フルカス決戦~炎の流れる行く先

    作者:立川司郎

     うだるような暑さが続く、夏の午後。
     暑さで疲れた体を癒やす為に、名湯を求めて四国の温泉街は賑わっていた。浴衣を着た人々が湯上がりの散策をしたり、外湯を求めて賑わう中心部には、温泉街の象徴である道後温泉本館がある。
     ……はずだった。
     ひっそりと静まりかえった道後温泉本館は、観光客どころか他の従業員の姿もない。周辺の宿からも、人の出入りはなかった。
     『人』は。
     有名な文人が滞在したといわれる部屋も、人々が集っていた部屋も今は腐臭であふれかえっていた。
     その一室の広間に、人ならぬ者は徘徊していた。
    「さすがガイオウガの力じゃ。これだけの力が、まさに湯のように湧き出ておる」
     これならば、面倒な手続きなどしなくとも十分なエネルギーが手に入る。そう一人呟くと、老人は部屋をうろうろと歩き出した。
     部屋には巨大な魔方陣が描かれているが、彼にはすでにもう用は無かった。
    「本格的に儀式を行う事が出来そうじゃ。儀式の問題点は全て把握したでのぅ。この儀式を成立させれば、軍団の復活どころか、大悪魔の降臨すら容易いじゃろう。フォッ、フォッ、フォッ、フォッ」
     彼が部屋を出ようとした時、窓辺で突然物音が響いた。
     乾いた瓦を踏む音と、紙片が舞い散る音とが交差する。フルカスは驚きもせず、振り返りもせずに声を掛けた。
    「よくここが分かったものじゃ。ガイオウガの差し金か」
    「どこに行く……フルカス」
     低い声が、フルカスの背に掛けられた。
     2階の瓦を踏んで、天槻・空斗(焔天狼君・d11814)はフルカスに飛び掛かる。
     窓辺に置かれていた書物がパラパラと紙片をまき散らしていたが、空斗が部屋に飛び込むと同時に、書物の紙面から人体の上半身が飛び出した。
     まき散らされた紙が、空斗の足下に絡みつく。
    「どなたですか、土足で私の体を踏みつけていったのは」
    「すまないな。動くとは思わなかった」
     空斗は書物に言い放つと、フルカスに剣を振り下ろした。
     空斗の一撃は、フルカスの顔に爪痕をざっくりと残した。空斗の襲撃は今まで気配も全く感じ取れず、その一撃は予想外であったはず。
     しかしフルカスは、フォッフォッと笑い声をあげていた。
    「リーヴァーを窓辺に置いておいて正解じゃったの」
    「ガイオウガの力の流れを調べていて、おかしな力の流出がある事に気づいた。……ガイオウガは個であり全。ソロモンの悪魔などに、ガイオウガの力を横取りされてはたまらん」
     そのガイオウガの力は、イフリート達が集結して集めたものである。
     空斗もまたイフリートの一人であり、そしてガイオウガの一部といえる。横から力をかすめ取って儀式に使おうとしているフルカスを、見過ごせるものではなかった。
     空斗の攻撃を躱そうとするフルカスであるが、空斗の身体能力と反応がフルカスを追い詰める。
    「今ここで、儀式は阻止させてもらう」
     空斗がフルカスを追撃しようとしたその時、空斗はぴたりと手を止めて振り返った。甲高い馬の嘶きが響き渡り、空斗に突進して来たのである。
     真正面から馬を食い止めた空斗であったが、その勢いは止まらない。
     巨大な青ざめた馬が、怒りをあらわにして蹄を空斗に叩き付けた。
    「フルカス様に傷を付けるとは、万死に値するぞ!」
    「やはり既に儀式は終わっていたか……」
     空斗がフルカスを睨み付けると、フルカスは笑い声を上げた。
     フルカスが行ったのは、本格的な儀式を行う為の実験に過ぎない。儀式の見通しが立たないうちに撤退するはずがない、と言い返す。
     フルカスを庇うように、廊下から一人の女性が姿を現した。するりと現れ背後にフルカスを庇い、眼鏡を押し上げた。
    「ここはお任せください。……お前の相手はこの私だイフリート」
     女は鞭をしならせ、空斗に叩き付ける。
     庭側を封鎖した馬が嘶きを上げると、部屋を青い炎が包み込んでいく。それは床に敷かれた魔方陣をも焼き尽くした。
     出口をふさがれた空斗は、馬に飛びかかり剣を抜き放つ。踏み込みは一瞬、そしてスピードに乗った一閃は馬の体を斬り裂く。
    「……ここは通さぬ!」
     馬の嘶きを聞きながら、空斗が後ろからの女の攻撃を躱す。
     この状態が何を意味しているか、空斗も分かっていた。
     既にフルカスは実験を終え、自分の配下を複数召喚していたという事だ。
    「……!」
     廊下のドアに向かった空斗を、リーヴァーの放った紙片が斬り裂いた。体勢を崩した空斗の背後に女が立つ。
     にやりと笑い、鞭をしならせる。
    「諦めないか。……悪くない。だが、主はイフリートに用は無いらしい」
     女はそう言うと、空斗に最後の一撃を下した。
     
     窓から生暖かい風が吹き込んでくる。
     少しの風では、教室内の空気は涼しくはならない……この大所帯では、それも無理はなかろう。
     相良・隼人は報告書らしきものを手にして、話を始めた。
    「別府湾でガイオウガの力の塊が噴出していた件は、みんな知っているな? ……まぁ臨海学校のいつもの件だ。だが何故鶴見岳周辺ではなく別府湾なのか、疑問に思わなかったか」
     イフリート達が居るのは鶴見岳、そして場所は別府。
     では、その延長に何があるのかと隼人が地図を指し示した。それは別府の対岸にある、道後温泉であった。
    「ここでソロモンの悪魔が、ガイオウガの力を横取りして儀式をしていたようだ。フルカスは道後温泉本館の観光客従業員を皆殺しにして、儀式に使った」
     厳しい表情で、隼人はフルカスの報告書をひらりと皆に見せた。
     しかしその力の流れを追って、一足先にフルカスにたどり着いた者がいる。鶴見岳でガイオウガの力について調査していたと思われる天槻・空斗(焔天狼君・d11814)であった。
    「このままだと、空斗はフルカスの配下に倒されちまう。……堕ちちまったが、あいつはこの学園の生徒だ」
     隼人は目を細めて言った。
     このままだと空斗は倒され、フルカスは実験データを持って姿をくらましてしまう。今この実験データは今は不完全なものだが、じきにもっと巨大なソロモンの悪魔を呼び出す事も出来るようになる。
