水底の花

    作者:西宮チヒロ

     喩えるならそれは、水底に咲いた色鮮やかな花だ。

     ゆらりと影を落としながら、散りばめた蓄光石が淡く灯る水中を泳ぐ金魚たち。
     絹のような滑らかさを覚える尾は、水の流れのままに柔く棚引き、時折、水を叩いて光の飛沫を上げ、水面に幾重もの波紋を描く。
     境内のあちらこちらに置かれた硝子の睡蓮鉢には、ちいさめの子。
     社の裏庭にある月見池には、おおきめの子。
     いずれは天に昇り龍となるとも云われる金魚を祀る神社は今宵、年に一度の秋祭りの日を迎える。
     
    「そういや今度、祭があるんだってな」
     残照の染む廊下で偶然すれ違い、軽く立ち話をすること数分。ふと思い出したのか、多智花・叶(風の翼・dn0150)が呟くようにそう口にした。
    「お祭り……ですか?」
    「ああ、夜に神社で。屋台も出るらしーぜ。みんなも誘って、一緒に行くか?」
     金魚を模した提灯の連なる境内には、金魚掬いは勿論のこと、お面、綿飴、射的の一等のぬいぐるみ。凛と澄んだ音を運ぶ風鈴たち。至る所で金魚を用いた品々が並び、祭を一層艶やかに染める。
     片や、屋台の並ぶ参道の奥にある拝殿は、微かに届く祭の賑わいの代わりに鈴虫の唄が響き、傍らの社務所では愛らしい硝子金魚のお守りを買うこともできる。
     そのまま裏手に回れば、手入れの行き届いた日本庭園の中央、月見池の名の通り、水鏡のように月を映す水辺が秋風とともに涼を運んでくれる。
    「妙案ですね、カナくん! ふふ、今からわくわくします」
     浴衣着ていこうかな、と声を弾ませる小桜・エマ(高校生エクスブレイン・dn0080)が、年上のはずなのにどうしても年下のように思えてしまい、叶は思わず苦笑を漏らす。
     それに気づかぬまま娘は、
    「カナくんはやっぱり焼きそばですか? たこ焼きですか? あ、お団子も良いですよね」
     と、ミルクティ色の髪をふわふわと揺らして首を傾げた。
    「おまえなぁ……ったく、今回の目当てはそれだけじゃねーの。……金魚、撮りてーんだ」
    「金魚さん……?」
    「そ。境内のあちこちにいるらしいんだけど、それが凄く綺麗らしくてさ」
     カメラマンだった母から引き継いだ、『想い出アルバム』作り。そこにまた、一欠片。想い出を加えたいのだと、少年ははにかみながら瞳を細める。
     琉金、出目金、高頭丹頂。愛嬌のある東錦に、まんまるとした姿が可愛らしいピンポンパール。
     縁日で馴染みのある和金に、金魚の王様と言われる蘭鋳まで。賑やかな場所、静かな場所問わず、境内では様々な金魚の姿を見つけることができるだろう。
     提灯の明かりが零れる睡蓮鉢で遊ぶ子等。
     静寂に包まれた庭園の池でたゆたう子等。
     まあるい池の底を照らす、清かなる月華。

     ――今宵、水底に花が咲く。


    ■リプレイ


     茜空を溶かしたような紅の尾が、ぱしゃりと水を叩いた。
     瞬間、顔を上げた紫月は柚羽の不在に気づく。手を繋いでおけばと逸る心を抑えて見渡すと、人波の向こうに別の鉢を眺める娘の姿。
     何も言わず居なくならないで。そう伏し目がちに囁けば、詫びと共に手招かれ、男は鉢を覗き込む。
    「私、黒い出目金さんが好きなんですよ。……あっ」
     1匹が跳ねた弾みで、顔に掛かる水飛沫。大丈夫ですかと問いながら零れる笑顔。まぁ、ゆーさんの笑った顔を見ることが出来たから良しとしよう。
    「赤いおべべの可愛い金魚は、おめめを覚ましているかしら」
