ひと夏の記憶

    作者:

    ●予感
    「――どういうわけか、眠ったまま目覚めない子がいるらしいって話を聞いてね」
     大した説明も無く『一緒に来て欲しい』と灼滅者達を集めて武蔵坂学園を飛び出した荻島・宝(タイドライン・dn0175)。
     埼玉行きの最終電車を待つ夜のホームへ到って漸く、彼は本題について口を開いた。
    「行動先行でごめんね、集まってくれてありがとう。今から俺達が会いに行くのは小学3年生の女の子で、名前は日比谷・桃花(ひびや・ももか)ちゃん。眠ってしまってから5日。原因が不明ってことで、今は埼玉の大学病院に入院してるんだけど……どうにもシャドウが関わってる気がするんだ」
     確証のないことではあるが、宝がそう思うのには勿論理由がある。
     眠る前の彼女が抱えていた、ある事情を知ったからだ。
    「桃花ちゃんは今、夏休み中なんだ。毎年『夏休みの思い出』って作文の宿題もあるみたいなんだけど……桃花ちゃんには作文に書ける今夏の思い出がない。――ご両親に、離婚の話が出ていてね」
     祖父母も既に亡く、兄弟姉妹もいない桃花は、両親の不仲にたった1人で巻き込まれることとなった。
     夏休みが始まって間も無くのことだったらしい。表向きは何ら問題の無い家族を装っていたようだが、連夜言い争う夫婦の声は近所でも噂されるほどだったから――その渦中に置かれた桃花が、心を痛めなかった筈もない。
     毎年の作文に『家族』の言葉が出てこないことはなかった程、桃花は両親が大好きなのだから。
    「桃花ちゃんがこうなって初めて、ご両親は我に返ったみたいだよ。きっと、不仲のきっかけは些細なことだったんだろうね……今は言い争っていたのが嘘の様に、毎日2人で病院へ通っては病床の桃花ちゃんに謝っているって」
     桃花の辛かった夏休みは今、漸く終わりの兆しを見せている。しかし、その最後に生じた問題がもし、宝の予感通りのものだとしたら――このままでは桃花は目覚めない。夏休みどころか命の危機だ。
    「俺の杞憂で済むなら、――杞憂でも眠ったままだったら良くはないんだけどさ。それでも、もしこれがシャドウの仕業なら、俺達じゃなきゃ解決出来ない。……何が起こってるか見極めたいんだ」
     ――夜のホームに、最終電車のライトが近づいてくる。
     強い決意を語った宝に、灼滅者達からは応える言葉こそなかったけれど。埼玉へ向かう扉が開くと、これが答えとでも言う様に、共にそこへ飛び込んだ。


    参加者
    千布里・采(夜藍空・d00110)
    十七夜・狭霧(ロルフフィーダー・d00576)
    華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)
    嶌森・イコ(セイリオスの眸・d05432)
    乃木・聖太(影を継ぐ者・d10870)
    アイスバーン・サマータイム(精神世界警備員・d11770)
    関口・焔(バラッド・d18300)
    蒼井・紗雪(蒼想銀月・d28892)

