血染めの桜、別れの桜

    作者:叶エイジャ

     夕闇に桜が舞っていた。
     春も過ぎてだいぶ経つというのに、桜の花が散るその空間だけは穏やかなままだった。
    「春のまま時が止まったかのようだな」
     白石・作楽(櫻帰葬・d21566)は手に降りてきた花弁から視線を転じると、満開となったその桜の木を見つめた。
     美しい桜だった。
     この世のモノとは思えないほどに。
    「この桜が噂の、『夜な夜な女に転じ、男の地を吸う』桜のようだ。この目で見ても信じがたいが……」
     その時、ビハインドの琥界が桜の木の根元でしゃがみ込んだ。立ち上がった時には、その手に小さな白い欠片を乗せている。
     人の、骨の欠片だった。
    「まだ被害者は少ないようだが、放置するのは危険だ。夜になれば女の姿をした都市伝説が現れるようだから、そこで対峙すれば灼滅できると思う」

     都市伝説は女剣士の姿となって現れるらしい。おそらくは日本刀のサイキックか、他の刀剣類のサイキックを使うと思われる。
     今はそれしかわからない。
    「都市伝説を倒せば、いずれ元の桜の木になってしまうと思うが……それまでに少しくらいは、夜桜を楽しめるかもしれないな」
     こんなに綺麗なのだし、できたらいいなと作楽は呟いた。


    参加者
    迫水・優志(秋霜烈日・d01249)
    彩瑠・さくらえ(弦月桜・d02131)
    アルベルティーヌ・ジュエキュベヴェル(デイライトサンバースト・d08003)
    虹真・美夜(紅蝕・d10062)
    白石・作楽(櫻帰葬・d21566)
    平・和守(国防系メタルヒーロー・d31867)
    九重・朔楽(花と在る・d34203)
    水燈・紗夜(月蝕回帰・d36910)

    ■リプレイ

     太陽が傾き、薄暗くなった庭に光が灯る。
     迫水・優志(秋霜烈日・d01249)の設置したランタンは、戦場の中央で咲く桜を妖艶に照らし上げた。
    「桜は色々言われるよな……」
     散り際の儚さがそういう噂を作るんだろうか?――優志はそう呟いて、虹真・美夜(紅蝕・d10062)に視線を投げる。
    「吸血、ね……あたしは好きじゃないけど」
    「……美夜?」
     不機嫌そうな言葉に優志は眉を微かに寄せる。
     そもそも彼女は実際に吸血もできるダンピールだ。
     そしてアルベルティーヌ・ジュエキュベヴェル(デイライトサンバースト・d08003)もまたダンピール。彼女は今回の都市伝説の行為に興味があるようだった。
    「生き血を啜って糧を得るなんて仲良くなれそうです――男性しか啜らないというのがこだわりであるならばなおのこと」
    「確かに、血を吸うって聞くと『吸血鬼的な首筋に牙のアレ』しか思いつかないけど」
     青の瞳を輝かせる彼女に、彩瑠・さくらえ(弦月桜・d02131)が苦笑する。
    「剣士だと、刀で斬りつけて血の雨を降らせる感じなのかな? 何にせよ、これだけ見事な桜なら都市伝説もさぞかし、ってとこかな」
     見上げた桜は艶めいた赤を見せていた。見てると吸い込まれそうな赤だ。
     鮮やかなそれは夜闇の錯覚か、それとも……。
    「時季外れだから、誘われたりするのかな」
     綺麗な花には何とやら、と水燈・紗夜(月蝕回帰・d36910)は肩をすくめる。
    「さて、物好きな人が巻き込まれたら大変だからね」
     そして百物語で人払いを始めた。
    「初秋の桜だな。中々風情があると言えるが……人を襲うとなれば放っては置けぬな」
    「まったくだ」
     平・和守(国防系メタルヒーロー・d31867)が白石・作楽(櫻帰葬・d21566)の言葉に同意を示した。
    「『桜の木の下に死体』やら、そういった曰くがやたらとついてまわるが、本当に血を啜って根元に死体があったんじゃ洒落にならん」
     これ以上の被害は止める――和守の意志に、九重・朔楽(花と在る・d34203)がうなずく。
    「桜のご当地ヒーローとして、人の血を吸う桜木は絶対許す事は出来ません」
    『あら。そういうのも在って良いのではないですか?』
     心外そうな声が、桜から聞こえた。
     桜の幹に、いつの間にか少女がたたずんでいる。
     高校生くらいの、アルビノだろうか。白い桜を思わせる肌と髪に、赤い血を思わせる目と羽織袴だ。
    『そう在る以上、そう生きるしかありますまいに』
     都市伝説が腰にある日本刀の鯉口を切り、背中の大剣を引き抜いた。


