紅蓮の獣、地に吼える

    作者:波多野志郎

     それは、妙高火山郡のひとつの山。山頂付近で、起きていた。
     低い地響きと共に灼熱の大地に立つのは、虎にも似たフォルムを持つ獣だ。体長は五メートルほど。その引き締まった体躯は、ただ身構えているだけでその身が秘める破壊力をまざまざと想像させる。
     事実、その巨獣が宿した破壊と殺戮の衝動は一度開放されれば大きな傷跡をこの世に刻む事になるだろう。幻想種イフリート――コレは、そういう存在なのだ。
    「オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
     大地が、イフリートの咆哮に共鳴するように脈動する。イフリートを中心に生まれた灼熱の大地が、その山頂を飲み込んでいった……。


    「イフリートもがんばるっすね……」
     どこか呆れたように、 湾野・翠織(中学生エクスブレイン・dn0039)は重いため息でそう切り出した。
    「妙高火山郡のひとつの山、その山頂でイフリートは、休火山に眠る大地の力を活性化させ、その力をガイオウガの復活に使用するために力を使用してるみたいなんす」
     放置すればガイオウガの復活が早まるだけではない、活性化された大地の力により、日本全国の火山が一斉に噴火するような事態も考えられる――放置などできない、これはそういう話だ。
    「山頂部分にいるイフリートに戦いを仕掛けてほしいっす。人払いの必要もないっすから、昼間に挑んでもらって大丈夫っす」
     ただし、敵は強敵だ。加えて自身の邪魔をする者を決して許さない、戦いを挑めば撤退する事などなく最後まで全力で戦ってくるだろう。
     不意打ちなどは、向こうのバベルの鎖に察知される。真正面からの力勝負になる。厳しい戦いになる覚悟を持って、挑む必要がある。
    「向こうからしたら、ガイオウガ復活のために必死にやってることなんすけどね。とはいえ、放置して日本全国の火山が爆発なんて事態は起こさせる訳にはいかないっす。よろしくお願いするっすよ」


    参加者
    華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)
    峰・清香(高校生ファイアブラッド・d01705)
    近衛・朱海(煉驤・d04234)
    中川・唯(高校生炎血娘・d13688)
    天堂・リン(町はずれの神父さん・d21382)
    迦具土・炎次郎(神の炎と歩む者・d24801)
    九形・皆無(黒炎夜叉・d25213)
    エリノア・テルメッツ(串刺し嬢・d26318)

