最弱へっぽこ庭球部が羅刹の斬新な指導でご覧の通り!

    作者:旅望かなた

     ホームラン率19%。
     野球部ではない。
     テニス部である。
    「くそっ、そんな状態で次の練習試合勝てると思ってんのか! 馬鹿野郎!」
    「「「すっ……すみません!」」」
     晴れ渡った空に似合わぬ大声に、少年達は怯えたように頭を下げた。
    「次の練習試合で勝たなきゃ……勝たなくっちゃ……俺達のテニス部はなくなっちまうんだ!」
     怒号を上げた少年の、フェンスを掴んだ手に力が入って白く染まる。
    「……つか、それテニスだったの?」
     突如降って来た男の声に、少年達がはっと顔を上げた。
     用具入れの上でくすっと笑ったのは、つばを後ろに向けて帽子を被った青年。
    「ただの球遊びかと思った。ほら、どこまで遠くに飛ばせるか、なんてね」
    「テメェ……!」
    「テニスなんてやったことないけど、君達よりは上手だと思うよ」
     バン、と鋭い音がした。
     かの少年が、用具入れの扉に拳を叩きつけたのだ。
    「とっとと下りてきやがれ。そこまで言うならやってみろ! いくらなんでも俺が素人に負けるわけがねぇだろう!?」
    「試してみたいんだ。物好き」
     くすくすと笑った青年は、無造作にラケットの1本と1つのボールを手にし、コートに入る。
    「ルールは知ってんだろうな? サーブは一番後ろのラインから、相手のこの枠の中に……」
    「必要ないよ」
     乱暴に、けれど親切に説明しようとした少年に、青年はひょいと肩を竦める。
    「ボールをこのラケットで打ち返して枠の中に入れるだけだろ? あぁ、あと、相手の体に当てても自分の得点になるんだっけ、いいルールだよね」
    「貴様……!」
     目を吊り上げる少年に楽しげに笑って、青年は投げたボールにラケットを人外の速度で叩きつけた。
     
    「あは、手加減できなかったなー、ごっめんねー」
     全身に打撲傷を負ってボロボロになった少年の隣にラケットとボールを放り投げ、震えあがる部員達を尻目に青年はコートの入り口に向かって歩き出す。
     けれど、フェンスの扉を抜ける前に。
    「……待て」
     かすれた声が、青年を呼び止める。
    「ん?」
    「…………待って下さい」
     少年が、必死の表情で青年に起こした顔を向けていた。
    「部長!」
    「無理しないで下さい、今保健室、いや救急車……」
     慌てて駆け寄る部員達に「邪魔するな!」と叫び、少年は声を振り絞る。
    「俺達の、監督になってください……真っ当なテニスじゃなくても、俺達はどんな手を使ってだって、勝たなきゃいけないんだ……! 弱小でも勝てなくても大事なテニス部だけど、勝たないとなくなっちまうんだ……!」
     動いているのも不思議なほどの体を、少年は必死に起こして正座の形にする。
     そのまま、歯を食いしばり上体を勢いよく倒した。
    「おっ・……」
    「俺達からも、お願いします!」
     部員達が部長に倣い、慌てて土下座する。
     ふ、と息を吹く音が聞こえた。
    「あっはっはっはっは! 面白い、これだから人間って面白いよ!」
     少年が気が付けば、目の前に青年の満面の笑みがあった。
     冷たい風が吹き抜けたかと思えば、体を覆っていた痛みが引き、色の変わった腕や足が健康的な肌を取り戻す。
    「オーケー。徹底的に、相手を破壊して勝利できるように、俺の力分けたげる。だから……」
     酷薄に、唇が笑みの形を作った。
    「俺のこと、楽しませてよ?」
     
