燈火

    作者:朝比奈万理

     鶴見岳の山頂。
     眼下には名も知らない町並みが広がる。空の星より明るい地上の星を見下ろして彼女は、遠くの空に思いをはせた。
     故郷の温泉の源泉はもう見えない。だけど、寂しくはなかった。
    「ガイオウガト、ヒトツニナレルンダモノ」
     純粋な光が宿った橙の瞳を閉じれば、あどけなさが残る少女の姿がゆっくりと変化していく。
     明々とした炎が彼女を変える。
     そして現れたのは、橙々の炎を纏う美しい豹。
     ゆっくりと開いた豹の瞳も、少女の純粋さを湛え。
    「イマコソ、ガイオウガトヒトツニ!」
     炎は橙々と激しさを増し、周りの木々も草も炎に包む。
     やがて命を燃やし切った豹が炎の中に倒れると、その亡骸はすぅっと鶴見岳の山体へと消えていった。
     
    「ガイオウガノ一部ニナレルンダカラ、死ヌノナンカ全然怖クナインダ。……なのであります」
     子ウサギのパペットを操っていた浅間・千星(星導のエクスブレイン・dn0233)は、短くひとつため息をついた。
    「……多くのイフリートが語っていた『ガイオウガと一つになる』という事は、このことだったのだな」
     小さくつぶやいて、教室内を見渡す。
    「サイキック・リベレイターによるガイオウガの復活を感じ取ったイフリート達が、鶴見岳に向かっているようだ」
     日本各地の温泉の源泉から姿を消したイフリート。彼等は皆、鶴見岳を目指す。
    「彼等の目的は、自死。その先にはガイオウガの力と合体する。という目的があるようだ」
     もしイフリート達がガイオウガと合体を繰り返せば、ガイオウガの力は急速に回復するであろう。
    「そして、完全な状態で復活してしまうかもしれない」
     それがどんな意味を持つのか未知数だ。だけど、大きな厄災になることは間違いない。
    「それを阻止する手立て。鶴見岳に集まるイフリートを迎え撃って、合体を防ぐしかないだろう」
     沈痛な面持ちの千星。彼女の脳裏には、あの純粋なイフリートの瞳が焼き付いて離れないでいた。
    「皆が対峙するイフリートは豹のような姿で、名をアケリという」
     橙々の燈を纏う、美しいイフリート。攻撃となるとファイアブラッドとシャウトと同じようなサイキックを使うという。
    「アケリは日も沈み切った夜半に山頂に現れる。そこで迎え撃つのが一番手っ取り早い。そしてアケリは、戦闘になれば撤退はしない」
     命が尽きる最後まで、戦い抜く。
     アケリを灼滅する事ができれば、ガイオウガの力が増す事を阻止する事ができるだろう
    「だが、合体してガイオウガの一部となるイフリートは、その経験や知識をガイオウガに伝える役割もあるようだな」
     灼滅者側がアケリを攻撃せずに接触し、友好を深めたり、ガイオウガに伝えたい内容をちゃんと理解させることができたら……。
    「合体を阻止しなくても、アケリをガイオウガの元に逝かせても、何かが変わる可能性がある気がするんだ」
     イフリートと灼滅者は少なからず、良い関係を築けていた時があったはずだから。
     そんな小さな予感を瞳に宿し、千星は再び灼滅者へと向き直った。
     真剣な表情の千星だったが、いつものように自信満々の笑顔を見せて。
    「灼滅か説得か。皆の胸に輝く星の声に従ってもらって構わない。皆のことを信じているぞ」


    参加者
    聖刀・凛凛虎(不死身の暴君・d02654)
    神崎・摩耶(断崖の白百合・d05262)
    アトシュ・スカーレット(平凡を望む死神・d20193)
    富士川・見桜(響き渡る声・d31550)
    平・和守(国防系メタルヒーロー・d31867)
     

