学園祭2016~泡沫の光と名残の時間

    作者:菖蒲

     7月17日。7月18日。
     赤い矢印を引いて、両日が『学園祭』だと記入したカレンダー。
     クラブ企画や水着コンテストに華やぎ賑わいを見せた学園祭ももう終わり――。
     飾り付けられた教室内や部室内は何処か名残惜しさを感じさせて。
     学園祭の夜は、何処か違う世界に居る様だから。
     静謐溢れる妙な感覚に、窓の外に見えた花火が心をざわめかせる。
     二度とはない『今日』と言う日を実感しよう。今年の学園祭は二度とはないのだから。
     
     静謐溢るる校舎内は静けさが漂っている。グラウンドにキャンプファイヤーや花火に備え集まる生徒たちの様子が窓から見えた。
     伽藍堂の校舎内。夏祭りの様に屋台を並べた学園祭もそろそろお終いだ。
     後片付けと打ち上げと。両方に追われる『あなた』がゆっくりと校舎を歩く。
    「お疲れ様」
     曲がり角から顔を出し不破・真鶴(高校生エクスブレイン・dn0213)がにこやかに笑みを漏らした。
    「グルメストリートがね、美味しそうな匂いでお腹空いちゃうの。
     それもそうなのよね、もう夜だし――二日ってあっという間なの」
     学園祭、終わっちゃったのね。『あなた』へと語りかける真鶴はプールサイドで騒ぐ学生達を窓から眺めながら首を傾ぐ。
    「もしよければ、打ち上げしましょう?
     飾り付けはあるんだけど、空き教室なの、ここ。こういう所でね、少し思い出を語り合えたらなぁって」
     空き教室で、企画に使った教室で、部室で。
     今日だけは無礼講。折角の学園祭の最後の花を飾ろう。
     グラウンドで誰かが打ち上げた花火を見上げ、指差した真鶴は『あなた』へと笑みを零す。
    「ね。こういうのって、今しかないって言うでしょう?」
     夢の様な時間だから――今を楽しまなくちゃ損だと思うの。


    ■リプレイ


     後夜祭が始まれば、辺りはまた違った雰囲気に包まれる。
     グルメストリートは未だその喧騒を失わず、今晩は無礼講だと騒ぐ人々が視界に入る。
    「……ご当地怪人さんとかいると、盛り上がりそう」
     まだまだ食べ足りない莉々に手渡されたはしまき。案外美味しいのだと楽しむペーターの前で彼女がくるりと振り返る。
     そろそろ、次の買い物なのだろう。まだまだ盛り上がる中、人の多さに疲れたと荷物番を買って出たペーターは盟友の背中を見送った。
     莉々の求めるクレープ、『納豆生クリーム』と『キムチマロン』のフレーバーはあるのだろうか?

     カナッペを手にして静寂を感じさせる廊下を歩く雄哉は飾り付けを行っている真鶴に手招かれる。
     謎の機械が作り上げたカナッペに嬉しいと笑みを零す真鶴は、自身の料理がお菓子に変化した事を可笑しそうに小さく笑った。
    「そういえば、以前、お友達になって欲しいって……お願いされましたけど……」
     こくりと頷く真鶴へ、消え入りそうな声で「本当は――人が凄く怖いんです」と雄哉は云う。
    「ごめんなさい……トラウマ、なんです。いつか――人が怖くなくなった時に」
     言わせて下さい、と。そう答えた雄哉へと「いつまでも待つのよ」と真鶴は微笑んだ。
    『Cafe《windy song》』の催しも大盛況と言えるだろう。
    「今年もお疲れ様、2日間、僕も良い思い出が作れたよ」
     へらりと笑った來琉は達人に誘われながら、少しばかりの飾り付けが終わった空き教室へと足を踏み入れる。
     もう少し飾りつけようかなと首を傾ぐ真鶴に「手伝いますよ!」と結はましゅまろと共にやる気を見せた。
    「後夜祭だけでもめいっぱい楽しみます!」
    「そうだね、みんなで楽しもうね」
     飾り付けを手伝いながら静かな談笑に達人と空我は中華喫茶で余った軽食を机に並べる。
     小さなパーティーの始まりに――来年も、こうしていれるのかなと呟く結へと來琉は手を差し伸べた。
     写真を撮ろう、今を切り取る様に。宴は終わらない、今は精一杯に楽しもうじゃないか!
    「真鶴さん、パーティーのお料理、グルメストリートで調達しませんか?」
     ひょこりと顔を出した陽桜はクッキーを詰めた袋を机に置いて瞳を輝かせる。
    「陽桜さん、何が食べたい? たこ焼きとかどうかな」
    「そうですね! じゃあ、沢山調達してバッチリのパーティーにしましょうね」

