燦々と太陽が降り注ぐ真夏の別府湾。突如、どっぱぁん、と海面が割れて鮪か何かか、と思われるような大きな魚が跳ね上がる。
しかし波間に躍り上がったのは、どこからどう見てもただの鯖。ただしありえないほど大きい。それだけではなく、青い海面の下で元気いっぱいに夏を満喫している魚群のひとつひとつがありえないほど大きく、ただの片口鰯が大型の鯛ほどもあった。
別府湾における異変は、魚の大型化だけにとどまらない。
群れを成す魚たちのはるか下、いつしか海底には赤く輝く球状の何か――遠目には巨大なイクラのようなもの、が無数に転がっていた。
●臨海学校2016~おいしくたのしく、べっぷわん!
鶴見岳のイフリートの動向をはじめとして色々気になっている所だろうけど、と前置きした成宮・樹(大学生エクスブレイン・dn0159)教卓の上へとある海浜公園のリーフレットを置いた。
「なんですかこれ。……糸ヶ浜海浜公園? 別府湾……大分ですね?」
そこに印刷された地図を眺めた松浦・イリス(ヴァンピーアイェーガー・dn0184)が首を傾げる。そう別府湾、と樹が首肯した。
「別府湾の海底にガイオウガの力の塊が、こう、わさっと出現してね。傍目には赤く光ってる1mくらいの巨大なイクラ、って感じなんだけど」
「1mのイクラ」
「力の塊のせいで湾内の海水がすごくいい感じの湯加減になってるから、その対処を兼ねて糸ヶ浜海浜公園で臨海学校をする事になって」
「いい感じの湯加減」
それまでじいっと考え込んでいたイリスがはっ、と何かに気付いた顔になった。
「イクラに火が通るじゃないですか!! おいしくありません!!」
「……イクラじゃなくてガイオウガの力の塊な」
半ば呆れ顔で溜息をついた樹が遠い目になる。だめだこのダンピール頭に食欲しか詰まってねえ。
「湾内はこのガイオウガの力の塊の影響で温泉化していると思ってほしい。ただ、ガイオウガの力ってのは大地の力であって生命を活性化させる物だから、温泉になっても魚や海藻に火が通ったり茹であがったりする事はないよ」
むしろやたら元気になるくらいなので特に心配はいらない。しかし尋常でない大きさに成長してしまう場合があり、それが理由で一般人に危険が及びそうな場合は駆除したほうが安心だろう。ちなみに駆除を兼ねて食べてしまっても害は全くない。
「大きすぎて大味になっているとかは」
「それもないね。むしろ美味いとか」
力の塊そのものは鶴見岳まで運んでしまえば、ガイオウガに吸収されて問題なく消滅する。
「ただサイキックによる刺激を与えるとイフリート化して襲ってくるから、無用な戦闘を避けたいならなるべく穏便な方法で運搬してほしい」
なにぶん巨大イクラという外見なうえ太陽熱でイフリート化してしまう可能性もあるため、引き上げ作業は深夜に行われる。日中は普通に海水浴や釣りなどで楽しみながら、海底の探索を行って力の塊が漂っているポイントを特定しておけばよいだろう。
「海浜公園は学園が貸しきっているから公園内の施設は自由に利用できるよ」
オートキャンプ場に大型のキャンピングカーも設置されているので、ログキャビン、キャンピングカー、テントのどれかを選んで宿泊できる。
「詳しいスケジュールはこんな感じ」
