犬神屋敷より ガイオウガと影の戌

    作者:空白革命

    ●イヌガミヤシキ、自死
     巨大な犬であった。
     影のような炎のような、酷く揺らめいた姿の、それは犬である。
     人に牙をむいた野犬は二度と人に懐かないと言われる。この犬もまた野獣の風格とまなざしをもち、人里の暖かみなどみじんも感じさせなかった。
     そんな犬が、鶴見岳を登っていた。
     山頂までたどり着いたその時に、まるで誰かに応えるかのように遠く、大きく、そして強く吠えた。
     次の瞬間、犬は己を自分の炎で焼き殺した。
     犬の全身は黒い炎となり、地面に吸い込まれていった。
     
    ●ずっとずっと
     神崎・ヤマト(高校生エクスブレイン・dn0002)はここまでのことを、灼滅者たちに説明していた。
    「このように、サイキックリベレイターによるガイオウガ復活を感じ取ったイフリートたちが鶴見岳に向かっている。最終的には自死し、ガイオウガと合体しようとしているようだ。この『イヌガミヤシキ』も、そうした中の一人になろうとしている」
     ガイオウガは合体を繰り返せば急速に回復し、完全な状態で復活してしまうかもしれない。それを阻止するためには、イヌガミヤシキを迎え撃たなければならないのだ。
     
     イヌガミヤシキの通過ポイントはしっかりと予知できている。
     民間人に影響が無く、戦闘にも適した『やや開けた森林地帯』だ。しかも相手が不利になったとしても撤退しないであろう絶妙な位置取りだ。
    「対応の仕方は三つある。皆で相談して、方針を決めてくれ」
     第一に、イヌガミヤシキを灼滅すること。
     ガイオウガとの合体を直接的に阻止できる、最もシンプルな解決法だろう。
     第二には、交友をはかりガイオウガに友好的な印象を与えることだ。
    「イフリートは合体する際に経験や知識をガイオウガに伝えるようだ。この性質を利用して、ガイオウガに伝言を伝えることができる」
     だがこれには問題もある。
     察するにイヌガミヤシキは本能的な使命感によってガイオウガとの合体をはかろうとしていると思われる。
     それを一瞬でも阻もうとすれば、反射的に戦闘へともつれ込んでしまうだろう。たとえ友好的に接するにしても、まずは戦闘を避けることができないということだ。
     さらには、イヌガミヤシキはあまり言語を理解しないという。筆談すら通じないほどで、実際的行動やシンパシーによる魂的なコミュニケーションをとるそうだ。
     そのため、声に出して伝えるより、想いや魂を武器や拳に込めて戦ってみせる方がずっと有効なのだ。
    「第三には、説得して合体を諦めてもらうことだが、これはとても難易度が高いと思ってくれ」
     なにせイヌガミヤシキは言いくるめることができない相手だ。やめてといってやめてくれるほど理屈は通じないし、やると決めたら必ずやる頑固な側面も持っている。
     イヌガミヤシキと絆を持ち、気持ちが通じそうな相手でなくては前提からして難しいだろう。
    「とはいえ、どうやっても戦いは避けられない。皆の気持ちをまとめて、そして全力でぶつかってくれ。相手はそれだけ強力なイフリートだからな」


    参加者
    セリル・メルトース(ブリザードアクトレス・d00671)
    アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)
    城・漣香(焔心リプルス・d03598)
    海川・凛音(小さな鍵・d14050)
    鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)
    マサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・d21200)
    ハチミツ・ディケンズ(無双の劔・d21331)
    炎帝・軛(アポカリプスの宴・d28512)

