ガイオウガの意志~緋炎の豪勇の願い

    作者:御剣鋼

    ●抵抗する意思
    「別府湾に湧き出たガイオウガの力が、ソロモンの大悪魔『フルカス』の儀式によるものであることは、耳にされた方も多いかと存じます」
     つい先程、そのフルカスを灼滅することに成功したという報告が入った。
     そう微笑んだ里中・清政(高校生エクスブレイン・dn0122)は、同時に重要な情報があったことも告げる。
    「フルカスの最後の言葉から、ガイオウガの意志が『灼滅者と敵対するか協調するか』で、分裂していることが判明したのです」
     鶴見岳イフリート迎撃戦では多くのイフリートと友好的に接し、更に9体のイフリートを学園に招いている。
     しかし、休火山のイフリート事件では逆に全てのイフリートを灼滅し、昭和新山では『スサノオ』に加勢して、イフリートを灼滅する行動を取っている。
    「ガイオウガの意志は、灼滅者と敵対する事で統一されようとしておりました。ですが、臨海学校でガイオウガの力を全て鶴見岳に運んだことにより、協調を望む意志も強まり、意志の統一に抵抗しているとのことです」
     それでも、ガイオウガ全体の意志としては、灼滅者と敵対する側が優勢であり、最終的には灼滅者と敵対する意思で統一されると、予測されているという……が。
    「実は、学園に保護されているイフリート達がこの状況を察知し、『ガイオウガに意志を伝えて、灼滅者と協調できるように力を尽くしたい』と、申し出てくれました」
     執事エクスブレインが招くように声を掛けると、教室の扉がガラっと開く。
     キョロキョロと興味津々に足を踏み入れたのは、半獣半人のイフリート――ヒイロカミだった。
     
