迷子の兎とお月見を

    作者:森下映

    「皆さん、集まってくださってありがとうございます」
     ぺこりと頭をさげれば、長いポニーテールがふわりと揺れる。日が暮れようとしている山の麓で、氷川・紗子(大学生神薙使い・d31152)が言った。
    「気になる噂があって、調査していたんです」
     それは、この先の少しひらけた場所で毎晩『兎達がススキをくわえてうろうろしている』という噂。そして噂だけではなく、都市伝説として実際に出現していることがわかった。紗子はノートをめくり、
    「捕まえようとして、ケガをしている方も出ています。こちらが何もしなければただ月の出から月の入りまで、辺りをぴょんぴょんしているだけのようですが」
     この時期にススキをもって、ということは、兎達はお月見がしたいのではないでしょうか? と紗子は言う。
    「被害にあった方は『かみつかれた』『鳴き声をきいたら気が遠くなった』とおっしゃっていますから、戦闘になってしまった場合にはこの2つに注意したほうが良いですね」
     紗子はノートを閉じ、
    「実際に被害が出ていますし最終的には灼滅しなければなりませんが、どこに行けばいいのかわからなくなってしまった迷子の兎さん達と、できれば一緒にお月見をしてあげられたらなと私は思います。せっかくの中秋の名月ですから」
     そう言って紗子は、優しく微笑んだ。


    参加者
    迫水・優志(秋霜烈日・d01249)
    桜倉・南守(忘却の鞘苦楽・d02146)
    楯縫・梗花(なもなきもの・d02901)
    六花・紫苑(アスターニックス・d05454)
    オリシア・シエラ(アシュケナジムの花嫁・d20189)
    氷川・紗子(大学生神薙使い・d31152)
    富士川・見桜(響き渡る声・d31550)
    禰宜・汐音(小学生エクソシスト・d37029)

    ■リプレイ


    「やったーお月見ー」
     緑の瞳は透けるよう。棒読みのような喋り方は癖。首にヘッドホンをかけた六花・紫苑(アスターニックス・d05454)が、早速氷川・紗子(大学生神薙使い・d31152)が広げたレジャーシートに座る。
    「兎さんとお月さまたべるー。もぐもぐー」
    「六花……月は食べられないぞ」
     と迫水・優志(秋霜烈日・d01249)。マイペースでのんびり、ぼんやり気味な紫苑を、放ってはおけない部長である。
    「お外で、お月見を純粋に楽しむのは初めて、です」
     禰宜・汐音(小学生エクソシスト・d37029)が、ふと眼鏡の縁をおさえて月を見上げ、言った。
    「そうなの?」
     ハスキーがかったよく通る声に、一目でパンク好きとわかるラバーソールにレッドタータンの組み合わせ。富士川・見桜(響き渡る声・d31550)が声をかける。
    「はい、少し前までずっと病院でしたから。だから……憧れていました」
     と、見桜の肩の上、ぬいぐるみに汐音が気づく。
    「カエルさん、ですか?」
    「うん、兎さん達喜んでくれないかなと思って。つぶらな瞳同士だし、どうかな?」
     汐音はこくり頷いた。
    「迷子になってるなんて放っておけないよね。仲良くなりたいな。だって」
     見桜は首を傾げて肩のカエルを見、
    「真っ直ぐに見つめられたりしたら、ちょっと戦えそうに無いからね」
     汐音はもう1度頷き、
    「はい。仲良く、なれたら……嬉しいです」
    「俺もそう思う!」
     古着のジャージにハンチング。その鍔に指で触れながら、桜倉・南守(忘却の鞘苦楽・d02146)が言う。
    「戦うより楽しい思い出になるとしたいよな」
    「折角の名月、皆で楽しまなきゃ損だしな!」
     日がとっぷり暮れても目印になりそうな赤い髪、赤い瞳に赤い服は周。
    「お茶を淹れておこうか。あんまりお月見らしくないかもしれないけれども」
     長めの髪を軽く結わえた楯縫・梗花(なもなきもの・d02901)。
    「ほら、お団子を喉に詰まらせたり、身体を冷やしちゃったりしたらだめだから、ね?」
    「茶は有り難いな。時間的に腹空くかと軽めに飯系も用意してきたし」
     優志が言い、
    「わたくしも……あの、銀静兄様が色々お料理を持たせてくださって……」
     汐音は銀静の方を振り向くと、
    「銀静兄様、お団子やお料理と……後、一緒に来ていただきありがとうございます」
     ぺこり頭を下げた。
    「ポットに入れたお湯と茶葉、持ってきたぜ!」
     周が言う。
    「ありがとう、使わせてもらうね」
     梗花が微笑むと、オーバルフレームについたグラスコードがサイドに残した髪と揺れた。
    「あとコーヒーも一緒に……南守はブラックだっけ?」
    「ああ、よろしくなー」
     南守の眼鏡はアンダーリム。名字を呼べばさくら、ハンチングの鍔を軽く下げるようにすれば桜色の瞳に影が重なる。何気ないやり取りにお互いがわかりあえていることが滲み出る梗花と南守は、同じ孤児院の出身。
    「お供えする物は氷川さんの所へ持っていきましょうか」
     黒地に白梅が舞う総柄の小紋姿にピンクの髪を結い上げて。迷子の兎とお月見とは風流韻事、と見た目は至って清楚なオリシア・シエラ(アシュケナジムの花嫁・d20189)。
    「すごいー。お団子いっぱいー」
     紫苑が言った。紗子は三宝と見比べながら、
    「これなら食べる分も十分ありそうです」
    「あれ、これは飾らないのー?」
     見桜の手元を紫苑が覗き込む。
    「うんこれはね、兎さんと一緒に食べられたらいいなって」
     見桜が食べやすいように小さく切ってきたお団子と栗、葡萄、トウモロコシ、梨を見せた。
    「おれも、お菓子もってきたー」
    「お菓子なら俺も持ってきたぞ」
     南守がぱかっと容器をあける。
    「ほら、豆大福と栗饅頭」
    「わお、おいしそー」
    「苦手じゃなければ日本茶と一緒にどうぞ」
     梗花も言った。皆と話している紫苑を見て少しほっとする優志。
    「里芋は左でしたね」
     紗子がしつらえていると、
    「御酒も、お願いできますか……とと」
     一升瓶を抱えてきた汐音がよろける。
    「あっ、禰宜さん、大丈夫ですか? よいしょ」
     紗子が受け取り、お団子へ。汐音は、
    「ありがとうございます。あと栗も、持ってきたのですが」
    「私も持ってきました。枝豆も」
     オリシアが言い、汐音のものと一緒に盛り合わせる。
     栗名月とも豆名月とも呼ばれる十三夜。そういえば南守の和菓子も栗と豆。
    「十三夜は来月の13日ですが」
     オリシアは栗と枝豆を供え、
    「方見月は縁起が悪いと言われているので。兎達の為にも十三夜も兼ねてお祝いしたほうがいいと思ったんです」
    「オリシアさんのおっしゃる通りですね……あら?」
     いつのまにかススキをくわえた兎が姿を見せ始めていた。
    「兎さん、ちょっとまっててくださいね」
     紗子はそう言って微笑んだ。