     それを阻止する為には、老魔フルカスをここで灼滅するしかない。
    「第一目標はフルカス。これは絶対に生かして逃す訳にはいかない。配下も倒しておくに越した事はないが、死力を尽くしてフルカスを守るだろう」
     おそらく空斗が突入する前には合流出来るだろう、と隼人は話す。空斗1人で配下の1人の相手は出来るだろうが、フルカス含めて4体相手は不可能だ。
     それはこちらも同様で、フルカスと4人の配下を30人で相手取るとなると厳しい戦いになるはずだ。
    「今フルカスは道後温泉本館に立てこもってる。だが、今から向かっても道後温泉の人々を救う事は出来ない。もう既に『終わった』後だからだ」
     人の賑わう今の時期の道後温泉、しかも中心部の道後温泉本館にどれだけの人が居たか、想像に難くない。
     彼らは儀式の為に本館の室内に積み上げられているという。
    「お前達が到着するのは、空斗が窓から突入する30分くらい前になる。空斗は2階の窓の外に潜んでいたが、配下に気づかれて攻撃を受ける。他にも、フルカスの配下が周辺に潜んでいるんだ」
     空斗が来る前に終わらせる事も出来る。
     しかし、空斗なしで30人でフルカスと配下3人を30分以内に片付けるのは、念入りな計画が必要となるだろう。
    「もしくは、空斗が来る事を予想して、その前後に動きを合わせる事も可能だろう。いずれにせよ共闘するなら、誰かが説得する必要があるだろうな。あいつ1人で灼滅者8人を相手取って戦ったんだから、フルカスや配下と戦う際には強力な助っ人になる」
     もしフルカスを逃がしてしまうと、儀式を行ってソロモンの悪魔の軍勢の再編や他の大悪魔の降臨が行われてしまう。
     これを阻止する為にも、何としてもフルカスだけは倒さねばならない。
    「3人の幹部は、いずれもフルカスを守る為に最後まで戦う直属の配下だ。フルカスを逃がさない為にも、この幹部達は押さえておかなきゃならない。三体のうち二体は、フルカスのいる部屋の向かい側にある大部屋に居る」
     また、フルカスの退路を断ち、戦う者。
     全体の動きを把握して動く者。
     そして空斗の乱入を許すなら、彼の動きにも注意を払わなければならない。
    「フルカスが空斗に対してどう動くか分からない以上、常に見張っておくべきだ」
     全員でどう戦力を分散するか、よく練っておくべきだろう。
     隼人はそう言うと、皆に作戦を預けたのだった。


    参加者
    蒼月・碧(碧星の残光・d01734)
    神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)
    花咲・マヤ(癒し系少年・d02530)
    森田・依子(緋焔・d02777)
    シルフィーゼ・フォルトゥーナ(菫色の悪魔・d03461)
    空井・玉(リンクス・d03686)
    桃野・実(水蓮鬼・d03786)
    ジンザ・オールドマン(オウルド・d06183)
    戒道・蔵乃祐(プラクシス・d06549)
    サフィ・パール(星のたまご・d10067)
    七六名・鞠音(戦闘妖精・d10504)
    天宮・黒斗(黒の残滓・d10986)
    マリナ・ガーラント(兵器少女・d11401)
    棗・螢(黎明の翼・d17067)
    牧野・春(万里を震わす者・d22965)
    花衆・七音(デモンズソード・d23621)
    ルフィア・エリアル(廻り廻る・d23671)
    白星・夜奈(夢思切るヂェーヴァチカ・d25044)
    儀冶府・蘭(正統なるマレフェキア・d25120)
    水無月・詩乃(汎用決戦型大和撫子・d25132)
    物部・暦生(迷宮ビルの主・d26160)
    炎帝・軛(アポカリプスの宴・d28512)
    七那原・エクル(クオヴァディス・d31527)
    有城・雄哉(高校生ストリートファイター・d31751)
    平・和守(国防系メタルヒーロー・d31867)
    月影・黒(涙絆の想い・d33567)
    シエナ・デヴィアトレ(ディアブルローズルメドゥサン・d33905)
    月影・木乃葉(人狼生まれ人育ち・d34599)
    ルイセ・オヴェリス(高校生サウンドソルジャー・d35246)
    ライ・リュシエル(貫く想い・d35596)

    ■リプレイ

     じりじりと日差しが真上から照りつけていた。
     道後温泉の建物を視界に入れ、静かに彼らは影を落とした。視線を向けた時計は、きらりと昼の日差しを反射させる。
    「13時30分、突入準備は整った」
     ルフィア・エリアル(廻り廻る・d23671)が仲間を振り返ると、分散して窓から侵入する班もしっかりと時計を確認した。
     時間通り、30名は同時に動き始める。
     本館の側には、真夏の日差しの下に無数の骸が積み上げられて腐臭を放っていた。何れの仲間も無言で通り抜けていたのは、フルカス達に察知されない為。
     そして、その心にわき上がった怒りを抑え込む為でもあった。
    「……」
     行きます、と森田・依子(緋焔・d02777)が後続に声を出さずに伝えると、彼女は札場をくぐり抜けた。
     吐く息すら小さく、足を滑らせるように階段を駆け上がる依子。するりと前に飛び出した黒猫……物部・暦生(迷宮ビルの主・d26160)が、階段を音もなく駆け上がると廊下で立ち止まった。
     猫変身を解除すると同時に、暦生が廊下を振り返る。
     襖に手を掛けた依子がそれを力強く引くと、光が廊下に差し込んだ。
     しめった風に運ばれてくる、生ぬるい風と……死の匂い。
    「……やってくれたな」
     低い声で桃野・実(水蓮鬼・d03786)が呟き、即座に閃光を放った。
     なだれ込むように仲間が部屋に踏み込み攻撃を仕掛ける。実、依子、棗・螢(黎明の翼・d17067)、暦生に続いてサーヴァントが4体。
     実の攻撃は近くにいたシエンティアの眼鏡を弾き飛ばし、頬に傷を作った。
     次々押し寄せる灼滅者に反応したのは青く大きな馬、カエルレウスである。
    「何者だ貴様等!」
     突撃してきたカエルレウスの蹄が、実を吹き飛ばす。
