ナミダ姫の大地の楔襲撃作戦

    作者:一縷野望

    ●姫からの招集
     北海道は支笏洞爺国立公園にある標高398mを数える昭和新山。
     昭和19年の火山活動により、のどかな田園地帯に溶岩ドームが形成され山になったという、特別天然記念物にも指定されている場所。
     だが人は知らない。
     この昭和新山が成り立ちの特異性故に、強力な大地の楔の役割を果たしていた。
     りりり……。
     昼の熱の名残孕む風が彼女を包む淡い布を揺らし結わえた鈴飾りが季節外れの虫の声めいた音を奏でた。
     寄る辺なく流離うたスサノオの姫は、しばらく遊ばせていたヴェールを華奢な指で捕まえる――まるでこれよりの道を暗示するように、彼女を飾る流浪の揺れが、止んだ瞬間。
     そんな姫の姿を浮き上がらせるは、幾つもの巨大な白き狼の纏う焔。
     一つ一つの焔を撫でるように掌を天へ翳す。すると数十体のスサノオ達が全て人型に変じた。
    「姫」
    「姫様」
     思い思いの具足をまとった彼らはナミダ姫の前へと参集し頭を垂れる。
    「スサノオの勇士達よ、よくぞ集まってくれた」
     ねぎらいと鼓舞を孕んだ姫の声は彼らを集めた意図を語りはじめる。
    「これより、スサノオ大神を封じる、ガイオウガの大地の楔の一つを破壊する」
     ひとりひとりに向いた漆黒には焔の赤がちらりと潜む。
    「人が昭和新山と呼ぶ、あの大地の楔は、力は強いが不安定であり、スサノオの力で破壊する事は可能」
     弱者必滅は自然の理。
    「大地の楔を破壊し、スサノオ大神の封じられた肉体を一部なりとも喰う事ができれば、我らは新たな力を得る事ができよう」
     スサノオは時に他のダークネスに借りを作り窮地を脱してきた――その借りを返し渡り歩いた姫は静謐な眼差しのままで続ける。
    「勿論、大地の楔を攻撃すれば、ガイオウガの力の一部であるイフリートの軍勢が現れるじゃろう」
     かつて、一戦交えれぬと嘆息した存在を描く姫の前に集うスサノオらは鬨の声をあげる。空気震わせ頬にピリリと伝わる高揚感に瞳眇め、姫は締めくくった。
    「だが、ここに集ったスサノオの力があれば、必ず勝利できる筈じゃ。いざ、戦え、スサノオ達よ」
     斯くして、鼓舞により最高潮に達したスサノオ達は、昭和新山を目指し進軍を開始する。
     
    ●つかめた糸口
    「サイキック・リベレイターの影響で、活性化したガイオウガの力により、イフリートの軍勢が出現する事が予知されたよ」
     灯道・標(中学生エクスブレイン・dn0085)が配ったのは、北海道の支笏洞爺国立公園の資料だ。この国立公園にある昭和新山の周辺に、イフリートの軍勢が現れるのだという。
    「引き金になるのは、スサノオの姫・ナミダ」
     借りは義を持って返す、スサノオを護るためであれば幾らでも戦うと嘯いたダークネスの名を標は告げる。
    「彼女は多数のスサノオを引き連れて、昭和新山にある大地の楔を破壊する作戦を行おうとしているらしいんだ」
     勢力図は此処に来て大きく様変わり。そんな中、窮地を脱する力の自力構築を考えたのだろう。
     ……本来ならば、このナミダ姫の作戦の結果は『成功』だった。イフリートは撃破され、大地の楔を破壊するという展開のはずだった。
     しかし、
     サイキック・リベレイターの影響でガイオウガの力は活性化、スサノオは返り討ちに遭う――それがエクスブレインが語る画然たる未来の姿。そして人にとっては『更なる悲劇』へとつながって、いく。
    「その後、スサノオを蹂躙したイフリートの軍勢は、道中にある市街地を次々と火の海にしながら、南に向けて進軍していく」
     描かれる業火の地獄絵図に標は胸の花飾りをぎゅうと握りしめる。
    「……そんな未来を回避して欲しい、なんとかして。幸いにもスサノオの姫・ナミダが昭和新山の大地の楔に攻撃を仕掛ける前に接触できるから」
     
