d02468)が言い捨てる。
    「ふん……特に思うこともねーな。闇堕ちは他人事じゃねーが、同情はしねぇし、そりゃ相手に失礼ってモンだぜ」
     そこに興味はない、そう言外に言い切る円に、及川・翔子(剣客・d06467)も溜め息交じりにこぼした。
    「そうね」
     思い出すのは自分達を送り出した姫子の言葉だ。
    「確実に終わらせてあげてください、か。言われるまでもないわ、最高の戦いを以て終わらせてあげましょう」
     翔子の言葉に匡がうなずく。そして、スレイヤーカードを手に言い放った。
    「……さあ、開幕だ」
     それを合図に円の弓を引き絞り、矢を射放たれた――その彗星撃ちの一矢を受けて、イフリートが跳ね起きる。
    『オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
     起き上がり、怒りの咆哮を轟かせた時には楸が跳躍していた。
    「こりゃまた大きな的ですこと」
     大上段からの斬撃――楸の雲耀剣をイフリートは左腕で受け止める。イフリートの意識が上に向いた時には、翔子と皐月が間合いを詰めていた。翔子の鋼糸が踊り脇腹を切り裂き、シールドを炎に包み皐月がその足にレーヴァテインの一撃を叩き込んだ。
    「蔵原皐月、武蔵坂学園の灼滅者だ。引導を渡しに来たぞ、ダークネス!」
     皐月が拳を突きつけ名乗りをあげる――言葉が通じるとは思っていない。だが、イフリートは皐月へその拳を振り上げ――振り下ろす直前、銃弾が横殴りの雨のようにイフリートの背中に着弾した。
    「今だ!」
     ガトリングガンを構えた早乙女・仁紅丸(炎の緋卍・d06095)の声に、正面から匡が巨体の死角へと回り込み、背後に回り込んだ安曇野・乃亜(ノアールネージュ・d02186)がサイキックソードを振るい光刃を射出した。
    『ガ、ア……ッ!』
    「正々堂々などと言えるほど余裕はない。悪く思うな」
     サイキックソードを構え、乃亜が静かに言い捨てる。正面の組が気を引いている内に背後からの奇襲――どうやら、うまく行ったらしい。
     そう判断した、直後だ――ガトリング連射でその背中を狙い撃ちながら、流鏑馬・アカネ(霊犬ブリーダー・d04328)が叫んだ。
    「来るよ、バニシングフレアだ!」
     イフリートが両腕を頭上へ掲げ、手中に生まれた炎の奔流を叩き付けた。前衛を飲み込む炎に、霊犬のわっふがるが低く身構え唸る。
    「がる……!」
    (「でかい……まるで獣の形をした破壊衝動……!」)
     その炎の奔流の中を、イフリートは悠然と動く。アカネはその姿に、息を飲む――目の前の巨獣がようやく自分達を殺戮対象と認識したのだ、と。向けられた殺気に全身の感覚が危険を告げていた。
    「歯牙にもかけていなかった、そういう事か」
     イフリートにとってはこの奇襲も注意を払うまでもなかった、という事だろう。乃亜はその事に気付き、それでも怯む事なく踏み込んだ。
     強大な存在が自分へと殺気を向ける、その事に恐怖は抱く。しかし、仁紅丸は別の感情がこみ上げてきていた。
    (「昔の僕みたいに力を求めすぎて後戻り出来なくなったのかな」)
     その疑問が胸の奥を締め付ける。苦い記憶だ――自分も目の前の巨獣と同じ存在となり……そして、紙一重で救われたのだから。
    「……悲劇を起こさないためにも早く、楽にさせてあげよう」
     せめて、終わらせてあげよう――そのための戦いが幕を開けた。


    『オ、オオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
     イフリートが雄叫びを上げる。そして、眼前に巨大なつららを生み出すとそれを拳で殴打、射出した。
    「炎のワンコの癖に氷操るとか、芸達者だこと」
     イフリートの妖冷弾を受けながら楸が吐き捨てる。低く踏み込み、刀を下段から振り上げるとその軌道に沿うようにリングスラッシャーの光輪がイフリートの足を切り裂いた。
    「コレはご褒美だ。遠慮なく受け取りな」
     リングラッシャーによる楸の黒死斬に続き、匡が手裏剣甲を振るい、その手裏剣で大きく胸元の燃える毛皮を切り刻む!