    「一期は夢よ、ただ狂え」
    「トーチャータイム・ドミネイトソウル!」
     作楽とアルベルティーヌが、即座にスレイヤーカードの力を解放する。
    『見目麗し淑女の方々、歓迎しますよ。そして――』
    「我は大和が桜守・九重朔楽……血吸いの桜よ、いざ勝負!」
     ご当地ヒーローの力を解放した朔楽や他の男性陣を見て、都市伝説の女剣士が微笑む。
    『今宵は殿方がたくさんおられるようで』
    「物騒なもの持ってるな」
     優志が、大木すら両断できそうな大剣を見る。
    「俺の血をやれるのはたった一人だから、お前にはやれないよ」
    『そう言わず、我が根に血潮を下さいな』
     都市伝説が踏み込んできた。空気を粉砕しながら、巨大な刃が真上から迫る。優志が飛び退くと、土や石が四方八方に飛び散った。そして破片を纏いながら、大剣の切っ先が優志の心臓に繰り出される。
    「儚いどころかたくましいんだねっ」
     紗夜がダイダロスベルトを伸ばし、大剣に絡みつけた。そのまま軌道をそらして不発に終わらせる。
    「今度はこっちの番――『神様、縁を切ってしまおうか』」
     七不思議奇譚・縁切り神様。
     紗夜に導かれて顕現した性別不詳の神が、長い白髪の奥から金の瞳を光らせる。
    『あら、ご同輩でしょうか』
     女剣士が面白そうに笑って、双剣の縁切り神を迎えた。大剣の刀身を盾代わりにし、斬撃と激突のショックを和らげる。踏み込んだ分を吹き飛んで、剣士は着地した。
    『これは中々不思議な体験……ですね!』
     そこへ、さくらえの鬼の腕が叩きつけられた。大剣と拳がぶつかり合って、剣士が跳躍する。さくらえが追って跳びあがった。屋敷の屋根の上で再び得物同士がぶつかり合った。
    「僕、桜は好きだし、キミの事も綺麗だとは思うけど……キミにくれてやれるものは一つもないんだ」
     受け止められた刀身越しに語り掛ける。目を細めてくつり、と笑み――、
    「血でも命でも捧げたいと想う相手は一人だけなんだ。残念ながらキミじゃあない!」
     そして力任せに振り切った。女剣士が瓦葺きを跳ね飛び、再び庭に落ちる。
    『一途な方々ですね。余計に「欲しく」なりました』
    「吸血はヴァンパイアとダンピールの専売特許よ?」
     淡々と言って、『畏れ』を宿した一撃を放つ美夜。
    『不満なら牙でも生やしましょうか?』
    「軽々しく真似られても、それはそれで不快だわ」
     相手の不安定な体勢を利用して、美夜は狼の手と化した右腕を振り下ろす。爪が女剣士の胸元を裂き――しかし血は流れなかった。
     そこで美夜の視界はかき回された。
    『なら仕方ない。我を通しましょう』
     小枝のように振り回された大剣に巻き込まれたのだと気付いた時には、美夜の体は地面を転がっていた。軽傷だと立ち上がると、朔楽がラビリンスアーマーによるヒールを施す。 
    『善き勝負を致しましょうか!』
     大剣の旋回が風を巻き起こした。かまいたちと化した風が庭を吹き荒れ、灼滅者たちに斬撃を刻んでいく。
    「……剣圧で牽制して、迂闊に飛び込めば一刀両断か」
     和守が彼我の長所を推し量って、改造重機関銃【ExCaliber】を引き出す。
    「ならば、こちらの間合いで戦わせていただこう」
     回転し始めた砲身から、炎の弾丸が闇と風を切り裂いて発射される。ライドキャリバーのヒトマルの機銃掃射も加わり、攻撃から防御に回った大剣に横殴りの驟雨が火花を生んでいく。
     そのうち何発かは、確実に女剣士にヒットしていた。
    「私たちはあくまで灼滅者。相手が何であれ、いつも通り勝つために戦うだけです」
     アルベルティーヌが都市伝説に肉迫し、クロスグレイブによる戦闘術を仕掛ける。
    「不作法は許してくださいね?」
     そして黒曜の十字碑が大剣を弾き飛ばした。すかさず作楽が縛霊撃を放つ。
    「時期を違えた狂い咲き。ここで散らすが定め、だな」
    『いいえ。まだまだ咲き誇ります』
     剣呑な光が閃く。
    「……っ」
     後退した作楽が呻く。攻撃を放つ寸前、縛霊手を付けた右腕の肩を浅く斬られたのだ。
     日本刀についた作楽の血を見て、都市伝説が凄絶な笑みを浮かべた。
    『狂い咲きというなら、あなた方の血で永遠と狂い続けましょう。それが我が在り方ならば』