    ●緋炎の豪勇の願い
    『武蔵坂ノ考エ、今モ良クワカラナイ。デモ、味方ニナルト頼リニナルシ、オモシロイ』
    「面白い、ですか……学園での生活はいかがですか?」
    『アア、楽シイゾ。ミチ、ミライ、感ジタ。オレ間違ッテナカッタ。オレノ言葉、オカシクナイカ?』
     相変わらず話すことが苦手な節があるけれど、金の瞳には強い炎が灯っていて。
     彼の意志がガイオウガに届けば、状況が好転するのは間違いないと、思った時だった。
    『ソウイエバ、アノ茶色ノ飲ミモノ、ココアッテイウンダナ、オレ覚エタゾ。ア、アト、チョコレート、モットタベタイ! サワルトトケチャウケド、武蔵坂ガアーンシテクレルト、タベラレル!』
    「も、物凄く学園に馴染んでますね……」
     むしろ、ツッコミどころ満載であーる。
     灼滅者と協調したいという意思は十分感じられるけど、良くも悪くも思いつくまま喋ってしまう、タイプなのだろう。
     執事エクスブレインは軽く咳を払うと、手元のバインダーに視線を落とした。
    「ヒイロカミ達が鶴見岳に向かい、ガイオウガに意志を伝えようとしますと、武蔵坂との敵対を強く望む意志がガイオウガ本体から一時分離し、説得を阻止しようとイフリート化して、襲い掛かってきます」
     同胞であるイフリートを襲撃する程の強硬派の数は少ないものの、ガイオウガに意志を伝えている所を襲撃されれば、ヒイロカミ1人で耐えきることは困難を極める。
    「皆様には、ヒイロカミがガイオウガに意志を伝えることができるよう、襲撃してくるイフリートから彼を護衛して頂けますよう、お願い申し上げます」
     襲撃してくる敵イフリートは、犀型と豹型の2体。
     2体とも出現するタイミングは、ヒイロカミが鶴見岳に十分に近づき、ガイオウガに意志を伝えられる間合いに入った頃合いになる。
     ヒイロカミが意志を伝え始めるのと同時に、戦闘が開始されると思っていいだろう……。
    「ヒイロカミがガイオウガに意志を伝え終わるには、30分前後の時間が必要になります」
     敵イフリート2体は灼滅者との協調を強く否定する意志を持っているため、灼滅を狙うことで、その強い敵意をガイオウガの意志から消すことが出来るという。
    「ですが、同胞のイフリートが灼滅される光景を眼前にしたガイオウガ本体の意志が、武蔵坂と敵対する方向に傾く可能性もございます」
     灼滅することが正解なのかはわからない、戦い方にも左右されてくるだろう。
    「灼滅を狙わない場合、かなりの長期戦に持ち込む覚悟が必要になりましょう」
     ヒイロカミに対して、素早く的確にガイオウガへ意志を伝える方法等をアドバイスすることが出来れば、戦闘時間を減らせるかもしれない。
     もちろん、内容によっては逆効果になることもあるので、注意が必要だ。
    『ドンナ作戦ニナッテモ、オレハオレガ出来ルコトニ集中スル。揺ラグコト、シナイ』
     先程とは打って変わって、ヒイロカミは戦士の目で真摯に頷く。
    「敵イフリート2体の詳細ですが、犀型の方はファイアブラッドとバベルブレイカー相当のサイキックを使い分けてきます。攻撃特化でございますね」
     犀型のイフリートは動きが鈍いものの、クラッシャーで攻撃力が高めだと告げる。
     防具でHPを底上げしたり、気魄か神秘の回避属性や耐性をつけていくのが、無難になるだろう。
    「豹型の方は攻撃力が高くありませんが、バランスタイプで弱点らしいものがなく、状態異常を重ねてくる攻撃を得意としております」
     犀型のイフリートがクラッシャーなら、豹型はジャマーといったところか。
     サイキックは、ファイアブラッドと影業相当のものを使い分けてくるようだ。
    「戦場は鶴見岳山頂に近づく山中となりますが、視界や足場は戦闘に支障がでない範囲ですので、心置きなく護衛に専念して下さいませ」
     学園のイフリート達はそれぞれ距離を開けて山頂を目指すので、他班と連携を取ることはできない。
     自分達の力だけで、ヒイロカミを護り切らなければならないのだ。
    「2体のイフリートを灼滅するか、或いはヒイロカミがガイオウガに意志を伝え終わるまで護衛を続けることができますと、作戦は成功の運びになります」
     意志を伝え終えてしまえば、向こうも邪魔をする理由はなくなるので、再びガイオウガと同化して姿を消してしまうという。
     執事エクスブレインはバインダーを閉じると、集まった灼滅者達の顔を見回す。
    「よりよい結末と未来を迎えるためにも、皆様の御力をお貸し下さいませ」
    『オレカラモ、ヨロシク頼ム』
     サイキック・リベレイターによるガイオウガの復活まで、そう遠くはない。
     執事エクスブレインが深く頭を下げると、ヒイロカミも真似をするように、ぺこりと頭を下げたのだった。


    参加者
    時渡・竜雅(ドラゴンブレス・d01753)
    刻野・渡里(大学生殺人鬼・d02814)
    神崎・摩耶(断崖の白百合・d05262)
    ワルゼー・マシュヴァンテ(松芝悪子は夢を見ている・d11167)
    野乃・御伽(アクロファイア・d15646)
    幸宮・新(二律背反のリビングデッド・d17469)
    ミツキ・ブランシュフォード(サンクチュアリ・d18296)
    オリヴィエ・オーギュスト(従騎士・d20011)

