彼女は淫魔と言うにはあまりにも足りなすぎた

    作者:西灰三


     ざざーん。
     シーズンなんかとっくに終わった海水浴場である。十・七(コールドハート・d22973)がここにいるのは、まあ本人にしかわかるまい。ただ別の存在も遠くにいた。
    「……だれも、いない」
     どうみてもあの角とあの羽は淫魔のものである。そして無駄に水着姿だ。
    「くしゅん!」
     あざといくしゃみをするものの、聞いてくれる男などどこにもいない、というか人がいない。七のことにも気付いていないんじゃないだろうか。
    「………」
     七は一応ダークネスの端くれっぽい淫魔を見定める。……戦闘力的には一応一般人は凌駕してるようだ。ただ一対一でも勝てるくらいの相手でもある。このダークネス同士の戦いが激化する昨今吹けば飛ぶような個体だ。
     そして淫魔としても足りない。淫魔と言うにはあまりにも平たすぎた。小さく、薄く、軽く、そしてなだらかだった。その上で知性も運もやっぱり足りてない。
     七は静かにため息を付く。とりあえず武蔵坂学園に連絡した。


    参加者
    ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)
    風真・和弥(風牙・d03497)
    椎葉・武流(ファイアフォージャー・d08137)
    メイニーヒルト・グラオグランツ(ブレイズサッカー・d12947)
    十・七(コールドハート・d22973)
    シエナ・デヴィアトレ(治療魔で露出狂な大食い娘・d33905)
    月影・木乃葉(人狼生まれ人育ち・d34599)
    藤林・手寅(無機質なポーカーフェイス・d36626)

    ■リプレイ


     秋の海と言うものは物悲しいものである。
     それは天候の変化ばかりに依るものではない。むしろその形のない空気の変化に人々がいとも簡単に影響を受けてしまい、季節の変化を誇張してしまうからだ。
     その空気の変化に乗り遅れた、あるいはそれも読めない淫魔が一人。白砂に足跡を付けていた。
    「あの……」
    「! はい!?」
     途方に暮れていた淫魔に声をかける人物が一人、メイニーヒルト・グラオグランツ(ブレイズサッカー・d12947)である。彼女の隣には椎葉・武流(ファイアフォージャー・d08137)もいた。
    「えっと、もしかして私にもてあそばれにきたひとたちですか!?」
    「違うよ?」
     メイニーヒルトとの会話を聞いて武流はとりあえず海の方を見た。かもめが寂しそうに飛んでいた。気を取り直して彼女に彼からも声をかける。
    「寒くないのか? この時期にそんなカッコで」
    「この時期の海は冷えるし、そんな恰好でいたら風邪を引くよ? ……良かったら僕のジャケットを」
    「……え? だってこの格好の方が男の人釣れるって……くしゅん」
    「ほら、寒いからくしゃみをするのではありませんこと?」
     いつのまにやら近づいていたシエナ・デヴィアトレ(治療魔で露出狂な大食い娘・d33905)が指摘し、とりあえず彼女に着ていた白衣を貸す。というか割りと見てて寒々しいし。ちなみにメイニーヒルトのは止められた。
    (「……ここまで色々ないんだ……」)
     月影・木乃葉(人狼生まれ人育ち・d34599)は彼女のこの数分にも満たないやり取りを見て少し心のなかにセンチメンタルな風が吹いた。と言うかちょっと気を引いただけで彼女の周りに既に灼滅者達が集まっていることを気づけていない。とりあえず彼は表情をにこやかなものに作った。
    「こんにちは~♪」
    「あ、はいこんにちは。……やっと人と会えた」
     淫魔はちょっとほっとしたような顔をした。
    「灼滅者だけど」
     十・七(コールドハート・d22973)がぼそっと言った。びくっと淫魔が身を縮こませる。当たり前と言えば当たり前である。
    「いえ、自分らは別にイカす淫魔のお嬢さんを灼滅しに来たわけじゃないっす」
    「そんな有望な胸を失わせるわけに来たわけではない」
     ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)がダメなフランス男風に腕を広げ、風真・和弥(風牙・d03497)は重々しく腕を組んでいる。言ってることは最低だけど。
    「とりあえず、自己紹介しましょうか。別に戦いに来たわけではないので」
    「そう、俺達は話し相手になりに来たんだ」
     藤林・手寅(無機質なポーカーフェイス・d36626)がそう言って話を切り出し武流がそう付け加える。こうしてちょっと珍しい淫魔を誘惑する依頼が始まった。


