臨海学校2016~温かい夏、別府湾の夏

    作者:佐和

     鶴見岳を西へ降りると、別府の市街地が広がっている。
     別府湾に面したそこには別府温泉もあるのだが。
     今、別府湾そのものが温泉となっていた。
     とはいえ、地中から湧き出した本当の温泉ではない。
     海水温が40度前後にまで上がったいい湯加減が、まるで温泉のようなのだ。
     温かくなった海の中では、活性化した魚がやたら激しく泳ぎ回り。
     大型化した魚が水面を大きくジャンプしたりしている。
     異常な海水温。そして異常な海洋生物。
     別府湾沿岸に関わる人達は、この状況を不思議に思い、今後に不安を抱いていく。
     そんな人々の思いを知らずに。
     別府湾の海底で、直径1m程の赤い塊が数百個、静かに周囲を温めていた。
     
    「今年の臨海学校は、別府です?」
     こくんと首を傾げて確認する七重・未春(小学生七不思議使い・dn0234)に、八鳩・秋羽(小学生エクスブレイン・dn0089)はふわっふわなかき氷を食べながら頷いた。
     普段なら学園行事に大はしゃぎの未春だが、ガイオウガが復活せんとしている鶴見岳のある場所近くの地名に、どこか心配そうな表情を見せている。
    「別府湾の海底、ガイオウガの力の塊、現れた」
     そしてそれが杞憂ではないと秋羽は説明を続ける。
     力の塊は40度前後と温かく、また周囲の温度をも同じくらいに上げる力も持つ。
     その影響で、別府湾は温泉状態となってしまったのだ。
     普通の海水温上昇ならば海洋生物が死滅するところだが、ガイオウガの力は大地の力。
     活性化された生命は、不自然に元気だったり巨大化したりしているという。
     灼滅者の敵ではないが、一般人には充分脅威となるだろう。
    「それじゃあ、その塊さんがなくなれば、別府湾は元に戻るです?」
     未春の推測に秋羽はまたもこくりと頷いた。
    「鶴見岳に持っていけば、ガイオウガ、吸収してくれる」
     そしてまず示したのは穏便な方法。
     ただ、力の塊は太陽の熱を受けるとイフリート化してしまう恐れがある。
     そのため、外気温が低くなる深夜に引き上げ作業を行い、有志の者で鶴見岳に運ぶ計画が立てられた。
     別府湾に面した糸ヶ浜海浜公園を貸し切ってあるので、そこで深夜まで待機しつつ臨海学校を楽しもう、というわけらしい。
    「……力の塊、サイキックで攻撃、することもできる」
     そして続けて示される、もう1つの方法。
     ただし、攻撃を受けた力の塊は、これまたイフリート化してしまう。
     ガイオウガの戦力を減らす、という意味では、吸収させずに灼滅するのは有効な手段ではあるが、戦闘が発生する以上危険が伴うことになる。
    「つまり、塊さんをイフリートさんにさせなければ、安全に臨海学校が楽しめるですね!」
     ぱあっと表情を輝かせた未春に、秋羽はかき氷をもぐもぐしながら頷いた。
     臨海学校のスケジュールとしては。
     飛行機で別府空港に降り立ち、別府観光をしつつ糸ヶ浜海浜公園に移動。
     海水浴がてら力の塊の場所を探ったり。
     活性化した海洋生物を捕って飯盒炊飯で調理して食べたり。
     カップルで花火を見たりして。
     深夜になったら、力の塊の処理を始める。
     引き上げたなら有志で鶴見岳へ護送して。
     翌日も海水浴を楽しみながら危険生物を駆除。
     再び別府空港から飛行機で戻ってくることとなる。
     未春はスケジュール表を楽しそうに眺めて。
    「活性化した海洋生物、脂が乗ってて、美味しい……」
     そんな呟きに、ふと顔を上げる。
     俯き加減でかき氷を食べる秋羽は、お留守番にしょんぼりしているようで。
    「ええと、あの……おかわり、食べるです?」
     未春はあわあわと次のかき氷を手配すべく立ち上がった。


    参加者
    志賀野・友衛(大学生人狼・d03990)
    吉沢・昴(覚悟の剣客・d09361)
    天宮・黒斗(黒の残滓・d10986)
    崇田・來鯉(ニシキゴイキッド・d16213)
    久成・杏子(いっぱいがんばるっ・d17363)
    オリヴィエ・オーギュスト(従騎士・d20011)
    有馬・南桜(エクスプリスハート・d35680)
    水燈・紗夜(月蝕回帰・d36910)

