蝉時雨、人時雨

    作者:朝比奈万理

     夏。
     何もかもが色鮮やかに光り輝く盛夏の季節。
     長い歳月から目覚めた蝉が、その短い一生を謳歌せんと啼く。
     熱くじりじりとした空気の中、けたたましくなく蝉の音は、ある意味、風流。
     そんな昼下がりの公園で、西院鬼・織久(西院鬼一門・d08504)は目撃する。
    「蝉の鳴き声よりも、てめぇらの方がウルセェよ。くそカスども」
     最近はやりのスマホアプリゲームに一喜一憂して大騒ぎしていた男子高校生が女に惨殺されるのを。
    「蝉時雨は風流だけど、人時雨は最悪だ。雑音は消えろ」
     血の水たまりを軽やかに飛び越えて、女は遺体に背を向けた。
     相手が六六六人衆だということを肌で感じ、体の血が逆巻くのを、織久は紙一重の理性でぐっと堪える。
    「……」
     鋭い眼光で己の怨敵を睨み付け、思うことは一つ……。

     あの日と同じようにじりじりと焼ける夏の日。
     また蝉の声がけたたましく、噴水広場で遊ぶ子どもたちがはしゃぎながら、
    「せみさんうるさい―」
     と、水と戯れてはしゃぐ午後。
    「集まっていただいて、ありがとうございます」
     木陰に集まった灼滅者を前に、織久は会釈をした。
     頭上では蝉の鳴き声がけたたましく響き、灼滅者たちは自ずと密着した格好で彼の声を聞く。
    「蝉の啼く公園で人間が騒いでいる。このような環境で一般人を殺める六六六人衆が――」
     と、織久が公園の入り口を見遣る。そこにいたのは麦わらのカンカン帽にノースリーブとジーンズの女。
    「現れた。六六六人衆、瀬見・鳴子(せみ・なるこ)。我等の怨敵……」
     織久の表情が一気に険しくなった。
     鳴子は噴水広場を見遣ると小さく顔をしかめた。子どもたちがはしゃぎ、それを見守る親もまた疎ましい存在なのだろう。
    「彼奴は、殺人鬼と鋼糸、そしてシャウトと同等の能力を有する。そして、蝉より五月蝿い人間を殺す」
     ということは、今一番のターゲットは噴水公園の子どもたちだ。
    「……彼奴はここで討つ」
     復讐の鬼と化す己を今しばらくの辛抱だと戒めて織久は、仲間たちを見渡した。
    「どうか、手を貸していただきたい」
     灼滅者の視線の先。鳴子は訝しげにベンチに腰掛け、ペットボトルのお茶を飲み干していた。


    参加者
    アンカー・バールフリット(彼女募集中・d01153)
    鹿島・狭霧(漆黒の鋭刃・d01181)
    華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)
    エルメンガルト・ガル(草冠の・d01742)
    西院鬼・織久(西院鬼一門・d08504)
    碓氷・炯(白羽衣・d11168)
    ベリザリオ・カストロー(罪を犯した断罪者・d16065)
    楯無・聖羅(冷徹なる処刑人・d33961)

