命を賭すということ

    作者:来野

    「南アルプスで闇堕ちしていたレイ・アステネス(大学生シャドウハンター・d03162)君が動き出したようだ」
     石切・峻(大学生エクスブレイン・dn0153)がそう告げたのは、うろこ雲のきれいな秋の初めの午後だった。
    「彼は学園で保護している大津先生を狙い、学内へと忍び込んで来るらしい。目的は恐らく慈愛のコルネリウス勢力との合流だろう」
     窓の外を見てみると、青い空の下にあるのは見慣れた学び舎の光景。今この瞬間は、のどかなものだ。
    「学園に被害を出したり大津先生に危害を加えるといった意図は持っていないと思われるが、見過ごしにできるはずもないな」
     学園の仲間とはいえ、今現在は闇堕ちしているのだから。複雑な面持ちの峻は顎先に拳を当てて首を捻った。
    「彼の行動が果たして学園にとって良いものかどうか、正直なところわからない。それにコルネリウス勢力に合流することで完全に闇堕ちし、彼がダークネスとなり果ててしまう可能性も十分にあり得る。仮にそうはならなかったとしても、シャドウ大戦で劣勢のコルネリウス勢力に合流したなら、対戦に巻き込まれた中で死亡する可能性が高いだろう」
     あまり考えたくはないことを口にする時、声はどこか苦みを帯びる。
    「どうか、良く話し合って行動方針を決めて欲しい。彼と彼の行動に対して、どう対応すべきか」
     拳を降ろして、峻はそこを念押しした。そして、話をより具体的な方向へと向ける。教室内に配布されるのは、必要事項の記された書類。
    「迎撃の際は、大津先生を保護している部屋に向かう通路で迎え撃つようにすれば必ず接触できるだろう。そこまでは容易なんだが、レイ、いや、ミゼンと名乗る彼はコルネリウスと接触するのは重要なことだと考えている。説得して救出するのであれば、コルネリウスとの接触に価値が無いことを納得させなければならない」
     その時、教室内で手が挙がった。
    「言葉には耳を貸してくれそう?」
     残念ながら。と、峻は首を横に振る。
    「期待できないな。なので戦闘で彼を追い詰めれば、自分の命よりも価値があるのかどうかといった迷いを持たせることはできるかもしれない。交渉が決裂した場合は彼を灼滅するか、そのまま通してコルネリウスの元に行かせるかのどちらかとなるだろう。ただし、その際、念頭に入れて欲しいのが情報流出のことだ」
    「学園の?」
    「そう。彼がコルネリウスに合流することで学園の情報がシャドウ側に漏れる危険性もある。その点まで踏まえて対応を考えてくれないか」
     留意することが非常に多い。それを分かって頭を下げる峻の面持ちは切実なものだった。
    「現時点において、学園がシャドウ大戦に介入するか否かは明らかじゃない。いたずらに状況を混乱させないことも重要だと思う。どうか皆、良く考えて、良く話し合って行動して欲しい。頼む」
     少しずつ西日に染まり始めるうろこ雲。その行方を知る者はなく、けれど、そこに留まり続けることもない。
     皆を見る峻の目の中にあるものは、灼滅者たちの無事の帰還を祈る色、ただ一つだけだった。


    参加者
    狐雅原・あきら(アポリアの贖罪者・d00502)
    獅子堂・永遠(だーくうさぎ員・d01595)
    神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)
    真風・佳奈美(愛に踊る風・d26601)
    比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)
    シエナ・デヴィアトレ(治療魔で露出狂な大食い娘・d33905)
    カーリー・エルミール(元気歌姫・d34266)
    立花・環(グリーンティアーズ・d34526)

    ■リプレイ

    ●感情と利害
     深夜。学園の廊下を薄暗がりが埋めている。窓の外の常夜灯や避難口を示す誘導灯の明かりが差して、静まり返りはしても真の闇は生まれない。
     そのぬるい暗がりを縫ってレイ・アステネス(大学生シャドウハンター・d03162)であったものが駆ける。名乗る名はミゼン。裳裾をひるがえし袖に大きく風を孕む姿はかつての彼ではない。ダークネスだ。
     造作もない現実を前に、彼は悠然と駆ける。
     灼滅者たちが身を犠牲にしてまで守る場も、条件さえ揃えば入り込むことができるのだ。向かう先を記憶しているのはレイだが、手綱を握るのは自分なのだから。
     淀みない靴音は、しかし、目当ての角を曲がったところで不意に止まった。
     向かう先に立ちはだかる者たちがいる。総勢八名。灼滅者に違いない。
     彼らの存在は織り込み済みとはいえ、眼差しを読ませることはなく、驚く様子も見せない。代わりに問いかけた。
    「あなたたちは、敵ですか?」
     その声は、底知れぬ深みから滲む静かな揺らめきのようだった。