    「うわっ、こんなにたくさんいるんだ」
    「いち、に……15匹はいるな」
     見桜と周が言う。
    「これは遊び甲斐があるね。色々持ってきて良かった……ん?」
     兎が見桜の近くにやってきた。やはりカエルが気になる様子。見桜がシートの端にカエルを置くと、つぶらな瞳同士で見つめ合っている。
    「おっと」
     優志が駆け寄ってきた兎をよける。
    「そんなところにいると危ないぞ……禰宜、それ蕎麦か?」
    「はい」
     汐音はごま油の香りがする茹で蕎麦を器に分けていれ、
    「熱いそばつゆと卵、薬味を召し上がる前に……」
    「月見蕎麦か」
     優志が言う。料理好きの銀静が夜なべして用意したのである。さらにスコッチエッグも。
    「皇はまめだな……と言うか、六花」
     ふと動きのない紫の頭を見つけ、優志が溜息をついた。
    「兎観察してなくていいから準備手伝ってくれ」
    「んー、準備ー? あー、お月見準備中だったねー」
     しゃがんで兎をじーっとガン見していた紫苑。
    (「兎さん気になるー。もふもふしたいなー」)
     兎も紫苑が気になるようで、紫苑をじー。
    「こら、手伝わないとお茶もお菓子も飯もないぞ?」
     優志がちょっと嘘でおどかしてみると、
    「はーい、優志くん、おれ手伝うー」
     紫苑は立ち上がって優志の方へてくてく。兎も紫苑のあとをついていく。
    「南守、こっち手伝ってもらえる?」
    「どうしたんだ?」
     梗花に呼ばれて南守がやってくる。
    「お茶を移動させようと思って。ウサギ達が火傷でもしたらいけないからね」
     見れば日本茶やコーヒーが置いてあるテーブルの近くに兎達がいる。
    「なるほど。りょーかい」
     2人でお茶セットを移動。が、
    「あれ、また別の兎だ」
     南守が言った。
    「でもこのウサギ、ススキ持ってないし……そもそも二足歩行してるんだけど」
     梗花が怪しむ。
    「しかも」
    「「あざとい」」
      2人が同時に言うと、その兎は何か? と小首を傾げて見せた。その正体はオリシアのかちかちマウンテンウサギ。いつもはたぬき汁を振る舞ってくれる優しい? 兎だが、今回は、
    (「演じるのです……」)
     というオリシアの念に応えてあくまでも可愛く。盆にお供えのおすそ分けをのせおしりふりふり兎達のところへ。
    「よし、完成です」
     綺麗に月見団子を並べ終わった紗子。足元に兎がやってきた。紗子が膝を折ると兎がエプロンの上にススキを置いた。続き汐音も、
    「……ありがとう」
     とススキを受け取り、周は、
    「さんきゅーな! 一緒に月見するか?」
     兎が差し出したススキを受け取りつつお団子を差し出す。見桜にはカエルと遊んでいた兎から、優志も理由あって兎の『もぐもぐ』を警戒しながら受け取る。
     紫苑は受け取るなりもふー。オリシアはかちかちマウンテンウサギが仲良くなったらしい兎から、梗花と南守もそれぞれ受け取った。
    「では、お月見を始めましょう」
     ススキも飾り終え、兎を抱っこしたまま紗子が言った。
    「適当につまんでくれ」
     優志が言う。用意してきたのは、茸と栗が入ったおこわの俵握りに秋刀魚の竜田揚げ、南瓜のコロッケと、外で食べやすく、秋らしいメニュー。さらに銀静手製の月見蕎麦とスコッチエッグと月にちなんだ料理も並ぶ。
    「食べ物色々ー。お月さまもあるー」
     シートの上に両手両膝をつき、紫苑がのぞきこむ。
    「おしぼりどうぞ」
     紗子から渡されたおしぼりで紫苑は手をフキフキ、
    「兎さんも食べるー?」
    「スティック野菜もあるぞ?」
     優志は紫苑に容器を渡し、
    「それにしても、随分過ごしやすくなったよな」
     月を見上げて一休み。周も、
    「ああ。月を見つつ一杯やんのはやっぱいいよなー」
    「まさかとは思うが淳……」