    ■リプレイ


     今日も焼きつくような日差しの下、蝉たちが一斉に鳴きたてる。
     六六六人衆の瀬見・鳴子は、ベンチにどっかり腰かけてペットボトルのお茶を飲み干すと、ただ真正面を見つめて苛立っていた。
     真正面には噴水広場。
     そこではキラキラと水がはね、楽しそうにはしゃぐ子どもたちの声は、蝉時雨をも掻き消すほど。
     その脇では子どもたちの母親が、水に足を浸しながら楽しそうに談笑を交わしていた。
     せっかくの蝉時雨が、台無しだ。
     それどころか蝉に鳴き声を疎ましいと声を上げる始末。
     鳴子の苛立ちは沸点を超えかけていた。
    (「出産経験有りとは思えぬ見事なヒップラインからすらりと伸びる真白き太もも。ミニスカながらさりげなく、だがしっかりとガード。さすが人妻、身持ちが堅い。あちらの御婦人はまさかのホトパンニーソ。童顔さと相まって凄まじい威力――」)
    「うるせぇな……」
     アンカー・バールフリット(彼女募集中・d01153)の『夏の若奥様、生足リポート』は、鳴子のチッと高い音の舌打ちと低くつぶやく愚痴でジ・エンドとなった。
    「蝉時雨が聞こえねぇだろ、クソガキども……」
     と、鳴子は立ち上がった。
    (「蝉より五月蝿い人間を殺す? 堪んないわね。よくまぁそんな理由だけで……」)
     鹿島・狭霧(漆黒の鋭刃・d01181)はシューティンググラスと掛けると、鳴子の立ち上がったタイミングでCDプレイヤーの再生ボタンを押した。
    (「ま、六六六人衆だったら不思議じゃない、か」)
     広場に大音響で響いたのは、激しいヘヴィメタル。ギターが唸り、歌声はがなる。
     ギャンギャンと騒ぐ音に被せて、甲高い破裂音が敷地内に響き渡る。鼻をつくのは火薬のにおい。
    「晩夏の午後の昼下がりくらい、思いっきり騒いでもいいんじゃないでしょうか?」
     さあ、私たちに釣られてくださいと言わんばかりに楽しそうにはしゃぐ華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)がねずみ花火に火をつけて煙を立てれば、容姿をヤンキー風に仕立てたベリザリオ・カストロー(罪を犯した断罪者・d16065)が新しい爆竹の導火線に火をつけて放つ。
    「邪魔だからどっか行け」
     中世的で美形のベリザリオに一瞥され、思わず水遊びをしていた子どもを集めた母親たち。
     そんな彼女たちの耳に入ってきたのは、砂利が鳴る音。
    「ほら見てよ、オレけっこー上手くない?」
     スケートボードのローラーにジャッと砂を巻き上げ、エルメンガルト・ガル(草冠の・d01742)はわざと噴水の石垣に乗り上げた。
     そこに現れたのは蟹股で肩で風を切って歩くアンカー。柄の悪そうな雰囲気は、さしずめやくざの鉄砲玉。
     いきなり現れ、あれよあれよという間に騒音を立てまくる若者の集団に、母親たちは怪訝な表情。
     水に漬かっていた足もろくに拭かずに履物を履くと、各々子どもたちを水から上げ始める。
    「だいちゃん、帰るわよ」
    「たかちゃんも、おうち帰ってお昼寝しましょう」
    「……あやちゃん、お買い物行こうか?」
     子どもたちに靴もはかせず抱き寄せると、そそくさと帰り支度を始める。
    「えー、かえるのー?」
    「やだー」
    「まだおみずであそびたいー」
     駄々をこねだす子どもたち。
     無理もない。
     騒ぐお兄さんお姉さんがいても飽くなき欲求。それを大人の都合で止めてしまうことに納得いかないのであろう。
     ギャンギャン鳴るヘヴィメタに、ジャリジャリと砂埃を上げて走るスケートボード。
     そしてまた、爆竹の乾いた破裂音が蝉をも追い払うかのごとく鳴り響いた。
    「黙っていればいい気に鳴りやがって、お前ら、ウルセェんだよクソッタレが!!」
     喧騒にまぎれて怒鳴り声を上げた鳴子は利き手で得物を操り……。
     その横っ面を西院鬼・織久(西院鬼一門・d08504)の槍『闇器【百貌】』が穿った。
    「なっ……!」
    「ク、クク……漸く、漸く死合えるな、我等が怨敵よ」
     面食らった鳴子の目に映るのは、狂気に満ちた赤い瞳。
     そう、織久はずっと耐え忍び待っていた。
     鳴子がその本性を剥き出しにするときを。
     六六六人衆と殺し合いが出来る、そのときを。
    「餌を前に堪える畜生の心地だったわ。堪えた分、その血肉を味わわせて貰おう」
    「テメェ……! 灼滅者のクソヤローかよ……!」
     鳴子の歯がギリッと軋んだ。
     とっさに楯無・聖羅(冷徹なる処刑人・d33961)がパニックテレパスを放つ。
