ガイオウガの意志~ともに進み行くため

    作者:六堂ぱるな

    ●天秤を傾けよ
     集まった灼滅者たちに一礼した埜楼・玄乃(高校生エクスブレイン・dn0167)は、眼鏡のブリッジを押し上げると説明を始めた。
    「過日、道後温泉にてソロモンの大悪魔・フルカスの策謀があった旨は、諸兄らも周知のことと思う。結果、フルカスは灼滅された」
     今際の際のフルカスの言葉によれば、ガイオウガの意思は割れている。
     すなわち、灼滅者と敵対するか、協調するか。
     敵対で統一されかけていた矢先、臨海学校に赴いた灼滅者はガイオウガの力を全て鶴見岳へ運び、ガイオウガへと戻した。
    「これにより協調を望む意思が勢いを増し、意思統一に抗っている。だが長くはもたず、最終的には敵対に呑まれるだろう。そこで」
     どごんと音がして教室の扉が吹き飛んだ。教室に鼻先を突っ込んだ巨大なシベリアンハスキーが、外れた引戸(二枚)を見下ろしている。
    「……学園で保護したイフリートらが、ガイオウガに協調を訴える説得をしたいと申し出てくれた。入ってくれ、シラミネ」
     眉間を揉みながら玄乃が招きいれた。鴨居がミシっと不吉な音をたてたが、なんとか潜り抜けて教室に入ったシラミネが息をつく。その頭が天井につかえていた。
    「ガイオウガトノ仲立チスル。シラミネ、ソノ為ニココヘ来タ」
    「具体的にはどのように?」
    「スレイヤー、チャント話サナイト殴リカカルカラ、シッカリ話スノ勧メル」
    「待て待て待て」
     眉間を力の限り揉みながら玄乃が唸る。
    「仲良クシタラボール遊ビデキルシ、食ベ物探サナクテモクレル。良イ事タクサンアル」
    「あーうむ、悪くはない。悪くはないがな」
     好意的なのはありがたいが即物的にすぎる。
     もともと穏健派ではなかった為、シラミネは何度となく灼滅者と戦ってきた。そのたびに救われたことは自覚していたらしいが、これで説得できるのだろうか。

     シラミネ達が鶴見岳へ向かい、ガイオウガへ意思を伝え始めれば、灼滅者との敵対を望む意思は本体から分離してイフリートとなって襲いかかってくる。
     意思を伝えるのには30分ほどかかるので、その間に襲われればひとたまりもない。
    「諸兄らには、ガイオウガにシラミネが意思を伝える間の護衛を依頼する」
     学園で保護されたイフリートたちはそれぞれ分かれて山頂を目指すが、本来の同胞を襲撃せんというほどの強硬派は少数らしい。
     シラミネを襲うイフリートは白い鹿と赤い山羊の姿をした2体。
     どちらもファイアブラッドと同じサイキック、他に白い鹿は怪談蝋燭の怪奇煙に似た炎を、赤い山羊は百鬼夜行に似た炎を使う。
     彼らを返り討ちにすれば、強い敵意をガイオウガ全体の意思から消し去れる。
     その一方で、シラミネが意思を届けられるということは、ガイオウガからもシラミネと周辺を認識できる状態。それは同胞たるイフリートが灼滅者に灼滅される光景を見せることでもある。
     何がガイオウガへの『説得』となるのか、を考えねばならない。
    「効率よく適切に意図を伝えられるよう、シラミネにアドバイスをするのもいいかもしれんな」
     シラミネたちの熱意が伝わればきっと状況は好転するだろうが、先ほどの調子では意図が正しく伝わるには時間がかかりそうだ。勿論アドバイスの内容を考慮しないと、逆効果になることもありうる。
     伝えられることは伝え終えた玄乃は、咳払いをして再び灼滅者たちに一礼した。
    「諸兄らの尽力と選択が、よりよい実を結ぶことを祈っている」


    参加者
    一之瀬・暦(電攻刹華・d02063)
    ミネット・シャノワ(白き森の旅猫・d02757)
    森田・供助(月桂杖・d03292)
    堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)
    シエラ・ヴラディ(迦陵頻伽・d17370)
    ハリー・クリントン(ニンジャヒーロー・d18314)
    葦原・統弥(黒曜の刃・d21438)
    若桜・和弥(山桜花・d31076)