    「ラケットは人を傷つける道具じゃないけどラケットから放たれたボールはノーカン……てなわけないってばぁぁぁぁ!」
     なにか思い出して怒りを再燃させたかのように須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)が雑誌を放り投げた。
     一同は見ないのが優しさだと思ってそっと目を逸らした。
    「……とにかく、ダークネス事件だよ。ある羅刹が、弱小テニス部を支配して、彼らに殺人テニスを仕込んでるんだよ!」
     羅刹は楽しげに監督を名乗り、気まぐれに選んだレギュラーに力を与えたり、それ以外の部員達にも特訓と称して相手の弱点を的確に狙う技を伝授したり、やりすぎて壊しかけてはサイキックで回復してやったりと、好き放題にテニス部を弄んでいる。
    「でもサイキックアブソーバーが予知しちゃったからにはもう好き放題にはさせないね! 強いけど、どうか倒してきて!」
     ぱしんと手を合わせたまりんは、早速地図を取り出して詳しい説明に入る。
    「舞台になる高校は結構山の中にあって、テニスコートはさらに少し離れてるから、テニス部員以外の邪魔は入らないと思うんだよね。だけど、15人のテニス部員は、羅刹に完全に支配されちゃってるんだ」
     そのうち7人が、羅刹が己の力を分け与えた相手。
    「1週間後に他校との練習試合があって、それに勝たなきゃ廃部なんだって。だから、放課後は夜遅くまで熱心に練習してるんだけど、ナイター設備がないから昼間に行った方が良いと思う。サイキックアブソーバーが予知したのも、1週間以内の昼間に小細工なしで突撃って感じだったから!」
     羅刹は後衛から風の刃を生み出したり、冷たい風で多人数の回復を行ったりし、隙あらば腕を鬼神に変えて殴りかかってくる。同じく後衛にいるのは、強烈なサーブで攻撃するレギュラー以外の少年だ。レギュラーの少年達は、前衛と中衛に位置してテニスラケットとテニスボールでガトリングガンに似た攻撃を繰り出しながら、羅刹とその他の少年達を守っている。
    「厄介なのが、テニス部員のみんなが羅刹の指示で連携を取って動けることと、彼らが一般人だってことだね。羅刹を倒せば元に戻るけど、羅刹はなかなか後衛から出てこないから……勢い余って殺しちゃわないように、気を付けてほしいの」
     
     説明を終え、まりんはぺこりと頭を下げる。
     そして、真っ直ぐに灼滅者達を見つめた。
    「このままだと悲劇が起きるだけじゃなく、テニス部のみんなも大好きなテニスの道具で人を殺しちゃう。お願い、羅刹を倒してみんなを止めてあげて……!」
     力強く頷いた灼滅者達は、教室を後にした。


    参加者
    天塚・箕角(天上の剣・d00091)
    エイナ・ルディレーテ(蒼き剣の戦姫・d00099)
    蒼月・悠(蒼い月の下、気高き花は咲誇る・d00540)
    紗土原・暦(化鳥の羽根・d03691)
    紫乃・鴇(はたらく御神体・d05552)
    天城・優希那(おちこぼれ神薙使い・d07243)
    衣川・正海(ジャージ系騎士志望・d07393)
    小川・晴美(ハニーホワイト・d09777)