     自分たちは敵なのか。
     立花・環(グリーンティアーズ・d34526)は口を開かず、ミゼンの動向へと眼差しを向ける。スレイヤーカードは解放していない。そうすることで戦意がないことを表明している。
     ほんの少し踏み出せば交戦も可能な距離だ。手を伸ばせば救出をかなえられるかもしれない。
     だが、多数決の結果は『同行』だった。だから言葉を飲む。
    (「意に副わずとも、総意には従って……」)
     こうして戦わないということは、敵ではないのか。救出の先送りはその難度を上げると知っているのだが。
    (「そう、だからこそ見合う成果を」)
     せめて望むが、周囲に累を及ぼすことも苦になるのだから難しい。
     奇妙な緊張の糸が張り詰める中、口火を切ったのはカーリー・エルミール(元気歌姫・d34266)だった。
    「ミゼンさんは何でコルネリウスに会うの?」
     屈託のない声に獅子堂・永遠(だーくうさぎ員・d01595)が制止しかけたが、ミゼンはゆったりと口を開く。
    「今、何か……?」
     まるで聞こえていないかのような答えに、カーリーは首を捻った。反応するのだから『音』は聞こえているはずなのだ。
    「それは楽しそうかな? ご飯をみんなで食べたほうがたのしいけどな~」
     しかし、返る声はない。
    「答えたくなければ別に良いよ」
     会話に期待が持てないことは知っていた。意味のある言葉は、ここでは意味がない。カーリーは深入りせずに引き下がる。永遠も開きかけの口を噤んで仲間の動きを窺う。暴挙に出る者がいれば敵対も辞さない覚悟だ。せっかく纏めた話なのだから。
     何とも微妙な空気の中、比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)が軽く片手を上げた。
    (「こうも簡単にダークネスの侵入を許すとはね。流石は元灼滅者、と言うべきかな?」)
     だが、死にたくないという意思にだけは共感できる。いつまでも膠着してはいられない。
    「敵か味方かはともかく、学園の介入を提案したいんだよ」
     そう切り出して、結論に至る経緯をかいつまんで説明する。合流してシャドウ大戦に参加した場合、彼が死亡する可能性が高いことも告げたが、ミゼンは表情一つ動かさなかった。
     その一方で、
    「介入ですか……」
     呟く声音には難色を示すかのような響きを込める。それを聞き流して進み出たのは、狐雅原・あきら(アポリアの贖罪者・d00502)だった。
    「レ……いや、ミゼンサン、今回は絆がどーとか言いながら貴方をぶちのめしに来たんじゃないのデ」
     相手がこちらを軽んじるように、彼女もまた彼の在りように興味を示さない。
    「コルネリウスサンに会いにいっちゃいましょーか」
     さくりと結論を口にした。
     そういうことだった。各々の複雑な思いを突き合せ、決を採ってここに来たのだ。
    「会いには行きます。しかし、灼滅者を連れて行ったのでは、うまくいく話もうまくいかないかもしれませんね」
     悩む素振りで呟いたミゼンは、たっぷり三秒ほど黙ってから溜息と共に頷いた。仕方がないと緩慢な歩みで物語る。助かるなどとは言葉にしない。
    「同行は構いませんが、指示には従って貰いますよ」
    「ハイハイ、いやあ、モテモテデスね、この学園」
     とにもかくにも彼ら全員で大津先生専用の病室へと向かい、ミゼンのソウルアクセスによってソウルボードへと入り込むこととなった。
     皆の目の前で、ミゼンの姿が忽然と消える。彼の肉体はこの場に残らない。
     レイは今、シャドウなのだ。思い知った次の瞬間、ふわりとした感覚に襲われた。

