心霊トンネルに棲み潜む恐怖

    作者:るう

    ●真っ暗なトンネル付近
    『心霊スポットとして有名なトンネルにツーリングにゆく』
     夏休み、そんなメッセージを残して出かけた高校のクラスメイトとの連絡が途絶え、二学期が始まった後も姿を見ない――。

     灯りもないトンネルを前にして、そんなネット上の書き込みを小鳥遊・葵(アイスクロイツ・d05978)は皆に見せた。
    「そしてもちろん……ここがそのトンネルだ。この書き込み自体が実際にあった事かは定かでないものの、調べたところ、類似した噂は幾つも出回っているらしい」
     トンネルの中の暗がりに何かが棲み着いているのか、トンネルそのものが変質しているのかはわからない。だが、一つだけ確実に言える……噂を『偶然の一致』として片付けるわけにはいけない『何か』が、この中にはあるに違いない。
     葵の表情が険しくなった。
    「どんな敵かもわからない、注意の必要な戦いになる……それを否定する事はできない」
     もっとも彼の言に拠るなら、それでも敵の強さだけは、広がる噂から大まかに推定できたという……それは、ここに集まる灼滅者たちが油断しなければ、そう困難なく敵を灼滅できるだろう程度。
    「万全の準備を整えて行こう」
     葵は、他の皆の顔を見回して頷いた。
    「冷静に対処さえできるなら、決して危機に陥ったりはしないはずだ」


    参加者
    陰条路・朔之助(雲海・d00390)
    玄鳥・一浄(風戯ゑ・d00882)
    巨勢・冬崖(蠁蛆・d01647)
    夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)
    霜月・薙乃(ウォータークラウンの憂鬱・d04674)
    小鳥遊・葵(アイスクロイツ・d05978)
    杠・嵐(花に嵐・d15801)
    黒百合・來琉(御伽の国の空想少女・d29807)

    ■リプレイ

    ●表(1)
    「ほな皆さん方、気いつけてな」
     そう言い残して玄鳥・一浄(風戯ゑ・d00882)の姿は消えた。辺りには時折揺れる木々の梢が立てる音の他、何も音らしい音は聞こえない。
     各々が持ち込んだ懐中電灯の明かりがなければ、何も見えないほどの真っ暗闇。いや……黒々と口を開けるトンネルに至っては、それらの光あってすら心許ない。
     黄泉へ続く穴のような隧道の先に、噂に語られる人物は消えてしまったのだろうか? 霜月・薙乃(ウォータークラウンの憂鬱・d04674)の鼓動が早まり、入口を見つめる瞳孔が大きく開く。
    「怖いか」
     唐突にかけられた声に薙乃が振り向くと、巨勢・冬崖(蠁蛆・d01647)の顔はじっとトンネルを向いたままだった。けれど……腰を少し落とした彼の姿勢は、たとえ今すぐトンネルから何かが飛び出してきても、すぐに薙乃を守り通せる構え。
     実に彼らしい、と小鳥遊・葵(アイスクロイツ・d05978)は想うのだった。これから何が起こるのか、彼自身にも判りはしない。だが、ただ一つ言える事があったとすれば……守りに徹する冬崖の負担を少しでも減らすのが、葵の使命だという事だ。
     トンネルはいまだ静謐のまま、森の中にひっそりと佇んでいる。
    「こりゃ結構な雰囲気だなー」
     まるで張り詰めた空気をうち破るかのように、陰条路・朔之助(雲海・d00390)が冗談めかした。隣には低くエンジン音を響かせる『ド根性』……そのスロットルを開放する時は、もうしばらくもすればやってくるはずだ。

    ●裏(1)
     不意に瞬く赤い閃光。夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)の頬を裂いた小枝が生み出した炎は、彼女が指で傷口を撫でるとすぐに収まった。
     木々の間をかき分けて洩らす。
    「まさか、ここまで来て藪に苦しめられるたーねェ……」
     踏み入れし者を拒む道なき道の洗礼が、トンネルの反対側に回り込もうとした灼滅者たちの前に立ちはだかっていた。それもそのはず、トンネルなんてものが作られる以上、辺りには、より通りやすい道などはない……少なくとも、こんな夜中に懐中電灯のみを頼りに探せる限りでは。
     けれどもそんな逆境すらも、黒百合・來琉(御伽の国の空想少女・d29807)から微笑みを奪うには事足りなかった。こんなもの、幼少の頃と比べれば足枷にすらならない。
    「とはいえ。あまりのんびりするのも考えものだね」
     残された四人を思う來琉の言葉に、杠・嵐(花に嵐・d15801)は葵のクールフェイスを脳裏に浮かべた。二人で過ごすべき時間をこうして浪費するなんて、短い人生の中じゃ勿体ない。だから……。
     力強く夜空に舞い上がる箒。本当だったら彼を乗せたいタンデムシートには、控え気味に一浄がぶら下がっている。
    「こら有り難い限りですなぁ。ほな、用意が済んだら連絡いたしましょ」
     かくして、灼滅者たちは動き出す……。