    ■リプレイ

    ●別府の夏
    「さあ、温泉と神社巡りですよ」
     別府の街に到着するなり有馬・南桜(エクスプリスハート・d35680)は先頭を切って歩き出した。
     普段の控え目な様子から一転、積極的に動くその姿に、鑢・七火(d30592)は驚いて。
     これも成長か、と小さく微笑む。
     闇堕ちした南桜を助けてからの様々な事が懐かしい。
     きっとこれからも南桜を見守り、その成長を見れるのだろう。
     七火は嬉しさに頬を緩ませ、ならば楽しもうと南桜の後を追った。
     半澤・夜火(d34686)も続きながら、並んで歩く形になった七重・未春(dn0234)と挨拶がてら自己紹介を交わす。
    「皆さん臨海学校初めてです?」
    「私は臨海学校どころか、旅行自体が初めてなのだ」
     病院生活が長くてね、と言ってから、夜火は心配そうな未春に気付き。
     安心させようと微笑んで見せる。
    「鑢に世話ばかりかけていたが、今は大丈夫だ」
    「だから、この機会に学園生活の思い出をつくるのです」
     そこにいつの間にか戻り寄ってきていた南桜が笑顔で飛び込んで。
    「行きますよ末春ちゃん」
     ぐいっと未春の手を引き、また先頭を歩きだす。
     ちらりと肩越しに振り向けば、夜火は今度は七火と並んで、笑い合いながらゆっくりと南桜達を追いかけてきてくれていた。
     南桜はその様子を嬉しそうに眺めてから。
     さあ、と事前に調べておいた場所を地図を頼りに巡っていく。
     神社を回ってお参りして。
     温泉で少しゆっくりして。
     定食屋さんでご飯を食べて。
     そして、神社の境内に並ぶ夫婦杉の前で、南桜は七火に小箱を渡した。
    「有馬特製婚約指輪です。
     これで半澤先輩に、苦労してきた分幸せにする、って誓ってください!」
     少し離れた場所で杉を見上る夜火をびしっと指さし、七火に迫る。
     寡黙な七火は、落ち着いて頼れる優しいお兄さんだけれども。
     言葉が少ないからこそ、夜火に思いを伝えきれていないのではと心配で。
     だからこそ南桜は、臨海学校という機会に2人を連れ出したのだ。
    「どうかしたのか?」
     そこに不思議そうに近づいてくる夜火。
     七火は苦笑すると、ぽんっと南桜の頭を優しく叩いてから、夜火へと足を踏み出した。
     向かい合う2人を見ていると、南桜の手がぐいっと引っ張られて。
    「有馬さん、すごいです」
    「やるときはやるのです」
     笑顔の未春に、南桜はちょっと照れながら答えた。
     そのまま2人から離れて、別行動で街を行く。
    「未春。一緒にお土産見ないか?」
     そこに、崇田・來鯉(ニシキゴイキッド・d16213)が声をかけた。
     未春は南桜と頷き合って、是非にと來鯉へ駆け寄る。
     別府のお土産が並ぶ店内には、ヴァーリ・マニャーキン(d27995)の姿もあった。
     温泉地らしく、湯の花や石鹸、温泉の素などが並ぶ横に。
     カステラや煎餅、ラングドシャなどの定番お菓子土産も、別府の色を添えて揃う。
     大分の調味料も目を惹いて。
    「あ、柚子胡椒だ。お好み焼きの隠し味に使えるかな?」
     実家がお好み焼き屋な來鯉は、つい新しいメニューを考えてしまう。
    「うるかやごまだしもいいと思うぞ。肉じゃがにも合いそうだ」
     ヴァーリも止めるどころか意見を重ねて、何だか仕入れのよう。
     気付いた來鯉は、友人達への土産に思考を切り替えた。
    「秋羽にーちゃんは甘い物がいいかな? ザボン漬とか巻蒸とか?」
    「別府産のかぼすや梨を買って、帰ってからケーキを作る、というのはどうだろうか?」
    「未春はどう思う?」
     皆で土産物を囲んで、時折試食もしながらわいわいと。
     あれをこれをと選んでいく楽しい時間。
    「付き合ってくれてありがとう」
     その終わりに、來鯉は未春に別府竹細工の小物入れを贈る。
     そしてヴァーリの前に柘植の櫛を差し出した。
    「愛莉の髪は綺麗だから。折角だし、思い出にね?」
     ヴァーリは受け取った櫛を、大事そうに掌で包み込む。
    「……ふふ。綺麗、か」
     ぽつり呟いた口元に浮かぶのは柔らかな笑み。
     櫛も嬉しいけれど、その褒め言葉がさらに嬉しくて。
    (「もっと兄者に綺麗って言って貰えるように……
     此の櫛で髪の手入れを頑張らないと、だな♪」)
     そう思って顔を上げると、こちらを見ていた未春と目が合う。
     嬉しそうに笑っている未春から、ヴァーリは何だか恥ずかしくなって目を反らした。

