ガイオウガの意志~犬神屋敷は帰らない

    作者:空白革命


    「皆。ちょっとややこしいことになった。順を追って話を聞いてくれ」
     大爆寺・ニトロ(大学生エクスブレイン・dn0028)は学園空き教室にて灼滅者たちを集めて説明を始めていた。
    「臨海学校でガイオウガの力の塊を回収したのは覚えてるよな?
     あれはソロモンの大悪魔フルカスの儀式によって発生していたものだったんだが、灼滅者の活躍でフルカスの灼滅にはキッチリ成功している。問題はこの後だ。
     ガイオウガの統合意志は灼滅者と敵対するか協調するかで分裂しているらしい。それも敵対側を優勢にしてな。
     力の塊を全て無傷で鶴見岳に運んだことで一旦は強調を望む石が強まり、敵対側による意思統一に抵抗しているんだそうだ。
     とはいえイフリートと長らく敵対していた分、最終的に敵対側に統一されることが予想されている。
     とまあ、『これまでのあらすじ』はこんな所だ。本題にはいるぞ」

     今回主題となるのは学園が説得し、保護対象となったイフリート『イニガミヤシキ』である。
     イヌガミヤシキは自分がガイオウガに意志を伝え、灼滅者と協調関係を結ぶよう力を尽くしたいと申し出てきたのだ。
    「そういうわけだ。入ってきてくれ」
    「……」
     教室の扉を開くと、柴犬がとことこと教壇の前へとやってきた。
     イフリート『イヌガミヤシキ』による疑似犬変身状態である。
     イヌガミヤシキはただその場に座り、場の全員を見回した。
     
     沈黙が続いた。
     なにせ犬である。
     近づこうものなら一瞬で首を切るかも知れないような存在が、こちらに対して近からず遠からずの位置にずっと座って黙っている。しかもそれが一見してただの犬であるという事実に、誰もが言葉を失っていた。
     軽く十分が過ぎた頃だろうか、イヌガミヤシキは深く息をつき、人間形態へと変化した。
    「ムサシザカ」
     一言喋ってから、三分をはさみ……。
    「オウチ、ソットシテ、クレル」
     それからまた三分。
    「ト……ツタエル」
     そこまで言って、再び犬変身に戻った。
    「「…………」」
     顔を見合わせるニトロと灼滅者たち。
    「せ……説得の意志は、あるらしいぞ」
     

     さて、ここからは戦闘に関する話だ。
    「これからイヌガミヤシキが鶴見岳に向かい、ガイオウガに意志を伝えに行く。
     しかしそれを阻止すべく、敵対側の統合意志がガイオウガ本体から分離し、イフリート化して襲いかかってくるだろう。
     さすがに同胞を攻撃するほどの過激派は少ないだろうが、説得中に集中攻撃をされれば耐えられないと思われる。
     そこで、皆にはイヌガミヤシキの護衛を頼みたい」
     敵対側の分離体とはどの程度のものだろうか。
     それについてはニトロがある程度把握している。
    「分離体は合計で2体出現する。鎧のような鱗で身を包んだ狼型のイフリートだ。細かいところはメモを見てくれ。
     今回は他にも同様の作戦をたてているチームがいるが、(集中攻撃のリスクを下げるため)距離をあけて山を目指すから連携はとれない。
     2体のイフリートを灼滅するか、意志を伝え終わるまで護衛するか。どちらかを達成すれば作戦は成功だ。
     意志を伝え終わってしまえば敵対側のイフリートもそれ以上攻撃する理由もなくなるしな。再びガイオウガと合体して消えるだろう」
     そこまで説明してから、イヌガミヤシキをちらりと見た。
    「ここまで繋いできた縁だ。なんとか最後までやりとげたいよな。そしてやり遂げられるかどうかは……すべて皆にかかってる。頼んだぞ」


    参加者
    セリル・メルトース(ブリザードアクトレス・d00671)
    アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)
    葛葉・有栖(紅き焔を秘めし者・d00843)
    村瀬・一樹(ユニオの花守・d04275)
    海川・凛音(小さな鍵・d14050)
    靴司田・蕪郎(靴下大好き・d14752)
    奏川・狛(獅子狛楽士シサリウム・d23567)
    星見乃・海星(虹の彼方の海の星・d28788)