    ●表(2)
    「……どうやら、無事に辿り着けたらしいな」
     じっと携帯の画面を見つめていた葵の報告。トンネルのこちら側の四人にも、大きな緊張が走ったのは否めなかった。
    「さーて、いっちょ行きますか!」
     誰もいない夜山に響く朔之助の声。それが随分と乾いて聞こえていたのは、果たして聞く者の気のせいだっただろうか?
     警戒するように進みだすド根性。続いて四人が歩き出す……一歩一歩踏みしめるようにして冬崖が。その後ろから、辺りの様子を伺いながら葵。ギターピックを握る朔之助の手には力が入り、最後に……薙乃。
     こういった空気は嫌いじゃないと、薙乃は平静を装おうとした。実際彼女も、物見遊山が半分なのだ。だけど……それは『実際には何もないからこそ』楽しめるもの。一方、ここにあるのは澱んだ『悪意』……。

    ●裏(2)
    「嫌な想像は幾らでもできるのに、何も起こらないな……。巨勢は何か見つけたか?」
    「いいや、俺の方もさっぱりだ。……本当に、単なる『噂』に過ぎなければいいんだがな」
     そんな葵と冬崖の声は、のしかかるようなトンネルの壁に反響し、一浄たちの潜む木々の合間にまで届く。いまだ姿を見せない『霊』とやらは、何時になったら現れるのだろう?
    「いけ好かねェ」
     吐き捨てるように治胡が呟いた。人の好奇心というのは上等なものだが、こういった得体の知れないモンにまで惹かれるのは困ったものだ。が……それ以上に、人を惹きつけるだけ惹きつけて自分は隠れんぼ、そんな相手にゃ虫唾が走る。
    「このまま、何もないまま終わる物語……そんな事はないのだろうね」
    「そうやろなぁ」
     トンネルの出口をじっと見つめる來琉の声に楽しげな響きを聞き取って、一浄も微かに口角を上げた。來琉も、一浄も、語り手同士。これから何かがある事を期待していないと言えば嘘になる……そして、友たちがその『何か』を無事乗り越えてくれるだろう事も――そんな時。
     不意にトンネル内から飛び出してきた、金属が硬い物とぶつかり合う音。いても立ってもいられずに、嵐はその場から飛び出してゆく!
    (「葵……朔……霜月……それに冬崖も。どうかあたしが行くまでケガしないで……!」)
     あたしはあたし、あたしは、あらし。
     為すべき事一つを口の中の声で定義して、肉体が許す限り速やかに。けれど、敵に気取られぬよう足音を忍ばせて!

    ●夜道は黄泉路
    「死神……のタタリガミ!?」
     嵐のように降り注ぐ刃。マテリアルロッドを握る薙乃の手のひらを、気持ちの悪い汗が流れ伝う。
     天井に手足を広げて貼りついて、頭上でケタケタと嗤う真っ白な髑髏。その周辺を大鎌の刃が舞う度に、狭いトンネルの中では古いアスファルトを叩く金属音が響く。まるで、この地に踏み入れた者たちを嘲笑うかのように!
    (「他の人は……?」)
     周囲に気を配ろうとした薙乃だったが、敵はそんな悠長な余裕を、彼女に許してはくれなさそうだ。今の彼女にできるのは、声を上げ、敵の注意をこちら側に引きつけておく事くらい。その間、刃が抉ったのが咄嗟に掲げた魔杖のみであった幸運が、しばらく続くようただ祈る。
     けれども響き続ける辺りの音が、微かに辺りの様子を伝えてくれる。地面を踏みしめる靴の音。打ち合わされる髑髏の歯。ぎちぎちと金属がひしゃげるようなのは、力任せに強引に振り回される、冬崖の悪魔の鎚が刃を砕く音だろうか?
    「上か? ようやくお出ましか、『噂』の主」
     一度、刃が途切れたのを見計らい、ストイックな男は鎚を振り上げた。それは過たず天井の死神の胸を突き……けれども音もなく伸ばされた刃が、ゆっくりと彼の首筋を掻き切ってゆく。
     成る程、道理で噂の生徒は帰って来なかったわけだ。たちどころに葵は諒解した。が……噂の正体が判ったならば。
    「そんな恐ろしい出来事は、もう、二度と『起こらない』」
     落下する鎚。解放されたばかりの敵の体を、葵の影が縛める。先程までとは違う力で締めつけられた死神の肉体が、ゴキリと気味の悪い音を立て、一度鎌を持つ手から力が抜けた。
     冬崖も鎌から解放される。鮮血を噴き出す肉体へ、朔之助が指を向けてがなり立てる。
    「おい冬崖! まさか、そんな情けねえ死に方するんじゃねぇだろうな?」
     なるほど死のトンネルに死神とは、随分と趣のあるお出迎えだ。だが……その程度でやられる相手じゃないって事を、死神野郎に教えてやらなくちゃならない。
     再びの斬撃だけは防がんと、ド根性が死神に立ち向かってゆく。同時、朔之助の指からほとばしる『光』。冬崖が両目を見開くと同時、死神の体にもまた新たな異変が起きていた。

