臨海学校2016~別府湾温泉? に行こう!

    作者:波多野志郎

     異常気象――それは、そう呼ぶしかない光景だった。
     大分県別府湾、大分県の中央部に位置するこの湾が何と40度前後の温泉状態となってしまったのだ。何故こうなってしまったのか、知る者はいない……否、極々少数なのだ。
     その理由は、海底にある。海底、大型化した魚が悠々と泳ぐその下――この異変の原因、ガイオウガの力の塊が赤く脈動していた……。


    「大分県の別府湾の海水が温泉みたいになってるんすけどね」
     湾野・翠織(中学生エクスブレイン・dn0039)は、どこかあきれ返ったような表情で語り始めた。
    「その原因が、海底に出現したガイオウガの力の塊っていうからびっくりっす。どんだけのエネルギーなんすかね、これ」
     この事態を受けて、武蔵坂学園は別府湾の糸ヶ浜海浜公園で臨海学校を行う事にしたのだ。
    「このガイオウガの力の塊は鶴見岳に運び込めば、ガイオウガに吸収されて消滅するみたいっす。ただ、サイキックで攻撃するとイフリート化して襲い掛かってくるので注意が必要っす」
     ガイオウガの力の塊の引き揚げ作業は深夜に行う事になるので、日中は海水浴などをしつつ、海底の探索などを行なうとよいだろう。加えてガイオウガの力の影響で海洋生物が活性化しており、中には巨大化してしまったものもいる。灼滅者の敵では無いが、一般人には危険かもしれないので、駆除出来れば言う事はない。
    「なんでか、活性化した海洋生物は、総じて、脂が乗っていて美味しいようなので、キャンプの夕食にもってこいかもしれないっすけどね」
     養殖とかに役立ちそうだが、明らかに危険っすよね、とは翠織の談。

    ・8月22日(月)
     午前:羽田空港から大分空港へ、別府観光をしてからキャンプ地である糸ヶ浜海浜公園に向かう
     午後:糸ヶ浜海浜公園到着
     午後:別府湾で海水浴(ガイオウガの力の場所確認)
     夕食:飯盒炊爨(別府湾の生命力の強い海産物を食べよう)
     夜 :花火
     深夜:ガイオウガの力の引き上げ

    ・8月23日(火)
     未明:ガイオウガの力を鶴見岳へ輸送(有志)
     朝 :朝食、後片付け
     午前:別府湾で海水浴(危険そうな海産物の捜索と駆除)
     昼 :大分空港から武蔵坂に帰還

    「以上が、スケジュールっす。基本的にガイオウガの力に攻撃さえ行なわなければ、戦いは起きないっす」
     別府湾の事件を解決しつつ、臨海学校を是非楽しんできてほしいっす、と翠織は繋げ、こう締めくくった。
    「ガイオウガの戦力を減らす為に、敢えてイフリート化させて灼滅するという方法もあるっすけど……行うかどうかは各自の判断に任せるっすよ」


    参加者
    アイスバーン・サマータイム(精神世界警備員・d11770)
    備傘・鎗輔(極楽本屋・d12663)
    九葉・紫廉(稲妻の切っ先・d16186)
    フェリス・ジンネマン(リベルタカントゥス・d20066)
    夜伽・夜音(トギカセ・d22134)
    神之遊・水海(宇宙海賊フック船長・d25147)
    矢矧・小笠(蒼穹翔ける天狗少女・d28354)
    戒道・蒼騎(ナノナノ毛狩り隊長・d31356)

