漫画家の卵の暴走事件

    作者:雪神あゆた

     少女は漫画を描いている。描き続けている。
     ペンを紙の上で動かして。鉛筆で引かれた線の上をなぞって。
     彼女の目の下にはクマができていた。少女はもう、二日ほどねていない。
     つかれている。ねたい。でも、完成させないと。そうだ、私には最高の恋愛漫画を描くという使命が……BL、百合、ノーマル……それら、さまざまな恋愛を取り入れた漫画に私の魂を……。
     でも、ねむい。腕が辛い。逃げたい。頑張らなきゃ。でも。にげちゃだめ。けど。
     そのとき、携帯電話が音を出す。メールが届いたようだ。
     少女は一瞬躊躇した後、メールを開く。
     差出人は友人。件名は「たまには」。そして、本文は……「一緒に遊ぼうよー。変な漫画なんかかくのお休みしてさー」
     少女の動きが、止まった。
     ……変な漫画。自分が三日も寝ずに書いているのは、友人からみれば……ただの、変な漫画。
     もう。どうでもよくなる。
     友人も、漫画も。しめきりも。
     少女は携帯電話をなげつけた。
     なげただけでは気分はおさまらない。電話を踏みつける。机を壊す。
     いつしか少女の姿は、人ではない獣へと変じていた。体から炎をあふれさせながら、少女は我が家の中を破壊しまくる。
     
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は集まった灼滅者たちに説明を始める。
    「一般人が闇落ちして、イフリートになってしまうという事件が起こりました。
     闇堕ちした一般人は、通常ならすぐにダークネスの意識に目覚め、人としての心は失われてしまいます。
     ですが彼女――中学生の少女は、ダークネスの力を身につけていますが、人の心を残していて、ダークネスになりきっていません。
     彼女が完全なダークネスになりきる前に、現地に赴き、彼女と戦いKOしてください。
     彼女に灼滅者の素質がなければ、そのまま彼女は灼滅されます。でも素質があれば灼滅者として生き残ります。
     彼女が助かるようなら、ぜひ、助けて学園に連れて帰ってきて欲しいのです」
     
     今回、イフリートの力を手に入れたのは、中学生の少女。
     趣味で漫画を描いている。のだが――漫画製作の為の徹夜と、友人からの心ないメールによって、心が破壊衝動に支配され、暴れている最中に、イフリートの力に目覚めた。
     彼女はしばらくは自室の中で暴れているが、放置しておけば、家の外でも暴れ、多くの人に被害を与えるだろう。
    「彼女を止める為、夜七時に、彼女の自宅の彼女の部屋に入ってください。暴れ始めたばかりの彼女に会える筈です」
     少女の自宅は、現在少女しかおらず、鍵もかかっていない。侵入は非常に用意。
     戦闘になれば、彼女はファイアブラッドと同じ技を駆使して襲い掛かってくる。
     彼女はダークネスだけあって、大変恐ろしい相手だ。正面からぶつかれば、苦戦は必至。敗北もありえる。
     ですが、と姫子は言う。
    「ですが、彼女の人の心に呼びかける事によって、彼女の戦闘力は低下します。
     彼女の知性は大きく低下しています。言葉は全く分からないわけではないですが、筋道立てて、道理を説いても効果は薄いでしょう。
     ――けれど、彼女は、漫画家の卵。創作意欲を掻き立てられるような、光景を見せる事で、彼女の気持ちを刺激する事は、十分可能なはず。
     ……彼女が描きたがっていたのが、恋愛漫画。男同士、女同士、あるいは男性と女性……それらの恋愛を皆さんで演じる事で、彼女の人の心を取り戻すきっかけが出来るはずです」
     どういう演じ方をするかは、灼滅者しだい。
    「彼女の心を揺すぶり、破壊衝動を忘れさせるくらい、情熱的に演じてください。みなさんなら、きっとそれが出来ると思います」
     なお、戦闘前や戦闘中に一般人が家に来ることはない。灼滅者は少女の対処に専念できる。

    「イフリートの力に目覚めてしまった彼女は、とても危険。決して油断はなさらないでください。
     皆様の成功をお祈りしています!」
     姫子は皆の身を案じながら、それでも声に信頼をこめ、灼滅者を見送るのだった。


