キミが捧ぐモノ

    作者:佐和

     長く守ってきた源泉を離れて、どれだけ走っただろうか。
     辿り着いた鶴見岳の山頂で大狼のような姿をしたイフリートは足を止めた。
     長い毛並みは柔らかく、揺らぐ炎のように紅色になびき。
     前をじっと見据える穏やかな瞳は静かに青く輝く。
     ここまでの道のりは、長かった。
     それは今走って来た距離だけのことではない。
     待ち望んだ瞬間までの、長く永い時間。
    「……ガイオウガ」
     呼びかけるように、そして確かめるように、その名を呼ぶ。
     ようやく間近に迎えた復活の時を、噛みしめるかのように。
    「ガイオウガ」
     もう1度、呼ぶ。
     答えはなくとも感じている。
     楔を守るという役目の終わりを。
     そして、最後にして1番の望みが叶う、その喜びを。
    「今コソ御許ニ……」
     空を見上げるように首を伸ばした大狼は、紅蓮の炎にその身を包まれた。
     文字通り身を焦がす炎に、青瞳が静かに閉じられる。
     長かった今までに思いを馳せるように。
     山中を思いっきり走り回ったこと。
     温かな源泉で寝転がり、静かな時を過ごしたこと。
     そして、ふと、思い出す。
     1度だけ、灼滅者と共に戦った時のことを。
     あの時の者達が今ここにいたなら、一緒に喜んでくれるだろう。
     ガイオウガの復活を。
     そして、自分が本懐を遂げられることを。
     そういえばあの時、礼を伝えなかったか。
    「……アリガトウ」
     代わりにと、最後の瞬間にそう呟いて、イフリートは炎となる。
     ほどなくして、その炎は地面に吸い込まれるように消えていった。
     
    「イフリートさんが、鶴見岳に集まっているのですね」
     確認するように呟いた七重・未春(小学生七不思議使い・dn0234)に、八鳩・秋羽(小学生エクスブレイン・dn0089)は温泉饅頭の箱を抱えてこくりと頷いた。
     サイキック・リベレイターによるガイオウガの復活。
     それを感じ取ったイフリート達が次々と鶴見岳に向かっているという。
     目的は、その身を捧げ、ガイオウガの力となること。
     端的に言えば。
    「……死ぬために、集まってる」
    「そんなのってないです……」
     温泉饅頭を1つ手に取っての秋羽の説明に、未春は泣きそうな顔で俯いた。
     未春のように、ガイオウガの力が増すことを阻止しなければならない、という理由以上の感情をもって、鶴見岳での自死を否定する者も多いだろう。
     逆に、ガイオウガに与えるくらいなら灼滅をという考えの者もいるかもしれない。
     しかし、イフリート達がガイオウガに与えるのは、力だけではない。
     イフリート自身の経験、そして、知識。
     文字通り、イフリート達はガイオウガに全てを捧げるのだ。
     だからこそ、身を捧げるイフリートが武蔵坂学園に友好的であれば、ガイオウガにもその好意が伝わるだろう。
     ゆえに、灼滅者達には3つの選択肢があった。
     イフリートを説得して自死を止めるのが、1つ。
     ガイオウガに捧げられる前にイフリートを灼滅するのが、1つ。
     そして、イフリートにガイオウガへの伝言を託して、その身を捧げさせるのが、1つ。
    「説得か、灼滅か、伝言か」
     灼滅者達は選択しなければならないと、秋羽は小さく温泉饅頭をかじりながら言う。
     と、秋羽は食べかけの饅頭から顔を上げ、集まった灼滅者達を見渡した。
    「……見つけたイフリート、会ったことある人、いるかもしれない」
     それはある秋の日、各地の源泉をゾンビが襲った事件のこと。
     先代クロキバの渡しで共闘することになった1頭のイフリート。
