橙焔を透かすショールが僅かにあがりナミダが掌を翳す。ただそれだけで猛るスサノオ達は身を慎みむように熱を収めた。
「先程も言うたが、この戦いで力を得る事は儂にとっての悲願」
本来この場に相応しい静けさの中で、華奢な少女思わせる横顔のナミダだがその口調は誰にも阻めぬとでも言いたげに画然としている。その声を思惑を抱き言葉を尽くしきった灼滅者達はそれぞれの心でじっと聞いた。
「汝等の協力の申し出には感謝する」
スサノオを殖やし生かす――その一点を為してくれた者達へ己の身上に基づき義理にて返し続けてきたナミダ姫。彼女は、真っ直ぐに灼滅者達へ身を向けると唇の端を小さく持ち上げ言った。
「無事、スサノオ大神の力を得られたならば、1度だけ、汝等の為にその力を使うことを約束しよう」
――これは確かなるもの、彼女から示された約定。
斯くしてスサノオの姫ナミダと武蔵坂の間に、ガイオウガを守護するイフリートの軍勢を打ち破る『協定』が結ばれた。
「昭和新山にある大地の楔の一つを襲撃しようとしていた、スサノオの姫ナミダと、スサノオの軍勢と接触した灼滅者が、交渉を終えて無事に戻ってきたっす」
湾野・翠織(中学生エクスブレイン・dn0039)は、厳しい表情でそう切り出した。ダークネス同士の激突、それが何を意味するのか理解しているからこそだ。
「スサノオが無謀な攻撃を仕掛け、周辺地域が焔に包まれるような事は回避する事が出来たっすけど、スサノオは昭和新山への攻撃を諦めていないっす。一般市民への被害を避けるために、スサノオの軍勢と連携して、昭和新山から現れるイフリートを撃退する事となったっす」
ダークネス同士の抗争だ、どちらを味方するのが正しいというのはないだろう。しかし、一般人への被害を減らすためと考えればこの方針も一つの選択肢だ。
イフリートとの戦いはスサノオの軍勢が主力となるが、勝利のためには灼滅者の協力が不可欠となる――その理由があるのだ。
「昭和新山から現れるイフリートは100体に迫る数なんすよ」
その数は、まさに脅威と言うしかない。それでもスサノオ側も主力と言える戦力が揃っている――真っ向勝負なら、最終的にスサノオ側が勝利する……その、はずだった。
「ところがっす。ダメージを負ったイフリートは『昭和新山に戻って休息する事で、数分程度でダメージが回復する』んすよ」
この時点で、戦況は一変する。いくらスサノオ側が戦力で勝ろうと、そんな速度で回復されれば徐々に圧され、やがて敗北する事となる。これが、スサノオだけでは勝利できない絶対的差だ。
「これを阻止するために、みんなには大ダメージを負って撤退してくるイフリートを昭和新山で待ち受けて撃破してほしいんすよ」
昭和新山に戻ってくるイフリートは大ダメージを負っているが、戦闘能力を失った訳ではない。素早く撃破しなければ、新たに撤退してくるイフリートが増援となり、状況が不利となるだとう。
加えて、灼滅者の存在を知ったイフリートが、前線に戻ってそのことを伝えてしまうと、イフリート達が昭和新山の灼滅者を駆逐するためにイフリートの部隊を送り込んでくる可能性もある。
「なんで、確実に撃破しないとなんすよ」
単純計算で、1チーム辺り5体から8体のイフリートを撃破する必要がある。敵がダメージを負っていたとしても、かなり厳しい戦いになる事を覚悟してほしい。
「スサノオとみんなが負ければ、周辺の市街地に大きな被害がでてしまうっす。なので、確実に撃破できるように全力を尽くす必要があるっす。ガイオウガとナミダ姫のどちらに味方するかという事には異論もあるかもしれないっすけど、今は、目の前の事件を解決する事に集中してくださいっす」
参加者 | |
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千布里・采(夜藍空・d00110) |
椎木・なつみ(ディフェンスに定評のある・d00285) |
天方・矜人(疾走する魂・d01499) |
灯屋・フォルケ(Hound unnötige・d02085) |
山田・透流(自称雷神の生まれ変わり・d17836) |
シルヴァーナ・バルタン(宇宙忍者・d30248) |
クレンド・シュヴァリエ(サクリファイスシールド・d32295) |
アルルーナ・テンタクル(小学生七不思議使い・d33299) |
●
昭和新山――北海道有珠郡壮瞥町に位置するその火山は、平時とはまったく違う空気に包まれていた。その空気を一言で言い表わすのであれば、闘争の空気と言うべきか。
「ダークネス同士の争いにあまり興味はありませんが……巻き込まれる人がいるなら放っては置けませんね!」
