彷徨える武人

     最近、妙な男が街をうろついているという話を耳にした。
     男に遭遇したという人達の証言では、大柄な男が何も言わずに近づいて来たかと思うと、スンと鼻を鳴らし『違う』と呟いては去って行くのだと言う。中には胸倉をつかまれたという者もいるが、被害に遭ったという程のものではない。
     彼らの共通点と言えば、全員が男で、それなりにガタイが良いというくらいだ。
     それと、もうひとつ。
     ――男の体を覆う赤い色の靄のようなものを見た、と。
     その話を元に野乃・御伽(アクロファイア・d15646)は、ひとつの仮説を立てた。
     ――男は、自分と対等に戦える存在を探して彷徨っているのではないだろうか。
     最強の武を求める、狂える武人。アンブレイカブルは、強者と戦う為に、敗者に止めを刺さずに見逃したり、素質ある子どもを自ら鍛える事もあると言う。
     少し強引かもしれないが、その男がアンブレイカブルだとすれば、妙な行動にも納得がいく。
     だが、それはあくまで想像だ。
    「だったら、自分の目で確かめるしかねぇよな」
     男が目撃されたという場所を辿って行くと、それらしい男を見つけた。今日中には見つからないかもしれないと思っていただけに、うれしい誤算だ。
    「どいつもこいつも、弱そうな匂いさせやがって」
     ブツブツと何やら呟きながら並木道を歩いている大柄な男の背中を追う。
     少しずつ距離を縮めていくと、ふいに男が立ち止まり、スンと鼻を鳴らした。
    「……近くに、いるな?」
     周囲を見渡しながら、男はニヤリを妖しく笑った。
     ――気づかれたか?
     ごくりと生唾を飲み込み、息を凝らす。
     コオォォ……!
     男の拳に、赤色のオーラが集束していく。
    「あれは、バトルオーラ?」
     次の瞬間、男は拳をアスファルトの地面へと叩きつけた。
     まるで、宣戦布告――。
     己の血が、沸々と燃え滾るのを感じ、御伽は口角を上げた。

     仲間を引き連れ舞い戻って来た御伽は、夜の街を進んで行く。男は、公園のベンチに腰を下ろしていた。
     少し離れた場所から様子を窺うが、男は目を閉じたまま動かない。まだ自分達の存在に気づいていないのだろうか。それとも……。
     男は、よく鼻を鳴らしていたが、それが単なる癖なのか、匂いから何かを感じ取っているのかはハッキリとは分からない。
     ――だけどあの時、アイツは確かに俺の存在に気づいていた。
    「そう言えば、手の甲にコインみたいなのを付けてたな」
     恐らくそれはWOKシールドだろう。
     そして、血のように赤いバトルオーラ。
    「間違っても弱いって事はないだろ。気を引き締めていこうぜ」
     強者を前に高鳴る鼓動。御伽は、思わず笑い声を漏らした。
    「ハハッ、楽しくなりそうだ!」


    参加者
    鏡・剣(喧嘩上等・d00006)
    神虎・闇沙耶(鬼と獣の狭間にいる虎・d01766)
    戯・久遠(悠遠の求道者・d12214)
    野乃・御伽(アクロファイア・d15646)
    果乃・奈落(果て無き殺意・d26423)
    百合ヶ丘・リィザ(水面の月に手を伸ばし・d27789)
    玉城・曜灯(紅風纏う子花・d29034)
    有城・雄哉(高校生ストリートファイター・d31751)

