臨海学校2016~別府湾湯けむり紀行

    作者:湊ゆうき

     大分といえば、湯布院や別府をはじめとする温泉で有名な県である。だからといって大分県の海が温泉になったといって誰が信じるだろうか。
     けれど、その現象はひっそりと確実に起こっていた。
     大分県の中央部に位置する別府湾では、40度前後のいい湯加減になった海で、ぐったりするどころか元気になった魚が激しく泳ぎ、見たこともないような大きな魚が、こちらも元気よく跳ね回っているのだった。
     魚たちが元気に泳ぎ回るのを見守るように、海底では生命を感じさせる赤い塊が美しく輝いているのだった――。
     
    「みんな、集まってくれてありがとう」
     橘・創良(大学生エクスブレイン・dn0219)が、全員を見回し、いつものように微笑みながら説明を始める。
    「ガイオウガの力が高まっていることはみんなも知っていると思うけど……その影響で、大分県の別府湾の海水が温泉みたいになっていることがわかったんだ」
     海水が温泉のようになるという状況に驚く灼滅者達に、創良はその原因が海底に出現した数百個にのぼるガイオウガの力の塊であると説明した。
    「ガイオウガの力は生命を活性化させるから、魚たちが死滅することはないんだけど、巨大化したりもしてるみたいで、放っておくと漁師の人や近隣住民が危険にさらされるかもしれないからね」
     だからこの状況を解決するため、今年の臨海学校は別府湾の糸ヶ浜海浜公園で行うことになったと創良は説明した。
    「海底にあるガイオウガの力の塊は、鶴見岳に運び込めばガイオウガに吸収されて消滅するみたいなんだ」
     そうすれば安全に解決できる。ただ、それらをサイキックで攻撃するとイフリート化して襲いかかってくるので注意が必要だ。
    「ガイオウガの力の塊の引き揚げ作業は、外気温が低くなる深夜に行うことになるので、日中は海水浴なんかを楽しみながら、海底の探索を行うといいと思うよ」
     海洋生物の中には巨大化してしまったものもいるので、一般人にとっては危険な存在になるかもしれない。灼滅者が駆除できれば、その安全が守られる。
    「そうそう、活性化した海洋生物は、脂がのっていて美味しいみたいだから、キャンプの夕食にももってこいかもね」
     臨海学校の醍醐味だね、と創良が微笑みながら付け加えた。
    「今回の臨海学校は、海底に沈んでいるガイオウガの力の塊を探し出して引き上げ、処理すること。こちらから攻撃しなければ戦闘になることもないから、いつもより安全に過ごせるはずだよ」
     創良は臨海学校のスケジュールを配りながら説明する。その合間に海水浴やダイビング、海産物での飯ごう炊さん、花火など自由に楽しむことができるだろう。
    「みんなで見つけたガイオウガの力の塊を鶴見岳に運ぶのは有志に任せることになるけど、行く人は気をつけてね」
     それから……と創良は更に言葉を続ける。
    「ガイオウガの戦力を減らすために、あえてイフリート化させて灼滅するという手段もなくはないよ」
     それを行うかどうかは、みんなの判断に任せるよと創良は付け加える。
    「ここのところ大変な戦いが続いていたから、事件を解決しつつ、臨海学校も思いっきり楽しんできてね」
     そういって笑顔で灼滅者達を送り出した。


    参加者
    日向・和志(コメディ限定フェニックス・d01496)
    近江谷・由衛(貝砂の器・d02564)
    武野・織姫(桃色織女星・d02912)
    神崎・摩耶(断崖の白百合・d05262)
    師走崎・徒(流星ランナー・d25006)
    日輪・藍晶(汝は人狼なりや・d27496)
    日輪・黒曜(汝は人狼なりや・d27584)
    高嶺・円(蒼鉛皇の意志継ぐ餃子白狼・d27710)