    「ここは危険だ、早く逃げろ!」
     エルメンガルトもスタイリッシュモードを発動させ、
    「悪いけど今からレンシューするから帰ってくれないかな? 今度テク教えてあげるからさ!」
     ウィンクすれば、お母さん方はうっとりと頷いた。
    「坊ちゃん嬢ちゃん、離れときな」
     殺界形成を展開させたアンカーが、いい人系不良風を装い背中越しに声をかける。
    「落ち着いて、自分のお子さんを抱えて。巻き込まれる前に公園の外まで逃げてください!」
     碓氷・炯(白羽衣・d11168)は、彼らに的確に指示を出しながら、二人の子の避難に手間取る母親に手を貸す。
    「うるせぇガキもババァも逃がすかよ! 蝉時雨を掻き消して騒ぐやつらは、皆殺しだ!!」
     キレてがなる鳴子の前に立ったのは、武装した紅緋だ。
    「誰も殺させません。あなたはここで終ります。華宮・紅緋、これより灼滅を開始します」
     紅緋に降りたカミの力は激しく渦巻く風の刃となって鳴子の行く先を阻む。
    「チッ、邪魔すんじゃねぇ!!」
     両腕に刃を受けた鳴子は、己の血ごと払いのける。
    「暑いからってイライラしないで?」
     逃げる一般人の背に庇い立ちはだかったエルメンガルトは、乗り回していたスケートボードを邪魔にならない場所へ蹴り出す。その代わりに現れたのは、槍『一輪花』。
     螺旋の唸りは、鳴子のわき腹を穿ち抉り取る。
    「テメェら人間がイライラさせてんだよ!!」
    「あら、子供達が元気に遊んでいるのは良い事ですわ」
     一般人への意識を逸らすためにベリザリオは、シールド『Escudo de luna llena』から放出されるエネルギー障壁で鳴子を思い切り殴りつけた。
    「けど、蝉の声より人の声がうるさいなんて……ダークネスでも日本人と言う事ですかしら?」
     蝉時雨は、日本の夏の煌きや命の灯を懸命に燃やす蝉の儚さと力強さを感じる音。
     それを突然振り出す時雨に見立てた、趣のある言葉。弟の織久も蝉時雨は嫌いではないと言っていた。
     戦闘になっても、蝉の音は響く。
    「ウルセェ雑魚は黙ってろ!」
     鳴子は得物の糸を手繰ると結界を編み出して、攻撃手と護り手を絡める。
    「あら、用意した曲がお気に召さなかった? ひょっとして、クラシックの方がよかったかしら?」
     地面に置いたCDプレイヤーからは相変わらず激しい音楽が鳴り響く。狭霧はめぐらされた糸を掻い潜り、地面を蹴った。
    「それとも……阿鼻叫喚のフルコーラスかな?」
     死角からの斬撃に、鳴子の足元からは血が噴出す。
    「……クソッタレが!」
     苦々しく呟いた鳴子の目の前には、聖羅のバスターライフル『アクセラレーターAM500』の銃口。今まさに魔法光線を吹かんと光を集め。
    「殺していいのは殺される覚悟のある奴だけだ。貴様にその覚悟がないとは言わせん!」
     聖羅は、鋭い眼光で敵を見据えてトリガーを引く。
     寸でのところで魔法光線を避け切る鳴子。しかしその着地点を読んだように、帯がその四肢を切り裂く。
    「身勝手な理由で人を殺して……要するに殺したいだけ。そうでしょう?」
     一般人避難を完了させた炯がベルトを纏い、冷ややかな目線を鳴子に向けていた。
    「僕も貴方が目障りなので殺させて頂きますね。人を殺すのです、当然自分も殺される覚悟はあるでしょう」
     子どもや母親に見せていた物腰柔らかで穏やかが垣間見える姿は皆無。
    「どうかできるだけ、惨く苦しんで死んでください」
    (「生足じゃないんだよなぁ」)
     炯の後方で、アンカーは小さく息をついた。
     自分が鳴子と一般人との最終防衛線。
     もしこの六六六人衆をここで抑えられなければ、あの若奥様と子どもたちを護ることができないなら、そのときは――。そう決めていた。
     だけど炯が戻ってきたということは、その必要はないということだろう。
     小さくついた息は安堵の息。構えた交通標識の色を黄色く染めれば、攻撃手と護り手の傷を癒して更なる力を与える。
    「さてと、邪魔な一般人も無事に避難できたそうだし、後は……」
     ナイフ『Chris Reeve “Shadow MKⅥ”』を拳でスピンさせ、逆手に持ち替えた狭霧は鳴子を真っ直ぐ見据え。
    「アンタをブチ殺すだけね」
    「ヤれるもんならヤってみな!」
     叫ぶ鳴子はどす黒い殺気を無尽蔵に放出した。殺気はあっという間に狙撃手と回復手を巻き込んでいく。
    「それに殺される覚悟なんて端からないよっ! だってあたしは殺されないからねぇ!」
     狂気と殺気に満ちた自信はどこから来るのか。
     戦場には蝉時雨が降り注ぐ。