    ■リプレイ

    ●男はその時を待っていた
     昼間は、子供達の憩いの場となっていたであろうその公園は、夜になるとその姿をガラリと変えていた。街灯に照らされ、暗闇の中にぼんやりと浮かんで見えるブランコやすべり台が、夜の静けさと相まって不気味な雰囲気を醸し出す。
     果乃・奈落(果て無き殺意・d26423)の低く静かな声で語られる百物語。
    「そして、振り返った女が見たものは――」
     見慣れたはずの公園が酷く恐ろしい場所に思えて、通りかかった女性二人は、結末も聞かずに逃げ出した。
     玉城・曜灯(紅風纏う子花・d29034)がキャンプ用の広域ライトをばら撒く。
    「街灯はあまり意味がないみたいね。これを用意してきて正解だったわ」
     男は、白色のベンチに腰を下ろしていた。
    「よぉ、この間はどーも」
     野乃・御伽(アクロファイア・d15646)が声をかけると、男はゆっくりと目を開けてこちらを見据えてきた。
     漆黒の髪に、炎のようでもあり、血の色にも似た赤い瞳。
     御伽は殺気を放ちながら、実力を見せつけるかのように割られたアスファルトを思い出す。
     早く戦いたい、という気持ちを理性で押さえ込み、身を翻したあの日の事を――。
    「久々に何のしがらみもなく喧嘩を楽しめそうだな。やっぱ余計な事考えず、つええ奴とやりあうのは楽しくてしょうがないぜ」
     カラカラと笑う鏡・剣(喧嘩上等・d00006)。楽しそうな笑い声とは裏腹に、その笑顔からは獰猛さが滲み出ていた。
    「来い。お前の求める一戦にしようじゃないか」
    「かなりの使い手と聞いている。一手交えて貰おうか」
     神虎・闇沙耶(鬼と獣の狭間にいる虎・d01766)と戯・久遠(悠遠の求道者・d12214)が男を戦いに誘う。白銀のハスキーが成り行きを見守るように久遠の足元に寄り添っていた。
    「奇しくも似たような武器を使う相手か。良い鍛錬になりそうだ」
     呼気を整え、久遠はSCを解放した。
    「武装瞬纏」
     紺青の闘気が淡く輝く。
    「強敵と戦うのが楽しいか? ……俺にはよくわからん感覚だな」
    「あら、のて様。私はとてもワクワクしていますわ。武人らしい武人との戦いは久々なんですもの」
     ダークネスに向けられた感情は殺意のみ。自分にとってはそれが全てだと言う、奈落に百合ヶ丘・リィザ(水面の月に手を伸ばし・d27789)は微笑みかけた。
     曜灯が一歩前に出る。
    「あたしはダンピールの灼滅者、玉城曜灯。あなたの名前はなんていうの?」
    「そうだな……。俺を楽しませてくれたら答えてやってもいい」
    「そう……。ひとつ忠告しておくけど、見た目で判断すると火傷じゃ済まないわよ? こう見えても結構な経験を持ってるのよ」
     有城・雄哉(高校生ストリートファイター・d31751)は、男と仲間達のやり取りを少し引いた位置から見ていた。
     ――なんか、僕も暴れそうな予感がするけど。
     自分の中で蠢く獣を宥めるように、胸に手を当てる。
     ふいに、男が雄哉に視線を向けた。
    「――!」
     見透かされているような気がして、息を飲む。じわじわと、真綿で首を絞められているような息苦しさを覚えた。