ルーズリーフからもう一枚、樹は臨海学校の予定表を取り出した。そこにはこんな文面が記されてある。
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8月22日(月)
午前:羽田空港から大分空港へ、別府観光をしてからキャンプ地である糸ヶ浜海浜公園に向かう
午後:糸ヶ浜海浜公園到着
午後:別府湾で海水浴(ガイオウガの力の場所確認)
夕食:飯盒炊爨
夜 :花火
深夜:ガイオウガの力の引き上げ
8月23日(火)
未明:有志によるガイオウガの力の鶴見岳への輸送
朝 :朝食、後片付け
午前:別府湾で海水浴(危険そうな海産物の捜索と駆除)
昼 :大分空港より帰還
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あえてイフリート化させないかぎり危険もないから皆楽しんできたらいいよ、と樹はルーズリーフを閉じた。
「まあ、ガイオウガの戦力を減らすためにあえて……って方法もあるけど、そのあたりは各自の判断でいいと思う」
参加者 | |
---|---|
高宮・琥太郎(ロジカライズ・d01463) |
空井・玉(リンクス・d03686) |
小鳥遊・優雨(優しい雨・d05156) |
レイン・ティエラ(氷雪の華・d10887) |
白石・翌檜(持たざる者・d18573) |
鳥辺野・祝(架空線・d23681) |
儀冶府・蘭(正統なるマレフェキア・d25120) |
蓬野・榛名(陽映り小町・d33560) |
青い空、青い海、波打ち際は波も静かで絶好の海水浴日和。
瀬戸内海に面し豊予海峡を望む、東に開けたなだらかな海岸線にはそこかしこに海水浴場があるが、この日糸ヶ浜海浜公園は臨海学校のため集まった多くの灼滅者の貸し切りになっていた。
「わぁい海なのですー! とっても広くて大きいのですー!!」
「そういや榛名ちゃんは今夜潜るんだっけ? 色々引き上げ大変そうだケドガンバってなー」
天気は快晴海も穏やか、それはいい。……しかし毎年毎年臨海学校がこうなってしまうのは、何かの呪いだろうか。
シルヴァン(d32216)を伴った蓬野・榛名(陽映り小町・d33560)がわぁわぁ歓声を上げている後ろで、空井・玉(リンクス・d03686)がなんとも言えない顔になる。
冷えるのはもちろん茹だる心配もないと太鼓判は押されたものの、誰に訊いたってそれは水じゃなくお湯、という温度の中を泳ぐのは暑さが苦手な玉としてはあんまり気分が乗らない。と言うか正直な所テンションはだだ下がりだ。ならばなぜ参加した、とは言っちゃいけない。
それに南国の日射しをこれでもかとばかりにたっぷり浴びて、相棒のクオリアの車体がものすごく熱そうだ。こう、もしかしたら目玉焼きとか焼けるんじゃないか、という気分になる。
「もちろん運搬はちゃんとやって、そのうえでたっぷり遊びましょう。第一、いくらなんでも1mの巨大なイクラって、そんなものほんとに……」
あるわけない、と続けかけた儀冶府・蘭(正統なるマレフェキア・d25120)が唐突に黙り込む。……いやいや、そんなの絶対にない。きっと思い違いか勘違い、そんなのないに決まってる、うん。きっと、1mなんてちょっとオーバーなだけ!!