    ●作戦の概要、選択肢
    「ナミダ姫との交渉で、昭和新山の大地の楔への攻撃を、スサノオに諦めさせる事ができればイフリートの軍勢は出現しないよ。つまり、街が火の海となる事件は未然に防がれる」
     勿論『諦めさせる』と一言の元に言うが生易しい話ではない。
     火に灼かれ夥しい人が死ぬのが嫌だというのは、一方的な灼滅者の都合でしかない。
     更に言えば『お前達は負ける』という無礼な前提をつきつける話でもある。

    「攻撃を諦めさせるのが無理と判断するなら、スサノオの軍勢について、可能な限り調べて撤退して欲しい」
     その場合は撤退後、調査した情報を元にスサノオの作戦を力ずくで止める作戦が立案される。

     以上二つが基本的な作戦で、更には……と標は顔をあげた。
    「大地の楔への攻撃を諦めさせない方向に落とし込んでスサノオの軍勢と協力、イフリートの軍勢を灼滅するのも不可能じゃないかもしれないね」
     ただしこれは諸刃の剣。
     イフリート軍勢の灼滅でガイオウガの力を削げるが、代わりにスサノオが新たな力を手にする危険があるので、慎重な判断が求められる。

     ちなみに、
     イフリートの軍勢とスサノオが戦って消耗した所を一網打尽にするという方法も検討したが、一方的な勝負となりイフリートの軍勢は戦後も消耗しないため勝算は零、案は破棄された。
     
    ●折り合い
    「なんにしてもさ、交渉をするなら、これまでのナミダ姫から窺える『スタンス』『思考パターン』『そもそものダークネスと人間の乖離』とか……そういうのを頭に入れて当たらないとね」
     そう口ずさむ少女の顔には信頼の二文字が浮かぶ。今まで数々のダークネスと接してきた灼滅者達への信頼が。
    「サイキック・リベレイターをガイオウガに打ってなかったら、スサノオが新たな力を得るのにボク達は気付けなかった。以前ならできなかったダークネス間の案件への介入……このチャンスはしっかり生かして欲しい」
     とはいえ、今は悲劇のネジが巻かれ指が離される直前の状態――其れを胸にナミダ姫の前に立ち言葉を紡いできて欲しい。


    参加者
    白咲・朝乃(キャストリンカー・d01839)
    彩瑠・さくらえ(弦月桜・d02131)
    志賀野・友衛(大学生人狼・d03990)
    幸・桃琴(桃色退魔拳士・d09437)
    レイン・ティエラ(氷雪の華・d10887)
    祟部・彦麻呂(快刀乱麻・d14003)
    ラススヴィ・ビェールィ(皓い暁・d25877)
    七夕・紅音(狐華を抱く少女・d34540)