    「名前はわかるです?」
    「ツイナ」
     温厚な性格である上に共闘時の記憶もあって、話をすることは容易なようだ。
     ただ、無口なのか人見知りなのか、どこか素っ気ない態度だったので、初対面の者からの説得は難しいと思われる。
     まあ、出会い頭にいきなり襲い掛かってくることはないので、そこは安心していいが。
    「……どう、するかは、皆、次第……」
     何を思い何を選び何を成すのか。
     灼滅者達の選択を見据えるように、秋羽はじっと皆を見据えた。


    参加者
    吉沢・昴(覚悟の剣客・d09361)
    天宮・黒斗(黒の残滓・d10986)
    野乃・御伽(アクロファイア・d15646)
    久成・杏子(いっぱいがんばるっ・d17363)
    イヴ・ハウディーン(怪盗ジョーカー・d30488)
    富士川・見桜(響き渡る声・d31550)
    ルイセ・オヴェリス(高校生サウンドソルジャー・d35246)
    有馬・南桜(エクスプリスハート・d35680)

    ■リプレイ

    ●止めるモノ
    「死ぬために集う、か」
     鶴見岳中腹で、ルイセ・オヴェリス(高校生サウンドソルジャー・d35246)は、やれやれ、とため息をつく。
     そこは秋羽に指定された、イフリート・ツイナと接触できる地点。
     ツイナの自死への道行きを止め得る場所。
    「回避できる死であるならば、個人的には避けたいね」
     未だ見ぬ紅の大狼を思い、ルイセは肩をすくめた。
    「そうだな」
     呟きを聞き取った野乃・御伽(アクロファイア・d15646)も静かに頷く。
     ファイアブラッドたる御伽は、イフリートに同類とでも言うような親近感を持っていて。
     だからこそ今回のイフリート達の行動を、放っておけない、と感じていた。
    (「……って、宿敵に思う感情じゃねーよな」)
     少し俯く口元に浮かぶのは自嘲たる苦笑。
     だが、再び顔を上げた御伽は、迷いのない真剣な瞳で辺りを見渡した。
    「頑張って止めないとな」
     イヴ・ハウディーン(怪盗ジョーカー・d30488)も、やる気満々にその時を待つ。
     ほどなくして、山頂へ駆け向かう炎獣の姿が見えた。
     富士川・見桜(響き渡る声・d31550)は大きく両手を広げ、止まれ、と視覚的に分かりやすく伝えながら立ち塞がる。
     ツイナは素直に速度を落とすと、見桜の前に立ち止まり、灼滅者達と対峙した。
    「足を止めさせてごめんね」
     まずは謝辞を伝えてから、見桜はツイナの正面の位置を譲る。
     この場に集まった者の中で唯一、ツイナと面識のある相手へと。
    「ツイナ」
     名を呼びかけながら進み出たのは天宮・黒斗(黒の残滓・d10986)。
    「私を覚えてくれているか?」
     問いかけにツイナはすっと頭を下げて、頷くような仕草を見せた。
     その青瞳は穏やかに黒斗を見据えて、それから何かを探すように周囲へと動く。
     それは、他にもかつて共闘した者がいないかと探しているようで。
     だから久成・杏子(いっぱいがんばるっ・d17363)は元気にツイナに話しかけた。
    「初めまして。あたしは久成杏子」
     共闘した時、戦いの前に挨拶をしたと聞いている。
     その時と同じようにと考えた杏子は、にっこりとツイナに笑いかけた。
    「黒斗のパートナーの、昴だ。宜しくな」
     倣うように、吉沢・昴(覚悟の剣客・d09361)も黒斗を指し示しながら礼をする。
    「オッス♪」
     イヴもいつも友人にするように挨拶を送った。
     ツイナはそれらを静かに眺める。
     大人しいその様子に、有馬・南桜(エクスプリスハート・d35680)は目を瞬かせて。