    ■リプレイ


     ――22日、深夜。
    「間違っても力の塊は食うんじゃねえぞ」
     深夜の別府湾、湯だった海の中でしみじみと戒道・蒼騎(ナノナノ毛狩り隊長・d31356)が呟いた。それに、ナノナノの白豚もコクコクとうなずく。
    「ナノ~」
    「うむ、美味そうなのは別にいるであるな」
     そう代弁したのは、水着姿で天狗面だけ被った矢矧・小笠(蒼穹翔ける天狗少女・d28354)だ。確かに、今の別府湾にはガイオウガの力に目をくれなくても十分に海には様々な海産物がいるのだ。
    「わ、わ……すっごい熱いさんなの、確かに海じゃなくて温泉だねぇ……」
     黄昏色のサマードレス姿である夜伽・夜音(トギカセ・d22134)も、波間でふわふわ揺蕩う裾元を楽しみながら呟いた。温泉、そう呼ぶのが確かに正しい。いい湯加減だ、本当に。
    「んと、これがカイオウガの力ですか……」
    「これが太陽の力を浴びたらイフリートになるかもしれないってのか」
     ダイバースーツ姿でちりとりでガイオウガの力を拾ったアイスバーン・サマータイム(精神世界警備員・d11770)の手元を眺め、九葉・紫廉(稲妻の切っ先・d16186)が唸った。深夜の海は、黒い。その黒い海に、赤い輝きがぽつんぽつんと点っているのだ。
    「ざっと……100個は下らない……ですよね?」
     フェリス・ジンネマン(リベルタカントゥス・d20066)の呟きに、その場にいた全員がその光景を想像せずにはいられなかった。数百という数のイフリート、その軍勢を。
    「サイキックさえ当てなきゃ問題はなさそうだけど、慎重に行った方が良さそうだねぇ」
     ボートの上で呟く備傘・鎗輔(極楽本屋・d12663)の意見に、異を唱える者はいなかった。
    (「これって不思議だよね。なんで、ガイオウガは力をこんな形にして、自分から切り離したんだろう?」)
     鎗輔の疑問に、答えられる者はこの場にいない。あるいは、ガイオウガ派のイフリートなら知っているのか。
    「ってあっつ! あっつ! ガイオウガの力の塊に手で触ったらあっついよこれ!」
     神之遊・水海(宇宙海賊フック船長・d25147)は、直径1mくらいの巨大化したイクラみたいな外見のガイオウガの力をボードに乗せる。熱さは40度ほどで、決して持てない熱さでないのが不幸中の幸いだ。あれこれと作業することしばし、ボードの上には十個ほどのガイオウガの力の塊が乗せられることとなった。
    「……もう、このぐらいでしょうか」
     小笠は天狗の面を外しながら、そうこぼす。イフリートが十匹いるボートに乗る、というのはそれはそれでなかなかにスリリングでシュールな光景だ。
     武蔵坂学園の有志一同で、少なくとも目に見える分はガイオウガの力は回収が行なえた。
    「不要なトラブルがなくて、よかったぜ」
     周囲の警戒を怠らず、蒼騎はこぼす。ガイオウガの力は、狙ってくる者も多いだろう。そう予期したからこその警戒だ。
     ただ、今回ばかりはその予想は外れてくれた。多くの灼滅者有志の手によって、ガイオウガの力は鶴見岳へと無事運ばれる流れとなった。
     この結果が、後にどう戦況を左右するかは定かではない。それは、きっと未来になって知る事となるだろうが……まずは、目の前の臨海学校を楽しまなくてはならないだろう……。


     23日――青い空、白い雲。夏の海にふさわしい光景が、そこにはあった。
    「そっちは釣れてる?」
    「んー、ぼちぼちだぜ」
     釣果を尋ねてくる鎗輔に、釣り糸を垂らす蒼騎がそう答える。海釣り、それは夏らしい光景とも居えるだろうか?
     ただ、釣りの餌と相手が尋常でないだけで。
    「お、噂をすれば来たぜ?」
     グググ、と釣竿がしなる。蒼騎は細かく引きを繰り返し、リールを巻いては流し、巻いては流し獲物を無理なく引き寄せた。何せ、引きの強さが異常だ。へたをすれば、竿がぽっきりと折れてしまっていただろう。
    「ナノー!?」
     そうして格闘すること数分、蒼騎が大きく竿を引いた。直後、バシャン! と餌――体の半分が獲物に食いつかれた白豚が空中で一鳴き。食らいついた獲物は、体長一メートルほどの――鯖だった。
    「ナノナノ!」
     白豚が必死にたつまきを巻き起こすが、鯖はびくともしない。そこへ、ヒュオン! と投擲されるものがあった。尻尾で釣りを楽しんでいた、霊犬であるわんこすけの六文銭射撃だ。びしん! と突き刺さる六文銭に、思わず鯖が口を緩める。
    「うん、よくやったね」
     タタタン! と助走をつけて、鎗輔が跳んだ。数メートルは一瞬で埋め尽くされ、鎗輔の回し蹴りが炸裂する! 腰を中心に横回転、体の捻りを利用した古書キックは鯖を強打した。パシャンパシャン! と水切りの石のように巨大鯖は跳ねて、狙いをすましたように用意しておいた籠の中に入った。
    「駆除されて、そのまんまってのは食いしん坊の僕としては許せないからね」
     淡々と、鎗輔が呟いた時だ。バシャン! と無数の触手が水面から伸び、鎗輔の軸足へと絡み付く。水面を見れば、そこには体長一メートルほどのイカのシルエットがあった。
     引きずり込まれる、はずだった。しかし、それよりも早くドン! と水柱があがった。蒼騎がバレーボールのジャンピングサーブの要領で、オーラキャノンを叩き込んだのだ。
     遅れて、鎗輔が海に落ちた。すぐに顔を見せた鎗輔の手にイカの姿を確認すると、蒼騎は満足げにひとつうなずく。
    「ナノナノを餌にした釣りを一度試してみたかったんだよな」
     傍らの釣竿を持ち直して、蒼騎は白豚を投擲した。綺麗な放物線を描いて、餌である白豚は再び海に沈んでいく。

