レンズ越しの魅惑

■リプレイ

●撮影の被写体
　静まり返った体育館のスピーカーからチャイムの音が放送される。幸いにも、この日の最終時限目に体育館を使用するクラスはなく、容易に潜入することができた。また、この後部活動も予定されていない。もしかしたら淫魔がこの日を撮影会にと指定したのは、それを見越していたのかもしれない。
「今のがホームルームのチャイムかしら」
　紫雲寺・りり（小夜風・d00722）は忍び込んだ体育館器具室の扉を僅かに開けた。なんの物音もしない。ワックスで綺麗に磨かれた木床が見えるのみだ。
「嵐の前の静けさというのでしょうか」
　着慣れない学校の制服に身を包んだ辻堂・璃耶（エイルの啓示・d01096）が小声で話しかける。西院・玉緒（鬼哭ノ淵・d04753）がそれに答えるようにこくりと頷いた。
　小さな体育館器具室には器材が押し込まれるように片付けられ、跳び箱やマット、ゴムボールの匂いが鼻につく。窓らしきものはなく、りりが覗く扉一枚で体育館へと繋がっている。体育館の押入れと言った方がしっくりとくるだろ。
　教室のある校舎と外通路だけで結ばれたこの体育館で、まだ見ぬダークネスを思い緊張していた。
　それから程なくして再びチャイムが放送されると、外から聞こえてきたのは騒々しい程の沢山の足音。そして雪崩れ込むようにして男子高校生達が体育館へと入って来る。
「一番乗り！」
「よし！　今日こそはシオン様の写真ばっちり撮るぜ！」
「ＳＤカードセットしてあったかなぁ」
　各々のカメラを持ち、総勢十人の男子高校生が集まってきた。その後ろから慌てて入ってくるのは、黒川・亮太（奏葬楽士・d09741）。
「写真は遠目から徐々に近くっす。もう少し離れた場所からの方がいいと思うっす！」
　体育館の入り口近くに生徒達を固まらせようとなるべく低姿勢に伝えていく。しかし、見慣れない亮太に不信感を抱く者は少なくはない。同じ制服を着ているとは言え、撮影会に今まで参加しているメンバーではない事は直ぐに判ってしまう。
「凄く綺麗な、シオンさんという方の撮影会があるんだって？」
　亮太が囲まれクラスの話題が出たところで、男装した秋森・心彩（神鎮之舞手・d01674）が慌てて助け舟を出す。しかしながら、高校に在学しているにしてはちょっとばかり背が足りないような気もする。
「あ、自分達は撮影会新人なんで」
　再び亮太が撮影会の話へと戻そうとする。
「新人？」
「じゃあ知らないだろうけど、この撮影会はただの撮影会じゃないの。シオン様の撮影会なんだよ」
　だからこそ彼女を目一杯焼き付けたい、他の誰よりも他の何よりも美しいという一枚を撮影したい。彼女が満足するものを撮りたい。その気迫に思わず体育館入口へと後ずさりする亮太だが、それでも男子生徒達は代わる代わる熱く語り迫ってくる。亮太にはグラビアの撮り方はよくわからないが、それでもはっきりと判る。こいつらはカメラが趣味でも何でもない。ただ単に淫魔のふざけた遊びに付き合わされているだけだと。集団の中に溶け込むように黙ってカメラの準備の振りをしていた楠木・刹那（中学生神薙使い・d02869）もそれを感じ思わず溜息を漏らした。
「あら、なに？　みんなそんな隅っこに固まって」
　体育館の壇上から聞こえる柔らかな甘い声。目的の淫魔、飯沼・シオンだ。フリルで胸元を隠した真っ黒のゴスロリファッションに身を包んだ彼女の顔は、男子高校生達の位置を不満そうに見ていた。
　男子生徒達はシオンの写真の撮り方やシオンに気に入られた自分の写真の話を亮太に熱心に語るあまり、亮太と一緒に体育館入口にほど近い位置まで下がってしまっていたのだ。
「シオン様！」
「お、お待ちしていました！」
　ご機嫌取りに慌てて男子生徒が壇上へと近付こうとする。しかし、その間に割って入ってきたのはエウロペア・プロシヨン（舞踏天球儀・d04163）と六乃宮・静香（白と黒のロザリオ・d00103）だった。

