臨海学校2016~夏と海と熱き珠

     今年の別府湾は、異常だった。
     何せ、白い湯気が立っている。触れてみればわかるが、まるで温泉。温暖化とかいうレベルではない。
     そして2つ目の異常は、海洋生物の状態である。
     上昇した水温に耐え切れず、プカリと浮いて死屍累々……などという事は、ない。全くない。
     むしろぴちぴちしている。やたら激しく飛び跳ねたり、挙句の果てに、巨大化して水中をばく進しているものすらいる。これでは漁師さんも怖くて近寄れない。
     だが、その魚祭りに気を取られず、海を観察すれば気づいたであろう。海の底が、赤く輝いている事に。
     それは、熱く燃えたぎる力の胎動を感じさせるものだった……。

    「皆、待たせたな。今年も臨海学校のお知らせにやってきたぞ」
     初雪崎・杏(高校生エクスブレイン・dn0225)によれば、今年臨海学校で赴く先は、大分県、別府湾。
    「ここが温泉化しているようでな。海底にガイオウガの力の塊が出現したのが原因らしい」
     この異変を解決するため、今年の臨海学校は、別府湾の糸ヶ浜海浜公園で行う事になったという。
    「力の塊のイメージは、こういう感じだ」
     球体を描いてみせる杏。直径1メートルほどで、炎のように赤いそれは、
    「巨大なイクラ、みたいっすね」
     狗噛・吠太(中学生人狼・dn0241)が言った。
     40度程度の熱を持ち、周囲の温度も同等に引き上げてしまう。それが数百個も海底に沈んでいるというから、さあ大変。
    「ただしこれを鶴見岳に持っていけば、ガイオウガに吸収されて消滅するらしい。注意点は、サイキックで攻撃するとイフリート化して、襲い掛かってくる事くらいだな」
     力の塊の引き揚げ作業は、深夜に行われる。そのため日中は海水浴などをしつつ、海底の探索などをおこなってもらいたい、と杏は言う。
    「ガイオウガの力の影響で、周辺の海洋生物はやたら活発になっていたり、中には巨大化してしまったものもいたりするらしい。灼滅者の脅威ではないが、一般人に被害が出ないとも限らない。駆除しておいてくれると助かるな」
     それとな、と杏は、なぜか笑顔になった。
    「活性化した海洋生物は、どれも脂が乗って美味しいらしい。キャンプの夕食の食材にはうってつけだろう。ふふ」
     というわけで、今回の主な目的は、ガイオウガの力の塊の引き上げだ。あえて干渉しない限り、安全な臨海学校と言えるかもしれない。
     臨海学校は、8月22日(火)と8月23日(水)、1泊2日の日程で行われる。
     22日の午前中に、羽田空港から大分空港へ向かう。到着したら、別府観光をしてから、キャンプ地である糸ヶ浜海浜公園へ。
     ちなみに公園は学園の貸切。宿泊も、ログキャビン、キャンピングカー、テントの中から自由に選ぶことができる。
     午後は別府湾で、ガイオウガの力の塊の場所の確認を兼ねて、海水浴。
     夕食は、別府湾で捕獲した活性化海洋生物を食材にして、みんなで料理。
     夜に花火をした後、深夜には、ガイオウガの力の塊の引き上げを行う。
     翌23日未明に、力の塊を鶴見岳へ輸送する。ただしこれは、有志によって行われる。
     朝食後、午前中は、別府湾で海水浴。同時に、危険な海洋生物の捜索と駆除も行う。
     そして全ての日程を終えて、大分空港から武蔵坂学園に戻るのは、昼頃になるだろう。
    「イフリートや他勢力の介入もないから、存分に海を堪能できるな。海の幸も楽しみだ! じゅるり」
    「食いしん坊すぎるっす……」
     口元をぬぐう杏を見て、吠太が呟いた。聞こえない程度の声で。


    参加者
    色射・緋頼(生者を護る者・d01617)
    瑠璃垣・恢(フューネラル・d03192)
    御神・白焔(死ヲ語ル双ツ月・d03806)
    成瀬・圭(キングオブロックンロール・d04536)
    七六名・鞠音(戦闘妖精・d10504)
    綾町・鈴乃(無垢な純白・d15953)
    堺・丁(ヒロイックエゴトリップ・d25126)
    果乃・奈落(果て無き殺意・d26423)

