臨海学校2016~あたたかな陽

    作者:菖蒲

     ぽこり、と気泡が見える。生命の存在を表す様に――息を繰り返す。
     指先を浸せば暖かに、原初の母の肚に浮かぶ様な心地よさを感じさせた。
     それは『温泉』と呼ぶにふさわしい。夏色の空に、雲、そして海。お誂え向きな季節には余りに不似合いな湯加減は風呂だと言われれば成程と納得する程だ。
     昏い翳を移した水面にはあんぐりと口を開けた魚が楽しげに泳ぎ回っている。
    「なんだありゃァ」
     漁へ出る事も出来ない海人達は只、只、愕然とした。
     指先に伝わる温度は温かく、海と呼ぶには余りにも不似合いだ。泳ぎ回る魚だって今までとは『モノ』が違っている――船上から覗きこんだ海底には赤く揺らめく光があった。
     

     ガイオウガ――不破・真鶴(高校生エクスブレイン・dn0213)がそう言ったのは臨海学校のしおりを手にしてのことだった。
    「大分のね別府と言えば、温泉だとおもうの。おもうのだけど……んん、別府湾は普通の海よね」
     こてりと首を傾げ、些か意味の通じない言葉を発する真鶴は金の瞳に疑問符をいくつも浮かべる。臨海学校は様々な作戦の調査を兼ねることも有る――今回は、『大分県別府湾』へ向かうということなのだが……。
    「別府の海がね、温泉見たいに煮えてて、ぐつぐつなの。
     それが、えっと……ガイオウガの力の塊が糸ヶ浜海浜公園付近に現れたからみたいなのね」
     あたたかな海。太陽ではなく大地による熱を帯びた海は風呂の様で。
     ガイオウガの力は海底で赤く光を帯びているそうだ――無論、今まで灼滅者が対応にあたっていた鶴見岳のガイオウガも関係がある。
    「ガイオウガの力でね、海のおさかな達が活性化したり暴れたりしてるみたいなの。みんななら大丈夫だけど、一般の人が危ない目にあうかもしれないのよ」
     だから、対策をして欲しい――真鶴曰く、ガイオウガの力を帯びた海洋生物たちは脂が乗っていて美味しいという予知も出ているのだそうだ。
    「と、兎に角ね、深夜の内に力を運び出して、鶴見岳に運び込みたいの。
     鶴見岳に無事に運べれば、力がガイオウガに吸収されて消滅するから一段落なの。
     でも、サイキックで攻撃したり、陽が高い時間に行動に移すとイフリート化して襲い掛かってくるかもなの!」
     ガイオウガの力の塊に無理な攻撃や昼間の行動を行わない限りは戦闘も必要ない。
     深夜の海は美しい――深海の赤色に触れ、深夜の内に引き上げた力を鶴見岳に有志の力によって輸送する事が、今回の臨海学校での真鶴からのお願いだ。
    「あ、でもね、あのね、お昼の間はキャンプをめいっぱい楽しめるの!
     飯盒炊爨でね、ガイオウガパワーで大きくなっちゃったおさかなを食べれるのよ。それから、花火だって良いと思うの」
     瞳を輝かせる真鶴はお土産を期待すると言った雰囲気で灼滅者達へと笑い掛ける。
     別府湾での海水浴で、危険な海産物の駆除を行うことだって十分に遊びと仕事の両立といった雰囲気ではないだろうか。
     事件を円満解決、そして学生時代を精一杯に謳歌するのも大切だ。
     ガイオウガの力の塊を引き上げるのには気をつけて動いて欲しいと真鶴はつけ加える。
    「ガイオウガの戦力を減らす為に、イフリート化させるのも手だとは思うのだけど……んん、どうするのかはみんなにまかせるのよ」
     それよりも、海がこんなにも綺麗なのだから――楽しみましょう?


