夕海の未練

    作者:四季乃

    ●Caution
    「叶わなかった恋の未練を抱えた少年の幽霊らしいよ」
     降り注ぐ夏の夕陽に染まりかえった海原を見つめていた風宮・壱(ブザービーター・d00909)は、立てた人差し指を唇に当てて灼滅者たちへと視線を滑らせた。
     秘め事のように語られたのは、この地域でいま流れている一つの噂話。
    「何でもその少年は、生前この海が大好きな女の子にこの場で告白をするつもりだったんだって。でも不幸な事故で少年は帰らぬ人となった」
     唯一の心残りは意中の相手に想いを告げられなかったこと。未練はいつしか確執へと堕ちていった。
     だから夏になるとこの海では少女に良く似た女の子たちが、間違われて海原へと連れ浚われてしまうという。
    「どうして本人じゃないのに連れて行ってしまうのかと言えばね、少年は盲いてしまったせいで、彼女たちをはっきりと見分ける事が出来ないんだって」
     もう長いこと密やかに語られてきた噂話は今となっては真実か偽りなのか知る術はない。だが都市伝説として生まれてしまった以上――。
    「灼滅、してもらいたいんだ」

     お盆を過ぎた海にはクラゲが出るという。それでもまだこの海にはそれなりの客足があった。少し歩けば岩場の多い場所があるらしく、そちらは人が少ないようだ。
    「浜辺で遊んでると水中から現れるそうだから、遊びに夢中になってうっかり溺れたりしないよう気を付けてね」
     壱の情報によれば、少年幽霊の想い人は黒髪のポニーテールだそうだが、もし難しそうであれば、さも少年と見知った中であるかのように演技をしたりして誘き出すと良いかもしれない。
    「分からない点も多いから、皆くれぐれも油断しないようにね」
     そうして壱は微笑を浮かべると「よろしく」と低頭した。


    参加者
    勿忘・みをき(誓言の杭・d00125)
    風宮・壱(ブザービーター・d00909)
    柴・観月(星惑い・d12748)
    廣羽・杏理(ヴィアクルキス・d16834)
    鈴木・昭子(金平糖花・d17176)
    庵原・真珠(魚の夢・d19620)
    若桜・和弥(山桜花・d31076)
    水燈・紗夜(月蝕回帰・d36910)

    ■リプレイ

    ●波打ち際の少女たち
    (「いやー……まさかこうなるとは……」)
     砂浜を歩きながら百物語を語っていた水燈・紗夜(月蝕回帰・d36910)は、ふと前を往く仲間たちの背を見やり胸の内で呟いた。
     目的地である岩場はそう遠くは無かった。波風に乗って遠くで遊ぶ観光客の笑い声が微かに届くその岩礁は穏やかなもので、浜辺に人の形跡といったものはない。
    「海だ! やったー」
     頸から提げたカメラを構え、さっそく海原を一枚、波打ち際を一枚と嬉々として収めていく庵原・真珠(魚の夢・d19620)が動く度に、結い上げた黒髪がうなじをくすぐる。
     その姿にほうっと小さく吐息した鈴木・昭子(金平糖花・d17176)は風に煽られて揺れるストールを掻きあわせながら、ともに遊ばれるふわふわなくせっ毛ポニーテールに指を絡めてみせた。彼女がゆるやかな足取りで波打ち際を歩きだせば、寄せては返す波のそれに鈴の音がちりんと転がった。
     一方、花のようなピンクの瞳を物憂げに細めた若桜・和弥(山桜花・d31076)は、低い小さな岩に腰を掛け、水平線へと視線を巡らせた。清楚な白いワンピースが風に揺れるたびに、細い脚が覗く。
    (「こんな様々な黒髪ポニテが集まることになるとは思わなかったよ。まぁ、面白いからいいんだけれどね」)
     先ほどとは打って変わり、普段は柔和な表情を一転させた和弥の横顔を盗み見てそんなことを感じていた紗夜は、つと足元に落ちた巻貝に気が付きしゃがみ込むと、それを耳に押し当てる。
    (「成る程成る程、黒髪ポニテの思い人ね」)
     さすがの女子力を発揮する少女たちを前にした廣羽・杏理(ヴィアクルキス・d16834)は、うんうん、と一人頷き、その拍子に己の物ではない色をした髪を視界の端に映して、口端を僅かに引き攣らせた。
    (「で。何で僕ら全員ポニテになることになったんでしたっけね……」)
     視線を持ち上げると、岩場の影でビハインドを呼び出したセーラーワンピ姿の勿忘・みをき(誓言の杭・d00125)が、兄が着込んだ着物の襟をせっせと正している。一方のビハインドはウィッグを着けたみをきのポニーテールに、大き目の乙女らしいシュシュを飾り付けてふんわりまとめている始末。傍から見ても、いや身長にさえ目を瞑れば完璧な女子の姿。まるであの場所だけ秘められた花園のようである。
     そのまま波打ち際へと視線を滑らせると、方々へレンズを向けてシャッターを切る真珠ではない背中を見つけ、「おや」と首かしげているとこちらを振り返ったカメラに問答無用に撮られてしまった。
     ぴくり、と反応して身体を固くさせた杏理をよそに、満足した風に顔を上げたのは柴・観月(星惑い・d12748)であった。彼は上手いことネタ集めが出来たと、ほくほくした心持ちでカメラを構え、いつの間にやら昭子と水の掛け合いっこを始めている天然パーマのポニーテールを捉えていた。
    「せっかくの海だし、楽しまなきゃね。さあ、みんなと遊ぼう!」
     夏の陽射しをきらきらと発してこちらを振り返ったポニーテール頭の風宮・壱(ブザービーター・d00909)に、手を差し伸べられた杏理は額に手を添え小さく嘆息すると、観念して皆の方へ歩いて行った。

