昭和新山決戦~燃ゆる魔獣らとの激戦

    作者:雪神あゆた

     橙焔を透かすショールが僅かにあがりナミダが掌を翳す。ただそれだけで猛るスサノオ達は身を慎みむように熱を収めた。
    「先程も言うたが、この戦いで力を得る事は儂にとっての悲願」
     本来この場に相応しい静けさの中で、華奢な少女思わせる横顔のナミダだがその口調は誰にも阻めぬとでも言いたげに画然としている。その声を思惑を抱き言葉を尽くしきった灼滅者達はそれぞれの心でじっと聞いた。
    「汝等の協力の申し出には感謝する」
     スサノオを殖やし生かす――その一点を為してくれた者達へ己の身上に基づき義理にて返し続けてきたナミダ姫。彼女は、真っ直ぐに灼滅者達へ身を向けると唇の端を小さく持ち上げ言った。
    「無事、スサノオ大神の力を得られたならば、1度だけ、汝等の為にその力を使うことを約束しよう」
     ――これは確かなるもの、彼女から示された約定。
     斯くしてスサノオの姫ナミダと武蔵坂の間に、ガイオウガを守護するイフリートの軍勢を打ち破る『協定』が結ばれた。
     
     学園の教室で。姫子は灼滅者たちへ言う。
    「昭和新山にある大地の楔の一つを襲撃しようとしていた、スサノオの姫ナミダとその軍勢。これらと接触した灼滅者の皆さんが、交渉を終え無事に戻ってきました。
     彼らの努力のおかげで、スサノオが無謀な攻撃を仕掛け、周辺地域が焔に包まれることは回避できたたようです。
     ただ、スサノオは昭和新山への攻撃を諦めていません。そこで、一般市民への被害を避けるため、スサノオの軍勢と連携して、昭和新山から現れるイフリートを撃退することになりました。
     これはダークネス組織同士の抗争。どちらに味方するのが正しいという事はありません。
     でも、一般人への被害を減らす事を優先する、その視点から言えば、この方針は正しいと思います。
     イフリートとの戦いは、スサノオの軍勢が主力。ですが、勝利の為には、皆さんの力が不可欠です。どうかご協力をよろしくお願いします」
     姫子は一礼してから続けた。
    「まず、昭和新山から現れるイフリートは100体に迫る数です。
     強力な戦力ですが、スサノオの軍も主力級の戦力がそろっています。通常の戦いなら、スサノオが勝つでしょう。
     しかし、イフリートは『昭和新山に戻って休息する事で、数分程度でダメージが回復する』ため、回復し続けるイフリートにスサノオ軍は敗北してしまうでしょう。
     これを阻止するため、灼滅者の皆さんは、戦闘開始後に昭和新山に移動してください。
     そこで敵を待ち受け、傷ついたイフリートが戻ってきたところを、攻撃してほしいのです」
     傷ついたとはいっても、イフリートの戦闘力は侮れない。しかも、素早く撃破しなければ、新たに撤退してきたイフリートに加勢されるだろう。
     また、灼滅者の存在を知ったイフリートが前線に戻ってしまうと、他のイフリートたちに灼滅者の存在が伝わるかもしれない。
     もしそうなると、灼滅者を駆逐するためのイフリート部隊が昭和新山へくる可能性もある。だから、逃げ帰ってきたイフリートは、速やかにかつ確実に撃破しなければいけない。
     そのうえ作戦を遂行するためには、1チーム当たり合計で5体から8体のイフリートを撃破する必要がある。
    「これらの条件を考えると、敵がダメージを負っているとはいっても、かなり厳しい戦いになるでしょう。十分な覚悟を持って、戦闘に臨んでください」
     
     姫子は皆に真剣な声で告げる。
    「ガイオウガとナミダ姫のどちらに味方するかという事には異論もあるかもしれません。
     けれど、スサノオと皆さんが敗れれば、市街地に被害が出ます。事件を解決する事に集中してください。お願いします」


    参加者
    巨勢・冬崖(蠁蛆・d01647)
    神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)
    備傘・鎗輔(極楽本屋・d12663)
    東郷・勇人(中学生デモノイドヒューマン・d23553)
    ヘイズ・フォルク(青空のツバメ・d31821)
    陽乃下・鳳花(流れ者・d33801)
    白峰・歌音(嶺鳳のカノン・d34072)
    月影・木乃葉(人狼生まれ人育ち・d34599)

