擬態変態変質者

    作者:聖山葵

     とある温泉街の足湯に岩に擬態した変態が利用者の足を舐めるという噂があった。

    「きゃぁぁ、変態っ!」
     そう言う訳で、今日も何も知らずに足湯を利用しに来たお姉さんの悲鳴が上がるのだった。
     
    「みんな、大変態……じゃなくて、大変。温泉街に都市伝説が現れたよ」
     都市伝説というのは、一般人の恐怖や畏怖などの塊がサイキックエナジーと混ぜ混ぜされて出来た暴走体で、バベルの鎖を持つ為に灼滅者でなければ対処できないという厄介なシロモノなのだ。
    「その都市伝説、岩の張りぼてみたいなので足湯の一部に擬態して利用者の足を舐めようとするんだよ」
     犠牲者は数名いるが今のところ怪我をした者はいない。
    「だからってこんな凶行見過ごせないよね?」
     これでは安心して足湯も利用できない。そもそもこんな変態を野放しにしておくこと自体問題だろう。
    「と言う訳で説明に移るね」
     都市伝説の数は一体。攻撃されれば岩の張りぼてを亀のように背負った人型形態で張りぼてを活かしたWOKシールドのサイキックに似た攻撃手段を持つという。
    「噂の足湯は駅の近くにあるここね。接触に関しては足湯を利用しようとすれば勝手に足を舐めに来ると思うからけっこうお手軽」
     あとはあしをなめにきたへんたいさんをみんなでぼこるかんたんなおしごとです。
    「時間帯に関しては人気のない深夜を推奨するよ。街灯とかあるし戦闘に必要なレベルの明かりはあるからわざわざ懐中電灯とか持ち込む必要もないし」
     戦いが終われば足湯を利用してから帰るも良し、そのまま帰路につくも良し。
    「ともかく、退治お願いね。今までに被害にあった人の為にも」
     自分が犠牲になった想像でもしたのか、エクスブレインの少女はぶるりと震えると足を組み直した。
     


    参加者
    御統・玉兎(月を追う者・d00599)
    ティセ・パルミエ(猫のリグレット・d01014)
    守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289)
    倉田・茶羅(ノーテンキラキラ・d01631)
    更科・五葉(忠狗・d01728)
    ヴァン・シュトゥルム(中学生ダンピール・d02839)
    遠吠・はがね(棺桶より産まれし者・d04466)
    初之藤・永嗣(殺人紅・d09218)

    ■リプレイ

    ●悩める者
    「足を舐める変質者ですか……」
     深夜の静まりかえった駅前で、ヴァン・シュトゥルム(中学生ダンピール・d02839)は足を止めた。
    「被害にあわれた方は気持ち悪かったでしょうね……」
     お気の毒ですと続けたヴァンの顔を横目で見ながら、口を開いたのは、御統・玉兎(月を追う者・d00599)。
    「……妙な伝説が出来たものだな」
     確かに妙ではある。
    「な、なんて変態チックな都市伝説だろう……」
     守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289)がエクスブレインから説明を受けた時には思わず視線を泳がせた程に。
    「怪我人がいないのがせめてもの救いか」
     だが、怪我人が出なかったとはいえ、犠牲は出ているのだ。
    (「足湯に癒されにきてる人を襲うなんて許せないわね」)
     被害にあった人の胸中を慮ってか、初之藤・永嗣(殺人紅・d09218)は眉を顰めていたし。
    「ふむ、足など舐めて何が楽しいのか分からんな。まぁ分かりたいとも思わないが」
    「はぁ……」
     遠吠・はがね(棺桶より産まれし者・d04466)が呆れたように足湯へ目を向ける中、玉兎は重いため息をついていた。
    (「……女子の避雷針に、と格好だけ高校女子服を着てきたが……変態には変態を、とはいえ仲間の視線が気にかかるな……」)
     何だか犠牲者に同情しての嘆息ではなかったっぽいが、まぁ、それはそれ。
    「旧校舎の呪い、節操なさすぎというか別の意味で『呪い』だろう、あれは」
     女子ってよくこんな足元心もとないもの着て歩けるなとか、足湯とかならボトムが下がってこない分心配せずに利用できそうだけどとか、人目を気にしてキョロキョロしていたかと思えばブツブツ呟きながら自分の世界に突入していたりして。
    「というか、そっとしておいてあげた方が良さそうな感じだよね、的な?」
     気遣ったのかスルーしたのか、倉田・茶羅(ノーテンキラキラ・d01631)は敢えて自分の世界へ入った仲間には触れず周囲を見回し。
    「足湯の仕方は全然知らないから教えてほしいです~」
    「ええと、まず……事前にタオルの準備を忘れずに、ですね」
    「そうそう、湯に浸かる訳だからタオルは必要だね」
     目を留めたのは、楽しそうに仲間と会話するティセ・パルミエ(猫のリグレット・d01014)の姿。
    「えっ、タオルいるの? 持って来てないよ?」
    「大丈夫ですよ、近くにタオルの自販機もあるようですし」
     これから変態都市伝説の相手をせねばならない一行にとって、ころころ表情を変えるティセはある意味で心の清涼剤だったかもしれない。
    「ソックスは脱がないと、ダメだよね」
     足湯を前にして、もじもじするように猫尻尾を揺らしながらティセはストッキングに手をかけ。
    「んっ……すーすーするかも」
    「女子が居るのに、男に来たら……相当、アレだよな……」
     どことなく色っぽく脱ぎ出すティセを横目に自身も素足を晒したのは、普段は熱めの好青年、更科・五葉(忠狗・d01728)。好青年なのでティセの姿を視界に入れていたことにもきっと他意は無いのだろう。
    「ちょっと恥ずかしいです」
     すす、と結衣奈の側へ寄ったのは、それでも視線が恥ずかしかったのか。