    ■リプレイ

    ●孤独の中で
     形容し難い浮遊感を抜けた先。ありふれた住宅の廊下にそっと降り立ち、華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)は顔を上げた。
     正面には玄関。その扉の曇りガラスの先は闇色で、どうやらこのソウルボードは現実世界同様、夜。
     本来なら静けさが支配する筈の時間にして、その廊下は怒鳴り合う男女の声に異様な緊張感を帯びていた。
    「『大体、お前はいつもそうだ!』」
    「『何よ、あなただってあの時……!』」
     それは一般人の耳にはただ聞くに堪えない罵詈雑言だが、灼滅者達の耳には違う。言葉の端々から微かに、よく知る魔力の気配を感じるのだ。
    「どうやら宝さんの読み通りだったようだね」
     くい、と眼鏡を直す乃木・聖太(影を継ぐ者・d10870)の言葉に、荻島・宝(タイドライン・dn0175)も頷いた。話に聞いた日比谷家の夜を再現するこのソウルボードの状況から見ても、先ず間違いない、シャドウが居る――思いながらも中の様子を窺うため、関口・焔(バラッド・d18300)は声の先、僅かに開いた扉の中を覗き込む。
     リビングの、中央で――互いを罵倒し合っているのは、人型とすら言い難い、ボコボコと蠢く闇色の塊。
    「本当に、シャドウだったんですね……」
     共にリビングを覗き込み呟いた蒼井・紗雪(蒼想銀月・d28892)の灰青瞳が、不安げに揺れる。
     灼滅者の少女でこれだ、今の桃花の内情はいかほどか――焔は勇気づけるようにポンと紗雪の肩を叩き、行動を促した。
    「桃花が心配ぇだ。リビングさは居ねし……敵がどご居っか分かんねが、探すべ」
     そう。今回の件、敵がどこにどれだけいるかは今、灼滅者の誰にも分からないのだ。廊下に面した扉は6つ。慎重な調査が求められていた。
     しかし、迷いなく灼滅者達が向かったのは――唯一木製のプレートが提げられた扉の前。
    「一番、可能性が高く思います」
     『ももか』と書かれたそこは、恐らくは桃花の自室。嶌森・イコ(セイリオスの眸・d05432)は、そっと扉をノックする。
    「……誰……?」
     くぐもった、怯える様な声だ。イコがゆっくり開いた扉の中へ、先ず千布里・采(夜藍空・d00110)と霊犬が静かに足を踏み入れた。
    「こんばんは。勝手に入らしてもろて、堪忍ね」
    「誰、ですか……?」
     窓から差し込む月明りだけが、部屋を優しく照らしている。
     その窓際のベッドの上に、頭から布団を被って座る1人の少女の姿が在った。それは、まさしくソウルボードへ飛び込む直前に灼滅者達が見た――現実世界で眠り続ける、桃花本人。
    「よかった、日比谷さん……わたし達、あなたを助けに来たんです」
     安堵に相好を崩すアイスバーン・サマータイム(精神世界警備員・d11770)に続き、灼滅者達は次々と部屋へ入る。当の桃花は、何が起こっているのか解らない様子だ。
    「えっと、わたし達は悪い悪魔さんを倒す正義の味方みたいなものです」
     アイスバーンの言葉にも首を傾げた桃花に、采は静かに膝を折り目線の高さを合わせると――簡潔に、こう告げた。
    「ここは、夢の中。ここに悪いヤツがおってね、9人で倒しに来た」
    「……9人?」
     顔を上げて、桃花は灼滅者達を見回した。数えても8人と1匹。暗いせいかと無人の空間にまで目を凝らすが、誰も――。
    「わっ!」
    「ひゃっ!? ……え、おにいちゃん、どこから……?」
