時の輪~終わりのない今日~

    作者:篁みゆ


     悠河の手は赤く染まっている。赤く赤くあかくあかくアカクアカク――。
     おかしい。おかしい。これで何度目だろう。20回までは数えていた。けれどもその先は数えるのをやめてしまった。
     ナイフを握った自分の手は血で固まっていて、開こうとしても開かなくなっている。そしてナイフが向いているその先には――美しかった顔を恐怖と激痛に歪ませた、麗理の姿。血まみれのなのは、悠河がメッタ刺しにした証。
    「もう……やめてくれ……」
     何度呟いたかもわからない、誰に対して言っているのかもわからない訴え。
    「……やめさせて、くれ……」
     だが悠河の願いが聞き入れられたことは一度もない。いつの間にか馬乗りになっていた麗理の身体が消え、残るのは教室の床の血のシミと彼の手を彩る赤だけ。
    「どうしたの、榊原くん」
    「!?」
     びくっ……開いていた後ろのドアから声を掛けられ、悠河はのろのろと振り返った。これももう何回目だろう。何度経験しても、びくりと心臓が跳ねてしまう。
    「大丈夫? 気分でも悪いの?」
     麗理のこの言葉は優しさという仮面。本当は悠河のことなんて心配したくもないくせに。
     最初は確かに殺してやりたいと思ったかもしれない。麗理は悠河の幼馴染のことが好きで、彼と悠河が一緒にいるときによく声をかけてきた。その時はまだ麗理の気持ちなんて知らなかったから、別け隔てなく話してくれる彼女に悠河が好意を持ったとて、誰が責められよう。それが恋心に発展したとて誰が責められよう。
    「麗理ー、榊原に告白されたんだって?」
    「そうなのー。私のターゲットは篠田君だっていうのに、ついでに声かけていたら勘違いしたみたい。気持ち悪いっ」
    「あはは、最悪ー」
     女友達とのそんな会話を聞いてしまった。翌日、悠河が彼女に告白したことは学年に広まっていて。
    「ごめんなさい、榊原くんとはいいお友達でいたいの」
     いつものように可愛らしくそう断られたときは、やっぱり自分じゃ駄目か、友達でいられるなら、と思った。けれども……本当の気持を聞いてしまってからは憎しみが抑えられなくなった。
     だから最初に麗理を刺したときは清々したのだ。しかし、だからといって何度も何度も機械的に刺すことを余儀なくされていれば、次第に気持ちも動く。
    (「ああ、この後僕は近づいてきた彼女を、また刺すのだ」)
     窓の外から差し込む夕日が落ちることも、朝日が昇ることもないのだ。教室は夕日に照らされたままで、今日のこの時間をずっと繰り返している。
     この悪夢は、いつ終わるのだろうか。

    「ダークネスの行動を察知しました」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は集まった灼滅者に軽くおじぎをすると、単刀直入に告げた。
    「察知できたのはシャドウ行動です。榊原・悠河(さかきばら・ゆうが)さんという中学三年生の男の子が、悪夢にとらわれているのを今回運よく察知することが出来ました」
     姫子は語る。ダークネスはバベルの鎖による予知能力を有しているが、エクスブレインの予測に従えばその予知をかいくぐることができる、と。
    「悠河さんは麗理(れいり)さんという同級生に告白して玉砕した後彼女の本心を知ってしまい、酷く傷ついてしまいました。そこをシャドウに利用され……悪夢の中で何度も何度も麗理さんを刺し続けています」
     何度も、何度も同じ悪夢を見せられて、同じ結末を迎えさせられているのだという。悪夢の中の悠河の精神はかなり参ってしまっているようだ。
    「みなさんは悠河さんのソウルボードに侵入し、なんらかの方法で悠河さんを助けてあげてください。説得や実力行使で悪夢の結末を変えても構いません。そうすれば邪魔をされたシャドウが配下を連れて出てくるでしょう」
     ここできちんと悠河を助けることが出来れば、悪夢から目覚めた後の彼は立ち直りやすいだろうと姫子は言う。
    「悪夢は学校の一部です。時刻は夕方。夜にもならず、朝も来ません。まずは三年五組の教室を目指してください」
     そこに悠河と麗理はいて、二人の距離はすでに近い。そのままにしていると悠河は麗理を引き倒して馬乗りになり、彼女を刺す。悪夢の結末を変えるならばこの時だろう。
    「シャドウは悠河さんの親友の篠田(しのだ)さんの姿をとって現れます。配下は麗理さんの姿を取るでしょう。配下の数は2体です」
     シャドウは『デッドブラスター』と『制約の弾丸』相当の攻撃をしてくる。カッターナイフを持った配下は『デッドブラスター』相当の攻撃のみだ。配下はそれほど強くはないがシャドウには油断は禁物だ。
    「親友の姿をした相手に攻撃するのを、悠河さんは止めようとするかも知れません。けれどもそれもシャドウの策略です。皆さんなら、なんとか上手く悠河さんをすくってくださると信じています」
     姫子は息をついて、微笑んだ。