     刀を納め、女剣士が大剣で作楽を弾き飛ばした。直後には雲耀の太刀が襲いかかり、衝撃波が迸った。前衛のさくらえや紗夜をはじめ、後衛のアルベルティーヌや和守たちにまでその攻撃は届く。
    「負けられません!」
     傷を負いながらも、朔楽が浄化の風を放った。彼に追撃が来ないよう紗夜が防御を固めて守る。
    「桜に都市伝説が憑いて人死になんて、寝覚めが悪いからな」
     肩の装甲に咲いた桜花をきらめかせ、ご当地ヒーロー『キャプテンOG』こと和守が帯を放つ。
     都市伝説を狙ったレイザースラストは剣風に断ち切られるが、攻勢は一瞬弱まった。
    「倒し切るよ」
     紅い刃のガンナイフを両手に、美夜が駆けた。女剣士は立て続けに放たれる弾丸を刀で弾いていくが、美夜が近づくたび対応が際どいものとなっていく。
    『まだまだッ』
     居合切り。鋭い斬線が疾り――その時には、美夜は跳躍して剣士の上方へと回避していた。そのタイミングで優志が、蒼みを帯びた白銀の刀身で斬り込む。
    「桜からしてみればいい迷惑だ。悪いけど、これで終わりにしようじゃないか」
     彼のクルセイドスラッシュと、降り立った美夜のゼロ距離攻撃が前後から都市伝説に炸裂する。
    「キミの還るべき場所に送ってあげる」
     間髪を入れず、さくらえは断罪輪『涅槃』を手に旋回、艶やかな和装の回転にまぎれ、刃の輝きが大剣を持つ手を切り裂いた。
    『……ッ』
     大剣のガードが鈍くなる。
    「舞え、桜帰葬」
     作楽の影が蠢いた。桜の花弁と模した影たちは苛烈な吹雪となって、剣士の体躯に更なるダメージを刻んでいく。
    「琥界、今よ!」
    「伊勢、続いて!」
     作楽のビハインド・琥界が霊障波を放ち、それに乗って朔楽の霊犬・伊勢が咥えた刀で振るう。
    「自分に素直な生き方は、嫌いじゃないけどね」
     真紅の瞳を物憂げなに瞬かせ、紗夜は魔杖に雷を招来した。弾ける紫電に濡羽色の長髪をはためかせ、紗夜は魔術を解き放つ。轟雷が防御に回した剣に突き刺さった。
    『しま――』
     剣士が気づくには遅すぎた。武器を伝わって這いあがった雷が都市伝説の動きを一瞬止める。
    「今です、和守さん」
    「ああ!」
     朔楽がご当地キックを、和守がご当地ダイナミックを浴びせた。
    「大和桜が我が矜持、断じて折れぬ!」
    「90式ダイナミック!」
     凛々しい言葉と、猛々しい砲撃の如き声が決め台詞となって、都市伝説の体を吹き飛ばした。
     二つの剣が折れて転がり、消えていく。
    『ここまで、ですか……いいえ、まだ』
     もはや消えかかった都市伝説だったが、赤い瞳に狂おしい光を宿して立ち上がろうとする。
     その身体が支えられた。
    『どういう、つもりですか?』
     優しく抱き留め、首に牙をうずめるアルベルティーヌに少女が問うた。
    『私自身に通う血などありませんが』
    「かもしれません。でも、なんとなくこうしたかったのですわ」
     言って、アルベルティーヌは寂しそうに微笑んだ。
    「戦いぶりに感じるところがあったとか、どこか親しみが湧いたというか。あなたから何かを得たかったというか……そんなものです」
    『……そうですか』
     剣士が笑んだ。どう通じたかは分からないが、寂しさだけは共通した笑みだった。
    『ああ、もう散る時ですか――』
     そこまで言って、都市伝説は消え去った。


