臨海学校2016~真夏の海の幸ツアー

    作者:御剣鋼

    ●別府湾はイイ湯加減
     真夏を迎えた別府湾にふわりと湯煙があがり、けれど海面ではバシャバシャと如何にも元気そうな水しぶきが上がっている。
     海面をよくよくみると、温泉並みの温度に上がった海の中を、旬の魚達が元気良く泳ぎまわり、中には一回り二回りも巨大化した魚も……!
    「これはいったい……」
    「試しに一匹食ってみるか?」
     網に掛かった元気良すぎる魚達に、船上の漁師達も始めは不安そうに眺めていて。
     けれど、一匹試しに捌いてみるや否や、脂がぎゅっとのった肉質にどよめき、恐る恐る口にした刹那「うまいっ!!」と次々と舌鼓を打つ。
     粋が良過ぎる鮮魚で沸く船の下では、直径1メートルくらいの巨大化したイクラのような赤い塊が、赤く赤く輝いていた。
     
    ●真夏の海の幸ツアー
    「臨海学校の時期でございますが……」
     開始早々、不穏な出だしをする、里中・清政(高校生エクスブレイン・dn0122)。
    「ガイオウガの力が高まったことによって、大分県の別府湾が温泉のようになり、お魚さん達が元気になりすぎましたり、巨大化してしまう事件が発生しました」
    「やっぱりかああああ!! ……え、海水が温泉?」
    「っていうか、お魚さん達、本当に大丈夫なの!」
    「はい、ガイオウガの力は生命を活性化させるため、海洋生物が絶滅したりする心配はないというのが、わたくし達の見解でございます」
    「そ、そうなのか……」
     いろんな意味で動揺を隠せない中、執事エクスブレインは温泉化の原因が『別府湾の海底から染み出した、ガイオウガの力の塊』であることを告げる。
     この状況を解決するため、別府湾の『糸ヶ浜海浜公園』で臨海学校を行うことになったと告げると、手元のバインダーに視線を落とした。
    「ガイオウガの力の塊ですが、直径1メートルくらいの巨大化したイクラのような外見で、40度前後で暖かく、周囲の温度も40度前後にあげる力がございます」
     この塊が数百個海底に漂っているというので、臨海学校で回収することにしたのだろう。
    「海底から力の塊の引き揚げる作業は、外気温が低下する深夜に行うことになります。ですので、日中は温泉風味の海水浴を楽しみつつ、海底の探索などを行ってくださいませ」
     海中から引き揚げた力の塊を鶴見岳に運べば、ガイオウガに吸収されて消滅するという。
     ただし、サイキックで力の塊を攻撃した場合、イフリート化して襲い掛かってくるので、注意が必要だと付け加えた。
    「イフリート化してしまった場合、攻撃者に対して反撃を仕掛けますため、強制的にイフリートとの戦闘になります。ガイオウガの戦力を減らすために、敢えてイフリート化させて灼滅するという方法もございますが、それ相応の戦いになりますので、如何なる判断をされるかは、現場に赴かれる皆様にお任せいたします」
     そう告げた執事エクスブレインは、バインダーから臨海学校のしおりを取り出す。
     臨海学校は、8月22日(月)から8月23日(火)の昼まで行われるようだ……。
    「23日の別府湾の海水浴で補足されている「危険そうな海産物の捜索と駆除」というのはなんだ?」
    「活性化してしまった海洋生物が多すぎますと、一般の方々に危険が及ぶ恐れが高まりますので、可能であれば対応して頂けますと助かります」
     ワタル・ブレイド(中学生魔法使い・dn0008)の質問に答えた執事エクスブレインは、ふと口元を緩ませて。
    「活性化しました海洋生物は、総じて脂が乗っていて美味しいとのことでございます、キャンプの夕食には持ってこいでございますね!」
    「なんだ、と!」
     キャンプ会場となる『糸ヶ浜海浜公園』は、当日は武蔵坂学園が貸しきっているので、施設などは自由に使用できるという。
     オートキャンプ場には、大型のキャンピングカーも設置しているので、ログキャビン、キャンピングカー、テントのどれかを選んで宿泊できるという、贅沢仕様であーる。
     海水浴をしつつダイビング調査や、活性化した海洋生物の捕獲、生命力の強い海産物を肴に飯盒炊はんなどなど、いろいろ楽しめる臨海学校になりそうだ!
    「要は、イフリート化させなければ、美味し……いや、危険は無い任務ということだな?」
    「はい、わたくし達エクスブレインも、そのような見解でございます」
     真剣にたずねながらも瞳をキラキラと輝かせるワタルに、執事エクスブレインも別府湾の事件を解決しつつ、臨海学校を是非楽しんできて欲しいと微笑む。
    「回収されたガイオウガの力の塊を鶴見岳に運ぶのは、有志の方々にお任せることになりますが、赴かれる方は気をつけて下さいませ」
     そういって頭を下げようとしたとき、最後に言い忘れましたと、一言を。
    「イクラに似ておりますが、ガイオウガの力の塊は食べれませんからね」
     その言葉にワタルを始め、残念そうな悲鳴が上がったという。