    「――おおおっ!」
     その傷痕へ皐月が下から雷をまとった拳を振り上げた。ガゴン! と鈍い打撃音が鳴り響くが、イフリートの巨体は揺るがない。
    「さすがにタフだな」
     皐月と共に後方へ跳び、匡は呼吸を整えた。自分達がこの巨獣にどれだけのダメージを与えられているのか、その表情や動きからはまったく見て取れない――まるで、物言わぬ岩を殴っているような気分だ。
    「……ッ、火力やべー。おめーら大丈夫か!? 無理すんじゃねーぞッ」
     癒しの矢で楸を回復させながら、円が叫ぶ。その呼吸は荒い――体力がないのはもちろん、この戦況で回復役である円にかかるプレッシャーは大きい。だが、本人が期待やプレッシャーに強い性格だからだろう、この綱渡りを見事に渡り続けている。
    「力では太刀打ちできそうにないな。だが速さでは負けるつもりはない!」
     ヒュオン! と乃亜が剣を振るい、光刃を射出、イフリートは脇腹に光刃が突き刺さるのにも構わず動き続けた。
     それに仁紅丸とアカネが共にガトリングガンの銃口を向ける。
     イフリートはそれに反応しよう――とした時、大きく動きが鈍った。その右足を無数の鋼糸が切り裂いたのだ――翔子の黒死斬だ。
    「気もそぞろかしら? 戦いの最中に、駄目よ?」
     翔子のその言葉が届いたかどうか――仁紅丸とアカネの爆炎の魔力を込めた大量の弾丸が次々と着弾し、爆炎がその巨体を飲み込んだ。
    「これでも……!」
     背筋に冷たいものを感じて、仁紅丸がこぼす。ブレイジングバーストの爆炎の中から炎の翼が広がる――イフリートのフェニックスドライブは、まさに神話の一幕のように神々しく……おぞましかった。
    『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
     炎の翼をはためかせ、イフリートが天に咆哮する。その光景にアカネは知らずに呟いた。
    「これが……ダークネス、か」
     灼滅者であるのならば、誰でも他人事ではない。特にファイアブラッドであるアカネにとっては目の前の巨獣はもう一人の自分と言ってもいいだろう。
    (「そうさ、闇堕ちは他人事じゃない……だってあたしは戦いを望んでいる」)
     イフリートの殺戮と破壊の衝動――それは大小の差があるだけで、自分と何の違いがあるのだろうか?
     その疑念に囚われそうになった時――アカネを一つの鳴き声が引き戻した。
    「わっふ!」
    「……わっふがる?」
     尻尾を振るわっふがるの呼びかけに、アカネは戦場を見回す。そこには仲間がい。この強大な生きる災害そのもの――もう一人の自分と戦う、仲間達が。
    「ああ……その戦いは誰かを守る為の戦いだ。そして、あんたにぶつけるこの力は私一人の力じゃない!」
     皆で束ねて未来へ繋ぐ力――それがイフリートとアカネ、いや、ダークネスと灼滅者達の違いなのだ。
    「どれだけ力を得ようと、堕ちて自分を失った者に勝ち目はない。……僕達は、負けない」
     匡も身構え、鋭く言い捨てる。灼滅者達は、有り得たもう一人の自分へと怯まず挑みかかっていった。


     ――死闘、そう呼ぶのにふさわしい戦いだ。
     イフリートはその高い攻撃力と体力を武器に灼滅者達を追い込んでいく。それを灼滅者達は円を中心とした回復で乗り切り、着実に攻撃を重ねていった。
     一手の油断で持っていかれる――そんな綱渡りの果てに、灼滅者達はその好機を掴んだ。
    「塵も積もれば山となる、ってね」
     相手の懐へ深く踏み込み、楸がその刀を下段から切り上げた。ザンッ! と楸の黒死斬に足を切り裂かれ体勢を崩したイフリートへ仁紅丸は炎に燃えるガトリングガンを叩きつける――レーヴァテインだ。
    「もういいんだよ、終わっても……!」
     悲痛とも言うべき仁紅丸の言葉を拒むように、イフリートは踏み止まった。そこへわっふがるがその斬魔刀を振るい、アカネがガトリング連射を叩き込む!