     グルメストリートで調達した料理を手に華月は九里との待ち合わせ場所へと向かった。
     食べ物を購入した彼女を教室へと招き入れたのは手ぶらの九里。
    「あァ此れはどうも」
     お疲れ様でしたの声と共にたこ焼きを食べ始める九里の様子には慣れたものだと華月は息を吐いた。
    「そういえば、今回の勝敗の清算だけれど、何で清算する?」
    「生憎、金銭の類は一切持って居りません故……ふむ」
     頷きと侭に膝をつき、見上げる九里が悪戯に笑う――今日は従者となろうかと冗句めかす彼に「悪くないわ」と偶にこうして付き合う様と、一つ命じてみせた。

    「先輩。隣、座ってもいいですか?」
    「……誰か誘って花火でもしてきたら?」
     指先が彼からのプレゼントをなぞっていた事を気付き百花は目線をつい、と逸らす。
     先輩と花火を、と誘う侑二郎の言葉へと百花は「私でよければ」と柔らかに返した。
     こうして誘われるのは心地よい。そう思えるのも、きっと、彼が変えてくれたからだ。
    「……ありがと」
     どういたしまして、と首を傾いで言う胸中でもう少し素直な彼女と一緒に居たいと静かに願った。

     ――おかえりなさい。
     康也への言葉は、温かい。彩雪と治胡に迎え入れられ「ただいま」と康也は照れながら返す。
    「さあ、みんなで食べましょう! スジ肉と巾着、ごぼう天にゆで卵、大根……私も準備が完了してますわ!」
     勿論、おでん大好きな康也の思いを汲んだパーティーだが、食べたい物を用意するのは食欲故。
     缶おでん好きの弟分の為に缶おでん籤を用意した高明の計らいから、おでんパーティーは盛況さを見せた。
     ブランクの分だけおでんをがっつくと数々の具材を食べる彼へと降った「また、みなさんと、どこかへ――」の言葉は、何ともくすぐったい。
    「へへ、いっぱい出かけようぜ! 皆とウマいメシ食ってさ、楽しみだ!」
    「その前に、テストをブッチしたんだ。補習ってのがあるんじゃないか?」
     補習、と顔色を悪くする康也にくすくすと笑った彩雪と治胡。
     彼が返ってきた安堵が、不安な時間を思い返させて高明は曖昧に笑う。弟分が、彩雪が――治胡が「おかえり」といったその声が――
    「どうなさいましたの?」
     打ち上がる花火と共に、握りしめた桜花の掌。花火に気をとられた三人を見詰めながら、不安が消えていく感覚に安堵した――今日からまた、皆揃って。


