今年の別府湾は、異常だった。
何せ、白い湯気が立っている。触れてみればわかるが、まるで温泉。温暖化とかいうレベルではない。
そして2つ目の異常は、海洋生物の状態である。
上昇した水温に耐え切れず、プカリと浮いて死屍累々……などという事は、ない。全くない。
むしろぴちぴちしている。やたら激しく飛び跳ねたり、挙句の果てに、巨大化して水中をばく進しているものすらいる。これでは漁師さんも怖くて近寄れない。
だが、その魚祭りに気を取られず、海を観察すれば気づいたであろう。海の底が、赤く輝いている事に。
それは、熱く燃えたぎる力の胎動を感じさせるものだった……。
「皆、待たせたな。今年も臨海学校のお知らせにやってきたぞ」
初雪崎・杏(高校生エクスブレイン・dn0225)によれば、今年臨海学校で赴く先は、大分県、別府湾。
「ここが温泉化しているようでな。海底にガイオウガの力の塊が出現したのが原因らしい」
この異変を解決するため、今年の臨海学校は、別府湾の糸ヶ浜海浜公園で行う事になったという。
「力の塊のイメージは、こういう感じだ」
球体を描いてみせる杏。直径1メートルほどで、炎のように赤いそれは、
「巨大なイクラ、みたいっすね」
狗噛・吠太(中学生人狼・dn0241)が言った。
40度程度の熱を持ち、周囲の温度も同等に引き上げてしまう。それが数百個も海底に沈んでいるというから、さあ大変。
「ただしこれを鶴見岳に持っていけば、ガイオウガに吸収されて消滅するらしい。注意点は、サイキックで攻撃するとイフリート化して、襲い掛かってくる事くらいだな」
力の塊の引き揚げ作業は、深夜に行われる。そのため日中は海水浴などをしつつ、海底の探索などをおこなってもらいたい、と杏は言う。
「ガイオウガの力の影響で、周辺の海洋生物はやたら活発になっていたり、中には巨大化してしまったものもいたりするらしい。灼滅者の脅威ではないが、一般人に被害が出ないとも限らない。駆除しておいてくれると助かるな」
それとな、と杏は、なぜか笑顔になった。
「活性化した海洋生物は、どれも脂が乗って美味しいらしい。キャンプの夕食の食材にはうってつけだろう。ふふ」
というわけで、今回の主な目的は、ガイオウガの力の塊の引き上げだ。あえて干渉しない限り、安全な臨海学校と言えるかもしれない。
臨海学校は、8月22日(火)と8月23日(水)、1泊2日の日程で行われる。
22日の午前中に、羽田空港から大分空港へ向かう。到着したら、別府観光をしてから、キャンプ地である糸ヶ浜海浜公園へ。
ちなみに公園は学園の貸切。宿泊も、ログキャビン、キャンピングカー、テントの中から自由に選ぶことができる。
午後は別府湾で、ガイオウガの力の塊の場所の確認を兼ねて、海水浴。
夕食は、別府湾で捕獲した活性化海洋生物を食材にして、みんなで料理。
夜に花火をした後、深夜には、ガイオウガの力の塊の引き上げを行う。
翌23日未明に、力の塊を鶴見岳へ輸送する。ただしこれは、有志によって行われる。
朝食後、午前中は、別府湾で海水浴。同時に、危険な海洋生物の捜索と駆除も行う。
そして全ての日程を終えて、大分空港から武蔵坂学園に戻るのは、昼頃になるだろう。
「イフリートや他勢力の介入もないから、存分に海を堪能できるな。海の幸も楽しみだ! じゅるり」
「食いしん坊すぎるっす……」
口元をぬぐう杏を見て、吠太が呟いた。聞こえない程度の声で。
参加者 | |
---|---|
色射・緋頼(生者を護る者・d01617) |
瑠璃垣・恢(フューネラル・d03192) |
御神・白焔(死ヲ語ル双ツ月・d03806) |
成瀬・圭(キングオブロックンロール・d04536) |
七六名・鞠音(戦闘妖精・d10504) |
綾町・鈴乃(無垢な純白・d15953) |
堺・丁(ヒロイックエゴトリップ・d25126) |
果乃・奈落(果て無き殺意・d26423) |
●渚の灼滅者たち
8月22日、午後。
大分は別府湾に、灼滅者達の声が飛び交っている。
