悪魔の闇

    作者:旅望かなた

     押し殺した泣き声を聞きつけた少女は、くすりと唇の端を吊り上げた。
     その瞳の奥にわだかまる昏さは、ローティーンの外見には釣り合わぬほど深い。
     泣き声の主が二十代後半の女性であっても、ひどくやつれていても、手にロープを持っていても、少女は睫毛一つ動かす事はなかった。
     
    「助けてあげようか」
    「!?」
     思わぬ声に顔を上げた女性の手から、持っていたロープが落ちた。
     悪魔の存在など信じていなかったけれど、そう呼ぶしかないような笑顔。
     けれど。
    「助けてって一言いえば、私が何でもしてあげる」
     いくら悪魔が恐ろしい存在でも、悪魔によって人が堕落する話がたくさんあるのは何故なのか。
     女性は、それを己が身で知った。
      悪魔は、ひどく優しかった。
    「おいで」
     少女の小さな手に、女性のやつれ切った手が重なる。
     少女の幼い顔に、老練した恍惚が浮かんだ。
     
    「一人ぼっちは、寂しいからね」

     翌日。
     一人の男が重傷で発見され、彼の家からは妻の荷物だけがなくなっていた。
     
    「遠からず彼女は、人を、殺します」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は、そうはっきりと告げた。
    「人を殺していないのは、まだ彼女の――ダークネスたるソロモンの悪魔の元人格である少女の、心の憶測にある良心が、闇に抗っているからです。――いくら抵抗しても、いつかは負ける戦いに、挑み続けています」
     けれど破滅の時は、近い。
     彼女の意識はいずれ、ダークネスとして完全に覚醒する。
    「その前に、彼女を殺してください」
     姫子の顔から、表情が消える。
    「けれど……彼女が灼滅者の素質を持つ人であったら……説得の言葉に耳を傾ける心が残っているならば、どうか助けてください」
     そっと姫子は目を閉じ、次に目を開いた時にはいつもの穏やかな笑みを浮かべていた。
     
    「このダークネスはソロモンの悪魔。人の願いを叶え、己に従わせるのが彼らの喜びです。彼女も例外ではなく、十名ほどの一般人を既に従えています」
     普通に戦いを挑むならば、一般人を相手取る必要もある。
    「しかし、彼女には一つだけ『隙』があります。彼女は……新たなターゲットに接触し、望みを聞き出す時は、単独で行動します」
     彼女が選ぶターゲットは、深い悩みか絶望を抱えている。ある程度は演技でごまかす事もできるだろうが、囮作戦を取るならば、己の心の触れたくない部分と向き合い、深く思い悩む必要があるだろう。
     そうでなければ、まず彼女はほとんど姿を現さない。
    「彼女の能力は、魔法使いと同じものです。配下は数は多いですが、殴る蹴る程度の攻撃しか行いません」
     なお、囮を用意して彼女が一人で行動していた場合も、異変を感じた一般人が現れる可能性がある。時間にして十分程度でしょうか、と姫子は計算結果を告げる。
     
    「……それから。彼女が闇堕ちした原因が、幾分わかったのです」
     彼女は年の離れた兄を、己の手で喪っている。
     他に血縁のいない少女に、兄は良き保護者であった。けれど、病に倒れた時――兄は、妹の手で死ぬことを望んだ。
     とてつもない苦しみと高額の医療費が、自分のみならず妹にも覆いかぶさることを心配し、けれど妹の手に消えない罪を着せた彼を――矛盾と言うのは、たやすい。
     けれど、今でも兄を愛し、そして心の何処かで憎む少女には、それではきっと届かない。
    「彼女は名前を捨て、身分を捨て、己の人格すらも失おうとしています。どうか――彼女を、助けてください」
     そう言って、姫子はそっと頭を下げた。


    参加者
    緋島・霞(緋の巫女・d00967)
    四条・貴久(中学生ファイアブラッド・d04002)
    森山・明(少女修行中・d04521)
    黒瀬・花代(中学生エクソシスト・d05497)
    新堂・辰人(夜闇の魔法戦士・d07100)
    黒沢・焦(フェアーダーク・d08129)
    神枝・火蓮(中学生ストリートファイター・d08750)
    天城・兎(公道の白兎・d09120)