    ■リプレイ

    ●物言わぬ君の背を
     鶴見岳に熱波が吹いていた。
     かき分けるように進めば、鶴見岳火口へとたどり着く。
    「これが、ガイオウガの意志なんですね……」
     奏川・狛(獅子狛楽士シサリウム・d23567)が火口に見たのは、溶岩の海がごとき光景だった。
     そこには巨大な渦が巻き、大きな渦に小さな渦が巻き込まれようとしているように見えた。
     迫力に息を呑むセリル・メルトース(ブリザードアクトレス・d00671)。
    「まるで統一を図っているみたい。こんな存在と和解をはかるなんて、今思っても絵空事みたいに思えるけど……けど、今はそれが叶うかもしれないんだね」
     一団の中には黒い柴犬も混ざっていた。イヌガミヤシキの変化体である。
     イヌガミヤシキは溶岩の渦を表情の読めない目でじっと見つめていた。
     話題を探して語りかける葛葉・有栖(紅き焔を秘めし者・d00843)。
    「ねえ、イヌガミ。覚えてる? 私をフリスビーみたいにキャッチしたこと」
    「……」
     無言を肯定に代えるのはイヌガミヤシキの癖だ。必要以上にふれあわないが、必要とあらばこんな危険そうな場所にまで来る。
    「ガイオウガに石を伝えるなら、なにも言葉にしなくてもいいんだよ。やりやすい方法で説得してみて」
    「それがいいね」
     頷く村瀬・一樹(ユニオの花守・d04275)。
    「僕たちはキミの意思を尊重する。だから安心して伝えて。そのあいだは、皆でキミを支えるから」
     一樹が同意を求めるように振り向くと、アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)が視線で同意を示した。
    「あなたもガイオウガたちと同じ存在なら、想いは届くわ。武蔵坂をどう思ったか、伝えてご覧なさい」
     器用にぴこぴこと歩く巨大ヒトデ、もとい星見乃・海星(虹の彼方の海の星・d28788)。
    「ぼくだけじゃない。多くの人が、イヌガミヤシキを友人だと思ってる。助けたいと思ってるんだ。あの屋敷に戻してあげたいともね」
    「それはそうと靴下交換しませんか」
     渋めの声で言う変態、もとい靴司田・蕪郎(靴下大好き・d14752)。
     その頭を掴んで溶岩に晒しつつ、海川・凛音(小さな鍵・d14050)は真剣なまなざしでイヌガミヤシキを見つめた。
    「共に、行きましょう」
     言葉はそれだけだったが、多くの心が互いに交わされたように思えた。
     思えばこの中の誰一人としてイヌガミヤシキと会話をしたことなどないのに、お互いのことを少なからず知っていた。
     それはもしかしたら、ガイオウガに気持ちを伝えるための素晴らしい糸口になるかもしれない。
     そう、強く確信できた。
     溶岩がふくれあがる。
     イヌガミヤシキが変化を解き、人型へと転じる。
     溶岩の中から飛び出した白黒二種のイフリートが、激しい炎を吐きつけてくる。
     命がけの説得が、始まった。

