臨海学校2016~巨大温泉・別府湾

    作者:三ノ木咲紀

    ●別府湾温泉へようこそ
     夏の太陽が降り注ぐ別府湾。
     青い空の下広がる、青い海。どこまでも続く豊かな海は今、温泉と化していた。
     海水は今、このまま温泉を堪能したくなるような、程よい湯加減。
     エルニーニョ現象も真っ青な海底で、一匹のアジが赤いイクラのような塊に近寄って行った。
     水揚げされれば関アジと呼ばれるアジは、直径一メートル程の赤い塊をつつくと急速に大きくなっていった。
     脂の乗りも身の締まりも最高になったアジは、元気よく仲間のアジと一緒に泳いでいく。
     明らかに怪しい巨大イクラは、別府湾海底に実に数百個落ちている。
     巨大イクラは、周囲の海を四十度ほどに保ちながら、海流に乗って静かに転がっていた。

    ●ある意味巨大な入浴剤
    「海を見ながら入れる露天風呂はようさんあるけど、海そのものが温泉みたいになってまうのは初めてやね」
     腕を組んで妙に納得しながら、くるみは集まった灼滅者達を見渡した。
    「別府湾が温泉みたいになってまう事件が発生したんや。原因は、海底に出現したガイオウガの力の塊や。塊自体も四十度くらいで、熱くて触れん、いうことはあらへんみたいや」
     この状況を解決する為、別府湾の糸ヶ浜海浜公園で臨海学校を行う事になった。
     ガイオウガの力の塊は鶴見岳に運び込めば、ガイオウガに吸収されて消滅するようだ。
     その際サイキックで攻撃すると、イフリート化して襲い掛かってくるので注意が必要。
     陽光に触れるとイフリート化してしまう恐れがあるため、ガイオウガの力の塊の引き揚げ作業は深夜に行う。
     日中は海水浴などをしつつ、海底の探索などを行ってほしい。
    「普通じゃ考えられへん温度で、ホンマやったら海の生き物が皆死んでまう。けど、ガイオウガは大地の力の源や。むしろ生き物が活性化しとってな、中には巨大化してしまったもんもあるみたいや。皆の敵やないけど、一般人には危険かも知れへん。できれば駆除したってや」
     黒板に臨海学校のスケジュール表を貼り出したくるみは、楽しそうに笑った。
    「活性化した海洋生物は、なんや脂が乗って美味しいみたいやね。キャンプの夕食にもってこいや!」
     臨海学校のスケジュールは

    ・8月22日(月)
     午前:羽田空港から大分空港へ、別府観光をしてからキャンプ地である糸ヶ浜海浜公園に向かう
     午後:糸ヶ浜海浜公園到着
     午後:別府湾で海水浴(ガイオウガの力の場所確認)
     夕食:飯盒炊爨(別府湾の生命力の強い海産物を食べよう)
     夜 :花火
     深夜:ガイオウガの力の引き上げ

    ・8月23日(火)
     未明:ガイオウガの力を鶴見岳へ輸送(有志)
     朝 :朝食、後片付け
     午前:別府湾で海水浴(危険そうな海産物の捜索と駆除)
     昼 :大分空港から武蔵坂に帰還

     となっている。
     ガイオウガの力を削ぐために敢えて攻撃して灼滅してもいいし、夜間に引き上げて吸収させてもいい。
    「今年の夏は、何もせんかったらホンマに楽しい臨海学校になりそうやね。海水浴もキャンプも戦闘も、皆思い思いに楽しんだってや!」
     くるみはにかっと笑うと、親指を立てた。


    参加者
    神泉・希紗(理想を胸に秘めし者・d02012)
    リリアナ・エイジスタ(オーロラカーテン・d07305)
    赤松・鶉(蒼き猛禽・d11006)
    東雲・菜々乃(暑さには弱いのです・d18427)
    井之原・雄一(怪物喰いの怪物・d23659)
    神無月・佐祐理(硝子の森・d23696)
    雲・丹(くるくるすぴんかいてんちゅう・d27195)
    ルチル・クォーツ(クォーツシリーズ・d28204)