    ■リプレイ


     青空の下のむき出しの地面。微風。此処は昭和新山。
     巨大な足音が聞こえた。石が砕ける音が混じっている。
    「イソゲ。キズヲ、ナオス、ノダ」
     声。炎をまとう獅子、すなわちイフリートが新山めざし走っていた。その肌は傷だらけ。血が大地に点々と染みを作る。
     神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)は仲間と地に伏せ隠れていた。青の瞳を敵から離さず、仲間へ
    「きたわね……回復しながら戦う光景には心当たりがありすぎるけど、とにかく、全力を尽くして、一刻も早く撃破しましょう……行くわよ!」
     明日等は立ち上がる。銀猫に似たウィングキャット、リンフォースを連れ、敵の進路へ走る。迫ってくる獅子イフリート。
     明日等はリンフォースに魔法で敵を牽制させつつ、己は腕を振った。ベルトの、槍の如く尖った先端が、獅子の胸を抉る。
     仲間たちは明日等に続き、獅子の前へ。
     獅子は血を垂らしながらも灼滅者らへ吠える。そして突進。灼滅者に体をぶつけようと。
     巨勢・冬崖(蠁蛆・d01647)はイフリートの前で両腕を広げた。
    「させるかぁっ!」
     冬崖は獅子の突撃を己の身で止めた。痛み。イフリートの炎に己が身を焦がされる感覚。
     冬崖は呼吸を止め、腕の筋肉を盛り上げた。限界以上に膨張させ、腕を振る。蠅とも悪魔とも思われる装飾の施された巨大なハンマー、その先端で獅子を殴る。鈍い音。獅子の悲鳴。
     手傷を負わせた灼滅者は勢いに乗る。攻め続ける。結果、傷だらけになった獅子は叫ぶ。
    「トオセ……!」
     獅子の視線を、白峰・歌音(嶺鳳のカノン・d34072)の黒い瞳が受け止めた。歌音は首を左右する。
    「お前たちには悪いけど……人を守るため、通すわけには、見逃すわけには、いかないんだ!!」
     その声は敵に向けてのものか、己に向けてのものか。
     歌音は地を蹴る。紫と紅のオーラ「紫紅八極の流法」を滾らせ、獅子の額を、拳で打つ。さらに打つ。打つ打つ打つ。閃光百裂拳!
     目に見えぬほどの速度の拳の連打で、獅子の命を刈り取った。

     一つ目の戦いに勝利した灼滅者らは、互いに傷の手当てを始める。
     ヘイズ・フォルク(青空のツバメ・d31821)は用意してきたもので他班への連絡を行っている。
    「こちらヘイズ・フォルク。敵一体を撃破」
     迦具土・炎次郎(神の炎と歩む者・d24801)から返事があった。
    『そっか、お疲れさん。こっち、迦具土班も一体倒して、今、回復しとる――』
     ねぎらいの言葉と報告と。
     識守・理央(オズ・d04029)からも、
    『……うん、わかった』
     と、応答がある。
     一方。
     東郷・勇人(中学生デモノイドヒューマン・d23553)は前方の一点を指をさしていた。
    「来るぜ。……今度は二体か。難しいことはさっぱりだが、とにかく、ぶっ倒しちまおうぜ」
     勇人の指の先にはイフリート二体。こちらへ駆けてきている。狼型と虎型の二体だ。
     勇人は目を細める。敵との距離を慎重に測り、そして、足を半歩踏み出した。近寄ってくる狼型イフリートへレイザースラスト。額を貫く。飛び散る血。
     勇人は、すでに通信を終えたヘイズへ、視線を向ける。畳みかけれるか? と。
     ヘイズは頷いた。駆けだす。敵との距離を一気に詰める。
     ヘイズは居合刀を上段に構え、赤い刀身を振り落す。狼型を正面から、斬る!
     灼滅者の猛攻を受けた狼型と虎型は足を止めた。
    「……モヤス!」「ソウダ、モヤセ!」
     二体の口から炎が迸った。圧倒的熱量で、灼滅者前衛の体を焦がす。
     後衛の月影・木乃葉(人狼生まれ人育ち・d34599)は仲間が攻撃されるのを見て、錫杖を強く握りしめる。けれど視線は冷静に仲間の傷を確認。
     傷が特に深いのは、前衛で皆を庇っていた、陽乃下・鳳花(流れ者・d33801)。
     木乃葉は目をとじる。深呼吸。目を開く。自分の武器、管狐へ、
    「皆さんの援護を管狐!」
     凛とした声を発した。管狐は宙を翔け、鳳花へ接近。そして、力を流し込み、鳳花の傷を塞いだ。
     鳳花は木乃葉の力で痛みが引くのを感じた。顔を綻ばせ、木乃葉へ笑みを向け礼。
     鳳花は敵に視線を戻す。跳ぶ。狼型のイフリートの頭上へ。落下。口を開けたままの狼。その頭を鳳花は光る足で踏みつける。そして着地。
     狼型は横に跳び、鳳花から距離を取る。数十秒後には目標を変えて、走る。
     鳳花は敵が駆けてゆく先を確認し、声をあげた。
    「備傘先輩をお願いするよ!」
     声に応じ、ウィングキャットの猫が一鳴きし、走り出す。イフリートに狙われていた、備傘・鎗輔(極楽本屋・d12663)の前へ。猫は鎗輔を庇い、狼の体当たりを受け止める。
     鎗輔は猫へ短く礼。
    「助かったよ、守ってくれてありがとうね」
     言い終えると、猫の横を走り抜けた。揺れる銀のポニーテール。
     鎗輔の動きに呼応し、わんこすけが六文銭を投擲。狼型の胴体に命中。
     敵がわんこすけを見る、その間も、鎗輔は動き続ける。敵の横に回った。
     鎗輔は断裁鉞を振り落す。刃を狼型の首に食い込ませる。狼型イフリートの、命を断つ。
    「グオオオオ!」残った虎型イフリートが吼えた。仲間の死に怒ったか、その目には明らかな殺意。


