●崖の側にたゆたう亡霊
静かな波音と浜風が暑い日差しを和らげる、海水浴客で賑わう海岸線。泳いで向かうことのできる崖の方角を見つめながら、ライ・リュシエル(貫く想い・d35596)は語り出す。
「うわさ話を聞いたんだ。あの、崖に関するうわさ話を」
――崖の側にたゆたう亡霊。
その昔、その崖は自殺岬と呼ばれていた。車を使わずともたどり着くことができる、ガードレールしか設置されておらず簡単に乗り越えることができる……という理由からだ。
自殺岬という話がさらなる自殺者を呼んでいた面があったからだろう。街は高いフェンスを設置し、自殺者が出ないように努めた。結果、年々自殺者は減っていき……今となっては、自殺岬と呼ぶものはいない場所となった。
しかし、過去に多数の死者を出した歴史は消えない。今もなお、遺体の見つかっていない自殺者がいる現実も消えない。
だからだろう。いつしかその崖の下。自殺者たちが海に飲まれていったと思われる場所に、出るようになった。
自殺者たちの亡霊が。
泳ぎに来た者を、海底へと引きずり込むために……。
「調べたところ、それが事実であり、都市伝説と化していることがわかったんだ」
海岸から崖に向かって泳いでいけば、いずれ足を引っ張られるような感覚に襲われるだろう。
潜ればきっと、見えてくる。海中へ引きずり込もうとしてくる亡霊が。
海の外に引きずり出す事はできない。故に、全員で潜って亡霊たちと相対する……それが、おおまかな流れになる。
「戦い方や、数はわかってない。ただ……海底に引きずり込もうとしてきたりするんじゃないかと思う。後、数も十よりは多いんじゃないかな」
後は実際に相対して、対処していくことになるだろう。
以上で説明は終了と、ライは目を細めていく。
「どうして自殺なんてしちゃったのかはわからない。でも……今なお苦しんでいるなら、眠らせて上げないとね」
新たな悲劇を生まないうちに……。
参加者 | |
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ディアス・シャドウキャット(影猫スキル・d01184) |
黎明寺・空凛(此花咲耶・d12208) |
壱越・双調(倭建命・d14063) |
月影・木乃葉(人狼生まれ人育ち・d34599) |
ライ・リュシエル(貫く想い・d35596) |
●海底に眠る無念を探して
命を生み出し、今なお世界を抱き続けている母なる海。時には魂をも受け止めて、冷たき水底へと送っていく。
太陽の光は眩しくて、動かなくても汗がにじみ出てしまうお昼すぎ。波が運んでくる生ぬるい風に一握の涼が……冷気が混じっている事を感じながら、海面にてうきわに乗るディアス・シャドウキャット(影猫スキル・d01184)は仲間たちを見つめていく。
「ふふふ~ん」
今日は絶好の殲滅日和。海上から支えるスタイルを選んだけれど、それでも弾丸を打ち込むことはできるだろう。
一方、都市伝説・崖の側にたゆたう亡霊と直接相対するために海水に浸かっている四人。
自殺岬と呼ばれた崖の下、黎明寺・空凛(此花咲耶・d12208)と壱越・双調(倭建命・d14063)は互いに顔を見合わせ、頷きあった。
「こういう彷徨える魂はあるべき所に送ってあげるべきとの、神凪家当主である燐姉様の強い希望です。行きましょう、双調さん」
「ええ、神凪家は平安より続く退魔の家です。こういう彷徨う亡霊こそ、祓うべきモノ。神凪家現当主である燐姉さんの命により、祓わせて頂きます。空凛さん行きますよ」
顔を上げながら、仲間たちに目配せする。
合図を送り合いながら、一斉に水の中へと潜っていった。
もとより、戦う分には呼吸ができなくても問題のない灼滅者。それが、呼吸ができるのならば何の憂いもない……と、月影・木乃葉(人狼生まれ人育ち・d34599)は海中をライトで照らしながら都市伝説の在り処を探っていく。
亡霊を打倒して、穏やかに眠ってもらう。
決意を鈍らせる要素があるとするならば、亡霊という存在が持つホラー的な要素だろうか?