     居る筈のない空間に、突如ぱっと1人の少年が現れた。夜の静寂から生まれ出でた様な繊細さを纏う少年は十七夜・狭霧(ロルフフィーダー・d00576)――ESP『闇纏い』でここまで姿を隠してきた、9人目の灼滅者だ。
    「驚いた? あは、こんな事が出来るのは夢だからっすよねー」
     シャドウに気取られぬ様努めて気配は殺しながらも、明るく言う狭霧に桃花は口をぱくぱくさせる。現実離れした光景に、何とか夢だと感じて欲しい――流れを引き継いだのはアイスバーンだ。
    「わたしも、こんな事できちゃいますよ」
     ぽこぽこと影の中から生まれ出で、ベッドの上へよじ登ったのは影業……真っ黒いもこもこの子羊。
    「……ひつじ?」
    「ジンギスカンさんって言ってわたしのお友達です。よろしくお願い致しますね? はい、ジンギスカンさんからもお願いして下さい」
     アイスバーンに倣う様に、子羊達も頭を下げる。その愛らしさに幾分安らぎを得たらしい桃花は、子羊へ手を伸ばし、撫でようと――。
    「『――お前とは居られない! 離婚だ、離婚!』」
    「……っ!」
     しかし直後、一際大きな怒声が轟くと桃花の肩はびくりと揺れ、表情が一気に凍り付いた。
    「桃花ちゃん……!」
     瞳震わせがばっと布団に潜り込んだ桃花に、紗雪が咄嗟に駆け寄る。その背を見つめる焔の胸には、じわりと怒りの炎が灯り始めていた。
    (「童を泣かせるとは、随分大人げ無ェと言うか……それもひっくるめてシャドウなんだべか」)
     現実もこうだったのか、ダークネスに侵食されたソウルボードだからこうなのかは解らない。いずれにせよ思いは同じ。独り縮こまって泣く少女を放っては置けない――。
    「桃花さん。耳を塞がないで」
     救うべく、紅緋は静かに口を開いた。
    「私達は味方です。あなたを傷つけたりしません。ここは現実のように見えても、よく出来た夢の中。向こうから聞こえてくる声も、本当のご両親じゃないんです」
     あの声は紛い物。しかし、初対面の自分達の言葉を桃花がどうしたら信じ、或いはついてきてくれるのか――切り口に悩む灼滅者達の中、背に添え撫でていた手を伸ばし、紗雪は布団ごと桃花を優しく抱き締めた。
    「怖かったね……もう大丈夫ですよ」
     武蔵坂学園に来るまで、同世代の友達なんて居なかった――形は違えど寂しさ押し殺す痛みをよく解っていた紗雪からは、微笑みと共に自然と言葉が溢れ出る。
    「怖い夢に住むあれは、桃花ちゃんの大好きな家族じゃないです。一緒に、確かめませんか? 2人を……信じてみませんか?」
     今は夢だと、信じられなくても構わない。自分達を信じてくれなくても。でも桃花の大好きな両親のことは信じて欲しい――願う真摯な心を、狭霧も優しい声で引き継ぐ。
    「……桃花ちゃん、助けに来るのが遅れちゃってごめんね。お父さんお母さん、君に悪い事をしたって凄く後悔してる」
     そろりと布団から顔を出した桃花と視線を交わす狭霧の心には、ポケットの中に仕舞って放さぬ幼き記憶が蘇る――喪ったこと。取り戻せない時間は悲しく、時に思い掛けず心を揺らす。
     故にこそ、桃花の思いを尊く思う。これからも続く桃花の家族との幸せな時間を守りたいとも。限りある命、限りある時の尊さを知るから――彼女には、沢山思い出を作って欲しい。
    「早く起きないと夏休み終っちゃうよ? 終っちゃう前に、沢山我儘言って沢山思い出作らないと!」
     過る寂しさを振り切る様に、狭霧は笑って手を差し出した。やがてそこにふわりと桃花の手が重なると、狭霧は笑顔を深めてそれを引く。
    「『……あなたって最低ね!』」
    「『自分のことは棚上げか! お前こそ最低だ!』」
     争う声は止まない。けれど――両親を信じる少女の心は少しずつ、悪夢の結末を塗り変え始めていた。