    ●8プラス1
     浮遊感が薄れて去ると、一転して物々しい空気に出迎えられた。肌にびりっと来るようだ。
    「ここは……」
    「戦場? 砦かしら」
     神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)の言葉が全てを物語っている。突如現れたのだろう彼らの元へ、何か黒いものたちが駆け寄って来た。一見するとクワガタムシのような鋭利なフォルムのシャドウたちだ。
    「貴様ら、何用だ」
     随分なご挨拶だが、当然の反応だろう。警備と思しき黒い連中を相手取り、説明を試みる。気持ちはどうあれ、目的はきっちりと果たしたい。
    「突然でごめんなさい。お話をしたくて来たの」
    「いかにも突然だな。立ち去れ」
     話しにならない。ぐるりと取り囲まれて終わりのない押し問答が続くかと思われたその時、
    「その子たちは学園の生徒です。私に預けていただけませんか?」
     大津・優貴先生が現れて、救いの手を差し伸べてくれた。ほっとした。しかし、それも束の間、次の問題が生じる。
    「あの、先生」
    「はい?」
     優貴は、八名の灼滅者だけを手招いて歩き出そうとしていた。不思議そうに振り返る。彼女にとって闇堕ちした者はもはや『灼滅者』ではないのだろう。ミゼンは顔色一つ変えない。
    「ミ……、レイさんも一緒にお願いします」
     八名の申し出に大きく目を瞬いた優貴だったが、結局は『学園の生徒たち』の願いでミゼンを加えた九名を砦の中の一室へと連れて行ってくれることとなった。
     堅牢な床と壁とに靴音が響く。揺れる光は松明の炎だろうか。そこは、あたかも中世ヨーロッパの城の様相だ。
     そうした空間の一室でここまでの経緯を聞いた優貴は、頬に片手を当てて視線を伏せた。そして、仕方なげに頷く。
    「話はわかりましたが、今は、ソウルボードは危険な状態ですから、目的を果たしたらすぐに帰還するようにね」
     念押しをした上で、コルネリウスと引き合わせることを承諾してくれる。
     そこからは多くの時間を要さなかった。虚空へと視線をさ迷わせた優貴は、あたかもそこに誰かがいるかのような様子で話し始めたからだ。
    「はい、えぇ、そうです。わかりました、それで。しかし、無理には……。それで構いません」
     返事は一切聞こえないがテレパシーらしき会話は進む。どうやら打ち合わせが行われているらしい。一端口を噤んだ後に、優貴は皆へと向き直った。
    「コルネリウス達が、ここに来るようです。時間はあまりありませんから、満足したらすぐに帰るんですよ」
    「……達?」
    「ええ……」
     優貴が言いかけた時、目の前の空間が微かに揺れた。そんな気がした。気が付けば二人の少女がそこにいる。
     片や前髪をぱっつりと切り整えた紫色の瞳の少女。コルネリウスだ。
     そしてもう一人は仄白く見える髪の下、眦の切れ上がった瞳で強い眼差しを投げつけてくる。仮面を外している彼女は――オルフェウスであると、優貴が告げる。
     じりっという微かな音が鳴った。
    「……?」
     半歩踏み出しかけた永遠の靴音だった。皆の視線が集まる。
     かなうものならば、これを機にシャドウと化してコルネリウスを利用し、オルフェウスを倒したい。そして、ザ・スペードの座に収まりたい。彼女の胸の奥に渦巻く思いはそれだった、が。
    「はじめましてー、武蔵坂の名も無き灼滅者デス。コッチはミゼンサン。いやぁ案外悪い人じゃぁナイデスよ」
     あきらが、すかさず話し始めた。永遠はぐっと奥歯を噛み、自分を制す。ここで全てをぶち壊しては他を制してきた意味がない。
     複雑に縺れながらも表向きは静かな空気の中、オルフェウスが薄っすらと口許を歪めた。
    「シャドウ大戦の最前線へようこそというべきかな。援軍の申し出ならば受け付けよう」
     美しい少女の自嘲は凄絶さすら漂いかねない。デスギガスとの決戦に敗北し、残党を引き連れてコルネリウスの所に逃げ込んできたというのが彼女の現状であるらしい。
     顔を見合わせた灼滅者たちは一度その場を引き、相談を始める。全員でのすり合せを経てから答えたのは柩だった。ダークネスに感じる不愉快は一旦、置く。
    「状況によっては援軍もやぶさかでは無いよ。でも、情報が揃わない限り判断できない。状況を説明してもらえるなら、それを元に皆で協議して可能ならば援軍にこさせてもらう」
     そう慎重に告げたのを端緒に、まず、と言うのは真風・佳奈美(愛に踊る風・d26601)だった。
    「これからの質問には答える意味があるのか疑問のある質問もあると思いますが、私たちが判断する為に意味のあるものだとして、答えられる範囲で答えて欲しいのです」
     丁寧な前置きにコルネリウスが頷く。
    「わかりました」
     お互いに分かり合えない存在。そうした事実が前提だろうが、承諾の返事が返って来た。
     シエナ・デヴィアトレ(治療魔で露出狂な大食い娘・d33905)が、ほっと息をつく。
     訊ねたいことは、いくつもあった。