    ●出現
    「まずは、都市伝説をを出現させないとな」
    「嫌ねぇ、敵が現れるまで待つだけなんて……」
     そして始まる、足湯の時間。ご近所迷惑にならないようがサウンドシャッターで防音対策を施す中、永嗣達はお湯の中に足をつける。
    「わー、やっぱり男の人の足って……、ううん、やっぱりなんでもないのです」
     ちらりと仲間の足を見、赤面して口ごもる灼滅者が居れば。
    「……キャンバスやらバイト先やらで、着る事前提に話が進むのに頭を抱えてたけど」
     この格好見られたらまた変に話が進んでいきそうだ、とかブツブツ呟き何かを引っ張り続けている灼滅者も居て。
    「情報では女性を狙うらしいが……変態の考えることは分からないな……」
     湯面に視線を落とすはがねはともかく。
    「日常生活ではまずしないけど依頼が絡むと頭のネジ外れる仕様なのかな、オレ……」
    「はにゃー、あたたかくて、ポカポカしてきます~」
     遠い目をしたままの玉兎や作戦を半ば忘れるレベルで足湯自体を楽しんでいるティセは気づかなかったかもしれない。
    「んー、ちょっと、眠くなって来たかも……」
     上機嫌に揺れていた尻尾の揺れ幅が小さくなりくてんと倒れかけた時。
    「ティセちゃん!」
    「ふぇ?」
     真っ先に気づいたのは、神経を脚に集中させていた結衣奈。
    「キャーッ」
     上がったのは絹を引き裂くような悲鳴。いかに灼滅者といえどうつらうつらしかけていたタイミングの奇襲を防ぐのは難しい。
    「うぅ……わぁぁぁっ」
    「このド変態。乙女の足をあまつさえ舐めるなんて……、どうなるか分かってるよね?」
     明らかに作り物めいた笑みを浮かべ、泣きじゃくるティセに抱きつかれたまま、結衣奈はビシッとマジックロッドを変態へ突きつけた。笑みの中、笑っていない目だけは爛々と紅く輝いて。
    「っ、やっぱり女性にきた」
    「甘いな、少年よ」
     安堵か戦慄か、お湯から足を引き抜きつつ身構える玉兎へチッチッチッと舌を慣らしつつ都市伝説は指を振り。
    「俺を騙したいなら足の毛もしっかり剃っ」
    「何さらすんじゃコラァ!!」
    「おばべっ!」
     死角から振り抜かれた妖の槍を受け顔面から足湯に突っ込んだ。
    「ぷはっ、会話の途中に横やりとはいただけな」
     おそらくは戦いの始まり。変態都市伝説が顔を上げた時には、結衣奈が巨大化した腕を振り上げていて、もはや振り下ろす直前。
    「はばっ」
     巨腕に潰された都市伝説が知覚できていたかは不明だが、結衣奈が鬼神変を繰り出すのと同時に動いていた者が居る。
    「さて、つまらぬものだが……悪いな、つまらないものでも斬るのは大好きだ」
     はがねが顔に浮かべるは歓喜の笑みか狂喜の笑みか。街灯の明かりにオチム・シャガリの刀身が照り返し、放つは――魔法の矢。
    「変態がぁ! 変態がぁ! このド変態がぁ!!」
    「はべっ!」
     高純度に詠唱圧縮された魔法の矢が尻に突き刺さり、都市伝説の身体がびくんとはねる。
    「アレ、明らかに斬ってないよな?」
    「あー、何て言うか、マジックミサイルと予言者の瞳しか用意してきて無かった的な理由?」
     五葉の漏らした疑問に答えたのは、自分の方に変態がやって来ず、先程まで嘆息していた茶羅。
    「お前は舐めるのが好きか……ふ、俺は斬るのが大好きなんだ」
     大切なことだから二度言いました。
    「人にはそれぞれ嗜好ってもんがあるんだろうけどよ……」
     眼前で繰り広げられるシュールな光景に、五葉はどうすればいいのか。答えは出ている、出ているはずなのだ。
    「こんなのもスレイヤーの仕事ってのが……何か悲しくなってきた……」
     なのにこのやりきれない気持ちは何なのか。
    「都市伝説までそんなフェチでどうすんだよ……」
     鍛え抜かれた拳をぶち込む五葉の表情は、何処か疲れて見えた。