     ウサギだらけのダンスホール。盛況な『糸括』も店終いの時間となった。
     ホールの中央で兎耳とダルマ着ぐるみを身に付けたミカエラがくねくねと向日葵ダンスを踊り狂い、輝くミラーボールに照らされて耳をへにゃりと折った兎の海へと飛び込む和奏が「はぁー」と息を漏らす。
     DJ・バニーガール――千尋の流すミュージックに合わせて幸せのもふもふを堪能する和奏の傍らで引き攣る笑顔で周囲を見回す脇差が『だるま』をばしりと叩く。
    「……何でまた、これなんだ?」
     ――ウサミミメイドが給仕する和やかなクラブです。渚緒の他人事(かかわりたくない)な言葉を実感しながら脇差が巨大なだるまの置物をべしりべしりと叩き続ける。
    「やめるのじゃ!」
     むくりと起きあがったダルマこと、心桜。愛しい恋人の奇天烈な姿に驚愕した明莉が一歩たじろいだ。部長が言う事じゃないと言いかけながらも、そんな様子も見慣れたと渚緒が小さく息を吐く。
    「わ、わらわは海島先輩に敬意を表して……あと、真鶴嬢を驚かせようとしたんじゃよ」
    「お、驚いたの……」
     ぷにぷにとだるまぐるみを突く真鶴に満足げな心桜がころりと転がりSOSと両足をばたりとさせる。
     もはやダルマも兎も見慣れたという輝乃の感想に「ち、ちがう!」と男の名誉を護らんと脇差が声を荒げた。
     パンケーキの甘い香りに周囲の視線がそれて往く。濃い二日間の締めくくりも濃いのだと堪能する理利の傍らで、ミラーボールに視線を奪われた杏子が「ふわあ」と感嘆の息を吐く。
    「ミラーボールの光りは、お星様みたいで幻想的なの!」
     さとり先輩のお歌聞いたの、と笑みを零す杏子に理利は有難うと柔らかな答えを返した。
     まだまだ、夜は始まったばかり。それでも、休憩は大切だ。ゴーヤジュースと青汁のどちらがいいかと満面の笑みで問い掛ける千尋へとたじろぐ心桜の傍らで「うえぇ……」と肩を落としたミカエラが慌てて逃げ出した。
    「そういえば、汐は黒い仔ウサギをもふもふしたがってたよね? ネタばらししようか」
    「ぅえ、あれって輝乃だったのか!」
     小さな輝乃が首を傾ぎ、和奏にもふられながらその姿を見せれば汐が驚いたと後ずさる。
     愛らしい兎の姿に何も言葉が出ない汐へとウサミミメイド組がけらりと笑い、渚緒が「分からないものだよね」と脇差メイドのラブラブきゅんきゅんチョコソースパンケーキを頬張った。
    「給仕はうさメイドに任せてわらわ達はパンケーキとうさぎを楽しむのじゃ。
     真鶴嬢は何がいい? わらわ、生クリームいちごがお勧めじゃよ。はんぶんこにする?」
    「ええ、よければキョンさんや輝乃さんも一緒に分けましょうなの」
     甘いフルーツの香りと共に、「準備お疲れ様」と労いあって――来年も、また一緒に。

     おしにん。お決まりの挨拶もそこそこに、最優秀KJJブロマイドを決める白熱の戦いが今、始まろうとしていた――!
    「おれはこの椎葉・花色と一緒に雌豹のポーズをするデリバリー・ピザを推すね!」
    「意義があるわ。それは一緒に写ってる人が推しでしょう? それだと趣旨からずれるわね。
     我らがKJJというアイドルの概念を超越した存在のNO.1ブロマイドを決定するのよ?」
     舞依のKJJ48への心からの気遣いに大文字は何処かふい、と顔を逸らした。
    「番長は常に愛しい彼女推しだから仕方ないな。
     ちなみに、僕の推しはやっぱり青空を背景にスパイラルジェイッする梅澤・梅澤かな。うめめの可愛さにはな~やっぱりな~敵わないんですよね~」
     杏理に大きく頷きながらも『推し』をいう言葉を恨んだ知恵熱ボーイ・一誠は額にひんやりシートを張ってゆっくりと立ち上がる。
    「チワワちゃんもかわいい……でも、激レアな表情してる鷹の如き眼力で悔しげに唇をかむ前田・上様のブロマイドは神……」
    「箱推しだと悩みますよね……。ちなみに私は、深い事情により微動だにせぬラブラドール・チワワちゃんですかね」
     一誠と頷きあう奏は黒髪(略)幻ちゃんも捨てがたいと表情を曇らせた。箱推しは辛い――勿論チワワちゃんも可愛いと夏蓮が瞳を輝かせてグランドピアノちゃんを手にする。
    「直視できないほど過激に無我の境地に達するマダム・グランドピアノちゃんもいいよ!」
    「でも、閉店後のカラ館で歌う雨熾・にゃんにゃんも負けてないと思う」
     成程、ヤンデレぢから。そんな会話を通りすがった汐は聞いてしまった。
    「あ、汐、見て。ほしいわよね? 勿論ファンになっちゃったから通りすがったのよね」
     舞依に捕まり、夏蓮に「推しは誰?」と微笑みかけられてしまえば、どうする事も出来ないと大文字へとヘルプを求める。
    「我々の推す中から最優秀候補を決めて貰おうか! 外部審査員も必要だろう!」
    「え……俺が引いた叫びながら踊る フォースブレイク・歯科ちゃんは?」
     海島さんは渋いと笑う奏と杏理はふと、気付いた。
    「……汐くん、年上?」
     杏理が大人びてるのか汐が子供っぽいのか――謎は、KJJシングル(新作お待ちしてます)によって迷宮入りとなった。