    「あ、恵理さん! ……おめめ?」
    「ふふ、エマを見てて思い出した言葉ですよ」
    「いっつも食べるか寝るかだもんな、お前」
    「そっ、そんなことな……いときもあるかもですよ、カナくん!」
    「『かも』かよ!」
     いつものやり取りにもひとつ笑みを漏らすと、差し入れのお団子を分け合いながら恵理たちは並んで歩く。
    「――え? おれを撮影?」
    「ええ」
     大事な日の姿を残すため。懇意にしている彼の父親に贈るため。白と紅の浴衣の胸元で揺れる自前のカメラを手にそう微笑むと、少年も満面の笑顔で頷いた。
     水色の浴衣に鮮やかな紅帯。まるで澄んだ水面に遊ぶ金魚のように、ひらりひらりと人波を泳ぐラナ。あちらもこちらも金魚尽しの祭は、金魚の故郷たる郡山のご当地ヒーローであれば、足も自然と弾むというもの。
    「ああ、多智花くん、小桜さん」
     見かけた二人に誘いの礼を添え、「この子らやね」と、ラナは傍らにある睡蓮鉢へと視線を移した。腰を屈め、我が子を愛しむように瞳を細める。
    「ふふ、一年に一度の晴れ舞台や、とびきり綺麗に撮ったってや」
    「おう! 任せとけ!」
     にかっと笑って拳を掲げる少年に、もひとつ笑顔。
    「そや、お持ち帰りするときは声かけてな? サポートするで」
     長生きさせたるから。ヒーローはそう言って、大きく胸を張る。
     参拝がてら金魚守を買った足で、冬舞はぶらり金魚巡り。夜陰にぽっかり浮かぶ赤。秋風に揺れる、嫋やかに浮かぶ紅を抱いた月華。些細な景色が、新たな想い出となる。
     賑わいへと戻れば、馴染みの二人。
    「小桜は一番気に入ったものはあったか?」
    「んー、お団子……?」
    「お前、たこ焼きもアホみたいに食ってたじゃねーか」
    「それはそうですけど……!」
    「俺のオススメは飴細工かな。いろんな形があって面白い」
    「お、じゃあ見に行こーぜ!」
    「はい!」
     エトとの邂逅で随分世話になった、その礼に。奢りの言葉に足を弾ませる二人に、青年も淡く微笑んだ。
     薄く平たいもの。深い擂鉢を思わせるもの。様々な形の硝子の器で遊ぶ、色も姿もとりどりの金魚たちを眺め歩いていた紗夜は、ひとつの睡蓮鉢に気づいて足を止めた。
    「キミ達は随分と丸っこいな。ころころとして可愛いね」
     まんまるの鉢で泳ぐのは、ふくふくとしたピンポンパール。君みたいな子達は初めて見るよ、と思わず口元を綻ばせた紗夜がこの場から動くのは、もう少し先のこと。
     漫ろな足取り。揺れる紅帯。何気なく追っていたそれが止むと、白い袖の先から細い指先が差し出された。
    「聡士、手」
     迷子にならぬよう、という時兎こそ迷子になるのではと思う心は秘めたまま、掌重ねて金魚掬いへ足を運ぶ。
    「僕が勝ったらキャラのお面被ってよ」
    「……聡士が言うと冗談に聞こえないンだけど」
     見合って、笑って。見据えて狙った勝負は、時兎の勝ち。金魚袋で泳ぐ、聡士と同じ黒色を纏った新たな同居人を真ん中に、もう一度指を絡めて。見上げる淡い笑顔に、聡士もまた笑み返す。
     こうしているから、寒くないわよ。
     気遣うさくらえに笑み返しながら、絡めた腕に尚寄り添うエリノア。賑わう金魚掬いを覗き見て、一際煌めく金色の子を娘にどこか似て綺麗で可愛いと零せば、娘は複雑だと眉根を寄せた。
     その一層愛らしい様にくすりと笑んだ青年が取り出したのは、色とりどりの金魚守。
    「折角だし、縁結びで」