そんなことを考えつつ青くなっている蘭をよそに、レイン・ティエラ(氷雪の華・d10887)と高宮・琥太郎(ロジカライズ・d01463)が砂浜へ飲み物の入ったクーラーボックスを降ろす。
「あー1mのイクラとか……超食いてぇ……けど食えないんだよなくそー」
「……こた、イクラじゃなくガイオウガの力の塊、だから」
うわあああやっぱり夢じゃなかった1mはホントだった勘違いじゃなかった! と頭を抱える蘭にレインは首を傾げるしかない。
飯盒炊爨用具一式を持ち込んだ鳥辺野・祝(架空線・d23681)の荷物を持ってやっている白石・翌檜(持たざる者・d18573)は、すでに別府湾の海産物をたらふく楽しむつもり満々のようだ。
「色々あるらしいけどとりあえず魚食いてえな、魚。貝とか、九州だから伊勢エビもいけんじゃね?」
「先輩、魚! 食べたい! です!!」
肩口でざっくり切られた髪を揺らし美味しいものへの期待で目を輝かせる祝に、翌檜は苦笑するしかない。もともと手脚は長いのだからほどよく肉がつけばきっと見違えるだろうと思うが、ひょろひょろのもやしっ子なだけにどうにも腹一杯食わせたくなって困る。
「魚も巨大化してるらしいし、竿と仕掛けはまあいいとして、銛とかも要んのかな……追い追い考えるか」
「先輩なら美味しいの捕ってきてくれるって信じてる」
絶対の信頼が嬉しいようなこそばゆいような。恋人など絶対にありえないし、かと言って友人や兄妹とも違う、なんとも我ながら表現しにくい親近感と距離感だなと翌檜は思った。
「まあ、やれそうなら素潜りでも試してみるか。これから色々準備したり何だりで、ガイオウガの力の塊の場所を特定した奴らが戻ってくる頃には丁度良いだろ」
「海に潜ったりするのは他の人に任せますし、ルアーフィッシングで何か釣れたらいいですね」
東屋の下に避難してテーブルの上に釣り具を広げていた小鳥遊・優雨(優しい雨・d05156)が柔らかく微笑む。
豊予海峡が近いという地理上、狙うとすれば関アジや関サバあたりが鉄板だろうか。普段なら考えられない大物も望めるようなので、これを楽しまない手はない。
「巨大化している生物がいるということは、ガイオウガの力はその近くに沈んでいるんじゃないかと思うんですが……どうでしょうか」
「さあ、どうだろう。温泉の吹き出し口とかならともかく、生き物は大概動くからね」
何か心楽しい物の気配を感じたのか、相棒のギンがややせわしない様子でレインの足元をうろうろ歩いている。ギンにも本日の釣果を分けてやらなければいけないなと考え、レインはその頭をひとつ撫でてやった。
「……あんまり泳ぐの得意じゃないから、のろくても許してね」
「大丈夫大丈夫! 時間はありますしゆっくりいきましょう」
一足先に沖へ出てきた蘭は数メートル先を泳ぐイリスの後を、無理のない範囲で追いかける。玉は目印として使うブイの準備が必要だし、榛名にはシルヴァンがいるのでそちらに浅瀬は任せておいて問題ないだろう。
別府湾の海底。その広大な海底のどこにガイオウガの力の塊が沈んでいるかは分からないうえ、数は多く捜索範囲も広い。そのためこうして蘭をはじめかなりの人数が動員される事になったわけだが、1mのイクラ、という外見はよく考えればなかなかにシュールかもしれない。
「このあたりを少し探してみましょうか。結構深そうですし、いかにも! って感じですね」
函館出身とあって泳ぎは問題ないらしく、イリスが蘭に率先して海底まで潜っていく。南国の陽光をすかす海中は存外明るく、柔らかく身体を押し揉んでくるような潮の流れが心地良い。
こういう時、水中呼吸さえ用意しておけば息継ぎや酸素ボンベの残量を心配せずともよい灼滅者の身体は、とても便利だと蘭は思う。少し離れた所を何か、人よりもはるかに大きな影がいくつも通り過ぎていった気がした。