    ●後ろ髪
     全身から炎をあげ、突撃をしかけてくるホワイトメイル。
     アリスはカードを放って武装を解放した。
    「Slayer Card, Awaken!」
     ボックスを親指で弾くように開き、占い札を放出する。
     独りでに配置された札が結界となり、ホワイトメイルの突撃を阻んだ。
     が、そこは流石にイフリートの突撃。結界が瞬時にひび割れ、崩壊した部分からホワイトメイルが強引に割り込んできた。
    「転身っ!」
     狛がシサリウムにチェンジ。自らを包む鎧からダイダロスベルトを放出するとホワイトメイルたちへと発射。
     手足や角に絡みつき、接触を一瞬だけ押さえつける。
    「拮抗してる?」
    「いや――」
     ブラックメイルがすぐさま炎の爪を纏うと、そのまま全てを焼却させながら突き進んできた。
     現代日本において獣の突進を受けた経験を持つ人はどれほどおられようか。ブラックメイルの突進は、例えるならトラックによる衝突に近かった。
     思わず吹き飛ばされる狛たち。
    「ソオオオオックス! ダイナマイッ!」
     腰振りと同時に(元々少ない)衣服を九割パージする蕪郎。ムタンガの裾を肩にかけると、それを黄色く発光させた。更に頭上で同じポーズをとるみずむしちゃん。
     不本意ながら回復フィールドに包まれるアリスと狛。
     衝突によって生じた激しい火傷が引いていく。
     そんな激しい戦闘風景に、イヌガミヤシキが反射的に攻撃の構えをとった。
    「いいんだ、イヌガミヤシキ」
     肩に手を置く一樹。
     しゅるしゅると伸びた五線譜めいた帯がイヌガミヤシキを守るよう卵状に覆い始めた。
    「ここは、僕たちに任せて」
     更に一樹はイヌガミヤシキを庇うような立ち位置をとると、巨大十字架を地に突き立てる。
    「せめて、同胞の話は落ち着いて聞いて欲しいな」
    「――ダマレ、シャクメツシャ!」
     ホワイトウルフが振り向き、敵意を露わににらみ付ける。
     角が肥大化し、ドリルのように螺旋状の炎を纏い始めた。
    「ごめんね。でも、僕らは話を聞いて欲しいだけ」
     すとんと巨大ヒトデが一樹の前に着地。お腹から無数の触手を生やすと、その全てから名状しがたい光線を乱射した。
    「それだけなんだ!」
    「ヌカセ!」
     ブラックメイルが炎の翼を広げて割り込んでいく。
     溶岩が寄り集まったような姿だった彼らも、徐々にその姿を恐ろしいものへと変えていく。
     炎のはばたきと光線が空中でぶつかり合い、無数のスパークを生む。
     それらの上を飛び越え、角による突撃をはかるホワイトメイル。
    「――!」
     空中で、シールドを巨大化させた凛音と衝突した。
     凛音はシールドを更に巨大化。押し切ろうとするホワイトメイルの勢いを拒むようにばちばちとエネルギースパークが起きた。
     それでも尚力押しを続けようとするホワイトメイルだが……。
    「真白なる夢を、此処に」
     高く跳躍したセリルが魔法使いの服へとチェンジし、聖剣を叩き付けた。
    「僕らに言葉はいらない。イヌガミが想いを伝えるだけの時間さえ、あればいい」
     凛音とセリルの起こした反撃に、僅かばかりホワイトメイルが押され始める。
    「今!」
     セリルの合図にあわせ、有栖が跳躍。
     ホワイトメイルとブラックメイルをまとめて射角に納めると、刀に燃えるような殺気を纏わせた。
    「イフリートだから悪いんじゃない。悪いイフリートがいただけなんだ。けれど、だから、友達になれるなら――!」
     刀を振り切る有栖。
     殺意が熱波となってホワイトメイルたちを押し返した。
    「まずは、隣人から始めよう。そのために、今は戦うよ」