アルルーナ・テンタクル(小学生七不思議使い・d33299)が、真っ直ぐに言い放つ。スサノオとイフリート、幻想種同士の戦い――武蔵坂学園は、今その戦況を左右する場所にいた。
「何が正しいか、やないで。どうしたら一般人を守れるかだけや。正義も偽善も守れへん結果になれば口だけやろ」
いかなる状況でも最後の一線は見誤らない、冷淡と言っていい声色で千布里・采(夜藍空・d00110)は言い捨てる。
スサノオとイフリート、そのどちらが正しいのか。間違っているのか。これは、そういう話ではないのだ。その戦いの余波でさえ、ただの人間には回避不可能な災厄なりえるのだ。
「来るわ」
椎木・なつみ(ディフェンスに定評のある・d00285)の警告に、仲間達が反応する。幻想種達の戦場、そちらからこぼれたように駆けてくる巨大な獣の姿があった。
「時間をかけたぶんだけ、他のイフリートさんにバレやすくなる……そうなる前に、カタをつける」
山田・透流(自称雷神の生まれ変わり・d17836)の言葉は、この場の総意だ。あのイフリート一体が敵ではないのだ、これから連戦しなくてはならないのだから。
「こっちは、始めるで」
采がハンドフォンでそう告げた瞬間だ、駆けるイフリートの足元がバコン! と砕け散った。
「まずは、いただいたでござるよ!」
地中からの奇襲、シルヴァーナ・バルタン(宇宙忍者・d30248)の手の鋏が、イフリートの腹を切り裂いたのだ。地面を踏み砕きながら、イフリートが急停止する。その光景に、物陰から飛び出してクレンド・シュヴァリエ(サクリファイスシールド・d32295)が言った。
「協定か何だが分からんが。俺には護るべき優先事項があり、それに従って行動するだけだ。一般人には被害を出させん――」
そして、何よりも――クレンドは、不死贄を胸の前に掲げて言い放つ。
「何よりも仲間を護り抜く! 誰一人失わせるものか……!」
「オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
不意に現れた敵に、イフリートが猛る。しかし、その叫びが味方に届く事はない――冷静に、灯屋・フォルケ(Hound unnötige・d02085)がサウンドシャッターを発動させていたからだ。
「可能性は、1%でも下げていきましょう」
「まったくだ」
天方・矜人(疾走する魂・d01499)はフォルケに同意、ヒュオンとタクティカル・スパインを振るい、告げる。
「――さあ、ヒーロータイムだ」
●
ゴォ! とイフリートが口から吐き出した炎が、視界を埋め尽くした。その炎の中から転げるように、シルヴァーナは這い出る。
「覚悟するでござる!」
低く、両手の鋏が振るわれコールドファイアの凍てつく炎が、赤い灼熱を炎に絡むように押し流していった。その中を、なつみが突っ切っていく。
「お願い」
「任せて」
透流の投げ放った防護符に守られながら、なつみがイフリートの眼前へ。ボクシングのファイティングポーズから、左右に体を振って一気に踏み込んだ。軽快なフットワークから震脚、そう呼ばれる強い踏み込みへ移行、雷を帯びた拳でイフリートの顎を強打した。
「ガ、ア――!?」
イフリートが、大きくのけぞる。既に深い手傷を負っているからだろう、踏ん張りが効いていない。その頭上を、アルルーナが跳躍して取った。
「逃がしませんよ! さっさと倒れてください!」
螺旋を描くアルルーナの軌道の槍が、イフリートの額へと突き刺さる! 吹き出る炎、地面を踏み砕いて踏ん張ったイフリートへ――。
「いい位置に、顎があるな」
絶望を希望に変える決意をその拳へ、矜人の抗雷撃が再びイフリートの顎をかち上げた。ガギン、とイフリートの牙が火花を散らす。そこへ、クレンドとビハインドのプリューヌが同時に盾を構えて前に出た。
「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
ズガン! とクレンドのシールドバッシュとプリューヌの霊撃が、イフリートを吹き飛ばした。ひとつ、ふたつ、と地面を跳ねたイフリートが空中で身を捻り、着地――イフリートがすばやく動き出そうとする出かがりを、動物の翼や爪牙を形取った影がイフリートの足元に絡み付いた。
「それは、させへん」
采が、静かに言い捨てる。逃げられては、事だ。そんな素振りさえ、許す訳にはいかない。
そして、動きが止まったイフリートの前脚の脛を駆け込んだ霊犬の斬魔刀が切り裂く。ガクリ、と体勢を崩したイフリートへ、フォルケのデッドブラスターが撃ち抜いた。
「グ、ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「さすがに、これだけでは倒し切れませんか」