    参加者
    忍野・汐(心分子・d00332)
    支倉・月瑠(空色シンフォニカ・d01112)
    雨谷・渓(霄隠・d01117)
    水島・ユーキ(ゲイルスライダー・d01566)
    一橋・聖(魂の仮面は外せない・d02156)
    秋津・千穂(カリン・d02870)
    御神・白焔(黎明の残月・d03806)
    五美・陽丞(幻翳・d04224)

    ■リプレイ

    ●君を時の輪から救いに
     ソウルアクセスで悠河のソウルボードに入ると、そこは前情報通り学校の中だった。窓から落ちかけた夕日が差し込んでいて、逢魔が時とでも言えば相応しいだろうか。
    「麗理さんが憎いと心の片隅に有っても、それが全てでは無い筈。だから止めるわ」
     秋津・千穂(カリン・d02870)の言葉はきっと多かれ少なかれここに集まった灼滅者達が持っているだろう思い。一同はシャドウを灼滅して悠河を救うべく、3年5組の教室へと急ぐ。
    「いました!」
     教室の前の扉からちらっと接近している二人の姿が伺えて、支倉・月瑠(空色シンフォニカ・d01112)が声を上げた。それを聞いた御神・白焔(黎明の残月・d03806)、雨谷・渓(霄隠・d01117)が速度を上げて後ろの扉から教室に駆け込む。他の者達もそれに続いて教室へとなだれ込んだ。
     渓は素早く麗理と悠河の間に入る。白焔も半身を滑りこませるようにして、まずはナイフを持つ悠河の手を掴み、硬くなった指を開いてナイフを奪おうと試みる。
    「なっ……」
     突然現れた闖入者達に悠河は驚きの声を上げた。当然のことだろう、今まで何度も同じ事を繰り返してきた中で、こんなことは初めてなのだから。
     ぐんっ……麗理の身体が何かに引かれたようにバランスを崩した。彼女の腕や身体を引いて物理的に悠河と距離を取らせたのは忍野・汐(心分子・d00332)と水島・ユーキ(ゲイルスライダー・d01566)。そうして開けた二人の間に滑りこんで。
    「やあ、ぼくだよ。きみの悪夢を、おわらせにきたんだ」
     告げる汐の柔らかい声。喋るのがあまり得意ではないユーキも精一杯言葉を紡ぐ。伝えたいことがあるのだ。
    「憎い、相手、を、殺し、て、気、は、晴れた? もし、少し、でも、嫌、な、気持ち、が、ある、なら、それ、は、あなた、の、優しさ……。自分、を、許し、て、あげ、て。もし、も、清々した、だけ、なら、この、夢、に、取り残され、ては、いない、はず」
    「悠河さんはもう、痛いほどよくわかっていると思います……夢の中でいくら傷つけても、何の解決にもならないのですよ。今またやってしまったら、もっともっと苦しくなるだけなのです」
    「っ……」
     ユーキと、それに続けた月瑠の言葉に悠河の肩がぴくりと震える。
    「ね、悠河さん。安心して。きみが殺し続けてきたアレは、偽者だから。……でも。偽物でも、殺すのって気持ちのいいことじゃないでしょう?」
     汐を見てこくりと頷く悠河。それを一橋・聖(魂の仮面は外せない・d02156)が静かに背中から包み込んで。
     ふわりと纏わされる人の体温。ゆっくりと彼の肩から力が抜けていくのがわかる。握りしめて固まっていた指も開き、白焔は悠河の手からナイフを引き剥がして遠くへと投げた。
    「ダメだよ。それじゃぁダメなんだよ。諦めちゃダメなんだよ。この悪夢から覚めたいって本当に思ってる?」
     彼を抱きしめたまま、月瑠とユーキの誘導に従って悠河を壁際へと移動させ、聖は腕を解いた。正面に回り、続ける。
    「ほんの過ごしの笑顔が見られるからって、まだ悪夢に未練があるんじゃないかな。決断しようよ。お姉さんが手伝ってあげるんだよ」
    「君が深く傷つく気持ちは察するよ。けれど君が彼女を好きになった想いも全て殺してしまうのは、ちょっと違うと思うし、もう君もそれに気がついてるよね?」
     本当は恋とかよくわからないんだけどと心の中で思いつつ、声をかける五美・陽丞(幻翳・d04224)。
    「ここは悪夢の中、君の目に映る同級生は君のトラウマ。今、俺達と一緒に断ち切らせてもらえないかな? 目を醒ました君が笑顔で前へ歩める様に」