    ■リプレイ


     空を見上げれば星明りが、地を見下ろせば人々の営みの炎が煌く。
     九州の鎮めである鶴見岳の山頂をにたどり着いたイフリート・アケリは、くるりと踵を返した。遠くに連なる山並みの向こうに、自分が居た源泉の地に想いを馳せるためだ。
     今晩、自分はガイオウガとひとつになる。
     その前にもう一度だけ、自分の故郷にさよならを伝えたかったのだ。
     白髪の短い髪が風に靡く。
     そして、まだ人型の足を踏みしめると、橙色の炎が火の粉を纏って風に流れた。
    「こんばんは」
     その炎を見送って富士川・見桜(響き渡る声・d31550)が声をかけると、アケリは少し驚いた様子で夕焼け色の瞳を灼滅者たちに向ける。
    「……ダレ?」
     小さく首をかしげるさまは、純粋な少女そのもの。あどけなさが残る姿にしなやかさはあっても、イフリートらしい雄雄しさはまだ感じられない。
    「私は富士川・見桜。ちょっとだけでいい、私たちの話を聞いて欲しいんだ」
    「ハナシ?」
     アケリは訝しげに小さく眉間にしわを寄せる。その警戒心を物語るかのように、彼女が纏う橙の炎が揺れだした。
     無理もない、突然現れた見知らぬ人間に警戒しない訳がない。
    「我々に敵意はない。少しだけ話を聞いてくれないだろうか」
     風に流れる橙色の炎に照らされて、神崎・摩耶(断崖の白百合・d05262)はアケリに見えるように自分の足元に武器を置いた。
    「私は神崎摩耶。武蔵坂の灼滅者だ。クロキバやヒイロカミの友人でもある」
    (「本懐を遂げさせてやりたいのは山々だが、ガイオウガが強大になり過ぎては、武蔵坂の意思決定方針に影響を及ぼしそうだ」)
     それは阻止せねばならない。摩耶の髪が風に靡く。
     摩耶に倣って平・和守(国防系メタルヒーロー・d31867)も武器を足元に静かに下ろすと、ライドキャリバーのヒトマルも、車体の銃口をアケリに向けない方向で待機をする。
    「……クロキバト、ヒイロガミノ、ユウジン……。イフリートト、トモダチ?」
     その言葉にアケリの橙色の瞳が輝く。
    「あぁ、友達だ」
     摩耶の答えにアケリの炎が小さくなる。どうやら、多少の警戒心は解くことができたようだ。
    「ま、ゆっくり茶でも飲んでやろうぜ」
     聖刀・凛凛虎(不死身の暴君・d02654)が保冷瓶から冷たいお茶をカップに注ぎいれて、アケリに差し出す。
     アケリは小さくうなづいて凛凛虎からカップを受け取ると、
    「アトシュ・スカーレット。俺も武蔵坂の灼滅者だ」
     アトシュ・スカーレット(平凡を望む死神・d20193)は自己紹介し、アケリと目を合わせる。 
    「お前、名前は?」
    「……アケリ」
     そっか。とつぶやいてアトシュは、鞄から大量の焼き菓子が入った袋を取り出した。前日、レシピとにらめっこして焼き上げたものだ。
    「焼き菓子、どう?」
    「クッキーもあるぞ」
     凛凛虎もクッキーが入った箱を取り出すと、アケリは大きな石の上にちょこんと腰掛ける。
    「タベテイイノ? イタダキマス」
     行儀よく挨拶をするとお茶を飲み、お菓子をつまみ始めた。これで彼女から警戒心が解けたように見えるが……。
     アケリは焼き菓子をほお張り飲み込み終えるとクッキーをつまんで、灼滅者たちを見渡した。
    「デ、ムサシザカノスレイヤーガ、アケリニナンノヨウ?」
    「単刀直入に言うぜ。ガイオウガとの融合は待ってくれねぇか? 俺らと一緒に行かないか?」
     凛凛虎はアケリと目線を合わせるように膝を着いた。
    「イク、……ドコニ?」
    「私たちの学園だよ」
     と、合わせて学園にやってきたイフリートがいることを伝える。
    「アケリさんがガイオウガとひとつにならなくても、ガイオウガのためにできることはあるよ」
    「ガイオウガノタメニ、アケリガデキルコト?」
     おうむ返しにして小首をかしげるアケリに、見桜はひとつうなづく。
    「ガイオウガの友達になってあげて。友達は多いほうがきっといいから」