    参加者
    望月・心桜(桜舞・d02434)
    丹生・蓮二(エングロウスドエッジ・d03879)
    森村・侑二郎(一人静・d08981)
    柴・観月(星惑い・d12748)
    木元・明莉(楽天日和・d14267)
    鈴木・昭子(金平糖花・d17176)
    八千草・保(華輝夏空及びゆーの嫁・d26173)
    杜乃丘・ひより(彩逢の祷・d32221)

    ■リプレイ


     ぽこりと立ち昇る気泡に指を伸ばし、振り仰いだ望月・心桜(桜舞・d02434)は地上と変わらぬ様子でゆっくりと歩み出す。
     口をぱくりと動かして「明莉さん」と愛しい人を呼ぶ彼女の髪色は、鮮やかな青と混ざり合い幻想的にも見せた。まるで、それは見たばかりの花火の光りの様に、夜空と溶け合ってゆく。
     木元・明莉(楽天日和・d14267)が差し伸べた手を取って、心桜は顔を上げた。
     脈動とぬくもりを感じるその場所は深海にしては――やけに暑い。

     時間は遡り、羽田から大分へと向かう事となった武蔵坂学園の生徒たちは期待に胸を高鳴らす。
     座席は程近い位置に。菓子を食べながら臨海学校のキャンプ地たる『糸ヶ浜海浜公園』へと向かった一行は早速、スケジュールに沿って行動し『夕食』の食材確保へととりかかるのだった。
    「ラブコメで、突然起こるサバイバルってこういう事を言うのかな」
     表情は僅かにも動かずに、しかし某マンション3階で仲間たちと過ごす雰囲気と何ら変わりはない様子で柴・観月(星惑い・d12748)は友人『兼』漫画アシスタント達へと視線を向けた。
    「少女漫画ではあまり売れそうにないわね。雑誌の毛色が違う気がするわ」
     海辺に流れついていた木箱に腰掛け、首筋の汗を拭う杜乃丘・ひより(彩逢の祷・d32221)は日傘を手に心配そうに見下ろす京子に小さく礼を返す。旧知の仲である彼女には幾許か素直な様子は見せられるのだろうか――その表情は観月や海島・汐(潮騒・dn0214)からは伺えないが、楽しげな京子の様子に何処か安堵している様には見えた。
    「海よ。後で、仕事があるから入りましょうね」
     泳ぐことや海が好き。そんな特別な友人に柔らかに声を掛けたひよりは即席で作られた釣竿を森村・侑二郎(一人静・d08981)へと差し出した。
    「ひよりさん、釣りは?」
    「経験がないわ。こういうことは適材適所よ」
     燦々と降り注ぐ日差しの中で侑二郎は成程と頷き、ゆらゆらと揺れる竿に合わせて尻尾を揺らすわさびに「わさびさん」と手を差し伸べる。
     ぺち、と『拒絶』を告げられてもめげることはない。何処か眠たげな彼は成りを潜めわさびさんと愛を汲み交す機会を探して居た……。
    「臨海学校といえば、遊ぶ機会! 大分の名物食べれる訳じゃないの?」
    「色んな意味で名物だし、色んな意味で遊ぶ機会だと思うぞ。――……魚」
     夏を満喫すると意気込む丹生・蓮二(エングロウスドエッジ・d03879)は蒼褪める程に透き通る海に視線を向けてから笑みを零す。好きだと胸を張って言える友人たちの輪に混ざる様に網を手にした蓮二の指先が冷たい水面へと触れた。
     勿体付けて呟く汐に観月は「あれ、名物って言えるの?」とガイオウガの影響を受けて巨大化した魚を指差す。
    「……あれは、ちょっと……」
     どうしたものだろうかと巨大魚を見詰める八千草・保(華輝夏空及びゆーの嫁・d26173)の傍らで、獣の耳をぴこりと揺らした茅ヶ崎・悠(誇り高き白狼及び保の旦那・d28799)がシックな雰囲気の水着姿で意気込み海へと飛び込んでゆく。
    「……飛び込んだ方がいい、でしょうか」
     ちりんと鈴鳴らし首を傾いだ鈴木・昭子(金平糖花・d17176)に、夕飯作成の場所を用意していた明莉が大きく首を振った。
    「せ、折角が釣り竿があるんじゃし、釣り経験っていうのもわらわ、いいと思う!」
     明莉の言葉を代弁する心桜に促され、運動は苦手だが釣りならばと昭子はゆっくりと腰掛けた。
     漣の音が耳に優しく。漁師一家出身なら釣りの知識も有るだろうかと「ご教授願います」と汐へとぺこりと頭を下げた昭子に、頼られたならば悪い気がしないと汐は楽しげに笑みを零す。
     狙うはアジやマダイ、カニやエビ。『普通』の獲物目当ての彼女の隣で、蓮二が吊りあげたのは巨大に育った魚だった。
    「――!」
    「おおきい……」
     ぽつりと呟く昭子の隣に腰掛けたひよりは「日焼け止め塗ってる?」と気遣う様に声を掛ける。
     背後で、思い切り楽しむと『水着女子』をカメラに納めるべく立ち回る観月を振り仰ぐひよりの表情は些か冷たさを感じさせる。
    「柴、遊んでないで。原稿の締め切りが近いの忘れないでね?」
     少女漫画家・優月ハル先生は風変わりな『ラブコメ』にありがちな臨海学校の資料だと頷きながら、資料用のカメラをぎゅ、と握りしめた。
    「原稿のことなんか、そろそろ忘れない?」