     恋がよくわからなくても彼を助けるために掛ける言葉はわかっている。悠河は驚いたように陽丞を見て、震える唇を開いた。
    「トラウマ……」
    (「影でそんな風に言われてしまうのって、辛いですよね。でも、いくら人を刺しても、何も変わらないのですよ」)
     月瑠は悠河を諭す皆の言葉を聞きながら教室内を見渡してシャドウの出現を警戒する。白焔も同じく周囲の警戒に務めていた。先ほど悠河から引き離された麗理がそのまま手下になるのか、どうなるのか想像がつかないものだから、気を抜かずに。
    「これ以上、手を汚しちゃ駄目! たとえ彼女の言葉がどうしようもなく悲しくて辛くても、貴方が好きだと想う人なら、尚更よ」
    「好きだった、好きだった……けど」
     千穂の言葉が悠河の心に刺さる。けれども彼には麗理を刺し続けてしまったという負い目があるようで。そして『彼女を殺したい』と一瞬でも思ってしまった自分が信じられないのかもしれない。
    「きみのかわりに、ぼくが殺してあげる。だから、きみはもう、なにも心配しなくていいんだよ」
    「繰り返す悪夢に終焉を。辛さ憎しみも全て此処に捨て去って、光溢れる日常へ帰りましょう」
    「もう、何も……」
     汐の無邪気にも聞こえるその言葉。渓の手を差し伸べるようなその言葉。悠河はふっと息をついて、背中をズルズルと壁に擦りつけながら糸が切れたかのようにその場に座り込んだ。
    「もう、繰り返さなくてもいいのか……もう、終わるのか……」
    「終わるよ。だからもう少しだけ耐えてね」
     ある意味この後が悠河にとって最後の試練だろう。聖が希望を持たせるように告げたその時。
    「来たぞ」
    「来ました!」
     警戒をしていた白焔と月瑠の声が教室内へ響いた。
     予兆はあった。引き離しておいた麗理が消えたのだ。そしてふっと、まるで影が差すように突然姿を表したのは、悠河と同い年くらいの少年と、その脇に控える二人の麗理。
    「折角楽しいところだったのに、君達はよくも邪魔をしてくれたね」
    「篠田!」
     その声に反応したのは勿論悠河だった。力が抜けた四肢に力を入れようとするのを渓が押しとどめる。
    「此処は魔の棲む夢の世界。全ては幻、紛い物、惑わされぬように」
    「でも、あれは篠田……なんで篠田が……」
    「あれ、が、悪夢、の、原因……。あなた、の、親友、の、姿、に、化けた、最低、野郎……」
    「篠田さんは、きみの親友、なんだって? でもね、アレは偽者の悪者、なんだ」
     不快感を表情にだしながらユーキが指をさす。汐も言葉を重ねたが、悠河はいまいち信じがたいとでも言うようにぶんぶんと頭を振って。だから汐は、彼の顔を覗きこんだ。
    「信じてくれる? 信じてくれない? 麗理さんはふたりいるのに?」
    「!?」
     その言葉に弾かれたように悠河は顔を上げた。そう、篠田の姿を模したシャドウの側にいる麗理は二人。
    「……ごめんね。恨まれようとなんだろうと、ぼくはあなたの親友を模したアレを、殺さなきゃいけないんだ」
     汐もユーキもシャドウに向き直って。千穂は霊犬の塩豆と共に悠河を背にする。
    「麗理さんの言葉も感心しないけど、弱い心につけ込むシャドウはもっと許せない。……塩豆、力を貸して」
     塩豆は心得たとばかりに鳴き、千穂の後ろに控える。
    「狩りに来たわよ」
    「ふふ、やっと御出座し? ひとのこころに隠れる臆病者さん!」
     凛と言い放った千穂。言葉に嫌悪の刃を忍ばせた汐。
    「人の心惑わす輩、此処から退散して頂きましょう。出口など探す暇は与えません」
     首から下げている勾玉に手を添える渓。これはお守り代わりだ。
    「rebuild」
    「始めようか?」
     陽丞が解除コードを唱え、聖は自身の姿を18歳のものへと変化させていく。大人びたその姿は彼女の戦闘服。
    「邪魔者は排除するだけだよ」
     シャドウがニィっと口の端を吊り上げて、不気味に笑った。