    ●挟撃の禍
     暗黒の体が燃え上がる! 背を焼く炎に体を反らし、苦痛そうに身をよじった死神は、真後ろにいるはずの炎の主へと鎌を振ろうとし……そして禁止の呪いが我が身を蝕んでいる事を知る。
     ガクガクと何事か顎を動かした死神を睨めつける瞳。治胡は両手に炎を燃やし、それを大きく爆ぜさせた。
    「後ろががら空きだったぜ、死神さんよ」
     一歩踏み出した足に気圧されど、死神には後退る事すら許されない。その時、ようやく届いた鈍痛は……炎に紛れて彼を打った、嵐が手にする赤標識。
     ナイスタイミング、とサムズアップする朔之助。それに、同じように親指を立てて返し。
     恋人や可愛い後輩や友人を、よくも怖い目に合わせてくれた。武者震いと共に口許が自然と笑むが、嵐の目尻は決して笑っていない。
     炎が照らす洞穴を駆け抜ける嵐。同時、いずこからか聞こえる言葉。
    「紡ぐは御伽噺。さぁ、物語を始めようか」
     來琉の姿は童話の少女に変わり。ひとりでに手の中に現れ開かれたのも童話本。
    「そろそろ、彼が活発になる時期だからね」
     そう。ハロウィーン。
     南瓜頭のパティシエが、死神に捧げる甘美なケーキ。けれどもその味は憎しみの証。つまり――それがもたらすものは、死。
     死神が抗わんとするならば、速やかに本来の自らの責務を果たす、すなわち侵入者らへと死をもたらす事しかなかっただろう。空虚な両目に憎悪を滾らせ、その鎌を闇雲に振るう死神は……けれども一浄の美的感覚に、僅かばかりも合致しない。
    「死なすのは誰でも構へんやなんて、随分はしたないなぁ」
     姿を現した一浄は、ふらりふらりと地に足がつかないようでいて、鎌を紙一重で躱し続ける。次の瞬間、その瞳に不意に剣呑な光が宿るや否や、その手許が一閃して敵を打つ!
    「斬り捨て御免――ちゅうてな。ほな、全員揃たとこで……死神狩り、始めましょ」