    「夏に桜ってのも不思議な感じだな」
     倒すべき相手が消えても、桜は咲き続けていた。散っていく花びらを手に乗せ、優志は付け加える。
    「まぁ、暦の上じゃもう秋だけど」
    「たしかに、夜はけっこう涼しくなってきたからね」
     美夜は夜空に咲く花を見た。
    「……こういう桜も、悪くないわよ」
    「で、なんでそうも不機嫌そうなんだ、美夜?」
    「不機嫌? なんで」
     不機嫌そう、というより不機嫌な美夜であったが、優志にはなんでもないような返事をする。
     ――血はあたしにしかやらないと言われても、喜べないのよね。
     戦闘中の優志の発言に、美夜の中ではそんな思考が渦巻いていた。
     自身の吸血衝動は消せない。無理に我慢するなと優志が怒るので、仕方なく、優志に時々する。
     だが、本当は『吸血』は嫌いなのだ。
     ――別にあたしはしたくないんだから。
     ただ仕方なく、そう仕方なく、やってるだけ。吸血は嫌い。
     美夜は気持ちと行為の矛盾にすっきりせず、眉間にしわが寄っていた。
     ――でも、あたし以外の誰かに血をあげたら?
     もしさっき、同意して血をあげたとしたら?
    「それはそれで、面白くないんだけど」
    「……うーん?」
     どう転んでも不機嫌な彼女の思考を、優志が分かるはずもない。ただせっかくの夜桜見物だしと、適当な理由をつけて美夜の手を握ることにした。
    『仕方なく』応じる恋人の反応に、こっそり微笑みながら。

     頭上に張り出した枝に咲く、満開の花天井。
     作楽は琥界と歩きながら、昔見た光景を思い返していた。
    「こう眺めていると昔みたいだね」
     二人で暮らしていて、まだ何も知らなかった頃のこと。
     あれから、ずいぶん経ってしまったような気さえしてくる。
     それくらい、いろいろあった。
    「ねえ琥界」
     養父に、作楽は幼き日の口調に戻って寄り添った。
    「幾度桜が巡っても……一緒にいてね」
     応える声はない。ただ大きな手が彼女の頭を優しく撫でた。
     それで十分だった。
    「えっ、琥界……?」
     ただ向こうはそう思ってなかったのか、不意に作楽を姫抱きして、屋根に飛び乗る。
    「何を……うわぁ」
     桜はちょうど屋根の高さに咲いていて、二人の眼下には桜が絨毯のように広がっていた。
    「桜の雲、だね……ふふ、二人で桜に隠れているみたいね」
     琥界が歩き出す。桜の舞う雲の上を、二人はしばし満喫した。

    「そろそろ、散ってきましたね」
     桜の花がいくぶんか減った気がする。アルベルティーヌは、はらはらと舞う花びらを羨ましそうに見つめる。やがてその視線が下に落ちた。砕けた指輪を撫でながら淡く微笑む。
    「散り際を心得ていて潔くて。それに比べて無様に生き延びる自分は……」
     でも、まだ咲かんと立ち上がろうとする姿に、一瞬自分の姿がかぶった気もしたのだ。
     だから、手を差し出していた。
    「私はもう……いえ、まだ――」
     呟きは答えを示さず、彼女は再び降りゆく花弁に目を戻した。

    「夏の夜桜って、不思議な光景だよ」
     地面に敷かれたシートの上で、紗夜たちは飲み物を手に静かに語り合っていた。
    「確かに今だと季節外れの花だね」
     さくらえは花を愛でながら言った。彼にとっても桜は縁深い花だ。
    「でも、学園に転校してきた季節にこうして花見ができるのは、最初の日を振り返る意味でもよかったと思うよ」
    「彩瑠先輩は夏に来たんですか」
     伊勢が落ちる花びらの間で走り回っている。朔楽の言葉にさくらえはうなずいた。
    「考えなければならない事が多い今だからこそ、こういう機会が得られたことは僕にとってはよかった、かな?」
    「紗夜はどの季節に来たんだ?」
     和守が聞く。
    「春先……だけど、何だかんだで今年は花見をしていなかったんだ」
     実家とゴタゴタして、「そうだ、家出しよう」っていう時期だった紗夜。花見どころではなかったのだ。
    「んー、人間いろいろあるよね」
    「そうだな。今回見れて良かったじゃないか」
     和守が桜を見上げる。
    「もう、終わりだな」
    「これで良かったよ。桜に魅せられたら喰われてしまうからね」
     今回の都市伝説しかり。他にも魂とか心とか――そこまで言って、紗夜も桜を見た。
    「やっぱり、散り際が一番きれいだと思うな。儚さを感じるから」
    「心に響くな」
     和守がうなずく。さくらえが言った。
    「さよなら、だ」
     都市伝説の有していたサイキックエナジーが消え去る。
     桜からは全ての花が消えていた。散っていた花弁もまた、どこにもない。
    「亡くなった方が安らかでありますように」
     朔楽が目を閉じた。
     泡沫の花は消え、風が夜闇に移ろいゆく。
     季節もまた、秋になろうとしていた。

    作者:叶エイジャ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年8月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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