    ■リプレイ

    「最近のテニスって、ホントに戦いなのね……」
     誤解である。
     小川・晴美(ハニーホワイト・d09777)は盛大に誤解しているようだが、普通のテニス部員やテニスプレイヤーは普通の試合してるはずである。たぶん。
    「さて、テニス部の救出か」
     というわけで、さっくりと天塚・箕角(天上の剣・d00091)が話題を戻しつつ小さくため息を吐いた。
    「よりにもよって羅刹にコーチ頼んじゃうとかまた面倒な事を……」
    「せめて用心棒だったら良かったですのにね」
     ちょっと嬉しそうに言う時代劇フリークな紗土原・暦(化鳥の羽根・d03691)に、それも厄介だったんじゃないかなぁと箕角が首を傾げる。
    「よく過程が重要と言いますが、結果が残せなければ評価はされない事はよくありますよね」
     蒼月・悠(蒼い月の下、気高き花は咲誇る・d00540)が大人びた表情で口を開く。若くして一族の当主となった彼女の口調と思考は、実年齢より幾分上だ。
    「私も運動が苦手なので、上達したいなってお気持ちはわかります」
     天城・優希那(おちこぼれ神薙使い・d07243)が小さく頷く。特技が『何もないところで転ぶこと』である彼女には、他人事ではない。
    「でもそれはルールを守って楽しく運動するのが前提だと思うのです。テニス部員さんの為にも頑張らなくては、ですね」
    「ええ。手段を選ばないのは時に必要ですが、殺人とまで行きますと行き過ぎですよね」
     悠が優希那に頷き、衣川・正海(ジャージ系騎士志望・d07393)が柔和な表情を引き締める。
    「みんなのテニス部への想いを利用し、弄ぶなんて……許せないよな」
     エイナ・ルディレーテ(蒼き剣の戦姫・d00099)が頷き、幾分緊張した顔でカードを握る。
    「上手くいくといいのですが……皆さんと協力すれば大丈夫だと思います」
     天才として訓練を受けるも、今は日常に馴染み、そして実戦は初めて。
     けれど、綿密に作戦を立て、頼もしい仲間がいる今なら大丈夫。
     テニスコートが見えたところで、足を止めた灼滅者達は頷き合う。
    「とりあえず羅刹と部員以外は人も来なそうだし、思いっきり行けそうね」
     にっと笑って箕角が弓を握る。
    「手強そうな相手だけど、ほっとけるわけないな」
     正海がひょいとロッドを肩に担いで。
    「いざ、勝負っ!」
     鬨の声を上げ走り出す。先頭を駆けたエイナが、テニスコートの扉を思いっきり押し開く。
     コートの中の誰もが反応する前に、赤い髪と煌めく光が転がるように飛び込んだ。
    「穢れ反応有り、撲滅するんだよーっ!」
     元気いっぱいにサイキックソードを構え、紫乃・鴇(はたらく御神体・d05552)だ。
    「…………へぇ、道場破り、ならぬコート破りってやつかな?」
     徐々に硬直から解け、慌てるテニス部員の中で、ただ一人。
     帽子のつばを上げ、冷静に肩を竦めるのが間違いなく羅刹であろう。
    「私の影……目覚めてここに力を!」
     悠の呼び掛けと共に、その指に契約の指輪が輝く。
    「僕の可愛い生徒達、僕を守れ!」
    「させません!」
     天から降り注ぐような光を、悠は部員達に向けた。
     同時に、優希那と鴇、そして正海が頷き合い、魂鎮めの風を呼び起こす。
    「皆さんは、操られてるだけなんです!」
    「こんな事で強くなったって、意味がないんだよっ。だって、殺人てにす部だなんて広まったら、練習試合で勝つ勝たない以前に廃部決定なんだよっ!?」
    「……そっ」
    「それは……!」
     羅刹の周りに集まっていた部員達――恐らくはまだ力を与えられていなかった者達が、改心の衝撃と共に穏やかな眠りに落ちていく。
    「それでもっ……やるのとやらないのなら、やる方がマシだ!」
     眠らなかった中で一際闘志を燃やすのは、話に聞いた部長だろう。レギュラー達が頷き、素早く羅刹を守るように展開する。
    「このマッポー的アトモスフィア……戦いに必要であっても、テニスにはいらないモノですの!」
     紗土原・暦さん温室育ちのお嬢様。最近インターネット上のコミュニケーションツールのおかげでオモシロ口調になりつつあるのがご両親の目下の悩みだそうである。
     某神崎くんのご両親とは仲良くなれるかもしれない。
     というわけで展開されたヴァンパイアの力を宿す霧の中、箕角が大量の矢を一気に番えて弓を引く。星界の霊力を込められた矢は、空中で一本一本に分解した次の瞬間、流星となって降り注ぐ。
     ひょいと晴美が何かを投げ上げたように見えた。
     現れたのは鎌に宿りし漆黒の咎の力。それを鎌をテニスラケットの如く掲げ――!
    「私の波動ショットは漆黒よ!」
     叩きつけると同時に広がる闇の波動!
     そしてその中に、冴えわたる月光のように剣線が現れる。エイナが振るった刀の軌跡に合わせ、闇と合わさるように光が弾け、衝撃が広がる。
    「くっ……!」
    「俺達の力じゃ、まだ……」
     思わず力なく呟く部員達に、「馬鹿を言うな!」と叩きつけられる声。
    「諦めんじゃねぇ! こんな俺達を勝てるようにしてくれる監督一人守れなくて……試合に勝てるわけがねぇ!」
     はっと目を覚ましたように前衛の部長を見つめ、頷く部員達。
    「……私達が、悪役みたいな気分になってきますね」
     思わずため息を吐くエイナ。
    「言ったよね。ダブルスの極意は」
     癒しを乗せた冷風を吹かせながら、監督がくすと笑みを浮かべる。
    「潰したいところから集中攻撃」
    「「「はい!」」」
     元気よく返事をした部員達が、一斉にボールを頭上に投げた。
     ラケットの狙う先は――暦!
    「っ!」
     急いでシールドを展開し、ボールを弾き、打ち落とす。けれど一球がそれをすり抜け、対応が遅れて二球目、三球目、あと一球喰らえば危ない――!
    「暦さんっ!」
     鈍い音と己の前に飛び込んできた影に、暦は瞠目する。赤くなった頬を隠すように振り返って、優希那はにこと笑った。
     戦いは得意ではないけれど、己の力で誰かを守れることは誇らしい。
     正海が高らかな歌声を響かせ、暦の傷を癒していく。暦がありがとうと頷き、シールドの守備範囲を一気に広げる。
    「寒い中でもしっかり動けるように頑張りなさい! さあ、これは特訓です!」
     悠が一気に体温を奪い、部員達の体に氷を張る。攻撃に威力を上乗せできる上致命傷になりづらい氷を重ねる戦術は的確だった。