    ●死神狩り
     炎が燃えて、噺が語られ、愛が、あるいは信頼が死の力に打ち克たんとす。しかし死神も然るもので、その鎌捌きはまさにあの世よりの使者。
     が……あの世?
    「小鳥遊、陰条路。アンガトさん。お蔭で俺ァ当分地獄にゃ呼ばれそうにないらしい」
     千切れた血管を握り潰して強制止血。冬崖の巨体がのそりと動き、再びあの鎚を振りかぶるのだ……懲りず放たれる殺意を一身に受け、半ば天井を抉るかのように立つ血濡れの姿こそ、地獄の釜から這い出してきた悪魔!
    「天井、崩さないでね?」
     不安げに二の腕をさする嵐に判ってると答え、冬崖は敵の刃を握り締めた。その鉄が彼の肉を焦がすのは……気を取り直した嵐がナイフを振るい、死神の纏う襤褸布を、さらに燃えよと掻き乱すから。
    「葵はん、今や」
     一浄に言われるまでもなく、葵は最愛の人が作り出した隙を目がけて駆け出していた。その手に構えた槍をただ、渾身のままに敵の懐へと捻じ込んでゆく!
     そして……耳元で冷たく囁いた。
    「答えろ。お前の広めたその『噂』で、一体どれだけの命を刈った」
     死神は、答えなかった。代わりに、黄泉の底から響くような声。
    「コ、コココ、コノとんねるニフミコンダノガ、ウンノツキ……。オオオオマエタチハ、カカ、カ、カエレナイ……!」
     誰もがその声を耳にした。けれど、それに耳を傾けるほど、薙乃は――もちろん他の誰も――死に急いでなどいない。
    「確かに、こういうのは心霊スポットを訪れた人の自己責任なのかもしれません……」
     漆黒の闇を撒き散らす髑髏を、薙乃の双眸が貫いた。
    「でも、誰かが帰ってこないなんて悲しみ、決して出させたりはしません!」
     その杖を握る。振るう。思わず身構えた死神に……けれども今度はその背から。
    「あらま。後ろにばかり気を取られはってて構へんの?」
     飄々と佇むように見え、一浄の手の内には『落椿』。あぎとを開いた大きな鋏は、名の如く敵の首を落とす事までは叶わねど、死神の闇の外套を、ゆらり鋭く切り裂いて。
    「あおちゃんと嵐ちゃんの息もいい感じだったし、ここらでもう一発、いい感じにいきますか!」
     気合いを入れてギターをかき鳴らす朔之助に合わせるように、一つの雄叫びがトンネル内に響いた。
    「死神がその程度でビビってんじゃねーよ! 何なら俺の炎もくれてやる……残念だが、今夜で心霊トンネルも廃業だナァ!」
     死神が闇雲に振り回した鎌で生み出した傷は、赤々とした炎を治胡の内から噴き出させ、辺りを煌々と照らし出していた。そして……すぐにもう一つの炎も同じ明るさになる。
    「随分と明るくなった……死神は死んだらドコに行くんだろーなァ?」
     治胡の言葉に演奏を止め、ド根性のシートにギターを置く朔之助。死神を地獄へと還す時は、もう、すぐそこに迫っている。
     けれどもちょうどそんな時、童話本の中の不思議を語り続ける來琉は、一度本から顔を上げて語りを止めた。
    「『噂』を広めて、『物語』を生み出そうとしたタタリガミ。そんな『物語』を生み出したのは、一体、どこの誰なのだろう?」
     七不思議使いであれば誰しも興味を抱く、都市伝説の根源たるタタリガミ。試しにそれを問うてはみるが……今や生ける松明となった死神に、それに答える正気などはない。いや最初から、彼に正気などがあっただろうか?
     返事の代わり、死神の鎌が咎を解き放つ。けれど、そこへ朔之助が囁いて……。
    「じゃ、その命はいただいとくぜ」

    ●秋の風
     あれだけ死神を燃え上がらせていた炎も既になく、トンネル内は再び、懐中電灯なしでは互いの顔も見えなくなっていた。治胡が一度大きく頭を振ると、燃えるような赤髪が揺れると共に、最後まで纏わりついていた炎が振り払われる。
     その時、トンネルを通り抜ける風。冬崖のシャツをびっしょりと濡らしていた汗と血が、不意に訪れた秋の涼しさに吹かれて飛んでゆく。
     彼は、静かに身を退いた。何故なら彼の目に映るのは、お互い向かい合う嵐と葵。
    「無事でよかった」
     汗でぺったりと貼りついたシャツとカーディガンは、彼との逢引きには相応しくないけれど。葵がそっと腕を取るのなら、嵐もその腕を絡め返す。
    「怖い顔」
     花のように微笑んだ嵐。ならば、葵も死神の事など一度は隅に遣り。
     少なくともこれ以上、決してこのトンネルが人を喰らいはしないのだ。
     まるで嵐に連れられるように二人歩んでゆく葵を邪魔せぬように、そっと、薙乃もトンネルを出る。

     あちこちで奏でられる虫の声。秋めいた風と相まって感じる風流に驚いて、思わず薙乃が皆の方を振り向くと。
    「行きは怖ても、帰りは良い良い」
     そう口ずさんで辺りを見回した一浄が、ふと朔之助に冗談めかすところだった。
    「朔はんはこの後、ド根性と峠を攻めたりせえへんの?」
    「何すか一浄先輩、山道を暴走して欲しいんすか?」
    「なぁ、ラーメン屋さんでも寄ってきまへんか? ねぇ……」
     そう、來琉にも同意を求めようとすると、來琉は、既にこの場から姿を消している。

    「彼らの物語の末路がどうなるか、実に興味深いものだね……そのために、多くの物語が必要だ」
     來琉が独りごちたのはどこか、遠く空の下。

    作者:るう 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年9月26日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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