    ■リプレイ

    ●炎王の寝所
     時ならぬ噴火の直前としか表現しようのない状態に、鶴見岳火口はなっていた。シエラの人払いが効いているのが幸いだ。噴出する溶岩が辺り一帯の気温を上昇させ、溶岩の海には二つの渦が見てとれた。
     ほぼ海の半分を占める大きな渦と、全体からみて一割ほどの小さな渦。残る四割ほどは、渦に巻き込まれないようにしている。何故か、見た者全てがそう思った。
    「……これが、ガイオウガ」
     呻くように葦原・統弥(黒曜の刃・d21438)が呟く。イフリートに家族を殺された恨みを抱えていた。けれど最期に立ち会ったクロキバや、シラミネ、アスカらに出会い、今は恨みを超えて共に歩んでいきたいと思っている。
     しかしこれほど桁外れの生命体――と言っていいのか――だとは。
    「確かに狙われるよな、この力は」
     森田・供助(月桂杖・d03292)も唸るしかない。彼を兄のように慕う堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)は、目の上に手で庇を作って小さな渦を熱心に眺めていた。
    「これ……大っきいのに呑みこまれたら、あの小さいの消えてまうよネ?」
    「でもあの小さい渦が、協調派だよね」
     しげしげと火口を覗きこむ若桜・和弥(山桜花・d31076)の言葉に全員が頷く。何故かわからないけれど伝わる、この感じは不思議でしかない。
     差はあまりに圧倒的だったが、シラミネが怯むことはなかった。
    「協調派、思ッタヨリ多イ。スレイヤー達ノ気持チ、伝ワッテルカラト思ウ」
     そのシラミネの足元で、黒い豆柴がぴしっとお座りをしていた。傍らにはその相棒たるシエラ・ヴラディ(迦陵頻伽・d17370)がいる。
    「もう……イフリート達と……戦わなくても……いいように、説得……うまくいくと……いいね」
     熱で白い肌をほんのり染めたシエラの向こうで、ミネット・シャノワ(白き森の旅猫・d02757)が拳を固めて笑みを浮かべていた。
    「3年弱もの昔の縁が再び重なる時がこようとは……ふふ、例え定められた流れであろうと、知己に出会い、知己の役に立てるのは嬉しいものです!」
    「役ニ立ツノ嬉シイ、ワカル」
     シラミネが無邪気に頷くのへ、この暑い中もきっちり忍装束に身を包み、口元も赤い布で覆ったハリー・クリントン(ニンジャヒーロー・d18314)が向き直る。
    「武蔵坂学園がこれまでイフリート達と繋いできた縁、シラミネ殿と仲良くなれたこと。みんなみんな無駄にはしたくないでござる。ガイオウガの説得、頼むでござるよシラミネ殿」
    「シラミネ、全力デ頑張ル」
    「思った事を素直に伝えれば良い。時間は稼ぐから安心するんだ」
     シラミネの鼻面を叩いて言い聞かせる一之瀬・暦(電攻刹華・d02063)に気負いはない。この圧倒的な勢力図を見てさえ、彼女の表情は動かなかった。
     幻獣種の王の天秤はどちらに傾くのか。