    「テニスは人を傷つける為のものではありませんよ」
     さらに優希那が氷の力を解き放ち、同時に必死に呼びかける。
     鴇が勢いよく突っ込み、サイキックソードの力を一気に爆発させる。彼女に打ち返そうとしたボールが、逸れて後衛へと突っ込んだ。
    「ちょ、あぶなっ!」
     顔のど真ん中に当たりそうになったボールを、慌てて箕角が屈んで避ける。
    「どんな手を使ってでもって言っても、限度があると思うの!」
     そしてボールを撃った部員に向かい、両手で弓を構え飛び出す。
    「……え?」
     唖然とする少年を、バックハンドの要領で殴りつける。
     目を丸くしたまま倒れる少年。そりゃまぁ弓で殴りつけてくるとか驚こうってもんである。
     さらに踏み込んだエイナが、くるりと刃を返した。刀の峰で地面に叩きつけられた少年が、白目を剥いて倒れる。息はあると遠目に確かめ、エイナはすぐに羅刹へと注意を移した。
    「んー、一撃必殺はダメだなぁ。じゃあ、全体攻撃に変えてみよっか」
    「「「はい!」」」
     再び宙に舞う黄色のボール達。
     二人しかいない前衛でも、暦が離脱した後衛でもなく、要となる中衛に向かって無数のボールが炸裂する!
     悠が指輪の小さな面積を使ってボールを叩き落とし、鴇が刃の光を広げて球を灼こうとし、大鎌がラケットの如くボールを打ち返したとしても、まだ足りない打撃が彼らの体を穿つ。
     そして笑いながら、けれど鋭い眼光で彼らを観察していた男は――軽やかな動作とは裏腹に巨大な肉塊へと腕を変える。
     一番の深手を負った鴇に向けて、にやりと笑った瞬間。
    「冷水に晒され沈みし者のみ生き残る――寒ざらしレギュラー争いビーム!」
     テニスの力とご当地の力が合わさり監督直撃!
    「っ……テメェ、馬鹿にしてんのか!?」
     突如変化した口調に、晴美は驚くことなく唇の端を吊り上げる。
    「油断したわね、これが晴美ゾーンよ!」
     次の瞬間、晴美は強かに頬を――否、横顔丸ごとぶちのめされていた。
     鮮やかな赤を撒き散らしながら転がった晴美に、慌てて正海が駆け寄る。
    「無茶しやがって……」
    「これは団体戦だからね」
     血を吐きだしながらニィと笑った晴美に、肩を竦めながら正海が他の二人にも合わせて清めの風を呼び起こす。
    「こんな痛くて、苦しいのってさ、みんなが望んだテニスじゃないだろ? ラケットも、ボールも、もっと楽しいことができる道具であるはずなんだ!」
     心の底から叫ぶ正海に、鴇が「まったくだよ!」と頷いて、手加減モードに調整したサイキックソードをぶち当てる。
    「確かに、楽しむのが大切だとしても……」
     ゆらり、と残る前衛でただ一人、部長と呼ばれた少年が戦意を新たにする。
    「楽しむための場所は自分で護らなきゃいけないんだ!」
     次の瞬間、ぱん、と乾いた音。
    「しっかりしてください!」
     倒れ伏す部長の前に、悠がしっかりと腕組みして立っていた。
    「スポーツとは何です!? あなた方のやっているのはスポーツではないと思わないのですか!?」
     はっとしたように目を見開いた少年の首が、がくりと落ちる。
     大丈夫、ちゃんと胸は呼吸に上下している。
    「テニスは人を傷つける為のものではありませんよ」
     そう言った優希那が、ふわりとした動作で、けれど的確な体当たりで少年を気絶させる。殺してはいけないという状況に帰って肝が冷えたけれど、彼の顔は穏やか。大丈夫、と優希那は頷き前を向く。
     暦が改めて守りに入り、シールドとヴァンパイアの霧を広げた頃には、最後の一人が手加減された一撃で倒れていた。
    「っそ……俺の遊び場を、壊しやがって……!」
     怒りのエフェクトと正真正銘の怒りによって、羅刹の右腕が血管も破れんと膨張する。目的はもちろん、怒りを与えた晴美だ。
     これ以上、危ない。けれど――!
    「そのようなスポーツマンシップを忘れたやり方で、あなた方は満足なのですか!」
     刀を頭を守るように構えたエイナが、しっかりと羅刹の腕を受け止めていた。
     突き刺さろうとした刃に思わず羅刹が下がった所で、一度抜き身のまま腰で溜めた刀を抜刀するように抜き放ち、羅刹jの胸に横一文字を作る。
    「千年魔京クラァァァッシュ!」
     さらに羅刹を引っ掴んだ鴇が、小柄な体で長身の相手を一気に持ち上げ――、
    「よくも、ちょっと弱いだけの真面目なてにす部を、周囲の学校に練習試合も受けてもらえなさそうな、てにすっぽい何か別の部に変えてくれたね!」
     ご当地パワーで叩きつける!
    「絶対に許さないんだよーっ!!」
    「ふん、上流階級の遊戯ごときにしかも庶民が夢中になりやがって!」
     己の危機に激昂する羅刹に、晴美が歌声を張り上げる。
     応援歌の如き雰囲気すら含んだ、神秘の歌声に羅刹の目尻が下がりかけ、慌ててはっとしたように吊り上げた。催眠の効果は強力だが、発動率は高くない。
    「そう、上流階級の遊戯に飽いたら、サツバツが好みですか?」
     にこと笑って暦が、裁きの光を解き放つ。機会があったら手加減攻撃に参加しようとしていた両手のラケットが、名残惜しげにジャッジメントレイの照準を合わせていた。
    「くそっ、くそっ、くそっ……!」
     凶暴な羅刹の本能を現し、腕を膨張させる男に、悠は指輪を向けて念じる。
    「その動き、止めて見せます。見えないこの弾丸を避けられるでしょうか?」
     空気を斬り裂く弾丸が、羅刹の腹へと突き刺さる。続いて、優希那が一瞬遅れて同じ場所にもう一発。
     それを見た正海が、楽しげに箕角にウィンクした。
    「よし、ダブルスで行こう!」
    「……なるほどね」
     正海が手の中に呼んだ風に、何を意味するか理解した箕角は頷き、己も風の刃を生成する。
    「覚悟しなさいエセ監督……いや、羅刹!」
    「さあ、あんたが部員皆にやって来たことの、倍返しだぜー!」
     無数の風の刃に貫かれた羅刹が、咆哮を上げる。
     だが、彼も風を操る力を持つ者、二人よりも大きな気流が、彼の周囲に巻き起こり――けれど。
     彼が、それを解き放つ機会はなかった。
    「消え去るといいです、羅刹……」
     ぱちん、と刀を納める代わりに、力をスレイヤーカードに封印する。噴き出す鮮血。
     最後に悪態を吐こうとした口も、憎しみのこもった瞳も、そのまま消えた。