    「もちろん酒じゃねえってー。こーいうのは雰囲気雰囲気!」
     兎を撫でながら、周がコーヒーのカップを見せる。梗花はくすりと笑い、
    「優志さんもコーヒーいれようか?」
    「ありがとう、頼む」
    「兎さん、野菜食べたー」
     見れば紫苑の手から兎が野菜スティックをもぐもぐ。
    「俺もあげてみるか……お前、噛まないよな……?」
     幼い頃に兎に噛まれた事がある優志。怖怖野菜を差し出すと兎は大人しくもぐ。が、やはり短くなる前に手を放す。
    「南守も抱っこしてみたら?」
     妙に兎抱っこが似合う梗花に促され、南守がゆっくりと触れる。
    「……へへ、あったかいな」
     汐音も兎を1羽を抱き上げる。と、
    「お月さまのお話だよ。はじまり、はじまり……」
     ぽろんとギターの音がして、見桜の伸びやかな語り声がきこえ始めた。トラベルギターを手に、歌をはさみながら絵本の読み聞かせをする見桜の周りで、兎達も聞き入っている。周も見桜の声をききながらのんびりと兎を構い、汐音は兎を抱っこしたまま仰向けに転がると、
    「何だか昔話の絵本の中に入った気分、ですね……」
     ぽやーと月を見上げた。
     正座でおしとやかに月と兎を賞でているオリシアの姿もある。戦闘依頼では考えられない姿だが今宵はあくまでも、
    (「おしとやかに……」)
     オリシアは膝にのってきた兎を優しく撫で、遊んでとばかり両方の袂をひっぱる兎にも、肩によじのぼる兎にも動じず、
    (「おしとやかに……おしとやか……」)
     頭の上にも兎。オリシアは兎をのせたまますくっと立ち上がり、
    「お散歩しましょうか。おしとやかに!」
     一方南守は、
    「月の模様は国によって何に見えるかが違うらしいよな。皆は何に見えるんだろ」
     双眼鏡で月を覗いていた。ジャージの中には兎がすっぽり、居心地よさげに顔だけ出している。
    「俺には……ランドセルを背負った子が地面に筆で何か書いてる姿に見えるな! な? そう思わねえ?」
     南守が梗花に双眼鏡を渡す。
    「ランドセル……筆……?」
    「ほら、こう、頭があって……全然伝わんねぇ!」
    「うん……?」
     必死に説明する南守に、梗花も理解しようと努めるが、
    「……ごめん親友。クレープの生地にしか見えないや」
    「クレープ!」
     南守が指先でハンチングの鍔を押さえて笑い出す。
    「そんなこというから俺もクレープにしか見えなくなってきた! どうしてくれる!」
     楽しそうな南守の姿に、和む梗花。
    「やれやれ……何とも平和な依頼です」
     銀静は立ったまま月を見上げている。
    「でも……」
     自分を見上げている兎を銀静が見下ろす。そしてススキを受け取ると兎を抱き上げる。
    「たまには……こういうのは悪くは、ないですね」
     銀静は兎を撫でつつ、
    「ある意味この依頼は、残酷かもしれませんね……」
    「はい」
     汐音も起き上がり、
    「だから、少しだけ悲しいです」
     そう言った汐音の頬に、兎が鼻先を押し付けた。
    「月って優しい感じがするよね。兎さん達はどう?」
     見桜は兎達にたずねながら、新曲の詞を作っていく。
    「優志くん、お腹苦しいかもー」
     普段少食なのに、お月見テンションで食べすぎてしまったらしい紫苑。しかも眠くなってきたらしくふわあ〜と大欠伸。そしてお腹にいれた兎の温もりに、胡座に肘をついてうとうとしている者も。優志は、
    「六花も桜倉も起きてるの辛いなら寝てて良いぜ?」
    「うん、お休みなさい、あとで起こしてー」
     言い終わるが早いか、紫苑は兎をぎゅーしたまま、コテン。
    「さんきゅー……朝バイトが早くて……」
     言いながら南守も兎と一緒に横になった。風邪をひかないようにとルオは2人の周りに兎をはべらせてみる。
    「良い夢が見れそうですね」 
     兎に埋もれて眠る2人を見て、紗子が笑った。


