臨海学校2016~海と温泉が一緒にやってきた

    作者:泰月

    ●歓喜の魚介類
     ざっぱーんっ!
     仄かに湯気が漂う海面から、大きな影が飛び出した。
     イルカ――のような見事なジャンプだが、イルカではない。イルカに鱗はない。
     ざっぱーんっ!
     続けて飛び出してきたのは、木の葉のような平べったい魚――カレイだ。
     ざっぱーんっ!
     さらに飛び出してきたのは、巨大なイカ。
     ダイオウイカと見まごうサイズだが、漁師のような見る人が見ればそれがアオリイカである事が判っただろう。
     まあ、どういう訳か巨大化して元気になったお魚達は、それはそれは気持ち良さそうにはしゃいだ様子で暖かな海を泳ぎ回っていたのだった。

    ●但し戦いはない
    「今年の臨海学校も、事件付きになったわ」
     うん、判ってた。
     そんな教室の空気に一年前も覚えたような既視感を感じつつ、夏月・柊子(高校生エクスブレイン・dn0090)は話を続ける。
    「別府の海が、ちょっとした温泉状態になっててね」
     水温ざっと40度前後。
     熱過ぎない程良い湯加減の温泉を想像しておけば、大体そんな感じだろう。
     海がそんな事になっているのは、海の中に熱源――ガイオウガの力の塊があるからだ。
    「ガイオウガの力の塊は、直径1mくらいのイクラのような球体よ」
     それ自体が40度くらいの熱を持っていて周囲も温めてしまう。
     そんなものが、ざっと数百個、海底に転がってたり漂ってたりする。
    「そこで、別府湾の糸ヶ浜海浜公園で臨海学校を行い、ついでにガイオウガの力の塊を海底から回収する事になったわ」
     回収した塊は、鶴見岳に運び込めばガイオウガに吸収されて消滅する。
    「さっきイクラのようなって言ったけど、この塊、うっかり攻撃するとイフリート化する危険性があるわ」
     同じく、日光に当ててもイフリート化の危険性があるらしい。
     つまり、回収作業は深夜になる。
    「というわけで、今年の臨海学校も1泊2日よ。細かいスケジュールはしおりを見て貰うとして、基本的に日中は割りと自由よ」
     そう言って、柊子はプリントを配って回る。
    「この生命力の強い海洋生物と、危険そうな海洋生物って?」
     それを見た上泉・摩利矢(大学生神薙使い・dn0161)が、首を傾げた。
    「あ、それまだ言ってなかったわね。現地では魚とかイカとか海洋生物が、活性化しちゃってるのよ」
     中には巨大化してる個体もいるらしい。別に眷属化はしていないので、灼滅者にとってはでかいだけだが、一般人にはそうはいかない。
     「しかも、脂が乗ってて美味しくなっているらしいわよ」
     柊子のその言葉に、摩利矢の喉がゴクリと鳴った。
    「事件付きとは言っても、今回はこちらから攻撃しなければ戦闘の危険はないわ。海水温上昇を解決しつつ、臨海学校、楽しんできてね」


    参加者
    無堂・理央(鉄砕拳姫・d01858)
    小碓・八雲(鏖殺の凶鳥・d01991)
    結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781)
    森沢・心太(二代目天魁星・d10363)
    ヴァーリ・マニャーキン(本人は崇田愛莉と自称・d27995)
    若桜・和弥(山桜花・d31076)
    ヘイズ・レイヴァース(緋緋色金の小さき竜・d33384)
    田中・ミーナ(高校生人狼・d36715)