    ■リプレイ

     袋小路より目を逸らすかのように、緋島・霞(緋の巫女・d00967)がそっと目を閉ざす。
    (「ただ怯えて隠れていた。家族も友達も殺された。私一人が生き残った」)
     滅ぼされた街に唯一人。何の前触れもなく、ただ唐突に全てを失った。
    (「……思い出すたびに目に映る全てが虚ろに見える。闇堕ちした自分が見た世界と被る」)
     閉じた瞼に映るのも、闇であった。
     闇に堕ちた過去の己と同じ、深い深い闇であった。
     
     軽い足音の接近に、灼滅者達は対峙の時が近づいた事を悟る。
    「まだ間に合うかもしれないのか……」
     するり、と森山・明(少女修行中・d04521)の手が、髪を結っていたリボンを解いた。
    「完全にダークネスに囚われたのじゃないなら、救いたいよね」
     髪をまとめ、リボンを結わえ直す。
     解けぬよう強く結ぶ手の強さは、そのまま明の決意の強さ。
     少女が隠れた灼滅者達の前を通り過ぎ、袋小路に踏み込んで僅か後。
     つ、と新堂・辰人(夜闇の魔法戦士・d07100)が立ち上がった。
     手に持ったロープが、立ち入り禁止と書いた紙と共に揺れる。神枝・火蓮(中学生ストリートファイター・d08750)が眠たげな瞳を僅かに持ち上げ、ゆっくりとロープの反対端を受け取った。
    「この世に生きる以上、理不尽なことは大なり小なりあるよね。だからといって闇に堕ちていいわけじゃないけど」
     辰人の言葉に、黒沢・焦(フェアーダーク・d08129)は静かに唇を引き締める。
     彼女は、自分とどこか似ている。
     けれど、それが生む共感を、その由来である己の過去を、焦は口にはしなかった。
     反対に、天城・兎(公道の白兎・d09120)は彼女の闇を、己の事として実感は出来ない。
     けれど、彼は自分にできることをしようと思った。
    『彼女』が救えるか、その後どうなるかはわからなくても、己は己のできることをしっかり頑張る、と気負わずに辰人はロープを結わえつけた。
    「……行きましょう」
     ほんの小さな声で黒瀬・花代(中学生エクソシスト・d05497)が声をかける。頷いた灼滅者達は、素早く足を勧めた。
     計画通りの進行に、花代は安堵する気を引き締め直す。
     