     一方で、バイトに明け暮れ寂しげな走る恭太朗は「分身しつつ大気圏外に飛び出す水城・悪魔ちゃん推し」だと独り言を呟いていた。
     キャラ薄い所がいいんだよね、とうろうろと寂しさを胸に歩き回る恭太朗が辿り付く前に駅番勢が撤収しない事を切に、願おう。


     今年で二度目。去年と違うのは関係性という名前だけ。
    「今年も沢山回れて楽しかったな」
     秋邏の一言へと『恋人』となった小夜は頬を赤く染め柔らかに笑みを零す。この、一瞬一瞬を大切にしたいと秋邏は小夜にゆっくりと近づいた。
    「秋邏くんはわたしにとって……一番大切、な人」
     だから、もっと一緒に――その言葉の後、重ねあった唇に小夜は笑みを綻ばせる。
     お返しだともう一度口付けて、これから先もずっと思い出を綴っていこう。

     山盛りのカレーでカレと乾杯。なんて冗句めかす悟へと想希が小さく笑みを零す。
    「んー、おいしい」
     スパイシーなその味わいに2人揃って掻き込みながら笑いあう。夏の暑さも相俟って、汗がにじみ出す体を冷やすのは喧騒と共に運ばれる夜風。
    「新しい楽しいをいつも俺にくれるんや。いつもほんまおおきに」
     ささやかな楽しみも幸せも共有したい。この幸福をみんなに自慢できたと語る彼の袖をくいと引いて悟はゆっくり立ち上がる。
     今年の夏は何処に行こうか。海も夏も沢山満喫して――君との時間をもっと、もっと。

    「去年はプールで過ごしたんだよな。一年って早いよなあ」
     プールサイドの涼しさとはまた違った雰囲気を堪能する翼へと栞は時の流れを実感する様にそうですね、と返す。
    「今までも、これからも、一緒に楽しく過ごしていきたいです」
     時の流れは早い。二人の歩みに合わせること無く過ぎ去る時の奔流に遅れをとらない程の幸福を感じとらなければと栞の目尻が幾許か赤らんだ。
    「ああ。来年も、そのまた次の年もこうして栞と過ごしたいもんだ。俺は出来るなら」
     ずっと、そうしていたい――その想いが一緒だろうかとちらりと照らされる横顔を、盗み見た。

    「お疲れ様」
     朗らかに告げたさくらえに、薄明りで赤くなった頬が見えていないだろうかと瞬いて見せたエリノアは「お疲れ様ね」と頷いた。
     僅かな時間しか離れて居なかったのに、逢瀬の時がこれ程までに待ち遠しい。
     ぐ、と引き寄せ「今だけは独り占めしていい?」と囁くさくらえの声音にエリノアは瞬いた。
    「そもそも二人きりで此処にいるんだから、聞くまでもないでしょう?」
     するりと腕が首に回される。問い掛けへの返事は目を瞑り差し出された唇が告げていた。

