昭和新山決戦~焔散る

    作者:西灰三


     橙焔を透かすショールが僅かにあがりナミダが掌を翳す。ただそれだけで猛るスサノオ達は身を慎みむように熱を収めた。
    「先程も言うたが、この戦いで力を得る事は儂にとっての悲願」
     本来この場に相応しい静けさの中で、華奢な少女思わせる横顔のナミダだがその口調は誰にも阻めぬとでも言いたげに画然としている。その声を思惑を抱き言葉を尽くしきった灼滅者達はそれぞれの心でじっと聞いた。
    「汝等の協力の申し出には感謝する」
     スサノオ殖やし生かす――その一点を為してくれた者達へ己の身上に基づき義理にて返し続けてきたナミダ姫。彼女は、真っ直ぐに灼滅者達へ身を向けると唇の端を小さく持ち上げ言った。
    「無事、スサノオ大神の力を得られたならば、1度だけ、汝等の為にその力を使うことを約束しよう」
     ――これは確かなるもの、彼女から示された約定。
     斯くしてスサノオの姫ナミダと武蔵坂の間に、ガイオウガを守護するイフリートの軍勢を打ち破る『協定』が結ばれた。
     

    「昭和新山にある大地の楔の一つを襲撃しようとしてた、スサノオの姫ナミダとその軍勢。この人達と接触した灼滅者達が帰ってきたんだ」
     有明・クロエ(高校生エクスブレイン・dn0027)は交渉の結果を説明する。
    「結果、スサノオが攻撃を仕掛ける事で起きるはずだったイフリート達の暴走は防ぐことができたんだ」
     とりあえず当初の目的は達成された、だが。
    「スサノオ達は昭和新山への攻撃を諦めていないから、一般人への被害を避けるためにスサノオ達と連携して昭和新山から出てくるイフリートを撃退することになったんだ」
     ダークネス同士の争いに介入することになる。一般人に被害が出ないようにするためにはスサノオ側に付いた方が方針としては正しいだろう。
    「イフリートとの戦いのメインはスサノオの軍勢がするけど、一般人に被害なく勝つにはみんなの協力が居るんだ。だから頑張ってきて欲しいんだ」
     それでと彼女は資料を開いた。
    「昭和新山から現れるイフリートはざっと100に迫るくらいの数。あ、でももちろんみんなに全部倒してもらうわけじゃないよ」
     先程も触れたように主な戦いはスサノオが中心となる。
    「スサノオは主力を連れて来てるからイフリート達を撃退出来るんだけど、『昭和新山で休息することで、数分でダメージが回復』しちゃうんだ。だからスサノオだけだと、回復したイフリート達に反撃されて負けちゃうんだ。だからみんなには回復しに昭和新山に戻ってきたイフリート達を迎撃して撃破して欲しいんだよ」
     そして彼女は表情を引き締めて言う。
    「昭和新山に戻ってくるイフリートは確かに大ダメージを受けてる、けど戦う力がなくなってるわけじゃない。素早く撃破していかないと、どんどんと敵が増えていっちゃう。あと、灼滅者が居ることを知ったイフリートがスサノオとの前線にいる戦力をこちらに回して来るかもしれない。そうさせないために、確実に倒していかないといけないんだ」
     他にも同じ戦場に立つ灼滅者のチームが7つあるが、1チームあたり5~8体のイフリートを連戦で撃破しなければいけない。結果かなり厳しい戦いとなるだろう。
    「……みんなが負けちゃうと、周辺の市街地に大きな被害が出ちゃうのは確実なんだ。思うところはあるかもしれないけれど、みんなには勝ってきて欲しい。それじゃ、行ってらっしゃい」


    参加者
    ジュラル・ニート(風か光か・d02576)
    銀夜目・右九兵衛(ミッドナイトアイ・d02632)
    識守・理央(オズ・d04029)
    武神・勇也(ストームヴァンガード・d04222)
    椎葉・武流(ファイアフォージャー・d08137)
    白星・夜奈(夢思切るヂェーヴァチカ・d25044)
    カーリー・エルミール(元気歌姫・d34266)
    立花・環(グリーンティアーズ・d34526)