    ■リプレイ


     ――低く地の底から響く音に、九形・皆無(黒炎夜叉・d25213)がしみじみと呟いた。
    「火山の噴火は現状すべて抑えきっていますし。この無駄に被害を広げる方法が、成功しないと情報共有してくれるとありがたいんですがね」
    「そもそも人語を解する知性があるかどうかすら疑わしいわね。まぁ、こういう協力出来ないイフリートが大半よね。こういう奴の方が灼滅しやすくていいけど」
     皆無の呟きに、エリノア・テルメッツ(串刺し嬢・d26318)が肩をすくめる。それに同意するように、迦具土・炎次郎(神の炎と歩む者・d24801)も言い捨てた。
    「イフリートはものわかりのええ奴ばかりやないでな」
     その皮肉は、誰に向けたものなのか? 今、言える事は目の前に脅威があるという事実だ。
     体長は五メートルほど。その引き締まった体躯を持つ虎に似たフォルムの獣――イフリートだ。その姿に、華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)がこぼす。
    「今度のイフリートは虎ですか」
    「ここまでイフリートを火山に飛び込ませようとするとは、ガイオウガとやらはよほどの大食らいなのか?」
     峰・清香(高校生ファイアブラッド・d01705)の感想に、答えはない。いや、その答えに至るための戦いなのだ、これは。
    「行きましょうか」
     天堂・リン(町はずれの神父さん・d21382)の言葉に、仲間達がうなずく。中川・唯(高校生炎血娘・d13688)は剣を抜き、言い放った。
    「準備は万全、後は為すだけ」
     いつも通りに気負わず、覚悟を持って――唯の言葉に背を押されるように、紅緋は駆け出した。
    「華宮・紅緋、これより灼滅を開始します」
     迫る灼滅者達に、イフリートが視線を向ける。この灼熱の大地は、イフリートのテリトリーだ。手に取るように気配を察し、排除すべき敵へと殺気を向けた。
    「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
    「とりあえず今回のイフリートはあと腐れなく叩き斬ってええみたいやわ。さあ、覚悟せい!」
     炎次郎の言葉を頭の片隅で受け止め、近衛・朱海(煉驤・d04234)はイフリートの殺気を真っ向から浴びながら我知らず笑みをこぼした。
    (「ああ、この理屈抜きの暴威こそがイフリート。仇敵であるが……こういう手合を見るとほっとするわ」)
     この心の中の怒りに身を任せて、一切の躊躇なく屠っていい相手なのだ――そう心の何処かで喜んでいる自分を、朱海は自覚した。
     灼滅者達にとってこのイフリートは未来の災厄をもたらす敵であり、このイフリートにとって灼滅者達は目的を邪魔する敵だ。敵同士が出会えば、そこに残るのは戦いしかない。
    「狩ったり狩られたりしようか」
     清香が、スレイヤーカードを開放する――直後、口火を切るようにイフリートは口から炎の奔流を敵へと吐きつけた。


     文字通り口火の一撃、バニシングフレアが灼熱の大地を更に赤く染め上げる――だが、その炎でさえ紅緋の疾走を止められない。
    「先手必勝。出会い頭の一撃が大事です」
     紅緋の赤く染まった異形の怪腕、鬼神変の一撃がイフリートの鼻っ柱に叩き込まれた。加速をそのまま乗せた一撃だ、会心の手応えがあった――あったが、それでもなお振り抜く事を許さない。
