修学旅行2016~部瀬名岬で、青に逢う

    作者:中川沙智

     黒翼卿メイヨールの襲撃、サイキックリベレイター使用、大淫魔サイレーンとの決戦という大事件によって延期されていた、修学旅行の日程が決定したとの連絡が届く。
     今年の修学旅行は例年の初夏とは異なり、9月13日から9月16日までの初秋の4日間。この日程で小学6年生・中学2年生・高校2年生の生徒達が、一斉に旅立つ事になる。また大学1年生が、同じ学部の仲間などと親睦を深める為の親睦旅行も、同じ日程・スケジュールで行われる。大学生だから仲間外れ、という事にはならなさそうだ。

     武蔵坂学園の修学旅行の行き先としては定番化しつつある沖縄。
     それでも沖縄料理を食べ歩いたり、美ら海水族館を観光したり、マリンスポーツや沖縄離島巡りを楽しんだり――行く友達が違えば、何より前に行った時よりは、きっと自分も成長しているだろう。きっと新しい感動に出逢えるに違いない。
     さあ行こう。
     修学旅行で楽しい思い出を作るために。
     
    ●あるがままが美しい海の楽園
     部瀬名岬。
     名護市の一端、東シナ海に突き出た小さな岬である。
     白い砂浜に水底の珊瑚、熱帯魚が泳ぐ風光明媚な地域。県内最初の海中公園であるブセナ海中公園を擁すこの岬は、高級ホテルリゾートも完備されており人気の観光ビーチ等にも近い、 ちょっと高級感のある観光気分に浸れるリゾートエリアだ。
     観光客が溢れる有名どころの喧騒を離れて、沖縄の豊かで穏やかな海の美しさを全身で堪能する事が出来る。 透明度の高い海の中を覗くと、光の波の中を熱帯魚が身を翻す様を見る事が出来るだろう。
     ここは修学旅行2日目の自由行動において、訪れる事が出来るところのひとつ。
     さあ、どこから満喫する事にしようか。
     やはり見どころはブセナ海中公園内の二つだろうか、一方の海中展望塔は岬の先端から約170メートルの長い橋を渡った先にある。海を渡る心地で辿り着いたなら、海中と言うだけあって、螺旋階段を使い地下に降りていく。その先で360度広がる海中パノラマは、エメラルドグリーンの海の住人のように世界を見渡す事が出来るだろう。
     もう一方のグラス底ボートも魅力的だ。くじらを模したボートに乗り、どこまでも続く透き通った水面を進んでいく。船上は勿論爽快の一言だ。沖合に出たならガラス張りの船の底から海を見よう。色彩豊かな熱帯魚と海の中を揺蕩う感覚は格別なもの。 魚の説明をしてくれるガイドもいる。
     それぞれを満喫したなら万国津梁館も行こう。かつて九州・沖縄サミットの首脳会合会場として使用されたそこは優雅な佇まいだ。行くならカフェテラスだろうか、小奇麗な佇まいで海を臨むそこの景色は首脳達も絶賛したという。メニューも沖縄らしさがありつつ上品な印象で、海風に吹かれながらゆっくりと過ごす事が出来るに違いない。
     