    参加者
    久篠・織兎(糸の輪世継ぎ・d02057)
    音鳴・昴(ダウンビート・d03592)
    淳・周(赤き暴風・d05550)
    セーメ・ヴェルデ(煌めきのペリドット・d09369)
    土岐・佐那子(朱の夜鴉・d13371)
    深草・水鳥(眠り鳥・d20122)
    マサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・d21200)

    ■リプレイ

    ●22日〜真夏の捕獲大作戦
    「水鳥っち、いっぱい見つかるといいな! な!」
    「う、うん……? 晩御飯、いっぱい見つかるといいね……あっ」
     浜辺で夕食の食材を拾い集めるマサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・d21200)の少し後ろで、ぼーっと貝料理に夢中になっていた深草・水鳥(眠り鳥・d20122)は頬を赤く染めると、手に持ったバケツをぎゅっと握りしめて。
    「ええと、この、ワカメも、持ち帰るの……?」
    「お米と一緒に飯盒に入れても美味しそうだよなー!」
     重度の人見知りの水鳥は、マサムネと話す時も少し落ち着かない様子……。
     それでも、少しづつ話してくれる彼女が愛しくて、マサムネのバケツも直ぐに食材で一杯になっていった。
    (「重要な依頼ではありますが、楽しめる所はきっちり楽しみたいですね」)
     ガイオウガの力の影響で育った海鮮料理というのは、どのような味だろう……。
     土岐・佐那子(朱の夜鴉・d13371)は仄かな期待を抱きながら、釣竿を軽く握る。
    「もうちょっと遅ければ新米行けたんだが……!」
    「いや、これだけでも十分だろ」
     新潟県がご当地の淳・周(赤き暴風・d05550)が持参した米を量っていた音鳴・昴(ダウンビート・d03592)は、ふと邪魔にならない程度に側に付いていたセーメ・ヴェルデ(煌めきのペリドット・d09369)に気付く。
    「ちゃんと飯食ってんのか、お前……」
    「一応……ね……?」
     どちらかというとスレンダーなセーメは小さく頷き、日焼け止めの感触を確かめる。
     日は傾き始めていたものの、夏の陽射しは強い。
     けれど、昴と出掛けるのが楽しくて仕方ないという思いの方が、強かったから……。
    「海底の方には伊勢エビや車エビもいるし、岩場には岩牡蠣やサザエもたくさんいるわ」
    「よ〜し、思いっきり取ってくるぞ〜!」
     中でも大分県がご当地で、将来は水産関係を目指すまぐろの情報は、久篠・織兎(糸の輪世継ぎ・d02057) にとっても目からウロコもので。
    「オリト、釣りですか? 網ですか?」
     臨海学校を楽しもうと勢い良く海に飛び込む織兎に、リケの口元も緩んでしまう。
     普段武器を使い慣れている彼には銛で突くのが向いてそうだと手渡すと、織兎は嬉しそうに銛をぐるんと1回転させ、巨大なエビを真っ直ぐ仕留めた。
    「ん、何を拾ってるんだ?」
    「何か綺麗な物が落ちてないかなって、……ちょっとしたお土産にね」
     岩場で食材を探しながら綺麗な貝殻を拾い集めていたロードゼンヘンド・クロイツナヘッシュ(黒紅・d36355)に、ワタル・ブレイド(中学生魔法使い・dn0008)が不思議そうに声を掛けるものの、すぐに悪戯めいた笑みを浮かべて見せて。
    「成る程、プレゼントか」
    「それは秘密だよ」
     ――秘密にする理由は特にないけど。
     ロードゼンヘンドは笑顔のまま背中の傷を隠すように赤い上着を羽織り直すと、楽しそうに三つ編みを揺らしながら、一旦キャンプ場へ。
    「海釣りに行かれるなら、私も同行していいですか?」
    「もちろん! アジやサバ、タイ、タチウオ、それに城下カレイなんかが捕れるのよね」
     ――釣った魚を、その場で捌いて刺身で食べる。
     そのことが昔から憧れていたと告げる佐那子に、まぐろは嬉々と二つ返事を返すと、通り掛かった想司も誘って海釣りへ出掛けていく。
    「どんどん取って夕食の材料にするぞ~!」
     次々と巨大な魚を一本釣りしていく3人の姿に、織兎も嬉しそうに瞳を輝かせて。
     温泉のような海に、のぼせそうだとはしゃぎながらも、マイペースに戦果をあげていった。
    「何品料理作れんだ……これ」
     海に入るよりも調理に専念する方が疲れないと思ったのが、甘かった……。
     夏の暑さよりもヤル気満々な少年少女達に、昴は思わず頭を抱えてしまうのだった。