     皆で折角食べるのだから、『おいしい』獲物を手に入れたい。
     保に手招かれ、悠は海をすいすいと泳ぎ続ける。長い髪が水面へと広がり、顔半分を海から出した格好となった彼女はぶくぶくと息を吐く。
    「……くっ、魚風情が!」
     悠の手にかかれば魚は周囲一帯から殲滅すると意気込んだ結果――空振り。
     拗ねる様に息を吐きだす恋人に保は「ゆーさん……」と悲しげに眉を寄せる。巨大な魚に苦戦を強いられることなった悠は浜辺で釣りをする汐へと「網を!」と指示を投げかけた。
    「作戦変更じゃ。背に腹は代えられぬと言うしの」
     大きく息を吸い込む悠の背中を追い掛けて保もぐんぐんと潜る。
     これは連携作戦だ。海の中の巨大に育った魚(おいしそう)を岸に追い込み、待ち構える悠が『死の制裁(らんかく)』するという可憐な連携だ。
    (「愚かな魚達に死の制裁を与えるじゃとも! さあ、保――ゆーの許へと魚を誘うのじゃ!」)
     遠巻きに、そっちに行ったと手を振る保。今だと、悠が器用にぐん、と進み寄る。
     保と悠の間に泳ぐ魚は驚いた様にすい、と。その体を逸らし――――
    「おーい?」
     浜から二人を呼ぶ声がする。現実逃避をしたその表情を感じとりながら保が「がぼり」と息を吐きだせば悠は「う、うむ……」と呟いた。
    「魚獲れたか?」
    「な、何事も経験じゃとも……いや、うむ」
     網を手にしたまま茫然とする悠。作戦が失敗したのだろうかと陸上でしゃがみこんで悠と会話しようとした汐の前に、不自然な『網』があった。
    「……あのさ、悠。それ」
    「うむ? そう、いや、仕方なかろうて」
     網の中から顔を出したのは保。現実逃避をする悠の網から懸命に出て来た彼は何処か楽しげに「お魚やなぁ」と笑う。
    「ボクがお魚になってしまったなぁ」
    「そうじゃな。でも、3度目の正直じゃ! 今度こそ魚達に死の制裁を―――」