    ●ポニーテール事故
     鼻先をくすぐる潮風が暑さに火照る頬を撫ぜていく。
     ミステリアスな兄さ――ではなく、姉さん越しに『彼』が来るのをおどおどと窺っているみをきは、岩場の影でヤドカリを探しつつ、こそりと砂浜を見渡していた。見目が癒し系の人見知りというのは都合が良いもので、ある意味堂々と索敵が行えるのだ。
    「今日も貝から何も聞こえない。けれどいつか聞こえるはず」
     最も見通しが良い少し開けた浜辺の波打ち際では、貝殻を耳に押し当ててどこかと交信をしようと試みる不思議ちゃん枠の紗夜が居て、その隣で壱のウィングキャットのきなこと共にクラゲを観察している杏理も居た。
     ぷかぷかと水面に浮かぶクラゲを見つけ、これは喰えるのかときなこがシュシュシュとぱんちを繰り出してはちょっかいを出そうとしているのを慌てて抱き上げて止めたりしている。
    「もう、あいつまだかなー」
     一方、岩場に背を預け足元の砂をつんつんと足でいじってツンツンとした雰囲気を醸し出しているのは、露出が多すぎず少なすぎず、完璧な黄金比率で臨む観月だ。こちらの視線に気が付いたらしい彼がこちらを振り返ると、その目がまるで「…なに? やるからには全力に決まってるだろ? 少女漫画家の幼馴染ストーリーをなめるなよ」と一瞬で語りかけてくるのが分かり、みをきはぐっと頷いた。
    (「優月ハルせんせいが可愛さで負けることなどあってはならないのだ」)
     さて、そんな幼馴染で彼のことが少し気になるけど素直になれない系の女子の右方では、ショートパンツにサンダルで岩場の上に立つ真珠が居て、楽しげに遊ぶ皆のことをフレームに収めながら時折海の方を振り返っている。
     その横顔には故郷の海に想いを寄せる気持ちが込められており、進学を機になかなか会わなくなった少年のことを気にしてる――という設定が生かされていると言って過言ではない。
    「杏理ー、水燈さーん、こっちおいでよー」
     猫撫で声で波打ち際の二人を呼ぶ壱の声に反応して視線を持ち上げると、壱が二人の手を引いて共に遊んでいた昭子の方へと連れて行く。岩場の上に居る真珠には「庵原さん、滑ったら危ないよー」ときっちり注意を入れる辺りお姉さんらしさが伺えるという物だ。
     けれど、そんな仲間たちを少し離れたところから眺めていた和弥は、そんな壱たちを見て、岩場の方の観月とみをきたちを見て、それから海を振り返り、寂しげに薄く微笑む唇を僅かに震わせ、人知れず呟いた。
    「やっぱり視覚的に事故だってコレ」