夏が旬のはずのスズキと思われる、比較的大きめの魚体がいくつかゆっくりと身をくねらせているその先、ぼわりと赤い光球が浮かび上がってくる。
20m以上は潜っただろうか、振り返れば海面はかなり遠い。頭上でゆらゆら、砕けてはまた集まってを繰り返す白い光に背を向けて、蘭はごくりと喉を鳴らした。
大小さまざまな岩が転がるゆるやかな傾斜の砂の海底。蘭のすぐ近くを軽く両手を広げたくらいはあるサバが横切っていって、是非これは浜で待っている釣り組に伝えてやらねばならないだろう。
数個が岩の間に集まっている場所もあれば、砂地で潮の流れにゆったり行きつ戻りつを繰り返しているものもあった。まだライトは必要ない程度の明るさの海底で、赤く輝くガイオウガの力の塊が見渡すかぎりの範囲にいくつも転がっている。
蘭のいるポイントは湾の出口へ向かってさらに深くなっており、その先にも赤い光の塊が見えた。
力の塊から放たれている光で、さすがに陽光が届きにくくなりつつある海底は存外明るい。そうこうしているうちに、ブイの準備を終えたらしい玉が蘭の傍まで降りてきた。
玉は手にしたアンカーを手早く力の塊が集まっている砂の中へ埋めたり、岩の間へ挟み込んでいく。蘭がその手際の良さにしながらふと上を見上げると、遠い海面にゴムボートらしき楕円の影が見えた。
ひととおり玉がアンカーを打ち終えたため、蘭はいちど二人で海面まで上がることにする。ゴムボートには大小、色も形も様々なブイが乗せられてあった。
「うわぁ、こんなに用意できたんですか。凄いですね」
勝手にブイを浮かべたとしてもここから数時間後、未明の海からの引き上げ時には回収するので漁業関係者の迷惑にはならないはずだが、様々な種類のものを用意しておけば被る可能性も減るだろう。
ゴムボートの隅に寄せられたバッグから水中カメラを取り出し、玉は一つ息をつく。
「できれば写真も撮ってみたかったけれど、思ったより深い場所にあったし今回は諦めざるを得ないかな」
やや落胆した様子でバッグへカメラを戻すと、玉はゴムボートを引きながらさらに沖のほうへ進んではブイを設置していく。
先にひとまわり広範囲を捜索してきたイリスとも合流し、めぼしい範囲にブイをすべて設置してしまえば、あとは夜を待つだけだった。
一方、浅瀬の探索も兼ねて浜に残った榛名はこの日の為に砂の城の作り方を予習してきたものの、いざ実践となるとそううまくは問屋が卸さないらしい。
「あああ……!!」
丹念に砂を水で湿らせ積み上げてはみるものの、何かの弾みであっさり崩れ落ちる何度目かの城壁を目の前にがっくりと肩を落としてしまう。
「……何故でしょう、榛名、美術はまるで駄目なのです」
「あはは、残念! でもダイジョーブ。オレ、少しは器用さに自信あるんだ」
二人で協力して、地道に作っていこ? とシルヴァンに笑いかけられ、榛名の気分も少し浮上した。
「はい、スコップどーぞ」
「ありがとう」
諦めずに、地道にコツコツと作業を進めていくのは得意だ。崩れたのならいくらでもやり直せばいい。
そんな二人の様子を微笑ましく東屋の中から眺めて、優雨はレインと共にすいすいと竿やルアーの準備を進めていく。
「それにしても、2012年の年末は温泉旅行とイフリートの撃破、今回はガイオウガ復活のために力の輸送……本当にわからないものです」
ここ何年かの間に、灼滅者をとりまく環境は一変した。驚くくらいに。それは優雨にも言えることだが、レインもそうだろう。
別にイフリートに恨みはないのだが、能天気に昨日の敵は今日の友とばかりに、仲良こよしともいかないのが実情だ。目まぐるしく変化する情勢にすべてが納得のうえでついて行けるのならば、誰も苦労しない。
「……イフリートを殺したこの手で、ガイオウガのために力を届けるなんてね」