     虎型の猛反撃の威力は高い。
     が、八人は戦線を崩さない。冬崖、鳳花に、サーヴァント二体を加えた守りは厚く、さらに木乃葉も回復役としてそのときどきで的確な行動をとったからだ。
     一方で、明日等、勇人、歌音と一体が着実に攻撃を当て、ヘイズ、鎗輔が大技で畳みかける。
     守りぬき確実に敵の体力を削ぐことを重視した陣形で、敵を追いつめていく。
     だが……明日等の耳は、遠くから聞こえてくる咆哮を捉えていた。こちらに別のイフリートが近づいているのだ。ゆっくり戦ってはいられない。
     一方、目の前の虎型は言う。
    「……カナラズ、コロス……!」
    「そう。けど、アタシたちだって戦い抜くことに迷いなんかないわよ。今はアンタを確実に倒すわ!」
     やり取りの後、虎型は口を大きく開け火を吐く。火は明日等を襲うがリンフォースが明日等を庇う。
     リンフォースのおかげでわずかの時間ができた。明日等は槍の先端を虎型に向けた。明日等は口へ氷の塊を発射! はたして、明日等の氷は虎型の体を凍てつかせ――。
    「ツ、ツヨイ……」
     虎型イフリートは消えた。

     休憩している時間はほとんどなかった。ほどなく、二体、巨大な馬と豹、その姿をしたイフリートがやってきたからだ。
     彼らに、冬崖が対峙する。
     冬崖は額に大粒の汗をいくつも浮かべながら、目を限界まで見開き、歯を食いしばり、Beelzebubを握りしめている。
     冬崖の足が動く、体を横に回転させ、Beelzebubに遠心力をのせた打撃で馬型を殴り飛ばす。
     手ごたえは確かにあったが――次の瞬間、冬崖の体が炎に包まれる。二体の炎の体当たりを受けてしまったのだ。
    「この程度……きかねぇなっ!」
     熱と激痛の中、なお立ち続ける冬崖。
    「巨勢先輩、今、火を払います」
     凛とした声の主は、木乃葉。
     木乃葉は錫杖を回転させた。シャン、と音。木乃葉の僧服の裾と黒髪が、かすかに揺れた。清らかな風が吹き、木乃葉の力が冬崖の炎を打ち消す。冬崖の体勢を立て直させる。
     木乃葉は声を張った。他の仲間へ、
    「敵は巨勢先輩の攻撃で傷ついています。追い打ちをかけてください」
    「オレに任せてくれ――いくぜ、イフリート!」
     木乃葉の声に、歌音がこたえた。
     歌音の瞳はまっすぐに、馬型イフリートを見ている。歌音のその瞳には強い意志が感じられた。
     歌音は掌を馬型へ向けた。歌音の意に応じ、炎のように輝く羽環が回転する。宙を舞う。馬型の胴に激突する! 馬型の体力を大きく削ぐ。