    「うわー! 店長、スイマセン遅れましたー?!」
     バイトに遅れるよとの声に飛び起きた南守に、梗花はくすくす。
    「うう、やられた」
     兎達や皆にも見られて恥ずかしさ倍増。赤くなった顔をハンチングで隠すが、月も親友と同じく優しく笑っている。
    (「だからいいか」)
     と孤児院の先生から贈られたハンチングをかぶり直した南守を見て、そんな姿がやっぱりいいなと梗花は思う。もちろん月を見ればものも思うけれど、
    (「でも、今くらいは楽しく」)
    「皆起きてるな」
     優志が確認。紫苑も目をこすりながら何とか起きた。
    「もう時間なんですね」
     紗子が言った。
    「月がいつか沈むみたいに、このお月見もここまでかな……ここでお別れ」
     梗花は抱いていた兎をおろし、
    「って寂しくなるけれども」
    「楽しかった思い出は残りますから」
     紗子が言う。汐音も、
    「ありがとうございます、とても素敵な時間でした」
     兎を放す。少しでも苦しくないように。そう考えたのは汐音だけではなかったはず。兎達を包む霧に降り注ぐ光。そして夜に染み込むような優しい声で、見桜が作った曲を静かに歌う。
     白い月の下で、何を見てる
     もしかしたら、君に会えるかも
     また、会えるかな
     また
    「楽しかったよ。さよなら、またいつか」
     ギターの手を止め見桜が言い、
    「ありがとう」
     紗子は手を合わせて黙祷する。
    「兎さんありがとー、楽しかったよ、ばいばーい」
     手を振る紫苑。オリシアは、
    「このウサギと友達になってくれませんか?」
     すると消えかけていた兎達の姿が輪郭を作り直し、月のような光を撒き散らしながら駆け寄ってきた。そして細かい光となってオリシアに吸収される。
    「おやすみ、楽しかったよ」
     優志が言った。
    「片付けましょうか」
     紗子が言う。片付けながらも時折目を閉じて祈る汐音に、
    「現実でこんなうさぎは存在しない。須らく人の心が産んだ存在に過ぎません。故に……元よりあれらは幻でしかありません」
     銀静が言う。
    「だがそれでも冥福を祈るというのであれば僕は、止めはしません」
     彼自身も、都市伝説の為に祈る事はあるのだから。
    「うー、眠い」
     我慢限界。紫苑がびたんと倒れた。
    「むーつーはーなー。そこで寝るな。寝るなら背負ってからにしてくれ……」
    (「んん、何か優志くんがいってるー? お返事しないとー」)
    「……はーい……ねむー……」
     既にぐっすりの紫苑を、南守が優志の背中にのせてやる。続き南守も欠伸を1つ、
    「兎達は月に帰りました……って事で俺達も帰ろうか」
    「そうだね」
     梗花は今日の思い出にと数本ススキをよりわけ、残りは地面に。
    「ここでお月見をしたっていう証拠に、ね」
     きっと、月も忘れない。

    作者:森下映 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年9月26日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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