呆れちゃうよな、という自嘲がにじむ声に優雨はただ黙って苦笑するにとどめた。ひとつ溜息をつき、この先どうなるのか分からないけれど、と前置きをした表情は、人は良いがいささか押しに弱く、強く頼まれたら断れない、いつものレインだった。
「それも今日は忘れて、めいっぱい楽しもうか」
「そうですよ。別府の海の美味しい物と折角のこんなお天気で砂浜も貸切なんて、楽しまなきゃ損というものです」
焼き物に使う炭の準備でもしているのか、うわあっちい! と琥太郎の悲鳴がタイミング良く聞こえてきて、優雨とレインはつい顔を見合わせて笑ってしまう。
あの後輩は黙ってさえいればなかなかの見目だというのに、行動したり口を開けば中身の残念さという如何ともしがたいボロが出る。もっとも、そこが琥太郎の愛嬌、でもあるのだが。
「高校生男子的には肉! ……って言いたいトコッスけど、たまにはシーフード的なのも良いもんだよねー。でっかい貝を炭で醤油バター、とか。デカくて美味い魚釣れたら良いな!」
「イクラ丼も食いたいけどなぁ、時期じゃねえし流石にそうも行かねえか」
ほど近くにある水道で米を洗う祝の背中を眺めつつ、琥太郎のそばで沖釣りの竿を用意する翌檜の顔色が優れない。祝は不器用なだけで教わったことはちゃんと守れるタイプではあるのだが、どうにも翌檜は不安でしかない。
「あれ絶対生米混じってるか、さもなくば焦げまくってるパターンだろ……いやその両方もありえるか? 探索組の誰かが戻ってくるまで待って、炊き方監視したほうが」
「考え方によっちゃ生米や焦げまくりも飯盒炊爨の醍醐味って気がするッス」
うむ、となぜか妙に重々しく琥太郎に宣言されて、翌檜は肩を落とした。祝を責めるつもりは毛頭ないが、せめて問題なく食べられるものを食べたい。
「だいたい、米がないなら魚食えばいいじゃないっスか」
「何だよその微妙なマリー・アントワネット」
ああやっぱり不安でしかない、と頭を抱える翌檜を横目に、琥太郎は意気揚々と幾つかの飯盒片手に戻ってきた祝に炭火の監視を頼むことにした。
「んじゃ、ちょっと行ってくるんで炭見てて。なーろセンパイと一緒に大物狙ってくるっス!」
「なあ祝……大丈夫だよな、それ」
咄嗟に何のことを言われているのかが分からなかったらしく、祝がこてんと首を傾けたのも相まって、翌檜が目元を覆う。
「ああ飯盒の話? お米の炊き方は調べてきたから大丈夫なはず」
むん、と拳を握る様子に翌檜が内心胸を撫で下ろしていたものの、当の祝は多少焦げても水っぽくてもそこは合宿補正でなんとか、と思っていたことにまで気付くはずもなかった。
そこへちょうど入れ替わりに浅瀬を探索していた榛名とシルヴァン、そして蘭をはじめとした探索組が戻ってくる。いってらっしゃあい、と榛名が元気よく手を振るのを背にして、優雨達はゴムボートで沖合に出た。
波はほとんどなく、快晴の太陽もあいまって別府の美しい海はかなりの深さまで見渡せる。探索組が見たというサバはもちろん、貝も含めかなりの成果が望めそうだ。
一方浜に残った祝は飯盒での炊飯を予習してきたとは言え、焚き火と炭という火元の違いで早速いっぱいいっぱいになっている。
何やら見るからに顔色があやしい祝にイリスが大丈夫かと声をかけた所、松浦先輩たすけて、と全力のヘルプコールが来た。
「ええと、はじめちょろちょろなかぱっぱ、あかごないてもふたとるな、……とか言った、ような?」
「……で、要するにどういう意味」
しばらく海中散歩を楽しんでいたらしくやや遅れて戻ってきた、チューブトップの上へパーカーを着込んだ玉にこれ以上ないくらい冷静に突っ込まれ、イリスが明後日の方向を見る。
「……えーっと、た、たしか火がこう、ちょろちょろっと横から出てくる位強めで、噴いたらちょっと弱めて、とかそういう感じの」
「あっ確かに始めはちょっと強火とか書かれていたような」
火加減を見にくい炭を一部よけてその上に薪を積み足し、祝はぶくぶくと泡を吹きはじめた飯盒と腕時計を交互に睨みはじめる。