    「ふふっ、今更縁結びなんて必要かしら?」
     弾みで受け取った贈り物に礼を添え、掌の硝子金魚を大切に握り締め。揃いの守を取り出した青年に、娘は愉しげに微笑んだ。
     お誕生おめでとうのソース文字が躍るお好み焼きを手に、シエラは見つけた後ろ姿を呼び止めた。
    「おー、シエラ!」
     赤い浴衣が結った髪に映えて綺麗だと言い終わらぬうちに、祝いを添えてずいっと差し出されたお好み焼き。偶には甘えて良いとはにかみながら笑うシエラに、ありがとうな、と叶も双眸を細める。
    「想い出作り頑張っているね。……あ、ねぇねぇカナ君」
     私もその想い出の中に入れて貰えないかな。そう窺う娘へ、少年は返事の代わりに笑顔でファインダーを向けた。
     久々の姉弟の再会。誘った理由を問われる前に、と供助が勧めた屋台の品を、けれど依子は断った。風鈴は、とっておきのがもうあるの。
     炎血者として炎獣と向き合い続けてきた姉。挑む時、お前の中は此方か? 向こうか? 聞けぬままの問いかけを反芻していれば、つと金魚袋を突き出される。
    「少し、預かってて。――叶君、良ければ撮りますよ? あと、これも」
    「おー、健康守! ありがとな!」
     学園の子等へと駆け出した姉。
     ――水瓶の中で咲く花みたい……家族ができたらいいなと、思って。
     掬ったばかりの金魚を眺め、そう依子はちいさく笑っていたように思う。その言葉の意味は半分も解りはしない。けれど、それでいい。
    「いいよ」
     遅れた返事を零しながら、赤花が泳ぐ様を瞼に描く。其処にいる姉は、遠くを見つめてはいなかった。


     睡蓮鉢に燦めき揺れる月光。蓄光石の星灯りと躍る金魚たち。
     黒白兎に転じた円蔵を抱えながら息を零したイコは、金魚と張り合う円蔵にひとつ綻んで、参道の奥にある社務所へと立ち寄った。
     紅、朱、金。白、黒、紺。
     色も見目も異なる金魚守の中から金色和金の金運守を選んだ円蔵と、黒白金魚の煌めく眼差しに射止められたイコ。
    「ね、ね、すごく可愛いわ連れて帰りたいの……!」
     無病息災を宿す子には、大好きな人たちへの祈りを託して。
    「……でも、ぼくの愛らしさには負けますがねぇ」
    「今回は好い勝負かしら? なんてウソウソ、あなたが一等よ!」
     むくれてしまわぬよう、腕の中のふかふかほっぺに口づけを零す。
    「都璃ちゃん可愛い……!!」
    「そ、そうか……?」
     エマが着るなら、と合わせた浴衣は結構胸周りが苦しいが、着てきた甲斐があったというもの。選んだ渋い薄緑の地と花鳥柄も、エマの薄紅色の浴衣と対のよう。
     祭の賑わいを移す屋台の香り。足取り軽く鉢の金魚を愛でながら漫ろ歩けば、社務所に並ぶ硝子金魚に目を留める。
    「エマ、どれがいいかな?」
    「じゃあ、このオレンジの子! お祭りの灯りの色に似て、綺麗」
     今頃撮影と屋台巡りに勤しんでいるであろう叶には、食べ物をご馳走するとして。まずは選んだ揃いの子等を二人、祭の夜に翳して笑みを交わした。
     浴衣姿の水鳥は一層愛らしく、マサムネは開口一番声を弾ませた。金魚に見入る娘の横顔に見とれてしまい、つい零れた片恋心を咄嗟の笑顔で隠し通す。
    「硝子金魚のお守りか……綺麗ですね」
    「んじゃ水鳥には、ほれ! 健康のお守り!」
     健康を願いながらそう笑う青年は、自分用にと縁結びの守へ伸ばしかけた手を止める。もっと近しい存在になれるよう、選ぶなら同じものを。
    「来る戦争も、お互い無事で帰るように、ね」