    ●糸ヶ浜の夏
     海浜公園へと移動した灼滅者達。
     海水浴をするうちに陽が傾き始めて。
    「海釣りなんて初めてだよ。いや、海に限らず初めてなのだがね?」
     水燈・紗夜(月蝕回帰・d36910)は海に相対して座ると、小魚をつけた仕掛け針をぽーいと投げた。
     沈んでゆく小魚と手にした竿との間をつなぐ釣糸を調整して。
     後は気長に待ってみる。
    「果報は寝て待て。寝ないけど」
     本から得た知識の通りにのんびりと、紗夜は海を眺めた。
    「七重も一緒にやってみないか? 釣りも楽しいぞ」
     志賀野・友衛(大学生人狼・d03990)も未春に声をかけながら釣竿を手にする。
     ガイオウガの力の塊の影響を受けた別府湾。
     どんな大物が釣れるのかと、内心でわくわくしながら竿を振りかぶる。
    (「まさか魚以外も釣れたりするのだろうか?」)
    「……たあっ!」
     掛け声と共に沖の方へと飛んでいく仕掛けに、未春が瞳を輝かせて拍手を送った。
     倣うように釣糸を垂らしつつ、天宮・黒斗(黒の残滓・d10986)は撒き餌も加えて。
     さあ釣ってやるぞと気合十分に、待つ。
     そしてさほどの時を置かずに、くいっと引かれる釣糸。
     タイミングを合わせると、一抱え程の魚が釣れた。
    「これは……アジか?」
     陸でびったんびったん跳ねる魚を、吉沢・昴(覚悟の剣客・d09361)が見つめる。
     色合いや形はアジのそれだが、何しろでかい。
     皿の上どころか食卓の上にも乗り切るかというような大きさだ。
     だが昴は臆することなく包丁を手にして。
     あっと言う間に3枚に下ろすと、皿一杯に刺身を並べた。
    「これでもつまみながら、頑張って釣ってくれよ?」
    「さすが昴」
     早速の振る舞いに黒斗はにかっと笑って刺身をつまむ。
    「やっぱ新鮮な魚は美味い!」
     昴自身も舌鼓を打ちながら、他の皆にも差し入れていく。
     魚を獲る方法は、釣りだけではない。
     黒鐵・徹(d19056)と共に海に潜ったオリヴィエ・オーギュスト(従騎士・d20011)は、遠目にもものすごく見つけやすい魚に目を瞬かせた。
    (「本当に大きな魚ばっかり……とびっきりの獲って徹にあげよう!」)
     さてどれを狙おうかときょろきょろしていると。
     ふと、こちらを見ている徹の笑顔に気が付いた。
    「……だいすき」
     紡がれた言葉は水を伝わることができず、オリヴィエの疑問符が増える。
     でもそれを問う前に、オリヴィエはとびっきりの魚を見つけて。
     あれを追いかけよう、と手振りで徹に伝えて泳ぎ出した。
     伝わらない言葉に、だが徹はそれでも嬉しそうにオリヴィエと並んで泳ぐ。
     そのまま追いかけ、そして徹が追い込むように補佐すると。
     見事にオリヴィエが魚を仕留めた。
     海面から顔を出し、喜び合うオリヴィエと徹を遠目に見て。
     のんびり釣竿を持っていた紗夜にも強い引きが来る。
    「……強く引き過ぎではなかろうか」
     だが予想以上の力に、紗夜が海に引き込まれそうなくらい。
    「このままだと僕が餌になるかもしれないな。はっはっは」
     呑気に言いながらも、竿を繰る手は必死に動き、食われてたまるかと引っ張り合う。
    「手伝うの!」
     そこに怪力無双を持つ久成・杏子(いっぱいがんばるっ・d17363)が加勢して。
     ぐいっと一気に引き上げるが、あと少しと言うところで釣糸がぷつんと切れた。
     残念そうな杏子に、だが紗夜はのんびりと微笑んで。
    「仕切り直してまた待とうか」
     交換した釣糸を再び海へと垂らした。
     その隣で遠投していた友衛の竿にも手応えがあって。
     上手く力を合わせながらも慎重に引き上げる。
     だがそれは魚ではなく、でっかいエビ。
     イセエビ以上の大きさだけれども、どう見てもイセエビではなく。
    「こ、これは……食べられるのか?」
     夕食が豪華になるだろうかと、友衛は種類を調べ始めた。
     どんどん獲れていく材料に、確保を皆に任せた昴の調理も進んでいく。
     慣れた手つきで刃物を操り、次々と魚介類を捌いていって。
     味見という名のつまみ食いで素材の味を確認しながら、合った調理を選んでいく。
     刺身はもちろん、焼いて煮て炙って、すき身のツミレやなめろうも。
     そして特に昴が気合いを入れたのは、あら汁。
     じっくりと手間をかけてぬめりとアクを取り、生姜や葱なども使って臭みを消していく。
     別の鍋で具を下茹でして、味噌もしっかり用意して。
    「これは力作だぜ!」
     自信作の完成までわくわくしながら、昴は作業を進めていく。
     そこに釣りを終えた友衛も加わって。
     飯盒で米を炊きながら、その横で魚を焼いてみる。
    「わわっ。焦げちゃうです」
    「おっと」
     あわあわする未春の前で火力を上手く調整して。
     でも魚の大きさにどれだけ焼いたらいいものかと試行錯誤。
    「はい、材料追加だよ」
     さらに紗夜が、さっき逃したのよりは小さいけど、と充分大きな魚を置いていく。
     オリヴィエも海から上がって、用意してきた荷物を広げる。
    「何作るんですか?」
    「大きな魚を燻製にしてお土産にと思って。
     だって、お留守番の八鳩先輩かわいそうだったもの」
     問う徹に示したのは、燻製作成セット。
     液に漬けた魚を、鍋と網とチップを使って燻し上げる。
     簡易的なものだけれど、氷で保冷しながら飛行機で直ぐに運べば大丈夫だろう。
     薫もアイテムポケットを準備して、運搬手伝いは万全だ。
    「八鳩にも喜んで貰えたら良いな」
     その心遣いに友衛は嬉しそうに微笑んで。
     魚を捌くところなら、と黒斗もお手伝い。
     メモと時計とにらめっこするオリヴィエに友衛も覗き込んで。
     不慣れな手つきながらも進んで行く燻製作りに、徹は見とれる。
     後は燻す時間を計って、と手がちょっと空いたその時に。
    「ところで……お魚もいいけど、今日の僕、どうですか……?」
    「え? あ、あの……」
     徹からの問いに、オリヴィエは言葉に詰まった。
     可愛い女の子らしい水着姿に気付いて褒めてほしいな、と思う徹だけれども。
     確かに可愛いけど、水着にまだそんなに感動しないお子様なオリヴィエは、どう答えたものかとおろおろ。
     その様子に友衛はくすりと微笑んで、だが助けは出さずに静観する。
     小さめの魚を開いて一夜干しの準備を整えた昴も、それを微笑ましく見守って。
     そろそろあら汁もできるしと、料理を盛り付け始めた。
    「おお、何かいっぱい出来たな。
     これだけあれば、ちゃんと皆で食べれそうだ」
     昴の横からひょいと覗き込んだ黒斗は、自分も昴も大食いだけどと笑う。
     さっきの刺身で美味しいのは分かっているけれど。
     皆で食べれば更に美味しくなるのも分かっているから。
    「やっぱり、一緒に楽しく過ごす。これが一番幸せだ」
     嬉しそうな黒斗に、昴もにっと笑って。
    「この後は仕事だから、しっかり食べて力をつけないとな」
     さあ食べようと皆に声をかけ始めた。