     火種はお任せ下さいと頷く侑二郎は炭の前へとしゃがみ込み、懸命に火を起こす。
     彼の身に流れる『血液』の様に燃え上がらせるのは至難の業だ。いっそ、怪我をして火をくべてもいいだろうかと考えてしまうほどに――――
    「ほら、もっと火を起こしなよ」
     仕事を押し付けてくる優月ハル先生の脛をげしりと蹴り飛ばし、隣で眠たげに欠伸を漏らすわさびへと笑みを零す。
     自身が拾い集めた貝を洗う女子陣営と、具材を机へと移動させる明莉は相変わらずな観月に苦笑を漏らした。
    「飯食わなきゃ始まらないし、遊んでる場合じゃないよな」
     ほら、とでかい網に魚を敷き詰めて心を躍らせる蓮二に、火を付ける大役を果たした侑二郎がふらりと後退してゆく。
    「お刺し身もありますよ。わさびさんと侑二郎くん、半分こしますか」
     先程釣り上げた魚達を調理する昭子の声にわさびが大きく尻尾を揺らす。
     折角の飯盒炊爨なのだ。美味しく食べないという選択肢はない。夕食に瞳を輝かせる保は「ゆーさん、これは何ていうお魚やろう……?」と恋人を手招いた。
    「それはじゃな! えーと……」
     捕獲した悠も解らない。それほどまでに『ガイオウガ』の力を受けて巨大化した魚は妙な形になっていたのだから。
     料理と言えば杜乃丘の支配人達が行う。計量スプーンを持ってこればよかったと「京子、これでいいかしら」とひよりは確かめる。BBQ経験はあれどもBBQ準備経験が彼女には浅い。
    「これでいいのかしら? 昭子、あってる?」
    「はい。それで大丈夫です。……真鶴ちゃんのおみやげにできるほど、げっと、できましたでしょうか」
     首傾ぐ昭子へと侑二郎は「わさびさんが食べ切らなければ大丈夫ですよ」と返すが、わさびさんのテンションがここでは一番だ。
    「……わさびさん凄くない?」
    「はい。わさびさんもお魚に待ち草臥れてたみたいで」
     ふすーと息を吐くわさびさんを見詰めながら、『器用だから面白味もなく炊ける白米』という何にも漫画のネタにならないそれを見詰めた観月は「お焦げ……」と呟いた。
    「料理は美味しく食べよう!」
     蓮二の強い意志が凄まじい。良い加減でもできるからこそBBQは最高だ。
     焼き続ける鉄板番長に従って食べる海産物は、苦労もあってか何時もよりも格段に美味しく感じられた。
    「ガイオウガ拾ってきて、明日は海水浴出来るかな。危険生物って俺にも危険? そうでもない?」
    「危うく食べられるかもしれませんよ」
     海、夏、水着、はしゃぐ蓮二に侑二郎がダウナーに返す。折角の海なのだから海水浴できゃっきゃウフフと楽しみたい。
    「凄く楽しんでるわよね」
    「勿論! だって俺は肉食だから」
     銛でぐさぐさするの楽しそうだと海に向かって両の手を開いた彼の髪は、移ろう陽の色にも似ていた。
     夕方の海、夕陽が美しい。この景色をみんなで見れたなら―――「原稿」と呟く昭子へと全員の表情が固まった。


    「花火はデバガメなんてしない。しないしない」
     蓮二の言葉に心桜の頬が赤くなる。恋人たちの一大イベントだと学園側から用意された花火の時間に、蓮二が『大人しくする』訳もない。
     口元に笑みを浮かべ、柴くんちメンツを振り仰いだ蓮二にひよりは「駄目よ」とさらりと返した。
    「デバガメじゃないわ。資料集めに決まってるじゃない。でも、花火回はもう描いたわよね」
    「お祭りと花火をセットにして8月号に載ったよ」
     清く正しい少女漫画家ハル先生。その険しい『原稿』も、ネタを作りだすのに一苦労だ。
     折角の学校行事でも取材旅行と為るのは職業病なのだろうか。日夜、締め切りと戦っていると浜に敷いたレジャーシートに腰掛けた昭子は小さく息をつく。
    「俺も記念に写真とってもいいですか? ……この隙あらば取材と言う姿勢、だいぶ染み付いてきましたね……」
    「海のハプニングっていうのも結構いいよね。題材としては。
     巨大イカとか、巨大タコとか……ヒロインが――いや、それじゃ少年漫画かな」
     侑二郎の写真撮影が続く中、暗い海へと走ってゆく京子と、それを追い掛けて歩むひよりの背中を見詰めた観月が呟く。
     締め切りや仕事を押し付けてくる漫画化先生の隣でも、気だるげな侑二郎は「取材して下さいよ」と自分たちだけ頑張る事を厭う様に首を振った。
    「デバガメは許します♪ 俺と心桜のデートが漫画になるなら結構それはそれで……」
     へらりと笑った明莉に心桜がくびをふるふると振る。恥ずかしいと手を握り、慌てて人気のない方へとダッシュする二人の様子に、アシスタントメンバーは「こういうのいい」と呟くだけだった……。