    ■リプレイ

    ●温かい海
     今年の臨海学校は九州の大分県。
     大分空港に降り立ち、ひとしきり別府観光を楽しんだ生徒たちは、午後にはキャンプ場である糸ヶ浜海浜公園へ。海浜公園内は、武蔵坂学園が貸し切っているので、生徒たちは気兼ねすることなく自由に施設を利用することができた。
    「戦闘のない臨海学校をやる日が来るとはなぁ」
     海を見渡し、うーんと伸びをしながら日向・和志(コメディ限定フェニックス・d01496)が感慨深げに呟く。
    「……まあ、例年通りとも言うし、特に問題はないな」
     戦闘の可能性は少ないにしても、ただの臨海学校でないのは例年通り。神崎・摩耶(断崖の白百合・d05262)は今まで見送ってきたイフリートたちとの約束も果たそうと心に決めていた。
    「海が温泉みたいになってるんだよね?」
     端から見れば、いつもと変わりのなさそうな海の様子に榛名・真秀(中学生魔法使い・dn0222)が皆に問いかける。
    「おっきなお魚とかがいるんだよね~」
     武野・織姫(桃色織女星・d02912)も海に近づいては覗き込む。
    「確か別府湾だと……有名なのは城下カレイだけど、アジにカマスにアメタに鯛やサバやイワシ……」
     高嶺・円(蒼鉛皇の意志継ぐ餃子白狼・d27710)がキャンプの醍醐味である飯盒炊爨に向け、取れる魚を再確認。
    「どれを引き当てても……なめろうには出来るよね」
     脂の乗った巨大な魚たちはきっと美味しい夕食になってくれることだろう。
    「本当に温かい……黒曜、温泉みたいよ」
     波打ち際で実際に海水に手を差し入れ、日輪・藍晶(汝は人狼なりや・d27496)が隣の日輪・黒曜(汝は人狼なりや・d27584)に視線を向ける。
    「本当ね」
     40度前後の温かい海というのも不思議な感じがするが、これはこれで悪くない気もする。
    「力が染み出すというのも、中々不思議ね」
     ガイオウガの力がこうして別府湾に染み出しているからこそ、海水の温度が上がっているのだ。近江谷・由衛(貝砂の器・d02564)はそう呟きながら、また染み出すことがないように、しっかり任務をを果たそうと思うのだった。
    「それじゃあ、海水浴がてら力の塊の位置を探ってみようか」
     師走崎・徒(流星ランナー・d25006)は、深夜の力の引き上げに備えるべく、力の位置をまとめた地図を作成する予定だ。
     海水浴や飯盒炊爨を楽しみながら、任務をきっちりこなすため、生徒たちはそれぞれ動き出した。

    ●力みなぎる魚介料理を召し上がれ
     別府湾で海水浴を楽しみつつ、ガイオウガの力の塊の場所を確認したあとは、臨海学校の醍醐味でもある飯盒炊爨。別府湾が温泉化したことで巨大化し、生命力に満ちた脂の乗った魚は夕食にももってこいだ。
     炊事場では、円が調理を開始していた。
    「餃子白狼……降臨っ!」
     おもむろにスレイヤーカードを解放すると、獣人型スサノオの姿に。先程の時間にみんなで獲った別府湾の魚たちを調理する。
     愛用の武器・沖膾蒼鉛を使い、殲術執刀法で見事に魚をさばいていく。
    「なかなかの手際だな」
     摩耶は米を研ぎながら円の魚さばきを絶賛。
    「これだけ大きいとさばきがいがあるよう。神崎先輩は何を作るの?」
    「飯盒炊爨といえば、カレー。せっかくなので魚介も入れてシーフードカレーに。海賊焼きなんかもいいな」
     昆布で出汁を取ったり、根菜を煮込んだり、和風の下味を付けたりと本格的。摩耶の料理の腕前はなかなかのものだが、いつもついつい一味付け足したくなり、そこで失敗することもしばしば。今回はみんなで食べるので、レシピ通り忠実に。
     円はさばいた魚たちに白味噌や薬味を投入し、包丁二刀流で叩いていく。それを餡として持ち込んだ餃子の皮で包むとなめろう餃子の出来上がり。フライパンで丁寧に蒸し焼きしていく。
     すぐそばの炊事場では、【フィニクス】のメンバーがとれたて新鮮の魚たちを使って、こちらも海鮮料理に挑戦中。
    「魚を捌くのは得意なんだ。やっぱり捕れる魚が違うな」
     北海道の港町出身の居木・久良が豪快に釣り上げた巨大な鯛、鰺、ハマチ。どれも見たことがないぐらい巨大だ。それを見て、天渡・凜が、これからできあがる料理に想いを馳せる。
    「とれたて新鮮のお魚で海鮮料理がいっぱいですかー」
     慣れた手つきで久良が魚をおろし、調理する。鯛は刺身と土鍋で鯛飯に。鰺はタタキに。ハマチは刺身とカルパッチョ。
    「……ハマチのお寿司食べたい」
     真面目な表情で包丁を構え、手際よく魚を三枚おろしにしていた桃野・実がご当地ヒーローらしく自分の県魚をぽつりと呟く。
    「ハマチあるよ」
     久良からハマチの切り身を渡され、作った酢飯とで海鮮丼やにぎり寿司を仕上げていく実。
     男性陣の鮮やかな包丁さばきを見たところで、氷上・鈴音が女性陣に向け声をかける。
    「綾瀬さん、陽桜ちゃん、お魚捌くのが初めてなら太刀魚がお奨めよ」
     鱗がないから三枚おろしも簡単。ゆっくりやれば慣れていなくても上手くいくと鈴音が力づけてくれる。
    「太刀魚て、これ? 長い魚ね」
     綾瀬・涼子が感心したようにまじまじと眺める。巨大化しているので、さらに長い。
    「わわ、包丁入れるの大変なのですね」
     三枚おろしデビューとなった羽柴・陽桜が、格闘しながらもゆっくりと確実におろしていく。涼子も悪戦苦闘しながらもなんとか三枚におろしたが、骨にはそこそこ身が残ってしまっていた。
    「……これ、包丁でこそぎ落として、タタキかなめろうにするって手もある?」
    「身を取るのはスプーン使うと簡単よ」
     涼子の問いに鈴音が頷きながらアドバイス。
     少しずつ出来上がっていく料理の様子に、藤林・手寅は、マイお箸を片手に力強く宣言する。
    「私がやることは唯一つ、新鮮な魚介類の料理をたらふく食べることです……!」
     美味しい料理をさらに美味しく食べるため、持参した二つの飯盒で美味しいご飯を炊く準備。
    「お、藤林さん気合入ってるね」
     その様子を笑顔で見ていた神鳳・勇弥は巨大伊勢エビを前に解体ナイフを構える。
    「神鳳さん、大丈夫ですか?」
     凜がそっと巨大伊勢エビのしっぽを押さえてくれる。陽桜も拳を握りながら二人を応援。
    「天渡さん、ありがとっ。流石に普通の包丁じゃ刃が通らないと思ってね」
     サイキックは使うまい、と勇弥は力業で真っ二つに。たっぷりの身は料理に使い、残った殻は、ナイフの柄でたたき割って、ブイヤベースの出汁に。
    「アクはしっかり取らないとな」
     料理上手な勇弥らしく、「レシピを覚えておくかい?」と笑顔でみんなに問いかけた。

