臨海学校2016~海底のガイオウガ

    作者:君島世界

     2016年夏、大分県別府湾。そこでは、どんな文献にも前例のない異常事態が起こっていた。
     ある漁師曰く、まるで海が丸ごと温泉にでもなったかのようだ、と。
     海水温はなんと、平均して40度前後を保っており、なるほど、温泉として考えるなら『いい湯加減』ではある。
     不安がる地元の漁師たちとは逆に、海の魚たちは生き生きと、過剰なほど活発になっているようであった。また、それらの中には大型化してきているものもあることも、漁師たちの悩みの種である。
     目撃例を挙げると、もはやシラスとは呼べないサイズに成長したシラスが、まさしく魚雷の速度で湾内へ進入していったという。座布団ほどの大きさになったカレイが海面から飛び出して、優雅な空中遊泳を見せることもしばしば。カレイは普段、海底の泥の中に潜んでおり、このような泳ぎを見せるのことはないのであるが――。
     
    「――これが、大分県別府湾で起きている異常事態のあらましですわ。
     原因は、海底に出現したガイオウガの力の塊であることが判明していますの。この状況を解決するため、今年の臨海学校は別府湾の『糸ヶ浜海浜公園』で行うことになりましたわ」
     と、鷹取・仁鴉(高校生エクスブレイン・dn0144)。
     彼女が黒板にあらかじめ板書していた図画には、空飛ぶはんぺんのようなものが描かれていて灼滅者たちを困惑させたものだが、話を聞いた今では、なるほどあれはカレイだったのだなと合点がいく。言われければ永久にわからずじまいだったであろう。
    「まず、ガイオウガの力の塊についてご説明いたしますわね。
     力の塊は、直径1メートルくらいの、ちょうど巨大化したイクラのような外見でして、これが別府湾の海底に数百個出現していますの。それらを全て回収する必要がありますが、まあ数が数ですし範囲も広いので、こちらも人手が必要なのですわね。
     処理方法ですが、力の塊をそのまま鶴見岳に運び込めば、ガイオウガに吸収されて消滅するようですの。ただ、サイキックで攻撃してしまいますと、イフリート化して襲い掛かってきますので注意が必要ですわ」
     仁鴉が手元のしおりをめくる。
    「引き揚げ作業は深夜に行いますので、日中は海底探索で力の塊の場所を確認してもらいまして……ええ、それ以外はごく普通の臨海学校でわ。海水浴の後は飯盒炊爨、その後は花火の時間も設けておりますの。
     他にも釣りをしたりですとか、皆さまでしたら直接対決でハンティング! もよろしいかもしれませんわね。湾内の海生生物は活性化・大型化してますので、一味違う体験になるかと思いますわ。
     ――では、詳細なスケジュールを確認いたしましょうか」
     
    ●8月22日(月)
     午前:羽田空港から大分空港へ、別府観光をしてからキャンプ地である糸ヶ浜海浜公園に向かう
     午後:糸ヶ浜海浜公園到着
     午後:別府湾で海水浴(ガイオウガの力の場所確認)
     夕食:飯盒炊さん(別府湾の生命力の強い海産物を食べよう)
     夜 :花火
     深夜:ガイオウガの力の塊の引き上げ

    ●8月23日(火)
     未明:ガイオウガの力の塊を鶴見岳へ輸送(有志)
     朝 :朝食、後片付け
     午前:別府湾で海水浴(危険そうな海産物の捜索と駆除)
     昼 :大分空港から武蔵坂に帰還

    「以上ですの。あえてガイオウガの力の塊に攻撃を行わなければ、戦闘が起きる心配はありませんの。うまくいけば、例年になく安全な臨海学校になりそうですわね。
     もちろん、力の塊をイフリート化させ、灼滅してガイオウガの戦力を減らすという選択もありますの。ですが、エクスブレインとしても、同じ学生としても、無理強いは致しません。
     皆様が楽しい臨海学校を過ごせますよう、お祈り申し上げますわ」


    参加者
    守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289)
    忍長・玉緒(しのぶる衝動・d02774)
    廿楽・燈(花謡の旋律・d08173)
    シルキー・ゲーンズボロ(白銀のエトワール・d09804)
    莫原・想々(幽遠おにごっこ・d23600)
    花衆・七音(デモンズソード・d23621)
    富士川・見桜(響き渡る声・d31550)
    秦・明彦(白き雷・d33618)