    ●夕夏事変
    (「そう、これは作戦。黒髪ポニテまつりになったら楽しそうと思わなかったと言えばうそになりますけれど作戦ですよ」)
     周囲の様子に注意して身体が弱いけれど海が好き、という儚い少女を演じていた昭子は、全員の様子を見て却って真顔になってしまっていた。感情は表に出辛い質ではあるけれど、思わず真顔のまま写真を撮ってしまう。
     輪に加わった杏理が人懐っこくて敬語系キャラを演じている脇にやってきた真珠が、
    「あの子元気かなー」
     と足で蹴り上げた海の雫が陽射しを反射するさまを撮影したとき。背後で誰かが小さく「あ」と短く零したのが聞こえた気がして振り返ると、次いでぱちゃりと海水に足を取られた昭子の瞠目した姿が瞳に映る。
     ようやく来たか、それもきちんと女子に釣られてくれたか。と安堵したのも束の間、
    「わっ」
     その生白い少年の右手に握り締められた、ハーフパンツから覗く己の足首を見下ろし、掴まって驚いているのは壱だった。
     壱、だった。
     寸の間の静けさ。寄せては返る波の音。両目を押さえて天を仰ぐ和弥。やるからには全力で、選ばれる気持ちで臨んだのに複雑なみをき。
     一瞬で様々な思いが交差する浜辺にぽつりと落ちたのは、海面から顔を出してきょとりと困惑する少年の――。
    『……太い』
     という、一言であった。
     だがしかし、出現したからにはこちらのもの。この際、掌をワキワキさせて首を傾げていることには目を瞑るとしよう。
    「心苦しいですがやらねばならない時も有ります」
     このタイミングでは別の意味に聞こえるが、そう零したみをきが岩場の影から飛び出しまさかのセーラーワンピ姿のままでヴァンパイアミストを展開する。
    「え? みんなそのまま戦うの? すごいなー」
     水着から着替えた観月は、僅かに目を丸くさせて思わずと言った風に呟いた一方。
     魔力を宿した霧が後衛たちの身をくるみ始めることで我に返った和弥が、即座にサウンドシャッターで音を遮断にかかると、ウィングキャットのくろを呼び出した真珠と壱が、それぞれ前衛たちにイエローサインとワイドガードを放って準備は万端。
     未だ混乱している少年の眼窩は仄暗い闇に塗り込められてよく分からない。恐らく盲いているせいで昭子の姿を捉えつつも隣にいた壱の足を掴んでしまったのだろう。そう思いたいところであった。
    「伝えられないのは、かなしいことです。……果たせなかった想いを、見送るために」
     昭子は妖の槍『黒槍』を構えると、その妖気を冷気のつららに変換。見る見るうちに凝固していくその結晶を撃ちこむと、少年の胸部に命中。アッと短く声を上げたその身体が衝撃によって波を打ち上げる岩礁に叩きつけられる。
    「ああ良かった、出てきてくれたんだ。八人もいるし半分男だし若干不安だったよ」
     ダイダロスベルト『逢魔ヶ刻の甘雨』を振り上げた杏理は、どこかほっとした面持ちで射出してみせるが、唇の端から流れる血を手の甲でぐいと拭った少年は、その差し迫るレイザースラストを前にカッと吼えるように口を開けた。
     すると足元の水面が大きな鎌の形に形成され、帯の先端を掻い潜るように杏理に向かって突き進む。
    「行って」
     すかさずビハインドへ指示を出した観月は、蒼い海水の刃が杏理の頬を斬り付けようとする攻撃をビハインドに守らせると、すぐに祭霊光を撃ち出して回復に当たる。
    「確かに思いを伝えられなかったのは辛いと思うけど、今いる子にその怨念をぶつけるのは違うでしょ」
     観月の言葉と共に与えられた癒しによってすっくと立ち上がるビハインドは、死角から紗夜が放った影喰らいに包まれて悲鳴を上げる少年へと霊障波を叩き込んでやり、その細い身体がふらついた懐に和弥が潜り込む。
     雷に変換した闘気を宿した拳をそのまま真っ直ぐ、迷いなく胸部へと叩き込み上空へと突き上げられた少年は、みをきのビハインドが繰り出した霊撃を避けることがかなわず、くろの猫魔法による追撃を受けて砂浜に打ち上げられてしまった。
    『うぅ……あの子じゃない……あの子はこんなにゴツくない』
     未だ感触の残る掌を見つめ、シクシクと嘆く少年の肩に、きなこがぽんと前足を乗せる。間違えて自分の主の足首を掴んでしまっただなんて可哀想に。うんうんとそのふっくらとした顔を頷かせるきなこは、しかし涙で頬を濡らす少年の横っ面を容赦なくぱんちした。
    『ヒドい!』
     ぽぉんと吹っ飛ぶ少年の身体がぽてりと落ちる。彼はもうむしゃくしゃした気持ちで海水を掻き集めると、それを縄の如くしならせて前衛たちに襲い掛かってきた。やけくそである。
    「お前の気持ちはよくわかった」
     ピシャン、と肌を叩く鋭い痛みにちらりと視線を落とした壱は、癒し系ポニテ枠のみをきがリバイブメロディですぐさま回復を試みるのを尻目に、被ったままのウィッグの毛先を揺らして小首を傾げてみせた。
    「で、どの黒髪ポニテががお前の黒髪ポニテ枠だったの?」
    『ヒッ』
    「これだけがんばって揃えたから、そこはちゃんと聞かせて欲しいな!」
     両手を広げた壱の後方には多種多様なポニーテールたち。ジリ、ジリジリ。灼滅者たちが一歩踏み出すごとに少年は三歩後退。はっきりとした容姿が見えぬのが幸いしたが、その圧倒的なオーラに少年は生白い顔がいっそ青褪めている。
    『いやぁ――! 来ないでぇ――!』
     がむしゃらに叩きつける海の雫は重く、にっこり笑顔でレーヴァテインをお見舞いする壱の背後から「そりゃ悲鳴を上げたくもなるよね」と達観した面持ちの杏理が神薙刃を放って、その場にころんと転ばせる。
     そこへ昭子の放った斬影刃が彼のふくらはぎを斬り付け、痛みで立ち上がれなくなった少年の死角に回り込んだ和弥が反対の腱を手刀で断つ。
    「すまないな都市伝説の少年。連れていかれる訳にはいかないのだよ」
     もがくように砂を握り締め、八重歯を剥き出しにして吼えた少年の鼓動に応じた波が、再び縄のようなそれとなって前衛たちに襲い掛かる。だが、ビハインドたちが挟撃を仕掛けたところへ、きなことくろが繰り出した魔法に翻弄される少年へと、レイザースラストを射出した紗夜の一撃が脇腹をえぐる。
    「未練は切らねばいけないのさ」
     濡れた前髪から覗く双眸は何を映しているのか。
    (「心まで盲目になってしまったのかな。本当に好きだった子がわからなくなるのは、悲しい事だ」)
     かつて何を想い『彼女』を攫って行ったのか、今問うたところで恐らく正解は聞けぬのだろう。怯えているし。
    「好きな子を、道連れにしようとしちゃ駄目だよ。きっとそんなことしても、君の気は晴れない」
     砂浜に座り込んでぷるぷる震えている少年に駆け寄った真珠は、陽射しにも負けぬ流星の煌めきを帯びた脚を持ち上げると、
    「好きなら、その子の幸せを祈ってあげて」
     少年の身体へ蹴りを一発。
     リバイブメロディと祭霊光でそれぞれ観月と分担して回復にあたっていたみをきは「想いは大切にして下さい」と少年の方を振り返る。
    「好きだという気持ちは……あなたの生きた証ですから」
     好き。言葉を口の中で小さく反芻した少年は、ぽっかりと虚ろな眼窩から一粒の涙を零した。それを両手で受け止めると――。
    『ぼくもうこんなポニーテール集団やだぁ――!』
     そう叫んで、ざっぱーんと背にした海をうねりあがらせる。
     だが、交差するように突き出された尖烈のドグマスパイクによって、その身体は容赦なくねじ切られ、最後の抵抗も空しく海に潜む少年の幽霊は昭子と杏理による攻撃で波打ち際に倒れ込む。
    『……それ、趣味なの?』
     とんでもない一言を残して、彼は息絶えた。