    ■リプレイ


     昭和新山のとある山道。そこで山下を見下ろすのは灼滅者。無論彼らはただ登山に来たわけではない。武器を手にしているのは直ぐに戦いに移行するためだ。
     その荒事を前にした彼らの表情は一様とはいかない。覚悟、迷い、興味……。戦いの前にしてはいささか散漫と言ってもいい。それでも戦う準備はしている以上肚は決まっているのだろうが。
    「……一般人に被害が出ないように、ってのは分かるんだけどなんだかねぇ……」
     ジュラル・ニート(風か光か・d02576)が坂道の下に砲口を向けてつぶやいた。
    「これが渡世のしがらみってやつなんかね軍師殿」
     問われたナノナノの軍師殿は目を瞑り、羽扇を口元に当てている。
    「状況的には敗残兵狩り、か」
     武神・勇也(ストームヴァンガード・d04222)が言葉少なに呟いた。戦いの中には、決して愉快なものではないがそういうものもある。
    「……思うところはあるさ」
     椎葉・武流(ファイアフォージャー・d08137)はそれでもと目を開く、彼の視線の先には炎の塊らしきものが現れている。
    「ややこしい状況だけど、それでも近くには市街地がある。ダークネス同士の抗争に無関係な人達を巻き込むわけにはいかないだろ?」
     意思の剣を握り、彼は前へと踏み出す。
    「……そうだな、今は」
    「戦う、だけ」
    「見過ごせば、罪なき人々の血が流れてしまうから」
     識守・理央(オズ・d04029)や白星・夜奈(夢思切るヂェーヴァチカ・d25044)、立花・環(グリーンティアーズ・d34526)らも何も抱えていなわけではない。ただ状況がそれと向き合う時間を許さないだけだ。
    「さて、お客さんや。今日は忙しいで? 千客万来や」
    「さあ、がんばっていくぞー!」
     銀夜目・右九兵衛(ミッドナイトアイ・d02632)とカーリー・エルミール(元気歌姫・d34266)はそんな彼らとは違い、迷いは無さそうではある。その代わり何を抱えているのかは分からないが。
    「グガア……!?」
     現れた狼型のイフリートは、立ちはだかる灼滅者が敵意を自らに向けているのを察すると牙をむき出しにして襲い掛かってくる。かくして戦いは始まった。


    「こちら、へ」
     ふらりと崩れるように相手の死角に入った夜奈は、時止めの刃を炎の毛皮に突き立てる。肉薄して見えるのはイフリートに付いたたくさんの傷、そこから舞い上がる炎の意味。
    (「イフリートとも、ガイオウガとも、敵対したい、わけじゃない」)
     戦いの最中であるにも関わらず、彼女の脳裏には言葉が浮かぶ。ならば仲良くしたいのか、と。そうでもないと彼女は思考を中断する。直ぐ様に相手の反撃が襲ってきたから。
    「スサノオと共闘するのは本意ではありませんが……」
     強酸の弾丸を環は放ち相手の皮膚を削る。立ちどころに炎は大きくなり、そこが脆くなったことを示している。
    「攻撃力アップだよー」
     カーリーが勇也にヴァンパイアミストをかけて攻撃力を増加させる。その勢いを駆って無言で無銘の大剣を振り下ろす。重大な質量はそのまま破壊力へと転嫁しイフリートの体を深々と断つ。
    「……足りないか」
    「……僕が行く」
     理央が光刃を手にして手負いのイフリートにとどめを刺しに行く。
    「こっちで援護する」
    「任せや」
     後方からのジュラルと右九兵衛の射撃が彼の動きを後押しする。だがイフリートは銃弾の嵐を真正面から掻い潜って少しでも目的地への邪魔するものを断とうと踏み込んでくる。
    「させねえよ!」
     武流が迫り来るイフリートを制してがっちりと受け止める。そしてその動きの止まった僅かな隙、理央がそれを逃がすはずはなかった。


     一体目のイフリートを撃破したところで、理央の端末に別班のヘイズ・フォルク(青空のツバメ・d31821)から連絡が入る。
    『こちらヘイズ・フォルク。敵一体を撃破』
    「……うん、わかった。……向こうも一体目倒したってさ」
     軽く受け答えをして向き直り次の戦いの準備をする灼滅者達。
    「あんまり休む時間とかなさそう?」
     僅かな時間でカーリーが先程の戦いで負った傷を癒していく。この状況で10分以上の休憩を取るのは難しいだろう、現に既に彼らの視界には次の相手が映っている。
    「スサノオの方も激戦のようだな」
     勇也が居住まいを改める。何度攻撃を受けても状況が揃えば完全な状態で戦線に復帰する。奇しくもイフリート達のそれは、武蔵坂学園の灼滅者達が殲術再生弾によって受ける恩恵と似ていた。そしてその相手からの脅威度も。
    「……自分達がいかに厄介かさんざん証明してきたからな」
     スサノオ達にこちらから協力しなければ、彼らが倒されるのも必然だったろう。自分達であったって格上のダークネスを討ち取ってこれたのは、そういった力もあってのことだ。
    「それじゃ、このままナミダ姫との契約、完全な形で果たして見せようじゃねえか」
     目前に迫った虎形のイフリートに勇也は切り込んでいく。戦いはまだ序盤である。
    (「イフリート達を保護したかと思ったら、今度はイフリートと敵対するスサノオと手を結ぶ……か」)
     組織の方針としては、一般人を守るという線ではぶれていない。だが、他の組織との関係という意味では一筋縄ではない。環だけではなくこの場に居る多くの者達がその事について複雑な思いを抱えていた。
    (「そう。守り、たい」)
     夜奈は向かってくるイフリートの牙を武器で受けながら思う。自分の身の回りの人々や、関係のない普通の人々。けれども脳裏に浮かぶのはそれだけだったか。
    (「僕たちは……本当に、正しいのか……?」)
     理央の攻撃をする手に伝わる感触が、いつもより重い。アカハガネ達のようにイフリートを保護しながら、もう一方でスサノオに与し彼らを殺そうとしている。そんな矛盾のような、あるいは身勝手さのようにも思える選択が、戦う意志を鈍らせる。それが故か彼は眼前に迫っていた炎の爪の一撃に気付くのが遅れてしまった。
    (「まずい……っ!」)
     だがそこに割り込み、代わりに負傷を受けたのは武流だ。即座に気で自らを癒しながら彼は近くにいる仲間達に声をかける。
    「みんなの気持ちは分かるけど、俺達のやる事は一つだよな?」
     彼自身も心の中に渦巻くものがある。それでもやることは明確だ。
    「迷いや疑問は後回し!」
    「……すまない」
    「事の起こりやら手負いの敵をぼこるのやら、色々もやもや感半端ないけどまあ割り切ってやらんとね」
     ジュラルが軍師殿に頼んで前衛の傷を癒やし、自らは冷静に引き金を引く。放たれた光線が炎を凍りつかせて砕く。直ぐ様にその後ろから敵が現れて途切れることはない。直ぐ様に態勢を立て直した理央は、意識を戦いに集中させて改めて武器を振り下ろす。
    「……あんた達を放っておくと、傷つく人達がいるんだ!」
     絶えぬ焔との戦いの中で、一人後方から人知れず笑みを浮かべながら撃つものがいた。右九兵衛である。戦闘に参加しつつも彼は、どこか一歩引いてこの状況を見ている。この3つの勢力が集う戦いは今暫く続く。


