昭和新山決戦~紅陣の覚道

    作者:御剣鋼

     橙焔を透かすショールが僅かにあがりナミダが掌を翳す。ただそれだけで猛るスサノオ達は身を慎みむように熱を収めた。
    「先程も言うたが、この戦いで力を得る事は儂にとっての悲願」
     本来この場に相応しい静けさの中で、華奢な少女思わせる横顔のナミダだがその口調は誰にも阻めぬとでも言いたげに画然としている。その声を思惑を抱き言葉を尽くしきった灼滅者達はそれぞれの心でじっと聞いた。
    「汝等の協力の申し出には感謝する」
     スサノオ殖やし生かす――その一点を為してくれた者達へ己の身上に基づき義理にて返し続けてきたナミダ姫。彼女は、真っ直ぐに灼滅者達へ身を向けると唇の端を小さく持ち上げ言った。
    「無事、スサノオ大神の力を得られたならば、1度だけ、汝等の為にその力を使うことを約束しよう」
     ――これは確かなるもの、彼女から示された約定。
     斯くしてスサノオの姫ナミダと武蔵坂の間に、ガイオウガを守護するイフリートの軍勢を打ち破る『協定』が結ばれた。
     
    ●紅陣の覚道
    「昭和新山にある大地の楔の一つを襲撃しようとした、スサノオの姫ナミダとその軍勢と接触した灼滅者様方が交渉を終え、無事に帰還されました」
     彼らの交渉のおかげで、スサノオが無謀な攻撃を仕掛け、周辺地域が血と炎に包まれるような惨劇は回避できたと、里中・清政(高校生エクスブレイン・dn0122)は、教室に集まった灼滅者達に知らせる。
    「ですが、スサノオは昭和新山への攻撃を諦めておりません。なので、一般市民への被害を避けるため、スサノオの軍勢と連携して、昭和新山から現れるイフリートを撃退することになりました」
     その瞬間、教室がざわめく。
     執事エクスブレインは手元のバインダーから視線を上げ、ゆっくり口を開いた。
    「これは、ダークネス組織同士の抗争ですので、どちらかに味方するのが正しいというものではございません。今わたくし達がすべきことは、一般市民への被害を、最大限に減らすことだと思います」
     イフリートとの戦いは、スサノオの軍勢が主力になる。
     けれど、勝利のためには灼滅者の力が不可欠となるので、是非力を貸して欲しいと、執事エクスブレインは深く頭を下げた。
    「昭和新山から現れるイフリートは、100体に迫ります」
     イフリート100体は強力な戦力になるが、スサノオも主力といえる戦力を揃えている。
     まともに戦えば最終的にスサノオが勝利できるという、ナミダ姫の目算は間違ってなかった、が……。
    「スサノオとの戦いで負傷したイフリートは、昭和新山に戻って休息する事で、数分程度でダメージが回復するため、継戦能力の差でスサノオが敗北してしまうというのが、わたくし達の見解でございます」
     これを阻止するため、灼滅者は決戦開始後に昭和新山に移動し、大ダメージを負って撤退してくるイフリートを撃破していくことになるという。
    「昭和新山に戻ってくるイフリートは負傷しておりますが、戦闘力を失ったわけではございませんから」
     素早く撃破しなければ、新たに撤退してくるイフリートが増援となり、苦戦を強いられるのは間違いない。
     また、灼滅者の存在を知ったイフリートが前線に戻り、そのことを伝えてしまうと、それを知ったイフリート達が昭和新山の灼滅者を駆逐するため、別のイフリート部隊を送り込んでくる可能性もあるため、確実に撃破する必要があると付け加えた。
    「バベルの鎖に感知されないよう、武蔵坂が送り込める戦力は限られております。1チームあたり、5体から8体のイフリートを撃破していくことになるため、相手が深刻な深手を負っていたとしても、戦いは厳しいものになりましょう」
     執事エクスブレインはバインダーを閉じると、真摯な眼差しで灼滅者達を見つめる。
    「スサノオと武蔵坂が破れた場合、それこそ周辺の市街地に大きな被害がでてしまいます。ですので、確実に撃破できるように全力を尽くす必要がございます」
     ガイオウガとナミダ姫。どちらに味方するかということには異論もあるかもしれない。
     けれど、今は、目の前の事件を解決することに、集中すべきだろう。
    「皆様のご武運を、心よりお祈りしております」