     二十名もの突入と狭い廊下である為、キャリバーを出せなかった平・和守(国防系メタルヒーロー・d31867)とシエナ・デヴィアトレ(ディアブルローズルメドゥサン・d33905)、そして猫変身の解除の為暦生の対応が遅れ、室内はシエンティアとカエルレウスの包囲に一瞬間を置いてしまった。
     シエンティアはカエルレウスの側に立ち、周囲を見回す。
    「灼滅者か……カエルレウス、なんとしても突破せねばならん」
    「言われるまでもないわ!!」
     カエルレウスは叫び声を上げると、再び突撃の姿勢を取った。
     フルカスの元に向かわねばならないという強い意志をみなぎらせるカエルレウスと、冷静に周囲を見回すシエンティア。
     ジンザ・オールドマン(オウルド・d06183)はシエンティアの眼鏡を拾い上げると、それを彼女の方に放った。
    「いい眼鏡してますね、ソレどこで買いました?」
    「地獄で買うが良い」
     シエンティアはさらりと言い返す。
     容易に口車に乗りそうにはないシエンティアの様子に、ジンザは肩をすくめた。再び口を開き欠けたシエンティアに、依子が槍を突きつける。
     踏み込み深く槍で突く事で、シエンティアに口を開かせない作戦だ。
     下から蹴り上げた実の攻撃をギリギリで躱したシエンティアであったが、肩口を依子の槍が貫いた。
    「しつこい人間だ」
     シエンティアは舌打ちをして呟くと、槍を引き抜いた。気づいたカエルレウスが突進するが、その行く手にシールドを構えた暦生が待ち構える。
     ずしりと体に響く衝撃。
    「……それほど突破したいか」
     暦生はカエルレウスに問いかけると、実に視線を合わせた。どうやら、カエルレウスの意識をこちらに向けるつもりのようだ。
     気づいた実が暦生と合わせて、ビームを放った。
     カエルレウスの突進を、実も暦生も躱すつもりはなかった。ここでなんとしても死守して、そしてフルカスを倒さねばならない。
     何よりこの怒りの力は、二人の心そのものであった。
     明確な敵意を前に、カエルレウスが咆哮を上げて突進する。
    「止めたくば、我を倒せ! 我もフルカス様に何かあれば、貴様等を引き裂いて肉塊にしてくれよう!」
     カエルレウスの突進と、暦生のシールドが打ち合う。巨体から繰り出される鋼の体にシールドが弾かれ、暦生が体勢を崩した。
     とっさに実の側に居たクロ助が側に寄るが、そこにめがけて乾いた音が響く。
     漆黒の鞭が舌のように伸び、駆け寄ったクロ助に絡みついた。
    「そうはさせん」
     目を細めたシエンティアに、ジンザが弾丸を撃ち込む。
     仲間からのフォローは十分……ならば、ジンザは攻撃に専念するのみ。シエンティアを撃つジンザの援護射撃を受け、サフィ・パール(星のたまご・d10067)が暦生の側に駆け寄った。
    「俺達に攻撃の目が向いている間は……まだいい」
    「すぐに傷、治すですよ」
     サフィは細く頼りない声であったが、治癒を掛ける手つきも視線も迷いはなかった。周囲に気を配りながら、傷の具合を見ている。
     暦生が、立ち上がりながらサフィに礼を言った。彼の傷は深く、あまり楽観視出来る状況ではない事は、サフィが分かっている。
     傷に縛霊手を翳しながら、サフィはエルに視線を送った。
    「もうしばらく、お願いするです」
     治癒を続けるサフィ達を守るように、エルとクロ助が立ちはだかる。
    「人間相手にやられっぱなしだな、馬カエル野郎が!」
     一気に間を詰めた和守がカエルレウスを挑発しながら、その足下に蹴りを叩き込んだ。カエルレウスの視線を引きつけようと、じりじりと距離を保つ和守。
     組み付く和守をぶるりと振り払い、カエルレウスは彼を睨み付けた。それでも繰り返される攻撃は、厚い壁に阻まれる。
     シエンティアの目が、静かにそれを見つめていた。彼女のその、何か考え込むような視線にはっと気づいた依子が、声を上げる。
    「シエンティアに援護させてはなりません!」
     すう、とシエンティアがクロ助とエルを指さした。
     それは言葉も不必要な、カエルレウスへの指示であった。鞭を構えたシエンティアは、カエルレウスの攻撃に合わせて反撃を開始する。
    「脆いサーヴァントから片付けて突破する!」

     壁を突破する為、壁の主力となっているサーヴァントが集中的に狙われ始めた。
     怒りにまかせて周囲に炎をまき散らすカエルレウスの攻撃で、弱ったサーヴァントをシエンティアが鞭でまとめて嬲っていく。
     シエンティアとカエルレウスの波状攻撃に、ディフェンダーへのダメージが蓄積していく。
     こちらの班は防衛と治癒にメンバーが偏っており、攻撃に転じるのが遅れた事も災いした。
    「ここから先は、死力を尽くしてお前達を切り刻む!」
     シエンティアは、鞭をしならせて払った。空気を斬り裂く鞭の乾いた風切り音が、包囲している実達を斬り裂く。
     彼女に合わせて、カエルレウスが炎を放った。
     鞭がしなるたびに、剃刀で切ったような傷が深く刻まれ、その傷口を炎が焦がしていく。花咲・マヤ(癒し系少年・d02530)は果敢に飛び込みながら、その都度シエンティアの力を削いでいった。
    「ヒトマルを盾にしろ」
     怪我の深い暦生の肩を掴み、和守が言う。
     これだけの数で包囲をしていても、格上の相手から度重なる範囲攻撃を受ければ各自のダメージも疲労も無視出来ない程になっていた。
     じわじわとこみ上げる不安。
    「……2体同時の戦いがこのまま消耗戦が続くと、戦線を維持できなくなるかもしれません」
     マヤが呟く。
     相手が突破を目的としている為、全滅の危険性は低い。しかし、前衛の何人かは覚悟を決めているようだった。
     突破されるか、それともフルカス班が勝つのが先か。
     おそらく、こちらが倒すのは厳しい。
    「あの馬の動きを阻害するのは、僕の除霊結界じゃ難しいようだね。相手の突撃は阻止してあげられるけど、思ったより苦戦しそうだ」
     螢が、後ろのマヤにそう声を返す。
     包囲網の厚さもあって、シエンティアとカエルレウスによる炎と鞭の攻撃は、大分軽減されていた。
     しかしじわりじわりと、ダメージが蓄積する。