    ●激突する意志と意志
     火口から少し下がった場所で、シラミネは大きな身体をおちつけた。
    「シラミネハ、ガイオウガニ訴エル。スレイヤート争ウノ反対スル。シラミネノミナラズ、反対スル者アリ。ソノ理由ヲココニ語ル」
     途端、すぐ近くに二体のイフリートが湧きあがるように姿を現した。光ってさえ見える白い鹿と、炎そのもので出来たような山羊。彼らは軋むような声をあげた。
    「我ラガ王二従ワヌモノハ排除スル。覚悟セヨ」
    「善悪無き殲滅(ヴァイス・シュバルツ)」
     封印解除した暦の右腕には、身長の三分の二ほどもあるバベルブレイカーが据え付けてある。殺しはしない、だが動きは封じなくては。
    「さぁ、シラミネの話が終るまで。大人しくしてもらおうか」
     飛びかかってくる山羊めがけ、挨拶代わりのバベルインパクトが唸りをあげた。胸に一撃喰らった山羊が吹き飛ぶ。
     品定めするような視線に真っ向から向きあって、供助は真摯に鹿の姿をしたイフリートに告げた。
    「俺らには、今、ガイオウガと戦う理由も何かを奪いたい気持ちもない。よく見てくれ」
     イフリートの反応は冷淡を極めた。
    「スレイヤーニ用ハナイ。滅ビノ時ヲ待テ」
    「クロキバさんは最後に『ありがとう。灼滅者』と笑って逝った。その笑顔はとても綺麗で、憧れた」
     蹴りかかってくる鹿を避け、統弥が声を張り上げる。
    「僕も君達と笑い合える絆を結びたい。だからここで君達は倒さない。戻って僕達や人間との共存を考えてくれませんか」
    「黙レ、スレイヤー風情ガ!」
     肌がひりつくほどの炎が広がった。前衛を巻き込む炎を突きぬけ、和弥の指輪から放たれた石化の呪いが山羊を直撃する。
     聖人君子ではないから、嫌いな人だって少しは居る。皆を等しく愛せるという方が特殊なのであって、対立くらい起きて当然だろう。だからって、敵を倒せば万事解決、なんて考えは和弥は御免だった。
     仕方ないなんて悟った風な言葉を口に出来るほど、人生を長く生きてもいない。
     やれる事は全部やろう。
     仲間を守るべく警戒色を灯した標識を掲げて、朱那はシラミネにそっと囁きかけた。
    「最後まで諦めず頑張ろネ。ずっとついてる、あたし達も頑張るから」
     イフリートとしての価値観を越えて手を取ってくれた、力を貸してくれるシラミネを、朱那は傷つけさせないと誓っている。
    「シラミネの言いたいコト全部終わるまで絶対引かへんからな!」
    「スレイヤー、ボール遊ビトカシテクレルシ……」
    「シラミネさん、出来れば個別の思い出より、ほら、言いたいって言ってたことが!」
    「貴様ラ!」
     炎を浴びたハリーを癒すべく、ダイダロスベルトを放ちながらミネットがフォローする。
     息まいて向き直った山羊が放った一条の炎が、矢のようにシエラを貫いた。
    「……んっ」
     息をつまらせながらも、仲間たちの為に囁くように天使の歌声を響かせる。てぃんだも傷を癒し清める力をシラミネを庇った供助に放った。
    (「シラミネが……説得に集中……できるように、頑張って……守らなくちゃ」)
     傷を癒し奮い立たせるビートを刻み、ハリーは時計を確認した。
     五分ごとに経過を仲間に知らせて、士気を保つ。

     難しいことはシラミネにはわからない。だからクロキバが何を考えていたのかは理解できなかった。それでも、今ならわかることがある。
    「シラミネ、ありがとう」
    「何ガダ?」
     ガイオウガへの説得の打ち合わせを始めた時、供助が急にそんなことを言った。ハリーがくれた果物を齧りながら首を傾げると、笑っていた。
     謝辞が協力していることへだとはすぐわからなかったが、襲ってくる仲間を灼滅しないという言葉は、シラミネに安堵をもたらした。
     竜種と化した仲間を灼滅した時に覚えた気持ちを、味わわなくて済む。
     統弥が熱心に、うまく言えないシラミネの為に文章を短く整えている。
    「武蔵坂学園は仲間を守り、誇りは大切にする……ちゃんと話せば判ってくれる、友達になろう、とかですかね」
    「シラミネがあたしらと来て良かったって思ってることに、何でかとか、どうしたいのかってことを付けて話したらいいヨ!」
    「でもシラミネ自身の言葉で、思ったようにでいいよ。全部終わったらボール遊びしよう」
    「いいですね! 私もやりますよー!」
     一生懸命に考えてくれる朱那と和弥の間で、知らず尻尾が揺れていた。ミネットの弾む声が心地いい。穏やかな視線を向けるシエラの相棒のてぃんだが、よちよち歩いていて。
    「今回はシラミネの手伝いか」
    「絶対にシラミネ殿を守り通してみせるでござる!」
     苦笑交じりの暦、決意は固く声は柔らかく誓うハリーの言葉に、心強さを覚えた。