    「明莉さん、もっと向こう行こうー」
     花火を手にして海岸の端まで。ゆっくりと岩場に腰掛けた二人の前で爆ぜる花火が鮮やかだ。
     線香花火をしようと、二人だけで秘密の花火の時間を共有する心桜に明莉は「線香花火ってさ」と呟いた。
    「ちょっと傾けて持つ方が綺麗に瞬いて長持ちするんだって」
     瞬く心桜に明莉はほら、と実践して見せる。やや傾いた焔がパチリと大きく爆ぜて眼にも美しい。
     人とのつながりもそんなものかも、と呟く明莉に心桜はふるりと首を振った。
    「……わらわは、まっすぐ見据えたいな」
     真直ぐ見据えるよりも、少し瞼を伏せ見る方が相手が良く見えるかもしれない。明莉の言葉に首を振る心桜は傷ついても分かり合える筈なのだと呟いた。
    「……好きだから、誰よりも傍で確り見て居たいけどね」
    「目を伏せたら、わらわのこと、見えなくなるかも」
     冗句めかす心桜の指先をとった明莉の前で花火がぽとりと落ちてゆく。
     すすき花火を手にした明莉の脳裏に過ぎったのは鶴見ヶ岳へと消えた『金狐』――嬉々(きき)。
    「似てる……」
     イフリートのその姿に。美しい毛並みを持った、気高い女性のイフリートは何処までも清廉された空気を纏っていた。
    「……綺麗だったんだよ。また、会えると良いな」
     その毛並みも、その姿も、全て忘れずに、全て覚えているから――「会えるよ」と心桜はゆっくりと彼の身体を抱き締める。
     小さな彼女では明莉全てを覆う事はできないけれど、背中を摩った手は何処までも優しい。
    「……明莉さんのこと、覚えてるよ。じゃから、その、泣かんでおくれ、明莉さん」
     ――泣いてないよ、と笑った振りの彼の腕が微かに震えていた気がして心桜は目を伏せた。
     潮騒が寂しさまでも攫ってくれればいいのにと願いながら、温かな水面は仄かに赤く輝いていた。