    「フルカスの所に行かせない事、それだけ出来ればいいんだ」
     螢は静かにそう言い、痛みに耐えながら手を翳す。
     砲口と化した腕から放たれる砲撃が、攻撃を躱そうと駆け回るシエンティアめがけて無数に打ち込まれる。
     近距離から焼かれる体の痛みに、螢は声も出さず。
    「動かないでくれるかな」
     螢はシエンティアから視線を逸らさず、攻撃を続けた。
     ルイセ・オヴェリス(高校生サウンドソルジャー・d35246)はイエローサインを送った後、目を伏せる。ギターを胸元に抱えるようにして、歌を口ずさむルイセ。
     ここを耐えれば、フルカスを仲間が倒してくれる。
    「ここを守れば……」
     ルイセは、その時が来ないように祈りながら歌い続ける。傷を受けながらも青い炎を燃え上がらせたカエルレウスにより、螢の体が業火に包まれた。
     ずるりと膝から崩れた螢が、蛇腹剣をしっかりと握って息を吐き出す。最後まで後方を守って、ずるりと倒れ込んだ。
     ぐらりと体勢を崩した螢の体を、ルイセが支えた。
    「そろそろかな……」
    「大丈夫だよ。……大丈夫なんだ」
     そう螢に言ったルイセも、堕ちる覚悟を決めている事に気づきシエナは視線を上げる。たぶん、多くの仲間が覚悟している。
     それはシエナも同じ。
     長期戦で終われば、誰も傷つかずに終わる。
     どこかでシエナも思っていたのかもしれない。だが、このままでは誰かが傷ついて終わってしまうのだ。
    「少し休めばだいじょぶですよ」
     サフィはルイセに代わって螢の体を抱えて、後ろに連れ出した。
     自分達が倒れるまでには、サーヴァント達は戻ってくる。諦めずに戦力を立て直す事を考えながら、シエナはギターを抱えた。
     ルイセの柔らかな歌声に合わせるシエナのギターは、激しくカエルレウス達を刺激する。
    「ここは通せません……ここは…!」
     再び自分に喝を入れるように、シエナはビートを鳴らした。
     じわじわとお互い削り合う長期戦に、ジンザは背後のフルカス班への不安を胸にしていた。
     この時間に至っても、まだフルカス班からの連絡はない。
     こちらは撃破を想定した班構成ではなく、仲間も戦力を片方に集中する様子はなかった。その為、こちらの班が長期戦になるのは仕方ない。
    「だが、後ろは…」
     小さく呟いたジンザに、サフィが気づく。
    「フルカス班、苦戦しているでしょか?」
    「恐らく。……こちらが力尽きる前に、戦力を傾けて女史だけでも片付けておいた方が止さそうですね。……ああ、女子ではありませんよ、女史です」
     ジンザは笑顔を浮かべてシエンティアに言うと、予言者の瞳を使った。
     続けてガンナイフから弾丸を放つ。周囲の状況を確認しながら、ジンザはサフィ達に一人一人、前衛の状況を伝える。
     シエンティアの視線がこちらに向き、鞭を放ってきた。
     腕を絡め取った鞭に視線を落とし、ぎりりとジンザは引く。
    「押しの強い女性は嫌いじゃありませんが、年増専ではないんです」
     ジンザの前に立っているのは、依子と実、暦生、そして傷だらけで立っているサフィのエルに、シエナのキャリバーのヴァグノだけであった。
     そうしているうちに、カエルレウスの突進でヴァグノが床にたたき付けられる。
    「これで終われはしない!」
     和守が刀を握りしめると、ジンザが前から制止した。
     これ以上二体に波状攻撃をされると、仲間を支えきるのが困難だ。ジンザは、シエンティアから倒す事を提案した。
    「フルカス班もこちらも、どうやら戦力を消費しすぎたようです。何としても片付けて、一刻も早く向こうに合流しなければなりません」
    「……分かった」
     和守は口を閉ざすと、カエルレウスに対する口撃を中断した。
     じっとシエンティアをにらみつけている依子が、ちらりと後ろを振り返る。ご迷惑をお掛けしますね、とジンザが言うと依子は目を細めた。
     飛び込んだ依子と一瞬遅れ、ジンザと和守が飛び出す。
     依子の槍を躱したシエンティアに、ジンザの蹴りが迫った。相手のスピードはジンザを上回っていたが、この長時間でジンザも把握している。
    「軌道予測は、するもんですね……っ!」
     脇に蹴りを食らい、シエンティアが体勢を崩した。
     目を見張ったシエンティアに、和守が迫る。飛び込んだ和守が、シエンティアの体を持ち上げる。
     空を舞ったシエンティアの体が、次には大きく床にたたき付けられた。
    「くっ……」
     うめき声を上げたシエンティアを、逃さない。
     和守がマヤに声を掛けると、彼はすうっとガンナイフを構えた。静かに咲く薔薇の紋章が、銃に光る。
    「これでも食らいなさい!」
     マヤの声を乗せて、漆黒の弾がシエンティアの胸元に咲いた。
     白い指先は、フルカスの部屋の方へと伸び……ぱたりと力尽きる。ゆっくりと消滅する彼女の体を見たカエルレウスは、咆吼を上げた。
     怒りを露わにして、カエルレウスは闇雲に飛びかかる。
    「避けろ!」
     実がマヤを押し退けると、猛烈な勢いで実の体が吹き飛び壁にたたき付けられた。血の雫が口から伝い、実は縛霊手を震わせながら、立ち上がろうと力を振り絞る。
     再び迫るカエルレウスとの間に、暦生が立った。
     倒れ込む実は、ルイセが支えながら助け起こす。まともに突撃を食らった実の意識は朦朧としており、力を使い果たしてしまっている。
     残った仲間も、皆消耗が激しい。
    「これ以上の犠牲は……出させない」
     低い声をルイセがはき出す。
    「どうやら、お互いそろそろ決着のようだな」
     暦生が振り返ると、マヤは廊下側に立って反対側に視線をやった。向こうから聞こえる足音が慌ただしく、叫び声のようなものが聞こえた。
     恐らく、誰かが堕ちた。
    「……急ぎましょう」
     マヤの声は、不安を含んで震えていた。
     
     フルカスの部屋へと突入したのは総勢20名、加えてサーヴァント3体という構成であった。
     各班の人数については最後まで話し合っていたが、結局二カ所間の部屋移動を行う事はなく、終戦までこの構成となった。