    ■リプレイ


     武蔵坂より来た彼らが最良とする成果は、スサノオ達の進軍を止めさせる事である。そうすれば学園が積み重ねているガイオウガへの働きかけに疵がつかずに済む。
     だがそれは至難極まる路。
     願いと苦渋を折り込み幾星霜、煮こごり純度を高めた切望は今ようやく報われるのだと割れんばかりに天蓋叩く。
     闇に瞬く星の涼やかさに相反する荒ぶる熱情を前に、身も心も呑まれそうだ。
     それでも水を向けられるまで黙るは無礼。故に敢えて顕現させた殲術道具を身から外して静々と頭を垂れ、順繰りに名乗り礼を尽くす。
     その中にはまだ幼い見目の幸・桃琴(桃色退魔拳士・d09437)の姿もあった。
    (「流石に緊張するかな……!」)
     だがきちりと礼儀正しくを心掛け周りに習いぺこり。桃色のボブカットが斜めに下がる。
    (「――ようやく、会えた」)
     己が血に近き者達、なにより彼らを守護する姫君へ名乗る高揚に、志賀野・友衛(大学生人狼・d03990)の心臓は零れ落ちんばかりに早鐘を打ち、溢れた気持ちが艶やかな尻尾をふわり風に遊ぶよう揺れた。
    「姫君、少し時間を頂けないだろうか。聞いてほしい話がある」
     辞儀のままで口火を切ったのは三度目の邂逅となるレイン・ティエラ(氷雪の華・d10887)だ。再会を寿ぐ空気ではないと悟り気持ちは張り詰めさせたまま。持ち上げた面の眼差しは真正直に姫へ。
    「……」
     無言で視線を受け止めるのみの姫の左右より、
    「貴様ら、何故ここへ!」
    「姫様お下がりください」
     いきり立つスサノオが二人。中年に差し掛かる厳つい顔つきの男と、娘ほどの年で片耳に結わえた鈴飾りが目を惹く女が、同族の敵意を織り纏め声を荒げた。
     反発を前に祟部・彦麻呂(快刀乱麻・d14003)は矛盾の中を揺蕩う自分の願いを手繰る。
    (「イフリートとも、スサノオとも……ううん」)
     言葉が通じるなら他のダークネスとだって敵対なんてしたくない。例えばそれは、友の闇堕ち人格への声掛けや自らすら舞台装置と嘲笑うタタリガミへも向くスタンス。
    「よい。戦火、五十鈴」
     スサノオの姫・ナミダはヴェールから外した指で静止を示した。それだけで彼らは黙り、数十体のスサノオも一旦は猛りを押さえる。
     だが。
     ナミダが先日武蔵坂襲撃時の『敵意を持たぬ姫君』ではない事は双眸に宿る苛立ちを見ればわかる。
    「何用か。生憎今宵は汝等に割いてやる時間はさほども無いぞ」
     それでも八人の名乗りを待ち鷹揚に頷くナミダ姫を、七夕・紅音(狐華を抱く少女・d34540)は会話の成立する希有な存在だと見て取った。
    「お心使いに心から感謝する」
     ラススヴィ・ビェールィ(皓い暁・d25877)は改めてナミダと猛りを堪え時を赦してくれたスサノオ達へ感謝を向ける。
     真横にはあの日と同じく地面に刺さる黒銀の巨刀、敵意はないと示す心根。
    「それでは単刀直入に、どうか今回の大地の楔への攻撃を断念して欲しい」
    「受け入れ難い」
     即答。
     今まで言葉を尽くす事を厭わなかった彼女らしからぬ反応に、相当の怒りが見て取れた。