     淡く夜風に溶ける娘の声。二人揃いの金魚守が、優しく揺れる。
     一発で決めると豪語した春陽の射撃の弾が明後日の方向に飛んでいったり、「……べ、別に、取ってくれても良いのよ?」と視線を向けられた月人が見事金魚のぬいぐるみを手に入れたり。
     はしゃいだ分の疲れを綿飴で癒した後は、二人で金魚守選び。月人がネタとして選びかけた『安産祈願』を元の場所に戻す傍ら、春陽は『家内安全』の金魚守をつけた家の鍵を写真に収める。
    「じゃあ帰りましょ? ……って、帰る場所は一緒なんだけどね」
     言いながら、金魚柄の浴衣の裾を揺らして歩き出す春陽の隣に、月人も並ぶ。帰る場所がいずれ『我が家』になればと願いながら。
    「ね、前にも一緒に金魚を見たよね」
     3年前、金魚の尾を思わせる兵児帯を可愛いと言われて嬉しかったから――今日も。白撫子柄の蘇芳色の浴衣を纏った娘の背で揺れる、秋色の帯に絡めた兵児帯は、可愛らしくもあるけれど寧ろ綺麗だと、少年も柔く綻ぶ。
     誕生日の祝辞とカメラクリーニングキットの贈り物。ありがとな、とはにかむ叶に、穂純もひとつ笑みを深める。
    「土佐金、今日はいるかな?」
    「じゃあ、探しに行くか」
     今日はどんな子に逢えるだろう。心躍らせ、二人歩き出す。
     参拝後に訪れた社務所に並ぶ硝子金魚たち。瞳を煌めかせるみをきの隣、明るい水色金魚から隣の水色へと視線を移して壱も笑う。
    「これ、一緒に持つのダメかな?」
     今ある縁も大事に、もっと強く。添えた理由は先輩らしくて、ちっともダメじゃないです、とみをきもはにかみ顔を横に振る。
    「一緒に――……家の鍵に付けたいですね」
     秘密のお揃いなんて素敵じゃないですか? なんて笑った矢先、
     ――毎日新しく好きになるから、みをきもそうなるといいな。
     耳許に触れる指先。毀れる声。一瞬にして染まる頬。
     ああ、今が夜で本当に良かった。そう思いながら、仕返しには耳打ちと約束を。
     ――ずっとずっと好きを積み重ねていきましょうね。


     白地に金魚の尾を思わせる帯が気に入りなのだと言う櫂に、全身金魚みてぇで綺麗だ、と冬崖も笑う。
     どことなく河豚に似た子を見つけてつい笑みを零しながら、揃いなら何でも良いのと赤の瞳で見上げる娘。ならばと男は青い瞳を細め、健康祈願の赤と青、そして紫の子等を取った。
    「なら、私はこれを」
     冬崖から受け取ったひとつを帯飾りのように挿したら、腕を絡めて花咲く池へ。出目金、高頭丹頂、蘭鋳。ピンポンパール、めっちゃ可愛くね? と傍らで弾む男の声も、触れたぬくもりも。愛おしくて、心躍る。
     家内安全の金魚守の、その頬をちょんとくっつけて。鴛鴦夫婦みたいやろ、と笑う悟に、想希も微笑みを重ねる。
     掌重ね、揃いの浴衣で眺む月見池。美味そうだと悟が称した金魚は以前も共に見たけれど、記憶に残るのは唯互いの顔だけ。
     あれからもう、3年。
     毎朝目覚めを知らせる想希の指先に、いつも迷わぬようにと導く悟の指先を絡めて。微笑みながら肩寄せて、これまでの愛しい日々を想う。
     貴方の傍にいられる幸せを――これからも、ずっと。
     みをきや壱、紗夜。すれ違う仲間からの祝辞に満面笑顔のお礼を返しながら、明莉と心桜からの祝いと誘い、そして心桜からのピンボケ写真を、心からの感謝と共に受け取る叶。暫く連れ立って歩いた少年と別れた後、訪れた池の淵に佇みながら、娘が語る金魚の話に、明莉も思わず笑みを洩らす。
    「夜ぱくぱくしてる金魚が怖いなら、こういうのは?」