     配下の押さえの為に突入した仲間の後ろに続き、廊下と窓から灼滅者達が一斉になだれ込み、フルカスを包囲する。
     広い和室の床に描かれた真っ赤な魔方陣。
     そしてその部屋の端には、人の骸が壁を埋めるようにして積み上げられていた。
     開け放たれた窓から風が吹き込んでも、その死臭は隠せはしなかった。
     フルカスから離れた骸の闇の側に、本が無造作に積み上げられている。
    「久しぶりね、フルカス」
    「誰じゃったかのう。年を取ると忘れっぽくてのう。フォッ、フォッ、フォッ」
     フルカスは儀冶府・蘭(正統なるマレフェキア・d25120)を笑い飛ばしたが、蘭は決して忘れはしない。
     あの時、フルカスを逃がしてしまった雪辱は心にずっと残って居た。それに今ここで倒さねば、また今回のような事件が繰り返されてしまう事になるだろう。
     魔導書を手にして、蘭はフルカスのもとへと足を踏み出した。
     同時に窓から箒で飛び込んだ戒道・蔵乃祐(プラクシス・d06549)は、着地をしながら足下の本へと視線を向ける。猫に変身した水無月・詩乃(汎用決戦型大和撫子・d25132)を抱えた牧野・春(万里を震わす者・d22965)は、先に詩乃を部屋へと下ろしてやった。
    「……気をつけて!」
     蘭の声が詩乃に掛かるが、まだ武器すら抜いていなかった詩乃はフルカスの大鎌を躱す事しか出来ない。
     灼滅者の動きに、フルカスの動きは速かった。
     ヒヤリと背筋に冷たいものが走り、蘭は反射的にダイダロスベルトを放っていた。
    「悪いが、大事な書物がそこにあるんじゃよ」
     フルカスは笑って詩乃に言った。
     傷口を押さえながら、詩乃はバンテージをぎゅっと拳に巻き付ける。表情は落ち着いており、詩乃はすうっと身構えた。
    「いいえ、こちらこそ失礼致しました。では、そろそろご退席頂きましょうか」
     詩乃がフルカスの前に進み出ると、フルカスの周囲をルフィアと花衆・七音(デモンズソード・d23621)が取り囲んだ。
     窓際と廊下には、フルカスの逃走を阻止する為に蒼月・碧(碧星の残光・d01734)、そして神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)と空井・玉(リンクス・d03686)がそれぞれキャリバーとウィングキャットを連れて待ち構える。
     もう1体、リーヴァーが居るはず。
     リーヴァーを探そうとした蔵乃祐の横で、ダブルジャンプで飛び込んだ天宮・黒斗(黒の残滓・d10986)が即座に側にあった本へと影を放った。
     影の刃が書物を斬り裂くと、声を上げて本が開く。
     パラパラとめくれ上がる本の表紙には血痕と、そして人の手が。ずるりと這い出すように姿を現し、リーヴァーはため息をついた。
    「やれやれ、本を大事にしろと教わらなかったのですか」
    「悪いな、ソロモンの悪魔は大事にしろとは言われていなかった」
     黒斗はリーヴァーに言い返すと、剣をすらりと抜いて構えた。剣先は、ぴたりとリーヴァーに向けられる。
     リーヴァーにフルカスへ介入させないよう、間に黒斗は立って分断したままリーヴァーを見据えた。
     お互いに問いかけも会話も、必要はなかった。無数の骸を見つめる月影・木乃葉(人狼生まれ人育ち・d34599)は、拳を強く握りしめて怒りをこらえる。
     問いかけなどない。
     ただ、一方的な惨劇を生み出した彼らに、宣言する。
    「……ここでフルカスを灼滅する為、あなたは先に倒させてもらいます!」
     木乃葉は飛び出したい気持ちをこらえ、炎帝・軛(アポカリプスの宴・d28512)の体をベルトで包んで力を送った。
     木乃葉の守りを受け取った軛は、こくりと頷いてリーヴァーの行く手に立つ。
     ベルトを駆使してリーヴァーを突く軛の攻撃を、リーヴァーはゆるりと浮きながら躱した。
     周囲の紙片が、軛の視界を遮る。
     しかしリーヴァーの正面を動かないのは、仲間への攻撃を受け止めねばならないからであった。
     軛の脇をすり抜け、七六名・鞠音(戦闘妖精・d10504)と七那原・エクル(クオヴァディス・d31527)が一気に距離を詰める。
     ベルトを放った鞠音から逃げたリーヴァーに、エクルの斧が傷を作る。
    「浅かった」
     残念そうに軽くそう言う、エクル。
    「あなた方に構っている暇はありません。……ああ、フルカス様をお助けせねば」
     そわそわとした様子で言いながら、リーヴァーは魔導書を開いた。乾いたページがめくれ上がると、書き記された魔方陣が瞬時に爆炎を放つ。
     燃え上がった炎が、まず軛……そして黒斗とシルフィーゼ・フォルトゥーナ(菫色の悪魔・d03461)を巻き込んでいく。
     シルフィーゼと黒斗に手を伸ばす軛であったが、リーヴァーの炎は黒斗の腕を明々と燃え上がらせていた。
    「任せる!」
     黒斗は傷の治癒を行う事なく、リーヴァーに剣を切りつけた。弧を描く剣先が、リーヴァーの体を包む紙片と腕を斬り刻む。
     ただひたすら攻撃の手に意識を集中し、切り込む黒斗。
     そんな黒斗の様子に、木乃葉が急ぎベルトを巻いて治癒をしようとする。同時に軛は七不思議を口ずさみ、黒猫を呼び出した。
     リーヴァーの攻撃に晒されながら、軛は自分と黒斗、そしてシルフィーゼの火傷を癒やしていく。
     燃えるドレスの裾を払いながら、シルフイーゼがあきれた。
    「書物の癖に炎を使うとは、常識外れにも程があろう」
    「お前はここを通さない。フルカスとお前達の計画、ここで打ち砕いてくれようぞ」
     軛は淡々とした声で言うと、リーヴァーの本を掴んだ。バラリとページがこぼれ落ち、軛の腕を引きはがすリーヴァー。
     開いた本から光線が放たれると、シルフィーゼが斬りかかった。傷の痛みを押して黒斗がシルフィーゼと同時に仕掛ける。
    「……弾かれたか」
     黒斗の放った光刃を紙片が弾くと、続けてシルフィーゼが強烈な一閃を放った。風をも斬り裂く一撃が、リーヴァーの書物をざっくりと抉る。
     ばらりと散った紙片に、リーヴァーが悲鳴のような声をあげた。
    「ああ、私の本が……」
    「そんな心配をしておる暇があれば、我が身を癒やしたらどうじゃ」