    (「あら、おかえりなさい」)
     海の中で白豚と再会した夜音が小さく手を振ると、白豚も羽を振り返した。
    (「うん、綺麗だね」)
     夜音は海を眺めたことも数少なく、中に入る事もなかったためこの臨海学校を楽しみにしていた。今は、泳ぐのは得意ではないためESP水中呼吸を利用しての海底散歩中だった。
     ガイオウガの力を回収している時も危険生物の姿は確認していた。その時は、軽く追っ払う程度だったが今は妖の槍とかでちくちく対応するだけ始末している。
    (「……あ」)
     夜音はふと頭上を見上げて、息を飲んだ。そこには海面がある。それは、正しく深い蒼の天井だ。日の光は、雨の中では真っ直ぐに進まない。揺らめく波に輝く光は、まるで分厚い雲の隙間から覗く光条のようで神秘的だ。いつもより空の遠いここは、昼間であろうと夜を連想させる場所だった。
     頭上を、いくつかの魚影が通り過ぎていく。普通の魚の群れなのだろう、思わず口元を綻ばせた夜音の視界にその大きな影が通り過ぎた。
     そして、その背に乗った人影に夜音はゴポと泡を吹き出した。

    (「沈没船とかないかなーお宝お宝なのー」)
     巨大マグロの背に乗っていたのは、水海だ。海賊衣装、その上着を抜いたスカートにビキニ水着姿でノリノリで海中散歩を楽しんでいた訳で。
    (「イルカやクジラがいなかったのは残念だねー」)
     いたら、それはそれで大騒ぎだったろう。実際問題、この巨大マグロだけでも結構なものなのだ。そう思っていた時の事だ、体に大きな振動が届いたのは。
     水中では、音は鈍くなる。伝導率の問題だ。しかし、その分体に直に音は振動となって伝わるのだ。
     音源は、浅瀬の方だ。そこにいたのは、体長1メートルほどのショウジョウガニだった。
    「というわけで、てんぐ様のお出ましであるっ!」
     小笠だ。海水浴を楽しむ、危険生物を駆除する。両方しなくてはいけないのが学生兼灼滅者の辛いところだ。もちろん、小笠はその両方を選択したのだ。
     ショウジョウガニが、浅瀬の岩場を横歩きで疾走する。それを風に乗りながら、小笠が追いかけていた。
    「やあやあ、いざいざ、さっさと倒されて、わたくしに遊ぶ自由を与えるのであるっ!」
     ヒュガ! とショウジョウガニの鋏が横一閃に薙ぎ払われる。これが一般人へのそれならば、脅威であっただろう。しかし、灼滅者である小笠にとっては止まっているようなものだ。
     カカン! と小笠は跳躍して、鋏を回避。ショウジョウガニの頭上を取った。
    「疾風迅雷、である!」
     そのまま、一気に異形の怪腕を振りかぶって落下。ズガン! とショウジョウガニを小笠は鬼神変で強打。ショウジョウガニは、たまらず泡を吹いて転倒した。
    「よっと、そろそろお戻りさん?」
     歩いて小笠の横へたどり着いて、網を持った夜音がそう問いかけた。網の中には、ちくちくと倒した危険生物達が詰まっている。もちろん、美味しくいただくためだ。
    「そうですね!」
     天狗の面を外して、小笠が手を振る。それに気付いた鎗輔と蒼騎が立ち上がって釣り道具の片づけを始めた。
    「これで、後は……」
     と、海を見やったその時だ。どぱん! と大きく海面が爆ぜると、巨大マグロが宙を舞った。その下には、天へと拳を突き上げた水海の姿がある。
    「美味しいご飯の前の、最後の運動だよー!」
     ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ! と、オーラを集中させた拳が、頭上のマグロを連打、連打、連打。瞬く間に、マグロの叩きの出来上がりだった。
     ざっぱーん、とマグロと一緒に海へと再び落ちた水海は、しばらくしてからマグロを肩にかついで浜辺へと帰って来る。
    「うん、楽しかったー! じゃあ、材料を届けてあげよっか」
    「うん」
     上機嫌な水海に、夜音がうなずく。彼らは、大量の食材を入手し残る仲間の下へと戻っていった。