    ●夏の思い出
    「俺たちは海という絶好の夏の思い出シチュに何をしているんだ…」
     全てが終わり脱力した風に壱が零すと、苦笑を浮かべたみをきがそっと肩に手を置いて宥めている。その頭上に圧し掛かったきなこが、三日月のように瞳を細めて「みゃあ」と鳴いた。
    「勿忘くんも風宮先輩も柴先輩もポニテ似合ってますよハハハ」
     笑う杏理は彼らと決して視線を合わせない。観月は大量ゲットした戦利品を手にし改めて「すごい資料ができた気がする…」と小さく呟いた。
    「男性陣の写真はこれほら、脅し…いや、交渉に使えそう……」
     聞き捨てならぬ台詞が聞こえた気がして振り返る彼らをよそに、少女たち四人は肩を並べると視線を合わせて小さく肩をすくめてみせた。それから白い泡と共に消えて行った少年の伏していた方を振り返り、昭子は潮風に揺れる髪を押さえてその唇に緩やかな弧を描く。
    「また、いつか」

     そうして灼滅者たちは折角だからと記念写真を撮ると、とんでもない夏の思い出が出来たと笑いながら海をあとにした。
    「色々な属性を持った黒髪ポニテの展覧会、だなぁ……誰がこうなると予想したろうか」
     零れた紗夜の呟きに和弥と真珠がうんうんと神妙に頷く。
     まったくもって、その通りである。

    作者:四季乃 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年9月4日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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