●撮影会パニック
「……そなたが飯沼・シオンとやらか？　わらわの名は江雨露・シヨン！　モデル界の星として、勝負を受けて貰おうかの！」
　赤茶色のリボンを胸に、エウロペアが紫の瞳を輝かせた。古風な物言いと優美なそのスタイルに、男子生徒達は目を奪われた。いや、エウロペアの持って生まれたものだけではない。ラブフェロモンの効果がそれを更に引き立てる。シオンの前とは言え、男子生徒達からはざわざわと声が聞こえる。
「ふうん」
　シオンが顎を上げ壇上からエウロペアを睨みつける。
「あ、えっと。シオン、様……」
　シオンの機嫌を損ねてはいけないと思ったのか、一人の男子生徒が機嫌取りに近付く。これ以上近づけてはいけない。危険を察知し、慌てて器具室に控えていた三人が飛び出た。
「あわわわわ……」
　カッコよく男子生徒の行く先を遮るように登場したりりと璃耶とは対照的に、足が縺れてコケそうになりながら登場したのは玉緒。一気に男子生徒達の視線を釘付けにした。それもそのはず、大きな胸と大きなお尻が、巫女服からはみ出るようにして存在しているのだ。かつてこんな破廉恥な物を見たことがあったろうか！　シオンの撮影会でも水着姿に歓喜したが、こんな大きなマシュマロを生で拝める日が来るとは！　男子生徒達はお互い顔を見合わせ状況の整理のため口々に話し始めた。厭らしく鼻の下を伸ばしながら……。
　生徒達は既に混乱状態になりつつある。ここがチャンスとばかりに静香がパニックテレパスのサイキックを発動させる。
「露出狂です！　皆さん危険ですので逃げてください！」
　静香の言葉に反応した亮太もまた殺気を放ちながら体育館の入口を開け誘導する。状況が状況だけに、その殺気が発する場所や真意を読み取ろうとする者はいない。サイキックが現実にある小さな混乱の感情を過大にしているのだ。生徒達は目の前の危険な露出狂から逃げるようにして体育館を出ていく。
「とにかく表に逃げてっ！」
　心彩もシオンと男子生徒達の間に割り込むようにして立つ。
「……えっと……どうか……されましたか……？露出、狂……？」
　男子生徒達が避難するまでの間壁になろうと仁王立ちになっていた玉緒が周りを見回す。はい、貴方です。
「可愛い子らよ、そなたらは疾くここから出てゆくがよい」
　シオンと玉緒、エウロペアを不安そうな目で何度も確認していた最後の男子生徒にエウロペアが声を掛ける。
「素直に言う事を聞いた者には、後でたんと褒美を取らせるゆえな？」
　エウロペアの視線の先に自分しかいないことを確認すると、男子生徒は鼻の穴を大きく膨らませて頷き猛ダッシュで体育館を去っていく。
「あんな事言って良かったんですか？」
「……まあ口から出任せじゃがの？」
　静香の問いに舌を出して答える。
　体育館は灼滅者八人と、相当機嫌の悪そうなゴスロリファッションのシオンのみ。逃げていく男子生徒達に対し、亮太がテレパスで思考を読んだがこちらに戻って来そうな思考ではなかった。巻き込むことはないだろう。
「覚悟はできてるんでしょうね」
　細やかなレースとフリルで飾られた黒のスカートをシオンは握りしめる。絹のような白い手に力が入り、骨と血管を浮き上がらせた。