戦場特有の気合や息遣いではない。学生として、束の間の休息を楽しむ声だ。
「海で4人。初めて……何からはじめましょう」
「こんなのはどう? 」
素敵な水着に着替えた七六名・鞠音(戦闘妖精・d10504)が首を傾げていると、色射・緋頼(生者を護る者・d01617)から、スイカ模様のビーチボールが飛んできた。
受け止めたそれを、鞠音はしげしげと見つめ、
「スイカ……割るのですか?」
「違うよ。これでバレーをしようか」
「いろいろやりたいことはありますけれど、まずはそれで遊びましょう」
綾町・鈴乃(無垢な純白・d15953)が賛成すると、鞠音もこくり、と頷いた。
「それじゃいきますよー!」
鈴乃が両手で上げたトスを、そつなく打ち返す御神・白焔(死ヲ語ル双ツ月・d03806)。足場は砂。それを念頭に置いてボールを追う。
ぽむん、ぽむん。4人の間を飛び交うスイカボール。
時折生じる鋭いボールは、緋頼が優しく受け止め、次へ。
鈴乃も同様に、強い球はレシーブ、それ以外はトス。
それぞれに、ラリーが、4人の時間が長く続くよう、力加減を工夫していたり。
段々楽しくなってきた鞠音は、白焔に向けて、少し強めに打ってみる。
「……蹴鞠みたいです」
「蹴鞠、か。言われてみれば確かに」
納得しつつ、ボールを正面で受ける白焔。折角鍛えているのだ。活用しなくてはもったいない……。
「……ん?」
鞠音はふと気づく。白焔の視線がボールとは別の方に向いている事に。正確に言えば、重力に反逆して揺れるGカップの胸の方に。
それだけでなく、ボールを追う3人の水着姿に、ついつい見惚れてしまっている白焔である。
しかし不意に、ボールが予想外の方向へと跳ねた。すぐさま反応したのは、緋頼だ。
届かない……誰もが落胆しかける中、緋頼は足を延ばして球を弾くと、皆の方へとリカバーした。上がる歓声。
「どんな、難しいのでも拾うからね」
けれど、無理な態勢からのボールは、やはりまた明後日の方へと飛んでいく。
こちらも負けてはいられない。鈴乃が走って追いかけた。
ずざざっ! ダイビングレシーブ!
「やるな」
白焔に褒められ、鈴乃は砂を払って得意げに、
「すずのだって全部拾いますよ!」
そしてラリーは続く。
「……っ」
ボールにボールがぶつかった。いや、片方は、鞠音の胸。おっぱいレシーブで弾かれた球が、鈴乃の方へと綺麗な弧を描く……。
「……って、あの、鞠音さま……」
「……どうしました?」
「いやその、水着が凄い事になってるぞ」
白焔が指摘した。若干、遠慮がちに。
「そのままにしとくと、ちょっと目のやり場に困りそうと言うか」
「い、今、直しますよー!」
慌てた鈴乃に水着を直してもらう鞠音は、まるで着せ替え人形。傍から見ていると、2人は姉妹のようでもある。水着もおそろいだし。
「こういう所で見せないようにね」
優しく諭す緋頼だけれど、乱れた胸元はしっかり目に焼き付け済みだったりする。
そんなこんなでひとしきり遊んだら、一旦休憩だ。
「ふう……おっと」
白焔が水分補給していると、緋頼が後ろから抱き付いた。
「みんなもだけど、水着似合うなぁ」
「緋頼こそな」
負けじと、キスを返す白焔。
2人の間に生じた恋人空間を、にこにこと見守る鈴乃。しかし、
「きゃっ!?」
「見ているだけでいいの?」
緋頼から抱き締められ、鈴乃が可愛い悲鳴を上げる。
「もう緋頼さまったら」
キスをくすぐったく感じつつ、楽し気に応じる鈴乃。
それを眺めていた鞠音のことだって、他の3人が放っておくはずがない。途端に始まるスキンシップ祭り。その仲睦まじさは、周囲がうらやむほど。
しばらくじゃれあいを楽しんだ後……鞠音の髪を撫でながら、鈴乃が尋ねる。
「鞠音さま、楽しいですか?」
「……臨海学校。こんなもの、なのですね」
目を閉じて頷く鞠音。
「……きっと、楽しいのだと思います。眠気、来るくらい、ですので」
またこうしてみんなで海に来られれば。
その思いは、4人共通。
●食材は現地調達で!