    ■リプレイ

    ●躍動する炎
    「腹が減っちゃ元気出ねぇだろ。ほらよ、おにぎり」
     鶴見岳に近づくと熱波が肌を掠め、遠くに見える火口は溶岩が噴出していて。
     野乃・御伽(アクロファイア・d15646)が差し出したお握りをペロリと平らげたヒイロカミをリラックスさせようと、幸宮・新(二律背反のリビングデッド・d17469)は、ゆっくり話し掛けた。
    「僕達と一緒に街で遊んだこと、覚えてるかな」
    「そうそう、あの徳利の中。僕達皆目を丸くしちゃってた!」
    「凧揚げや鬼ごっこは楽しかったな」
     オリヴィエ・オーギュスト(従騎士・d20011)と刻野・渡里(大学生殺人鬼・d02814)が更に思い出を色濃くすると、ヒイロカミの表情がぱっと輝いた。
    『街、覚エテル。美味シイモノイッパイ、鬼ゴッコ楽シカッタ』
    「ならば、かのロードローラーを相手取って、我々と共闘したことも覚えておるかな?」
    『アア、カッコヨカッタ!』
     その強くてカッコイイのは武蔵坂産だと言ったら、どんな顔をするのだろう。
     まあ、終わってからの楽しみにしようと、ワルゼー・マシュヴァンテ(松芝悪子は夢を見ている・d11167)は、敢えて言葉を濁しておく。
    「私たちのことをどう思っているか言葉にしてあげたいのだが、難しいな」
    『マヤノ言葉。オレノ気持チト、チョット違ッタ』
     神崎・摩耶(断崖の白百合・d05262)の助言は、少し複雑だったのだろう。
    「言葉だけじゃなくてよ、身振り手振り全身を使って伝えてみるのもいいんじゃねーか?」
     その方がストレートに伝わるかもしれないし、ヒイロカミらしいと御伽は微笑む。
    「あとは、何かを『好き』って気持ち、お前も分かるだろ?」
     ――俺は、お前が『好き』だから力になりたい。
     それだけだと笑う御伽にヒイロカミは瞳を輝かせ、摩耶も分かりやすいと相槌を打つ。
    「簡単な言葉、でいいと思う、の。自分が思っているコトを、正直、に言お」
     辿々しくても、大丈夫。
     自分の言葉に乗せた想いと気持ちは、必ず伝わるから、と。
    「気持ちは絶対、それが一番伝わる、から」
    『ワカッタ!』
     途切れ途切れでも自分の言葉で助言する、ミツキ・ブランシュフォード(サンクチュアリ・d18296)に、ヒイロカミも共感して元気良く手を挙げる。
    「説得中に悩んだら、すぐにフォローするぜ」
     時渡・竜雅(ドラゴンブレス・d01753)が胸を張ると、渡里も真摯に頷いてみせた。

    ●均衡する意志
     ――鶴見岳火口周辺。
     そこは、溶岩の海のように変貌しており、中には2つの渦が渦巻いている。
     溶岩の渦は、大きいものと小さいものがあり、大きな渦が小さな渦を呑み込もうとしているようにも見えた。
    「これ、がガイオウガ、の意志、ね」
     大きな渦が全体の5割。小さな渦が全体の1割で、残りの4割は渦に巻き込まれないように留まっている。
     この小さな渦が『灼滅者と協調するガイオウガの意志』で、これが呑み込まれれば、協調の意志は消えてしまうということが、ミツキを始め、全員が漠然と理解できた。
    「ね、あとどのくらい歩けば……あっ!」
     防衛戦向きの場所を探していたオリヴィエの横を、ヒイロカミがするりと抜ける。
     足を止めたのは山頂近くの見通しが良い場所……王に謁見するに相応しい場所だった。
    「次はガイオウガだな」
     力強く勇気付けるワルゼーに、ヒイロカミも小さく頷く。
    「我が友がその架け橋になってくれるのなら、我々はそれを全力でバックアップしよう」
     ――大丈夫。
     武蔵坂とヒイロカミが分かり合えたように、きっと良い関係になれるはず。
    「難しく考えなくていい、君のやりたいこと、思うことを、そのまま伝えればいいだけ」
     新がそのまま気持ちを伝えるようにアドバイスすると、渡里も武蔵坂と居て楽しいと感じたことを伝えて見てはと薦めてくれて。
    「あと、戦闘へ参加しないと約束してほしい。ヒイロカミが一番重要な役目なんだからな」
    『ワカッタ。タブン』
     渡里のお願いに、ヒイロカミは困ったように眉を寄せる。
     有事の際には獣形態になって、8人を助けようとする心意気が垣間見られた。
    「何はともあれ、お前の気持ち、全部ブツけてこいよ」
     ――後悔しないように。
     御伽が突き出した拳に、ヒイロカミも「おう」と拳と拳をコツン。
     笑いながら拳をぶつけて送り出した御伽は、思い出したように口を開いた。
    「全部上手くいったらよ、また一緒にココア飲もうぜ」
    「あ、チョコレート、俺も好きだぜ。終わったら一緒に食べ――」
    『オオオオレ、頑張ッチャウ!!』
     竜雅が言い終わらない内に上機嫌になったヒイロカミは、大きく深呼吸する。
     その刹那。火口から飛び出した2つの炎が迫り、激しい敵意を剥き出した。