    「わ~、いい匂い!」
     食器を運んでいた真秀は、炊事場から漂ういい香りに食欲を刺激される。
    「摩耶先輩も円先輩も、お料理とっても上手なんですね!」
     スパイシーな香りのするシーフードカレーに海賊焼き、綺麗に蒸し焼きされたなめろう餃子に真秀のお腹もぐうと声を上げる。
    「ハラペコだ。早く食べよう」
    「みんな喜んでくれるといいな」
     摩耶と円の言葉に、真秀も笑顔で頷く。
    「真秀さん、こっちなのですー! 一緒にご飯しませんか?」
     隣の炊事場から、スイーツ友達である陽桜が、真秀に手を振ってくれた。
    「あ、陽桜ちゃん! うん、みんなで一緒に食べよー!」
     手を振り返すと、その場にいる全員と一緒に海を眺めながらの夕食タイム。
     海の幸をいかしたバーベキューに、新鮮な魚介類を使った料理の数々。
    「クロ助ー! ごはんの時間だぞー」
     実が呼ぶと、海辺でカニと遊んでいた黒柴が目をキラキラさせながらダッシュで戻ってくる。しっぽを振って、ご馳走を待っていた。
    「どれから食べようか迷っちゃうわね。どれも美味しそう!」
     涼子は迷いながらお寿司に手をのばす。
    「ブイヤベースにパエリア、鯛のカルパッチョにアヒージョ。もう御飯が止まらないです」
     手寅がマイ箸で炊きたてのご飯と一緒に頬張る。お箸が止まらない美味しさだ。
    「居木君の鯛のアラカルトも美味しそう!」
     カルパッチョにはローストガーリックとバルサミコ酢をかけ、かぼすを絞って仕上げてある。口に入れ、鈴音は想像通り美味しいと幸せ顔。
    「鯛飯ってこんなふうに作るのですね」
     行程を見ていた陽桜は、土鍋にお米と鯛1尾を入れ、鯛のあらから取ったダシで炊き込む様子を思い出し、深い味わいに納得。
    「どれもいい出来だからたくさん食べてね!」
     巨大化した魚を上手に料理した久良もにっこり。
    「アヒージョを作ってみたよ。バケットにのせてどうぞ」
     たこ焼き器の中にスライスしたニンニクとオリーブオイルとぶつ切りにしたエビを入れてぐつぐつ煮詰めたアヒージョを凜が差し出す。
    「ありがとう。それにしても豪勢な食事が出来上がったな」
     勇弥がテーブルに所狭しと並んだ料理を改めて見て呟く。その他にも、パエリアにブイヤベース、鰺のタタキ、太刀魚の塩焼きなどなど、どれも食欲をそそるものばかり。
    「なめろうの餃子ってすごいアイデア!」
    「カレーは飯盒炊爨らしくていいよね」
    「伊勢エビでっかすぎ」
     などなど、みんなでそれぞれの料理を囲んでは笑い合う。大勢で食べる食事は美味しく、夕食は大いに盛り上がったのだった。