「ったく、潤いがないぜ……」
成瀬・圭(キングオブロックンロール・d04536)のぼやきが、浜辺に響く。
それを聞かされる瑠璃垣・恢(フューネラル・d03192)は、少しばかり呆れ気味で。
「成瀬、それ、昼からずっと言ってるな……」
昼間のビーチバレーや他の生徒達の様子が、圭はよほど羨ましかったらしい。
「だってよ……クソ、ウルスラ誘えば良かった……連れが野郎の腐れ縁だけとか、潤いがねえよ、なさすぎるぜ」
「俺もそれには同意するけどね。莉奈を連れてくればよかったとは思う。……ま、これが夏最後ってわけでもないし、また機会を作ればいいさ」
塊サルベージ用装備の確認をしつつ、なだめる恢。
まあ、野郎同士で不毛な会話を続けていても仕方ない。2人はどちらからともなく銛を手に取ると、海に飛び込んだ。目的は、夕飯の食材の調達だ。
2人の肌を、海水とは思えぬ温かさが包む。これが温暖化ならぬ温泉化現象か。
そこを泳ぐ生き物も、ただものではない。魚にエビやイカ……ガイオウガの力の塊の影響を受け、活性化した海洋生物達が跋扈していた。活発になって行動範囲が広がったためか、様々な魚類が見受けられる。
圭は、そのうちの1匹に狙いを定めると、銛を繰り出した。
ドン。
「ほら見ろ一本釣りィ。え、釣りじゃねえ? 細かいコト言うなよ」
「いや何も言ってないし」
海上に顔を出した圭が、恢に得意げに獲物を披露する。
しかし、恢とて負けてはいない。
「瑠璃垣、何それ」
「アジ」
「そんなでかいアジがいるわけ……いるな」
めっちゃいた。
続いて巨大化したタコが、2人の横をぬるりと通り過ぎて行く。
魚獲りというよりもはや水中戦状態になりつつも、首尾よく海洋生物を捕まえてきたら、さっそく調理開始だ。
「海魚だし、青物以外は刺身でいけるかな」
新鮮すぎる食材を前に、恢がメニューを思案する。
まずは例のアジをさばくと、叩いて薬味と合わせれば、まず一品、なめろうの完成だ。
イカとイワシは、そのまま刺身に決定。
「こっちのカワハギも……刺身だね。夏は身が締まってて美味しいから、肝醤油でいただこう」
恢が鮮やかな手並みで料理を仕上げていく横で、圭のクッキングも絶賛進行中。
拾ってきた貝をどんどん投入し、豪快に大鍋パエリアを作りあげる。海産物をメインにしてガッツリ食べるとなれば、これほど適した料理もあるまい。
「あさりとかエビとかイカとかいろいろ入れてみたぜ、適当に食ってくれ」
圭お手製パエリアを振舞われ、みんなもご相伴にあずかる。いただきます!
「うあ、おいしいっす! しかも、なんすかこの脂の乗り具合……!」
恢達の料理に、狗噛・吠太(中学生人狼・dn0241)が舌鼓を打つ。大食いというわけではない吠太でさえ、箸が止まらない。料理の腕と食材の相乗効果だろう。
ガイオウガの思わぬ恩恵、ありがたくいただこうではないか。腹が減っては戦はできぬ、と言うのだから。
●沈みし力、イクラ型
そして、8月23日、未明。
昼のうちに準備していた各種道具を装備する一同。そして吠太。
海中で意志疎通を図るためのハンドサインも再確認したら、全員で海に挑む。
ESP水中呼吸を使う鈴乃と鞠音。周囲の仲間や海洋生物に注意を払いながら進む。
仲間からのサインを待つ恢が目を凝らすと、先ほどと同じく……と言っても日付上はもう昨日だが……巨大魚類が、突撃してくる。
もはやその体は凶器の域。こんなものが一般人や漁船にぶつかれば、ひとたまりもあるまい。
とはいえ、灼滅者の相手ではない。鈴乃や緋頼が、それらを軽くあしらい、追い払う。
(「あ、あれかな?」)
やがて、堺・丁(ヒロイックエゴトリップ・d25126)が、見慣れぬ大きな球体を発見した。間違いない、これがガイオウガの力の塊だ。
(「改めて見ると変なのだね! それにしても攻撃するとイフリートになるって、形といい卵みたいだね……」)
イクラのよう、という説明は言い得て妙。
丁が軽く触れてみれば、温かい……というより熱い。これが温泉化現象の元凶なら、さながら温泉の素、と言ったところか。
丁からの発見サインを確認した圭や吠太が、そちらへと向かう。