未だ倒れないイフリートに、フォルケはこぼす。相手のダメージの深さを正確には見切れない。しかし、この最初の一体で次からやって来るイフリートの負傷具合を推し量る事も出来るだろう。
「一般人をこの紛争に巻き込ませるわけにはいきませんからね」
その両肩には、多くの人の未来が乗っている――そう自覚するのならば、どんな些細な情報でも見過ごす事は出来ない。
だからこそ、彼らにとっての最前線とはここだ――幻想種との戦いを左右にする、そして多くの人々の未来を守る戦いは始まったばかりだった。
●
「ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアア――!!」
イフリートの炎を帯びた爪が、振り下ろされる。しかし、それが仲間に届く事をクレンドは許さない。庇い、不死贄によって受け止めた。
「さすがに、強いな」
一歩も退かず、クレンドが言い捨てる。当然だ、傷を負っているのであって弱体化しているのではないのだ。弾き飛ばされながら、クレンドはDESアシッドを放ち、援護するようにプリューヌも霊障波を叩き込む。
「本当に、厄介でござるな!」
シュタン! と死角へ死角へ、シルヴァーナはすばやく間合いを詰めると両手の鋏でイフリートを大きく切り裂いた。シルヴァーナのティアーズリッパー、その大きく切り裂いた傷口から炎が吹き出し――その炎へ、矜人が跳んだ。
「スカル・ブランディング!」
タクティカル・スパインを横に構え、体を横回転させる勢いを利用してイフリートの体芯を打ち抜くように振り抜いた。矜人のフォースブレイク――否、必殺のスカル・ブランディングがイフリートを炎に変えて粉砕した。
「contact……4時方向」
倒した、その余韻はフォルケの言葉に掻き消される。こちらへ向かってくるイフリートの影を、すかさず察知したのだ。
「援護します、今の内に回復を!」
すばやく駆け出したアルルーナが淡く輝く翼を広げ、レイザースラストを射出する。ズサン! と突き刺さるアルルーナのレイザースラスト、しかし、イフリートの疾走は止まらなかった。
「さっさと片付けましょ、譲れへんもんの前に仕事をやりきらないかん」
「スサノオさんもイフリートさんも、私たち灼滅者の脅威になるダークネスさんはみんな滅ぼさなきゃいけないけど……まずはあなたたち、イフリートさんたちから」
采が黄色標識にスタイルチェンジした交通標識を振るい、イエローサインを発動。透流の防護符が、クレンドを回復させた。
「3時方向」
Schweiss hundを構えた、フォルケの言葉に緊張が走る。複数体との同時交戦――想定されていた範囲だが、より盤面が厳しくなっていると自覚したからだ。
「私が向こうを」
「頼む」
駆け出したなつみに、クレンドが別のイフリートの方へと駆け出す。采が視線を送るよりも早く、霊犬はなつみに続いた。言葉はいらない、それだけの信頼感が采と霊犬の間にはあるのだ。
「――ッ!」
霊犬の六文銭を眉間に受けて失速したイフリートへ、なつみはシールドに包まれた拳で崩拳を叩き込む。わずかにのけぞったイフリートへ、そこへ走りこんだフォルケの解体ナイフが、死角から放たれた。
(「ここからが、本番やな」)
Bルートの班へ手早く連絡を入れながら、采は神経を研ぎ澄ます。手を緩め、向こうの数が増えてしまえばそれだけでこちらは終わりなのだ。多くても、同時に相手が出来るのはギリギリ3体――それ以上は、戦線が維持できない。
「退けないところ。押し返そう」
透流の言葉に、仲間達がうなずく。押し寄せるイフリート達を相手に、灼滅者達は全身全霊で迎え撃った。
――冷静に、あるいは冷淡に。だからこそ、この作戦は機能した。
(「右手で握手を求めながら左手で殴りかかる卑劣な姿勢は好きでござるが――両手で全方位に殴りかかる方がもっと好きでござる」)
筋が通らない事は嫌いなシルヴァーナにとっては、この状況自体が考える事が多い。誰が敵で、誰が味方か――あるいは、自分達が誰の敵であり、誰の味方なのか。
だが、何よりもまず考えるべきは守るべき人々。命を守らなくてはならない、という事だ。
「フォッフォッフォッフォ! ――だからこそ、容赦はなしでござる!」
シルヴァーナが両腕を広げ、鋏で空を切る。ゴォ! と巻き起こる猛毒の旋風――シルヴァーナのヴェノムゲイルが、二体のイフリートを飲み込んだ。
「ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
イフリートが、炎の翼で旋風を切り裂く――裂いたその裂け目に、矜人は飛び込んだ。聖鎧剣ゴルドクルセイダーを包む破邪の白光、矜人の渾身の斬撃がイフリートを切り裂く!