     金魚がいずれ龍となるならば、ここに居るのは幼い龍たち。そう言われて想い描いた天昇る金魚たちの姿に、心桜もほうと息を零す。
    「俺も龍になって無限の空に昇っていく、そんな強さが欲しい」
    「明莉さん、強くなるのはよいけど、月に行ったら駄目じゃよ?」
     冗談めかした笑みを、愛おしさに変えて。空にかざした掌を下した明莉は、傍らの手をそっと包んだ。
     金魚守を買った足で赴いた月見池。右手に健康成就のお守り、傍らにビハインドを連れて、湖面に咲く月華は格別だとファティマは独りごちる。
     金魚を近くで見たくて、林檎飴と綿飴を無表情で黙々と頬張る零一にヨーヨーを預け、池の縁へと踏み出すシャオ。
    「シャオさん、落ちないでくださいね」
    「フリじゃないが落ちるなよ?」
    「だいじょう、ひゃっ……」
     ずるりと落ちかけた手を掴んだ拍子に転びかける闇霧が、「うにゃ!」と踏ん張る。そんな賑わいう声に、ファティマが淡く笑う。
     ――見ているか? サニー……これは、お前に見せたかった景色だよ。
    「日本の祭りも良いものだろ?」
    「嫌な事を塗り潰してくれる。良い国の、良い祭りだ」
     零一にそう返し、花火に誘うシャオの声に立ち上がる。
     水に咲く月と魚。線香花火の光が跳ねて、一層煌めく景色。見入る闇霧の向かいでファティマもまた、忘れられぬ過去と続く未来へ思いを馳せる。
    「何だか人とこう言うかんじ、とっても久しぶりだな」
    「とりあえず、誰が一番長く点いているか勝負するか?」
     言いながら、まだ笑うことのできぬ己を皆はどう思うだろうと僅かに瞳を伏せた零一の隣で、滲んでいた淋しさが和らぐのを感じながらシャオは思う。
     素敵な想い出をありがとう、と。
     美しさを引き出し人を魅了する朝顔。変わらぬ愛を意味する桔梗。それぞれの想いを秘めた浴衣を纏い、綾乃と響は縁台で涼む。
     一等大きな綿菓子を味わう響と、その横顔に微笑みながらゆるりと金魚を見遣る綾乃。そんな穏やかな時間に、「あっ」と響がちいさく声を洩らす。
    「綿菓子ゲーム、いっしょにしたいなー♪」
    「……綿菓子ゲーム?」
     左右から綿菓子を食べ合って顔が見えたら終了、という聞きなれぬ遊戯に首を傾げつつ、望むのならば喜んで。響の誘いに綾乃も柔く微笑んだ。
    「陽桜、そのカメラ……」
    「はい! あたしも、始めたのですよ」
     一眼レフを手に、ひよっこですけど、とはにかみ笑う陽桜。
     ――世界は、お前達が思うよりも美しい。
     炎獣トキワの、最期の言葉。その世界の彩を、レンズを通して自分の目で見るのとはまた違った世界を見せてくれるカメラで見てみたい。その愉しさを知った娘は、誕生日祝いにとカメラを向ける。
    「1枚いいですか?」
    「――おう、是非!」
     ファインダー越しの少年の笑顔はどこか大人びて見えて。つられて綻びながら、娘はシャッターを切る。
     たこ焼きやお守りを買った後、浴衣姿でカメラを構える周と叶。
    「あ、らんちゅう!」
    「お! どこどこ?」
     金魚の王様と言われるだけあって、どこかふてぶてしく見えると零す周に、けたけたと笑いながら叶もカメラを構える。人の手を加えずにいると鮒のようになるのは、金魚だったか、鯉だったか。
    「ある意味人の作品って事になるのかねえ」
    「それをまたおれが、写真って『作品』にする……か」
     巡る縁。続く世界。こうして過ごす今日も、また続いてゆけばいいと願う。