    ■リプレイ


     巨大化したタコが、温泉化した別府湾を悠々と泳いでいる。
     クラーケンもかくやというタコにそっと手を差し伸べたリリアナ・エイジスタ(オーロラカーテン・d07305)は、巨大タコと一緒に物珍しそうに泳ぎ出した。
    (「別府湾ごと温泉なんて一大事! ――いや、面白そう、とかは……ちょっと、ほんのちょっとだけ」)
     滅多に見られない巨大な海洋生物に目を輝かせたリリアナは、ふと自分の水着を見下ろした。
     身に着けているのは、去年のネタ水着。
     大胆なビキニの色は甲殻類の赤。最低限を覆った胸元には尻尾を思わせる柄が豊かな胸を支えている。
     赤いブーツのようなサンダルに、大きな爪を思わせるグローブ。触角を思わせる髪飾り。
     ロブスターをモチーフにした水着は、少し恥ずかしかったが泳いでいる今はあまり気にならない。
     タコと一緒に泳いでいる間にも、巨大なカレイやアジが近寄ってくる。
     普段では絶対に見ることのない巨大な海洋生物達にカメラを向けたリリアナは、その姿を存分にカメラに収めた。
     巨大なタコとエビ水着のコラボを楽しんだリリアナが再び水中カメラを構えた時、好戦的なタコが突進してきた。
     間一髪で避けたリリアナのロブスター水着が、ハプニングを起こす。
     慌てるリリアナを庇うように泳ぎ寄った神無月・佐祐理(硝子の森・d23696)は、高枝切狭を繰り出した。
     高枝切鋏に刻まれたタコは、力なく海底へと沈んでいく。
     戦闘の気配に、温和な海の生き物は逃げて代わりに好戦的な生き物が寄って来る。
     塊の位置を詳細にメモしていた佐祐理は、迫り来る海洋生物にメモをしまった。
     ダークネス形態になった佐祐理は、人魚のような両足を器用にくねらせると戦闘態勢を取った。
     背中には、大きな翼。
     ギリシャ神話のサイレンのような姿になった佐祐理は、手にした高枝切鋏を構えた。
     海というフィールドで水中呼吸を使った佐祐理は、誰よりも素早く動くことができる。
     これは大きい。海女さんも真っ青だが、ダークネス形態では驚かれてしまうだろう。
     迫り来る巨大海産物を前に、佐祐理は複雑そうに眉をひそめた。
    (「事件さえ無ければ、臨海学校だけを楽しみにするところだったのに……」)
     だがここは、ガイオウガの力の塊の駆除さえ無事に終わらせられればいいのだ。
     新調したシンプルなだけに着こなしが難しい緑の水着のお披露目は、調査終了後ビーチに上がってからのお楽しみだ。
     海底から襲い来る巨大アナゴを、真っ直ぐ突かずに一旦いなしてから攻撃を仕掛ける。
     ガイオウガの力の塊にサイキックが当たることのないように、佐祐理は慎重にサイキックを繰り出した。
     始まった戦闘に、雲・丹(くるくるすぴんかいてんちゅう・d27195)はゴーグル越しに見える巨大エイに胸元のスレイヤーカードに手を伸ばした。
     今年新調した水着は、どこか海兵を思わせる白と水色。露出は控えめなお子様水着だが、それが丹の愛らしさを引き立てている。
     戦闘態勢に入った丹は、自慢げに妖の槍を掲げた。
    (「モリ!」)
     反対の手には、網のように海中を漂うダイダロスベルト。
    (「投網!」)
     危険な海洋生物漁をする気満々な丹は、迫り来るエイにダイダロスベルトを放った。
     迷いなく放たれたダイダロスベルトは、素早く動く巨大エイを絡め取る。
    (「こどもの日の経験が活きるやねぇ」)
     鯉のぼりを投網で捕らえたことを思い出した丹は、暴れる巨大エイを銛で突いた。
     襲い来る海洋生物を捌いた丹は、ふと巨大イクラに近づいた。
     丹の目の前で、小魚がみるみる巨大化して泳ぎ去っていく。
     その姿に、人造故大人になれないという漠然な諦めと、大人になれたらなという複雑な乙女心が沸き上がってくる。
     沸き上がる気持ちに思わずウニ姿になった丹は、自分と同じくらいの大きさの巨大イクラにそっと寄り添った。
     トゲが刺さるぎりぎりの位置まで近寄って、赤く輝く巨大イクラをじっと眺める。
    (「ウチ近づいても大きなるんかなぁ」)
     色々ない交ぜになった気持ちを誤魔化すようにトゲをうねうねさせた丹は、背後からの視線に振り返った。
     襲い来る巨大アジを殲術執刀法で見事な三枚おろしにした井之原・雄一(怪物喰いの怪物・d23659)は、夏の日差しを受ける別府湾に思わず心が躍った。
    (「うーみだー!」)
     といっても5月も6月も海行ったし、あまり新鮮味がないような気がするが。そこはそれ、夏の海!
     夏の海は、別格なのである。
     気に入りの青いサーフ型水着には、デモノイド姿を思わせる流線型の柄。
     リストバンドも足首のミサンガも青でまとめ、白いパーカーが全体を引き締めている。
     海面近くを泳ぐ雄一は、ふと深いところにいる女性陣を見下ろした。
    (「ん? 男子が俺だけってことはこれは俗にいうハーレム?」)
     でもなぜだろう、嬉しい気持ちがまるでわかない。
     やはりこういうハーレムは、一緒になってノリを話せる男子が必要なのだ。
     目の前を泳ぐのは、ロブスターモチーフの水着と、翼持つ人魚と巨大ウニ。
     女子の水着センスに今ひとつ理解を示すことができない雄一は、巨大イクラを改めて見た。
    (「しかしこうしてみると本当にイクラというかなんというか……。あ、イクラ丼食べたい。それか軍艦巻き)」
     美味しそうな巨大イクラへの視線を受けた丹が、切実に『ウチはご飯やない!』アピールと『ほんで悪い海産物やない!』アピールに棘をうねうねさせている。
     そんな姿に苦笑いを零した雄一は、次のイクラを探すべくDSKノーズを使って業を嗅いだ。
     だが、巨大イクラからは業の匂いはしない。
     巨大イクラの業の源である本体は、遠く離れた鶴見岳にある。だからだろうか。
     一つ頷いた雄一は、海底を見渡して次のイクラの当たりをつけた。


