休火山で猪突猛進

     休火山の山頂付近に1頭のイノシシが姿を現した。ただのイノシシではない。カバやゾウに引けを取らないほどの巨大イノシシだ。そして、その身を包む深紅の炎が、そのイノシシがただの獣ではないことを物語っていた。
     草木は焼け落ち、地面は黒く焦げ付いていて、イノシシが通った道筋がはっきりと分かる。しかしそれは、獣道と呼ぶには、あまりにも荒々しく異様な光景だった。
     イフリートは闇堕ちと同時に理性を失い、死ぬまで暴虐の限りを尽くすと言うが、このイノシシにはイフリートとしての本能なのか、一つの意思が見て取れた。
     イノシシが地面を踏みしめると、火山がその足音に呼応するようにゴオォ、と鈍く低い音を立てる。
    「ブオオォォォォ――!」
     カツカツと地面を踏み鳴らしながら、火山の目覚めを促すように、何度も、何度も……イノシシは咆哮する。
     深紅の炎の中で鋭い牙がその存在を主張するように白く輝き、大きく開いた鼻の穴と口の端から、身の内に宿る炎が漏れ出す。
     ――それは、イノシシの闘志を具現化したもののようにも思われた。

    「サイキック・リベレイターを使用した事で、イフリート達の動きが活発化している。それはお前達も知っているだろう。最近では、休火山の山頂付近にイフリートが出現するという予知がいくつもされている。今回の任務は、その中の一つだ」
     神崎・ヤマト(高校生エクスブレイン・dn0002)が教卓の上にルービックキューブを転がした。
     イフリート達の目的は、イフリートの首魁『ガイオウガ』を復活させることだとヤマトは語る。ガイオウガの復活を促進する為に、イフリート達は休火山に眠る大地の力を利用しようとしているのだ、と。
    「問題はそれだけじゃない。このままではガイオウガの復活が早まるだけではなく、日本全国の火山が一斉に噴火し、龍脈を中心に日本が分断されるほどの大事件に発展してしまうだろう」
     それだけは避けなければならない。阻止出来るのは灼滅者だけなのだとヤマトは灼滅者達に熱い口調で語りかける。
    「お前達の力を貸して欲しい」
     己の血を燃えたぎる灼熱の炎に変えて戦うファイアブラッドのように、イノシシもその身と身の内を焦がす炎で灼滅者達を焼き尽くそうとする。
    「イノシシっていうのは基本的に神経質で警戒心が強い生き物だ。危険を感じたりしなければ、むやみやたらと襲って来ることはない。だが、このイノシシはイフリートだ。普通のイノシシと違って非常に攻撃的で、目的を完遂するために命尽きるまで戦うだろう」
     突進力も強く、鋭い牙を用いた攻撃にも注意する必要がある。骨を噛み砕くことも可能なほど顎の力も強い。
    「それにイノシシは真っ直ぐにしか進めないって言うのは間違いだ。イノシシは急停止も方向転換も出来る。それを忘れないでくれ」
     数の有利があったとしても、油断すればすぐに形勢は逆転するとヤマトは念を押した。
    「イフリート達にはイフリート達なりの言い分があるだろう。だがこれは、日本の未来に関わる問題だ。放置しておくわけにはいかない。よろしく頼む」
     ヤマトは、自分に出来るのは、予知で得た情報を出来るだけ多く灼滅者達に伝え、こうやって頭を下げることだけだと言って、少しだけ淋しそうな顔で笑った。


    参加者
    華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)
    峰・清香(高校生ファイアブラッド・d01705)
    槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)
    久織・想司(錆い蛇・d03466)
    丹生・蓮二(エングロウスドエッジ・d03879)
    武月・叶流(夜藍に浮かぶ孤月・d04454)
    野乃・御伽(アクロファイア・d15646)
    大和・蒼侍(炎を司る蒼き侍・d18704)