    「イフリートさんは怖いかなと思ったけど、心優しい綺麗なイフリートさんもいるんだね」
     こそっと七重・未春(小学生七不思議使い・dn0234)にそう感想を漏らした。
     確かに、事前に聞いていた通り、ツイナは温厚なイフリートなのだろう。
     行く手を遮る灼滅者達に怒ることも襲い掛かることもなく。
     応える声はないが、きちんと灼滅者達の言葉を聞いてくれているようだ。
     だが、その合間にちらちらと、鶴見岳山頂へも視線を向けていて。
     ガイオウガの元へ早く向かいたい、という気持ちを感じた黒斗は、それを断ち斬るように言い放つ。
    「私はツイナに死んで欲しくない。
     でもツイナは、死んでガイオウガの許へ行きたいんだろう?」
     その手にサイキックエナジーを集めて『Black Widow Pulsar』を生み出し構えれば。
     ツイナも身構え、警戒を見せる。
    「だから、今は戦ってでも止める。意地のぶつけ合いだ」
     そして黒斗は、ツイナの足を狙い斬りかかった。

    ●戦うモノ
     ツイナはイフリートにしては珍しく戦いを好まない。
     ゆえに話し合いには容易く応じてくれる相手ではあるが、ガイオウガの影響が強い今のままでは説得は叶わないだろう。
     ツイナを止めようとするならば、戦いは避けられない。
     だからこそ、灼滅者達はこちらから仕掛けた。
    (「久々に会えたと思ったら、戦わないといけないなんてな」)
     斬撃に驚き、切り裂かれた前足を引くツイナを見て、黒斗は複雑な表情を浮かべる。
     本当にツイナとしたいことは戦うことではないのに、と。
     杏子の胸にも迷いがよぎる。
     ツイナを引き止めるのは、イフリートの誇りを無視する行為ではないだろうか?
     戦うのではなく、ツイナが望むように喜んで見送るべきなのではないのか?
     でも同時に、かつて大切な人達を一度に亡くしたその時の想いが叫びを上げる。
     会うのは初めてなイフリートだけれども、こうして縁を貰えた相手だから。
    (「このまま何もせずツイナを行かせられないよ」)
     迷いを振り切ってツイナを見据えた杏子は、強い思いを乗せた歌声を響かせた。
     その決意を後押しするようにルイセの歌声も重なれば。
     昴の矢が、御伽の拳が、次々とツイナへと降り注ぐ。
     イヴもそれに続こうとして、ふと、緊張の面持ちを見せている南桜に気が付いた。
     南桜が怖がりで、戦うのが苦手なのは知っている。
     それでも今回の件に気丈に飛び込んで、すごく気合いを入れていたことも。
    「無理しすぎないようにな」
     1人じゃないよ、ちゃんといるよと伝えるように、イヴは南桜の頭をぽんっと叩く。
     そのままガンナイフを構えて前へ出るイヴの背中を、南桜は驚き顔で見送って。
     迷いなくツイナを追う弾丸と。
     隣で心配そうにこちらを見ている未春とを、見た。
    「ありがとう、イヴちゃん。みはるちゃん」
     ぎゅっと胸元で手を握り、南桜は笑顔で戦場を見つめて。 
    「でも、みはるちゃんの泣く姿は見たくない。
     ツイナさんにも生きていてほしいの!」
     この場に来た理由と願いを乗せて、皆を守るためにダイダロスベルトを広げる。
    「だから、頑張る。頑張ろう」
    「はいです」
     南桜の声にちょっと驚いた未春だが、すぐに嬉しそうな笑みを浮かべて頷いた。
     それぞれの思いを胸に、灼滅者達はツイナへと向かい、立ちはだかる。
     ツイナは困惑したように黒斗や他の皆へ視線を彷徨わせていたが、低く唸り声を零すと接近していた御伽へと炎の爪を振るう。
     そこに『リトル・ブルー・スター』を携えた見桜が割り込んで。
     しかし、爪の一撃からあえて刃を反らすとその身体で受け止め庇う。