    ●相反たる意志
    「ここは僕達に任せて、力を抜いて。後は声に出すだけでいい」
    「お主はただ、心のままに、ガイオウガへ呼びかけてくれれば良い」
     ――僕達には、君が必要だ。
     力強く告げた新が怒りをもたらす斬撃をツムジカゼに繰り出すと、ヒイロカミの前に立つように陣取ったワルゼーが、味方を守護する護符を飛ばす。
    『狼藉者共メ、万死ニ値スル!』
     怒りに駆られたツムジカゼは、狙いを前衛に定める。
     その敵意から味方を守ろうと、ミツキが耐性を高める盾を展開。死角からオリヴィエが繰り出した斬撃が後脚を斬り裂き、動きを鈍らせた。
    「俺も力を尽くさせて貰うよ」
     高速で鋼糸を繰り寄せた渡里がツムジカゼの前脚を斬り裂くと、瞬時に距離を狭めた御伽が殴打して怒りを重ねる。
     セイドウマルも、状態異常漬けされる仲間を黙って見過ごしはしなかった、が。
    「ヒイロカミ、まさかお前の前に立って戦う日が来るとはな」
     初めて会った時から考えられない状況に、竜雅の心は踊っていて。
    「不思議と気分がいいぜ、仲間と認めたヤツの盾になるってのはよ!」
     斬艦刀を地面に引き摺るようにして駆け出すと、勢いを乗せたままセイドウマルへの脳天に重い一撃を繰り出す。
    「状態異常漬けも、火力の抑えも上手くいっているな」
     戦いの音で聞こえにくいけれど、ヒイロカミも説得に集中している。
     ――武蔵坂で過ごして感じたこと。
     ――街で遊んだこと。共闘して強敵を倒したこと。
     ――灼滅者もガイオウガも『好き』だから、共に歩みたいと強く願っていること。
     自分の言葉で精一杯伝えるヒイロカミを、御伽は口を挟まず見守っていて。
    「ガイオウガにも、わかって貰えるといいな」
     凛々しくジャマーについた摩耶は、子を守る母のよう。
     摩耶は動きを抑制する糸をツムジカゼに巡らせると、距離を詰めたミツキが更にシールドで殴りつける。
    「困っている様子もなさそうだ」
     戦闘に支障のない範囲で耳を傾けていた竜雅が、短く息を吐いた時だった。
    「む、渦が……!」
     大きな渦の動きが弱まり、渦に加わってなかった溶岩が小さな渦に加わっていく。
     自分達が炎獣を抑え、ヒイロカミ達が説得を重ね続けたことで、火口に変化が起きたのだろうと、ワルゼーは確信した。
    「小さな渦が逆転することはなさそうですね」
    「まあ、いままでの事を考えれば、当たり前の反応だ」
     オリヴィエが唇を噛むと、セイドウマルへ鋼糸を伸ばした渡里も短く溜息を洩らす。
     回復重視で奮闘していた霊犬のサフィアは、既に消失してしまっている。
     それでも、小さな意志が態勢を整えたという朗報は、8人と1体の背を大いに後押ししたのだった。