    ■リプレイ

    ●この世で三番目に意味のあること
     イヌガミヤシキというイフリートがいる。
     影と炎でできた巨大な犬型の怪物であり、もしくは小柄な少女であり、もしくは柴犬の偽装体であるかのダークネスについて、我々はあまりにも事実を知らなすぎる。
     これを知らなくてもいいと考えるか、知りたいと考えるかで、その本質は大きく異なるだろう。
     例えば海川・凛音(小さな鍵・d14050)。事件に直接関わったことの無い彼女にとって今回は後者の事例であった。
    「死んでもらいたくありません」
    「それはオレも同じだよ。でも、もしかしたら勝手な感情の押しつけなのかも……」
     ナイーブなため息をつく城・漣香(焔心リプルス・d03598)。
     セリル・メルトース(ブリザードアクトレス・d00671)は彼の横顔を見て、そして目を伏せた。
    「誰だって、そうだよ」
     世の中の全てに良いレッテルと悪いレッテルだけを貼り付けて生きていけはしない。全てが思い通りになることも、その逆になることもまたない。
     セリルは経験則としてそれを知っていた。知っていて、その真実を深く嫌悪していた。
     彼女たちのやりとりをよそにして、ぐっと背伸びをするアリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)。
    「聞いた話だと恐ろしく愛想がないのね。気が合いそう」
     その言葉に、誰もが少しばかり共感していた。
     脳なき肉も意志なき骨も、他者と混じりはするまいて。
    「ハッちゃん、なんかさ……」
    「なんでしょう?」
     マサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・d21200)とハチミツ・ディケンズ(無双の劔・d21331)が、お互いの顔を見合った。
    「今って、どういう空気」
    「さあ。学園を守るためにイフリートを蹴りつけて差し上げる、という雰囲気ではありませんね」
    「だよねえ。今のうちに軌道修正しとくか」
    「ですねえ」
     ちらりと炎帝・軛(アポカリプスの宴・d28512)の様子を観察するが、何も言わずにただ歩いているだけだ。
     何を考えているのか、顔からは読み取れない。
     確かイヌガミヤシキに面識があるというのは彼女と、あともう一人居たはずだが……。
    「なんだ」
     鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)は眉間に皺を寄せ、低く小さく唱えた。
     軛といい彼と言い、なんだか一匹狼が偶然集合したような絵面である。
     ふと。
     道ばたに一匹の犬を見つけた。
     柴犬だ。愛くるしく忠実な純日本的なペットとして知られるが、一度野生化すれば人を殺しかねない危険な獣となる。
     そしてこの犬をバベルの鎖を持つ者が見たならば、それがただの獣では無いことくらいは分かるだろう。
     そして面識ある者ならば、一歩でも近づくことの危険さもまた、身体で知っていようものだ。
     刀に手をかける脇差。
    「久しぶりだな、イヌガミヤシキ。お前は、会いたくなかったかもしれんがな」
     犬は身体を起こし、そして巨大な影に包まれた。