    「あら? やっぱり頑丈ですね」
     質量差だ、壁を殴ったような感触を拳に覚えながら紅緋は舞うようにステップ。頭上から踏み潰そうと振り下ろされたイフリートの前脚を紅緋は華麗に回避、そこへ清香がブラッディクルセイドソードの血色の刀身を破邪の白光で包み駆け寄った。
    「――ッ!」
     ゴォ! とイフリートの周囲を炎の壁が覆うが、清香は構わず炎ごと切り裂く。眼前に立ち塞がるように足を止め、清香はこぼした。
    「硬いな」
     剣から伝わった手応えに、清香は理解する。それは鉄や石という鉱物の硬さではない、積み重ねられた筋繊維の柔軟さを帯びた硬さであり分厚いゴムを連想させた。
     そして、それは本来は防御のためのものではない。それをいかんなく発揮するのは――動く、その瞬間だ。
    「ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
     ダン! と地面を蹴って、イフリートが灼滅者達の横から回り込む。踏み出した一歩目からトップスピードへ至る、そのからくりこそが猫科肉食獣特有のしなやかで強靭な筋肉のなせる技だ。
    「逃がす訳がないでしょう?」
     その真正面で迎え撃つのは、朱海だ。捩れた炎を爪とする朱漆の手甲を、炎で包みイフリートへと力任せに叩き付ける!
     轟音と共に火の粉が舞い、朱海の開闢明王によるレーヴァテインにも構わずイフリートが前に出る――だが、その足を霊犬の無銘は斬魔刀で切り付けた。
    「こっちもや!」
     逆側の足を霊犬であるミナカタが斬りつけ、炎次郎はOgunを嵌めた拳を突き出す。
    「我が肉体、我が血。我を追従し、とりて食せよ」
     ドン! と放たれた炎次郎の制約の弾丸の弾丸が、イフリートへと突き刺さる。度重なる猛攻に、わずかにイフリートの動きが鈍った。そこへ突っ込んだのが、唯だ。
    「おりゃああああああああああああああああああああ!!」
     そこに術理や技などない、ただ渾身の力で唯は斬撃を叩き込むのみだ。唯のクルセイドスラッシュに続いて、エリノアが一気に踏み出した。オーラをその両の拳へ――ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガン! とエリノアの閃光百裂拳による連打が、イフリートをわずかに後退させた。
    「そっちは悪意も何もないのでしょうけど、それで火山の噴火を引き起こされては溜まったものではないし、許容できないわ。故に邪魔をさせてもらうし、死んでもらうわ」
     エリノアの言葉に、イフリートは破壊と殺戮の衝動で輝かせた瞳を向ける。本能、純粋だからこそ熱を帯びた殺気が灼熱の大地に溢れていった。
    「こちらです!」
     その頭上へ、リンは氷鏡の十字架を零距離でイフリートの頭へと叩き付ける。全体重を乗せたリンの一撃、それに合わせるように皆無が踏み込んだ。
    「やらせない、それはお互い様です」
     ヒュオン、と風の刃をまとった手刀を横一閃、イフリートは傷口から炎を吹き出させた。
    「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオゥ!!」
     初手は互いの実力を計るように――だからこそ、ここからの戦いはより激しく加速していった。