    「我らの敵、血祭りにあげてくれる!」
    「姫、前哨戦と参りましょうぞ!」
     再び腫れあがった暴虐的な熱情を今度は収めもせずにナミダは楚々と立ち燻る焔の瞳で睥睨する。
    「ナミダ姫」
     ひたりとあわせた瞳逸らさずに、白咲・朝乃(キャストリンカー・d01839)は恐れずに澄んだ声を響かせた。
    「失礼を承知で、そして約束を守るあなたを信頼するが故に私達は言葉を飾らずに申します」
    「貴女の予測通り、本来ならばこの策は成功するはずだったが……予知からこの戦いでスサノオが大きく力を削がれると分かった」
     ラススヴィスは面持ちに苦悩を滲ませる。
    「……スサノオの皆さんは返り討ちに。迎撃のため生じたイフリートは市街地へ向かい、そこに棲まう人々を焼き尽くします」
     朝乃の言葉に桃琴も大きく頷いた。
    「それは、桃達には絶対見過ごせないんだよ!」
    「私はつい最近、休火山に出現したイフリートと剣を交わしました」
     紅音が大いなる狼を象ったイフリートとの激戦を語れば、貌に対する嫌悪かナミダの眉根が僅かに寄った。
    「有り得ぬな。此は慢心ではないぞ、大地の楔の力の強さと脆さを鑑みた上でスサノオの勇士達を集めたのじゃ」
     一歩も譲らぬナミダ姫には確固たる自信が宿る。それは最もでもあろう、もし自分の力を過信するうつけ者ならば、そもそも我慢強く堪え忍び他勢力に助力を請い生き延びているわけがない。
    「力がないと言っている訳じゃない」
     想定内の反発に彩瑠・さくらえ(弦月桜・d02131)が割入った。
    「僕はともかく、ここに居る君と縁を繋いだ仲間は君達の力も誇りも想いも十分知っている」
     先の三人を視線で示し、憎まれ役を買って出るようにさくらえはつなぐ。
    「でも、君達の力以上にイフリートの力は強大化している」
    「未来予知に関して、私達に嘘を言うメリットはありません」
     彦麻呂へ意図を探るような視線が向いた。
    「そもそも嘘であればわざわざここに来て交渉などしてません」
    「……そして、イフリートとスサノオがつぶし合えばいいと考える者はこの場にはいない事もわかってもらえると思う」
     彦麻呂から引き取りそう紡ぐさくらえの胸は、痛い。されど決して表には、しない。
    「姫」
     レインは努めて穏やかに。
    「楔への攻撃はあなたたちの進む先に必要なことだろうけれど、それによって力を得る前にあなたたちの先は途絶えてしまうことになる……」
     怒りに割れるスサノオを前に、レインは予知で見た悲劇への悲痛を籠めて訴える。
    「こうして話を持ちかけるのは、あなたたちに敗れてほしくはないからだ」
     何れはスサノオとなるも覚悟済み、であれば彼らは未来の同胞であるかもしれぬ。
    「スサノオの力を誰よりも知っているからこそ止める、どうか再考を願う」
     ラススヴィもまたスサノオに近き者としての敬意と親愛、故に生じる彼らの死の予知への口惜しさを籠めて喉を震わせた。
     ――人狼という魂の形を持つ二人は切々と訴える。あなた達の滅びを止めたい、と。結ばれた縁を無に帰すなんて哀しすぎる、と。
    「姫、この愚弄、我慢なりませぬ!」
     これらの言葉に五十鈴は怒り露わに焔に身を揺らし、だが戦火は微細な戸惑い滲ませ隻眼をナミダへ向けた。スサノオの身を案ずる正直な想いは確実に伝わりはじめている――だがそれだけでは、足りない。
    「……絡繰りがあるのじゃろう?」
     ヴエール越しの横顔、口元を僅かに吊り上げ姫は問う。
     ナミダの想定を超えるイフリート強化の理由――やはりここが開示されねば交渉は進まない。
    「ナミダ姫」
     今まで控えていた友衛が進み出た。
    「イフリートの活性化は、サイキック・リベレイターと呼ぶ強力な光による影響だ」
     背筋を伸ばし尻尾の揺れも止めて、友衛の画然たる口調はそれ以上の追求を望まぬ願いの現れ。
    「ほう、それはイフリートが手にし自らを高めし力かや?」
    「…………」
     嘘はつかない――統一した方針が灼滅者達を一様に黙らせる。
     また余計な情報は漏らすまいと紅音は「貴女ならば……」と述べ、後は委ねるように祈るように目を伏せた。
    「まぁよかろう。汝等の儂等を慮る心根は本物と受け取ってはおる。その上で儂は以前こう謂うた」
     ――他の組織の情報を漏らすのは、いらぬ恨みを買う行為ゆえ、あまりやらぬ方が良いぞ。
    「それを全うするというのであればこれ以上の問いは無粋と謂うもの、儂も口を噤もう」
     ……あやうい綱を渡りきった。
     光が武蔵坂からと明かす、即ちナミダの悲願を妨げたのは自分達だという真実は交渉決裂の決定打でしかない。開示せずに済んだのが命拾いでなくてなんだろう。
    「ナミダ姫」
     ここが締め時と、約定護りし姫へ向け朝乃とさくらえは言霊を放つ。
    「今貴方が願うのは少なくない数のスサノオを犠牲にしてでも新たな力を得ること? それとも、スサノオを護ること?」
    「この戦いを止めて欲しい、確かにこの望みは僕らのエゴだ。でも君達の護りたいものを護る事にもなると思う」
     即座にスサノオ達より『命を費やす覚悟有り』との叫びが返る。だがナミダはそれらにつられ昂ぶる事はない。ただ、静謐な有様のまま彼女は華奢な唇を割った。
    「此の戦いは儂のそしてスサノオの悲願。止める事は決して決して叶わぬ」