    ●夜空に咲く花
     夕食の後、花火が打ち上げられるというので、恋人同士の藍晶と黒曜は、おそろいの浴衣姿で浜辺を歩く。途中で買ったかき氷は、夜になってもまだ暑さの残る海辺を歩くのにちょうどいい。
    「暑いし、やっぱりかき氷とか美味しいわよね」
     藍晶が買ったのはレモン味。対して黒曜が買ったのは赤いシロップのイチゴ味。
    「えと、黒曜のも食べてみたいのだけれど……」
     普段はクールな藍晶も、恋人の前では恥ずかしがり屋。もじもじと切り出してみる。
    「はい♪ あーん」
     黒曜がそれに応えて、かき氷を口に運ぶ。赤面しながらも幸せそうな藍晶。
    「私にも♪」
     お返しに、黒曜が求めるまま、藍晶もかき氷を食べさせてあげる。
     どーんという音がして、花火が打ち上がり始める。暗闇に咲く美しい火花に、二人は自然と手を恋人繋ぎで握り合い、静かに花火を見つめるのだった。

    ●力の源
     臨海学校一日目の深夜。一番の目的であるガイオウガの力の引き上げを全員で行う。日中は太陽の熱の影響で、引き上げたガイオウガの力がイフリート化してしまう危険があるので、気温が落ち着く深夜の決行となった。
     徒が昼間の間に作っておいたガイオウガの力の位置をまとめた地図を参考に、ボートを漕ぎ出す。水中に潜る仲間と、ボート上で回収する班に分かれて行動。ボートもいくつかに分かれて作業を行う。
     和志、円、摩耶がヘッドライトで深夜の海を照らし潜っていく。競泳水着をまとった織姫と怪力無双を準備した藍晶がそれに続く。各自水中呼吸なども利用しながら、万全の態勢をとって作業に当たる。
     昼間と同じように海底に赤い輝きを放ちながらたゆたっている力の塊を見つけると、1メートルほどのそれを大きな網や巨大な蛸壺、怪力無双を使って各自運んでいく。塊は体温より温かく、これのおかげで海温が上昇しているのだと感じられた。
     ずっしりと重いそれを、黒曜が怪力無双を使って軽々とボートの上に引き上げる。重量感があったので、ひとつ乗せるとボートを浜辺に戻し、浜辺に移動させてからまた運ぶことにした。
    「敵襲はなさそうだな」
     念のためにと警戒していた和志だが、他の班が同じように引き上げ作業を行っているぐらいで怪しい動きはない。
     めぼしい塊を回収したところで、由衛は力の塊をキャンピングカーに積み込んでいく。
     これから有志による鶴見岳への輸送が行われる。
    「僕たちにとってはここからが本番……」
     真剣な顔で徒が頷くと、有志のメンバーは護送の準備に取りかかる。未明にかけての作業となるが、力の塊を鶴見岳へ返すまでが重要でもある。
    「気をつけて」
     残る仲間達に見送られ、有志たちは鶴見岳へと出発した。