     此処から見える風景に惹かれたのだろう。愛機を手に畔に立った叶へ、ニアラが口を開く。金魚の宴を眺め写すのは素敵だ、と。
    「されど。貴様が視認する魅力的な光景は『恐怖』かも知れぬ」
     観察者と被観察者。それは人間とて同じ。水底の花のように、蹂躙される可能性は常に傍らに在る。
    「視点を変えれば、か」
    「深淵を覗く我等は観察物だ。深淵は猫で在る。水底の花を舐る猫が如く――」
     猫面の男はそこで言葉を切った。杞憂か、と零して改めて祝いの言葉と自家製のチョコレートを差し出す。
    「黄金色の蜂蜜は好奇心の象徴よ」
    「ありがとな。ニアラの言う景色、おれもいつか」
     撮ってみたい。――そのとき、きっと何かを識る。
     鳥居の袂、恵理に誘われ集った都璃やシエラ、ラナ、穂純たちも加わって記念写真!
    「お誕生日おめでとう、叶君」
    「おめっとさんやで」
    「誕生日おめでとうな!カナ!」
     女王然たる土佐錦魚の絵。硝子金魚のお守り。そしてみんなの笑顔が、今日一番の想い出。
     甘やかな振舞の咲桜が甘い物を苦手とする様に、繭子は驚きを滲ませ瞬いた。代わりを選ぶ約束をしながら睡蓮鉢に別れを告げ、藍鉄と砂色の浴衣袖を揺らしながら池に寄る。月の光を弾いて、ゆらりゆらぐ鰭花。巡り回って表情の変わるとりどりの色や形は、まるで万華鏡だ。
    「あ、ほら。あっち」
    「ふふ、はい、どちら?」
     珍しく何かに夢中になる横顔に、娘の声も一等柔く、丸く。金魚の王たる名を添えながら、けれど今宵は皆が主役だと耳許で笑う。
    「咲桜もその御一人とお忘れなく」
    「そうだね」
     これは、きっとどれを欠いても成り立たぬ景色。そう淡く笑み返す青年に娘は願う。
     万華に見失うには惜しい御方――どうか今宵、傍で咲いていて。
     池に咲いた大輪の月の中央を、鮮やかな赤が過る。花弁を揺らすその姿は、我が家のこうめにどこか似ている。
     想いを告げてから瞬く間に過ぎた1年。変わらぬどころか尚募る想いのまま、御伽は傍らへと視線を向ける。
    「茅花さん、好きだ」
     はにかむ男の紡ぐ、同じ言葉。一瞬だけ、1年前と同じように瞳を瞬かせた娘は、ふわりと柔く身を寄せた。
    「……私も好きよ、ちゃんと」
     口にすればしっくりと馴染む。ありがとうな、と微笑む御伽につられて娘も笑うと、空いていた掌に熱が触れる。
     離れぬようにと絡めた指先。言葉の代わりに想いを乗せて、そっと、口づけを。
     ショールの半分を暦に掛けて寄り添う静香は、水鏡に映る眩い月華へと視線を落とした。
     天と水底。どちらの月にも触れられぬ自分たちは、朧な月よりもなお頼りなく思えるけれど、それでもともに居られる今が幸せだから。
    「……本当に綺麗で、静かで、記憶に残ると思います」
    「残そう、これから先の二人の全部を」
     変わりゆくものも、変わらぬものも、すべて。
     娘を想う心のまま、絡めた指先に籠る力。娘もそれに応えると、今の姓で観る最後の名月を見上げた。

    作者:西宮チヒロ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年9月28日
    難度:簡単
    参加:44人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 4
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