     ふらつく見桜をルイセが支えつつ一旦下がると、すぐに南桜と未春が回復の手を向けた。
    「無茶をするね」
     剣で受け止めることもできたタイミングで武器を引いた見桜の行動が、できるならツイナを傷つけたくないという思いからのものであり。
     それが少しでも伝わるようにと願ってのものであると察して、ルイセは苦笑する。
     見桜はそんなルイセに構うことなくツイナを見据えて。
    「他にも説得出来たイフリートがいるんだ。ツイナだって絶対に学園に連れて行きたい」
     思い起こすのは、先日出会い、学園に来てくれたイフリートのこと。
     言葉を、思いを、届けることができた相手。
     ツイナにだって届くはずだと信じて、見桜は前を向き、また戦いへと駆け出す。
     迷いない背に笑みを向けたルイセは、その願いを支えようと黄色の交通標識を振るった。
     昴もその弓に癒しの矢を番え、仲間の支援へと動く。
    (「不殺は経験不足だ」)
     ゆえに使い慣れた刀を封じ、珍しく守り手として立ち回る。
     攻撃はツイナを灼滅するためではなく、止めるためのものだから。
     そして灼滅者達は、行動と共に、言葉でも思いをぶつけていく。
    「俺はファイアブラッド、お前らと同じ炎を操る者だ」
     体内から炎を噴出させながら御伽は強く拳を握る。
     誇りでもある燃える血潮は、イフリートと根源を同じくするもの。
    「俺はお前らイフリートが嫌いじゃねぇ。
     だからこそ、お前らに考えるのをやめて欲しくねぇんだよ」
     その炎を叩き込みながら、御伽は叫んだ。
    「ガイオウガが最強のイフリートなら、その頭脳になるくらいの気概見せろ!
     俺はその方がよっぽど王の為になると思うぜ!」
     ツイナは衝撃に目を細めながらも、御伽とその周囲へと言い返すかのように激しい炎の奔流を放つ。
    「あたしは、ツイナとお友達になりたいって思ったの」
     炎に呑まれながらも杏子は踏みとどまり、ツイナに向けて話しかけた。
    「共闘した時の皆は、ツイナともっとお話したい、仲良くなりたいって思ってた。
     あたしもツイナをもっと知りたい、温泉に一緒に入って同じ時間を過ごしたい」
     共闘の後、すぐに戻ってしまったツイナとは、深い交流はできなかったと聞く。
     でもその時の皆は、今の杏子と同じ思いを持っていると確信して。
    「だからツイナを止めるの!」
     断罪輪【五星輪花】はその思いを乗せ、そして導くように、星花を舞い散らしながらツイナへと向かう。
     ウィングキャットのねこさんも、杏子の傍らで猫魔法を飛ばした。
     言葉と攻撃とを放ち続ける灼滅者達に、ツイナは次々と傷を増やしていく。
     だが、回復能力の高いツイナはそれらを癒し堪えて、倒れることなく戦い続ける。
     灼滅者達も、メディックだけでなく昴も回復役として動き、ジャマーのルイセがツイナの回復を阻害しようと試みて、削り合いに堪えていった。
     しかし、灼滅者達が狙うのはツイナの灼滅ではない。
     ゆえに、ツイナの傷が増えるほどに、攻撃手を中心としたほとんどの者が手加減攻撃を選択していく。
     だがツイナの炎は構わず灼滅者達に癒せない傷を刻み続けて。
     その差が終盤の競り合いで如実に見えてきていた。
     御伽を覆う炎は自身のものかツイナのものか分からない程となり。
     皆を庇う見桜や杏子も血と炎とにまみれていく。
     そして、炎の奔流に呑まれたイヴがその勢いに押されるように倒れた。
    「イヴちゃん!」
     悲鳴のような声を上げて南桜が駆け寄り、未春が癒しの歌を紡ぐ。
     これ以上はさせないとばかりに昴が立ちはだかり盾となれば。
     ツイナの眼前に飛び込んだ御伽が、イヴから引き離すように接近戦を挑む。