    ●勇気
    「声は出さないでください……静かに」
     注意促す紅緋に頷き、桃花は静かに廊下を歩く。
    「センパイ、桃花ちゃんお願いしますね」
     待つ戦いを思い狭霧がそう隣の宝へ告げたのは、繋いだ手から少女の震えが伝わるからだ。しかしそれでも部屋を出た勇気を後押しすべく、聖太は桃花へ語りかけた。
    「……うちは両親が離婚しててさ」
     幼い桃花にも解る様に。賢い聖太は、出来るだけ簡潔に伝えたい言葉を選ぶ。
    「親父の事は殆ど何も知らないんだ、まだ赤ん坊だったからね。だからこそ思うのは……その頃自分がもう少し大きかったら、親父とお袋を繋ぎ止める何かが出来たかな? という事」
     悔いる、ではない。事実幼かった自分にそれが出来た筈はなく、きっと考えても仕方のないことではあるのだろう。それでも人は考える生き物だ――聖太も考えずにはいられなかった。
     しかし、桃花にはまだ何かを出来るチャンスがある。
    「考えてごらん。……父さんと母さんの心が離れかけてしまった時、それを繋ぎとめられるのは誰だと思う?」
     きっと、乗り越えられる筈だと。両親を大好きで、繋ぎ止めたいと願い、信じて立ち向かう強い気持ちが持てるならば――その勇気が桃花にはあるのだと、諭す様に聖太は語る。
     そのために今は、この悪夢を全力で脱するのだ。
    「……桃花ちゃん」
     遂にリビングの扉の前に至った桃花の瞳を、不意に小さな両手が覆った。
    「もう一度、言うわ。これは怖い夢の中。私達は、囚われたあなたを助けに来ました。……ね。見て?」
     背から覆ったその手を放すと、イコは桃花に見えない様、ぷつりと指先を針で刺す。シャドウ達を目前に――必要と思ったから、イコは血潮の炎を灯した。
     この悪夢は、塞ぐ心が呼び寄せたのかもしれない。ならば桃花にはただ連れ帰るだけではなく、立ち向かう心を手にして慾しい。
     もうこんな悪夢に狙われないように。恐怖に心が壊れてしまうことのない様に。
    「夢の中だから、こんな魔法が使えるの。……きっと扉の向こうでこれから見るのは、恐ろしいものかもしれないけれど――」
     信じて、と。囁くイコの傷から生まれた銀の炎――イコが大好きな両親から繋いだ炎の煌きは、あなたを必ず助けるという、桃花への誓いの様でもあった。
     ――炎は優しく空へ散る。残滓にキラキラ輝く空を惚ける様に見ていた桃花はふと、先程まで僅かしか開いていなかった目の前の扉が開いていることに気付いた。
     今が機と紅緋が開けた扉。その先に立つ人影は――両親などではない、黒く蠢く異形の何かだ。
    「……!」
    「宝さん!」
     絶句する桃花の視界を、叫んだ紗雪が背中で遮る。声に応え桃花を抱き上げた宝は、そのまま彼女の部屋へと駆けた。傍に付いて守る役目を、全うするためだ。
    「ひとりでえらい頑張りましたなぁ」
     桃花を気遣い、言葉をかける采の手が魔力を帯びる。すると――ばさり。足元の影から無数の鴉が、異形の視界を遮る様に、空へと一斉に羽ばたいた。
    「あとは任して。……怖いことは、これで終いにしよな」
    「これはわるーい悪魔さんが見せちゃってる夢なので、お姉さんたちに任せて下さい」
     笑うアイスバーンも解っている。桃花は、恐怖と戦い、打ち勝った――その証に、先から変わらず在る2体の異形の後方に、ザワザワと黒い靄が集まり始めていた。
    「『……邪魔するの、誰なの!』」
     妙に子供じみた甘ったるい奇声が、家中に響き渡った。退避中の桃花が両耳を抑えている――怯えていると判断すれば、采は桃花の部屋の扉が閉じるのを確認するや、戦場へ音を遮る帳を下ろす。
     これ以上、桃花に怖い思いなど必要ない――ここからは、灼滅者達の領分だ。
    「――ほな、さっさと片付けましょ」
     黒き羽が舞う中響く、やや鋭さを帯びた采の声。
     それが合図。8人と1匹の灼滅者達は――少女の明日を取り戻すべく、前へと一斉に駆け出した。