    ■リプレイ

    ●海底のガイオウガ
     水中、ライトを照らした先に浮かぶ魚影が、急に方向転換してこちらへと向かってきた。
    「っ!」
     身をかわしたシルキー・ゲーンズボロ(白銀のエトワール・d09804)の横を、想像以上に強い水流とともに、何かの巨大魚が通過する。一息つくと、呼気の泡が遠い空へと昇っていった。
    「…………!」
     と、莫原・想々(幽遠おにごっこ・d23600)が泳いできて、ほのかな明かりの中で案じ顔を見せる。シルキーは大丈夫、なんでもないと想々に手を振ると、改めて消灯した。
     海底は、それでもかろうじて見える。そこに何百と並ぶ、赤いガイオウガの力の塊も。
     多くの者が昼のうちにスポッティングしていたおかげか、それらはすみやかに探し出すことができた。引上げ自体も、灼滅者の身体能力をもってすれば、人力でどうにか可能だろう。
     富士川・見桜(響き渡る声・d31550)が、それらのうちの一つを持ち上げた。
    (「イフリートたちが決めてくれたことに、私も、気持ちを見せたい……!」)
     友人の、壊れ物を扱う時よりも丁寧に。
     サイキックでさえなければ、例えば乱暴に投げ捨てたとしても、衝撃でイフリート化する心配はないのだが、そのように扱う理由が、見桜にはある。
    (「もしかしたら、ガイオウガに気持ちが届くかな、なんて――」)
    (「――でもこれ、本当にイクラみたいだよね~」)
     くすくすと、心の声で笑うのは守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289)だ。
     確かに、数人のエクスブレインをはじめとして、ガイオウガの力の塊を『巨大化したイクラのよう』と例える向きも多く、実物を目の当たりにすれば的を射た表現であるとわかる。
    (「んー、こら無理やなあ。このイクラちゃん、『アイテムポケット』に入らへん」)
     と、花衆・七音(デモンズソード・d23621)は肩をすくめた。それを持ち上げに苦戦しているサインと思った結衣奈が来たが、折角なのでそのまま手伝ってもらう。
    (「いち、にの」)
    (「よいしょっと!」)
     掛け声はともかく、タイミングを合わせることで、持ち上げはかなり容易に行えた。サムズアップで応える七音に、結衣奈は人のいい笑みを浮かべて。
    (「……っと、明彦が待ってる。急がなきゃ」)
     水中を蹴って、結衣奈は水面へと跳ぶ。他の四名も追うように泳ぎ上がると、一行は揃って久しぶりの空気に顔を突っ込んだ。
    「は、ふう……えーと、陸地は――」
     きょろきょろと体ごと回る想々を、シルキーが先導するようにして前へ泳ぐ。
    「こちらのようですわ、想々さん。少々波が出ていますから、攫われないように」
    「あー、ゲーンズボロさん、方向わかるんだね? じゃあ私もついていくよ」
     それに見桜も続いた。両手が力の塊で塞がっているので、ゴーグルは外さないままだ。
    「あ、いえ。私が、ではないんですけどね」
    「?」
     シルキーがそう微笑む先に、砂浜と、じっと海を見つめる秦・明彦(白き雷・d33618)の姿とが見えてくる。実は一行の最前列を泳いでいた結衣奈が、一番乗りで陸に上がった。
    「明彦! お待たせ、引き上げてきたよ!」
    「お疲れ様だ結衣奈。手筈通り、ここからの運搬は俺が担当する」
    「ん。じゃあ、よろしくね」
     明彦は渡された力の塊を両腕に2個ずつ重ねると、引上げ班と別れ、集積所である第一駐車場へ向かう。砂浜からは少し離れた場所にあるが、この後のことを考えるなら、そこがベストだろう。
    「じゃ! ちょっとだけ休憩しよかー。冷たいもんも用意してきたで」
     と七音が示す先に、いつ設置したものだろうか、ビニールシートを敷いた休憩所があった。一行はそこで十分に疲れを癒してから、再び海の中へと戻っていくのであった。
     さて明彦が第一駐車場へ着いてみると、その一角に、忍長・玉緒(しのぶる衝動・d02774)がESP『巣作り』で作る巣があった。隣に廿楽・燈(花謡の旋律・d08173)も座っていて、明彦が来たのに気づくと小さく会釈を送ってくる。
    「ガイオウガの力の塊、ね。そのあたりに置いて。あまり高く積まないように」
     玉緒は対称的に、戦闘に準ずる警戒態勢を敷いている。
    「ああ。では、俺は砂浜に戻る。忍長さんは、続いて警備を」
    「了解」
     その返事とともに、ぴん、と空気が張り詰めた。
     力の塊に妙な動きはないか、襲撃するダークネスはいないか。
     無いとされている事を、何の目星もなしに探り続けることは、極度に神経をすり減らす作業であるだろう。巣の効果があったとしても、気分的な疲労が蓄積していくようで――。
    「――玉緒先輩、緊張してる?」
     と、燈。そうね、と危うく答えそうになって、玉緒は苦笑した。
    「必要なことだもの。それよりも、あちら、他の班でリヤカーの荷積みが始まったようね」
    「あ、ほんとだ! 手伝ってくるね!」
     燈はぱっと立ち上がって、ぱたぱたとビーチサンダルを鳴らして走っていく。