     外から聞こえる喧騒に視線を向けて、より静かな場所へと郁と修太郎は歩いて行く。
    「この教室、調べておいてくれたんだね。ありがとう」
     修太郎の言葉に郁は柔らかく微笑み、露店で購入した袋をがさりと置いた。
     焼きそばとたこ焼き。折角だからと用意したシュークリームとフルーツゼリーも分け合って、ささやかな宴を行おう。
    「わさび味のラムネもあるよ」
     冗談を交えて、窓越しの花火を見詰めた横顔に修太郎は呟く。
     キスしたいなあ――言葉が聞き間違えじゃない内に頬へとひとつ、『応え』を返した。

     弾ける音を立てるコーラを手にした啓太郎は隣の善之に視線を向ける。
     一年前とは違った距離――かけがえのない彼の手を握りしめ花火の音を聞きながら、遊び回った余韻を楽しめば、心がざわりと騒がしい。
    「……善之。ここなら、ぎゅってしても良いんじゃない」
     誰も見ていないけれど、すぐ近くに人がいる。何か悪い事をしているようで、交わした温もりが妙に擽ったい。
    「来年も再来年もその先も、ずっと一緒だよ」
    「あぁ……一緒だ。だから、あんたも離れるなよ」

     ふんわりとダージリンとセイロンの焙じ紅茶の香りが鼻孔を擽る。
     オレンジフィナンシェを口にして勇介は「よーひ、ありがとっ」と笑みを零した。
    「シロ、だっらかしら? 人懐っこくて毛並みが綺麗だったわね」
     曜灯と猫の組み合わせがとても可愛らしくて。猫に慣れていたのは彼女の父のお供猫が似ていたから。彼女のアドバイスは猫達と遊ぶのに存分に役だった。
    「でもね、呼べたのはゆうすけの力なんだから」
    「よーひと一緒にいると、いっぱい世界が広がってく――」
     ほら、打ち上がった花火と君がとても美しいから、もっともっと、近くで見よう。


     教室の片隅で小さな逢瀬。友人だった頃、二人で遊んだ学園祭を思い出すと笑みを零す。
     紅子と奏夢――二人にとって、歩んだ時間は何処か擽ったい。
     会えない日はメールや電話だけだった。だから、2人揃って隣にいる日は大切にしたいと、そう願う。
    「あ、花火やよ」
     ほら、と立ちあがった彼女に手を引かれる。その横顔だって、美しい。
     ぎゅっと組まれた腕の温もりを感じとって、彼女を呼んでそっと抱きよせた。

     喧騒も嫌いじゃない。それでも、千穂の声が霞むのは勿体なくて。
    「なあ、何か喋ってて」
     千穂が語るのは秋帆の可愛い所。はしゃぐ彼女の腕を飾った揃いの夏色が今を実感させる。ああ、表情が、体温が、全部愛しくて毀れそうで、泣き出しそうで、肩へと埋めた。
     どうして、泣きそうなのと委ねられた温もりの愛しさに千穂は呼ぶ。
     何も、毀れやしないのに声を聞かせてと強請るから――つい、彼の表情を盗み見た。
     永遠に今が続けばいいのに――「見るな」と瞼に降った口付けが花火に滲んで渇くまでは時を留めて。

     片付けをしながら美希は、去年の『今』と同じだわ、とからからと笑って見せた。
     半年後には大学生だと少し先往く彼女へと優生はぽつりと呟いた。
     学部はどうしようかと悩ましげな彼にお姉さんぶって悩めばいいですよと美希は云う。
    「約束、守れてよかった」
    「あらまぁ! 約束を破るどころか、その先だって離す気なんて無い癖に」
     ――これから先だって約束すればいいじゃないと茶化すそれに約束の指切りと、口付けを。
     この『先』の約束は、もう少し先に。

     去年も、こうだったと茫とした括の指先がビーカーをこつりと叩く。
    「林檎飴、今から食べない? だけどこんな時間に食べたら赤ずきんに出てくる狼さんになるかな?」
    「ゆうちゃんとはんぶっこだったらきっとふとらないもの!」
     去年も同じ話をしたと遊太郎は笑みを零して「括」と彼女を呼んだ。
     去年の自分が呼べなかった名前、近寄る彼女を後ろからぎゅっと抱きしめて、首筋にリングを躍らせた。
     小さなリングは誓いの証。恥ずかしいと首筋に顔を埋めた遊太郎へと「遊太郎さん」と声をかけた。
     この誓いで、これからも、ずっと――