    「あら、鴻崎も行くのね」
    「そうか、小鳥居も該当学年だったか」
     鴻崎・翔(高校生殺人鬼・dn0006)と小鳥居・鞠花(大学生エクスブレイン・dn0083)が修学旅行のしおりを手に鉢合わせ。軽い雑談をするうちに、互いに部瀬名岬のページに付箋を貼っていた事に気づいた模様。
     思い描くは、沖縄の透き通る空と海。
    「俺は前の修学旅行ではメジャーなあたりを巡ったから、今回の自由行動はは違う角度から見てみようと思って」
    「ああ、確かに『自分の目で海中を眺めながら考える』なんて、このブセナ海中公園はうってつけだものね」
     実際の沖縄の海を見る事が出来るのは、水族館とはまた違う彩があるだろう。当日の日の光で趣が変わるのもきっと綺麗だ。岬の先端と沖合、様子を比べてみるのもいいに違いない。
     対して、エクスブレインの娘は別のところに着目したらしい。
    「あたしはねー、前に首里城を見て回った時にも思ったんだけど、やっぱり何かしらの歴史が感じられるところが好きなのよね」
    「ああ、じゃあ万国津梁館に主眼を置くのかな。いいと思う――」
    「そして琉球トリコロールパンケーキを! 食べたいの!! ココナッツマンゴーアラモードも惹かれたけどまずはそっちを優先するわ!」
     鞠花の気合に翔が一歩後ずさった。件のパンケーキはマンゴー果肉と紅いもアイス、黒糖アイスという三種類の味が一気に楽しめる贅沢な一品だという。他にも黒糖カステラ・サトウキビアイスが美味しい琉球黒糖パフェは琉球版ティラミスといった様相だし、沖縄の健康茶である月桃茶はノンカフェインで旅行で疲れ気味の身体を内側からいたわってくれるだろう。
    「と、ともあれこの季節でもきっと沖縄は綺麗だから、存分に楽しめたらと思うよ」
     気を取り直して、翔は沖縄に思いを馳せる。
     瞼の裏に広がるは、果てなく広がる鮮やかな空の青だ。


    ■リプレイ

    ●青空
     海中展望塔は夏の真ん中にそびえ立つ。
     橋の上から見下ろしても海の中から見上げても鮮烈な青緑。
     建物の中であり海の中でもある、不思議な感覚を味わいながらの海中散歩は濡れる事がないもの。柚羽は自然と頬が緩むのを感じる。
     ゆらり揺らめくイソギンチャクやクマノミ、色彩豊かな海の生き物に目移りしたら、一匹の魚と視線が合う。
     気のせいかもしれないし、そうではないかもしれない。するりと泳いでいく魚の行方を思い、少女の心を満たすのは遙か海の彼方。
     一期一会の、海の出逢いだ。違う魚や珊瑚に対面する幸せを思い描きながら、柚羽は光躍る海中を眺めた。