    ●大地へ還る
     運転免許を持っている和志がキャンピングカーの運転を請け負い、他班のメンバーも乗せてキャンプ場を出発。
    「周囲には他班の仲間もいるし滅多なことは起こらないとは思うけど……」
     それでも、何かあってからでは遅いので、万一の事態に備え、警戒を怠らない徒。
    「こういう機会に乗じてソロモンの悪魔とか現れかねないって思っちゃうよな」
     頷きを返して和志も呟く。同じことを思っている灼滅者達も少なくないようで、護送の警戒に当たっていた仲間からは異常なしという情報も入ってくる。
     そうして、いよいよ鶴見岳へと到着した。
     麓に到着し、徒はヘッドランプを装備し、登山開始。ガイオウガの力の塊はアイテムポケットには入らないので、由衛は両腕でしっかりと抱えて歩き出す。もしイフリートと鉢合わせするようなことがあれば害意はないと伝え、極力衝突は避けるつもりだ。敵襲はないか、依然警戒を緩めない。
    「なあ、これって地獄合宿だっけ……?」
     ずっしりとした塊を抱えての山登り。徒がそう問いかけたくなる気持ちもわかる。
    「遅れてきた地獄合宿……なーんてな」
     和志も思わず苦笑い。他班の仲間達もそれぞれの方法で塊を運んでいる。
     疲れをためないように途中に休憩を挟む。
    「円が持たせてくれたなめろう餃子、由衛も食べない?」
     護送の際のお供に、と円がわざわざ用意してくれたのだ。夜も更け、疲れた身体に美味しさが染み渡る。
    「夕食美味しかったわね」
     抑揚なくぽつりと呟かれるが、それは由衛の常なのだ。
    「夕食、摩耶のカレーも美味かったなあ。新鮮な海鮮焼きには勝てないけども。あはは」
     みんなで談笑し、束の間の休息。力を蓄えたところで、あとひとがんばり。徒達はまた歩き始める。
     山頂に近づいた辺りから、力の塊が少しずつ小さくなっていくのを由衛は感じた。地面に置いてみると、溶けて小さくなっていっていることに気づく。
     徒もその様子をじっと眺める。手にしていたのは意思など持たない力の塊だけど、自分たちの気持ちが少しでも伝わればいいと願ってしまう。
    「戦わずに済むといいね、ガイオウガ」
     辺りでも同じように無数の塊が、ガイオウガと一体化するため、大地に溶け込むように消えていった。

    ●湯けむり気分で
     未明の内に、力の塊を鶴見岳に返したことで、別府湾の海水温もようやく戻りつつあるようだ。けれど、力のおかげで大きくなった魚たちは未だ健在。一般人への被害が出ないように、危険そうな海産物の駆除を兼ね、二日目も灼滅者達は海水浴に励むのだった。
    「水着、似合ってるかな?」
     昨日は競泳水着を着ていた織姫だが、今日は今年の水着コンテストに参加した時の水着。白のフリルが可愛らしいビキニだ。
    「織姫ちゃん似合ってるよ」
     そう声をかける蒼井・夏奈も青地に水玉の水着をスポーティに着こなしている。
    「ちょっと沖まで競争だね~って室武士さんは泳ぐの得意でしたっけ?」
     黒地のサーフパンツに赤いパーカーを着た彫りの深いアスリート体型をした室武士・鋼人は手にハンマーを持っている。これに餌をつけて魚を一本釣りするのだ。なんとなく泳ぎは苦手そうと判断した織姫は答えが返ってくる前に別の言葉をかける。
    「室武士さんにはお魚捕獲を期待します!」
    「巨大マダイとか巨大タチウオとか美味しそうですが、巨大城下カレイを捕獲できれば大金星ですね」
     まずは素潜りで獲物を物色。しばらく潜った結果、直接の捕獲に加え、一本釣りでも見事にいくつかの捕獲に成功する。
    「大きくなり過ぎると不気味だけど、きっと脂乗ってておいしいよね……!!」
     夏奈が巨大タチウオをつんつんする。
    「夏奈ちゃん夏奈ちゃん、なんか温泉プールって感じで気持ち良いよね~」
     浮き輪とともに海にたゆたいながら織姫が眠たげにそう声をかける。あまりの気持ちよさに沈みかけ、慌てて持ち直す。
    「なんかこの暖かさ。ガイオウガさんと仲良く出来たらな~って思えてきたよ~」
    「ほんと、気持ちよすぎて寝ちゃいそう~……あ、室武士先輩が手招きしてる」
     二人が浜辺に戻ると、鋼人から投げ込みサービスのお誘い。体験してみたいという夏奈を、鋼人はハンマー投げの要領でぐるぐると回転させ、浮き輪を身につけた夏奈を掛け声と共に海へ解き放つ。なかなかいい飛距離が出て、夏奈の悲鳴のような歓声のような声が浜辺に響いたのだった。

     昼まで海水浴を楽しみつつ、危険海産物の駆除を全うした生徒達は、大分空港から武蔵坂に帰還する。
     今年の臨海学校も、大切な任務を任されはしたけれど、危険もなく過ごすことが出来た。温泉のような海は心地良く、生命力の強い海産物は灼滅者に力を与えた。
     別府湾の水温は平常に戻るだろうが、ガイオウガの力の塊がなくなっても、海は神秘的で力強い自然の生命力を湛えているのだった。

    作者:湊ゆうき 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年8月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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