    ■リプレイ

    ●8月22日――到着
    「ここが糸ヶ浜海浜公園ですか。楽しみです」
     仄かに湯気を漂わせる海を見渡した田中・ミーナ(高校生人狼・d36715)が、一番に海へ駆け出していく。
     その後に続いて、数人の灼滅者達が、湯気の立つ海へと入っていった。
     まるで温泉の様に暖かと言う、異常以外の何ものでもない海を一望できる糸ヶ浜海浜公園を訪れた、武蔵坂学園の灼滅者達。
     しばらく泳ぎ回り、時に素潜りして――日が傾き始めた頃に浜に上がってきた。
     単に海水浴をしていた訳ではないのだが、まあ、それは後の話だ。
    「さて。そろそろ海で狩りに行きましょうか」
     しっかりと浮き輪を抱えた結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781)は、今しがた上がったばかりの海に向き直ってそう宣言する。
    「無堂さんも、一狩り行きません?」
    「いや、僕はこっちで夕食の下拵えをしておくよ」
     森沢・心太(二代目天魁星・d10363)の誘いに、無堂・理央(鉄砕拳姫・d01858)は頭を振ってバーベキューの準備に掛かり始める。
     その近くでは、ヘイズ・レイヴァース(緋緋色金の小さき竜・d33384)が即席のかまどをせっせと組み上げている。
    「カイリ。私は來鯉兄者を手伝うから、皆を手伝ってやってくれ」
     同じく料理の準備に余念がない兄を手伝いながら、その兄の友人達に、ヴァーリ・マニャーキン(本人は崇田愛莉と自称・d27995)は羽猫のカイリをついて行かせる。
    「2人ともよろしくね」
     水着の上からパーカーを羽織った若桜・和弥(山桜花・d31076)は、釣竿を抱えた友人達を見送る。
     海に入って狩りをするのも、海釣りも、何事も経験。
     何しろ、臨海学校である。

    ●8月22日夕刻1――巨大魚の捕り方
     ざっぱーんっ。
     波を割って、巨大な魚が海から飛び出す。
    「……魚だな。切り身じゃないな」
    「あ、ここは都会の海じゃないので、切り身は泳いでないと思いますよ。残念ながら」
     少し残念そうに呟いた摩利矢に、いつぞやの誰かの冗談を心太は訂正しなかった。彼が支える浮き輪にしっかり掴まっている静菜も、だ。
     ああツッコミ役、不在。
    「切り身じゃなくても、ここの海の魚も取って食べましょう」
    「規格外の幸には規格外の得物で挑むのです!」
     心太に頷いて、静菜が浮き輪から片手を離す。
    「なるほど。なら、私も――!」
     その掌に集まった魔力の輝きを見て、摩利矢が風を渦巻かせる。
    「ちょ、ちょっと、2人とも――」
     心太が言い終える前に、魔力の矢と風の刃が放たれる。
     それから一瞬遅れて、ざっぱーんっと大きな魚が飛び出し――ドンッ! ズバンッ!
     魔力が魚の体に大穴を空け、風が斬った魚が四散した。
     ついでに海面が真赤に染まる
    「……ああ、やっぱりサイキックだと、強力すぎるみたいですね」
     割とすぷらったな感じの光景に、心太が静かに呟く。
     活性化したり巨大化してはいるが、別に眷属化しているわけではないのだ。エクスブレインも言っていたではないか。戦闘は基本的にない、と。
    「流れ弾がうっかり海底まで届いたら事ですし、ここは素手で頑張――むぐっ!?」
     そう指摘する心太の首に、海から伸びた白い何かが突如巻きついて、締め上げた。
    「イカか」
    「イカですね」
     その白い何かの正体を、冷静に分析する女子2人。頭上に浮かんでいるカイリも、うにゃうにゃと頷いている。
     まあ、何でこの状況で女子2人が無事なのかは……イカのみぞ知る。
    「……鬼神変してもいいかな」
    「しんちゃん。頑張って、そのまま押さえてて!」
     浮き輪の上で摩利矢に向けて親指を立ててGOサインを出しながら、静菜はイカの足を外そうと奮闘する心太にそう声をかける。
     数秒後、海の真ん中に唐突に水柱が上がった。
    「……何かイヤな予感が……」
     浜辺でそれを見ていた理央が、ポツリと呟いた。

    ●8月22日夕刻2――巨大魚の釣り方
     一方その頃。
    「この時期で別府湾なら……スズキ辺りが狙い目か……」
     小碓・八雲(鏖殺の凶鳥・d01991)は1人、海に釣り糸を垂らしていた。
     規格外の大物が勢い良くウヨウヨしているのは、自分の目でも確認済み。
     この状況、釣りをしなければ勿体無い。
    「こんなにのんびり出来る事も早々ないしな、満喫させて貰――」
     ピクピクと浮きが動くのを見て、八雲の言葉が途切れる。
     動き続ける浮きに、全神経を集中。
    「来たッ!! そこだぁ!!」
     ピキーンッ!
     まるで電気が走ったように、カッと目を見開いた八雲がクンッと釣竿を上げた。
     素早く引いた釣竿に返って来る、ガツンと重たい手応え。
     その直後、リールが音を立てて回転し、一気に糸が持っていかれる。
     八雲は慌てず、緩んで魚が離れないように竿を立ててピンと糸を張りつつ、逆に糸が切れないように魚の動きに合わせて竿を動かし、隙を見てリールを巻ていく。
     まさに、魚と人。海の中と陸での駆け引き。
    「とは言え、あまり時間をかけては魚の味が落ちる……一気に決めさせて貰う!」
     ある程度引き寄せた所で、八雲は両手でしっかりと竿を掴むと、一気に振り上げる。
    「……なんで、あの程度の深さでコイツが掛かる……」
     引き上げた先にいたのはスズキではなく、巨大なカレイ。海底まで針を落としていないのに何故か釣れたそれに、八雲は思わず半眼で呟いたのだった。