     凭れかかって花恋は楽しげに彼を呼ぶ。ロジオンと共に学園祭の余韻に浸る彼女の尻尾が揺らめいた。
     楽しかったと2人揃って小さく笑えば、花恋の目尻にうっすらと赤味がさした。揺れる尻尾がするりとロジオンの腕を撫でる。
    「これからもずっと……まぁ、そうですね」
     人造灼滅者同士。これから何が起こるかは分からないけれど――毎日二人一緒なら、ソレだけで幸せだと二人で笑みを零して。
    「…ねぇ、知ってる? アタシとロジー、来年には結婚できちゃうんだよぉ…?」
     ――詰まった距離の意味は。

     喧騒から逃れて二人きり。窓際に並べた席で身を寄せ合った。
    「今年も、清十郎とこうして学園祭を過ごせてとても嬉しいのです。
     ずっと、こうして一緒に花火を見て寄り添えたら嬉しいなって……」
     煌めく光が雪緒の薬指を飾る指輪に反射する。傍に座った雪緒の体温をもっともっと近くに感じて居たいから――抱き寄せた彼女の温もりが柔らかい。
    「朝も昼も夜も、ずっと雪緒を想っているよ」
     外で聴こえたのは大輪の花が咲いた音。合わせた唇に翳をおとして、静寂が静かに訪れた。

     儚と出会ってからあっという間に時が過ぎ去ったと隼人は笑みを零す。
     思い出話を辿る様に、椅子に腰かけた儚と隼人はひとつ、ふたつと交わしあった。
    「三年前のあの日、告白したよな。儚の王子様になりたいって……」
    「迷惑もかけたと思う。……だから、せめて俺にできる事――一人前のパティシエになって、最高においしいスイーツを食わせてやりたい」
     そっと差し出されたのは、煌めく指輪。
     弾けた大輪に合わさった儚の鼓動――ゆっくりと、隼人は言った。
    「俺と、結婚して下さい」

     光りの射し込む教室で、璃依が披露したのはウェディングドレスをモチーフとした水着だった。
     翔琉のために選んだ――その言葉は、どれ程までに翔琉を酔わせることだろうか。
     風鈴と水着に込めた璃依の気持ち、それは。
    「俺も、同じ気持ちだから」
     独り占めしたいと彼女の腕を引く。ゆっくりと近づく璃依の細い肩が僅かに揺れた。
    「カケル、大好きだぞ」
     花嫁からのキスは、控えめに彼の頬に。
     願わくば、もう少し。……このままこの日を感じていたい。

     手を繋いで、抱き締められて。サンディは赤くなった頬を誤魔化す様にジュースを飲み干した。
    「ハナビ、クリスマスのイルミネーションみたいでスっ……!」
     楽しげな彼女へと「これやる」とそっと差し出したのはリュータの腕を飾った赤と同じデザインのサイリウムのブレスレット。
     ぱちくりと瞬くサンディは「もー……プレゼントするのハ、サンタクロースの役目ですヨ?」と破顔した。
     今年も楽しかったなと笑みを零したリュータの許へと走り寄ったサンディはお礼と、大好きを混ぜ込んでぎゅ、と彼へと抱きついた。

    「ひか」と呼ぶ声に誘われてひかりは茅花の隣へと歩み寄った。
     夜に沈んだ箱の中、浮かんで消える輝きが二人だけのもののようで、心弾む。
    「楽しい事はあった? 何を食べた? お腹が空いちゃうかもしれない」
     ラムネのビー玉の冷たさ、天文学クラブの星、どんなものだって鮮やかに見えるから。
    「ねぇ、ひか。お姉さんと寄り道して帰ろうか?」
    「ほんとに? ひかね、行きたい所あるの」
     ――もう少し、この時間が続きます様に。流れる光に願いを込めて、二人でもう少し学園祭を楽しもう。

    作者:菖蒲 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年8月2日
    難度:簡単
    参加:67人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 9/キャラが大事にされていた 1
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