    「すごいなー!」
     バケツが溢れるくらいに食材を集めて戻ってきたマサムネは、思わず感嘆に似た声をあげてしまう。
     調理場には新鮮な魚介類が所狭しと積まれ、水鳥と一緒に獲ってきた海藻を食べやすいように切り分けたマサムネは、拳大サイズの大きな貝を捌き始めた。
    (「これほど生態系にまで影響を与えるとは……ガイオウガの力と言うのは凄いものがありますね」)
     脂がノリに乗った巨大な海の幸に、佐那子も静かな溜息を洩らしていて。
     自然の営みとは違う力だけど、大地の精髄の影響が大きくプラスに動いたことには、感嘆を隠せずにいられなかったからだ。
    「う、うまそう! ご飯も美味しくできてるよ〜」
    「ホイル焼きとか、バーベキューでもいいけど、海鮮サラダとか丼物も行けそうだな」
     瞳を輝かせて飯盒の中の炊きたてご飯を覗く織兎に昴が少し胸を張って答えると、セーメが顔をひょいっと覗かせる。
    「おー、魚でかい……ね……?」
    「セーメも何かリクエストあるか? あと食えねーもんあるなら、先に言っとけよ」
    「食べたいもの……か……」
     セーメはちらりワタルを見ると、海鮮親子丼がいいと、ぽつりと呟く。
    「厳しいなら、それっぽいもので。あ、ワサビ食べられない。肉は……今回ない?」
    「親子丼……になるかどうかは、捕まえてきたもん次第だな」
     さらに注文を重ねるセーメに昴は観念すると、海鮮親子丼に使う魚の品定めを始める。
     ここまでお強請りされたら極力応えるのが、世話焼きの悲しい性である。
    「料理には少し自信があるねぇ」
     岩場から戻ってきたロードゼンヘンドが調理の手伝いを買ってでると、指を切らないように慎重に魚のウロコを剥ぎ、はらわたを抜いていく。
     織兎も獲った魚に串を通し、美味しい塩焼きになるように味を整えていた。
    「オリトは器用ですね」
     竃には、マサムネと水鳥が捌いた貝と海藻を入れた味噌汁の鍋が火に掛けられている。
     その手際にリケは感心しながら、漂う磯の香りにゆるりと瞳を細めた。