     そんなこんなで。
     未明のうちに、武蔵坂学園はガイオウガの力の塊を全て、鶴見岳に無事輸送することに成功した。
     彼ら灼滅者たちに、残された使命はただ一つ。
     ――再び全力で、臨海学校を楽しむこと!

    ●巨大魚と灼滅者と
     そして翌朝。別府湾は、灼滅者たちの一大フィッシングフィールドと化していた!
     思い思いの得物を手に、襲い来る獰猛な巨大魚をバッタバッタとなぎ倒し。
     捕えては上げて捌いて焼いて食らうという、まさに臨海学校ならではの現地調達バーベキューが、あちこちで開催されている。
     そんな中、七音も海を自在に泳ぎ回るハンターの一人として、目下マグロ大にまで成長したアジと死闘を繰り広げていた。高速で旋回し、こちらに向かってくる姿を捉え――。
     ガボボボボッ!
     七音は妖の槍を銛代わりに、縦軸をずらしてこちらから突っ込む! 巨大アジの脳天に穂先を突き下ろし、衝突の勢いはぐるぐると縦回転していなしていくと。
    「っは! よっしゃ、獲ったでー!」
     海面に上がって、誇るように槍を掲げる七音。その先には、未だぴちぴちと踊る巨大アジの姿があった。ぱっしゃぱっしゃと波の弾ける拍手を送るのは、偶然近くを泳ぎかかった燈だ。
    「わー! 燈も泳ぐの得意だけど、七音先輩もなんかさすがーだねー」
    「はは、せやろせやろ。何やアジのくせにめっちゃ速く泳ぎよるから、こう正面衝突でぶつかってってな? すると勢いでぐるぐるーってなるねん。ぐるぐるー」
    「あはは、ぐるぐるーっ! じゃあ次は、燈の番だね! 見ててー」
     とぷん、と、燈が潜水する。彼女はすぐに群れで泳ぐ巨大シラスを見つけると、浪裏を文字通りの足場に、海中を跳ねるように泳いだ。
     まるでさかさまのスキップのよう。ぱしゃ、ぱしゃと、燈の蹴り上げる水しぶきが、別府湾をどこまでも渡っていく。
     その裏、深度30メートル強の海底。息の続く限りと決めて、玉緒がそこに居た。無手で佇んでいるように見えて、その実周囲の海水に、鋼糸による巨大な網を走らせている。
    (「右斜め上、今ね」)
     き、と糸を引けば、突っ込んでくる魚にカウンターで締め付けが入り、それを瞬時に落とした。
    (「左右、下。隙を狙うつもりかしら?」)
     ごぼ、――しゃん。
    (「ま、せいぜい頑張りましょう。気分は、晴れないかもしれないけど」)
     寝かせていた断斬鋏を蹴り上げ、把持と同時に閉じる。上下二つに分かたれた烏賊が、別の巨大魚の餌食となり、瞬く間に消えていった。それらも玉緒は、鋼糸で一網打尽に駆除する。