    参加者
    望崎・今日子(ファイアフラット・d00051)
    護宮・マッキ(輝速・d00180)
    黒霧・薔薇子(クレールビジュー・d00639)
    仲村渠・弥勒(世果報は寝て待てない・d00917)
    華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)
    若生・めぐみ(癒し系っぽい神薙使い・d01426)
    浅儀・射緒(穿つ黒・d06839)
    高倉・奏(見習いエクソシスト・d10164)

    ■リプレイ

    ●少女の部屋の前で
     灼滅者たちは一軒家の階段を駆けあがっている。二階からは、激しい物音。
     その音を聞き、黒霧・薔薇子(クレールビジュー・d00639)が溜息をつき、首を左右に振る。
    「心ない言葉への悲しみ、徹夜明けの深淵の縁に立ったような気持ち。それらが……。ああ……なんという悲劇でしょう」
    「わたしは読むばかりで、作品の向こう側にいる描き手さんのことは、考えたことなかったですけど、辛いこともあるのですねー。とにかく、彼女を救いだしませんとー」
     薔薇子の言葉を聞き、華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)もこくこくと頷き、決意から拳をぎゅっと握りしめた。
     高倉・奏(見習いエクソシスト・d10164)の茶の瞳にも、使命感がこめられていた。
    「仲村渠さん、今日はよろしく頼むっす。初任務だけど……精一杯やるっす」
    「こっちこそよろしくだよー、奏」
     仲村渠・弥勒(世果報は寝て待てない・d00917)は笑顔で応える。足取りは、なぜか軽やか。
    「……っ……めぐみ、どうしたら……」
     若生・めぐみ(癒し系っぽい神薙使い・d01426)はそんな弥勒を見て困惑した表情を浮かべ、自分の下唇をきゅっと噛んだ。既に『役柄』に入り込んでいるようだ。
     望崎・今日子(ファイアフラット・d00051)は弥勒や奏、めぐみ達に興味深げな視線を向けている。
    (「ふむ……今回は勉強になりそうだね」)
     声に出さず、呟く今日子。
     そして数分もたたず、灼滅者たちは階段を登りきる。そして、一つの部屋の扉の前に。
     扉には『いま~す』と丸文字で書かれたプレートがかけられている。その扉の向こうから、唸り声と、声の主が暴れる音が聞こえる。震動でプレートが揺れた。
     護宮・マッキ(輝速・d00180)は封印を解除。頭の上で、巨大な刀を片手で回転させ、肩に担ぐ。
    「じゃあ、始めようか!」
    「ん……了解」
     浅儀・射緒(穿つ黒・d06839)はマッキの言葉に、首を縦に。扉の向こうの事態に対処するため、『ザ・ツインズ』と名付けられたバスターライフルを油断なく構えた。
     灼滅者たちは扉をひらき、室内に足を踏み入れる。