    参加者
    彩瑠・さくらえ(弦月桜・d02131)
    桃野・実(水蓮鬼・d03786)
    戒道・蔵乃祐(プラクシス・d06549)
    百舟・煉火(イミテーションパレット・d08468)
    牧瀬・麻耶(月下無為・d21627)
    空月・陽太(魔弾の悪魔の弟子・d25198)
    黒嬢・白雛(天翔黒凰シロビナ・d26809)
    月影・黒(八つの席を束ねる涙絆の軍帥・d33567)

    ■リプレイ

    ●routeA
     Aルートの防衛を選択したのは、3班。
     何れも素通りさせる気はなく、終始防衛に徹するために各々の持ち場につき、開戦の刻を待ちわびている。
    「利用されてる感が半端ないッス」
     ……ぼそり。
     何処か無気力気味に、牧瀬・麻耶(月下無為・d21627)が吐いた言葉に、重い空気が包み込む。
     思う所を抱えながら敢えて此の地に赴いたのは、麻耶だけではなかったからだ。
    「彼に言われた通りになってしまいましたか……」
     ――俺には、武蔵坂の全てが協力してくれるとは思えない。
     その言葉が深く突き刺さっていた戒道・蔵乃祐(プラクシス・d06549)は俯き、軽くストレッチをして体をほぐしていた桃野・実(水蓮鬼・d03786)が、淡々と口を開く。
    「速攻で倒す、って考えでいいか?」
     誰よりも溜め込んでいた実の傍では、霊犬のクロ助が心配そうにキュンと鳴いていて。
     後方に控えた彩瑠・さくらえ(弦月桜・d02131)は、震えた右手を抑えて息を吐くと、鋭く前を見据えた。
    「そうだね、僕達の最優先は人の命だから」
     ――憎まれる覚悟など、とうにできている。
     惑い揺らげば、護りたいものすら、護れなくなってしまうから。
    「ヒーローは弱い者の味方とは、言うけどなぁ……」
     両者に特別な情を持たない百舟・煉火(イミテーションパレット・d08468)も、ふと想いに耽るものの、すぐに迷いを振り払う。
     選んだ結果は受け入れなければならない。今は思考を巡らせるのではなく、人々を守るために全力を尽くす時だ。
     それぞれ想いを押し殺す仲間を横目に、野外戦闘向け装備で固めた空月・陽太(魔弾の悪魔の弟子・d25198)は、スナイパーライフルを陽気に構えた。
    (「せめて人里離れた所でやればいいものを……なんて言ったところで始まらないか」)
     迅速に確実に終わらせる、ただそれだけのこと。
     その時だった。遠くから戦いの剣戟と炎の轟音が、鳴り響いたのは――。
    「始まったみたいだね」
     此処からでは良く見えないが、炎獣とスサノオの戦いの火蓋は落とされたようだ。
     暫くして。深く傷つきながらも煌々と炎を纏う獣達の姿が視界に入るや否や、月影・黒(八つの席を束ねる涙絆の軍帥・d33567)が、人を遠ざける殺気を飛ばした。
    「さぁ、断罪の時間でしてよ!」
     断罪と救済の象徴たる黒と白の大鎌を構え、メディックの黒嬢・白雛(天翔黒凰シロビナ・d26809)が、高らかに名乗り上げる。
     灼滅者の存在に気付いた炎獣達が驚いて目を見開いたのも一瞬、避けられぬ戦いに咆哮を轟かせた。