     ね。と見桜は、ふんわり笑んだ。
     見桜がこうしてアケリを誘うには理由があった。
     アケリにはアケリのままでいて欲しいという思いもあるし、この純真無垢なイフリートに共感を覚える気持ちもあるからだ。
     自分も真っ直ぐでいたい。だから、このイフリートのことは放っておけない。
    「……ウーン……」
     だけどアケリは小さくうなり声を上げる。表情からして、学園に行く決め手がないといった感じか。
    「アケリがガイオウガと一つになることを選ぶのは、沢山考えて、それでも選んだことなんだよな? 本当なら、俺達はダメ、なんて言うことはないが……」
     ほお張っていた焼き菓子を飲み込んだアトシュの表情は、悲哀に満ちる。
     自分を犠牲にして代わりに別の存在を生かそうとする。自己犠牲的なイフリートの行動は、とても悲しいものだから。
    「……アケリと話せなくなるのは、寂しい……。もっと仲良くなりたいし、ガイオウガも一人ぼっちは寂しいと思う。アケリはどうなんだ?」
    「ア、アケリモ、モットナカヨクナリタイ……、ケド……」
     まだ何か懸念があるように言葉を濁すアケリに、凛凛虎もクッキーを飲み込んで言葉をかける。
    「俺たちはガイオウガの邪魔をしたい訳じゃない。人手って言うのかね? 人数がたくさん要るんだ」
    「ニンズウ?」
     なんのだろうと首を傾げたアケリ。
    「ガイオウガを付け狙っている連中を追い払う事とか手伝うぜ」
    「ガイオウガヲ、ダレカガネラッテル。シャクメツシャ、ガイオウガヲマモル。……ナンデアケリヲ、ガクエンニサソウノ? ガイオウガヲマモルタメニ、アケリガガイオウガトヒトツニナルノハ、マチガッテル?」 
     真っ直ぐな瞳でそ問われて凛凛虎は表情を変えた。少しぎらついた顔つきに、小さく笑みを宿し。
    「俺の本音としては、俺はアケリのように素直な奴は好きでな。学園に来て欲しいというのは、俺の我が儘な意見でもあるけど」
     そうつぶやいて凛凛虎は、からっと笑む。
    「まぁ、あんたの命だ、好きな道を選んでくれ」
     和守は、自分を見上げるアケリを真っ直ぐ見つめる。
    「お前達のガイオウガへの献身を否定するつもりはない。むしろ、その信条や在り方は美しく見える……正直、羨ましくも思える」
     打算もなにもなく、ただ真っ直ぐに首魁を思う。その心のなんと美しいことか。
    「……覚悟を決めたお前達を止めるのは、難しいのは知っている。事実、俺も一人、見送った。だがそれでも、声をかけずにはいられなくてな」
     アケリも、あのイフリートのように見送ることになるだろうと和守は感じていた。
     だからこそ伝えたい言葉が、あるのだ。
     灼滅者の説得を聞き続けたアケリは、与えられた食べ物を食べ、飲み物を飲み、それでもうんうん唸り続けていたが、満腹で膨れたお腹をぽんぽんと軽く叩くと、静かに顔を上げて灼滅者たちを見渡した。
    「ミンナ、アケリノコト、ガイオウガノコト、カンガエテクレテアリガトウ」
     にっこり笑んだ表情に、灼滅者たちは少しの期待を寄せる。
    「デモアケリハ、アナタタチノコト、ヨクシラナイ。ガイオウガとダカラ、アケリハ、ガイオウガトイッショニイル」
     以前どこかで絆をつないでいたのならば未だしも、初対面の者についていけるほど、ガイオウガへの忠誠心は脆くはない。
     アケリの意思は固かった。
    「ゴメンナサイ」
     悲しそうに頭を下げるアケリの炎が、風に流れて灼滅者の間を通り過ぎていく。
    「そっか」
     沈黙を破ったのは見桜の声。
     アケリの気持ちがかたいのならば、それを大事にしたかった。
    「なら私は、もうあなたを止めないよ。でも、その時はできれば最後まで付き添わせて欲しい」
     その時とは、アケリが命を燃やし尽くす時……。
    「私はあなたたちとは仲良くしたいって思ってるから」
     アケリの決心に応えるように見桜も迷いのない笑みを見せると、悲しげな表情を見せていたアトシュも、摩耶も、凛凛虎も、和守も。
     アケリの決断を尊重することを決めた。