     海で獲れたたくさんの海産物に目を輝かせた神泉・希紗(理想を胸に秘めし者・d02012)は、脂の乗ったカレイにカレー作りを思い立った。
    「新鮮な海の幸を使ったシーフードカレー! メインはもちろんこのカレイ! 名付けてシーフードでっかいカレイカレー! とかどうかな?」
    「いいですね。自分でゲットして食材を食べる、これほどおいしいものはないのです」
     希紗が掲げるカレイに頷いた東雲・菜々乃(暑さには弱いのです・d18427)は、新鮮で美味しい海産物に目を細めた。
    「それにカレーだったら……多分火が通っていれば食べられるものができると思うのですよ」
     海産物は美味しそうで、海での活動にお腹がすいている。だが普通はあり得ないサイズのカレイにふと不安を覚えた。
    (「ただ、何か変な影響がなければいいのですが……)」
     菜々乃の不安をよそに包丁を構えた希紗は、まな板に置いたカレイに首を傾げた。
    「カレイは……そのまま入れたら美味しくないよね。どうやって捌けばいいんだっけ?」
     カレイをじっと見つめた希紗は、おもむろにカレイを真上に放り投げた。
    『喰らえ! 神泉流奥義! 華麗脱骨術!」
     包丁をバババッ! と目にも止まらぬ早業で動かすと、落ちてきた時には捌けている。
     だが、そんな奥義がある訳もない。
    「菜々乃ちゃん! カレイってどう捌くの?」
    「カレイは難しいから、私が捌きますね。こちらの貝をお願いします」
     菜々乃が指差した先には、獲れたて殻付きの巨大貝。
    「この貝は、そのまま入れてもいいんだよね!」
     希紗は貝を手に取ると、水が張られた鍋に向けて構えた。
    『神泉流奥義! 流れ星!』
     流れ星とは。要するに投げ入れることである。
     イメージ通り投げ入れようとした希紗の背中に、菜々乃の声が響いた。
    「貝は、そっと入れてくださいね」
    「はーい」
     首を竦めた希紗は、貝を入れた鍋の隣にふと目をやった。
     そこには、巨大なタコの足。
     未だにうねうねするタコの足は、驚いて硬直する希紗の手に吸い付いて来た。
    「きゃー! タコが! タコが手にくっついて離れないよー!」
    「ああ、じっとしてください」
     大騒ぎしてイメージどころではない希紗を落ち着かせた菜々乃は、吸い付くタコを器用に引き離した。
     赤い跡が残った手をさすりながらも次の海産物に興味を移す希紗に、菜々乃は苦笑いをこぼした。
     やがてカレーも完成し、夕食の時間になった。
     カレーを一口食べた希紗は、その味に笑みを浮かべた。
    「……美味しいに決まってるんだよ!」
     実際の感想を胸に秘め、臨海学校の夕食タイムは賑やかに過ぎていった。