     シルフィーゼはリーヴァーにそう言いながら、なおも剣を力強く振り下ろす。治癒をするかと思われたリーヴァーは、再び爆炎を放ってシルフィーゼと黒斗を蹴散らした。
     マリナ・ガーラント(兵器少女・d11401)はリーヴァーにぴたりと指を指して、挑発の声を上げる。
    「そこの本、マリナを放っておくと、そっち自慢の能力がガタガタになっちゃうけど、それでもいいのかおっ?」
    「何の事か分かりませんが、あなたは後で燃やしてあげますよ」
     そわそわとリーヴァーはフルカスを気にしながら、攻撃を続ける。リーヴァーを斬り裂こうと踏み込むマリナであったが、あと一歩が届かない。
     続けてそれ以上は踏み込まず、背に居るエクルと鞠音に視線を送る。こちらは対岸の部屋とは違い、軛が倒れれば突破される可能性が高い。
     一刻も早く、足止めを計りたいところだ。
    「3人を焼いたからといって、勝ったつもりかおっ?」
     マリナは、リーヴァーの気を引きつけるように声を掛けながら、影を放った。エクルもまた、マリナ同様にリーヴァーを捕らえようと影を放つ。
     二つの影が交差するようにして、リーヴァーに襲いかかった。
     素早い動きで影を躱すリーヴァーも、二人がかりで放った影を見切る事は難しい。
     マリナに続いて放ったエクルの影が、リーヴァーを捕らえる。
    「捕まえたよ!」
     エクルの表情に明るさが戻る。
     このままリーヴァーを追い詰めたい。エクルは左手で頭を押さえながら、意識を集中させる。
     右手のガントレットに握った龍砕斧が、唸りを上げた。
     渾身の一撃が、リーヴァーの体の一部を削り落とす。下半身でもある書物がざっくりと欠けたリーヴァーは、初めて自分に治癒をかけ始めた。
     魔導書から零れる光が、紙片を寄せ集めて修復していく。その傷は、すぐには元通りには戻りそうに無かった。
    「……っ!」
     即座に鞠音が放った最大火力の剣撃は、回避しようとしたリーヴァを斬り裂いた。その体には影が絡みついており、躱しきる事は出来なかったのである。
     治癒の隙を狙った鞠音の攻撃も、リーヴァーの予想を凌駕していたのであろう。
    「そこを退きなさい!」
     リーヴァーは声を荒げて、閃光を放った。
     光線は黒斗の体を貫通。
     崩れ落ちる黒斗は、傷を押さえて痛みに耐えようとする。体を木乃葉が支えるが、動けそうもなかった。
    「どうしましたリーヴァー、慌てたのですか?」
     慌てる事なく、冷たく言う鞠音。
     もっとも、リーヴァーは先ほどから落ち着かない様子ではあるが。
    「ボクにも君の事が少しだけ分かる。……どういう攻撃が苦手なのか、ね」
     力業で攻めるのが、やはり最も有効なのだ。エクルは、影による攻撃と絡めてリーヴァーを力業で押し込める。
     鞠音も槍に持ち替えてエクルに合わせ、リーヴァーを貫いた。だが、あまり長居はしていなられない。
     鞠音は窓辺の方をちらりと振り返った。
     空斗が来る前に、出来るなら片付けてしまいたい。切り刻まれたリーヴァーが、最後の力を振り絞って炎を吹き上げる。
     膝をついた軛の腕を、木乃葉が掴んだ。澄んだ鈴の音がシャンと響き、軛の意識を取り戻させる。
    「……」
    「まだ立てますか?」
     木乃葉の問いかけに、軛が口を開く。
     傷だらけになったリーヴァーの書物を見て、軛が体を奮い立たせようとする。木乃葉の治癒でも、限界が来ていた。
    「今です」
     鞠音の声が、フルカス班に掛けられた。
     振り返った背後で戦っていたフルカス班も、皆無傷ではなかった。しかし、治癒を行うリーヴァーを放置出来ないなどの判断から反転、リーヴァー灼滅に4名が合流した。
     戦う力を失った軛と黒斗に代わり、詩乃と七音が間に立つ。
    「ありがとう!」
     エクルは頼りになる二人の背を見ながら、ガトリングガンを構える。ずしりと重いガトリングガンから大量の弾丸が放出され、火を放った。
     最後の一手は、一気に詰める。
    「手は抜かない。みんな燃やしてお終いだよ」
     エクルは意識を集中したまま、リーヴァーに言う。闇雲に炎を放つリーヴァーの攻撃を受けながらも、シルフィーゼはリーヴァーの体を刻んでいった。
     崩れ落ちるリーヴァーの体に、春と蘭が加わり全ての力が注ぎ込まれた。塵一つ残さず……全て燃えて、全て散っていく。
     死の匂いに包まれながら。
     だがリーヴァーに戦力を傾けたその時、フルカスも動いたのである。異変を感じて振り返った蘭の視界に、ゆらりと立った誰かの背が映った。
    「…待ってたような手際だおっ」
     マリナが言う。
     倒れた仲間と有城・雄哉(高校生ストリートファイター・d31751)を守るように立っていたのは、異質な姿へと変わりつつある蔵乃祐であった。ゆるりと振り返り、ウロボロスブレイドでズルリと畳を掻く蔵乃祐。
    「撤退は必要ありませんから」
     後片付けも、引き受けます。
     蔵乃祐は変わらぬ口ぶりでそう言うと、フルカスに斬りかかった。
     
     フルカスを倒す上で、リーヴァーによる治癒が最もやっかいであった。
     しかし、フルカスへの支援を妨害する為にリーヴァーを分断すれば、リーヴァー班もフルカス攻撃班への介入がままならなくなる。
     玉と明日等は、サーヴァントであるクオリアとリンフォースにも指示をしてフルカス逃走阻止に動いた。
     少し間を置いて廊下側の行く手を阻む玉と、窓辺からの逃走を危惧する明日等。碧もまた、廊下側に立ち後方からベルトを放つ。
    「電撃戦だよ! 策を練る時間は与えないっ!」
     鎌を振り上げたフルカスの攻撃に備えて、七音、ルフィアも詩乃に続いて包囲を狭めた。巨大なモノリスを構えた白星・夜奈(夢思切るヂェーヴァチカ・d25044)は、祖父を呼んで詩乃の支援を依頼した。
     戦いに緊張する心を抑え、夜奈はモノリスの砲門を解放する。
    「もう、逃がしたく、ない」
     魔方陣から現れたソロモンの悪魔との戦いは、夜奈もはっきりと覚えている。あれ程の悪魔が再び現れるのだけは、避けたい。
     もう、誰も居なくなってほしくないから。