     その風流好きの六六六人衆は、荒々しく武器を振るい業を使う。一撃はとても重く激しい。
     だが、灼滅者たちも負けはしなかった。
     それは一人ひとりが自分に与えられた能力を生かし、それを最大限に生かしたからであろう。
    「雑魚が何匹も……五月蝿いんだよ!」
     消耗してきた鳴子。自棄になりながらも操る高速の糸は織久へと向かうが、ベリザリオが庇い受け止める。
     大切な弟を護るのも兄の役目だ。
     やや揺れた瞳を見せた織久に、
    「大丈夫ですわよ」
     と笑いかけると、弟を弟ならざる者に変えてしまう六六六人衆を怪訝に見据え。
    「五月蝿いのは、お前だ!」
     縛霊手『Garaa de bestia』に力を込めて思いっきり殴りつける。
     ふらつく鳴子の様子を見てアンカーは、とっさの判断で弓を構えた。
    「もう少しでヤンキーのお姉さんを叩けそうかな?」
     放った矢は、確実に討つ為の力を与える。
    「私は命は惜しくないが、貴様はどうだ? まさか惜しいとは言うまい?」
     高速の動きで鳴子の死角に回り込んだ聖羅は、守るものすべてを切り裂かん勢いで敵を攻める。
    「くっ……!」
    「さあ泣き喚け! 貴様の大好きな蝉の如く、美しい悲鳴を奏でるがいい!」
     蝉の大声は、きっと断末魔でもあるのだろうから。
     聖羅が離れると間髪いれずに飛び込んだのは狭霧。
    「そろそろ覚悟を決めたら?」
     変形したナイフの刃は、鳴子の傷口をさらに抉っていく。
    「……っ!」
    「そろそろ始末がつきますか」
     紅緋は自らの腕を肥大化させると、よろめく鳴子に飛び掛る。
    「手負いの獣ほど怖いものはありません」
     確実に慎重に殴りつけたその体は宙を舞った。
     と。
     蝉時雨の切れ間がやってきた。
    「今っ!」
     今が攻撃のタイミングだと訓えるかのごとく、蝉が押し黙る一瞬の隙。エルメンガルトは地面を蹴ると、鳴子の着地点まで飛び、着地のタイミングを狙い定めて斬り裂いた。
     叫び声を上げる鳴子は膝を着く。
    「……いやだ、静か過ぎる……!」
     さっきまで降ってた時雨はどこに?
    「セミだって、延々鳴き続けはしないよ」
     よっ、と着地したエルメンガルトが告げる。
    「おや、五月蠅い人間は殺すのではなかったのですか?」
     うろたえる鳴子を見下ろすのは、炯の冷笑。
     窮地に立たされた宿敵に、慈悲はない。構えた交通標識を真っ赤に染め上げると、思いっきり殴りつける。
    「あああぁっ!!」
     飛ばされる鳴子の先には、織久。
    「蝉時雨の代わりだ。存分に叫ぶがいい」
     そして、怨敵に常しえの死を。
     空中での斬撃で血にまみれた鳴子は地面に転がり落ちる。
    「……ちっ、畜生がぁぁぁ!!!!」
     一匹の蝉が鳴き声を上げる。
     と、一匹、また一匹と鳴き出し、やがて大きな蝉時雨に変わる。
     蝉の音が公園中に響き渡るころには、鳴子の体も土に解けて消えていた。


     戦闘の痕跡を残さぬよう、各自持ち寄った花火の燃えカス、スケートボードを片付ける灼滅者たち。
    「まったく、五月蠅いのはワカランでもないけど、だからって殺戮するのはやりすぎだわ」
     狭霧は息をつきながらCDプレイヤーの停止ボタンを押すと、聞こえてくるのは、夏の空気いっぱいの蝉の声。
     木々の隙間を目を細めて見上げ、夏の声を聞く織久の隣に立ったベリザリオは、彼と同じように木々を見上げた。
    「……蝉の声は嫌いじゃないといっていましたよね? 今度一緒に自然公園にでも行きましょう」
     夏も、もうすぐ終わり。
     名残の蝉時雨を聴きに行くのも、また一興。

    作者:朝比奈万理 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年9月1日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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