     わぁん!
     再び天蓋が割れる勢いで狂おしいまでの願いは空へと昇る。
     しかし熱狂に相反するように、場の空気は鍵爪立てて握り潰されるが如く引き絞られている。風は木々を揺らす事赦されず、気を抜けば喉元を噛みきられそうな程に、重い。
     さもありなん。過去この姫は語った。
     スサノオは幾つかのダークネスの助力により窮地を脱した、それが古の約定。義理を返すために彼女はあらゆるダークネスに協力した……まるで傭兵かの如く、自らを取引材料にして。それらは全て『スサノオを蘇らせて護る』スサノオの姫としての責務を果たすためだ。
     それ程の事をせねば生き延びられぬ程にスサノオは脆さを孕む種族。そんな彼らがようやく力を手にできる機会を手にしたのだ、そう簡単に手を引けるわけがない。強固に撤退を訴え続けるのならば、決裂は目に見えている。
    「……わかりました。ナミダ姫」
     両手を空に掲げ彦麻呂は明瞭にして闊達なる声をあげた。
     断念が無理であり、スサノオとの敵対する意志がない以上、この場にいる者達の取る次善の策は決まり切っている。
    「でしたら、せめて私達の助勢を許してはいただけませんか?」
     ――共闘の提案だ。
    「私達は、双方の力を合わせればイフリートの殲滅も不可能ではないと考えています」
    「逆に連携せずに戦えば、あの楔を守るイフリートは倒せないだろう」
     友衛の断定的な物言いも、レイン、ラススヴィからの『スサノオを本気で心配している』という気持ちが伝わっているからだ。
     それは果たして正しく、ナミダは荒れるスサノオを予め制するように掌を翳し、互いの言葉が遮られぬよう取り計らう。
    「だから、私達の軍勢と合流して力を合わせては貰えないだろうか?」
    「成程……ところで汝等の利は何処にあるのじゃ?」
     突然の変調に釣られずに相手の利を見極める。それは数々のダークネスと『約定』を結び渡り歩いた彼女にとっては息をするに等しい問いかけである。
    「あのね、ナミダのおねーち……じゃなかった、ナミダ姫」
     桃琴は両手をぎゅうと握りしめてくりんっと愛らしい瞳でスサノオの姫の前に躍り出た。
    「桃達は人々の命を護りたいんです! それはナミダ姫が『スサノオを護るためであれば幾らでも戦う』のと同じです」
    「ええ。桃琴さんと私も同じ気持ちです」
     紅音の中に灯るは『いのちを護りたい』――ダークネスとて在り方はともかく、身内に向くその気持ちはあると信じ、語る。
    「灼滅者としては、一般人の被害者は最小限に収めたいのです」
     こくり。
     今度は桃琴がシュガーピンクの髪を揺らし頷く番だった。
    「ふむ……」
     唇に折り曲げた指をあて思索の海に身を浸す姫を取り囲むスサノオの勇士達は固唾を呑んで待つ。
    「街を護るため、私達はイフリートを倒したいです。だから出来得る限り戦いを有利に運べるよう連携を取りたいと考えています」
    「して、策はあるのかのう?」
     この軽妙さに彦麻呂は既に策は為ったと判断する。
     ……イフリートの事が気掛かりではあるが、進み出した以上はこの場は其方へ舵を切りきるしかない。
     いざとなれば身を張り主を護ると気を張っていたサーヴァント達……ギン、蒼生はふわりふわりと安堵するように尻尾を揺らし、ぷいぷいはひょこりと朝乃の頭にのっかり柔らかにナーノと鳴いた。
    「どちらが前線に出るのかはナミダ姫に決めて欲しいです」
    「イフリートを前にした立ち振る舞いは、ナミダ姫の都合の良いようにして欲しいと考えているわ」