     しかしそれも殺傷力の伴わない一撃で。
     返すツイナの爪を受け、御伽も膝をついた。
    (「届かないのかな……」)
     傷だらけの皆を見て、イヴを抱きしめた南桜の瞳に涙がにじむ。
     でも。
     ツイナは首を傾げる仕草を見せると、追撃することなく少し下がる。
     逃げるつもりかと一瞬警戒した昴だが、すぐに気付いた。
     ツイナの青色の瞳に使命感や敵意などはなく、ただただ純粋に不思議そうにこちらを見ているだけだということに。
     何故、戦いを挑みながらも灼滅しようとしないのか。
     何故、傷つき倒されながらも敵意を向けてこないのか。
     それを理解した昴は、無言のままに振り返り、黒斗へと視線を向ける。
     黒斗は昴に頷いて見せると、ツイナの前に立った。
     青眼と赤眼とが、しばし無言で見つめ合って。
    「……ナゼ、戦ウ?」
     初めて聞くツイナの声。
     その問いかけに黒斗は、武器を手放し、応えた。
    「さっきも言ったけど、もう1度言うよ。
     私は、ツイナに死んで欲しくない。
     ツイナが死ぬのは嫌だから、ツイナを止めたくて戦ったんだ」
     思いを届けられるところまで来れたのだと感じながら。

    ●説くモノ
    「またツイナに会えたらって思ってたんだ。
     また一緒に戦える機会でもあれば良いなって、ずっと」
     源泉での戦いを思い出しながら、黒斗は思いを紡いでいく。
     本当はもっと平和な再会がよかった。
     ツイナが好きな温泉でのんびりしたり、山中を共に駆けまわったり。
     でもダークネスと灼滅者だから、再会は戦いの場と察していた。
     ならせめて、また肩を並べて共に在りたいと、黒斗は思ったのだ。
    「たった1度の共闘でも、あの時から、ツイナは大切な仲間になったんだよ」
     ダークネスだけど敵ではなく、ツイナは仲間だから。
     その想いにツイナの耳がぴくりと動いたのを見て、黒斗は寂しげに微笑んだ。
    「一緒に戦った仲間が居なくなるのは寂しい。
     仲間を失うのは、嫌だ」
     決意を込めつつも悲しい表情に、ツイナが心配するように顔を少し寄せる。
    「知ってる人がいなくなるのって、とても辛いんだよ」
     そこに見桜が、ゆっくりと声を添えた。
    「人でもイフリートでも同じ。
     縁って、絆って大切なものだと思うから」
     心を示すように大仰に両手で胸を示して、見桜は傷だらけの顔で微笑む。
     ツイナはそれを一瞥してから。
    「……イナクナラナイ」
     黒斗にまた視線を戻して告げた。
    「ガイオウガト共ニ、在ル」
    「違うの。ガイオウガじゃ駄目なの」
     その言葉に杏子が飛び出した。
    「あたしが友達になりたいのは、ガイオウガじゃない。『ツイナ』なのよ。
     だから、『ツイナが』いなくなるのが寂しいの」
     血と火傷にまみれた両腕を必死にツイナへ差し出して、杏子はその名を呼び続ける。
    「わがままなのは分かってる。
     でも、折角キミと会えたんだ」
     そんな杏子の肩をそっと押さえて、ルイセは静かにツイナを見つめた。
    「ボクも、君には『ツイナ』として生きてほしい」
     何度も何度も繰り返し呼ばれる名。
     それに戸惑うように、ツイナは視線を迷わせた。
     もう少し、ツイナの迷う背を押すものが欲しい。
     だからルイセは、話を変えた。
    「ガイオウガのことは、ボクはよく知らない。
     だけど、ガイオウガの力を狙ってる連中が居る」
     聞き捨てならない情報に、ツイナが鋭く顔を上げる。
     話に食いついてきたかと御伽も痛みをおして立ち上がり、ツイナに向かった。
    「ガイオウガってのはすげー強いんだろ?