どことなく腰が引けながらも探ることはやめない木乃葉の隣、ライ・リュシエル(貫く想い・d35596)が影を用いて三人を呼び止めた。
ライは影を指の形へと変えた後に左下……崖がある方角を指し示す。
腕が一本、伸びていた。
それは段々と数を増し、やがて十三対の腕へと……十三人の人間へと変貌した。
老若男女様々に、彼らは灼滅者たちの元へと向かってくる。
表情は苦悶に満ちていた。ひとりとして、まともな姿をしている者はいなかった。
哀れだと思う。けれど、他人を巻き込んでいい道理はどこにもない。
迎え撃つ……と、ライは五色鈴緒のついた縛霊手をはめている腕を握りしめ……
●迷いし者に休息を
都市伝説の出現を、海上から察知したディアス。
口元には笑みを目元には冷徹な光を浮かべながら、海中に向かってガトリングガンを突き出していく。
「本当に甘えていますね。負けた自分を納得させるごとく。まあ、いいけれども」
トリガーを引き、先頭に位置していた男性の個体めがけて数多の弾丸を撃ちだした。
海底を目指し進む弾丸の横に、腕を獣化させた木乃葉が並んでいく。
虚ろな瞳とは目を合わせず、ただただ腐りかけているようにも思える肩だけを見つめ。
心を叱咤し、爪を突き出す。
弾丸に撃ちぬかれた個体の左肩を貫いていく。
刹那、響き渡る。
海中とは思えぬほどに鮮明で耳ではなく心に響く……生者への恨みを連ねた叫びの声だ。
空凛のが最前線へと泳ぎぬけ、その大半を受け止めながら脚に炎を宿していく。
体がきしんでも、視界がぼやけても、祓うという強き意志に違いはない。
弾丸と爪に貫かれた個体の眼前へと到達し、下から上へと蹴り上げた。
炎にも抱かれたその個体は、海に紛れるようにして消滅していく。
直後、空凛の体を帯が抱いた。
帯の担い手たるライは力を送り、空凛の治療を始めていく。
眠らせてあげるためにも、誰ひとりとして倒れさせる訳にはいかないのだから。
ライの援護を受けながら、空凛がダメージの大半を受け持ちながら、灼滅者たちは攻撃を重ねていく。
双調の放つ、海中とは思えぬほどに激しく鋭い拳の雨が、女性の個体を打ち倒した。
表情を変えることはなく、足を動かし都市伝説たちから距離を取る。
得物を握りしめながら、次の個体の選定を開始した。
直後、都市伝説たちが手を伸ばす。
空凛の体を沈めるため。
抗うため、空凛は結界を起動した。
都市伝説たちの動きを制限し、被害を最小限に抑えるため。
自らが、反撃をかわすための時間を作るため。
意に従い、霊犬の絆もまた六文銭を射出した。
空凛を追いかけようとしていた都市伝説たちが人ところへと追いつめられていくさまを前に、木乃葉は錫杖で指し示し、小さな狐の形をした光輪を解き放つ。
――お願いします! 管狐!
命じる代わりに心で願い、向かわせる。
海をも斬り裂く狐の群れは都市伝説たちを斬り裂いて、一体をあるべき姿へと還していく。
順調に攻撃が進んでいる、亡霊たちを眠らせることができている。
だから支え続けていくのだと、ライは優しい海流を招き入れた。
――風よ。鈴の音の響を持ちて厄をば祓わん!
都市伝説たちの力によって、仲間たちの刃が鈍らぬように。
少しでも早く、あるべき場所へ還すことができるように……。
ガトリングが唸るたび、揺れ動いていく都市伝説。
海上から見つめつつ、ディアスは次々とトリガーを引いていった。一体、二体と倒れるたび、口元に浮かべる笑みを深くした。
さなかにも、双調がきらめく剣閃を描いた時、鋭き海流が男性の個体を二つに割る。
残る都市伝説は、六体。
双調は得物を横に構えながら、都市伝説たちが集まっている海底を睨みつけた。
加速していくだろう攻撃をサポートするために、ライは再び優しい海流を招き入れる。
優しい海流に抱かれた前衛陣がさらなる勢いを持って都市伝説に攻撃を仕掛けていく中、ディアスもまた右端の個体へと狙いを定めていく。
「殲滅、殲滅♪」
楽しげにトリガーを引いていき、弾丸の雨を懐中へともぐらせる。
弾丸に貫かれ動きを止めた個体を、空凛が上の方角へと蹴り上げた!
太陽へ誘われて行くかのように消えていくさまを見て、静かな呼吸を紡いでいく。
勢いを衰えさせる事なく、灼滅者たちは都市伝説を攻め立てた。
腕を伸ばし、時に叫び、時に呪う……そんな力をはねのけながら、双調は都市伝説たちの中心へと飛び込んだ。
刃を縦横無尽に振り回し、二体の都市伝説を消滅させていく。
残る個体は、女性が一体。
長い髪で顔を隠した、女性が一体。
木乃葉は向かう、腕を獣に変えながら。
在るべき場所へと還すため、穏やかな眠りを与えるため……。
「……」
爪に胸を貫かれ、その女性もまた姿を薄れさせていく。
消え去ればもう、その場所には灼滅者たちの他には誰もいない。海の静寂が、冷たく世界を満たし始め……。
●自殺岬に祈りを捧げて
殲滅の報を聞き、ディアスは安堵の息を吐きながら仲間たちを岸辺へと導いた。
各々の治療は武装を解くなどの事後処理を行った後、崖の上……自殺岬と呼ばれていた場所へ向かっていく仲間たちを見送っていく。
自殺岬へと到達した四人。
ガードレールとフェンスの向こう側で寄せては帰っていく波間を見つめながら、空凛は花を手にとった。
さなかには、巫女服姿のライがガードレールとフェンスの間に歩み出て、神鈴を鳴らしながら捧げていく。
「貴方達が自殺した理由なんて分からないけど…貴方達の魂がせめて安らかに眠れますように……」
冥福と、この場所の浄化を。
新たな自殺者が現れぬよう、迷える魂があるべき場所へと迎えるよう。
儀式が行われていく中、空凛は崖の側に花を手向けた。
双調もまた献花して、静かに目を瞑っていく。
祈っていく。
ライの儀式が締めくくりへとさしかかろうとした時、木乃葉はフェンスの上方部へ目を向けた。
「どうか、安らかに眠ってください」
高く、高く放り投げ、フェンスの上を超えさせる。
海へ紛れていくさまを眺めながら、言葉を空へと向かう風に乗せた。
受け止めた空は青く澄み渡っている。太陽もまたさんさんと照りつけて、水面を輝かせている。
この場所に平和が訪れたのだと……そう、教えてくれているかのように・
作者:飛翔優 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2016年7月30日
難度:普通
参加:5人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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