    「一般の展望台とは随分趣が違うものですね」
    「すごいな、まるで潜水艦の中みたいだ」
     丸い窓と耐水構造が潜水艦を彷彿とさせるのだろう。みをきは海の色映える室内にため息を零す。壱も窓を覗き込めば珊瑚礁の奥で魚の群れが手招いているよう。同じ海の中を別の角度で見遣ったなら、自然と互いの景色を共有したくなるのは当然で。
    「みをき、みをき。ほら、あそこいっぱいいるよ」
    「わ、ぁ……!」
     袖を引かれ眺めたなら、みをきも海の世界に夢中。図鑑で予習した姿より更にしなやかな動きに目を細め、パンフレット片手に壱と指差して名を数える。同じ光景を、見ている。
     今身を翻した黄色と黒の縞模様の魚はツノダシ、ぼんやりゆっくり泳ぐ橙に白い帯描く魚はカクレクマノミ。見たことがある魚もそうでない魚も輝きを見せてくれるのは同じ。宝物のような瞬間を分かち合おう。
     視界を透明な青で満たす沖縄の水は心地よいだろうなと思ったのはどちらが先か。瞼の裏に描く、海の色は果てしなくも優しい。
    「こうして気持ちよさそうに泳いでいるの見てると、一緒に泳ぎたくなるな」
    「はい。次はぜひ泳ぎに行きましょう」
     あなたとなら色んな事に挑戦したい。言わずとも知れる距離がいとおしい。互いの口許に浮かぶのは幸福。ふたりでもう少し青の世界を堪能しよう。
     視線を交わすのも、同じ方向を向く事も。
     君とならすべてが、格別だ。
     足元ならともかく、目の前が海というのは中々ない体験だ。海中に沈むような心地で瞳が輝く。
    「おー、すげえ!」
     春夜は揺らめく海の世界に感激しつつ、耳も感覚も背側にいる古都子に向いている。気に入ってくれただろうか。
     当の古都子も涼しげな表情の裏で素直に心躍らせていた。実家は山奥だし今も海とは縁遠い生活、であれば気持ちが弾むのもごく自然な事。
     透き通る海色に包まれて、春夜はデートだったらいいのにと想いを巡らせる。海中展望塔へ誘った時は快諾してくれたが、その淡々とした応対は嫌われてはいないものの意識していないのと同意。
     それでも一番近い男ではいたいと願うから、今度水族館に行かないかという誘いがするりと口から流れ出た。直球だ。緊張が沈黙を折る前に、少女は誘ってくれた彼に感謝を込めて告げる。
    「ああ、次も、楽しみにしている」
     せめて隣の場所はキープしなければ。そう思った矢先に諾意が得られれば、じわり染み込む喜びの色。それを大切に抱えたなら、未来へ寄せる約束を決して忘れない。
     春夜は気が抜けたように笑った。
    「おー、まかしといて!」