    ●天誅
    「変態さんは滅するべき!」
     犠牲者の列に加わってしまったティセは当然ながら許す事が出来ず。
    「女性ばかりを狙うなんてサイテーよっ!」
     男として都市伝説の所業が許せなかった永嗣も遠慮する理由を持たなかった。
    「ぼっこぼこだよー!」
    「は、ば、べ、が、ばっ」
     オーラを集中させた拳で、殴る、殴る、殴る。
    「せいッ!」
    「さんま゛っ」
     乱打から解放されたと思えば今度は永嗣の拳が変態の頬をえぐる。都市伝説は、ほぼサンドバック状態だが無理もない。
    「無駄無駄、ごの程度のごぼ撃俺の鉄壁のディべンぶのまげでば……」
     実際ボコボコにされた都市伝説はひとまず回復を試みた。張りぼてを利用して守りを固め、そこから反撃に出る隙を窺おうとしたのだと思う。事実、効いていないような口ぶりをしているのだ、ボコボコにされた顔が全てを台無しにしている気もするが。
    「今だ、颯」
    「うぐぅ」
     玉兎の出現させた赤きオーラの逆十字に引き裂かれ。
    「がっ、ぅうう、まだまだぁ!」
     ビハインドの颯が呼応するように放った霊撃にも耐えてみせた。
    「ほほぉ、その甲羅は見た目だけでは無いようだな……」
     そして当然のように挟み込まれる会話パート。と言うか戦闘しつつの会話。
    「ああ」
     はがねの向けた言葉に都市伝説は殴られて顔を腫らしたまま口角をつり上げて笑みを作る。
    「しかし、斬るべきところを斬れば……紙のごとし。これぞ日本刀の神髄」
     もっとも、張りぼての強度も都市伝説の余裕も計算の内だったらしい。すらりと鞘から抜いた日本刀の刀身に月を映し、はがねは――魔法の矢を放つ。
    「ちょっと待て、さっきからそれ日本刀関係なばっ」
    「オレも忘れて貰っちゃ困るよ!」
     思わずツッコもうとした変態の頭を踊りながらリングスラッシャーで茶羅が叩いて。
    「っく、おのれぇこけにし」
    「遠慮は要らないだろ?」
    「ぐげっ」
     濡れそぼりつつ湯の中から身を起こしたところを五葉の拳が打ち上げた。雷を宿したアッパーカットを命中させた背中に影が差すのは、まだ変態退治を虚しく思っているのだろう。
    「うおおおおっ」
     やられても、やられても立ち上がる変態。ボロボロの身体にむち打って起きあがった都市伝説は、次の瞬間、微かに動きを止めた。
    「足なんて舐めて楽しいの?」
     ティセから問いかけられて。
    「……だ」
     返答に要した時間は一秒に満たない、即答と言っても良かったが。
    「え、よく聞こえないよー」
     小さすぎて聞こえず、都市伝説もティセの声が聞こえたのか、即座にもう一度言う。
    「それが俺の存在意義だっ!」
     まぁ、そう言う噂から生じた都市伝説としては他に存在する術を持たなかったのかもしれない。
    「神薙ぐ風よ! 我が意に従い女の敵を撃ち、煩悩を祓い給え!」
    「はべごむっ」
     力強い宣言と共に作ったドヤ顔は数秒もたなかった。結衣奈が激しく渦巻く風の刃を生み出し、切り裂いたのだ。
    「だったらさ、オレの足ではなくてティセの足を舐めたのは? こっち来なくて、ちょっと残念だったんだよね」
    「趣味だ!」
    「まるっきり変態じゃないの!」
    「や、触手で攻めてくる輩に言われるおぼばっ」
     起きあがって、今度は茶羅の問いに答え、永嗣の影で出来た触手に絡み付かれた上、颯の霊障波を顔面に受けてひっくり返り。
    「さて、変質者をさっさと倒して、皆さんが安心して足湯を使えるように頑張りましょうか」
     ズタボロの都市伝説を見下ろしながら、ヴァンは極めて冷静に提案する、影で出来た刃に緋色のオーラを宿しながら。
    「アーッ」
     ヴァンの施したサウンドシャッターのおかげで苦痛の悲鳴も断末魔も外に漏れることはない。残虐シーンはそこから数分ほど続いて幕を閉じる。
    「結局、なんだったんだろうな、あいつ」
     灼滅者達の勝利という形で。