    ●海底の夏
     そして、夜。
     灼滅者達は1人、また1人と暗い別府湾に潜っていく。
    「……借り、あるもんね」
     イフリート達に返し切れなかった誠意があると。
     それをここで返さなきゃと、オリヴィエは水面を見据える。
     その頭には、紗夜のと同じような水中ライトが光っていた。
     南桜も水中用の懐中電灯を借りてきて、他の皆にも配っていく。
     何しろ深い夜の海。
     灯りがないと探し物には不便なのだから。
     水中呼吸を使って潜り、海底を捜すことしばし。
     さほど苦労することなく、紗夜はガイオウガの力の塊を見つけた。
    (「本当、イクラみたいだなぁ。でも、コレ食べられないんだよね」)
     面白そうに眺めてから、他の皆に知らせるように灯りを振る。
     何しろ直径1mもの大きな玉。
     外観に見合った重さのそれを1人で動かすのは大変そうだ。
     何しろ刺激を与えたらイフリートになってしまうというのだから。
    (「闇堕ちじゃない、新しい増え方、だ」)
     紗夜の合図に集まって、黒斗が塊に緩衝材を置くと昴がそれを挟むように網をかける。
     南桜が手元を照らす中で、友衛も慎重に塊を動かしていく。
     水中という不安定な場所。
     取り扱いに気を付けなければならないが、その重さはとてつもなくて。
     大玉ころがしのように簡単にはいかない。
     ESPのおかげで苦しさはなく、じっくりと作業に臨めるのはありがたかったけど。
     やっぱりその大きさと重さに灼滅者達は四苦八苦する。
     そんな中で力を合わせ、オリヴィエが暗視ゴーグルで周囲を警戒しつつ、皆でゆっくりと塊を運んで。
     ある程度のところで網を引っ張り、海上に合図を送る。 
    「よし、合図だ」
    「わ。結構重いのね」
     そして、怪力無双を持った2人が水中班から網ごと塊を受け取った。
     來鯉が上から引き上げ、杏子が海中で補佐するように持ち上げる。
     その間にも、塊を託した6人は、次の目標を捜しに潜っていった。
     ここにと決めた安全な場所に塊を運んで行くと、他のチームも順調に引き上げを行えているようで。
     1つ、また1つと地上に増えていく塊に、來鯉は小さく微笑んだ。
     そして網の近くでぷかぷかと漂う杏子は、ぼうっと水面を眺める。
    「夜の海って、見てると吸い込まれそう……」
     月や星の光が反射して、灼滅者達の灯りが漂って。
     幻想的な光景に見惚れながらも、その緑瞳は暗い。
    「海はね、怖いの。
     あたしの大好きだった人達を一瞬で奪ったから……」
     思い出した過去にぽつり呟き、海の煌めきを悲しげに見つめる。
     消えない傷。忘れられない恐怖。
     けれども。
     すぐに杏子は笑顔を浮かべた。
    「でもね、本当は海って大好きで……
     今は、一緒にいてくれる先輩たちがいるから大丈夫なの」
     晴れやかな声に、傍らにいた未春の顔も輝いた。
     そしてまた、網が引かれて合図が来る。
    「さあ、少しでも多く引き上げようね」
    「慎重に、刺激しないようにね」
     やる気満々な杏子に、來鯉がくすりと笑いながら網を持つ手に力を込める。
     海面にまた大きなイクラがゆっくりと浮上してきた。