     桃琴と紅音が含むのは、此方側がスサノオを使い潰すように利用し駒扱いしないという事……恩義を感じて欲しいという下心があるのは認める。
    「成程、あいわかった。では儂等が前に出る。今更汝等が楔を云々するとは思えぬが、それでもじゃ」
     それは利には利で返すナミダには良きに響いた、故に約定は結ばれる。
    「……」
     誰にも気取られぬようさくらえは小さく息を吐いた。
     先日ガイオウガの元に旅立った狐に名を呼ばれ、今日はガイオウガを打つための算段を取り付ける――大いなる矛盾、されど……。
    (「護りたいものは、人の命。それ以上の理想などない」)
     だから此の地に立った事、後悔などしない。
    「おおおおおおおおお!」
     出立が決まったと寿ぎ祝う猛り歌を響かせる歌い手達へ、朝乃は柔らかな視線を注ぎはにかむように口元をほどく。
    「スサノオの皆の名前も教えてください。連携の初歩です!」
     戦火、五十鈴と呼ばれたスサノオを皮切りに各々が名乗る。慌ただしくなる場にナミダ姫への問いかけを抱いた者達はそれらを喉の下に収めた。
    「……ん」
     ぎゅうと指を握り片耳を折るようにする友衛もそれに習う。だが言いたい事を見取ったか、ナミダは「謂うてみい」と戯れるように視線を向けた。
    「あなたから見て、私達人狼とは一体どんな存在なんだ? 新しい道を探す為に、知らない事を知りたいんだ」
    「スサノオとなる可能性を内包する存在じゃ。道は汝が探せ、寄り道も良いのではないか、のぅ?」
     僅かに唇の端を持ち上げるナミダにつられ、レインは改めて柔らかな微笑みを見せた。
    「ナミダ姫、遅くなったが――また会えて嬉しいと思っている」
     目的を喪い彷徨う姫が今、悲願達成という前を見据え確かなる眼差しをしている事に感慨が深まりゆく。
    「この度の我々の申し出、受けていただき心より感謝する」
     確定的悲劇を回避する約定を取り付けられた事を、ラススヴィは心よりの安堵を見せた。
    「いいや、灼滅者達よ」
     橙焔を透かすショールが僅かにあがりナミダが掌を翳す。ただそれだけで猛るスサノオ達は身を慎みむように熱を収めた。
    「先程も言うたが、この戦いで力を得る事は儂にとっての悲願」
     本来この場に相応しい静けさの中で、華奢な少女思わせる横顔のナミダだがその口調は誰にも阻めぬとでも言いたげに画然としている。その声を思惑を抱き言葉を尽くしきった灼滅者達はそれぞれの心でじっと聞いた。
    「汝等の協力の申し出には感謝する」
     スサノオ殖やし生かす――その一点を為してくれた者達へ己の身上に基づき義理にて返し続けてきたナミダ姫。彼女は、真っ直ぐに灼滅者達へ身を向けると唇の端を小さく持ち上げ言った。
    「無事、スサノオ大神の力を得られたならば、1度だけ、汝等の為にその力を使うことを約束しよう」
     ――これは確かなるもの、彼女から示された約定。
     斯くしてスサノオの姫ナミダと武蔵坂の間に、ガイオウガを守護するイフリートの軍勢を打ち破る『協定』が結ばれた。

    作者:一縷野望 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年7月29日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 15/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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