    ●海原
     レトロな佇まいのシャトルバスを降りたなら、グラス底ボート乗り場は目の前にある。水平線の境界は鮮明で瞳を奪われる。待ち構えるはくじらの姿、いざ往かん、沖縄の青い空と海の狭間まで。
    「俺らは白青どっちに乗るのか、魚の餌賭けようぜ! 俺は白!」
     シェアハウスの仲間達と臨むならテンションも最高潮。乗り場に佇むうくじらのグラス底ボートを指差し慧樹は満面の笑顔だ。二艘あるうち青と白のどちらに乗るかは人数の采配次第、さて賭けに乗った百舌鳥は首を捻って言う。
    「えっと、じゃあ僕は青。青、好きな色だから」
     結果は如何に――チケットをもぎった係員が促したのは青いほう、悔し気な表情で慧樹は百舌鳥へ魚の餌を渡す。その様子すら修学旅行の醍醐味、見守っていたゆまは眦を下げる。
     さあ行こう、目指すはくじらと往く海原の楽園!
     故郷の渡し舟に思いを馳せる百舌鳥も船底へ。珊瑚や魚が織り成す海底の世界は美しく、ゆまは感激を胸に抱く。泳げない人も海中を楽しめるのがグラス底ボートの利点だ。いろんな魚が横切っていくうちに、まるで魚と一緒に泳いでいるような感覚になる。
    「……あ、あれツノダシだよね。あっちの綺麗な青色のはなんだろ……知ってる?」
    「青いのはー、ルリスズメダイかな?」
     百舌鳥と慧樹がグラスに張り付く勢いで魚の名前を当てていく。ガイド役の船長に正解ですと褒めてもらえば誇らしかった。視線を落とせばカクレクマノミの動きに微笑ましくなる。可愛らしい瞳と目があった気がして、ゆまが吐息を溶かした。
    「南国のお魚は、色が鮮やかで天然のステンドグラスみたい」
     気泡も硝子玉のように淡く瞬く。さあ、次は餌をやりに船上に行こう。いつのまにかボートは沖合に、まさに沖縄の海と空を360度満喫出来るとなれば視界を動かすのに忙しい。
     そして魚も餌をもらえると理解しているのか、我先にと次々に寄って来る姿に慧樹は破顔する。口をぱくぱくさせるその競争っぷりはちょっとどころの勢いではない。
    「鯉に餌やってるみたい! おもしれー!」
    「わ、わ、すごい勢い! ちょっと怖いくらいだ!」
    「身を乗り出しすぎて、海に落ちないように気をつけてくださいね」
     三人で海上で笑顔を咲かせる。思い出の共有が幸せなのだと、誰に言われずとも全身で理解する。
     ――今日は、一緒にいてくれてありがとう。
     その気持ちを今だけに留めるのは勿体ないから、それが未来へと続いていきますように。
     普段は陸暮らしだから、当然あまり海は見慣れていない。
     そのせいか足元のガラス越しに魚やイソギンチャクが揺れる姿が新鮮で、感激が胸を満たすのを止められない。今魚が横切った、珊瑚の大きな塊があった。玲迦が子供のように感激を表す一方で、竜胆も視線を足元に落とす。ガラス越しに足の裏と海がご挨拶、海の生態系がつま先から伝わってくるような景色に視線が囚われる。
    「なあ、竜胆! あっちに魚がいるぞ! おっ、向こうにもだ! 見てみろって!」
     忙しなく海底の庭を見て回る玲迦へ向けられる視線は、優しい。気が付いたから自然と首を傾げた。
    「……どうした? 笑って? 面白い魚でもいたのか?」
     問いに返すのも微笑み。ただ、何より。
    「また新しい一面見れたなぁと思って」
     その笑顔はきっとグラスボートが陸に還るまでは続くのだろう。あるいはその先も――そう示すように竜胆は真直ぐに手を差し伸べる。
    「エサあげれるみたいだしそっち行ってみようか」
    「面白そうじゃん。行く行く!」
     繋いだ手からは感情が伝わるだろうか。玲迦は少し気恥ずかしくなるものの、しっかり握り返して階段を上る。普段あまりこういう事しないから、こういう時くらいは。竜胆も薄く笑みを刷き彼女を引っ張っていく。
     餌やりにはしゃいだ声が聞こえるのは、このすぐ後だ。