    ●対話と目的
     まず最初の質問は、シャドウ大戦においてのコルネリウスの立ち場だった。これは、あきらと明日等の二人が気にかけている。
     コルネリウスの答えは、
    「シャドウ大戦の勝者となろうとするデスギガスの軍勢を迎え撃とうとしている所です」
     だった。その上で問いがオルフェウスの現状へと及ぶと傍らのシャドウへと眼差しを向け、互いの胸を片手で示す。
    「現在はデスギガスの侵攻に対して共闘する関係です」
     敵を同じくする者たち。二人を交互に見て後、ザ・ハートである少女へと問いを向けたのは佳奈美だった。
    「コルネリウスさんに聞きたい事があります。貴方の目的は全ての人を幸せにする事と聞きましたけど、本当でしょうか?」
     そして、こう言い加えた。
    「全てという事はダークネスも含めて、それはコルネリウスさん自身も、という事ですか?」
     だとしたら一人一人の説得は不可能なのではないか。そんな思いから発した疑問だ。
     それに対して、コルネリウスの答えはとても端的だった。
    「全ての人です。ダークネスは人ではありません」
     断定する少女を見て、佳奈美は首を傾ける。
    「そもそも、なぜ、そのような考えに至ったのでしょう?」
    「多くの人間の夢を見続けてきた結果です。幸せを夢として追い求める人達に、その幸せを与えてあげたいと思うのは、不思議なことでは無いでしょう」
     少なくとも彼女にとっては不思議なことではないのだろうが、更にもう一歩突っ込んで訊ねたいことがある。
    「もし、その考えに共感しない人が出て来たのなら、どうするのですか?」
     シャドウの少女は悩むそぶりもなく口を開いた。
    「特に、なにもしません。私は全ての人を幸福にしたいのであって、全ての人に共感してもらいたいわけではありません」
    「ソウルボードから何らかの干渉をして考え方を変えるのだとしたら、それは全ての人を幸せにするようなことではないと思うのですが」
    「外部刺激によって考え方が変わる事と幸福である事に、因果関係はありません。あなたも様々な経験や人との接触により考え方が変化してきたはずですけれど、その変化によって幸福になる事が不可能にはなったりはしていない筈です」
     強固な城の壁にコルネリウスの声が滔々と響いた。ミゼンが面白げに唇を緩め、何かを言おうとする。
    「コホッ」
     環が小さく咳き込んだ。松明の煙に咽た態で横槍を入れると、小さな静寂が訪れる。その隙にシエナが進み出た。胸に抱くのは罪の意識。
    「コルネリウスさん、本当にごめんなさい……」
     まずは個人として、第2次新宿防衛線でコルネリウスが派遣していたシャドウたちを灼滅したことを謝罪した。その上で疑問を向ける。
    「コルネリウスさんは、タカトとベヘリタスが行っていた『魂を切り離す実験』に関するデータを持って居られますの?」
    「ベヘリタスは滅びたので、その知識の多くは消失した筈です」
     シャドウの少女はほっそりとした肩の上で長い髪を微かに揺らす。
    「デスギガスが奪い取っている可能性はありますが、確かなことはいえません」
    「そうですの。でも、もし、実験データを持って居られるなら、それを元に闇堕ち以外でのダークネス誕生方法を見つけ出す事ができるかもしれませんわ。提供して頂けるのでしたら、その条件も含めて教えて下さいませんこと?」
     コルネリウスは、首を左右に振った。
    「持っていません」
     質疑応答の時が終ろうとしている。
     篝火が揺れ、ジジッという微かな音が鳴った。

    ●9マイナス1
     一段落の後、
    「では、帰ろうか」
     柩の落ち着いた声に皆が頷く。まずは得た情報を学園に持ち帰り、援軍を出すか否かの協議をしなくてはならないだろう。
     さら、という音が聞こえた。
     ミゼンの袖が鳴る音だった。静かに腕組みをした彼は、その場を動かない。残るのだ。
     明日等と環が息を飲み、佳奈美が目を瞠った。
     物々しい空気の中、小さく唇を動かして学園の仲間であったはずの彼へと声を投げかけようとした。シャドウ大戦には参戦して欲しくない。死んでしまうかもしれないのだから。
     なのに、何を思うのか、何も思っていないのか、それともただ見せないだけなのか。ミゼンの表情が、心が、読めない。
    「レ……」
     ゆらりと意識が揺れ、浮き上がる。
     伸ばしたはずの指先は何にも触れることができず、目を瞬いた時にあったものはソウルアクセスの前に見た光景だった。
     灼滅者たちは、学園の大津先生専用の病室にいた。
     一点だけ違うことがある。

     その影は、八つだ。
     

    作者:来野 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年9月27日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 26
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