    「おー。こっちも負けてられないな、木乃葉」
    「そうですね。ニコ先輩にも、勝ってみせます!」
     少し離れた所で、それぞれに海に糸を垂らしていたニコ・ベルクシュタインと月影・木乃葉は、八雲が釣り上げた巨大な魚影を見て自分の釣り竿に向き直る。
     友人に食材の確保を頼まれたと言うのもあるが、どちらが多く釣れるか競争しているのだ。
    (「……狙うは大量にいそうなアジなどの小魚の類です……!」)
     数で競う釣り勝負なら、比較的短時間で釣り易いであろう小魚を狙うと言う木乃葉の選択は正しい。
     ここが普通の海であったなら、だが。
    「わっ! ……なんですか、あれ」
     釣竿が大きくしなる予想外に強い引きに、そして海面で跳ねたマグロと見紛う大きさの魚影に、木乃葉が思わず声を上げる。
     小魚も小魚ではなくなっているのだ。
    「大物狙いの釣具にしといて、正解だったみたいだ、な……!」
     一方、ニコは巨大な魚を釣るつもりで道具を準備していた。
     太く丈夫な釣竿もしなる強い引き。気を抜くと海に引っ張り込まれそうだと、ニコは腰を落とし、ゆっくり時間をかけて大きな――自分の身長と変わらないくらいの――カワハギを釣り上げた。
    「むむ。さすがニコ先輩です。でも、まだ時間はあります!」
    「ああ。少しでも多く釣って、若桜を驚かせてやろう」
     2人の釣り勝負は、まだまだこれからのようだ。

    ●8月22日夕食――巨大な海の幸を料理しよう
    「若桜先輩、どうぞ。貢ぎ物です」
    「……デカくないコレ? 気のせい? 遠近法とかそう言うアレ……?」
    「どうやら驚いてくれたようだな」
     2人の釣果を、口こそ開いていないがあんぐりと言った様子で眺める和弥の後ろで、木乃葉とニコが満足げな笑みを浮かべる。
     なお、釣り勝負は僅差でニコに軍配が上がっていた。
    (「なんだこれ。イワシ? 秋刀魚並だけど……どうやって捌けばいいんだ」)
     見慣れない大きさの魚を掴んで、和弥は困惑していた。
     料理は普段からしているので割と得意な方だと思っていたが、こんな規格外のサイズの食材は、その限りではない。
    「準備は任せて、僕も海に入るべきだったか……」
     周囲を見回すと、理央が軽く嘆息している姿が目に入った。
     その前には、静菜達が捕って来た――と言うより、仕留めたと言った方がしっくりきそうな血みどろな釣果(?)の数々が並んでいた。
     海上がツッコミ不在になった結果が、これだよ!
    「まあ、血抜きが済んでいると思えば……使えそうか? 來鯉兄者」
    「うん、身は残ってるし、肝も使えるし。大丈夫!」
     火にかけていた飯盒をひっくり返すヴァーリに頷いて、崇田・來鯉は巨大なカワハギの体から肝を引っ張りだす。
    「このくらいの大きさで大丈夫か?」
    「充分であります」
     七不思議『緋緋色金』の姿になったヘイズが、八雲が釣って3枚に卸した巨大なカレイを殲術道具でさらに切り分けている。
    (「まあ、魚は魚だ。為せば為る。多分」)
    「何ぞリクエストでもある? ないなら……なんとかしよう」
     それぞれに調理を始める仲間の姿に気を取り直し、和弥は普通の包丁を手に巨大魚に向き直るのだった。