     夜奈の砲撃を大鎌ではじき返すと、フルカスはするりと蘭の槍を躱す。その動きは、蘭の記憶している前回のフルカスを遙かに上回っていた。
     心が震えるのは、恐れ。
     いや、奮い立つ意思。
    「絶望なんかしません。……絶対に!」
    「その通りです」
     ふ、と笑みを浮かべて詩乃が蘭に同意を示す。飛び込んだルフィアの攻撃をカバーするように、詩乃もフルカスの懐に飛び込んだ。
     詩乃の刃が、フルカスの体に迫る。
     削ったように見えた詩乃であったが、やや浅い手応えを感じていた。ギリギリでフルカスが、跳び蹴りによる致命傷から逃れた。
    「腕を上げたな、フルカス」
     とルフィアはいった後、ひと呼吸を置く。
     ……すまん、初めましてだったなと言い換えるルフィア。軽口を無駄口を叩きながら、詩乃と合わせてフルカスの足止めを計っていた。
     縛霊手をするりするりと躱すフルカスに、ルフィアは蹴りを交えて迫る。彼女の縛霊手を盾にするようにして、今度は月影・黒(涙絆の想い・d33567)が影を放った。
    「鬼さんこちら、手の鳴る方へじゃ」
     フルカスは笑い声を上げながら誘うように言うと、炎を放った。周囲を焼き尽くす豪炎が、ルフィアや七音達に襲いかかる。
     炎に晒され耐えるルフィアは、痛みを押して跳躍した。叩き付けられた蹴りは、フルカスを地面に叩き付けた。
     小さな体が跳ねた後、飛び込んだ春の刃が斬り裂く。
    「おおお、年寄りを足蹴にするとは」
     フルカスは目を見開くと、ふわりと上に飛び上がった。足下から伸びていた黒の影を大鎌で弾き、フルカスは目をぎょろりと光らせた。
     構えた大鎌で、ルフィアの体を一閃。
     灼滅者達の言動を挑発するようにのらりくらりとしていたフルカスであったが、その攻撃は盾となったルフィアだけでなく、弧を描くようにして周囲を切り払っていく。
    「次に会う時は、久しぶり……じゃな」
     フルカスはルフィアに言うと、その体を魔眼で射貫いた。
     崩れおちるルフィアが、縛霊手に力を入れようとする。しかし流れ落ちる血とともに、力はドクドクと流れ出ていった。

     フルカスはきょろりと周囲を見回す。
    「儂も仲間と一緒に戦いたいもんじゃ。そこに居る、リーヴァーをよこしてくれんかのう」
    「はいそうですか、て言う訳ないやろ」
     剣撃を中心に攻める七音から、フルカスはうまく逃げ回る。
     この時点で、実はフルカスの毒と炎から守る手段はライ・リュシエル(貫く想い・d35596)と七音に大きく依存していた。
     クオリアとリンフォースが守っていても、5人にフルカスの攻撃が蓄積し続けるのはあまりに重い。
    「フルカス様……」
     細い声が、リーヴァーから投げかけられる。
     フルカスはヒラヒラと手を振ってみせると、大鎌を構えた。黒はちらりとライを振り返り、攻撃のタイミングを計る。
     結界を展開したライと同時に、黒が切り込んだ。
     結界はフルカスを捕らえる事がなかったが、ライの攻撃に意識を向けたフルカスへ、黒が刀を振り払った。
    「おおっと」
     フルカスの上げた声に、黒は無言。
     足止めの為に攻撃を繰り出す黒に、フルカスはため息を一つ漏らした。翳したフルカスの目が黒に向けられると、はっとライが手を伸ばす。
     魔眼の直撃を受けた黒が後ろに崩れると、ライが力を放った。
    「駄目だよ……!」
     黒を抱えるライの前に、七音が飛び出した。割って入った七音が剣を構え、下から一気に振り上げた。
     破邪の斬撃が、フルカスの頭部を斬り裂く。
     傷口を小さな手で押さえながら、フルカスはうむむ、呻いた。
    「儂に動き回られると、相当困ると見えるのう」
     フルカスは息を吸い込むと、大きく笑い声を上げた。
     カッカと笑うフルカスの声が、痛みを消し飛ばす。これで振り出しですか、と詩乃は小さく呟いた。
     仲間が既にルフィア、黒と倒れている。
     元気を取り戻したフルカスが炎を連発すると、夜奈もついに力つきた。倒れた仲間のフォローも侭ならず、状況がじわじわと偏りつつあるのが分かる。
     だがその時、リーヴァー班からの合図が上がった。
     ルフィア倒れた今、盾である七音と詩乃がリーヴァーへの攻撃に回った事で、防御は夜奈の残したサーヴァントと包囲班のサーヴァント2体だけとなった。
    「好機じゃな。……敵に背を向けるべからずじゃぞ!」
     大鎌でフルカスがなぎ払うと、夜奈の祖父とリンフォースが消滅した。戻って来て体勢を立て直すまで、僅か。
     その僅かな時間の一撃の重さに、雄哉と蘭が飛び出した。
    「させません!!」
     蘭が槍に身を付けるようにして、突っ込んだ。
     フルカスを睨み付けた蘭の一撃が、片目を抉る。わめき声を上げながら、フルカスは更に炎を巻き上げた。
     炎に焼かれる蘭に代わり、雄哉が拳を打ち上げる。
    「下がって」
     静かに雄哉は声を掛けるが、雪辱に燃える蘭は下がる訳にはいかなかった。
     ここから先は、もう後がない。雄哉は炎からのダメージを抑えつつ、すうっと構えを変えた。
     狙いを定めた雄哉の拳が、フルカスの動きを捕らえる。フルカスは、迷わず大鎌を振りかざし……。
    「そうか……」
     雄哉が、はっと顔を上げる。
     最初から毒と炎で、平均的に削って一気に仕留めるつもりだったのだ。包囲網が薄い事に気づいて、こちらが警戒しないように倒さずに。
     そうして、仲間の気がリーヴァーに向いた後、フルカスは動いたのである。
    「そうれ、最後じゃ」
     フルカスが目を雄哉に向けた。
     ひやりと、背に冷水が零れるような衝撃が走った。雄哉は心を押さえながら、それでも拳を握りしめる。
     足を踏み出そうとしたそのとき、背後から誰かが飛び出した。
     構えたガトリングを、至近距離から叩き込む。後ろで仲間の治癒をしていたはずの、蔵乃祐であった。
    「悪いが、下がれ」
     絞り出すように、蔵乃祐が言う。
     雄哉が無言で立ち上がると、フルカスは声をのんだ。
    「逃げ損なったかのう」
     フルカスが窓に飛びつこうとすると、碧がベルトを放った。腕を狙ったそれはフルカスの鎌に斬り裂かれるが、碧は行く手を阻む。