    ●終わらない今日を終わりに
     シャドウが放った黒い弾丸は白焔を撃ちぬく。毒気が体内を巡るが、白焔は何気なく立った状態から急加速し、低い姿勢で配下へと近づく。
    (「語るべき事は無い。唯、其処に潜む闇を殺す」)
     影から作られた触手は配下の一体を絡めとり、その動きを鈍らせる。ユーキは同じ配下を狙い、接近。そして雷を宿した拳を思い切り振り上げる!
    「ひとの弱いところに付け込んで。ほんとう、悪趣味もいいところ」
     呟いて、汐が同じ敵に鋼糸を放つ。
    「だからシャドウって、きらいだよ」
     ぐるぐると麗理を模した身体に巻きついた糸は、すぐにはほどけない。
    「メディックとして最善を尽くすよ。誰一人として地に膝を付ける事は俺が赦さない」
     それは回復役を担う者としての強い意志とプライド。独り言のように呟いた陽丞はモスグリーンのセルフレーム眼鏡を掛けた。そして自らの魂の奥底、眠るダークネスの力を白焔へと注ぎこむと、彼の傷が癒えていく。
    「榊原くん、この人達、私達を傷つけるのよ」
    「そうよそうよ」
    「!」
     麗理の姿の配下達が、漆黒の弾丸を千穂と汐に撃ち出しながら、灼滅者達の背中に隠された悠河を揺さぶる。悠河はその言葉にびくっと身体を震わせた。その反応が想像に難くなかったのだろう、前を向いたまま渓が口を開く。
    「親友と好きな子に化けるとは卑怯な。けれど、悠河さんの親友は人を傷つけようとはしない筈。共に過ごした時間の長い貴方になら分る筈」
     トランプのマークを胸元に具現化させ、渓は攻撃力を上げて、優しく声をかける。
    「これは友の姿模した偽物。心配する事はありません」
    「もう終わらない今日は終えたいのでしょう!?」
     聖は口ずさんでいたメロディーを途中で切り、シャドウを見据えたまま後方の悠河へと叫ぶ。
    「ならば、現実を見なさい! 彼らが貴方を害する存在だとわかるでしょう!?」
     再開された歌声は神秘的なものだった。歌声が配下を刺激するのに合わせるように、ビハインドのソウル・ペテルが霊撃を放つ。
    「そうだ、篠田はこんな事しない……もう、同じ事を繰り返すのは、嫌……嫌だっ!!」
     悠河が意を決したように、悪しき誘惑を振り払うように叫んだ。その叫びに月瑠の歌姫を思わせる歌声が重なって。配下が一体、掻き消えた。
    「よく言えました、ね」
     月瑠は振り返り、微笑む。全員で振り返りはしないが、多かれ少なかれ同じ気持ちであるに違いない。
    「誰かを想う事は自由。気持ちを通わせる事が出来ないのは苦しいかもしれない。だけど上手くいかない事も沢山あります。乗り越えれば、また新しい出会いが巡りますよ」
     彼のこれからを思い、渓は優しく祝福するかのように言葉を掛けた。
    「頼りにしてるわね、相棒」
     塩豆に声を掛け、千穂は残った配下に近づく。ジグザグに変化した刃がその身体を切り刻む。塩豆はひと吠えし、浄霊眼で千穂の傷を癒した。
    「本当、忌々しいね……」
     シャドウの指から魔法弾が放たれた。それは吸い込まれるように月瑠の胸を穿つ。だが致命傷には至らない。
     白焔が鮮血で塗り固めたような武器を手に、配下へと迫る。オーラを宿した攻撃は配下の生命力を奪う。ユーキが振り上げた斧は龍の骨をも叩き斬る強烈な一撃を産み、汐の糸が配下の身体に絡まりゆく。
    「大切なひとを装うなんて、悪趣味もいいこと!」
     ふらり、傷が深いのか配下が体勢を崩した。その隙に陽丞が暖かい光で月瑠の傷を癒し、渓が放った漆黒の弾丸が配下の額に命中する。音も立てず、配下が掻き消えた。
    「残るはきみだけ。さ、どう足掻いてくれる?」
     シャドウが汐の言葉にも余裕の表情を崩さないのは、不利になれば逃げられると思っているからだろうか。
     聖は天使を思わせる歌声で汐の傷を癒す。ソウル・ペテルはシャドウを狙った。
    (「残すはシャドウだけです。集中して挑みましょう」)
     心の中で自分に言い聞かせながら、月瑠が歌声を紡ぎ、千穂は武器に影を宿してシャドウを殴りつける。塩豆が援護するように射撃を行った。
    「くらえっ!」
     シャドウが醜悪に顔を歪めて漆黒の弾丸を放つ。
    「水島!」
     狙われたのはユーキ。それをとっさに動いて白焔が庇う。
    「あ、ありが、とう……」
    「ああ」
     言葉少なに礼を交わし、白焔はシャドウに向き直る。そして高速の動きでシャドウに接近し、死角へと回りこんで深く斬りつける。今度は痛みに顔を歪めたまま、シャドウはユーキの影を宿した攻撃を受け、次いで汐が素早く死角に入り込む。
    「うがぁっ……」
     その声が、傷が深い証拠。
    「御神君!」
     陽丞が白焔に力を注ぎ込み、傷を癒す。聖が合わせて癒しの歌声を響かせる。ソウル・ペテルが霊撃を叩きこみ、渓の魔法の矢がそれを追った。
     教室に広がる月瑠の歌声。逃さないわ、と千穂の漆黒の弾丸と塩豆の射撃。それでもシャドウは倒れない。だが、灼滅者達も倒れない。回復役がしっかりと状況を見定め、適宜回復を施していたからだ。たくさんの傷を負っているシャドウと比べれば、圧倒的に灼滅者達が有利なはずだ。
     シャドウが放った弾は前衛を中心にその身体を穿つ。だが即座に陽丞や聖、塩豆が癒すので大きな傷には繋がらなかった。それでも回復しきれないダメージがある。出来ればそろそろ終わらせたい――そう思った時、シャドウが大きく体勢を崩した。
    (「逃すか!」)
     素早く動いたのは白焔。新たな死角を見つけ、そこに入り込んで一撃。まるでそれは一瞬のことのように思えた。
    「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
     シャドウがひときわ高い叫び声を上げて掻き消えてゆく。
    「終わっ、た?」
     ユーキがぽつり呟き、他の者も戦闘の終了を認識していた。