    ●獣と、愛を演じる者たち
     部屋の床には破壊された机や棚の欠片が散らばっていた。
     部屋の中央には額から角を生やす一匹の獣。それはイフリート。少女が闇落ちし変化した姿。イフリートは動きを止め、首を灼滅者へ向けた。
    「がぁるるるるる!」
     吠える。そして、灼滅者たちへ躊躇なく突撃。標的は、前衛にきていた弥勒。
     奏は床を蹴り移動。弥勒とイフリートの間に飛びこんだ。角が彼女の腹部に刺さる。さらに、角の炎が衣服に燃え移る。
    「奏、大丈夫? 無理をしちゃ……」
    「仲村渠さんこそ、無理しすぎっす! 自分……すごく心配っすよ」
    「無理なんかじゃないさー。俺は奏が好きだもん。だから頑張るんだよー」
     戦いの最中、二人は見つめ合い、互いに動きを止める。まるで二人の周りだけ時間がとまったよう。
     めぐみはそんな二人に嫉妬混じりの目を向けていた。
    「あ、あの、仲村渠さん……は、離れて下さい……高倉さんを癒しますから」
     掠れた声で声をかけ、癒しの矢を放った。
    「なのなの!」
     めぐみのサーヴァントのナノナノ・らぶりんも鳴き声をあげながら、ふわふわハートで奏を治癒。
    「若生さん、らぶりんさん、治してくれて感謝っすっ」
    「めぐみは仲村渠さんのため……い、いえ、なんでもありませんっ」
     屈託ない表情で礼をいう奏。めぐみは彼女から視線をそらしてしまう。
     弥勒、奏、めぐみのやりとりは、実は演技。イフリートとなった少女の心を揺らすための、手段。
     イフリートは攻撃の手を止め、三人の様子をじっと見ている。
    「ああいう場合はあんな風に反応するのか……なるほど」
     今日子も三人の演技に、感心したように頷いていた。
    「あーあ、ぼくも彼女と仲良く……いや、なんでもない、なんでもないからねっ!」
     今日子の隣には、マッキもいた。三人の振舞いにうらやしまげに呟いた後、顔を真っ赤にし何やら言い訳し始める。
     演技する者たちを見ながらも、今日子もマッキも、イフリートへの警戒を解いてはいない。
     イフリートは不意に『グギャアッ』と絶叫。破壊衝動を取り戻したようだ。
     マッキと今日子は、暴れようとするイフリートの左右にそれぞれ回り込んだ。
     左側面からは
    「さって、まずは全力でいくよっ!」
     マッキが長大な刀を振った。風を切り裂きながら、刀身をイフリートの胴体に叩きつける。戦艦斬り!
     今日子は左側面から、縛霊手の力で霊力の糸を放ち敵をからめ取ろうとする。そして呼びかけた。
    「否定され絶望するほどの、思い入れ……その思い入れを忘れていいのかい?」
     イフリートは返事の代わりにか、前脚で床をどん、と叩く。
     紅緋はその音を聞き、大きく身を震わせた。隣にいる薔薇子に体を寄せる。
    「お姉様、怖いですよー」
    「いいえ、大丈夫よ。紅緋を傷つける方は、この私が赦しませんもの」
     見上げる紅緋の視線を、薔薇子は廃水晶の瞳で受け止める。
    「お姉様が守ってくださるなら、わたし、頑張りますー。だから……無事に戦いが終わったら……」
    「あらあら……紅緋ったら、いつからそんなに、おねだりが上手くなったのかしら? いけない子……でも、よくってよ? 戦いの後でたっぷりご褒美を……」
     薔薇子の指が紅緋の顎をつぅぅとなぞる。ぁ……と小さく漏れた紅緋の声に、くす、笑い声を零す薔薇子。
     イフリートの喉の辺りから。ごくり、唾を飲み込むような音。
    「ゆ……ゆり……カップル……書きたかったもの……私が思い入れをもっていたもの……?」
     人の声で呟いた。
     やがてイフリートは、迷いを振り払うように体を揺らす。そして体から炎を飛ばした。バニシングフレアだ。
     射緒は、襲いくる炎を飛び上がって回避。
    「心が、ゆれてる。動きが、雑……なら……」
     射緒は空中で姿勢を整え、ザ・ツインズの銃口を敵に合わせる。
    「……そこ、だ。……外さない」
     引き金を引いてバスタービーム! 光線をイフリートの肉体に浴びせた。
     射緒が着地したのと同時、獣が痛みに身をよじり悲鳴をあげた。