    (「生き残れた事、闇堕ちから戻れた事が奇跡と言うなら……何故私だけだったんでしょう」)
     小さな足音に、霞はそっと顔を上げ、目を開いた。
    「……貴方は答えを教えてくれるんでしょうか?」
     悪魔の宿った瞳の、真の持ち主である『彼女』に、霞は問う。
     一緒に前に踏み出せるかもしれないその人に。
     彼女が、口を開こうとしたその時――。
    「っ!」
     灼滅者達の気配に、振り向いて。
    「なるほど、私を騙すには、上手な嘘……」
     というわけでもあながちないのかな、と少女は、彼女に潜むソロモンの悪魔は笑った。
    「いずれにせよ、上手い手だね。褒めてあげる」
     その言葉と同時に。
    「……纏え、緋霞」
    「灼滅……開始!」
     温度の辺かを敏感に感じた霞が、明が、灼滅者達が一斉に力を開放する。
     きん、と己の身が体温を急速に奪われたのを、前に出ることを選んだ三人の少女達は感じ、耐えた。
    「でも、邪魔するなら、殺……」
     続きの言葉を言おうとした少女の顔は、その瞬間酷く歪んだ。
    「こ……こ、ろ……し……」
     言葉を解き放とうとする闇。
     言葉を口にする事を拒む少女。
    「しっかりしてください! このままでは本当に貴方でなくなってしまいます!」
     霞の言葉が、少女の心を呼ぶ。鋼の糸が、闇に支配されかけた少女の体を縛る。
    「疾風」
     閉ざしていた瞳を、四条・貴久(中学生ファイアブラッド・d04002)が開いた次の瞬間。
     現れたライドキャリバーと共に、人目を奪うのはその鋭い目つきから生み出される強い眼光。
     ひらりとその体が、ライドキャリバー――疾風にまたがる。
     やはりライドキャリバーを呼んだ兎が、戦場をゆっくりと、徐々にスピードを上げて旋回する。
     そして、彼は歌を歌い始めた。
     ただ、癒し続けるための歌を、歌い始めた。
    「あなたが全てを捨てようと構いません」
     心に巣食う漆黒を、昏き思念を、花代は一気に集束させる。
    「けれどすべてを捨てた先にあるのが闇だけと考えるのは、少々早いのかもしれません」
     漆黒が、空を駆けた。
     それは言葉と共に、少女へと届き――闇を、喰らう。
    「こっちの攻撃は見切れるかな?」
     さらに反対から、辰人のナイフが影を纏って少女を襲う。彼女の瞳が、虚空の一点を見つめ――睨み付けた。
     恐らく具現化しているのは、彼女のトラウマなのだろう。
     そして、そのトラウマの形は――。
    「お兄さんのことを考えて、きちんと気持ちを整理して自分で納得して行動したのなら、あとはそれを糧にして、前向きに生きるしかないじゃない」
     遠慮することなく、火蓮は刃と共に言葉を振るう。大振りの武器に似合わぬ精緻な武術が、充分な威力を以って守りごと闇を削ぎ取っていく。
    「それが出来ないってことは何か後ろめたい気持ちがあるんじゃないの? エゴでお兄さんを殺したの? 本当にお兄さんの事考えていた?」
    「……後ろめたくないわけがないでしょ?」
     少女の声が、一段低くなる。
     瞳に揺らいだのは闇。けれど、火蓮に向けた鋭い視線を支配するのは、怒りだ。
    「生まれた時から一緒で、みんないなくなっても一緒で、大切で、大好きな人を……自分で、殺して……後ろめたくなかったら、それは」
     不気味に、少女の唇が大きな笑みの形を作る。
     瞳に、燃えるような情念が篭る。
     少女の心と、闇が、近づく。
    「ヒトじゃ、ないよ」
     歌声が、止んだ。
     ライドキャリバーによる旋回を続け、歌によって仲間を癒し続けていた兎が、動きを止める。歌を止める。視線を少女に据え、耳を傾ける。
     それが音を操る者としての、兎の礼儀だ。
    「お兄さんを殺したことを責める心算はないよ。ただ」
     闇に負けぬ視線で、火蓮は少女の怒りを受け止めて。
     己の思いを突きつける。
    「自分の選択が原因でやさぐれて、それで被害者面して現実逃避っていうのは気に入らない」
     己が苛立っていることを、火蓮は心の隅で自覚していた。
     彼女が闇に堕ちかけた要因はいろいろある。けれど、結局本人の未熟さが最終的な原因じゃない、と火蓮は結論付けた。
     十代半ばにもならぬ少女にぶつけるには、厳しすぎる言葉だろう。
     だが、それをぶつける火蓮も、まだ十三にしかならぬ少女だ。
    「私だって、自分の手で身内を殺めたら、正気じゃいられないかもしれないけど。だったら初めからそんなことしないでよ」