    「ん……っと。今日も晴れてよかったなあ」
     砂浜で気持ちよさそうに伸びをするのは、濃いオレンジ色の、活動的な印象のビキニに身を包んだ見桜だ。昨日に続いて敷いてもらったシートの上に、持ってきた白のパーカーを置いて。
    「でも私、なんかだんだんアクティブになってる気がするな。夏の海だとか、泳ぐついでに狩りだとか、なんて」
     準備体操を終え、愛剣『リトル・ブルー・スター』をスレイヤーカードから引き出す。それは今日も、明るくまばゆく輝いて。
    「なら、遠泳するのだって、悪くないかも」
     熱く焼けた砂の上を、見桜は裸足で駆け抜けていった。
    「さて……そろそろ俺たちも狩りに出るか。結衣奈、準備体操は終わったか?」
    「うん、大丈夫だよ。明彦は?」
    「俺も終わってるよ。いつでも始められる」
    「じゃ、一緒に行こっか」
    「ああ」
     明彦と結衣奈も、2人揃って海に入っていく。高波を超える時など、手をつないでお互いの体を支えあう姿は、なんとも仲睦まじいものとして他の生徒たちの目に留まった。
     それから、足がつかなくなった頃合いを見て、スレイヤーカードから殲術道具を取り出すと。
    「ところで結衣奈。今回もこれで、勝負といかないか?」
    「いいよ。撃墜数? 負けたら何でもお願いを1つ聞く、というのでどうかな」
    「撃墜数。じゃ、俺が勝ったら、結衣奈の膝枕で昼寝させてもらおう」
    「私が勝ったら……ふふふ、一度やって貰いたかったことがあるんだよ」
     楽しそうに笑う結衣奈。そんな彼女の道具は、衝撃波で魚を気絶させるマテリアルロッドだ。対する明彦は、オーソドックスに妖の槍だ。
    「よし、始めよっか」
    「始めよう。……結衣奈」
    「ん。行くよ~」
     背中合わせになる二人。お互いの足裏を合わせ、蹴りあう反動で一気に、それぞれ反対方向へと飛び出していった。

     他の生徒たちとは距離を置いて、波間に想々とシルキーとが漂っていた。海に入ったばかりの2人は、まずは水のうねりに体を慣らしていこうということで、こうして脱力し。
    「気持ちいいですねー、シルキーさん。お腹も冷えんし、泳ぐのにちょうどよい温度で」
    「ええ。改めて、ゆうべはお疲れさまでしたね、想々さん」
    「はい、シルキーさんもお疲れさまでした。……えへへ」
     労われて、なんとなく面映ゆい想々。そんな彼女に、シルキーは暖かな視線を投げかける。
    「さあて、今日は2人で海水浴もたっぷり楽しみましょうね。あ、お魚の駆除が先かしら」
    「あっ。く、駆除も頑張りますよ? ほら私、真面目な良い子ですから!」
    「あらあら。――あら」
    「え。シルキーさん、なぁに? 私、何か変なこと言いましたっけ?」
    「いえ、そうではなく。想々さん、後ろにその、大きなお魚が」
    「後ろ……ひゃ!」
     あんぐりと口を開けて迫ってくる巨大魚に、想々はとっさに振り上げた手刀で応戦した。続いて海中からシルキーが、空いた胴体を一突きに仕留め、事なきを得る。
    「は――」
    「すごいわ、想々さん。お手柄お手柄」
     いつの間にか戻ってきたシルキーが、こちらの肩につかまってくるのを、想々は嬉しく思ったりして。

    ●臨海学校の昼
     近くの魚をあらかた退治し終わると、想々はシルキーと2人、海を自由に泳ぎ回っていた。正面から大波が来るのを見ると、さらわれないようにと海中に潜る。
    「――ぷは! シルキーさん、見てくれてましたか? 大波は、こうやって避けるんです!」
    「はい。それはもう」
     楽しそうに語る想々を、シルキーはいつもの微笑みで迎えた。
    「想々さんが楽しそうに、夏を満喫しているところを、間近でばっちりと」
    「え、ええっ! そんな、まっ、満喫してるとか……」
     しかし、図星である。
    「そんなことないです……ぶくぶく」
    「そうですね。想々さんは良い子、良い子」
     楽しんでたことは否めないが、はしゃぐ姿を見られるのには、まだ照れが抜けない。誤魔化す様に海に口元まで浸かった想々の前髪を、シルキーは左右に分けてあげた。
    「可愛い海坊主さんだこと。ふふ」
    「ぶくぶくぶくぶく」