    『――オッ!!』
     その銃弾をイフリートは掌から吹き出させた炎の奔流で飲み込む――そして、振り返り様に炎の螺旋をまとったその拳を乃亜へと振り下ろした。
    「良い一撃だが背中には護るべき仲間がいるのでね――」
     乃亜はサイキックソードを振り上げる。イフリートの螺穿槍と乃亜の大上段からのサイキック斬りが正面から激突――火花を散らし、その巨大な拳の軌道を逸らす事に成功した。
    「――この程度では終われんよ」
     そして、乃亜は返す刃で光刃を放ち、イフリートの眉間に突き刺さる。
    『ガ、アアア、ア――ッ!』
    「逃がさねーぞッ!」
     そこへ円の放ったマジックミサイルが背後からイフリートの右肩を射抜いた。両腕を振るい、明らかに苦しむ素振りを見せたイフリートへ翔子は大上段から刀を一閃、その腕を雲耀剣で切りつける。
    「俺の炎はお前とは違う。お前のようになってしまえば、俺は……!!」
     ギシリ、と握り拳を作り、そのシールドに炎を宿して皐月が駆けた。イフリートもレーヴァテインを宿した裏拳で迎撃しようとするが、皐月はそれにも構わず加速――その拳を跳んでかわし、燃える拳をその顔面に叩き込んだ。
    『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
     咆哮を上げるイフリートと匡は目が合った。その殺戮と破壊の衝動に満ちた真紅の瞳に孤独はない――それが匡の胸に突き刺さる。
    「堕ちればそれこそ孤独になる――でも一番悲しいのは、それすらも分からなくなることなのかも、ね」
     手裏剣甲が、解体ナイフが、変形する。イフリートの懐へと潜り込んだ匡が、その刃を音もなく振るった。
    『オ、オオオ、オ……ッ』
     ズン……、と地響きを立てて、イフリートは転がった。二度、三度、とイフリートは空へと手を伸ばす――そこに見える真昼の月を掴もうとするかのように見えた手は、力なくその場へ崩れ落ちた……。


    「再戦はいつでも受けてやる。さっさと生まれ変わって来い」
     消え失せたイフリートに乃亜はそう黙祷を捧げて告げると、仲間達を振り返り笑みをこぼした。
    「おつかれさま。私は良い仲間に恵まれたな」
    「おっつかれー。やー、満身創痍ってのがぴったりだな、こりゃ」
     楸の笑いにつられたのだろう、仲間達からも小さな笑い声があがる。イフリートは強大な敵だった――八人と一体が全力を傾け初めて倒せた、そういう相手だ。
    「……せめて、ゆっくりと眠ってほしい」
     仁紅丸は静かにそう祈りを捧げた。今となってはあのイフリートが何故闇堕ちしてしまったのか、知る術はない。
    「……ケッ、胸糞わりぃぜ。知らねー誰かを守ったってのによ」
     円が頭を掻きながら唸る。イフリートが倒れた場所を見やれば、おのずとその答えはわかった。
     思ってしまうのだ――せめて、ああなってしまう前に出会えたら、と。
     これから起こる悲劇は食い止められた。しかし、終わってしまった悲劇は、覆せないのだ。
    「……少し、この村を見て回っていいか?」
    「ええ、構わないと思うけど?」
     ふと提案した皐月に翔子はうなずき、視線で問い掛ける。その視線に皐月はまっすぐに答えた。
    「せめてその惨状を心に刻もうと思ってな」
     廃村は、無残にも蹂躙されていた。それがイフリート一体による被害なのだろう、何となくだがそう悟る。
     その一つ一つを灼滅者達は心に刻んでいった。一つ間違えば、自分達の大切なものをこうしてしまうのだ、と。
    「……いかんな、声が聞きたくなる」
     戦闘の後の疲労困憊もあったのだろう、皐月は無性に腐れ縁の幼馴染の声が聞きたくなった。皐月にとっては、彼女こそが日常の象徴だからだ。
    「まだ孤独を感じれた時であれば人に戻れたかも、な。俺みたいに」
     俯き、誰もにと届かないように楸はこぼした。あのイフリートに、そんな感情は残っていなかっただろう――だからこそ、悔しさが抑えられない。
    「……僕には獣の咆哮が慟哭に聞こえた気がするよ」
     耳に残る咆哮を思い出し、匡は呟いた。
     灼滅者達は心に刻む。この村の惨状を。あの獣の姿を。自身がこれと同じ事を繰り返さないようにと、深く……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年10月11日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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