     今までに出会って、叱りつけたり、気遣ったり、友情を持ってくれた者たち。
     種族は違えど、彼らの死ぬところは見たくない。
    「仲間ガ死ヌノモ誰カノ仲間ヲ殺スノモ、シラミネハ嫌ダ」
    「牙ヲ抜カレタカ! 腰抜ケメガ!!」
    「腰抜ケダト?!」
     鹿の嘲りにシラミネが思わず反応した。振り返りかけるのへすぐさま朱那が割って入る。
    「ちゃうよ、今はあいつらやなくて、ガイオウガに話してるんだよネ?」
     ぐんと踏み込んで前へ出た朱那の掌から、鮮やかな炎の奔流がイフリートたちを襲った。呼吸を合わせた供助が背後へ回り、赤い光を宿した交通標識で打ち据える。
    「こっちにいるからって仲間に噛み付いてんじゃねえ。その牙、仲間に向けるもんじゃねーだろうが」
    「ガイオウガガ一番強イ、シラミネモ思ッテル。デモ仲間ダケノ世界ハ、少シ残念……寂シイ、ト、思ウ。仲間以外全部叩キ潰シテ、我ラハイイノカ?」
    「当然ダ! 力ナキ者、マツロワヌ者、全テ焼キ尽クシ我ラノ世界ニシテ何ガ悪イ!」
     もはやシラミネの言葉は、ガイオウガのみならずイフリートたちにも向けられていた。山羊に比べればまだマシな状態の鹿が飛びかかったが、そのルートは暦と統弥がしっかり押さえている。
    「統弥」
    「お任せを!」
    「少しは大人しくしていろ」
     吹きつける炎を突破すると、脇腹めがけて右からは統弥の稲妻轟く拳撃、左からは暦の闇をまとった殴打を喰らわせた。一瞬倒れかけた鹿が踏ん張りなんとか距離をとる。
    「はい、治しちゃいますよー!」
     朗らかな笑みでミネットが放つダイダロスベルトが朱那に残る傷を癒して包み、和弥の背から翼のように広がる意志ある帯がイフリートたちに絡みついて絞めあげた。それでもなお、イフリートたちは攻撃を諦めない。
    「我ラハ只ノ獣ト違ウ。誇リ高イ幻獣種ナラバ、戦ウベキ相手ワカルハズ」
    「させぬでござる!」
     無防備なシラミネの背骨を蹴り折らんとする山羊の前に、ハリーが身を捻じこんだ。
     蹄の一撃は間合いを外され、浅い傷を刻んで終わる。お返しにハリーの身体が凄まじい回転をかけてイフリートたちの足を払った。
    「ニンジャケンポー、レガリアスサイクロン!」
    「スレイヤー達ト仲間ニナレバ、モット仲間ガ死ナズニ済ム。楽シイ事ヤ出来ル事増エル。ソレガ間違イトハ、シラミネ思ワナイ!」
    「大丈夫……きっと……シラミネの心……届くから。頑張って……」
    「痴レ者メガ!!」
     シラミネへか、シエラへか。山羊が苛立ちも露わに咆哮する。
     突進した山羊をシエラの放つ影が瞬く間に飲み込んだ。影を引き裂いてまろび出たところを、てぃんだの斬魔刀が斬りつける。

     その時、ハリーの時計が15分経過を告げた。
     山羊と鹿が、そしてシラミネが火口へと同時に顔をあげる。二体のイフリートの口からは心底無念そうな唸り声がもれた。
    「仕留メラレナンダカ」
    「ヤムヲエン」
     シラミネの説得が終わった。守りきったのだ。
     敵意を漲らせ、よろけながら走り出す彼らへ供助は声をかけた。
    「また、な」
     彼らはガイオウガと共にあるもの。再び見えることもあるだろう。
     イフリートたちが敵意も露わに毛を逆立てて睨み返す、その姿があっという間に火口へ向かうと、身を躍らせて見えなくなった。滴る血を拭い、和弥が呟く。
    「……さっさと帰んないで少しは遊んで行けば良いのにね」
     そうしたらもう少し、わかりあえるかもしれないのに。