     網の上に並んだ串から、焼ける香ばしい匂いが発つ。
     魚魚イカ野菜。そんな感じでやや魚介多めな串を、理央が忙しそうに焼いていた。
    「グリルは足りてるけど、野菜が足りなくなるとは……」
    「大丈夫。美味なりですよ♪」
    「うん、美味い。バーベキューは、いい」
     準備した野菜が少し足りない感じになって不本意そうな理央の呟きに返しながら、焼きあがった串に舌鼓を打つ静菜と摩利矢。
    「崇田くん達の方も、そろそろ次が来るんじゃないでしょうか」
     心太もイカソーメンを啜りながら、視線を向ける。
    「あー、あれだ來鯉兄者」
    「どうしたの、愛莉?」
    「そのだな? その……肝の裏ごしが終わったんだが、味を見てくれるか? ほら、口を開けて。あーん、だ」
     意を決して、と言った様子でヴァーリが返事を待たずに差し出したスプーンを、來鯉は躊躇う事無くぱくりと味見。
    「ん。美味しいよ愛莉」
     向けた笑顔にヴァーリがさらに顔を赤くしたのに気づいた様子はなく、裏ごしの終わった肝を小皿の醤油に混ぜていく。
    「これで肝醤油完成! カワハギの刺身いけるよー!」
    「刺身も、いいな」
     來鯉の声に真っ先に反応して箸を伸ばしたのは、摩利矢だった。
     それから、しばらくして。
     ――ジュウッ!
     ニンニクとネギが醤油に焦がされた、独特の風味が広がる。
    「九条ネギとアジの香味焼き――完成であります」
     風味の元は、ヘイズが蓋を開いたフライパンからだった。特製の大葉醤油タレに漬け込んだアジの上に九条ネギを沢山乗せて蒸し焼きにした一品。
    「こっちのカレイは違う味付けだな」
    「カレイは塩ダレ焼きありますよ」
     隣のフライパンを指した八雲の問いに、ヘイズが返す。
    「イイ匂いだな」
    「九条ネギが介入する余地のある魚料理を作ってみたであります」
     いつの間にか目の前に来ていた摩利矢の空き皿に、ヘイズはアジの切り身とたっぷりの九条ネギを載せる。
     さらにしばらくして。
     香辛料の効いた食欲を誘う香りが、ふわりと広がる。
    「成程、あの食材をどうするつもりなのかと思ったら……」
    「シーフードカレー、ですね」
    「美味しいよねカレー。キャンプにはカレーだよ」
     ニコと木乃葉が覗き込む大鍋を、和弥がかき混ぜる。
     うっかり魚を捌き損ねて見栄えが残念になっても煮込めばごまかせる――なんて思ってチョイスしたのは、内緒内緒。
    「カレーも、いいな」
     そんな和弥の前に、白米を乗せた皿を持った摩利矢が現れる。
    「ふむ、ヘイズ先輩の料理も和弥先輩のカレーも美味そうだ。これは負けてられないな、來鯉兄者?」
    「ボクも作るばかりじゃなくて、皆の料理も食べたいであります!」
    「それじゃ、次はマアナゴの丼を出そうか」
     ヴァーリとヘイズの言葉に、來鯉は巨大なアナゴをまな板に載せる。
    (「何だろうこれ。奇跡か」)
     きっといつもの様にツッコミで忙しく――なっていない。予想とは違う光景に、理央は思わずそんなことを胸中で呟いていた。