    「あ、見桜先輩だ。みーおーせーんーぱーいっ!」
     海上に出た見桜が、ん、と振り返ると、こちらに手を振る燈の姿があった。
    「廿楽ちゃん! 廿楽ちゃんは、遠泳かな」
    「うん! 燈は泳ぐの得意だから。見桜先輩は?」
    「んー、どうかな。マグロみたいなの追ってたら、ここまで来てたけど」
     改めて自分たちがいる位置を確認する。昨夜よりもさらに沖まで来てしまっていたようだ。遠くの陸地を、ぼんやりと眺める。
    「そろそろ戻らないといけないかな。廿楽ちゃんも、そうした方がいいかも」
    「あ、じゃあ競争しよ競争! どっちが先につくでしょうか!?」
    「いいよ。それじゃ、用意――」
    「どーん!」
    「あ」
     波をとらえてスタートした燈を、見桜も負けじと追いはじめた。剣を収納すれば、見桜本来のしなやかなフォームで行けるようになる。
     対する燈は、今度はイルカを思わせるスタイルで進んでいるようだ。時折海中から急上昇、空中に飛び出してみたりもして。

    「――ま、元気よね、なにもかも」
     砂浜に戻った玉緒は、シートに座って海を眺めている。遠くでばさばさと、多分燈にでも続いたのだろう、複数の座布団カレイが空中遊泳を見せていた。
    「太古、恐竜とかがいた時代は、海を含めて巨大生物が闊歩し、気温も今より高いと聞いたことがあるけれど、こんな感じだったのかしら」
     思いを馳せる。と、横合いから焼きカレイの乗った紙皿が差し出された。そういえば近くでバーベキューをしていたんだっけ。
    「なーにたそがれてるん、まだ昼前やで? ほれ、カレイちゃん食べて元気出し!」
     七音だ。玉緒が素直に受け取るのを見ると、七音はすっと隣に座る。
    「別に、疲れてなんかいないわ……はむ」
    「どや、美味しいやろ? こーゆーのは凝ったことせぇへんでも、塩で十分、シンプルイズベストってな!」
    「ええ。――美味しいわ、とっても」
     ほう、と溜息が出た。噛みしめるごとにとめどない滋味が溢れてきて、体に染みついた疲労を追い出していくかのようで。
    「他にも、うちの獲ったマグロアジがあるで。大漁大漁、まだぎょーさんあるさかい……あれぇ?」
     魚置き場には、思ったより少ない在庫しか残っていなかった。リアル泥棒猫でも出たかと辺りを目を皿にして探していると。
    「それなら丁度、近所の漁師たちに分けてきたところだ。俺たちにはこれだけあれば十分だろう」
     と、明彦。そんならいいわ、と七音は残ったマグロアジを開き始める。
    「明彦おかえりー。明彦の獲ったイカ? も、ちょうど焼けてたところだよ」
    「ただいま、結衣奈。いただくよ」
     新鮮なイカ(?)を、網一枚まるごと使って、丸焼きにしたものだ。ステーキのように切り分けないと、紙皿にも乗らないほどに大きい。
     結衣奈は他の料理もひょいひょいと皿にのせて、明彦を手招きした。
    「いただきます。……んー、お魚が大きくて美味しいね~」
    「大きいから味も大雑把かと思ったが、なかなかどうして。勿論、結衣奈の腕もあるだろうが」
    「やだもう明彦ったら~。あ、ほら、このカレイも美味しいんだよ。あーん」
    「あー……って、人前でか?」
    「人前で、膝枕までした仲じゃない。明彦、あー」
     ん、と観念して、結衣奈の箸から焼きカレイを食べる明彦なのであった――。

    作者:君島世界 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年8月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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