     戦闘は続く。互いに体力と命を削り合う展開。優勢なのは、強固な陣形を維持し続ける灼滅者。が、イフリート二体も反撃を止めない。
     今も二体がそろって体から炎を噴出させた。鳳花が手傷を負うが――猫が鳳花にかけよる。リングを光らせ傷を癒す。
     鳳花は猫にお礼のウィンク。そしてイフリートに問いかける。戦闘の中ほがらかに、
    「ねーねー、ちょっと聞きたいんだけどさ、大地の……ってそんなに吼えて教えてくれなさそうかな。意外とケチなんだねー」
     鳳花が吼えかけてもイフリートは吠えるばかり。鳳花は大げさにため息を吐く。
     そして鳳花は手を伸ばす。馬型イフリートの前足を掴んだ。力を限界寸前まで込めて握る。鳳花は装着した縛霊手から霊力の糸を伸ばし、馬型を絡めとる。
    「ホドケ……!」
     もがく馬型に、ヘイズが歩み寄る。ヘイズの片手は鞘に、もう片方の手は柄に添えられていた。
    「たとえ、糸がほどけたとしても、貴様らに先はない。此処で果てろ……。――これで……っ!」
     ヘイズは青の瞳の目を細め、赤い刃を一閃させる。居合斬り。次の瞬間には、馬型は息をせぬ骸へと変わり、そして消えた。

     数分後、鎗輔は残った豹型のイフリートの正面を赤茶の瞳で観察。豹型は無数にできた傷から血をしたたらせている。鎗輔は淡々と言葉を紡ぐ。
    「最後まで手は抜かないし、油断もしない。最善を尽くすよ」
     鎗輔が言い終えると同時に、わんこすけが地を駆ける。鎗輔は跳びあがった。
     わんこすけの刃が豹型の足を斬り、断裁靴を履いた鎗輔の、光る蹴りが頭を打つ
     豹型は悲鳴をあげる。それでも反撃しようと足を動かしたが、
     勇人がにやりと笑う。
    「遅いな。動きはもう見切ってるぜ! いくぜ、一撃必殺!」
     勇人の腕には『ヴァリアブルギガントブレイカー』。勇人は姿勢を低く駆け――巨大な杭で獅子の胴を貫き――獅子の命を終わらせた。


     二体を倒したほぼ直後に別の二体と連戦。その苦境を乗り越えた灼滅者はその後、さらに一体のイフリートを撃破。
     今は、鳳花が携帯電話で他のチームへ連絡している。
    「……そういうわけで、ここに来てから全部で六体を倒したよー。討ち洩らしもないから安心してね」
    『こっちも七体倒せたぜ。打ち洩らしもない』
    『……ん、わかった。六体目倒してこっちも終わったところや、ほんの少しばかり危なかったけども』
     七瀬・悠里(トゥマーンクルィーサ・d23155)や銀夜目・右九兵衛(ミッドナイトアイ・d02632)からのそれぞれの返事に、嬉しそうに頷く鳳花。
     やり取りが終わる頃、油断なく構えてつづけていた冬崖が腕を下ろす。
    「新しく敵が来る様子もねぇ。救援要請もねぇ。気配や音からするに、他の戦場の皆も、勝って戦いを終わらせたみてぇだな」
    「なら……これで、打ち止めか?」
     ヘイズもまた、気配を探っていたが、刀についた敵の血を払い、刃を鞘に納める。
    「そうだね、僕たちが勝利できたんだと思うよ」
     小さく頷いたのは、鎗輔。八人はその後も状況を確認したが、どうやら鎗輔たちの言う通り、学園は戦いに勝利することができたようだ。
     明日等は大きく息を吐く。今までイフリートと戦っていたこの場所を見回しながら、呟くように言う。
    「弱っていたのに、あれだけ……本当に強い敵だったわ」
     歌音もまた周りを見回していた。眉間に皺を寄せ、数秒黙ったのち頷く。
    「ああ、イフリートも最後の最後まで必死だったな……」
     勇人はそんな二人とは対照的にほがらかな声を出す。
    「そんな強い敵が倒せてよかったんじゃねえか? 皆も無事だしな」
     皆を見回し、うん、と首を縦に動かす勇人。
     木乃葉も勇人の言葉に頷いていたが、やがて皆の顔を見て言う。
    「ナミダ姫との約束は果たせたようですね……そろそろ行きましょう」
     木乃葉の言葉に仲間たちが同意する。他のチームと合流し帰還するため、歩き出す。
     風が強めに吹く。風は、戦い終えた灼滅者の顔を優しく撫でたのだった。

    作者:雪神あゆた 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年8月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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