    「自分の気持ちと、その気持ちが大事に思う人の願いに挟まれて、心がずたずたになったことないんだね。……幸せだよ、羨ましいね。憎いくらいね」
     言葉と言葉、心と心がぶつかり合う。
     兄を殺し、それを心が受け入れられず、闇に堕ちかけたのが少女の未熟なら。
     言葉の鋭さを和らげることなく、ただ突き刺すのが火蓮の未熟かもしれない。
     けれど、その傷つけ合いが、頑なに閉じたまま暗く染まっていた少女の心を開くなら。
    「方法は間違えたかもしれない……いや、間違えてる。でも、お前の兄貴が命と引き換えに守ろうとしたのは、誰の未来なんだ!?」
    「命があれば……心は壊れても構わないのかな!?」
     焦の問いに、少女の叫ぶような引き裂かれるような問いが重なる。
     純粋な魔力と機械仕掛けの魔法、二つの光線が問いに同期するように交錯する。
    「貴女には生き続けて欲しかったんだろね。結果、貴女を苦しませることになっても……!」
     巨大な無敵斬艦刀が、叩き下ろされる。瞳を覗きこむように見つめる、明の言葉と共に。
    「それこそ……それこそエゴだ!」
     どことなく大人ぶっていた少女の口調が、年相応の叫びへと変わる。
    「だったら私も我儘になってやる! 一緒に死のうって言われたら、悩んだけどここまで辛くなかった! 自分が死ぬまで一生懸命一緒に行きようって言われたら、一緒に生きた時間を思い出に出来た! なのに、私に……私に、お兄ちゃんと私を自分の手で引き裂かせることを、お兄ちゃんは選んだんだ! お兄ちゃんの、馬鹿……」
     噛み締められた唇に、血の筋がにじむ。
    「でも」
     涙の代わりに、後悔をいっぱいに湛えた瞳が、火蓮を見つめる。
    「あんたの言う通り、お兄ちゃんに殺してって言われた時に、その気持ちを伝えなかった私が、その気持ちを殺して、お兄ちゃんを殺した私が、一番、馬鹿なんだ……」
     少女の唇が、小さく動く。
     殺してよ、と。
     その力で、私を、殺して、と。
    「貴方が全てを消したとしても、犯した罪は消えません」
    「……だから?」
     必死にかけた言葉に、返って来たのは絶望にまみれた開き直りだった。
     引き金を引こうとした手が、止まる。既に銃弾によって足止めされていながら、抗うことなく己の命を投げ出した少女に、伝わる言葉を貴久は探す。
    「全てを消してしまえば、貴方の兄の存在も消えてしまうのです」
    「それが、何だって言うの?」
     投げ出すような言葉に宿る昏さに、貴久は、息を呑む。
     重苦しい沈黙の中、口を開いたのは兎だった。
     黙って聞いていた、兎だった。
    「もしも、忘れようとすることで、忘れ去られることで死ぬというなら、私の胸には貴女の事をすべて刻みました。絶対に私は貴女を忘れません」
     貴女を死なせません、と兎は告げた。
    「…………それで。私に、また責任を負わせるの? 罪悪感で、縛るの?」
     口の端に笑みを浮かべた少女の昏い問いに、はっきりと兎は頷く。
    「だから。自分が許せないなら許せるまで傷ついてください。全部終わったら……もう友達です」
    「ぼろ雑巾を拾って洗ってあげたら友達、か。簡単なお仕事だね」
     だったら私が自分を許せなかったら……どうするの?
     許せないで今度は自分を殺しちゃったら?
     そう問うた少女に、決意を込めた様子で貴久が口を開く。
    「どれほど重い罪でも、背負って生きてください。その重さに耐えられないなら、私が手を貸します」
    「どうやって?」
     即座に返された問いに、貴久は即座に言った。
     一緒に、背負います、と。
    「だから、生きてください。例え方法は間違いでも、貴方の未来を願った兄の為にも」
    「……できたら、認めるよ。そりゃ、認めるしかないよ」
     少女の言葉は、投げやりに聞こえた。
     けれど、その中には少しだけ、未来が見える。
     できるかどうか、確かめてやろうという意志が見える。
    「自分で、自分を赦してほしい。どんな形であっても、自分の愛とかは否定しちゃいけないから……」
     月並みだけど、と前置きしてから、変形させた刃を辰人は彼女の『闇』へと向ける。
    「お兄さんも、赦してくれると思うしね」
     そう言った瞬間、再び少女の唇が引き締められた。
     燃え上がるのは、闇すら凌駕するような激しい炎。
     怒りの炎。
    「赦しを請うのは、私じゃない! お兄ちゃんが言うから、私は殺したんだよ。赦しを乞うとしたら……それはお兄ちゃんの方じゃないか!」