「やれ!」
「はい!」
短いやり取り、矜人の言葉に応えたのはなつみだ。矜人の聖鎧剣ゴルドクルセイダーを足場に跳んだなつみの、高速の跳び蹴りがイフリートを捉えた。
「ガ、ガ、ガ――!」
ズドン! という重圧に耐えようと踏み止まったイフリートを、構わずなつみのスターゲイザーが押し潰した。鈍い爆発音と共に、イフリートが爆発四散する。
その爆発の中を、イフリートが駆け抜ける。全身を炎に包んだ突進――レーヴァテインだ。だが、それをクレンドとプリューヌが横並びに同時に受け止めた。
ガリガリガリガリガリ! と靴底が二本の轍を地面に刻む。全身の筋肉が、骨が、軋みを上げる――それでも、クレンドとプリューヌは受け止めきり、相殺した。
「もうひとつ!」
零距離で、クレンドが不死贄【クロス式】の砲口をイフリートへ押し付け砲撃する。大きくのけぞり、氷結の白に蝕まれるイフリート――そこへ、アルルーナが踏み込む。
「1匹も通さへん! いくで、私の七不思議其の七! 深き森の魔女!」
紡がれる物語――魔女となったアルルーナは、アカシアの杖を地面に突き立てる。ゴォ! と巻き起こる暴風が、イフリートを押しやった。
「今です」
アンブッシュ、そう呼ぶべき動きで忍び寄ったフォルケがイフリートを影で縛り上げてる。もがきあがくイフリートへ、霊犬がその刃を突き立てた。
そして、采と透流が同時に構えた。
「行くで?」
「武蔵坂学園が出来る前まであなたたちダークネスさんに皆殺しにされてきた灼滅者たちの恨み……その身で晴らさせてもらう。ダークネスさん、覚悟!」
采の撃ち放った漆黒の弾丸と、透流の王雅雷臨による気弾がイフリートを貫いた。ズガン! という爆発音――イフリートが、内側から爆ぜるように燃え上がった……。
●
「Tango down……Clear.」
周囲へ視線と銃口を走らせ、油断なくフォルケは呟く。イフリートの波がようやく途切れた――ここに至るまで、数にして八体のイフリートを倒したのだ、一つのチームがこれだけ倒したのならば全体ではかなりの戦果となるだろう。
「そろそろ、引き時やな」
もう一つの班と連絡を取った采が、そう提案した。ようやく一区切りがついたのだ、そろそろイフリート達も異変に気付くかもしれない――そうなれば、挟撃を受けるのがこちらに変わってしまうだろう。
「よし、なら撤退だ。殿は任せろ」
「おう、頼む」
クレンドの言葉に、矜人が先頭に立って走り出す。すばやい撤退、この判断も冷静に行動したからこそだ。
「周辺に被害が出ないなら、放置してもよかったんですけどね……」
アルルーナの呟きが、熱気に満ちた風に掻き消されていく。スサノオとイフリートの戦いも、そう遠くない内に収束する。この戦いの勝敗が、未来に何の影響を及ぼすのか、それを知る者は当事者達にさえいなかった……。
作者:波多野志郎 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2016年8月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 4/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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