    ●8月23日――深夜のおしごと
     海から上がる湯気が、夜空に溶けて行く。
     完全に夜になるのを待って、灼滅者達は再び海へと入っていく。
     海の底にある巨大なイクラ――もとい、ガイオウガの力の塊。温泉状態の海を元に戻すために、それを引き上げる時間だ。
     昼間の海水浴の内に、ガイオウガの力の塊の位置を探し、そこにロープをつけたブイを浮かべてある。
     おかげで、夜の海は暗いが迷う事無く力の塊がある地点へと辿り着けた。
    「ぷはっ。流れてたりはしていないです。気をつけて回収しましょう」
     軽く潜って確認したミーナの言葉を合図に、灼滅者達は一斉に潜りだす。
     昼間の内に泳いだ海だが、夜の海の景色は、まるで違う。蒼い海は、太陽の光が届かない時間には漆黒の空間に変わる。
     そんな闇の世界を照らすのは、それぞれに用意した水中用ライトのみ。照らす範囲も、限られている。
     だが、今は他にも多くの灼滅者達が、この別府湾に潜っている。幾つもの明かりが遠くに近くに、揺らめいていた。
     やがて、夜の海を明るく照らす光の中に、ガイオウガの力の塊が浮かび上がる。
    (「普通のイクラがこの大きさだったら……大味でしょうか?」)
     本物のイクラの様に光を受けて輝く力の塊を眺めて胸中で呟きながら、ミーナが力の塊の下に回り込んで手を伸ばす。
     少し力を込めて押し出すと、力の塊はふわりと浮き上がった。
     重さの程は、同じ体積の水よりも少し軽いようだ。浮力も手伝って、特別な力を使わずとも灼滅者の力なら1人で十分に持ち上げられる重さだった。
    『そこの岩の隙間、手伝ってください』
     心太がホワイトボードに書いた文字に静菜が頷いて、2人で岩の隙間に挟まった形になっていた力の塊を慎重に押し出す。
     海の底に転がっていた力の塊は、確実に数を減らしていた。
     とは言え、数が数である。
     1つ1つ海上まで持ち上げて運ぶのは、効率的とは言えない。だから8人は、大きな網を海中に広げ、その中に力の塊を乗せていた。
    「では、浜までお願いするであります」
    「ん、了解だ」
     ヘイズから渡された網の端を掴んで、ヴァーリが浜まで泳いで運んでいく。漁に使うような頑丈な網はさすがに用意できなかったが、大きさがある網で充分だった。
     浜に届けられた塊は、リヤカーに乗せてブルーシートをかけておく。そこから先は鶴見岳まで運ぶ担当にお任せだ。
    「それでは、よろしくお願いします」
     運ばれていくリヤカーを見送って、ミーナは再び海の中に入っていく。
     全員が浜と海底を何往復かする事になったが、夜が明ける前にはこの辺りのガイオウガの力の塊は全て引き上げが無事に完了した。
    「去年も戦闘らしい戦闘は無かったようなもんだけど、今年はいよいよ皆無か……まぁ、面倒が無いのは良いことだな」
     浜まで泳ぎながら、八雲が呟く。
     厄介事が何もなく終わりそうで、なんとも言えないと言った表情を浮かべていた。
    「ダークネスとの戦闘が無い臨海学校は新鮮だな~って考える事自体、異常な臨海学校に慣れた証拠かもしれないね」
     軽く肩を竦めて、理央が返す。
    「毎年こうなんですね。いやそこは去年学んだし予想通りだからまあ良いのだけど……温度が上がるタイプのイベントが続くとは」
     二度ある事は――とならない事を願って、和弥はまだ温泉状態な海から上がる。
     こうして夜通しの仕事を終えた灼滅者達は、それぞれの寝床に戻っていった。

    ●8月23日午前――跡を濁さず
     ガイオウガの力の塊と言う熱源を回収したとは言え、それで何もかもが一瞬で元通りにになるわけではない。
     その最たるものが、巨大化した海の生き物達だった。
     というわけで、お仕事再びである。
     昨日の夕飯で頂いたとは言え、まだ活性化した海の生物が残っているかもしれない。
     単に活性化して元気になっているだけならまだしも、そこに巨大化がついたものを放っておくのは、自然のサイクル的にもよろしくないだろうし、魚によっては一般人にとっては脅威になるだろう。
     幸い、サメの様に巨大化しなくても危険な魚は見当たらないが。
     まあ、サメがいたとしても、そして巨大化していたとしても。
     それだけなら、灼滅者の敵ではなかっただろう。
    「……ちょっと拍子抜け、と言いますか……」
     白の競泳水着姿のミーナが、ぷかぷかと立ち泳ぎをしたまま、ぽつり。
     手にした鋏に突き刺さったイカの足は、まだぴちぴち蠢いている。足を全て切り落とされて沈んでいったイカは、他の海の生き物の餌となるだろう。
     仲間を庇う位置取り、攻撃の順番、回復のタイミング――ミーナが考えていた戦術が必要な敵ではなかった。
     まして、もうガイオウガの力の塊はない。
     サイキックを解禁された灼滅者達の敵ではない。
    「さて、時間まで泳ぎましょうか?」
     鋏をしまって、ミーナが滑るように泳ぎだす。まだ暖かい海で泳ぐ機会なんて、早々ないことだ。
     何はともあれ、武蔵坂学園の今年の臨海学校も、無事に終わりそうである。

    作者:泰月 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年8月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 7
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