    ●死線
    「……このまま誰にも何も言わず大人しく投降するか、死ぬか……選んでくれ」
     何も言わず倒す方が失礼だし、何もしないで後悔や罪悪感を抱くよりも、マシだ。
     実は希望を託して言葉を掛けるものの、返ってきたのは怒りを乗せた、強烈な炎撃。
     片膝をつけた実の治癒をメディックの白雛に任せ、煉火は毅然とした態度で傷ついた炎獣に肉薄すると、強烈な一打を浴びせた。
    (「……あくまで人的被害を出さないためだ」)
     深手を負った炎獣の瞳には、激しい怒りの炎が爛々と灯っている。
     彼等を喰い止めるには灼滅しかないというのは、煉火が見ても明らかで……。
    「別に落ち度があった訳でも、恨みがある訳でも無いッスよ」
     ……単に、武蔵坂がそういう組織だったということ。
     麻耶がダイダロスベルトを射出すると、その隙にウイングキャットのヨタロウが前衛の陽太を中心に、尻尾のリングを煌めかせる。
    「こちらさくらえ班、昭和新山へ突破しようとするイフリートは、僕達の班が受け持つ」
     連絡役のさくらえは、戦況と周囲の状況に注意しながら、無線に声を届けていて。
     現れた敵が1体なら3班で集中攻撃を促し、複数なら自分達が昭和新山へ向かう敵に標準を絞ることにより、3班は迅速かつ着実に各個撃破を狙っていく。
    「他班は、手負いの個体や数減らしに徹するみたいだね」
    「そうですね。僕らは強引に突破しようとするイフリートを、灼滅していきましょう」
     深手を負っているとはいえ相手はダークネス、個々で倒せる相手ではない。
     フードを脱いだのを皮切りに、機械的な立ち振る舞いで狙い定める陽太の背に蔵乃祐は頷き、昭和新山への路を塞ぐように肉薄すると、鬼気迫る斬撃を打ち振う。
     黒も冷静に状況を見極め、仲間との連携を心掛けていた白雛も突破しようとする炎獣達に意識を向けた。
    「相手を怒らせるサイキックがあれば良かったな」
     蔵乃祐らの息継ぐ間もない猛攻を受け、思わず怯んだ炎獣を煉火は真っ直ぐ見据える。
     七色の炎の意匠が入ったエアシューズで駆け出すや否や、流星の力を宿した蹴りで機動力を一気に削り落とした。
    「このまま押し切っていこう」
     呼び掛けと共に、さくらえが玻璃の穂先から冷気のつららを撃ち出すと、実が跳ね飛ぶように強烈な蹴りを重ねて、オーラを拳に集束させた黒が凄まじい連打を繰り出す。
     ――その刹那。
    「……何処見てんスカ? 胴体がお留守ッスよ」
     蔵乃祐の斬撃に炎獣が半歩下がった一瞬の隙に、麻耶は懐にしっかりと潜り込んでいて。
     そのまま低い位置から膨大な魔力を叩き込まれた炎獣は、内側から爆ぜて消えてゆく。
    「新手ですわ!」
     眼前の炎獣を倒し終えたのも、束の間。
     声を張り上げた白雛は、即座に手元の交通標識を黄色にスタイルチェンジさせると、陽太を中心に癒しと守護を施す。
     戦いは、まだ始まったばかりだと、告げるように――。