    ●言葉ではなく、拳で語れ
    「おしゃべりはその辺にして、そろそろ始めようぜ!」
     パンパンと手を叩いて、御伽が男の注意を自分に向けさせる。
    「ルールは特にねぇ。お前が倒れるのが先か、俺達が全滅するか、だ。強いヤツが生き残る。シンプルでいいだろ?」
     そう言って御伽がニヤリと笑えば、男も同じように口角を上げて返す。
    「あぁ、いいだろう」
     男が答えた瞬間、目の前に迫る人影。剣が雷を纏わせた拳で男の顎をつきあげた。
    「不意打ちは卑怯だとか甘ったれた事言わねぇよなぁ?」
     挑発的な言葉を投げかける剣に男は笑った。
    「安心しろ。俺はやられたらやり返す」
     赤いオーラを纏った拳で剣の腹部を打つ。激しい衝撃と共に体が吹き飛ばされる。
    「やるじゃねぇか!」
     剣は瞳を一層ギラつかせ、体内から炎を噴出させながら再び男に向かって行った。
     素早く距離を詰め、振り下ろした闇沙耶の斬艦刀を男はシールドで受け止め、振り払った。
    「探してるだけに、力は流石だな!」
     闇沙耶は、男の腕力に思わず感嘆の声を漏らした。
     ゴオォ、と炎が闇沙耶の体内から噴出する。武器に宿した炎を勢い良く叩きつけた。
    「しかし、負けたくないのだよ。ただただ負けたくない!」
    「真っ向から挑む。それが強敵ならば尚更退けん」
     地面を強く蹴り、男に向かっていった久遠に霊犬の風雪も続く。男が振り上げたシールドを久遠も『大極練核』で受け止める。
    「重いな。だが、受け切れん訳でも無い」
     二人は、力比べをするように互いのシールドを押し合った。風雪がグルルと唸り声を上げ、くわえた刀を振る。男の意識がわずかに逸れた瞬間に、久遠は腕を引いた。
    「……ッ!」
     男に前のめりになった体勢を整える間を与えずに再び『大極練核』を振り上げ、振るう。
    「我流・赫焉刻船」
     男が小さく呻く。
    「力任せのスタイルは嫌いじゃねぇ。俺も似たようなもんだしな。けど、馬鹿じゃ勝てないってのも俺の信条だ。頭使って力で捩じ伏せる。最高にクールだろ?」
     御伽が背後から殴りつけると、男は体を捻って御伽の腕を掴んだ。注ぎ込まれた魔力が爆発するが、その動きは止まらず、男は御伽を地面へと叩きつけた。
    「ぐっ……」
     衝撃で目の前の景色が揺らぐが、男の腕を振り払って御伽は赤い長槍『阿修羅』を男目がけて突き出した。切っ先が首を掠め、血が噴出す。それでも男は怯まなかった。
    「さぁさ、私とも遊んで下さいな。簡単に壊せると、思わないで下さいませ!」
     パサパサとはためくロングスカートなど気にも留めずに、戦場を優雅に舞うリィザは、シールドバッシュで怒り付与を狙う。
    「あなたは戦いを楽しみたいのでしょう? だったら私の事も楽しませて下さいますわよね?」
     七不思議奇譚、リィザの明るい声に奈落の低い声が重なる。
    「お前を楽しませるつもりは無いし、それが悪いとも思わん。ただ一人のダークネスとしてここで倒してやろう」
     奈落の揺るがない意志が、言葉に重みを持たせる。
    「……っ?」
     男が痛みに顔を歪める。抉れたわき腹。いつの間に傷を負ったのだろうと奈落を見返すと、右手から血が滴っていた。
    「さぁ、ダークネス。灼滅の時間だ」
    「あなたの技はさすがなんだけど、まだまだよ」
     曜灯はまずローキックで男の動きを鈍らせ、続けざまに踵落としを食らわせた。
    「まだ終わりじゃないわよ?」
     そして、最後の仕上げとばかりに繰り出した後回し蹴りが綺麗に決まった。
     雄哉の黒色だった髪と瞳が青い色に変わっている。両手には、それと同じ青色のバトルオーラ。
    「放っておくわけにはいかないから、ここで倒すよ」
     雄哉の言葉を聞くと男は肩を揺らし、くつくつと笑った。男の様子に眉を顰める。
    「……何が可笑しい」
    「それはお前の本心じゃない」
    「……え?」
    「戦うのが楽しいんだろ? つまりは俺と同類って事だ」
    「……っ!?」
     男の視線が雄哉を射抜く。バトルオーラと同じ赤色の瞳に、雄哉の視界も赤く染まった――。
    「ククッ、ハハハハ……ッ!」
     掌で顔を覆い、ゲラゲラと雄哉は声を上げて笑った。青い瞳が狂気に満ちる。
    「俺を満足させてくれよ? 楽しみは分け合わないとな!」
     まるで別人のように豹変した雄哉が突っ込んで来る。シールドをぶつけ合う。だがそれは力比べをする為ではなかった。男の弱点を一瞬で見極め、一度身を引くと斬撃で男の肉を抉った。