     真紅の風が、灼熱の大地を駆け抜ける。疾風、そう呼ぶにふさわしいイフリートの疾走を、朱海は真正面からの跳び蹴りで受け止めた。
    「押し潰――す!」
     ギュガッ! と鋼の双輪が高速回転、イフリートを重圧が襲う。朱海のスターゲイザーに合わせ、皆無も駆け込んでイフリートの顔面へと前蹴りを放った。
    「イフリートの猪突猛進さは良く知っています。ですから、私の役割は貴方を罠にかける事。狩りの基本ですね?」
     ズガン! と朱海と皆無の二人のスターゲイザーに、イフリートの動きが止まる。そこへすかさず、無銘とミナカタの六文銭が左右から挟撃。炎次郎も足元から走らせた影で、イフリートを飲み込んだ。
    「頼むで!」
    「うん! とりゃー!!」
     炎次郎に答えて、低く駆け込んだ唯が横回転と共にイフリートの足を影ごと切り裂いた。唯の黒死斬、だが、構わずイフリートは跳んだ。
    「ガ、アアアアアアアアアアアアアアア――!!」
     咆哮と共に生み出された大量の炎の刃、虚空ギロチンが降り注いだ。その炎の刃を紅緋は展開した『コート・ドール』で受け流していく。
    「このイフリートは、ひょっとしてジャマー?」
     紅緋の予想は、正解だ。理性ではなく、本能で選択した自身の最善。獣だからこそ迷いのなくもっとも適した行動を行なうのだ。
    「それでも、対応可能です」
     シールドリングを飛ばし、リンが声を張り上げる。その護りを受けながら、清香が歌姫がごとき美しい歌を歌い上げた。
    「行け!」
    「ええ!」
     頭を左右に振るイフリートへ、エリノアが駆け込む。緋色のオーラに包まれたバベルブレイカーを、真っ直ぐにイフリートへ放った。ズン! と深く突き刺さる杭。そこに続いたのは、紅緋だ。
    「いかがですか? 喋れないなら身体に訊いてみましょう!」
     紅緋の足元から広がった血の池を思わせる赤い影が、イフリートの足を絡め取っていく。イフリートはその影を、強引に突破する――だが、着実に動きが鈍っているのが見て取れた。
    (「今の僕では戦力にならない――」)
     リンは、そう自覚する。久し振りの戦線復帰、思うように闘えない自分に言い知れない歯痒さを覚えた。だからこそ、この闘いの中で、駆け出しの頃の役目であった祈り、癒し、影から戦線を維持する初心を取り戻そうと全力を尽くしていた。
     そして、その役目をリンは全うしている。そして、足りない部分は他の仲間が補っていた。
    「未来予測があったからこそね」
     エリノアは、思う。もしも、未来予測がなくこのイフリートと対峙していたなら? これほど多くのセイクリッドウインドによるプレッシャーへの対処など考えもしなかっただろう。
    「積み重ねられたら、フォローしきれなかったでしょうね」
     皆無は、そう判断した。ダメージのみではない、ジャマーであるということが予想できるサイキックの構成。未来予測があったからこそであり、そしてそれを読み切った灼滅者達の功績だ。
     獣は最善を常に選択する――だが、その最善を対処された時、獣にそれを覆せるだろうか? 少なくとも、現状はそれはなされていない。
    「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
     炎をロケット噴射のように加速に利用して、イフリートが真っ直ぐに駆ける。それを待ち受けるのは、紅緋だ。
    「何度も見ましたから、対処方法はわかっています」
     しっかりと大地を踏みしめ、腰を落とし――紅緋は、イフリートのロケットスマッシュを鬼神変で迎撃する! 激突の瞬間、地面が砕け轟音が鳴り響いた。それでも、押し切ったのは紅緋の赤い拳だ。
    「名前が聞けなかったのは残念だけど――終わらせるよ!」
    「そうだな」
     唯と清香が、同時に踏み込んだ。袈裟斬りと逆袈裟、非実体化した唯と清香の剣が肉体ではなく魂を深々と×の字に切り裂く!
    「ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」
     苦痛ののたうつイフリート、そこの背に降り立ったのは皆無だ。振り上げるのは佛継弥勒掌、救いの手で拳を握り渾身の力で振り下ろした。
    「しばらく、大人しくしてもらいますよ?」
     霊力で編み上げられた鎖でイフリートを絡み取り、皆無が言い捨てる。鎖に動きを封じられたイフリートに、炎次郎は炎に包まれたエクゼキューショナーズを振り下ろしミナカタは刃を突き立てた。
    「この程度の炎、温いもんや」
     イフリートがこぼす炎の滝に、炎次郎は笑みと共に言い捨てる。そこへ、リンが黙示録砲を撃ち込んだ。
    「お願いします!」
     ビキビキビキ、とイフリートが凍り付いていく。そこへ無銘は六文銭を射撃、亀裂を走らせ――。
    (「……これが、私の闇なのかしら」)
     イフリート総てに対する憤怒と憎悪、それは友好的なイフリートを見ても朱海の中から消えることはなかった。どころか、暴れようとするイフリートを葬ることを快いと感じている――。
     それでも、朱海は迷いを捨てる。今はそれに身を任せて力を引き出して――獣のごとく炎獣を討つ!
    「慄け咎人、今宵はお前が串刺しよ!」
     エリノアが、朱海が、同時にイフリートへ迫った。放たれるのはジェット噴射で加速を得た杭と、万感を込めた刀纏旭光による炎の斬撃。
     ズガン! と連撃を受けたイフリートが、体の内側から爆ぜる。その炎は、まさに溶岩のごとく灼熱の大地を流れ、一瞬で掻き消えていった……。


    「んー、異変は治まった……のかな?」
     熱気が引いていく周囲を見回して、唯はそうこぼす。その風を感じながら、リンは膝からその場に崩れ落ちた。
    「たはは……思いだしましたよ。治癒をかけて走り回るって、結構しんどいものでしたねぇ……」
     体力の精神力も磨り減った、しかし、やり遂げた満足げな笑みでリンは言う。その言葉にこくりとうなずきを一つ、清香は周囲を見回した。
    「次はどこの火山にくるのやら……」
     これで終わりではないのだ、こんな戦いがまだまだ待っているのだ。
     そして、だからこそ朱海は思う。
    (「ガイオウガもこういった存在であってくれれば……」)
     迷う必要などなく、ただ災厄であれば敵であれば倒してしまえばいいだけだ。ガイオウガが、いかなる者なのか――その答えは、そう遠くない未来にわかることだろう……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年8月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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