    ●水底
     以前、修学旅行で沖縄に来た事がある者も少なからずいるだろう。
     沖縄の海が久し振りな気がするのは当然だ。前に来たのは、三年前になる。
    「ははあ成る程、これは確かにくじらだ」
     流線型のフォルムは堂々たる生き物に似る。リゾートめいたブセナ海中公園の景色もあり、杏理はカメラを片手に撮影を繰り返す。先程まで水底を覗いていたが、海上の風景も結構捨てがたいもの。青空が眩しい。
    「や、翔くん。今年も修学旅行あって良かったね」
     同じボートに乗っていた鴻崎・翔(高校生殺人鬼・dn0006)が、杏理の姿を見かけて近づいてきた。今年は何かと情勢が慌ただしかったから、本当によかったと告げる翔の声は本音だっただろう。
    「こうしてまた廣羽と過ごす事が出来たしな」
    「そうだねえ。三年前と同様に、沖縄で、また君とこうして魚を眺めてるってのはそりゃあ良いことだもんね」
     嘗ては水族館で、今は実際の海の上で。そして次もと願える今が、何よりも尊いもののはず。次は鞠花の写真を撮るのだと言う杏理に、翔はどうかこれからも楽しんでと願いを手向けた。
    「ふぉおお! 見よ、保! 底が! 底が!」
    「ん?  ……わぁ、すごいね。海の中がよう見えるんやなぁ……」
     悠が驚きと喜びのあまり顔が真っ赤になった状態で、グラス底越しの海に瞳を輝かす。それでいてどこまでも透き通る青に底が抜けやしないかなんて心配する彼女が腕にしがみついて、同じく眺めていた保の頬に朱が昇る。大丈夫怖くないよと優しくなだめたら、別に怖くないと首を振る悠の姿は愛らしい。足先でガラス底をつんつんつつきながら、
    「こ、これは、ほれ。いざと言う時は君を抱えて逃げねばならぬじゃろ!?」
     と真顔で断言した。安全確認も淑女の嗜み、そう言いつつ少し震えている悠の髪を柔らかく撫でてあげる。
    「そやねぇ。いざという時は………ボクが筏やなぁ、や、いるかさんのように……君を背中に乗っけて泳ぐよ」
     そうしたらきっと大丈夫。ほっとしたのか力が少し緩んだ彼女を、ゆっくりと引き寄せよう。同じ景色を、二人で眺める。
    「あ、ほら、見てゆーさん……きれいな、青」
     鮮やかな魚の色彩が、群れで泳ぐ魚達の影が、ガラスの向こう側で躍動する。その姿を寄り添いながら眺めよう。
     ――一緒に、海の中を泳ぐ気分やね。
    「くじら型ボート! 可愛いのう!!」
    「くじらさん、カワイイ♪♪」
    「ほんとですね。ふふ、可愛いです♪」
     はしゃいだ心桜に同意したのはえりな、更に紗里亜が頷く。見た目からすっかり大喜びの三人はいざ、グラス底ボートの中へ。揺らめく日の光、透き通る夏の青、尾びれ翻す魚達が織り成す世界。
     特に泳げないえりなと心桜にとっては、海中を満喫する事が何より嬉しい。グラス底を横切った魚に、大きな瞳をぱちぱち開いてみせる。
    「わ~本当に覗き込んで海の中が見られるんですね~楽しい♪」
    「本当に青い海の上を歩いているみたいじゃな」
     こうしたらほら、と靴のつま先で一歩踏み出す。海底に咲く珊瑚とも今はご近所。魚の数と種類、何より美しさに圧倒されていた紗里亜と視線が重なって、呼吸を淡く溶かすように小さく笑った。
     図鑑でしか見た事がないの色彩の魚、空の青とは似て非なる青い海色。別世界を滑っているみたいな心地がして、心桜の視線は釘付けになった。えりなも感慨を胸に浸しているようで、青白い海の光が今日の彼女のスポットライト。海の透明さは、少しえりなの歌声に似ていたかもしれない。
    「心桜さん、泳げないからこそ、海の中って憧れちゃいません?」
     問いかけたえりなに同意が返る。
    「泳げないからこそ、海の中って憧れるんじゃ。わらわの行けない世界って感じで……」
     少し寂し気な呟きは、同じ景色を味わえないが故。紗里亜はそんな友人達も大好きだから、いつか一緒にダイビングしてみたいという願いはそっと心の中にしまっておく。
     珊瑚の森を泳ぐ小さな魚達は、鱗すら何かの宝石みたい。
    「紗里亜さん、まるで竜宮城みたいですよね♪ 泳げない私でも、泳いでるそんな気分になれて超Happyです♪」
     胸中を見透かすようなえりなの笑顔に、今この風景を一緒に楽しんでいる幸福を噛み締める。紗里亜は緩やかにゆっくりと、目を細めた。
    「竜宮城……本当にそんな感じですよね……♪」
     あたたかい気持ちはきっと三人に共通するもの、アナウンスで餌やりスポットに到着したと知らされれば、餌を手に船上へ向かう。
    「お魚さん、いっぱい食べておくれー!」
     心桜が笑顔と共にあげたなら、魚達が我先にと身を乗り出す。少しだけトビウオの様子にも似ていて、えりなも歓声を上げて餌を投げ入れる。
     水飛沫の音に背を押され紗里亜が続いたなら、魚達と一緒にステージに上がっているような心地。
     このきらきらは、きっと今しか味わえない宝物。