     瞳に宿る炎は、周りを燃やすのではなく熱を奪うのだろうか。
     そう思わせるかのような冷気が、灼滅者達から温もりと言う温もりを、根こそぎ奪っていく。
    「辛い現実を受け入れ、それと戦いながら、お兄さんの望みを叶えるか? それとも私達と戦い、倒して、永遠に闇の世界をさまようか!」
     普段心がける女性らしさ、可愛らしさを、気が付けば投げ打っていた。
     けれど、明は助けたかった。
     目の前の少女を、助けたかった。
     兄の名を出すのはもはや逆効果かもしれない。けれど、それ以上の切り口を明は持たない。
    「私から言えるのはほんの些細なこと。綺麗事かも知れないけれど、まだあなたの心に光があるって思うから」
     花代が、小さく呟いた。癒しの光が、彼女の手の中からゆっくりと満ち、仲間達を癒していく。
     少女が本当に闇に染まってしまうなら、灼滅を躊躇する気はない。けれどできるなら、この光を共に浴びる仲間になってほしいと花代は願う。
    「今度は俺達が命を懸けて助けてやるよ。お前の兄貴がしたのと同じようにな」
    「卑怯だ……」
     焦の言葉に、少女は吐き捨てる。
    「つまりあなた達は、私の心を壊して、それで私に生き延びろって言うんだね。私にそう命令するんだね。大好きで大好きで大好きで大っ嫌いなお兄ちゃんみたいに!」
     愛というベールが剥がれ落ちていく。その愛も、少女の真実ではあったのだろう。
     けれど、その奥にある憎しみを、隠したままでは。
     少女はいつまでも、己を苛む闇と向かい合えない。
    「人の罪って消えないのよ。贖罪なんて必要ない」
     火蓮がきっぱりと言い放つ。剥き出しになった少女の心に言葉を、傷口に斧を叩きつける。
    「本人が罪を自覚して、それでも自分の生き方に誇りを持つことができるかどうか。それが例え悪党だったとしてもね」
     それができそうにないなら。
     今ここで引導を渡すと、火蓮は宣言した。
     闇に抗う事も出来ぬ者に、容赦する気はない。
    「それでも、罪を、償いたいなら?」
    「背負います。一緒に」
     貴久が、揺らがぬ視線で少女に頷いた。
     少女の方が、先に視線を逸らす。揺らぐ。宿っていた炎が、収まっていく。
     そこに、すっと進み出たのは霞だった。
    「私は貴方の名前を知りません」
     心に入り込むのではなく、距離を意識した言葉に、少女は意外そうな顔をする。
    「貴方の持つ悲しみや苦しみも理解してるとも言えません……でも」
     霞は、そっと手を差し伸べた。
     躊躇する少女に、ゆっくりと頷く。一度闇に堕ちた心を、晒して。
    「貴方が自分を取り戻す為の力になりたい。そして私も過去を克服する為に貴方の力を借りたい……一緒に歩んでいきませんか?」
    「持ちつ持たれつ……ってわけか」
     得心したように、少女が笑った。
     無条件の好意よりも、共にと言う申し出――穿った言い方をすれば、利用し合うという申し出。
     己の好意によって兄を殺した少女には、その方が受け入れやすかったのかもしれない。
     微笑んだ少女を乗っ取ろうとした闇を、拳が、そして一気に攻勢に転じた灼滅者達の一撃が、吹き飛ばす。
     残ったのは、やり切れぬ思いと重すぎる過去を抱えたまま、それでも前に進む意志を取り戻した少女だった。

    「一緒に帰りましょう。貴方はもう一人ではありません」
     貴久の言葉と伸ばした手を、少女は案外素直に受け取った。
     生きていくのを助けてくれる場所なら、拒む理由はないと。
     結局、少女は名乗らなかった。学校のどこかで逢ったら名前、教えてくれるのかな、と火蓮はその横顔を見つめて思う。
     好きに呼べばいい、と少女が名前を託したのは、霞だった。
    「……そういえば、まだ夏休みの宿題終わってないんだけどどうしよう……」
    「……もう、十月じゃない?」
     遠慮のないツッコミに、焦が遠い目をし一同から笑いが零れる。
     少女の旅路にまだ朝は訪れなくとも。
     きっと、もうそこにあるのはただの闇ではない。

    作者:旅望かなた 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年10月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 3/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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