    「何があっても……ここは通さないよ」
     たとえ逃げたとしても、どこまでも食らい付く。
     碧はフルカスを取り逃がさないように、睨み付けた。ここまでして、逃がしてなるものかと自分を奮い立たせる。
     完全に前衛が瓦解していたが、蔵乃祐がフルカスの逃走を許さなかった。
    「……何時も何時も……」
     何時もそうだ。
     蔵乃祐は、呟く。
     現実は厳しく、世の中生き苦しい。
     そんな世界を必死に足掻いて懸命に生きている命を、詭弁と教義を餌にして、奴らは手名付けようとする。
     それでも……。
     その欺瞞に、救われた人間が居たのだ。
    「だから……許さない」
     吹き上がる怒りを、腕に込める蔵乃祐。一撃一撃、叩き込むたびに彼の体が異質に変化していった。
     戻って来た七音と詩乃は、青ざめた顔で包囲に戻る。
    「すまん……うちらが行かへんかったら、隙を作る事もなかった。フルカスの力を、甘う見た結果や」
     七音は雄哉の傷を癒やしてやりながら、謝罪を何度も口にした。
     雄哉は首を振り、立ち上がる。仲間が堕ちたのだから、彼の作ったチャンスは逃しはしない。
    「僕が先行する」
     雄哉が玉と明日等に言うと、蔵乃祐と戦うフルカスの懐に飛び込んだ。蔵乃祐の猛攻にフルカスも気が抜けず、雄哉の拳はその隙を狙って正確に眼球を打ち抜いた。
     潰された目を、春の刃がなおも切り刻む。
    「好き勝手出来るのは、これで終わりです」
    「儂はちょっとちゃんすを頂いただけじゃというのに……おお痛い」
     フルカスは春にそう言い返した。
     春はそのフルカスの言葉に疑問を抱いたが、玉が影を放って会話を阻害する。フルカスは転がって逃げ惑いながら、言葉を続けた。
    「他勢力に横やりを入れるのは、アンタ達のお家芸でしょう?」
    「ただの言い訳だよ」
     玉は表情一つ変えずに明日等に言う。
     それはフルカスの話が嘘であるかのような口ぶりであったが、フルカスが何かを言おうとしているなら、今回の作戦の裏に何があったのかは聞いておきたい。
     蔵乃祐の腕から伸びたウロボロスブレイドが、ギリギリとフルカスを締め上げる。ゆるりと歩み寄り、蔵乃祐が凝視した。
    「魔方陣は、六六六人衆の真似事をしてでも果たすべき、ソロモンの悪魔の目的。それが大悪魔の総意でしたよね。ですが、横からかすめ取るなんて真似をどうしてやったのか、記念に聞かせてもらってもいいと思いますが」
    「ガイオウガはイフリートであり、逆もまた同じじゃ」
     よっこいしょ、とフルカスは玉の冷弾の直撃を躱してから、床に座り込んだ。
     明日等と玉の二段攻撃で攻めるが、傷を負っていてもフルカスの動きはまだまだ衰えない。
    「そのガイオウガの一部であるはずのイフリートが、新しい意思を持ち帰りよった。それが、お前達灼滅者とともに戦うという意思じゃ。新しい意思は、古きガイオウガの意思とは異なる為、ガイオウガの意思は二つに分裂する結果となったんじゃ」
     その意思の分裂を利用して、その力の一部を盗み取ったのが、フルカスの実験なのであった。
     ガイオウガの意思が統一されるまでの、ほんの僅かな間を狙った作戦。
    「武蔵坂とイフリートの交流も、あながち間違ってへんかったっちゅう訳やん」
     七音が言うと、フルカスは首を振った。
    「何を言っておる。勝つのは、古き意志に決まっておるじゃろうが。復活したガイオウガは、お前達灼滅者を滅ぼす為に動き出すじゃろう」
     フォッフォッと笑うフルカスを、ライの魔方陣が捕らえた。
     そこまでしゃべったからには、消える覚悟があるのだろう。ライは笑顔でそれをフルカスに告げる。
     何の関係もない人たちが、ソロモンの悪魔達の目的の為に犠牲になっていった事に、ライは怒りがこみ上げていた。
    「お前達のせいで……」
    「フォッフォッ、おぬし等の執念には降参じゃわい」
     からりと笑うフルカスに、明日等の槍が食い込む。
     力がこみ上げ、槍を突き刺す明日等の穂先が床に食い込んでいった。玉、そして碧と無数の仲間の剣や槍が、フルカスの体を貫く。
     それは怒りの数だけ。
     串刺しになったフルカスの体は、すうっと消えると……死臭に紛れた。

     黒いロングコートが風に揺れる。
     軽く跳躍し、体は羽根のように屋根に上がった。白い長髪がひょいと尾のように揺れると、天槻・空斗(焔天狼君・d11814)は室内をのぞき込んだ。
     どうも焦げ臭いと思っていたが、床に火がくすぶっているようだ。火は側に積み上げられた遺体に燃え移り、館も焦がそうとしている。
    「……」
     無言で剣を抜いた空斗の刃を、蔵乃祐は躱して身を引いた。既に意識が、奪われつつある蔵乃祐。
     空斗が自分を見る目が、灼滅者としてのものではないと分かっていた。
    「一足遅かったですね」
    「ソロモンの悪魔は逃す気はない」
    「フルカスの仲間でもないんですけどね」
     蔵乃祐が言うと、それもそうかと空斗は剣を納めた。既にここには、何も残って居なかった。
     フルカスが残したものも、配下も全て。
     意識が残る間に、蔵乃祐は全て消去したのである。もしかすると『持ち帰ってしまうかもしれない』という一抹の不安も、どこかにあったからだった。
     足を引きずるようにして、蔵乃祐が背を向ける。
    「あなたが来るなら、無理をせず馬は任せれば良かった」
     ぽつりと蔵乃祐は言うと、歩き出した。

    作者:立川司郎 重傷:天宮・黒斗(黒の残滓・d10986) ルフィア・エリアル(廻り廻る・d23671) 白星・夜奈(星望のヂェーヴァチカ・d25044) 月影・黒(高校生七不思議使い・d33567) 
    死亡:なし
    闇堕ち:戒道・蔵乃祐(ソロモンの影・d06549) 
    種類:
    公開:2016年9月1日
    難度:やや難
    参加:30人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 28/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