    ●信仰としての犬神。呪術としての犬神。
     先に動いたのはイヌガミヤシキの方だった。
     本能的にこちらを外敵と見なしたイヌガミヤシキは巨大な影業の犬となって食らいつく。
    「さあ全力で遊んでちょうだい、『Slayer Card,Awaken』!」
     隊列の先頭に飛び出したアリスが光の剣を解き放って牽制射撃、そうして分散した自らの影から、無数の影業の腕を生み出した。影業の腕が次々にイヌガミヤシキへと掴みかかる。
     とはいえ一度の拘束などこの獰猛な獣にとって蜘蛛の巣程度の意味しかもたない。ごくごく僅かに相手が減速した隙を利用したバックスウェーだったが、素早い加速によってアリスの腕が噛みつかれた。
     口の端で笑みを作るアリス。とその瞬間、腕が聞いたことも無い音をたてて囓りとられた。
     反動でよろめくアリス。
     腕を吐き捨て、今度は頭を囓り取ろうと首を振ったイヌガミヤシキ。その頭を側面から蹴り飛ばすマサムネ。
    「よくわっかんねーが、とりあえず蹴っ飛ばす! やるぜハッちゃん!」
    「戦闘遊戯の始まりだぁあ!」
     揺さぶられたイヌガミヤシキの全身を覆い隠すほどの物理的殺意を、ハチミツが全身から噴出させた。
     殺意の霧へ自ら飛び込み、揺さぶられたのとは反対方向に蹴りつける。マサムネとハチミツは交差して着地。二人同時にウロボロスブレイドをチェーンモードに展開すると、二人交互にイヌガミヤシキへと乱れ斬りを繰り出した。
     影の身体が複雑に切り裂かれ飛び散っていく。
     やがてあたり一面が血の海ならぬ影の海と化した――ところで、脇差が力の限り叫んだ。
    「避け――いやカウンターヒールだ、早く!」
     途端、辺り一面が炎に包まれた。まるで原油の池に火をつけたような燃えさかりように、
     ババロア(ナノナノ)と漣香が咄嗟に回復をはかる。
     炎の行く先はマサムネたち……ではなく、その後ろから回復支援をしようとしていた漣香たちだ。
     たちまち炎に呑まれていくババロアや煉(ビハインド)。
     彼女たちの牽制射撃や回復支援ではヒールワークがまるで足りない。
     漣香は歯を食いしばり、炎の翼を大きく広げた。
    「イヌガミヤシキ、お前は……!」
     広げた炎が巻き付く炎と喰らい合い、お互いをごうごうと打ち消していく。
     仲間のカバーによって焼け残った軛が、偶然生まれた炎の輪を飛び越えながら犬形態から人形態にチェンジ。自らの周囲に大量の黒犬を生み出すと、イヌガミヤシキへけしかけた。
     雷を纏って次々に襲いかかる黒犬。それに食らいつき、次々に消滅させていくイヌガミヤシキ。
     軛はその隙を突くように飛びかかり、強烈なムーンサルトキックを繰り出した。
     空中で反転しながら剣を取り出し、身をひねる形で斬撃を加えていく。
     それと同時に。
    「『真白なる夢を、此処に』」
     魔術的装束にチェンジして反対側へ回り込んでいたセリルが剣でもって影のボディを切りつける。
     振り切り動作のまま、腰から三十センチという巨大さの十字架を取り出し、大口径拳銃のように構えて乱射。
     光弾が無数に影の身体を貫いていく。同時に、跳躍によって頭上をとった脇差が刀の柄から制約の弾丸を乱射。
     セリルと並ぶように着地すると、同時に剣を構えた。
     イヌガミヤシキの背から炎の翼が広がる。
     羽ばたきと同時に影が二倍にまで膨らみ、巨大な足によって踏みつけを仕掛けてくる。
     左右に飛び退くセリルと脇差。
     そして同時に足を剣で切断すると、流れる動きで跳躍した。
     大上段からの切り下ろしだ。しかしそれを待ち構えていたかのように口を大きく広げイヌガミヤシキ。
     万事休す――では、ない。
     横合いから飛び込んだ凛音のドグマスパイクがイヌガミヤシキの横っ面へ炸裂したのだ。
     バンカーの背部から振り回すためのポールが伸び、前方からは折りたたみ式の鎌型ブレードが展開。
     と同時に自らの影業をイヌガミヤシキの全身に絡みつき、動きを一瞬だけ固定。
     薬莢の爆発をそのまま推進力に変えると。凄まじい速度でイヌガミヤシキの首を切断した。
     しかる後に、脇差とセリルの剣がボディを三つに切断。
     水風船のようにばしゃんと破裂した影の身体が地面にしみこみ、やがてただの影となり、その影すらも消えていく。
    「……」
     残ったのは小柄な少女だ。知っての通りに。
     むくりと身体を起こし、歯をむき出しにして威嚇する少女・イヌガミヤシキ。