     水中でも使用できるヘッドライトを付けて、赤く輝くいのちへと近寄る蓮二はきょろりと周囲を見回す。
     酸素がなくとも息が出来るというのは便利なものだ。泳ぎが苦手だという心桜も水中での呼吸を身につけ、網を手にしている。
    「ガイ塊、こんなんなんじゃなあ……」
     そっと触れた彼女の掌に伝わる温もりは命のものだと実感させる。最近の情勢変化から、こうして命を感じられるのは何処か胸が辛くなった。
    (「明莉さんは大丈夫じゃろうか……」)
     塊をそっと抱き締めて。心桜は懸命に海上を目指す。
     母なる命で全て許してくれますようにと込めた願いは都合がいいと笑われてしまうだろうか。
     周囲を泳ぐ魚へと指先で触れ蓮二は『ひみつ』を口にする。夜の海は深く、怖い――それでも、こうして普通にしていられるんだと大好きな魚へと打ち明ければ、魚たちは嬉しそうに尾鰭をひらりと揺らした。
    「お疲れ様」
     海面から照らす観月の脛を執拗に狙う侑二郎は「働いてないですよね」と観月へと一瞥返す。
     怪力無双を所有しているから、とガイオウガの塊を拾っておいでと海へと落とされた侑二郎が「その人、働いてない!」と指を差す。
    「指示してるじゃないか」
    「指示してるだけね」
     さらりと返したひよりは、海上の珈琲と焼きりんごに僅かに笑みを零す。食後のデザートを楽しんだら仕事なのだと意気込む灼滅者も大忙しだ。
     夜の海の水が冷たくないのは不思議だと、海中から見上げた空は、何処か輝いて見えた。
    「ほら、男子、しっかり潜って引き上げなさい」
     指示をする彼女の声に昭子が猫の様に目を細める。得意じゃないけれどと水中呼吸で溺れない彼女は保つと協力し、懸命にガイオウガの塊を運び上げていく。
    「良い結果に結び付けばええなあ……」
    「そうだね。良い結果に……」
     網に纏めながらも、明莉は小さく呟く。深い海の中でも回収した彼は海水風呂のようだったと呟いて、周囲を見回した。
     嬉々の姿が、まだ見ぬガイオウガが、どうしても力の塊を目にすると浮かんできてしまう。
    「……ごめん」
     これから、どうなるか分からない――けれど、送り出したイフリート達の想いが伝わって、『最善』の結果につながればと彼はゆっくりと目を伏せた。


     玉城・曜灯(紅風纏う子花・d29034)の呼ぶ声に誘われて、草那岐・勇介(舞台風・d02601)は青い海へと近寄っていく。
     仕事は終了。それならば、全力で楽しもうと曜灯は楽しげに勇介を手招いた。
    「わ、まだ海水が温かいね」
     ゆっくりと指先を水面へと近づける勇介がくるりと振り返れば、若緑のレモンビキニを身に纏った彼女が笑みを浮かべている。思わず赤くなる頬に首を振るりと振った勇介は「よーひ、お土産の確保をしようか!」と取り繕った。
    「お土産なら、ちょっと深い所が良いんじゃないかしら?」
     深くまで泳いで、大きな獲物を捕りに行こうと銛を手にする勇介と共に曜灯は沖を目指す。
     ぷかりと浮いた目印に向かって泳ぎながら、銛で巨大な魚を手にするぞと勇介は意気込んだ。
    (「――――!」)
     ぼこりと水泡が立ち昇る。『重い』とぱくぱくと口を動かす勇介は銛の穂先で抵抗を見せる魚をこれでもかという程に懸命に捕まえる。
     水中で横にくるりと回転し、踵を勢いよく落とす曜灯の助けを受けて、無事に二人でゲットした獲物。
    「やったわね、これ、どう料理しようかな?」
    「煮つけでも焼いても、どっちでも楽しみ!」

     そろそろ帰宅の時間だ。臨海学校の様子を出来得る限りカメラに収めた観月は楽しかったと大きく頷いた。
     水着姿の昭子とひよりにピースを求めた観月のカメラにはあまり男性陣の写真はないのだろうかと考えられていたが――駆除をする蓮二くん、とデジタルカメラを弄れば素晴らしい構図で収まっている。勿論、網にかかった保や意気込む悠、わさびさんに振られる侑二郎もしっかり撮影済みだ。
    「真鶴ちゃんにも見せてあげなきゃ」
    「そうですね。海の幸、たくさん。真鶴ちゃんやお留守番の皆にお土産を持って帰れたらいいです、ね」
     荷物を手にした昭子はちりりと鈴を鳴らして瞬く。お土産を待っているというエクスブレインも満足な出来だろうかと写真を見返す観月に蓮二は「かっこよく撮ってくれた?」とからりと笑った。
    「楽しいことや嬉しい事、美味しいもの。たくさんおすそ分けしたいと思うのです」
    「そうね。……まあ、適当に何か探しましょうよ」
     家に帰るまでが旅だから。あと少しは『臨海学校気分』を味わっていて――今日はまだ終わらない。

    作者:菖蒲 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年8月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 5
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