慎重に火加減を見ながら炊き進め、玉や榛名が見守るなか祝がおそるおそる飯盒を火から下ろしてみると、丁度良く炊けたいい香りと、直火ならではの香ばしい焦げの香りがたちのぼってきた。
すぐに中身をのぞきたい願望をぐっとこらえ、じっくり蒸らしたあとにそっと蓋を外すと、つやつやふっくらのご飯が炊きあがっている。上がった歓声に、ぎょっとした顔でゴムボートの上の琥太郎が浜を振り返った。
「な、何スかね今の? ……ってうわっ、なーろセンパイすげぇ伊勢エビ!! これ絶対美味いヤツッスよ!」
「悲鳴というわけでもなかったから、美味しく炊けたんじゃない?」
大物がかかったらしく強い引きをさばきながら、優雨が笑った。
あれこれ工夫を凝らすまでもなく、豊かな海に釣り糸を垂らすとほどなくして引きがくる。午後半ばから始めてそろそろ太陽が傾くかという頃までには、ゴムボートの中は10人で食べきれるかどうかというほどの釣果で溢れていた。
「わーい先輩おかえり! さっそく焼こうたくさん焼こうな!」
「おー、早く食おうぜ。浜焼だ」
待ち構えていた女子チームに活きのいいアジを渡し、翌檜はどうやら問題なく炊けている様子の飯盒にほっとする。
「ところでレインセンパイは犬ッスけど、魚介類大丈夫なんスかね……?」
「こたに食わせるくらいならギンにやるよ」
レインの笑顔がちょっと怖い。
丸のまま網に乗せられた塩焼きや揚げ物、手際よく捌かれたアジの刺身はもちろん、魚のアラ汁に浅瀬で捕まえてきたショウジョウガニをぶつ切にしての焼き蟹、アカニシの壺焼きなど、炭の上はすぐに別府湾の恵みに溢れた。
「それにしてもすごい量……多めに作っておいて朝ごはんにするとちょうどいいかもしれませんね」
「ああー鯵の刺身めっちゃうめえ……最高」
「食後のデザートもばっちりありますので、皆さん楽しみにしててくださいね!」
榛名が冷茶と手作りの蓬餅を配りはじめる頃には、すっかり陽も落ちて花火を楽しむ所も出てきた。
そして、今回の臨海学校で最大の目的がこの先に待っている。夜半に眠い目をこすりつつ起き出した琥太郎は、運搬は有志に任されるとは言えかなりの数の灼滅者が浜に揃っているのを見た。
「けっこうな人数ッスね……これなら問題なく力の塊を鶴見岳まで返せそうかな」
「昼間にブイで目印もつけておきましたし、スムーズに行くかと」
それでは行ってきます、と頼もしく宣言した女子チームを中心に海底からの引き上げ作業が始まる。昼間使っていたゴムボートに力の塊を移し、浅瀬まで引いてから鶴見岳まで運搬を担当する有志に男子チームが引き渡すという内容だ。
浜辺は力の塊が放つ光で照らされ、さながら赤くライトアップされているように思える。
優雨はソロモンの悪魔あたりが横槍を入れてくることを懸念していたが、引き上げ作業と運搬は滞りなく進んだ。レインや翌檜、蘭なども万が一の可能性を考慮して周囲の警戒に当たっていたが、力の塊を乗せた最後の車列が鶴見岳への道路へ去っていくのを見送り、ほっと胸を撫で下ろす。
「少し考えすぎだったのでしょうか。まあ、何もないのは良いことですが」
「そうだな」
いつどこで情勢がどこに傾くか、それは誰にもわからない。近い未来はエクスブレインが見渡せても、その先は。
ともあれ懸念していた襲撃もなく、優雨は遠く星空を切り取るように浮かぶ鶴見岳の山頂を見上げてみる。
そこに眠るはずのガイオウガの姿を、灼滅者はいまだ、誰も知らない。
作者:佐伯都 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2016年8月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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