     残った食べ物を囲みながら灼滅者といろいろな話をして、ひと時の交流を重ねたアケリが、ふと空を見上げると東の空が薄っすら白み始めているのが見えた。
    「ソロソロイカナクチャ」
     と、すくっと立ち上がると豹型のイフリートに変えた。
     真っ白でしなやか。美しい姿に橙色の焔が映える。
    「ミンナガ、ガイオウガニツタエタイコト、キクヨ。アケリ、ガンバッテオボエルネ」
     前足を立てて座るアケリを前に、今まで石に座っていた灼滅者たちは、立ち上がると、真っ先に和守が口を開いた。
    「武蔵坂も、そちらでクロキバ派と竜種派があったように考えが纏まっているわけではない。だが、共通としていえる方針は『一般人への被害を阻止』することくらいしかない。その手段の一つとして、スサノオと交渉しているグループもある」
     そのスサノオとの交渉が、すでに決まった昭和新山でのスサノオと灼滅者の共闘が、イフリートやガイオウガの運命を大きく左右することになるのは明白だろう。
     願わくば、灼滅者がスサノオの味方をするを誤解されることは避けたい。
    「全てがどう転ぶかはわからないが、気を付けて」
     出来る限りわかりやすく伝えた。和守は伝え終えると一歩後ろに下がった。
    「俺達は、ガイオウガと敵対するつもりはない、寧ろ友好的な相手でありたい……。そう伝えてくれ」
     アトシュもそう伝えると、見桜はにっこり笑んだ。
    「武蔵坂はガイオウガと友好的でありたいんだ。だから出会うときは笑って会おうね」
    「そう、我らはガイオウガと進んで敵対するつもりはない。一般人に危害が及ばない限りは、共闘も可能」
     摩耶が思うのは、友好関係を築いてきたイフリートたちのこと。
    「それと、学園に来たイフリートの気持ちも、わかってやって欲しい」
     彼らが自分たちと心を通わせることができるのだから、ガイオウガとも友好関係を築ければよい。
     アケリは摩耶の願うような表情を、黙って見上げた。
    「エット、……スレイヤーハ、ガイオウガトテキタイシタインジャナクテ、トモダチニナリタクテ、イッショニキョウリョクデキテ、ニンゲンヲマモリタイダケ。アト、スサノオニ、キヲツケテ。アト、ガクエンニイッタイフリートノキモチモ、ワカッテアゲテ……」
     難しい顔で伝言を反芻したアケリは、自分の心に刻みつくまで、数回それを繰り返した。そして伝言を空で言えるようになると、灼滅者たちに向き直る。
    「デンゴン、タクサンダケド、ガンバッテオボエテオイテ、チャントガイオウガニツタエルネ」
     立ち上がったアケリに凛凛虎が歩み寄る。
    「最後に、モフモフして良いか?」
    「俺もなでさせてくれ」
     アトシュも手を伸ばそうとする。
    「モフモフモ、ナデナデモ、ダイスキダヨ」
     そう言ってすいっと体を二人に寄せたアケリは、まるで大きな猫のよう。
     見桜はアケリの整ったほほにそっと手を差し出し、優しくなでる。
    「ありがとう。あなたと出会えてよかったよ」
    「アケリモ、ミンナトアエテヨカッタ」
     しばらく人間の温かみを感じていたアケリだったが、自分から灼滅者から身を引いた。
     これから自分が迎える運命を悲劇だなんて思っていない。むしろ、喜びなんだ。
     そんな明るい笑顔を灼滅者に向ける。
    「ミンナ、ナカヨクシテクレテアリガトウ。サイゴニ、トッテモイイオモイデガデキタヨ。アケリハイマカラ、ガイオウガトヒトツニナル。……アブナイカラ、ココデオワカレ」
     アケリは身を翻すと、灼滅者が託した伝言を唱えるようにつぶやきながら一気に斜面を駆け上がっていった。
     一度も後ろを振り返らなかったのは、未練がないからなのだろうか。それとも、自分の生きた道に満足しているからなのだろうか。
     灼滅者は木々の向こうに颯爽と消える白い姿を、聞こえなくなったつぶやきを、そしてやがて橙々と燃え始めた山頂の燈火を、見守り続ける。
    「アケリ、か。いい名前だな」
     摩耶のつぶやきは、無事にガイオウガと融合できるようにと願う灼滅者たちの祈りは、天に上がっていく火の粉とともにそっと風に流れていった。
     

    作者:朝比奈万理 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年8月5日
    難度:普通
    参加:5人
    結果:成功!
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