    ●22日夕方〜海の幸に満たされて
    「「いただきます!!」」
     食卓に所狭しと並べられた海鮮料理に歓声を揃えた少年少女達は、海遊びで空かせたお腹を満たそうと、巨大海鮮バーベキューに手を伸ばす。
    「火傷しないように、気を付けて、ね……」
    「おお、あんがとさん!」
     水鳥が皆に取り分けていた白く輝くご飯には、ワカメと貝が香りと彩りを添えていて。
     マサムネは海鮮炊き込みご飯を早速腹に納め、お代わりを所望するのを忘れない。
    「美味しいですね」
     城下カレイのお造りに佐那子が舌鼓を打つと、ワタルと織兎はタチウオの塩焼きに同時に噛りつく。
    「ワタルくん! おいしいよな!! これ!!」
    「ああ、すごく味が濃縮しているぜ……」
     火が通しやすいように細かく細分化されたタチウオも、ボリュームたっぷり。
     アジも一口サイズで唐揚げに。外はカリっと、中はふんわり柔らかくて口の中で蕩けてしまいそう……!
    「きっともう一生味わえないと思いますし、大切な思い出にします」
    「遠慮せずに浜焼きもどうぞ!」
     ガイオウガの影響で大きく育った海の幸を味わえるのは、この時だけ。
     思い出と一緒に噛みしめる佐那子に、別府湾の海の幸を皆に堪能して貰いかったまぐろは満面の笑みを浮かべ、張り切ってサザエと岩牡蠣を浜焼きにしていく。
     暫くしてグツグツと巻貝の蓋が揺れると、香ばしい磯の香りに想司も溜息を洩らした。
    「いい写真が沢山撮れそうだねぇ」
    「程ほどにして、ちゃんと食えよ?」
     ホイル焼きを味わいながら、ロードゼンヘンドは写真を撮っていく。
     楽しい思い出を残すようにカメラのシャッターを切るロードゼンヘンドに、昴が声を掛けた時だった。
    「……昴さん昴さん、ちょっと良いかな」
     物陰で小さく手招きするセーメに昴は不思議に思いながら、席を立つ。
    「何だその改まった呼びか――」
    「Grazie sempre」
     誰も見ていないことを確信したセーメは背伸びすると、昴の唇の側に口づけする。
     何かを言い掛けた昴は暫く硬直し、みるみるうちに顔が真っ赤に染まっていき……。
    「ちょ、おまっ……ここ日本だぞ。そういうのは彼氏とかにしかやんねーの」
     昴は勢いのまま悪びれない素振りのセーメの頭を、わしゃわしゃと撫で回す。
    「彼氏、彼氏ねえ……うふふ」
     セーメは不敵な笑みを浮かべつつ、手から伝わる温もりに嬉しそうに目を閉じた。

    「マシュマロも、焼いて食べよう……?」
    「それはいいなー! うんまそう!」
     水鳥がそっと取り出したマシュマロに、お菓子が好きなマサムネは瞳を輝かせる。
     表面だけ蕩けるように炙り、揃って並んでふーふーして口元に運べば、二人だけの笑顔が弾けた。
    「うん……美味しい……」
    「やっぱり美味しい物食べてる顔はいいな! 見とれちゃうぜ?」
     今度は一口だけご飯を頬張った水鳥が、幸せそうに柔らかく微笑んだのも一瞬。
     視線に気づくと恥ずかしさのあまりに、すぐに目を伏せてしまう。
    「水鳥っちは人見知りを直せよな? ブスなんかじゃねー、かわいいって!」
     それは、本心からの言葉に他ならない。
     それでも目を閉じたまま首を横に振る水鳥に、マサムネはリラックス!リラックス!と明るく言葉を掛け続ける。
     今すぐとは言わない。
     先ほど弾けた笑顔のように、少しずつだんだん慣れてくれることを願って――。

    「この魚ほんとに脂のっててうまいな~」
    「ご飯もちょうどよく炊けていますよ」
     二人並んで食事を取る織兎とリケは、揃って照れた様子を隠せずにいて。
     意識しないようにすればするほど照れてしまい、気恥ずかしくなった時だった。
     織兎が目を合わせるように、ぽつり呟いたのは……。
    「リケちゃ……リケって呼んでもいいかな」
    「え、ええいいですよ」
     海鮮料理よりも新鮮な言葉に織兎は耳を赤くし、リケはドキッとしてしまう。
     二人の穏やかな時間を包み込むように、ご飯の湯気が柔らかくふわりと揺れていた。