    ●炎達の願い
    『……。……!』
     ツムジカゼの動きが封じられても、セイドウマルの猛攻は止まらない。
     むしろ、この戦いを心底楽しむように、積極的に重い一撃を繰り出していて。
    「ういろ、ありがと」
     霊犬のういろが消滅するのを見届けたミツキは、ツムジカゼを見据えると龍の翼の如く薙ぎ払う。
     オリヴィエは集中しているヒイロカミに口元を結び、ツムジカゼに石化をもたらす呪いを解き放った。
    「不屈! まだまだいけるぜ!」
     味方が倒れないよう守りに徹しながらも、相手を弱らせるための攻撃は怠らない。
     竜雅は疲労を濃くした新を庇うように肉薄し、強烈なアッパーカットを見舞った。
    「君達にとっての誇り、思想。そういうものも、僕達には受け入れられないだけで、きっとあるんだと思う」
     だけど、それは灼滅者も同じで、ヒイロカミにも言えること。
    「……君達も、同じようにはいかないのかな」
     祈り願うように呼び掛ける新を、ツムジカゼは嘲笑う。
    『笑止、我等ガ同胞ニシタ狼藉ヲ全テ流セト!』
    「それでも、我が友は命をかけてガイオウガの心を揺り動かさんとしている、その邪魔は絶対にさせんよ!」
     ツムジカゼの炎が前衛を呑み込むと同時に、ワルゼーが浄化をもたらす風を招く。
    「いっぱい考えて、覚悟、決めてくれたヒイロカミの気持ち、大事にしてあげたい、の」
     新を庇うように前に出たミツキが必殺ビームを撃つと、渡里は言葉の代わりに自らのジャマー能力を高める殺気を無尽蔵に放出した。
    「ここからが正念場だ!」
     2体共に、体力が半分近く削られている。
     攻勢から守備に転じた竜雅も前線を支える壁に徹しようと、回復の頻度を上げて。
    「そろそろ切り替えた方がいいかも」
     疲労を濃くしたツムジカゼを牽制し続けるオリヴィエの声に、摩耶は何時でも交代できると半歩前に進んだ。
    「我が友に攻撃は届かせんよ!」
     中衛にも敵意を剥け始めたセイドウマルには、ワルゼーが回復支援に徹する。
     不意に。ビクッと体を震わせた2体の炎獣は、忌々しげに双眸を鋭くさせた。
    『我等ノ役目ハ叶ワンダ。戻ルゾ』
    『……! ……』
     ツムジカゼが姿を消すと、終始黙していたセイドウマルも、大地に消えていく。
     それよりも、だ。
    「13分か、早いな」
     露草色の針の腕時計から視線を上げた御伽の目に映ったのは、ヒイロカミの笑顔。
     一丸でアドバイスしたことで、時間が大幅に短縮したのは間違いなく……!
    『オレノ言葉ト想イ、全テガイオウガニ伝エルコトガ、デキタゾ』

    ●別離
    「……ありがとう。あ、いや。協力してくれたからじゃなくてさ。一生懸命話してくれる位に武蔵坂を気に入ってくれた事がね」
    『ツムジカゼ、セイドウマル、倒サナイデクレタ。トテモ安心デキタ。ダカラ、集中デキタ』
     真っ先に労いの言葉を掛けたオリヴィエに、ヒイロカミはぺこりと頭を下げる。
     身振り手振り交えるヒイロカミからは、心からの感謝が伝わってきて……。
    「全員で美味しい物でも食べに行かな――!」
     ほっとした渡里が誘いの言葉を掛けた時だった、ヒイロカミの瞳が大きく見開く。
    「どうした?」
    『ガイオウガノ復活ガ、始マッタ』
     鋭く答えたヒイロカミは、火口を凝視する。
     その視線を追った摩耶の瞳にも、溶岩から次々現れるイフリート達が映っていて。
    「説得、上手くいかなかった、の?」
    『チガウ。灼滅者ト協調スル意志ハ、消エテイナイ』
     途切れ途切れの言葉で訪ねるミツキに、ヒイロカミは首を横に振る。
     ガイオウガの意志を制することが出来ないまま、復活の刻が訪れただけだ、と――。
     ヒイロカミは明るい笑みを浮かべると、8人の顔を見回した。
    『モシ、武蔵坂ガ外カラ頑張ッテ、灼滅者ト敵対スル、ガイオウガノ力削ッテクレタラ、オレタチガ、ガイオウガノ意志トシテ表ニナッテ……ウウ、言葉ムズカシイ、ミンナデココア、ノメル!』
    「気に入って貰えて何よりだ」
     不意を突かれた御伽が苦笑すると、ヒイロカミも笑い声を洩らす。
     けれど、すぐに緊張した面持ちに変わり、真っ直ぐ告げた。
    『オレ達ハ灼滅者ト協調スル。垓王牙(ガイオウガ)ニ合流シテモ、意志ヲ守リ続ケル』
     ――そのことが、何を意味するのか。
     皆が全てを理解するよりも先に、ヒイロカミが踵を返す。
     その先にあるのは、鶴見岳の火口だ。
    「我々が決戦の準備を整えるまで時間を稼ぐつもりか……!」
    「ヒイロカミ、だめだ!」
     行く手を阻もうと、ワルゼーと新が地を蹴った瞬間、大地が揺れる。
    「チョコレート、一緒に食べる約束しただろ!」
     仲間と認めたからこそ、互いに譲れないモノがある。
     竜雅が伸ばした手の先で、ヒイロカミは緋炎のタテガミを持つ獣へ姿を変えた。
    『アトノ事ハ、武蔵坂ニ……友ニ託ス』
     別離を惜しむように、緋炎の獣は加速する。
     覚悟を胸に、激しい闘志を燃やした獣の背は、徐々に小さくなって、消えてゆく。
     ――そして。
     鶴見岳の火口が。大地を、空を、激しく揺さぶるように振動した。