    ●傷痕
     再び、昭和新山への路に姿を見せ始めた炎獣達は、何れも深く傷つき、疲弊していて。
     けれど、8人と2体は決して手を緩めず、淡々と炎獣達に引導を渡していく。
    「逃げ帰られても困るんスよねぇ」
     味方の回復をヨタロウに託して素早く距離を狭めた麻耶は、槍先に螺旋の如き捻りを加えると、容赦なく炎獣の額を穿つ。
    「次々と来ますわね」
     スサノオが主戦力を投入しているだけあって、向こうも熾烈を極めているのだろう。
     昭和新山に来る炎獣は途切れることなく、白雛の回復の手が休まることはない。
    「巡り巡ってガイオウガのために……ってやつッスよ。お好きでしょう?」
     ――イフリートも、武蔵坂も。
     何処か含んだ言い回しで麻耶が視線だけを後方に移すと、消えゆく炎獣にさくらえは謝罪を飲み込み、一瞬だけ目を伏せて。
    (「ガイオウガという名のイフリートへの愛着などない。でも……」)
     その中には1つになった友がいて、眼前に居る炎獣は、その友と同じ仲間……。
     彼らと戦うことは彼らの大切なものを奪い、その想いと誇りを踏みにじるということ。
     それでも、今は戦うしかないと決めた。……後悔はしていない。
    「なんだか泣けてくる」
     自分は、共に生きる道を模索しながらも、現実は人を守るために彼等を灼滅している。
     戦場の剣戟に瞬く間にかき消された蔵乃祐のか細い呟きに、実も淡々と洩らした。
    「ほんとうに、ころさないといけないのか?」
     昭和新山のイフリート、死なせるには忍びない。殺したくない。
     灼滅者である自分達の想いを押し殺し、炎獣達を倒して為すべきものがあるのだろうかと、実は今も疑問に思う。
    「彩瑠くん、撃破数の報告を頼むよ」
    「……。了解」
     何が正しくて何が悪いのか分からなくなっていたのは、煉火も同じだ。
     ――それでも、だ。
     自分の役目を毅然と行わんとする煉火の背中に、さくらえは真摯に頷くと攻撃の要である陽太と黒、麻耶に呼びかけた。
    「空月さん、月影さん、牧瀬さん、お願いします」
     呼びかけと共にさくらえが白蛇を模した白練色の帯締めを伸ばすと、陽太が無駄のない動きでライフルの銃口を合わせる。
    「厚意に甘えようか」
     思う所はあれど、やるべきことはシンプルなのがいい。全てのダークネスを滅ぼす……ただ、それだけに尽きる。
     無表情のまま陽太が淡々と炎獣の右足の腱を削いでみせると、黒の足元から伸びた影が炎獣を飲み込んだ。
    「敵になるのならば容赦はしない」
    「さぁ……断罪の時間ですわ!」
     ダークネス全てに強い怨みを持つ黒には、躊躇いは見られない。
     回復に専念していた白雛もダークネスへの憎しみは深いものの、口上には力を持たない人々を守ることへの決意と闘志が、強く秘められていて。
    「手負いで消耗はしていても、弱体化するわけではありませんね」
     熾烈な業火に葬衣を焦がされながらも、蔵乃祐は高らかとクロスグレイブを構える。
     十字架から煌々と放たれた光を追うように、実が流星の力を宿した強烈な蹴りを浴びせ、動きが鈍くなった刹那、クロ助の斬魔刀が鋭く炎獣に交差した。
    「これで5体目だな」
     そう短く告げた煉火が、ミニスカートをひるがえしながら、炎獣の懐に潜り込む。
     至近距離から放たれた炎を乗せた蹴りをまともに受けた炎獣は、どうっと崩れ落ち、二度と動くことはなく……。
     スサノオも炎獣も、各々が護るモノのために集い、命を掛けている。
     そして此の地に集った灼滅者もまた、各々が護るモノのために戦い続けていた――。

    ●終わりなき戦い
    「班のノルマは達成しましたけど、どうします?」
     最前線で複数の敵影を発見した麻耶が示した方角に、8人は顔を見合わせる。
     第1目標である5体は倒したものの、自分達は昭和新山へ突破を仕掛けようとする比較的元気な個体と戦い続けていたのもあり、皆の疲労が思いのほか蓄積していたからだ。
     そして、眼前で突破を仕掛けようとしていた炎獣は、今までの個体よりも手強そうだ。
    「増援部隊ではなさそうですわね」
    「他の班は戦い続けるみたいだね。……僕達も出来る事を最後まで諦めないでいこう」
     恐らく、最前線で耐え続けていた強めの個体が、休みに来た可能性が高い。
     疲労を濃くした黒を中心に白雛が黄色の標識の守護を施すと、さくらえも戦況と周囲の状況に注意しながら、被害を防ぐために尽力を尽くしたいと頷いて。
    「回復する暇がないし、KOされない範囲でガンガン行った方が良さそうだね」
     このタイミングで撤退した場合、他2班の負担になるのは避けられない。
     戦闘中の回復を白雛に託した陽太は、虎視眈々と狙い定めた。
    「ああ、やることは決まってる」
     連戦の中でサーヴァントは消滅してしまったものの、緒切りの刃を降ろすことはない。
     短く答えた実が戦いに集中するように味方の壁になると、片側のピアスを煌めかせた煉火が、一気に駆け抜けた。
    「やれるだけの手を尽くさせて貰うよ」
     大きく跳躍した煉火は無骨な外見を持つ正義の鉄槌に炎を宿すと、脳天に叩きつける。
     手負いの身に受けた一撃に炎獣は咆哮を轟かせると、こちらへ真っ直ぐ向かってきた。
    (「あとは自分を信じて戦うだけ、か……」)
     現実が残酷だからこそ、自分自身に負けたくないと蔵乃祐は思う。
     武蔵坂の負の部分も理解していた彼は、敢えて灼滅者と歩むことに未来を託した……。
     だからこそ、自分も人を護る正しさを信じて戦うしか――ない、と。
    「半端者。分かっちゃいるけどさ」
     立ち阻むように間合いを狭めた蔵乃祐が、力任せに炎獣の左前脚を鋭い銀爪で引き裂くと、断つように回り込んだ黒も、陽太の射撃に助けられながら、死の力を宿した断罪の刃を真っ直ぐ振り下ろす。
    (「悩むくらいなら全部灼滅すればいいじゃん」)
     味方の疲労も、ピークに達しようとしている。
     どちらかというと面倒事を嫌う麻耶は、苦悩しながら戦う仲間を淡々と眺めていて。
     追い込まれた炎獣の凶牙が直撃した黒が倒れ伏す姿が視界に入ると、与ダメージ増加を狙って積極的に氷を撃ち出した。
    「周りの敵数も減ってきてますわ、もう一息ですの!」
     時間が経てば経つほど、不利に陥るのは明らかだ。
     白雛は自身を癒そうとしたさくらえや蔵乃祐に回復が重複しないように呼び掛けると、即座に癒しと耐性を高める帯を伸ばす。
     炎獣は回復を諦め、目の前の敵を1人でも多く道連れにしようと、咆哮を轟かせた。
    「回復はボクと黒嬢くんに任せて、皆は攻撃に当たってくれ!」
     メディック1人では回復は追いつかないと判断した煉火も、白雛と回復が重複しないように声を掛け合いながら、満遍なく味方に治癒を施していく。
     終始、途切れることなく届く癒しと力は、戦い続ける味方を大いに鼓舞させた。
    「強いね」
     陽太も氷の弾丸を重ねて体力を削ろうと試みるものの、しかし眼前の炎獣は倒れない。
     炎獣が雄叫びをあげながら勢い良く叩きつけた業火が、終始味方の壁として奮闘していた実を焦がして地に伏せさせる、が。
     その一瞬の隙を逃す、灼滅者達では――ない。
    「まずは今、できることをしっかりとやる」
     麻耶が再び槍先から繰り出した冷気に合わせて、さくらえが地を強く蹴る。
     氷が。光が。影が炎を穿つ中、体を滑り込ませたさくらえは己の片腕を異形化させると、凄まじい膂力と共に振り下ろす。
     勢い良く岩壁に叩きつけられた炎獣は塵と化し、周囲を長く長く支配していた剣戟が鳴り止んでいたことに、幾つもの安堵が洩れたのだった。