    ■リプレイ

    ●渚の灼滅者たち
     8月22日、午後。
     大分は別府湾に、灼滅者達の声が飛び交っている。
     戦場特有の気合や息遣いではない。学生として、束の間の休息を楽しむ声だ。
    「海で4人。初めて……何からはじめましょう」
    「こんなのはどう? 」
     素敵な水着に着替えた七六名・鞠音(戦闘妖精・d10504)が首を傾げていると、色射・緋頼(生者を護る者・d01617)から、スイカ模様のビーチボールが飛んできた。
     受け止めたそれを、鞠音はしげしげと見つめ、
    「スイカ……割るのですか?」
    「違うよ。これでバレーをしようか」
    「いろいろやりたいことはありますけれど、まずはそれで遊びましょう」
     綾町・鈴乃(無垢な純白・d15953)が賛成すると、鞠音もこくり、と頷いた。
    「それじゃいきますよー!」
     鈴乃が両手で上げたトスを、そつなく打ち返す御神・白焔(死ヲ語ル双ツ月・d03806)。足場は砂。それを念頭に置いてボールを追う。
     ぽむん、ぽむん。4人の間を飛び交うスイカボール。
     時折生じる鋭いボールは、緋頼が優しく受け止め、次へ。
     鈴乃も同様に、強い球はレシーブ、それ以外はトス。
     それぞれに、ラリーが、4人の時間が長く続くよう、力加減を工夫していたり。
     段々楽しくなってきた鞠音は、白焔に向けて、少し強めに打ってみる。
    「……蹴鞠みたいです」
    「蹴鞠、か。言われてみれば確かに」
     納得しつつ、ボールを正面で受ける白焔。折角鍛えているのだ。活用しなくてはもったいない……。
    「……ん?」
     鞠音はふと気づく。白焔の視線がボールとは別の方に向いている事に。正確に言えば、重力に反逆して揺れるGカップの胸の方に。
     それだけでなく、ボールを追う3人の水着姿に、ついつい見惚れてしまっている白焔である。
     しかし不意に、ボールが予想外の方向へと跳ねた。すぐさま反応したのは、緋頼だ。
     届かない……誰もが落胆しかける中、緋頼は足を延ばして球を弾くと、皆の方へとリカバーした。上がる歓声。
    「どんな、難しいのでも拾うからね」
     けれど、無理な態勢からのボールは、やはりまた明後日の方へと飛んでいく。
     こちらも負けてはいられない。鈴乃が走って追いかけた。
     ずざざっ! ダイビングレシーブ!
    「やるな」
     白焔に褒められ、鈴乃は砂を払って得意げに、
    「すずのだって全部拾いますよ!」
     そしてラリーは続く。
    「……っ」
     ボールにボールがぶつかった。いや、片方は、鞠音の胸。おっぱいレシーブで弾かれた球が、鈴乃の方へと綺麗な弧を描く……。
    「……って、あの、鞠音さま……」
    「……どうしました?」
    「いやその、水着が凄い事になってるぞ」
     白焔が指摘した。若干、遠慮がちに。
    「そのままにしとくと、ちょっと目のやり場に困りそうと言うか」
    「い、今、直しますよー!」
     慌てた鈴乃に水着を直してもらう鞠音は、まるで着せ替え人形。傍から見ていると、2人は姉妹のようでもある。水着もおそろいだし。
    「こういう所で見せないようにね」
     優しく諭す緋頼だけれど、乱れた胸元はしっかり目に焼き付け済みだったりする。
     そんなこんなでひとしきり遊んだら、一旦休憩だ。
    「ふう……おっと」
     白焔が水分補給していると、緋頼が後ろから抱き付いた。
    「みんなもだけど、水着似合うなぁ」
    「緋頼こそな」
     負けじと、キスを返す白焔。
     2人の間に生じた恋人空間を、にこにこと見守る鈴乃。しかし、
    「きゃっ!?」
    「見ているだけでいいの?」
     緋頼から抱き締められ、鈴乃が可愛い悲鳴を上げる。
    「もう緋頼さまったら」
     キスをくすぐったく感じつつ、楽し気に応じる鈴乃。
     それを眺めていた鞠音のことだって、他の3人が放っておくはずがない。途端に始まるスキンシップ祭り。その仲睦まじさは、周囲がうらやむほど。
     しばらくじゃれあいを楽しんだ後……鞠音の髪を撫でながら、鈴乃が尋ねる。
    「鞠音さま、楽しいですか?」
    「……臨海学校。こんなもの、なのですね」
     目を閉じて頷く鞠音。
    「……きっと、楽しいのだと思います。眠気、来るくらい、ですので」
     またこうしてみんなで海に来られれば。
     その思いは、4人共通。