     イヌガミヤシキの説得は続いている。
     それに応じて、火口の渦の様子も変わっていた。
     大きな渦が弱まり、その一方で渦に加わっていなかった溶岩が小さな渦へと加わり始めているように見えた。
     口べたなイヌガミヤシキだが、有栖たちに教わった方法で着実に想いを伝えているようだ。ガイオウガの中にあるいくつものイフリートの意志が共感を示しているのだろう。
     巨大な意志に飲み込まれかけていた無数の意志が、抵抗するだけの勢力を整えたようにも見える。
     一方で戦いの方は苦しさを増していた。
     攻防整ったブラックメイルとホワイトメイルは、着実にこちらのダメージを削っては引き削っては引きの長期戦に持ち込んでいる。
     長引けば長引くほどこちらの平均体力は落ちていった。
     イヌガミヤシキ同様あまり喋らないタイプなのでハッキリとは分からないが、ブラックメイルたちの抵抗に参って退散するか、逆上しておかしな行動に出るのを待っているようなそぶりもあった。
     だが、それで投げ出すような彼らではない。
    「仲間なんでしょう。なら、話くらい最後まで聞いてあげてよ!」
     海星はスピンジャンプをかけると、自らのボディをブラックメイルに叩き付けた。
     近くに岩にぶつかるブラックメイル。
     乱暴に海星を振り払うが、対する海星は負けじとブラックメイルに組み付いた。
     彼らの狙いはブラックメイルとホワイトメイルを『押さえつける』こと。倒して排除することではない。だから、極まった状態になっても押さえつける以上のことはしないのだ。
     ブラックメイルの牙が食い込み、海星のボディが破壊される。
     がっくりと崩れ落ちた海星を蕪郎が急いで回収した。
     巨大靴下に突っ込んでサンタクロース方式で担いでいく。
    「靴下回復が追いつきません! ピンチでございます! ピンチソックスでございま――ソォイ!」
     更に飛びかかってくるブラックウルフの遠隔牙を宙返りでよける蕪郎。
     次こそ当てるとばかりに追撃をしかけるブラックウルフに、狛が素早く割り込んだ。
     影で出来た巨大な顎に挟まれるが、鎧を食い込ませるようにしてこらえる。
     砕かれるそばから修復するが、それでも破壊の速度のほうがずっと早い。
     アリスにアイコンタクト。頷いたアリスは剣を虚空から抜き出すと、ブラックメイルたちめがけて激しい光を放射した。
     一瞬攻撃が緩んだ所で転がるように離脱する狛。
     が、ホワイトメイルがここぞとばかりに飛び込み、狛に突進をしかけた。
     最初に食らったようなトラック衝突並の衝撃である。激しく吹き飛び、遠くの岩に叩き付けられた。
     次はお前だとばかりにイヌガミヤシキに狙いを定めるホワイトメイル。
     全身から炎のオーラを漲らせるが、有栖と凛音がそれぞれ間に立ち塞がった。
    「ギリギリまでは粘りますよ」
    「分かってる。戦いは好きだしね」
     刀を抜く有栖。
    「守ってみせるよ。イヌガミと、もっと仲良くなりたいから」
    「同感です」
     凛音はシールド大きく構えホワイトメイルに突撃をしかけた。同じく斬りかかる有栖。
     正面衝突。
     風が吹きすさび、周囲の石や砂を飛ばしていく。
    「二人とも……!」
     一樹が急いでダイダロスベルトを展開……しかけるが、それよりも早く凛音たちは大きく吹き飛ばされ、岩にぶつかってぐったりと横たわっていた。
     せめて自分たちだけでもとイヌガミヤシキの前に立ち塞がるセリルとアリス。
     二人とも既にボロボロだ。
    「遣り甲斐のある戦いだわ。でも流石にハードになってかかな」
    「なら諦める?」
    「絶対に嫌」
    「僕もだよ!」
     二人はそれぞれ剣を投げ捨てると、突撃してくるホワイトメイルを素手で受け止めた。
     四肢が千切れそうな衝撃がはしるが、歯を食いしばってこらえる。
     ブラックメイルが咆哮をあげ、影の牙を展開する。
     これ以上はもたない。そう思いかけたとき、一樹が天空に向けて光線を放った。
     攻撃ではない。皆を注目させるための合図だ。
    「話が済んだようだよ、皆」

     イヌガミヤシキから途切れ途切れの言葉を聞いて、一樹は数度頷いた。
    「皆、ガイオウガの復活が始まったみたいだ。幸い協調派の意志は消えていないけれど、ガイオウガ全体の意志は制御できなかったんだ。けどもし……」
     ちらりとイヌガミヤシキを見る一樹。
    「僕らが外から働きかけて敵対派の意志をそぐことが出来れば、『自分たち』がガイオウガの表に出ることができるはずだって」
    「自分たち……って」
     身体を起こす凛音。袋から顔を出す海星。
    「……」
     イヌガミヤシキは『後を頼む』と言いたげにこちらへ背を向けると、火口へと歩き始めた。
    「イヌガミヤシキさん!」
     凛音が袋に入れたジャーキーを投げる。後ろ手にキャッチするイヌガミヤシキ。
    「友達になりましょう」
    「帰ってきたら、必ず!」
     イヌガミヤシキは『沈黙』をして、溶岩渦巻く火口へと飛び込んでいった。

     あたりの温度は激しくなるばかりだ。
     やがて溶岩の中から次々とイフリートが飛び出し、満身創痍のセリルたちに襲いかかろうと吠えている。
    「こんな数、流石に相手できないよ……」
    「見るでグース!」
     吠えるイフリートたちはしかし、金縛りにでもあったかのように動きを止めている。
    「イヌガミヤシキたちの意志に阻まれてるんだ」
    「今のうちに退きましょう」
     撤退するなら今しかない。
     駆け出す一樹たちの中で、有栖は火口を振り返った。
    「また会おうね。必ずだよ」
     イフリートの咆哮は、見えなくなってもまだ聞こえている。

    作者:空白革命 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年9月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 6
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