    「折角美味い食材が大量にあるんだ。腐らせるのも勿体ねえしパーッと使いきらねえとな! ついでに稼ぐぞー!」
     じゅ! と心地よい焼き音と、やる気に溢れた声が砂浜に響く。海の家「夢幻海廊」、そこで紫廉がどっさりとライドキャリバーのカゲロウから危険生物だったものを下ろしていった。
    「フェリ、食材とお客さん追加だ! よろしく!!」
    「暑い……海に泳ぎに行きたいですですよ……」
     ぐったりと唸りながら出て来たのは、フェリスだ。そして、店内を振り返る。
    「リオ、火をお願いー」
     そのお願いに、霊犬のリオライーシャは尻尾を振って了承した。その横では、ドラム缶で作ったオーブンでピザ生地を焼いていたアイスバーンがこぼす。
    「暑いのは嫌いですし、働くのもすっごく嫌ですけど……ピザ普及のためですから仕方がないです」
     何故に、ピザ? そう問いかける者もいたという。しかし、アイスバーンは神妙な顔でこう答えた。
    「大丈夫です。えっと、ピザは神々が想像したお料理なのでなんでも美味しいです」
     それは、まるで神のお告げを語る巫女のような神妙さだったとかなかったとか。何にせよ、危険生物の美味しさもあって魚介ピザは思いのほか好評だった。
    「んと、食材さんが微妙です。マグロさんとか獲ってこれないです? 九葉さん」
    「アイスてめえマグロとか無茶言うなや!!! ……似た感じのいたら獲ってくるわ」
     そう言って、紫廉が海に戻ろうとした時だ。
    「そのマグロ、この大海賊水海が獲って来たよー」
     危険生物の排除をしていた仲間達が、戻ってきた。もはや、ギャグとしか見えない巨大マグロを担いだやり遂げた表情の水海に、アイスバーンは真顔でうなずく。
    「うん、九葉さんより優秀さんです」
    「ちょっと待ってろぉ!! がっつり獲って来てやらぁ!」
     対抗心に火がついた紫廉は、颯爽とカゲロウに乗り込むと海へと消えていった。紫廉は後に三匹の連携抜群の黒マグロと激闘を繰り広げて戻ってくるのだが……見送るフェリスには、まだ知らない。
    「ご注文をお伺いしますです! かき氷なんかも作っちゃいますですよ!(サイキックで)」
    「いいね、それももらおうかなぁ」
     フェリスにそう鎗輔が、淡々と大量のメニューを注文する。そこへ、魚介ピザも運ばれてきた。
    「フェリスちゃん、疲れたら言ってくださいね?」
    「まだまだ、大丈夫です。おいしくなぁれ♪」
     もしもの時の保険、ESPおいしくなあれは強力だ。魚介ピザやカキ氷、さまざまな食べ物で彼らは腹を満たしていった。
    「アイス姉さま、その食材は……!」
    「ふふ、このピザは――」
     目の前で繰り広げられる料理漫画の1シーンのようなやり取りを焼きイカの大きな足をかじりながら、小笠は呟く。
    「翠織さんも、来れればよかったんですが……」
    「危険生物、危ないものねぇ」
     魚介ピザを頬張りながら、夜音が答えた。そんな折り、カゲロウのエンジン音が戻ってくる。
    「これで満足だろうがぁ! 一気に解体ショー見せてやろうじゃん!」
     三匹の巨大マグロをカゲロウと一緒に担いで戻ってきた紫廉が、吼えた。
     こうして、「夢幻海廊」の前では拍手と喝采が巻き起こる。ガイオウガに始まり、心底楽しみ味わった二日間の臨海学校は、こうして惜しまれながら幕を閉じていくのであった……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年8月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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