     倒れ伏した少年達には、目立った外傷も命に係わりそうな様子もなかった。
     命の危機も闇堕ちの危機も免れたことで、ほっと晴美が息を吐く。
    「ごめんなさい、どうか安らかに」
     羅刹の倒れた場所に、そっと優希那が手を合わせる。
    「これからもこういうやり方が続くなら、見過ごせないですね」
     エイナが呟く。けれど、恐らくまだこのような事件は何度も起きるだろう。
     灼滅者達が解決できるのは、今はまだその一端、エクスブレインが予知した事件のみだ。
    「とりあえずはこんな事をやらかしたんだから正座で説教はしないと!」
     悠が真剣な顔で――ちょっぴり嬉しそうにかもしれない――カードに力を仕舞い込んで少年達を起こそうとする。
    「そもそもの事の発端は、身の程知らずな殿方の勝利への執念ですわ! エクソシストとして、彼らを更正させなければ!」
     こちらはもっと嬉しそうに、暦がせっせと禅修行の準備を始めていた。l
    「ふぃ~、とりあえず一件落着っと」
     箕角が緊張の解けた顔で、ふわと笑う。
    「部の為に一生懸命頑張ってただけの人達だものね。犠牲が出なくて本当に良かった」
     ほっとした彼女の隣で、ぐぐっと正海が新たな決意を固める。
    「よっし、帰ったらテニス漫画を読むぞ!」
     ――なるほど、そっちの決意だったか。
    「……超人技も、虚構の世界ならばいいもんだよな、な」
     リアルテニスであれば、ちょっとばかり遠慮してほしい技も、虚構の世界なら遠慮なく爆笑できるから。
     けれど。
    「さて、まず強くなるというのはね……」
    「そこ! 姿勢が崩れておるぞ!」
     お説教が終わるまでには、まだもう少し時間がかかりそうである。

    作者:旅望かなた 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年10月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