    ■リプレイ

    ●炎の化身は、その牙を研ぐ
     登山を開始してからどれぐらいの時間が経っただろうか。日が暮れはじめ、日差しは少し和らいだように思う。それでも暑い事に変わりはなく、首筋を幾重にも汗が伝う。
     ――昭和新山の方はどうなっているでしょうか……。あぁ、駄目です。今は目の前の敵に集中しなければ。
     考え事をしながら倒せるダークネスなんていないのだ、と華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)は、首を振り気持ちを切り替えた。
     火山の噴火で日本がグチャグチャになるのはイヤだ。戦いたいのに戦えない。何も出来ないのは何より辛い。
     丹生・蓮二(エングロウスドエッジ・d03879)の表情の強張りに気づいたのか、野乃・御伽(アクロファイア・d15646)は何も言わずに、蓮二の肩をポンと叩いた。
    「……妙ですね」
    「何がだ?」
     抑揚に無い声で呟いた久織・想司(錆い蛇・d03466)に峰・清香(高校生ファイアブラッド・d01705)は言葉を返した。
    「山を登りはじめてからずっと、動物の姿を見ていません」
    「言われてみれば確かに、鳥や蝉の鳴き声も聞こえないな」
     清香が耳を澄ますまでもなく、山は不自然なほど静かだった。
     愛用の刀に手を滑らせながら大和・蒼侍(炎を司る蒼き侍・d18704)は、両親の仇であるイフリートの体に刃を突き立てる瞬間を夢想する。
     ――今度こそ。
     それぞれの想いを胸に山を登って行くと、やがてすっかりと焼け焦げた大木が灼滅者達を出迎えた。
     武月・叶流(夜藍に浮かぶ孤月・d04454)が近くにあった木にそっと触れる。
    「木が焼け焦げているってことは、近くにいるってことなのかな? 気を引き締めていかないと」
     そう言いながら、叶流が周囲に目を向ける。倒れていた木は一本や二本ではない。不自然に出来た獣道は、山頂付近までずっと続いている。その中で不幸中の幸いと言えるのは、イフリートの纏う炎が普通の炎とは違うもので、木々を伝い燃え広がっていく心配がなかったという事だろう。
     ――もしも火山が噴火したら、山火事どころの騒ぎじゃなくなる。
     槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)の脳裏に、燃え盛る炎の中で逃げ惑う動物達の姿が思い浮かぶ。
    「……大丈夫、俺はまた、守れる」
     焦げて変形した髪留めに軽く触れ、自分に言い聞かせた。康也にとってそれは、癖であり、おまじないのようなものでもある。
    「どうかしたんですか?」
     紅緋から気遣わしげな視線を向けられて、康也は少しの間、目を泳がせていたが、何かを思いついたような声を出して、おもむろにバッグから缶おでんを取り出した。
    「あ、いや……。あぁ、そうだ! おでん食う?」
    「おでん、ですか……?」
    「ほら、腹が減っては……って言うだろ。ちゃんと全員分あるぞ」
     少しだけ戸惑った様子の紅緋を余所目に康也は、他の灼滅者達にも缶おでんを配っていった。
    「夏におでんって、どうなんだ?」
    「メニューは兎も角、腹ごしらえは大事だよな」
     蓮二と御伽の会話に耳をそばだてながら紅緋は誰にも気づかれないように、ほっと胸を撫で下ろした。
    「よかった。変だと思ったのが私だけじゃなくて……」
    「まるで遠足ですね」
     呆れ顔の想司に清香が言う。
    「あぁ、だがのんびりしていられるのも、ここまでのようだ」
    「オオォォォォ――!」
     獣の咆哮が風に乗って聞こえて来る。
     小さく見えるその姿を真っ直ぐに見つめ、大和・蒼侍(炎を司る蒼き侍・d18704)は、これから相見える敵の名を呟いた。
    「……イフリート」