    ●鶴見岳の夏
     集められたガイオウガの力の塊は、鶴見岳へと届けられることとなった。
     元の持ち主であるガイオウガに返す、という形になる。
     抱えたり、リヤカーに積んだり、車両を使ったり。
     様々な方法で灼滅者達は大きく重い塊を運んでいく。
     杏子もそんな皆に混じって、トロッコのようなものに塊をいくつか乗せて、怪力無双で押し上げ山頂へと向かっていった。
     ダークネス同士にすら狙われる、ガイオウガの力。
     襲撃も警戒しながら、だが何事もなく、護送は無事に進んでいく。
     そして、山頂に着くころ。
     杏子は塊が1つ、溶けるように消えていくのを見た。
     また1つ、また1つと消えゆく塊を見て。
     トロッコを止めた杏子は、塊に手と頬を寄せてそっと目を瞑る。
    (「ねえ、ガイオウガさん。
     目が覚めた時、あたし達とお話ししてね。
     知ってる事を色々教えて欲しいし、あたし達の事を知って欲しいから」)
     祈るように語るように、願いをかける。
     そして思い出すのは、学園に居るイフリートのこと。
     特に杏子が連れ帰ったツイナのこと。
     ツイナはガイオウガの元に行かせられなかった。
     だからこそ、この力の一部はきちんとガイオウガに返したかったのだ。
     他にも、イフリートと関わった者、それに昭和新山の戦いに参加した者、いろんな立場の先輩達が杏子の周囲にはいて。
     そして一緒に臨海学校に来て、一緒に塊を引き上げた仲間達がいて。
     そのいろんな人達のいろんな気持ちも伝わるようにと、杏子は祈る。
    「どうかどうか、忘れないで」
     願い囁く杏子の前で、力の塊は静かに消えていった。
     

    作者:佐和 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年8月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 5
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