     そんな強い力、欲しがる奴らはたくさんいるぜ」
     昴も頷いて見せ、補足するように続ける。
    「既にご当地怪人と交戦中で、他にも仕掛けて来る気配がある」
    「ソロモンの連中は騙し討ちが得意そうだしよ。
     ガイオウガのことを傍で守る役が必要なんじゃねーか?」
     ほら、と指折り数えて見せながら告げると、ぐるる、とツイナが唸った。
     焦りのようなその声を宥めるように、ルイセは静かに纏める。
    「ガイオウガが狙われても、ツイナやキミの仲間達が居れば、連中の好きには出来ないさ。
     でも、キミ達がガイオウガと一緒になっていたら……まとめて利用されてしまう」
     そんなことは避けたいと告げるルイセの隣に、南桜に支えられながらイヴも立って。
    「ガイオウガが目覚めたときに、ガイオウガ1人よりかはツイナみたいに味方がいた方が心強いぜ」
     だからね、と南桜も続けた。
    「ツイナさんが生きて、ガイオウガさんを守る道を選んでほしいよ」
     重ねられる思い。
     情報と提案。
     ツイナはぎゅっと目を瞑って、頑張って考えてくれているようだった。
     その思考を妨げないように皆はじっと待っていたけれども。
     我慢できずに杏子が、ツイナ、と呼びかける。
    「ツイナはね、共闘した時に、お名前を名乗ってくれたって聞いたよ?」
     開かれた青瞳を見つめて、杏子はにっこりと笑いかけた。
    「あたしは、これから先もツイナが誰かにお名前を聞かれたら、『ツイナ』って応えていて欲しいよ」
     それはガイオウガの許へ向かったらできないことだから。
    「君は君のままでいて欲しい。君がいなくなったら悲しむ人がいるんだよ」
     見桜も、思いを乗せるように一語一語丁寧に伝えて。
     ほら、と手でツイナの視線を誘導する。
     その先に立つのは、黒斗。
    「私の我儘だって分かってるけど、言わせてくれ。
     私達、これからの思い出も、一緒に作っていけないかな?」
     握手を求めるように差し出される掌。
     ツイナはそれをじっと見つめて。
     悩むように瞳を閉じて。
     しばし。
     ゆっくりと瞳を開けると、真っ直ぐに黒斗を見据えて。
     答えを、告げた。
    「ツイナトシテ、ガイオウガノ為ニ、在ル」
     自死への道行きを止め、ツイナとして生きると。

    ●捧げたモノは
    「ありがとう、ツイナ」
     答えの後の頷く動作に、感極まった杏子がツイナに抱き付いた。
     直後、互いの傷の痛みにそれぞれその場に蹲る。
     思わず吹き出すイヴの傍から慌てて南桜と未春が回復に駆け寄り、他の皆も互いに傷の手当てを始めた。
     その最中で、ツイナは武蔵坂学園に向かう提案にも了承し、御伽はほっと息をつく。
     見桜が、他のイフリートもいるから、と話すのを、ルイセも興味深そうに聞いていた。
     そんなツイナを囲む和やかな光景を眺めていた黒斗は、ふと、表情を曇らせ俯いた。
     黒斗にも悲願がある。
     ツイナとは異なるが、己の死で締め括られるという意味では同じ悲願が。
     ツイナが死んだら寂しい、と思ったのも本当。
     でも、悲願の成就を喜ばしいとも思っていた。
     そんな矛盾を抱えながらも説得を選び、ツイナを引き止めたのは……
     ぽんぽん、と頭を軽く叩く優しい掌に、黒斗は顔を上げた。
     そこにあったのは、お疲れ様、と言いたげな昴の微笑。
     悲願へ向かう黒斗を引き止めた存在。
    「……我儘、だよな」
    「俺もだ」
     短く思いを伝え合いながら、黒斗と昴はツイナを見やる。
     南桜の温かな光で傷を癒すツイナの前に、杏子がぴしっと立っていて。
     ぺこりとお辞儀をしながら笑って問いかけた。
    「改めて、初めまして。あたしは久成杏子。
     あなたのお名前は?」
     皆の視線が集まる先で、ツイナは微笑むように青瞳を細めると。
    「ツイナ」
     小さく、だがしっかりと応えた。
     

    作者:佐和 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年7月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 2/素敵だった 9/キャラが大事にされていた 0
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