    「恨みたくば恨め。だが、この場で覚悟してもらおうか」
     勇也のその言葉は双方に向けたもの、自分と敵に。敵の退路に陣取っているのだ。いつか自らも相手のような状況に陥るのかもしれない。だがそれも受け入れるべきだろう、戦いに身を置く以上は。
    「これで何体倒したかねえ」
     ジュラルの放った銃弾が、熊型のイフリートの眉間を貫く。直ぐ様に炎となって消える様を見てカーリーが返す。
    「えっと……四体くらい?」
     鈴を転がすような声で返し、その声で癒やしの歌を紡いで戦線を維持する。そろそろ敵の数は尽きてもいい頃ではあるが、連戦の疲労は灼滅者たちにも降りてきている。
    「おっと、おかわりや。イフリートんところも必死やね」
     右九兵衛は傷だらけのイフリートにバスタービームを放ち出迎えて手痛いダメージを相手に与える。だがしかし、倒しきらぬ間に更にその後ろから別のイフリートが現れる。
    「……これはまずくないかねぇ?」
     ジュラルが眉をひそめる。サーヴァントも含めて戦力の傾向を見れば若干の防御寄りであったことが同時に戦場に複数の敵が揃ってしまった遠因ではある。新たに現れた方がスサノとの戦いの前線に戻る前に、もう片方を倒そうと理央が踏み込んで畏れで切り捨てる。
    「許してくれとは言わないよ、恨んでいい。それでも僕は……人の世界を、護る!」
     手早く手負いの獣を倒し、残る一体に灼滅者達が迫る。刃を手にし、引き返そうとした相手の足を裂いたのは夜奈。相手に切っ先が届いた瞬間に彼女の脳裏に浮かんだのは、青白い瞳のイフリート。それでも刃を振りきれたのは守るべきものの為。老齢の軍人の姿のビハインドが静かに彼女の傍らで杖を構えている。
    「人々を守るヒーローが、いなくっちゃいけない」
     環のその言葉が、彼らが迷いを抱えていても戦うことを選べた理由。
    「だから……!」
     腕に武器を飲み込ませて彼女は、最後の一撃を満身創痍のイフリートに向かって放つ。死の光線が貫いた。
    「……今ので最後かな?」
     カーリーがひょいと視線を遠くに向けて見る。確かにもう新しい敵が来る気配はない。
    『……そういうわけで、ここに来てから全部で六体を倒したよー。討ち洩らしもないから安心してね
    「……ん、わかった。六体目倒してこっちも終わったところや、ほんの少しばかり危なかったけども」
     陽乃下・鳳花(流れ者・d33801)からの連絡を受けて右九兵衛が受話器越しに返す。全体の戦いが終わったところを確認すると、全体から言い知れぬ疲労感が溢れ出してくる。それはせき止めていたものが流れだすかのように。武流はそれを言葉に乗せた。
    「……日常と非日常の境目でみんなの日常を守り抜く。それが俺の灼滅者としての使命だ」
     それと同じ思いを持つ者がいた。
    「今までの戦いでイフリートにだって話が通じる奴がいるって事も分かった」
     同じようにイフリートと意思を交わした者もいた。理央の、夜奈の迷いはそこにあった。
    「でも、誰かが護らなきゃ、戦わなきゃならなかった」
     環のそれもまた同時にあった。果たしてこの二つはどういう関係として捉えるべきだったか。
    「……今は前に進むしかない。少しでも明日がいい日になる事を信じて」
     勇也は目を閉じて、その明日の事に思いを巡らせる。
    「てな訳だから、行こうぜ」
     迷いながらでも灼滅者達は行く。誰かが明日を迎えられるために。

    作者:西灰三 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年8月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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