    ●燃える闘志をその身に宿して
     草や木だけではなく、地面まで真っ黒に焦げ付いている。まだ火の粉が燻っているものもあるが、やはり燃え広がっていく様子はない。
    「おーおー、これまた派手に荒らしてくれてんなぁ」
     御伽が倒れている木に足を乗せると、木は形を留めておくのは限界だとでも言うようにボロボロと崩れていった。
    「つーか、デカくね?」
     見上げる程の巨体は、灼滅者達の想像の域を遥かに越えていた。
     カツカツと硬い蹄で地面を鳴らし、イノシシは灼滅者達を見据えている。そして、天を仰ぐようにして、雄叫びを上げた。
    「ブオオォォォォ――!」
     邪魔する者は許さない。そんな声が聞こえた気がした。
     ビリビリと震える空気。イノシシから伝わる熱と闘志に、御伽は逸る気持ちを抑えられない。
    「ふはっ、久々に骨のありそうなヤツだな! 純粋な力対決は望む所。けどな、勝つのは俺だ!」
     宣戦布告。紅の長槍『阿修羅』をイノシシへ向け、御伽は挑発的な笑みを浮かべた。
    「確かに、デカイとは聞いてたけど、なぁ?」
     同意を求める蓮二の声に仲間達も頷く。
     ただ一人を除いて――。
    「大きさなど関係ない」
     蒼侍は殺界形成を展開し、日本刀を構えて地面を蹴った。
     蓮二が先陣を切って駆け出した蒼侍の体に帯を纏わせ、彼の防御力を強化する。そして、これからクラッシャーとして最前線で戦う他の灼滅者達にもラビリンスアーマーを使用した。
    「早くケリつけちゃおうぜ」
    「回復は任せて。イフリートは熱いからこそ、こちらはクールにいかないとだね」
     常に冷静。しかし胸には熱いものを秘めている叶流が言葉を繋いだ。
    「お前が暴れるのは勝手だが、火山を巻き込むのは勘弁してもらおう」
     蒼侍がまずはじめに狙ったのは、足だ。イノシシには、大きな体に見合ったパワーがあり厄介ではあるが、その分死角も多い。見えない場所からの斬撃にイノシシが戸惑いと怒りが混ざり合ったような声を出す。
     ――また違ったか……。
     蒼侍はそう心の中で呟いた。
     もしかしたら。そう思い、何度裏切られたような気持ちになっただろう。
     イフリートに両親を殺され、自分だけが生き残った。これは、そんな自分が背負うべき罪なのか――。
     そんな考えを打ち消すような康也の叫び声が聞こえて来て、蒼侍はハッとした。
    「全員シッカリ守りきる! そんでてめーはぶっ飛ばす!」
     康也は、鎖と炎のシンボルが刻まれた白銀の刃を振るう。白い斬撃がイノシシを襲い、同時に白くまばゆい光が康也を包み込む。聖戦士化した康也が次に放ったのは、先程とは正反対の色を持つ影だ。狼の形をした影が大きく口を開け、イノシシを飲み込まんとする。
     過去から現在へと思考を戻した蒼侍も目にも留まらぬ速さでイノシシの死角に回り込み、敵の体に傷を増やしていく。
    「華宮・紅緋、これより灼滅を開始します」
     足元から赤黒い影が伸びる様は、まるで血の池の真ん中に紅緋が静かに佇んでいるように映った。
     イノシシが具現化されたトラウマに気を取られている間に距離を取り、渦巻く風の刃でイノシシの体を斬り裂く。影の触手で絡め取り、動きを封じようとしたが、イノシシは影を纏わせたまま突進して来た。紅緋もまた真正面からイノシシに向かって行く。
     イノシシの巨体とぶつかる寸前、紅緋はひらりと宙を舞った。そして、空中で異形巨大化させた片腕を今度は、勢い良く振り下ろした。イノシシが紅緋を振り払う。

    ●燃え尽きよと獣は咆える
     イノシシの炎が大きくなり、灼滅者達を焼き払う。
    「――ッ!」
     数人の灼滅者がその餌食となってしまった。皮膚を焼く熱に思わず呻き声を上げる。しかしそれは、一瞬の出来事だった。
    「風よ、みんなに癒しを与えて!」
     叶流が『祝福の言葉』を風に変え、仲間達の傷を癒したのだ。
    「やめろといって聞くようには見受けられないな」
     後方から清香が奇襲をかける。ダークネスに弄ばれて来た人々の怒りが刻まれた杭がイノシシの『死の中心点』に打ち込まれた。
    「さぁ、お前ばかり楽しんでいないで、私にも生きている実感を教えてくれ!」
     巻き付いた刃がイノシシの体を斬り裂く。清香の笑みは狂気に満ちていた。
     御伽の長槍が螺旋を描きながらイノシシの肉を斬り裂いていく。長槍が引き抜かれる事で新たな痛みが生まれ、イノシシは鋭い声を上げた。
    「まだやれるだろ? 反撃して来いよ!」
     その声に応えるように、イノシシが牙を突き上げる。御伽はそれを難なく避けてみせ、オーラを集束させた拳でイノシシの横っ面を殴り、そのまま連続して拳を打ち込んでいく。
     血の濁りに似た闘気を身に纏った想司もまた、イノシシの脇腹に閃光百裂拳を炸裂させ、加勢した。
    「その虚勢がいつまで続くのか、見物ですね」
     心なしか弾んだ声。瞳に映る熱。普段は、心の奥深い場所に仕舞われている想司の本来の姿が見え隠れする。
     二人の攻撃に、とうとう耐えられなくなったのか、ズシンと重々しい音を立ててイノシシが倒れた。
    「――♪」
     清香が魅惑的な歌声を披露し、起き上がろうとしたイノシシを催眠状態に陥れる。
     蓮二が横たわるイノシシに飛び蹴りを食らわせながら、仲間達に声をかけた。
    「畳みかけるなら今だッ!」
     それを見越していたかのようなタイミングで、紅緋が放った渦巻く風の刃が襲いかかる。
    「イノシシさん、あなたの全力を超えてみせます」
     康也が断斬鋏でイノシシの体を斬り裂けば、その傷口から狂気をもたらす『鋏の錆』が感染した。
    「お前にも色々あんだろーけど、ここはキッチリ止めとかねーとな!」
    「みんなの大切な『日常』を壊すなんて、そんなの駄目だよ」
     叶流も軽やかに戦場を駆け、接近戦に持ち込む。その手にある魔術の女神の名を持つ銀色の銃が、彼女の心を映すように、蒼く美しい輝きを放っていた。
     蓮二は冷静に状況を判断しつつ、高速回転させた杭をねじ込み、仲間達が動きやすいように心がけた。
    「そっちに行ったぞ! コイツはもう限界だ。挟み撃ちにして一気に片付ける!」
    「あぁ、やはり、俺を殺してくれるのは貴方ではなかったようですね」
     想司がイノシシの顔を蹴り上げ、御伽と蒼侍がそれに続くようにそれぞれの武器に宿した炎を叩き付けた。二人の炎がイフリートの炎を飲み込む勢いで広がって行くが、イノシシはそれを止める術を持たない。
     それでもイノシシは戦うことを止めず、そのまま突進して来た。