    ●食材は現地調達で!
    「ったく、潤いがないぜ……」
     成瀬・圭(キングオブロックンロール・d04536)のぼやきが、浜辺に響く。
     それを聞かされる瑠璃垣・恢(フューネラル・d03192)は、少しばかり呆れ気味で。
    「成瀬、それ、昼からずっと言ってるな……」
     昼間のビーチバレーや他の生徒達の様子が、圭はよほど羨ましかったらしい。
    「だってよ……クソ、ウルスラ誘えば良かった……連れが野郎の腐れ縁だけとか、潤いがねえよ、なさすぎるぜ」
    「俺もそれには同意するけどね。莉奈を連れてくればよかったとは思う。……ま、これが夏最後ってわけでもないし、また機会を作ればいいさ」
     塊サルベージ用装備の確認をしつつ、なだめる恢。
     まあ、野郎同士で不毛な会話を続けていても仕方ない。2人はどちらからともなく銛を手に取ると、海に飛び込んだ。目的は、夕飯の食材の調達だ。
     2人の肌を、海水とは思えぬ温かさが包む。これが温暖化ならぬ温泉化現象か。
     そこを泳ぐ生き物も、ただものではない。魚にエビやイカ……ガイオウガの力の塊の影響を受け、活性化した海洋生物達が跋扈していた。活発になって行動範囲が広がったためか、様々な魚類が見受けられる。
     圭は、そのうちの1匹に狙いを定めると、銛を繰り出した。
     ドン。
    「ほら見ろ一本釣りィ。え、釣りじゃねえ? 細かいコト言うなよ」
    「いや何も言ってないし」
     海上に顔を出した圭が、恢に得意げに獲物を披露する。
     しかし、恢とて負けてはいない。
    「瑠璃垣、何それ」
    「アジ」
    「そんなでかいアジがいるわけ……いるな」
     めっちゃいた。
     続いて巨大化したタコが、2人の横をぬるりと通り過ぎて行く。
     魚獲りというよりもはや水中戦状態になりつつも、首尾よく海洋生物を捕まえてきたら、さっそく調理開始だ。
    「海魚だし、青物以外は刺身でいけるかな」
     新鮮すぎる食材を前に、恢がメニューを思案する。
     まずは例のアジをさばくと、叩いて薬味と合わせれば、まず一品、なめろうの完成だ。
     イカとイワシは、そのまま刺身に決定。
    「こっちのカワハギも……刺身だね。夏は身が締まってて美味しいから、肝醤油でいただこう」
     恢が鮮やかな手並みで料理を仕上げていく横で、圭のクッキングも絶賛進行中。
     拾ってきた貝をどんどん投入し、豪快に大鍋パエリアを作りあげる。海産物をメインにしてガッツリ食べるとなれば、これほど適した料理もあるまい。
    「あさりとかエビとかイカとかいろいろ入れてみたぜ、適当に食ってくれ」
     圭お手製パエリアを振舞われ、みんなもご相伴にあずかる。いただきます!
    「うあ、おいしいっす! しかも、なんすかこの脂の乗り具合……!」
     恢達の料理に、狗噛・吠太(中学生人狼・dn0241)が舌鼓を打つ。大食いというわけではない吠太でさえ、箸が止まらない。料理の腕と食材の相乗効果だろう。
     ガイオウガの思わぬ恩恵、ありがたくいただこうではないか。腹が減っては戦はできぬ、と言うのだから。