●魅惑の悪魔がキレる時
「神よ……この力、振るうことをお許し下さい……！」
　璃耶がスレイヤーカードからバスターライフルを取り出す。他のメンバーも封印を解き戦闘態勢を整えていく。
「ふぅ、この格好胸が苦しかったんですよね……」
　男装していた心彩が胸元を緩める。
　全員の様子を確認し、満足そうに微笑みながら先に動いたのはシオン。透ける映像のような影を操り刃を作り出し、エウロペアを襲わせる。
「くっ！」
　刃はエウロペアを服毎切り裂いた。紙飛行機のように軽く飛んだ刃だったが、その痛みは随分と重く感じる。
「シヨンって言ったっけ？　シオンに似ててちょっとムカつくのよね」
「へえ。それは奇遇じゃな。わらわもそなたの名前と似ているのは気分の良いものではないぞ」
　初撃を喰らったエウロペアも負けてはいない。
「目標を捕捉、狙撃いたします……！」
　バスターライフルを構える璃耶の横では、殺気を放出する静香。光線と殺気がシオンに向かう。が、シオンの涼しい顔は変わらない。
「お利口さん過ぎる事」
「これを受けてもそう言ってられるかしら？」
　続いてりりは身体から炎を噴出し、サイキックエナジーで武器化したオーラに纏わせる。それはりりの全身が燃えているようにも見えた。燃え盛るオーラをシオンにぶつける。クラッシャーに付いてることもあり、りりはその一撃にかなりの手応えを感じた。
「エウロペアさん、大丈夫ですか」
　心彩が防護符を飛ばす。早め早めの回復に努める。さすがに全快とまではいかないが、充分戦えるだろう。
「受けたものはお返しさせてもらうぞ」
　そのままエウロペアは激しく踊りながら歌う。攻撃としてはほとんどダメージを与えることはできないが、次の機会へと確実にその力を貯める。
「畳み掛けて、にはまだ早いっすかね」
　亮太が手の甲に展開したシールドで殴りかかると、シオンの顔がその衝撃で歪んだ。シオンは顔を引きつらせ目を細めて亮太に睨みつける。シオンにとって面白くない事が重なっていく。不愉快極まりない。
　亮太を睨むシオンに、刹那が霊力を放出した巨大な縛霊手で掴みかかる。大きな手はシオンの華奢な身体を締め付けるが、シオンの視線の先は変わらない。玉緒の神薙刃もシオンの横をすり抜ける。
「シオンの思い通りならないなんて……殺してあげる」
　残酷な言葉に似つかわしくない程透明感のある声が歌となって亮太を襲う。避けようと、抵抗しようとするが、シオンの心地よい声は水のように亮太の身体に入ってくる。
「耐えられますか？」
「今の所はまだ倒れねーっすよ」
　気丈に振舞う亮太を確認し、静香は愛刀である白染刀・崩闇を構え直す。
「白染崩闇。人を救う為、貴女という闇を斬り崩します」
　静香の黒い瞳がシオンをしっかりと捉える。そして、上段から振り下ろした刃が一閃する。
「この者に清き天罰を……！」
　降臨した十字架は無数の光となって璃耶の指示のままにシオン目掛けて飛んで行く。しかし、静香の攻撃を受けていたにも関わらず、シオンに璃耶のセイクリッドクロスは回避される。
「見切られましたか」
「どんまい！　続いていくよ！」
　明るく声を掛けながらりりは両手をシオンへと突き出した。掌は光を纏い、エネルギーで一つの球体を形成していく。そして一気にそれを発射し、シオンの身体に炸裂させる。
　心彩は再び防護符を飛ばす。今度は亮太へ。
「そなたの情念……伝わるぞっ！　やはり、やるのう！」
　時折セクシーなポーズを取り入れながら、踊り歌うディーヴァスメロディを繰り出すエウロペア。相手は一人、とにかくダメージを蓄積させておきたい。刹那も無言でその為にシオンへと近付き、オーラを纏った縛霊手を連打した。大きな縛霊手が重さ等ないかのように連打される。その連撃に、思わずシオンは足元をふらつかせた。
「ふふ。危ない危ない」
　業とらしく言葉にするシオン。冷静を装ってはいるが、かなり疲労していると感じられた。ならば、と玉緒が影の先端を刃と変え、シオンへと放つ。刃はシオンのゴスロリ服を破き、刃であったその形を暈していく。亮太はいつでも他のメンバーを庇えるよう周囲を目だけで確認し、オーラの癒しを展開した。相手が倒れる前に自分が倒れるわけにはいかないのだ。シオンの攻撃を亮太と玉緒が庇い、各々が回復を行いつつ他の者も早めの回復を飛ばす。充分な回復とはいかないが、それでも凌ぐには十分。逆に徐々に焦りの表情が見えるのはシオンの方。常に三人か四人はシオンへの攻撃に専念し、少しずつ淫魔を追い詰めていく。
「本当、面白くない。邪魔をするわ、死なないわ……全然楽しくない！」
　イライラが募り堪らずシオンが叫ぶ。
「……私には自分の快楽の為に人を殺せるのか、解りません」
　静香が黒死斬を放つ。快楽と欲望だけの淫魔の考えは静香にはとても理解できない。したくもない。今は自分の思う正しい道を、人の心を持った自分の思うすべきことをするのみ。
「貴女は綺麗ですけれど……闇に堕ちた心は、そうではないですね」
　静香の言葉にシオンは眉間にシワを寄せ歯軋りをした。美しい顔が怒りを露にし崩れる。
「より美しく、誇り高く咲き誇れるのはどちらか――そなたなら判るであろう？」
　何所からともなく吹き込む心地よい風を前衛陣へ送り込み、エウロペアはシオンを見つめる。シオンの瞳に映るのは、恐れ等微塵も感じさせない凛とした表情の八人。
「馬鹿にしないで頂戴！　誰よりも美しいのはシオンだけよ！」
　だから、と更にシオンの声量は大きくなる。
「みんながシオンに心を奪われるの！　写真の中のシオンにさえも心を奪われるのよ！」
「ならば私達がその心を正しき様に守るのみです」
　璃耶の神薙刃がシオンに襲い掛かる。
「秋森さん、いくよ！」
「はい！　一気に決めさせて頂きます！　お覚悟をっ！」
　続くりりと心彩の気魄能力のサイキックがシオンに深いダメージを負わせる。盾となる者も助けてくれる者もいない。刹那から見れば、シオンは辛うじて立っているだけにも見えた。だが、攻撃の手は休める訳にはいかない。
「これで終わり！」
　総ダメージで言えば一番シオンの攻撃を受けていた亮太が、シオンへのとどめの一撃を喰らわせた。
　シオンの姿は、その美しい姿は、ボロボロと崩れ落ち消滅していった。

　誰一人欠けることはなかったものの、その強烈なまでのダメージを思い出し身震いする。
　影も形もなくなったダークネスの倒れていた場所を見つめて。
　一瞬の油断も、緊張の糸を緩めることさえも許されない相手が、これからも自分達の戦っていくダークネスという存在なのだと、八人は改めて認識していた。

作者：荒砂涼	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2012年10月18日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 11／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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