    ●惑う獣と、迷わない戦士たち
     射緒が指摘したように、イフリートの動きは鈍りだしていた。それでもダークネスとしての戦意は、完全には消えていない。
     彼女を救いだすために、弥勒と奏が室内を走り回る。
    「ガンガン攻めてくよー!」
    「あわせていきましょうっす。自分、仲村渠さんと一緒なら、力がどんどん湧いてくるっすよ!」
     弥勒のガトリングガン、その銃口から炎がほとばしる。イフリートの体を焼いた。
     他者の炎に怯むイフリートとの距離を、奏は一気につめる。腕を突き出し――鋼鉄拳! 拳の圧力が、イフリートの体を吹き飛ばす。
     飛ばされ壁にぶつかったイフリートは、体勢を立て直す。口を大きく開き、前衛の灼滅者へ、炎を吹きだした。弥勒や奏の体が炎上する。
     めぐみは弥勒を見、己が焼かれてるかのように顔を歪ませた。
    「仲村渠さんの……こほん。皆さんの傷は、めぐみが治します」
     護符を掲げ、精神を集中。清めの風を発生させる。風は強く吹き、仲間達を焼く炎をかき消していく。
     獣は、攻撃の反動で動きを止めていた。紅緋は、その獣へ告げる。
    「わたしだって、お姉様の足手まといになるつもりはありませんよー。締め切り前に暴れる漫画家さんには、これでお仕置きです。
     ――撃ち抜け、デッドブラスター!」
     目を細め、精神を集中。黒き弾丸を生み出した。弾丸は獣へ飛び、その体を貫く!
     めぐみのらぶりんも、しゃぼん玉を飛ばし紅緋に加勢。
     イフリートは苦痛の声をあげない。すぐに反撃しようともしない
    「愛する者同士の協力……秘めた思い……愛情ゆえの奮闘……美しい……漫画に取り入れれば……傑作が……」
     イフリートの口から洩れる、とぎれとぎれの呟き。
     薔薇子は鋭い口調で、
    「創作意欲を取り戻されましたかしら? あなたの怒りや悲しみは、物にでも人にでもなく、ペンで紙の上に叩きつけるべきですわ!」
     同士としての言葉を送りつつ、杖から雷を飛ばす。イフリートは避けようとするが、薔薇子の雷は敵を追跡し、感電させる。
     灼滅者たちはその後も怒涛の攻めでイフリートを追い詰めるが、集中を乱しているとはいえ、イフリートの力は未だ強大。灼滅者も少なくないダメージを負う。
     今もまた、イフリートは全身に炎を巻きつけ、突進。
     今日子はあえて獣の体の前方に立つ。ドスッ。獣の体が今日子に激突。今日子は飛ばされそうになるが、腰を落とし、かろうじて踏みとどまる。
     姿勢を低くし――獣の胸元を、拳で突きあげた。抗雷撃! 体をのけぞらせるイフリート。
    「……今だ。護宮、浅儀。いけるか?」
     射緒は静かに頷く。標準をイフリートの左胸に合わせ、
    「美緒……一緒に……」
     呟きながら、デッドブラスターを打ち出した。正確な狙いの射撃。
     マッキは獣の側面に回り込む。
    「手加減するけど……痛くても許してね」
     腕をふりあげ、手刀を獣の首の後ろに叩きこむ!
     射緒の弾丸とマッキの手刀はともに命中。獣の目から光が消え――そして獣の体がちぢみ、少女の姿に戻る。
    「あ、あれ……私……どうして……?」
     少女はそう呟くと、意識を失った。

    ●少女はこの日のことを、きっと
     灼滅者たちは、意識を失った少女のそばで、壊れた家具の欠片を片付け、壊れていない家具を元の位置に戻し、無事な原稿用紙をあつめ……。
     やがて、少女は目を覚ます。
     紅緋は目を開いた少女に、
    「お帰りなさい。原稿が待ってますよー」
     と微笑みかけた。
     灼滅者たちは事情を少女に説明する。説明を終えてから、射緒は原稿用紙を指差して言う。読ませてもらって、いいかな? と。
     許可を得て、しばらく漫画を見つめた後に、射緒は言った。
    「……僕、恋愛はしたこと、ないけど……この話は、綺麗で面白いと思う、よ?」
     奏とマッキも漫画を読んでいた。二人はそれぞれの笑顔と言葉を口にする。
    「こんどこの漫画のつづきを是非、読ませて下さいっす」
    「僕も読んでみたい! ……君を闇堕ちから救えてよかった!」
     でも、と弥勒が優しい口調で話しかけた。
    「でも、肩の力は抜いてももうちょっといいんじゃないのかなー? 漫画を描けるのはすごいって思うけど、無理してたら、もったいないよー」
     ありがとうございます。自分の漫画を読んでくれた者へ、続きを読みたいと言ってくれた者へ、そして自分のことを気遣ってくれた者へ、少女は心から頭を下げた。
    「私は恋愛は初心者なんだ。あなたの漫画を他にも読んで学びたい。……私たちの学園にこないか?」
    「是非、見学に来て下さい。学園には、私やあなたのような灼滅者が、たくさんいるんです」
     今日子とめぐみは学園のことを打ち明け、彼女に来ることを勧める。
     淡々とした今日子の言葉、丁寧なめぐみの言葉、どちらにも二人の想いが感じられた。
     その言葉から滲む想いに胸を打たれたのか、少女は小さく首を振る。
     灼滅者は少女をつれて、家の外へ。
     暗くなった道を歩きながら、薔薇子は口元に手の甲を当て、くすっと笑う。
    「それにしても、演技とはいえ良いものを拝見できましたわ? ふふ……新刊がはかどりましてよ」
    「私も今回の経験をもとに、すごい漫画が書けそう!」
     薔薇子の言葉に、同意を示す少女。
     漫画描きたちは、そして、彼女らの仲間は笑いあいながら、帰り道を歩く。

    作者:雪神あゆた 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年10月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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