    ●君が迎える明日は
    「悠河君、悠河君」
    「もう終わりましたよ」
     呆然としていた悠河に陽丞と月瑠が声をかけると、彼は今目覚めたかのようにはっと顔を上げて彼らを見た。自分が体験してきたこと、見た戦闘は本当にあったことなのだろうか、そんなふうに思っているのかもしれない。
    「悪い夢は終わり、失恋の痛手も時が癒してくれる筈。それに貴方には親友が。ライバルで友なんて素敵です」
    「ライバルで、友達……」
     繰り返す悠河に大事がなくて済んでよかったと、白焔とユーキ、汐はそっと見守る。
    「大丈夫よ。悠河クンは強いもの。だから歩いていきましょ。今日に留まる事はもうこりごりよね?」
     18歳の姿のまま聖が促すように声をかけると、悠河は少し考えるようにしてからゆっくりと頷いて。まだ少し戸惑いもあるのだろう。
    「ね、すぐ立ち直るのは無理もしれないけど、いつか麗理さんが『いい人逃しちゃった!』って後悔する位、素敵な男の子にゆっくりなったらいいのよ。彼女を想ってた時は幸せだったでしょ?」
    「……勿論」
     悠河は恋破れる前の日々を思い出したのか、自然、笑顔を浮かべて。それを見て千穂は、満足気に頷いた。
     なんであれ笑顔が浮かぶなら、きっと彼は大丈夫だろう。少しばかり気まずい思いはするかもしれないが、きっと乗り越えられる。
    (「人を想う喜びも幸福も涙も憎しみも知った君は、目が覚めたら、きっと強くなってる」)
     そっと、枝豆が千穂の足に寄り添った。

    作者:篁みゆ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年10月18日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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