    ●王の咆哮
     地脈の力は、炎獣の王の力の源でもある。
     時に荒ぶり、大きな被害をもたらすその力は、周囲を大きく激変させた。
    「凄まじい力だな……」
     鶴見岳全体の空気が熱風と化し、摩耶の白磁の頬を焦がさんと刺激する。
    「戦いは結末に向かいつつある……か!」
     赤く躍動する火口に緑色の双眸を細めたまま、ワルゼーは断斬鋏を構え直す。
     火口周囲には、さらに多くのイフリートが現れ、火口の溶岩がぐんと盛り上がる。
     盛り上がった溶岩は、天高く高く伸び、巨大なイフリートの姿へと変貌していく――。
    「あれがガイオウガか、鬼ごっこは一緒にできそうにないな」
     その存在を知ったのは随分前になるけれど、姿を見るのは渡里も始めてで。
    「気をつけろ、来る!」
     唸り声を上げて威嚇するイフリートに危険を感じた竜雅は、即座に斬艦刀を横にする。
     その刹那、イフリートは金縛りにでもあったかのように痙攣し、攻撃を止めた。
     まるで、攻撃しようとする意志と、攻撃を止めようとする意志が、せめぎ合っているかのように……。
    「もしかして、ヒイロカミ達?!」
     灼滅者に協調する意志が、敵対する意志を抑えているのは、間違いない。
    「これでさよならなんて嫌だ! 一緒に出来なかった事もあるけど、出来る事はもっと一緒にして行きたい……特に、楽しい事!」
     火口に向けて駆け出そうとしたオリヴィエの前に、ミツキが立ち阻む。
    「ヒイロカミ達、が頑張ってくれる、んだから、その気持ちには答えてあげたい、かな」
     今は、急ぎ鶴見岳から脱出して、この状況を学園に伝えること。
     そして、決戦の準備を万全に整えることが、彼らのためになる、と。
    「このまま美味しいところを持って行かれるのは癪だ。決戦にはココアとチョコも準備しておこうぜ?」
     ――最後の最後で、後悔はしたくない。
     御伽が拳を突き出すと、小さき豪勇がしたように、少年少女達も拳をぶつけ合う。
    「人類はこれまでも自然と共存して生きてきた、私はガイオウガとも共存できるはずだと、信じているぞ」
    「そうだね。ここまで来たら、希望を持ってもいいのかな」
     人とダークネス、相容れないと思っていた時があった。
     摩耶が後ろ髪引かれる思いで踵を返すと、その背を追うように、新が殿に着く。
    「必ず、必ず……助けにいくよ」
     ――己が守るべきモノがため。そして、友のため。
     数多の願いと希望を運び、想いを結んだ大地での決戦が、幕開けようとしていた。

    作者:御剣鋼 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年9月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 5/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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