    ●猪突猛進、命尽き果てるまで
     肩に焼けるような痛みを感じた。傷口から炎が溢れ出ている。すれ違う瞬間に鋭い牙が肩を掠めたのだろう。
    「ッテェな……、やるじゃんお前」
     傷を負ったというのに、御伽は実に楽しそうに笑っていた。与えられたダメージをそのままに、再びイノシシへと向かって行く。
    「オラっ、今度は俺からの一発、もらっとけよ」
     拳をぶつけ、己の魔力を流し込む。次の瞬間、御伽の魔力がイノシシの体内で暴発した。
     康也が放った狼の影が再びイノシシを飲み込み、影が消えた瞬間を狙って叶流が『漆黒の弾丸』を撃つ。想司の蹴りでよろけたイノシシを待っていたのは、脳天に落とされた蓮二の飛び蹴りだった。目の前に火花が散っているようで、イノシシは目を白黒させた。
     清香が弄ぶようにウロボロスブレイド『運命裂き』を巻きつけ、牙を足場にして空高く跳び上がった紅緋がイノシシの背中に鬼神変をお見舞いする。ゴキャッ、と骨が砕ける音がした。
    「プギイイィィ――!」
     耳をつんざく断末魔のような叫び声が周囲に響く。
    「イフリートは……全て斬る!」
     しかしその声が長く続く事はなく、蒼侍の居合斬りによって、終幕した。
     意識が混濁しているのか、イノシシの瞳は白く濁っていた。
     もう終わりだろう、誰もがそう思った時、イノシシが体を丸めるような動きを見せた。異変に気づいた叶流が叫ぶ。
    「みんな離れてッ!」
     次の瞬間、イノシシの体が爆発した。
    「――……!」
     何とか爆風をやり過ごした灼滅者達は息を吐き、イノシシが消えた場所を静かに見つめた。
    「敵ながらあっぱれ、と言ったところでしょうか」
     独り言のように、ぽつりと呟かれた想司の声は、風に掻き消されて、誰の耳に届く事もなかった。
     ――目的を完遂するために命尽きるまで戦うだろう。
     彼らの脳裏にエクスブレインの言葉が静かに響く。
     瞑想しながら蒼侍は『あの日』に想いを馳せていた。
    「アイツと相見える日は一体いつ訪れるのだろうな。……それでもこうやって戦っていればいつかは見つかると信じるしかない」
     ――仇討ちを果たすまではそっちに行くのを待っててくれ。
    「よかった……。また、守れた」
     康也は、ほっと安堵の息を吐き、これが現実である事を確かめるように髪留めに触れた。
    「あれだけデカいイノシシだったら、牡丹鍋すげー食えそうだよな」
     空腹を訴える腹を押さえながら言う御伽に蓮二は笑いかけた。
    「少なくとも、8人じゃ食いきれないくらいは出来るな!」
    「戦闘の痕跡も消した事だし、そろそろ帰るか」
    「えぇ、無事に終わって良かったです」
     清香と紅緋の声を聞いて叶流が制止の声を上げた。
    「あと少しだけ調べさせて……被害を出さないためにやれることがあるなら、できるだけやっておきたいから」
     夕焼けで赤く染まった山は、静けさを保っている。
     来た時と少しだけ違うのは、どこからともなく聴こえて来るカラスの鳴き声と、虫達の合唱。

    作者:marina 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年8月7日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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