    ●王の目覚め
     全員がくたくたに疲れていた。イフリート二頭の猛攻を凌ぎきれば無理もない。全員の怪我は相当なものだった。
    「お疲れ様……。怪我……大丈夫?」
    「って言うヴラディさんの怪我が結構ひどいですー!?」
     自身も傷ついたまま仲間の怪我の手当てを始めたシエラを見て、ミネットがあわあわとその傷を治療し始める。
    「シラミネ……怪我は……ない?」
    「ナイ。シラミネノ話モ全部聞イテ貰エタ」
     シエラの問いにシラミネがぶるっと全身を震わせて応えると、火口を仰ぎ見た。
    「さぁ、かえろうか」
     火口の状態はなかなかに不穏だ。長居したい状態ではない。
     治療を受けて伸びをした暦の言葉に、しかし、シラミネは首を横に振った。
    「ガイオウガガ目覚メル。スレイヤーノオカゲデ、スレイヤート協調スル意志モ守レタ。デモ、ガイオウガノ意志ヲヒトツニデキナカッタ」
     ガイオウガの内で灼滅者と敵対する意志はあまりにも巨大だった。協調する意志が消え去らなかっただけ説得は成功なのだ。
    「スレイヤー達、シラミネ守ッテクレタ。ソレ、仲間ト同ジ。ダカラ、シラミネモ仲間ニ合流シテ、スレイヤート協調スル意志守ル」
    「守るって、あの中で?」
     朱那の問いも無理はない、火口の溶岩からイフリートが次々と生まれ始めている。
    「幻獣種ノ誇リト、シラミネノ生命懸ケテ。スレイヤー達ト敵対スルガイオウガノ力ヲ削イデクレタラ、シラミネ達ガガイオウガノ意志トシテ表ニ出ラレル。ソシタラ、キット、マタ会エル」
     沈黙がおりた。
     きっと。つまり、保障はない。
     けれどシラミネを止めることもできない。これは灼滅者とガイオウガが共に歩むための賭けの一つ。それに灼滅者もシラミネも、乗ったのだから。
     深く息をついて、供助は噛みしめるように告げた。
    「シラミネ。絶対に迎えにくる、だから諦めるなよ」
    「約束スル」
     素直に首肯するシラミネが不吉な覚悟を固めているのではないか。そんな想いにかられ、ミネットが身を乗り出した。
    「シラミネさん、またボール遊びしましょうねっ! 今度は転びませんともっ!」
    「……てぃんだちゃんも……待ってるから……ね」
    「ミネット転ブト思ウケド、ワカッタ。ボール遊ビ、楽シミ」
     シエラの傍でボールをくわえたてぃんだが心配そうな鳴き声をあげていた。黒い豆柴の顔をひと舐めしてシラミネが腰をあげ、火口へ向かって駆けだす。反射的に追いそうになった朱那を、供助が抑えた。
    「行くぞ」
    「でも、くーさん!」
    「下山を急ぐでござるよ!」
     ハリーも語気を強めた。こんな人数では今はどうしようもない。
     山肌を駆け降りる間にも、鶴見岳の気温はぐんぐん上がっていく。振り返れば火口では溶岩が盛り上がり、見上げるようなイフリートへ変わろうとしていた。開いた口の奥、喉で踊る炎。
     あんな巨大なイフリートの放つ炎なら逃げ切れない――。
     不意に、イフリートが動きを止めた。不自然に長い沈黙と静止。
     まるで襲わんとする意志と、それを押し止める意志がせめぎ合うような。
    「シラミネ君……」
    「止まっちゃだめだよ、統弥」
     統弥が足を止めかけるのを、暦が鋭く制止した。
     学園で保護していた他のイフリートたちも合流したのだろう。彼らが攻撃を抑えてくれているに違いない。
    「待っていてほしいでござるよ、シラミネ殿……!」
     赤いスカーフの下から漏れるハリーの呟きに、和弥もまた頷いた。
     すぐ戻る。そう伝えられないのがもどかしい。

     全てはまだ終わっていない。
     伸ばした手が何を掴むのかは、これから決まるのだ。

    作者:六堂ぱるな 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年9月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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