一方、別の塊を複数発見した恢からライトの合図を受け、果乃・奈落(果て無き殺意・d26423)達が駆け付ける。
塊を持ち上げる奈落。いずれガイオウガ勢力と雌雄を決する事になった時を思えば、ここで少しでも敵の力を削いでおく、という考え方も出来るが、
(「……まだ手を出す時じゃないか」)
白焔は塊を抱きかかえると、慎重に運搬していく。行く手を遮る魚影があれば、仲間に一旦塊を任せ、自ら迎撃。
岩場に隠れるようにして転がっている塊は、圭がESP壁歩きを使って巧みに引き上げていく。
次第に砂浜には、塊の列ができていく。月の光に照らされる赤い珠……何やら不思議な光景だ。
(「力のかけらたちも、何かされなければ、無害なのですね」)
力の性質は、扱う者次第。砂浜に並んだ塊を見つめ、鞠音は、ふとそんな言葉を思い出す。
武蔵坂学園は現状、人を護るため、助けたい者とも戦っている。その矛盾がダークネスに理解できるだろうか。
何より現実は、味方以外倒すか支配するかの二択。なら、保護した者だけでも護りたいと思うのは、傲慢かもしれぬ。
そんな風に思案する緋頼にだけ聞こえるよう、白焔は、ささやいた。
聞いたほうが楽ならいつでも、と。
●灼滅者達の夏は続くよ!
そして夜が明けた。
有志護送部隊によって、力の塊は鶴見岳に移送されて行った。
処理を仲間達に託し、残った生徒達は、臨海学校の続きだ。
午前中の海辺には、寄り添って歩く丁と奈落の姿があった。
「海の家……うちも夏限定で海の家をやるとか面白そうだよね!」
丁が提案する。百円均一ショップ『ニサンザイ』の店長らしい発言だ。
「確かに面白そうではあるが、多分もう百円ショップって感じじゃなくなるな……。最終的にあの店はどうなる事やら」
店の未来を想像し、肩をすくめる奈落。百円でサービスを提供する限り、百円ショップを名乗っていてもいい……のだろうか……。
「まあ、やるとしたら来年なんだけどね! もう夏も後半だし!」
「流石に今からじゃ準備も何も間に合わんしな。……やるなら、来年の学園祭に便乗してもいいかもな」
海の家構想が際限なく膨らむうち、2人は波打ち際までたどりつく。
「あ、そうだ! あそこの突き出ている岩のところまで泳いで、危険そうな生き物を探してみようよ!」
「別に俺は構わないぞ」
指差す丁に、奈落は即答。
「じゃあ、競争だね!」
「ああ。ところで、俺はそれなりには泳げるが、堺は泳ぎ得意なのか? ……まぁどっちにせよ、負けるつもりは毛頭ないがな」
「ふふん、私だって負けないよ!」
頷き合うと、2人同時に、スタート。
岩に近づくにつれ、遭遇する魚類の数が増えていく。
塊回収の時も気づいていたが、
「こいつら、思ったよりも活発になっているな。まぁ言っても元は普通の魚だからな、万が一は無いと思うが……。足が攣ったりしないように気をつけろよ」
奈落の心配に、丁が笑顔で応える。
「大丈夫! それより早く駆除しちゃって、もう少し遊ぼうよ! のてちゃんの水着なんて珍しいしね!」
「まあ、普段はコートだからな……。そうだな、遊ぶのもたまにはいいだろう」
「よし、決まりっ! 今度はどっちが多く駆除できるか競争だね!」
言うなり丁が魚に立ち向った。
「おい待て」
奈落も後れを取るまいと、標的を探す。ガイオウガの事は気になるが、こんな時くらい、遊びに興じてもいいだろう。
そして。
皆の心に思い出を刻みつつ、臨海学校は終わりを告げた。
帰りの飛行機内では、任務……それとも遊び……の疲労からか、眠りに落ちた生徒も少なくなかったという。
きっと夢の中では、臨海学校延長戦。海で泳いだり遊んでいたりするのだろう。
もちろん、仲間と一緒に。
作者:七尾マサムネ |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2016年8月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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