    ●沈みし力、イクラ型
     そして、8月23日、未明。
     昼のうちに準備していた各種道具を装備する一同。そして吠太。
     海中で意志疎通を図るためのハンドサインも再確認したら、全員で海に挑む。
     ESP水中呼吸を使う鈴乃と鞠音。周囲の仲間や海洋生物に注意を払いながら進む。
     仲間からのサインを待つ恢が目を凝らすと、先ほどと同じく……と言っても日付上はもう昨日だが……巨大魚類が、突撃してくる。
     もはやその体は凶器の域。こんなものが一般人や漁船にぶつかれば、ひとたまりもあるまい。
     とはいえ、灼滅者の相手ではない。鈴乃や緋頼が、それらを軽くあしらい、追い払う。
    (「あ、あれかな?」)
     やがて、堺・丁(ヒロイックエゴトリップ・d25126)が、見慣れぬ大きな球体を発見した。間違いない、これがガイオウガの力の塊だ。
    (「改めて見ると変なのだね! それにしても攻撃するとイフリートになるって、形といい卵みたいだね……」)
     イクラのよう、という説明は言い得て妙。
     丁が軽く触れてみれば、温かい……というより熱い。これが温泉化現象の元凶なら、さながら温泉の素、と言ったところか。
     丁からの発見サインを確認した圭や吠太が、そちらへと向かう。
     一方、別の塊を複数発見した恢からライトの合図を受け、果乃・奈落(果て無き殺意・d26423)達が駆け付ける。
     塊を持ち上げる奈落。いずれガイオウガ勢力と雌雄を決する事になった時を思えば、ここで少しでも敵の力を削いでおく、という考え方も出来るが、
    (「……まだ手を出す時じゃないか」)
     白焔は塊を抱きかかえると、慎重に運搬していく。行く手を遮る魚影があれば、仲間に一旦塊を任せ、自ら迎撃。
     岩場に隠れるようにして転がっている塊は、圭がESP壁歩きを使って巧みに引き上げていく。
     次第に砂浜には、塊の列ができていく。月の光に照らされる赤い珠……何やら不思議な光景だ。
    (「力のかけらたちも、何かされなければ、無害なのですね」)
     力の性質は、扱う者次第。砂浜に並んだ塊を見つめ、鞠音は、ふとそんな言葉を思い出す。
     武蔵坂学園は現状、人を護るため、助けたい者とも戦っている。その矛盾がダークネスに理解できるだろうか。
     何より現実は、味方以外倒すか支配するかの二択。なら、保護した者だけでも護りたいと思うのは、傲慢かもしれぬ。
     そんな風に思案する緋頼にだけ聞こえるよう、白焔は、ささやいた。
     聞いたほうが楽ならいつでも、と。

    ●灼滅者達の夏は続くよ!
     そして夜が明けた。
     有志護送部隊によって、力の塊は鶴見岳に移送されて行った。
     処理を仲間達に託し、残った生徒達は、臨海学校の続きだ。
     午前中の海辺には、寄り添って歩く丁と奈落の姿があった。
    「海の家……うちも夏限定で海の家をやるとか面白そうだよね!」
     丁が提案する。百円均一ショップ『ニサンザイ』の店長らしい発言だ。
    「確かに面白そうではあるが、多分もう百円ショップって感じじゃなくなるな……。最終的にあの店はどうなる事やら」
     店の未来を想像し、肩をすくめる奈落。百円でサービスを提供する限り、百円ショップを名乗っていてもいい……のだろうか……。
    「まあ、やるとしたら来年なんだけどね! もう夏も後半だし!」
    「流石に今からじゃ準備も何も間に合わんしな。……やるなら、来年の学園祭に便乗してもいいかもな」
     海の家構想が際限なく膨らむうち、2人は波打ち際までたどりつく。
    「あ、そうだ! あそこの突き出ている岩のところまで泳いで、危険そうな生き物を探してみようよ!」
    「別に俺は構わないぞ」
     指差す丁に、奈落は即答。
    「じゃあ、競争だね!」
    「ああ。ところで、俺はそれなりには泳げるが、堺は泳ぎ得意なのか? ……まぁどっちにせよ、負けるつもりは毛頭ないがな」
    「ふふん、私だって負けないよ!」
     頷き合うと、2人同時に、スタート。
     岩に近づくにつれ、遭遇する魚類の数が増えていく。
     塊回収の時も気づいていたが、
    「こいつら、思ったよりも活発になっているな。まぁ言っても元は普通の魚だからな、万が一は無いと思うが……。足が攣ったりしないように気をつけろよ」
     奈落の心配に、丁が笑顔で応える。
    「大丈夫! それより早く駆除しちゃって、もう少し遊ぼうよ! のてちゃんの水着なんて珍しいしね!」
    「まあ、普段はコートだからな……。そうだな、遊ぶのもたまにはいいだろう」
    「よし、決まりっ! 今度はどっちが多く駆除できるか競争だね!」
     言うなり丁が魚に立ち向った。
    「おい待て」
     奈落も後れを取るまいと、標的を探す。ガイオウガの事は気になるが、こんな時くらい、遊びに興じてもいいだろう。
     そして。
     皆の心に思い出を刻みつつ、臨海学校は終わりを告げた。
     帰りの飛行機内では、任務……それとも遊び……の疲労からか、眠りに落ちた生徒も少なくなかったという。
     きっと夢の中では、臨海学校延長戦。海で泳いだり遊んでいたりするのだろう。
     もちろん、仲間と一緒に。

    作者:七尾マサムネ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年8月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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