    ●22日夜〜輝く火華と共に
    「少し蒸し暑いけど、大丈夫?」
    「ありがとう、今はそうでもないわ」
     夜の帳が完全に降りた空に、大輪の火華が打ち上がる。
     砂浜で2人並んで座った拓馬と樹は、夜空に輝く火華を見上げながら、互いの会話を楽しんでいて。
    「そういえば昔は夏の海って苦手だったわね」
     時間が経つと、無くなってしまうのも少なくない。
     けれど、その分得るものもあると思えるようになったと樹が微笑むと、拓馬も頷き、もう一度夜空を見上げる。
    「俺達の関係も出会ってから色々と変わってきたけど、このまま変わらない幸せを感じていたいな」
    「そうね、この花火も刹那だけど、それをふたりで見られた、綺麗だったって想い出はずっと残るもの」
     ――これからいくつか肩書が増えても、ずっと家族でいたい。
     喪うことへの怯えは変わらず、それでも新たな絆を礎に幸せな未来を夢見る樹の言葉と視線を受け、拓馬は微笑む。
    「これからも一緒にいておくれ、俺のお嫁さん」

    ●22日深夜〜海底に眠るモノ
    「サイキック厳禁なの忘れんなよ?」
     ――力の塊を刺激しない。回収した塊は全て護送班に引き渡す。
     深夜を迎えた別府湾に集った14人と4体に、昴が確認を込めて声を掛ける、が。
    「……寝てない。うん。ボクは寝てないよ」
     ロードゼンヘンドを始め、半数以上の瞼が閉じ掛かってますどうします?
     開始早々、物凄〜く不安な予感しか無いのは、気のせいだと思いたい。
    「よく食べて力を付けましたし、しっかり仕事をしましょう」
    「がんばって回収するぞ~!」
     長い黒髪を夜風に靡かせながら佐那子が呟くと、織兎とまーまれーどがてててっと海の中に入っていく。
    (「悪用されるのもあれだし、きっちりガイオウガに返品しねえとな!」)
     水中ライトの感触を確かめていた周も、肩に引き揚げ用の網を担ぎながら海中へ。
     その後を追うように、水鳥が眠気で覚束ない足取りで海に飛び込もうとする、が……。
    「ん……ちょっと、眠い……」
     あたかも布団ダイブの如く水鳥がふらり海中へ飛び込むと、大きな水飛沫が舞う。
     ふわふわと漂うように海底に降り立つと、よいしょっと力の塊を優しく持ち上げた。
    (「……ちょっと、重いかも……」)
     塊は見掛けよりも少し重く、水鳥が両手に少しだけ力を入れようとした時だった。
     体ごと持ち上げられたように、抱えた塊ごとふわりと体が浮き上がり、海面から顔を出して見回すと、すぐ側にマサムネの顔があった。
    「眠いまま海に飛び込んだら危ないぜー?」
     マサムネはお姫様抱っこの要領で、よっこらしょと持ち上げる。
     そして浜辺に上がると、もう一度優しく言葉を掛けた。
    「まったくー、気をつけろよな、水鳥っち?」
    「あ、はい、……気を付けます……」
     周囲を見回せば、皆も各々1個づつ回収することに成功していた様子だった、が……。
    「……温かい……じゃない、暑い。とても暑いよ!」
     暖かな力の塊に触れているうちに、眠りの淵に誘われたのだろう。
     引き揚げた塊に寄り掛かってうつらうつらしていたロードゼンヘンドは、すぐに塊から離れるものの、直ぐにスヤスヤと別の塊に寄り掛かるのは、お約束であーる。
    「……重い」
     セーメに至っては、1個運んだあとは早々に離脱して浜辺でぺしゃりと潰れている。
     その姿を生暖かい視線で見つめていた昴は、そっとロープの端を皆に手渡した。
    「うっかり怪我人が出ても困るし、各自このロープを命綱にしてくれ……」
    「お、おう……」
     ――寝ぼけて海底に沈む防止じゃねえかよッ!
     という無粋なツッコミを辛うじて飲み込んだワタルに、海から上がってきた周が高らかに声を掛けた。
    「ワタル頼んだぞー。熱いような微妙な温度だから注意なー」
    「了解、オレも危うく眠らないように気をつけるぜ」
     周はワタルを始め、陸地側にいる仲間(倒れ伏しているのは除く)にバケツリレー方式で力の塊を手渡すと、再び海底に潜っていく。
    (「海中で何かが妨害してくる様子はなさそうだな!」)
     回収中に向かってきたり、敵意を剥ける巨大化生物の気配はない。
     周は薄暗い海底で仄かに輝く塊を刺激しないように下に網を潜らせると、先に潜っていた佐那子と共に、そっと持ち上げた。
    (「これなら手で直接持ち上げて運んでもいけそうだ!」)
     見掛けによらず丈夫で、サイキックを使わない限りは、多少雑でも問題はなさそうだ。
     それでも周は1つづつ丁寧に塊を回収する。両手に伝わる温もりを感じながら――。