     別府湾の空に、大輪の花火が上がった。
     夏の夜空に上がる花火を見上げた赤松・鶉(蒼き猛禽・d11006)は、隣を歩くルチル・クォーツ(クォーツシリーズ・d28204)の手をそっと繋いだ。
     握り返してくれる手が、少し熱い。
     ルチルの横顔に、鶉は昼間を思い出した。
     昼間着ていた紫がかった白の水着は、硬質な紫水晶があしらわれていて、ドレープを効かせた水着の印象をきちんと引き締めていた。
     泳ぐと金魚のヒレのように水中を舞う水着も似合っていたが、今の浴衣もよく似合う。
     寄り添うように立つ二人の頭上で、美しい花火が再び上がった。
    「花火は一瞬ですが、本当に美しいですわね」
    「皆で見る、花火、楽しいけど……鶉と二人、の花火も、楽しい」
    「ルチルさんと一緒に見ることが出来てよかった♪ ……ね、あなたと二人ですと尚美しく感じるんですよ」
     嬉しそうな鶉の言葉に、ルチルの頬が真っ赤に染まる。
     照れたルチルの頬が、花火色に染まる。
    「……また、来よう、ね」
    「……えぇ、また♪」
     鶉の声に微かに微笑んで鶉の手を握ったルチルは、上がる花火にふと真剣な声で呟いた。
    「……ルチルは、ダークネス討つ事、一番大事。でも、今日、戦うのは嫌だと思った……ルチル変になった?」
    「変ではないです。戦う以外の日々を楽しみ、暖かい気持ちを共有するのも大切なのですから。今日のようにね」
    「でも……」
     言いかけたルチルの口元に、鶉はおつまみを添えた。
    「一緒に食べましょう?」
     鶉の声に、ルチルは頷く。
     口の中の海産物を味わったルチルは、花火に照らされた鶉をじっと見つめた。
     昼間鶉が来ていたのは、青と水色のストライプ柄のビキニ。
     ルチルの水着とは対照的に、シンプルかつ大胆なデザインの水着は、鶉のスタイルの良さを存分に引き立てていた。
     今思い出してもとても似合っていたが、今の浴衣がもすごく素敵だ。
    「……鶉、何でも、知ってる。もっと、ルチルに教えて欲しい、な」
     尊敬気味に見上げたルチルを、鶉は抱き締めた。
     驚いたように身じろぎする細い体を抱き寄せ、耳元でそっと囁く。
    「えぇ、教えます。私でよければ――」
     沸き上がる幸福感に身を委ねたルチルは、この気持ちを伝えようと抱き締め返す。
     お互いを確かめ合うように抱きしめあう二人の頭上に、一際大きな花火が上がる。
     花火が二人を照らし出す中、鶉は身を屈めると唇をそっとルチルの唇に合わせた。
     お互いを確かめ合うように唇を合わせた二人は、やがてそっと離れると微笑んだ。
    「ね、これが暖かい気持ち――」
     鶉の声に、ルチルは静かに頷く。
    「暖かい、気持ちは、覚えた、よ」
     花火の光に照らされたルチルは、鶉をそっと抱き締めた。
    「鶉も、同じだと、もっと暖かい?」
    「もちろん。私がルチルさんを好き。愛してる、ってことですから♪」
     抱き締め返した鶉は、上がる花火を背に誰よりも幸せな気持ちを噛みしめていた。

    作者:三ノ木咲紀 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年8月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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