    ●不屈の闘志を体現する
     ボタボタと滴る血が地面を赤く染めていく。ダメージは確実に蓄積されて来ている。
     男は両手に集中させたオーラを放ち、シールドを広げた。
    「回復する間を与えては駄目よ!」
     曜灯の鋭い声が飛ぶ。
    「縮こまってるんじゃねえ、玉ついてんのか!」
    「休憩なんてさせませんわよ?」
     剣とリィザの拳が男のシールドを突き破った。それに続くようにリィザのライドキャリバーが正面から男に突っ込む。
    「ダークネスよ、潔く逝け」
    「我流・灰塵曲輪」
     奈落が打ち出した光の刃と、久遠の影の刃が男を襲う。
    「一つの動作が次の動作への繋ぎとなる。そう簡単に崩せるとは思わん事だ」
     雄哉は仲間が次々と攻撃を仕掛けていく中で霊子強化ガラスに鎧われた魂を削り『冷たい炎』に変換していた。
    「ハッ、楽しくやろうじゃねえか!」
     男の体を覆う赤いバトルオーラが青色の炎に飲み込まれていく。
    「強い貴様達を倒す度、俺は思う。【出逢えた事に感謝】せねばとな」
     闇沙耶の影が男を飲み込み、トラウマを発現させた。
    「あたしだって、伊達に戦ってきてないのよ!」
     曜灯は得意の蹴り技で攻め立てる。華麗で無駄のないその動きは、曜灯の努力と積み重ねて来た経験から作られたものだ。
     コオォォ……!
     血のように赤いバトルオーラが拳に集束していく。
    「ッラアァァ――ッ!」
     男は雄叫びを上げ、凄まじい連打を繰り出した。
    「――ッ」
     男の拳を受け止め、御伽は口角を上げる。
    「ハハッ、良いもん持ってんじゃねーか! アンタの力、俺にくれよ」
     流れる血が炎に変わる。言葉通り、男から受けたダメージを己の力に変え、御伽は男を殴りつけると同時に魔力を流し込む。
    「焼き尽くしてやるよ、テメェの力ごとな!」
     続けて、業火を纏った『阿修羅』を捻じ込むと、一瞬にして男の体が炎に包まれた。
     炎の熱さに悶えながらも、男は再び拳を振るう。
    「喧嘩上等だゴラァァ!」
     剣は、純粋な力比べを楽しむかのように、男と同じ閃光百裂拳で迎え撃った。
    「おいおい、お楽しみは、まだまだこれからだろうが、よッ!」
     雄哉の拳を受けた男の体から鈍い音がしたが、激しい戦闘の中でそれに気づいた者はいなかった。
    「ぁは――昂ぶって、参りましたね!」
     リィザがおもむろに男の胸倉を掴み、投げ飛す。まさか女に投げ飛ばされるとは思っていなかったのか、派手に背中を打ちつけた男は、虚をつかれたような顔をした。正確な斬撃で男の急所を抉りながら奈落が言う。
    「相手を見た目で判断すると痛い目を見る、と言われていたはずだが?」
    「アンブレイカブルって、本当に戦闘狂よね。まぁ、考え方がシンプルで分かりやすいから、あたしは嫌いじゃないけど」
     男の顔を蹴り飛ばし、倒れ込みそうになる男を久遠が鍛えぬかれた拳で撃ち抜く。
    「我流・要散木――。生憎、俺はパワータイプでは無いのでな。それは捌かせてもらう」

    ●紅の炎
    「俺は神虎闇沙耶。闇を炎で照らす者なり! よき武人、仲間に代わり今一度問う、お前の名を聞かせろ!」
     掌から溢れ出す炎を男に向けて放ち、問う。
    「あぁ、そういえば、名前を、教える約束……だったな……」
     血を吐き、途切れ途切れに話ながら、それでも男は笑っていた――。
    「紅炎……。楽しませてくれた……礼だ」
    「本当にありがとう。迷わずに逝け」
     闇沙耶の言葉を耳にした男、紅炎は――仰向けに倒れて動かなくなった。
    「ッテェー……、ちとやり過ぎたな」
     じくじくとした痛みに眉を顰め、焼けた腕に目をやると、そこには赤いオーラの片鱗が残されてた。
     紅炎との戦いがその身に刻まれているように感じられ、御伽は満足そうに笑う。
    「良い戦いだった。また一つ、高みへと近づいたな」
     呼気を整えた久遠が呟く。
     紅炎が消えた場所を見つめていた灼滅者達の耳に、ドサリと何かが倒れるような音が届く。
    「……?」
     人間形態に戻った雄哉が、糸の切れた操り人形のように倒れていた。
    「……う、ん」
     雄哉が目を覚まして一番に見たのは、心配そうに自分の顔を覗き込んでいる仲間達の顔だった。
    「急に倒れるから驚いたぜ。……平気か?」
     起き上がる雄哉に手を貸しながら御伽が聞いた。
    「……大丈夫。迷惑かけて、ごめん」
    「仲間を心配するのは、当たり前の事よ。そうじゃない?」
    「せやな……いえ、そうですわね。……のて様、何か言いたげですわね」
    「……いや」
     わずかにだが、思わず地が出たリィザは自分から目を逸らした奈落を見つめて、恥ずかしさから赤く染まった頬をぷくっと膨らませた。
    「あっ! のて様、もしかして笑っていらっしゃるんじゃ!?」
     フードの下で奈落がどんな表情をしていたのか……。それは本人のみぞ知るところ、である。
    「片付けは俺達がやるから君は念の為、もう少し休んでいた方がいい」
     闇沙耶はそう言い、ベンチを指差した。
    「片付けとか面倒くせーな」
    「協力してやればすぐに終わる」
     あくびをしながらぼやく剣を久遠が言い諭す。
     雄哉は胸に手を当てる。自分の中に眠る獣が、ゴロゴロと喉を鳴らしているような気がした――。

    作者:marina 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年9月5日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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