     剣を向けたままのセリルと脇差は、じっと彼女の顔を見つめた。
     もしこれで想いが通じなければ、ただの殺し合いになってしまう。
     本当に殺し合いになったときのために、マサムネとハチミツもしっかりと武器を構えて退路を塞ぐ位置をとっていた。
    「……」
    「……」
    「……」
    「……」
    「……」
    「……」
     交わされたのは沈黙であり。
     交わったのは感情であり。
     そして何よりの願いであった。
    「……」
     たとえば。
     ここで何か綺麗なことを言って、この少女が奇跡的に人間的感情豊かに涙でも流し、互いに抱き合ってごめんねなんて言いながら一緒に山を下りていく。
     そんな未来。
     そんな空虚。
     誰が望むものか。
    「――ッガ!」
     少女は異常なまでの速度で飛びかかった。
     咄嗟に防御した脇差の腕に噛みつき、腕と肩をそれぞれ掴んで無理矢理腕を引っこ抜いた。
     肩から先を失う脇差。刀が腕ごと天高く放り投げられる。
    「『氷纏舞刀』――ッ」
     繰り出したセリルの剣を歯で噛みつくことで止めるイヌガミヤシキ。一秒と経たずに刀身を噛み砕く。
     手を熊手の形にして振り上げる。
     攻撃が来るか――という直前に、マサムネとハチミツが割り込んだ。
     割り込んだハチミツの肩に手が食い込み、爪がねじ込まれ、肉を骨ごと握りつぶしていく。
     剣を突き立てるハチミツ。
     加熱した靴底を押し当てるマサムネ。
     二人はせーので引き抜くとイヌガミヤシキを強制的に突き飛ばした。
     空中で身をひねってバランスをとり、四つん這いの姿勢で着地。
     対して軛もほぼ四つん這いの姿勢からダッシュ、突撃。
     口にくわえた剣でもって斬りかかる。
     イヌガミヤシキの肉をさき、手首から先を飛ばしていく。
     両手両足でブレーキアンドターン。
     そこで、地面が真っ黒に染まっていることに気がついた。目を見開く軛。
    「さっきのアレ……!」
     咄嗟に回復を始めようとした漣香たち……の足下が爆発した。
     炎に包まれるなんて表現ですまされる現象ではない。視界が光に包まれ、前後も上下も分からなくなり、肉体のあらゆる部分から痛覚が消えていく。
     五体満足の望みは捨てるしかあるまい。煉やババロアたちは手遅れだろう。本能的にそう察した漣香は頭から地面に落下しつつも、無理矢理フェニックスドライブを発動。
    「イヌガミヤシキ、お前は、お前はなんで……!」
     眼鏡がへし折れ、レンズが砕けて散っていく。
     全身から漏れ出た大量の炎が地面を覆っていく。
     再びの爆発。
     今度こそ意識が吹き飛んでいく。肉体すら残っているか不安なほどだ。
     そんな荒唐無稽な爆発の中を、凛音はまっすぐに突き抜けた。
     影業を纏わせた腕でイヌガミヤシキの足首を掴む。と同時に影業を手錠のようにしてロックした。
     振り上げ、地面に向けてて叩き付ける。
     対するイヌガミヤシキは腕で着地し、炎そのものと化した足で凛音の腹を蹴りつけた。
     凄まじい衝撃である。蹴ると言うより貫くと表現した方がまだ適切なほどだ。
     と同時に影業の手錠が引きちぎられ、凛音は地面を転がった。
     背後から迫るアリス。
     振り向き、残った腕に食らいつくイヌガミヤシキ。
     アリスはされるがままに腕を差し出し、今度こそ綺麗に笑って見せた。
     引きちぎろうとした腕を、ぴたりと止める。
     落下してきた刀を片手で取り、イヌガミヤシキの首に据える脇差。
    「伝わっているか。俺たちの想いが」
     ボール遊びができなくて落ち込んだあの時を、脇差は思い出す。
     離れも触れもしない距離で寄り添ったあの時を、軛もまた思い出した。
    「…………」
     イヌガミヤシキはアリス腕から口を離し、牙の食い込みで酷い傷になった腕を、舌でちろちろと舐め始めた。
     脇差はため息をついて、刀をしまった。

     これが戦いの記録であるが故に、結果だけを語っておこう。
     イヌガミヤシキは灼滅者たちと合流。
     その後の扱いは、彼らが決めることになるだろう。

    作者:空白革命 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年8月2日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