    ●紅陣の覚道
    「敵の姿が見えなくなったね」
     戦闘時とは打って変わって軽薄な笑みを浮かべてみせた陽太は、自らを覆うバベルの鎖を瞳に集中させて、自身の傷を癒す。
     戦える6人は、あと一戦を耐えきれるか否かという状態だ……。
    「ボク達が倒したのは6体、打ち洩らしはないよ」
     煉火が白雛に残る傷を癒しながら皆に報告すると、蔵乃祐は思考を巡らせる。
     全体の討伐数はわからないものの、緊急の連絡は入っていないため、何れも順調なのは間違いない。
     その時だった、別班の1つから連絡が入ったのは――。
    「穂村班は撤退するみたいだね……」
     連絡を受けたさくらえが視線を上げると、各々が緊張の糸を解くように息を吐く。
     もう1つの班も、可能な限り周辺の敵を倒したあとに撤退するということなので、Aルートの防衛は達成できたと考えて良さそうだ。
    「このまま戦場に留まり続けるわけにいきませんし、僕らもすぐに離脱しましょう」
    「そうだね、ルート上に敵の気配は感じないし、速やかに撤退しようか?」
     戦闘不能者を2名出している中、蔵乃祐の現実的な提案に煉火が頷く。
    「下手に粘った場合、突破されて主戦場に此方の存在が露見されやすくなるだけッス」
    「今はチームとしての動きを統一させないとね」
     深手を負っても粘ろうとする実に麻耶が淡々と告げ、陽太がぽんと肩に手を置いて。
    「加勢は必要なさそうだし、ここが引き際だね」
     蔵乃祐の肩を借りながら黒も踵を返し、白雛が周囲を注意警戒しながら後に続く。 
     帰路につく仲間の背を追いながら、さくらえはハンドフォンで無線を繋げた。
    「さくらえ班も撤退します」
     スサノオ達の勝ち鬨を耳にすることなく、少年少女達は昭和新山を後にする。
     その後に残された青々とした緑と空が、自分達が得た最大の成果なのだと、信じて――。

    作者:御剣鋼 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年8月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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