    ●夏の終わりに
    「『悪夢壊すの、許さないの!』」
     身に宿すダイヤのスートから、放たれた暗き思念――シャドウのデッドブラスターが采目掛け、リビングを一直線に駆け抜ける。
    「許しなんて請うてへんよ」
     しかし着弾する直前に――鬼火纏いし霊犬が、その射線へ口に収めた刃を立てた。
     相殺。両断された漆黒の弾丸は、軌道の残滓を空へ残して弾ける様に霧散する。配下が散るまでシャドウの抑えを担うと決めた少年の瞳は幾分の傷にも躊躇わず冷静にシャドウを捉え――今度は反撃とばかり、地に伏す己が影を手繰った。
    「必ず、灼滅する」
     言い放った刹那、霊犬とは異なる獣が影から凄まじい速さで飛び出した。シャドウへ牙向き向かっていくその姿を視界に捉えながら、聖太はその手に手裏剣を構える。
    「この悪夢は、俺達が終わらせる!」
     抗う様に言い放てば、練られた魔力によって鋼鉄は輝きを帯びていく。狙うは迫り来る配下、そのポジションはジャマー――投擲までの残り5秒を稼ぐ様、突如配下の足元を黒く伸びる茨が絡め取った。
    「ご両親が待っています――現へ帰りましょう」
     イコだ。長く伸び、蠢く程に複雑に絡む茨の影は配下の自由を許さない。そして捕らえたそこに襲い来る新たな攻手も、また影だ。
    「ジンギスカンさん、悪い夢は食べちゃって下さい!」
     アイスバーンの影業『Dream of Electric Sheep』。先には桃花を和ませた愛らしい漆黒の子羊達は、群れをなして配下へ飛びつき、どこに仕込むか無数の刀傷を配下の体へ刻んでいく。
    「前座さん達には、早めに舞台からご退場頂いちゃいましょう」
    「――よし!」
     刻が満ちた――練度極めたマジックミサイルを、聖太はついに羊に埋もれる配下目掛けて解き放つ。
     瞬時に消えた羊達から解放された配下の急所を、高純度の魔力が貫いた。焼き消える様に塵と化した最初の1体を見送れば――キン! と再び甲高い声が頭に響く。
    「『何するの! 邪魔、許さないの!』」
     姿現したシャドウは、やはり人とは程遠く歪な凹凸を全身に纏う。しかし外見に反して子供じみた奇声が耳障りに灼滅者達の鼓膜を揺らせば――不快を顔に隠さずに、焔はリビングの壁を蹴った。
    (「桃花の悲しさ、辛さ。童があったに泣ぎ腫らして……居た堪れねぇ」)
     ふつふつと、一度灯ったシャドウへの怒りは名に相応しく胸の内で燃え盛る。予定とは異なる配置に身を置く焔だが、治まらぬ激情をその身に纏えば、却って正しいものとも思われた。
     攻撃の要、クラッシャー――相対する配下もまた同じ配置だが、そんなこと構うものか。
    「怖ぐねェし、許さねェ。童は元気に笑ってンのが似合ってら……要らねちょっかいかけんでねぇ!」
     思いは言葉と、拳に乗せて放たれた。激しく火花を散らすアッパーカットは配下の体に炸裂する――しかしその至近位置は、敵にとっても狙い定めやすいリスキーな距離だ。
     配下の手が拳上に丸まって、暗き影の力を纏う――打たれる、と焔が身構えた、その刹那。
    「――させません!」
     カン! どこか神々しい音を立てて飛来した光の矢が、遠く空から敵を射抜いた――紗雪の、彗星撃ちだ。
    「焔さん、大丈夫ですか……!」
     届いた声に感謝を示し、焔は一度後退する。配下もまた、ブラックフォームで癒しと共に自身の強化を図るが――それを黙って許す灼滅者達ではない。
    「――さ、悪い夢は此処でお終い」
     すい、とさしたる音もなく、刃なき一閃が配下の体を真横に通り過ぎた。
     無血で配下に身を上下に割かれる激痛を齎した、その一撃は神霊剣――どこか飄々とした乾いた視線で配下を見遣った狭霧が『星葬』の構えを解くと、瞬間に哀れ配下は床へと崩れ落ち、そのまま砕けて消え去った。
    「……コルネリウスやオルフェウスの配下にしては、えらい弱わない?」
     残るはシャドウ――配下のあまりのあっけなさに、しかし探りの意図も潜ませて、采は敢えての言葉を掛ける。
    「『死んじゃえ! 邪魔するの、死んじゃえっ!』」
    「――あなたの目的は何ですか?」
     情勢を追う紅緋もまた、シャドウへ疑問を投げかけた。
    「私達武蔵坂学園の灼滅者を、シャドウ大戦に迎えようとしているのではないですか?」
     もしかしたら今回の一件は、シャドウのいずれかの陣営が武蔵坂学園と接触するために起こしたものかも、と。推測に沿い、簡潔に問うた紅緋だったが――。
    「『邪魔なの! ココは私の悪夢なの!』」
    (「駄目ですね、話が通じない……」)
     シャドウに、様々なタイプが居ることは知っている。そして、個体の知能が低いのか、そもそも会話が成り立たないこのシャドウにどうやら問いは意味を成さない。
    「……ならば、容赦なくぶっ潰すまでです!」
     意識切り替えた紅緋の動きは速かった。赤き魔力を注いだ腕がみるみる巨大異形化すると、叩きつける一撃に、シャドウの体は壁まで吹き飛ぶ。
     そこにふわりと間合いを詰めたのは、采。
     シャドウ大戦の行末がどうであっても、今日すべきことは変わらない。少女の悪夢を晴らすこと――目の前で苦しんでいた少女は、どうやらこの一撃で無事現実へと帰還出来そうだ。
    「……これで仕舞いや」
     戦ってみれば、圧倒――最後に采が鞭剣の中に標的を捕えると、シャドウはそのまま細切れに切り裂かれ、夜の中へと霧散した。

    「ジンギスカンさんが全部食べちゃいました! もう大丈夫ですよ」
     戻った桃花の部屋。明るく勝利を告げたアイスバーンに、桃花は安堵の表情を見せた。
     窓から差し込む光が、僅かに強くなっている。朝へと移ろうソウルボードは桃花の心を顕す様で――焔は桃花を頭を撫でると、穏やかに微笑んだ。
    「……目が覚めれば、おめさんの好ぎな父さん母さんが泣いて喜ぶな」
     救えて本当に良かったと。その言葉に笑み交わし合う灼滅者達の中、紗雪は桃花を含めた全ての仲間を称える。
    「おかげで桃花ちゃんも……わたしたちも。笑顔で夏、終われます」
     ――夏の終わりに。刻んだ1つの戦いは、これにて無事、大団円。
    「桃花ちゃん、ホラ!」
     狭霧が桃花へハイタッチの手を差し出すと――頬染めそれに応じた少女の顔には、これからの幸福を象徴する様な、愛らしい笑顔が浮かんでいた。


    作者: 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年9月11日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 0
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