    「このイクラ見たいなのが、ガイオウガの力ですか」
    「食べれないんだよな〜」
     ガイオウガの体の一部、という訳でもなさそうだが……。
     引き揚げた力の塊を間近で観察する佐那子の傍らで、織兎が少し残念そうに呟く。
     陸上で鮮明に見る力の塊は強くも淡い光を放っており、そして温かくて……。
    「暖かい……抱き心地、いいの……」
    「こんな暖かい力を持っているガイオウガは、どんな奴なんだろうな?」
     ――願わくば、彼のイフリート王が邪悪なものではありませんように。
     寄り添うように水鳥が力の塊を抱き抱えると、マサムネも片手だけをそっと添えて。
    「なんか美味しそうに見えなくもないし? いや食べんが!」
    「オレに言うな、語るな、目の錯覚だッ!」
     思わず周が洩らした呟きに、至福の夕食を思い出したワタルが絶叫する。
    「15人とサーヴァントが4体もいるのに、疲労感が半端ねえ……」
     ガイオウガの力を狙っている勢力も多い中、周囲の警戒を買ってでるつもりだった昴は1人自問自答中。
     その傍ではセーメが終始潰れたままだし、そんな主人をソニアがぺしぺしと肉球で叩いてるし、どうしてこうなった!
    「何はともあれ、無事に回収することができたねぇ」
    「鶴見岳までの護送はアタシ達に任せて、若人は存分に楽しんでな!」
     何処か物足りなさそうに微笑むロードゼンヘンドに周は軽く笑い掛けると、悪戯めいた視線を織兎とマサムネに向ける。
     そして、イイ笑顔で「頑張れ!」と微笑むのだった。

    ●23日未明〜朱き灯のレクイエム
    「キャンプ場からレンタカーで運ぶというのは、名案だな」
    「御陰で麓まで楽に運ぶことができたな。有志の皆に感謝だ!」
     他班が運転する車から降りた周とセレスは光源を絞ると、力の塊を両手に抱えて慎重に山頂を目指す。
     多くの有志が集まっていたものの、周囲に怪しい物陰や人影は見当たらない。
     あるのは少しの蒸し暑さと、夏の虫が鳴く音だけだ……。
    「深夜で良かった、これが日中だった場合は……」
     ――言うまでもなく、焼き鳥。
     思わず呟きを洩らしたセレスに、周もケラケラと小さく笑ってみせて。
     一行の足取りが山頂に差し掛かった時だった。両手で抱えていた力の塊が溶けていくように、小さくなり始めたのは……。
    「山頂付近も特に変わった様子はなさそうだな!」
    「ガイオウガっていったい何なのだろうな……」
     まずはやるべきことを。
     周とセレスは力の塊を刺激しないように注意しながら、山頂に近付いていく。
     同時に。バスケットボールサイズまで小さくなっていた塊は、仄かな輝きを残しながら、少女達の腕の中から消えていった。
    「月見団子風に重ねて見たかったなー」
     周は周囲を見回すと、他班が運んでいた力の塊も同じように溶けて消えていく。
     夏の夜に消えゆく朱色は命の灯火の如く美しく、2人は時間が許す限り見守っていた。

     ――早朝。
     巨大化した海の幸を駆逐しつつ、ちょっとだけ腹にも納めた少年少女達。
     その足取りは、元気いっぱいに帰路に着いたという。

    作者:御剣鋼 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年8月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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