    ●勝利の後の
    「やれやれ、つまらないものを斬ったな」
     とりあえず、もうツッコむ必要もないだろう。
    「皆さん、お疲れ様でした」
    「変態都市伝説、これにて完全灼滅だね!」
     ヴァンのかけた労いの言葉にかそれとも自分の言にか、結衣奈は満足げに頷くと視線を足湯へと向けた。
    「深夜だけど折角の足湯、まるで堪能できなかったらもう一回だよね!」
     口にした提案に反対する者は居ない。
    「そうね。さ、ヘンタイさんはやっつけたし足湯を楽しみましょう!」
    「ですね、もう変質者もいない事ですし」
    「うん、戦闘後はお口直しにまた足湯だよ~お足直し?」
     むしろ賛成多数で純粋に足湯を楽しむことが決定し、灼滅者達は素足を湯に浸す。
    「皆でわいわい入るのも楽しいわねっ」
     揃って足湯を楽しむ光景に永嗣は微笑し。
    「ふぅ……」
    「戦闘後に、すぐに癒せるのは良いな」
     思わず誰か漏らした吐息に被さるように呟いたはがねはそのまま目を閉じて。
    「とにかく、舐められたとこはちゃんと洗おう」
     ティセの声は尻尾をへにょんとさせつつため息をつく。
    「うー、思い出しただけで鳥肌立っちゃうよ……」
     忌まわしきものとなってしまった足湯の記憶を持つ被害者達は、今どこで何をしているのか。灼滅者達に知る術はなかったが。
    「早く忘れられるといいな」
     誰に向けてか、五葉は語りかけると夜空を仰いだ。
    「暖かい紅茶くらいしかありませんが、如何でしょう?」
    「あー、オレ欲しい」
     ヴァンの振る舞う紅茶を飲みながら、眺める秋の夜空は――。
    「綺麗な月ですね」
    「だな」
     見事な月の夜で。
    「ふむ、落ち着くな」
    「深夜だからお土産買えないのが残念だな……」
     玉兎は、明かりの消えた土産物屋のアーケードへ視線をやって肩を落とす。まぁ、そこは割り切るしかない。
    「せっかくの足湯だし、今は疲れを癒そうよ」
     足湯の明日を変態都市伝説から守った報酬として。
    「ふにゃー、ポカポカです~」
     足湯を存分に堪能したティセ達はやがて帰路に着く。残された足湯は、明日もまた利用者の憩いの場となることだろう。静かに揺れる水面は湯気に霞みながらも空の月を映し、待つ。夜明けと癒しを求めて訪れる者を。
     

    作者:聖山葵 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年10月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 9
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