    ●涼風
     澄み渡る空と海の境界線を、飛び切り広い景色の中で眺める贅沢。
     万国津梁館のカフェテラスは海側に迫り出しているから空中に佇む心地。メニューを広げればどれも目移りしてしまうが、特に好まれているのはやはり琉球トリコロールパンケーキだろう。
    「うーっ、これ、美味しいねえ?」
     颯月が特に気に入ったのはマンゴーソース、パンケーキと一緒に口に放ればとろける甘さに微かな酸味、受け止める生クリームの味わい、包み込む柔らかな触感がたまらない。
    「とりころ……? あ、三つの味の、お菓子なんですね……颯月さんのも、わたしのも、美味しそうです」
     一瞬名称と目の前のデザートが結びつかなかった水那も、恋人の幸せそうな様子に眦を下げる。彼女の手元の琉球黒糖パフェも優しい甘さで心が休まる。月桃茶を喉に落とせば、柔らかな香りといたわるようなあたたかさが体中に広がっていくみたいだ。
    「あ、水那も一口食べてみる?はい、あーん?」
     差し出されたなら素直に口を開ける。口中で広がる美味に頬が緩む。
    「本当に、美味しいですね……マンゴーっていうんですね、これ。あ、わたしのも、あ、あーん……」
     黒糖カステラやサトウキビアイスなど、出来るだけいろんな要素を掬って恋人に向ければ、目の前で颯月の幸せそうな笑顔が広がる。
    「沖縄には色んな食べ物があるんだねー? 知らない食べ物、いっぱいあるし帰ってからも何か食べに行けたらいいねえ?」
     美味しさが特別な歓喜を連れてやってくるのは、大切な恋人とそれを分かち合うからだ。未来への約束を紡いだなら、愛おしい幸福はすぐ目の前にある。
    「また、美味しいのいっぱい食べ行こー」
    「はい、いっぱい、食べましょう。また行きましょう、ね。」
     海中公園を堪能したなら、カフェテラスで休憩しよう。
    「色々あるですの……悩ましいですの」
     メニューに咲くはまさに色とりどり、薫子が目移りしてしまう最中、りんごも首を捻ってしまう。噂のトリコロールパンケーキは是非試したいところ、けれど他のスイーツも捨てがたい。
     ふと、りんごに降ってきたのは名案の閃きだ。
    「あ、どうせなら、2人で分け合えばいろんな種類楽しめますね♪」
    「さすがりんごさんですの! そうしましょうですの!」
     薫子にも異議はない。マンゴーアラモードからアイス黒糖ラテに至るまで、メニューの端から端まで注文すれば、しばらくの後テーブルいっぱいに沖縄の特別な甘味が所狭しと並べられる。
     まさに楽園の美味、二人でどれから挑もうか悩むのも贅沢な時間のひとかけらだ。
    「はい、薫子さん、あーん♪」
    「食べさせあいっこですの? 少し照れてしまうんですけど……あ、あーん!」
     りんごがフォークに刺したパンケーキを差し出せば、瞬いた薫子のかんばせに万感の嬉しさが広がっていく。その様子に満足そうに微笑んで、りんごは顔を覗き込みながら囁いた。
    「うふふ、美味しいですか?」
    「すっごく美味しいですの! りんごさんにも……はい、どうぞですの!」
     かわりばんこに食べさせ合い。同じ美味しさが互いのおなかの中で広がっていくこれを、幸せと呼ばずしてなんと例えればいいのだろう。
     テーブルの上の攻略は始まったばかり。さあ、次の一口はどんな色?
    「ふはー、THE沖縄スイーツ……」
     無表情ながらも感激の色は声音に如実に表れる。撮影撮影、と写す動きもどことなく浮足立ったもの。
     思わず漏れた独り言は無意識のものだった。弾かれたように小太郎が顔を上げたなら、視界の隅に同じく甘味を満喫中のエクスブレインの娘がいたから、同士よと頷いて見せる。向こうも互いにパンケーキに挑んでいる事を理解したのか、頷いたと同時に健闘を祈るとばかりにぐっとVサインが返ってきた。
     アイスが溶けないうちにいただきます。いざ、と気合と共に口に運んだ。
     沖縄の糖分はどこか柔らかく素朴で優しい。染み渡る感覚はまるで南国のハーモニー。じんわり味わったところで先程の写真を確認しよう。デジカメの中で美味しそうに佇むパンケーキを眺め、ほっとした息がこぼれたのは見せたい相手がいるからだ。
     一つ年上の恋人へ、土産話に添える鮮やかな画像達。
     後で海中展望塔とグラス底ボートでも撮ろう。明日からも綺麗な青色景色を見られたなら、再びデジカメの写真が増えていくのだろう。
     ふと落ちた静寂は、隣にいて欲しい彼女がいないから。
     今年も彼女はきっと喜んでくれる、けどやっぱり、一緒に巡りたい。目の前の席に座っていて欲しいし、美味しいですよって今ひと口あげたいし、何より美味しいねって共に感激を味わって共通の想い出になって欲しいのに。
    「……今夜、電話しようかな」
     小太郎はそう小さく呟いたなら、甘党の彼女の反応を楽しみに思い描く。店員に向け控えめに手を上げる。そのくせ出てくる声音はしっかりはっきりとしたものだった。迷いがない。
    「ココナッツマンゴーアラモードもください」

     直接海中に潜るのとも、水族館で誂えた水底を眺めるのとも異なる、美しい海の横顔。
     願わくば君の傍らに、かけがえのない思い出が息づいていますように。

    作者:中川沙智 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年9月14日
    難度:簡単
    参加:21人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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