     ちょっと場所を変えて腰掛けられる階段のところまで来た一行。冷静に傍目に見れば、とても良くない雰囲気に見えなくもないがそれを指摘する人間はいないので無問題である。
     階段に腰掛ける淫魔に対してそれぞれに自己紹介していく灼滅者達。その流れで彼女も自らの名前を名乗る。
    「私の名前はナギサって言います。スリーサイズは……」
    「いえ、別に名前だけで良いわ」
     七の言葉にちょっとしゅんとなるナギサ。……とても謎なのだがこの場にいる女性陣は体の一部に共通点があるのは何故だろうか。
    「こういうお仕事初めてなんですが」
    「いや、そういう映像を取る話でもない……のか?」
     和弥は周りの仲間達を見回したが、その質問の意味を理解できた者はいないようである。いたらいたで、ちょっと教師に呼び出される案件でもあるけれど。
    「えっと……じゃあ、どんなご用なんでしょうか」
     おずおずとナギサは灼滅者達をうかがう。まあ、普通のダークネスにとってみれば割りと危険な状況である。そんな中で七が口を開く。
    「もう分かっているとは思うけれど。私達と戦っても勝ち目が無いくらいの力しかないわよね、貴女」
    「え、えっと、はい」
    「庇護してくれる相手がいないと、正直今後厳しいんじゃない? ……濁さずに言えば、小さな諍いに巻き込まれただけでも死ぬと思うわ」
     淡々と冷たい言葉を吐いていく七。手寅はその言葉が切れたところですっと意見を挟む。
    「ということで、アイドル淫魔達のいるラブリンプロダクションに行ってみませんか?」
    「つまり、スカウト……?」
    「そうですの、組織に属していないと、フリーだととても危ないですの」
     シエナは今まで戦場で見てきた、状況に振り回されて倒れていった淫魔の話をする。
    「シャボリーヌさん達の末路は悲惨すぎて見ていられなかったですの……」
     まあ、闇堕ち事件を多発させてた張本人を多数の灼滅者が見逃すはずはなかったわけで。シャボリーヌに比べれば、目の前のナギサの脅威度はごく小さいだろう。
    「そういった事も踏まえつつ、こちらの勧誘について考えて欲しいんだけど」


     一同は彼女の顔を覗き込み、ナギサもぼけっとした顔でそれを眺める。
    「それでどうっすか、ナギサの姉さん」
    「えっと~……」
     ギィの問に彼女は首を傾げる。やはり、もう少しばかり具体的な物があったほうが良いだろうと武流がタブレット端末を取り出す。
    「それは?」
    「ラブリンプロダクションの活動を撮ったものさ」
     画面の中ではアイドル淫魔達が歌って踊っている、それを指してギィは軽く解説する。
    「このラブリンプロダクションは、うちの武蔵坂学園のバックアップしてるとこっす。良ければナギサちゃんも一緒にどうっすか?」
     なんとなくいやらしい笑みを浮かべて彼は言う。
    「一人で砂浜にいるよりは、こっちの方が楽しそうだろ?」
     武流の隣から木乃葉が紅茶を差し出しながら言葉を挟む。
    「ナギサお姉ちゃんもアイドルしてみないです? 可愛いですしアイドルとかすごい似合いそうです!」
    「私が……アイドル……!」
     あ、なんか引っかかった。
    「アイドルになれば互いに切磋琢磨できる友達も出来ます」
    「お、王道ですね! テレビで見たことがあります!」
     手寅の言葉にナギサは深く納得した。こう、やっぱりちょっとこの子ダメなんじゃないだろうか。
    「だがそれが良い」
     和弥が目を見開いた。
    「そして足りないのにも需要がある。我、おっぱい無貴賤の境地に達せし者也!」
     真顔で何言っているんでしょうねこの人。また誰かさんに睨まれてるし。
    「やはり胸は……。うん」
     手寅は自分の胸元に視線を落とし、ナギサのと見比べる。大差はない。武流は意識的にメイニーヒルトから目を反らし、その彼女は何か言おうとして口をつぐんだ。
    「なんですの、このはかとない微妙な空気……」
     シエナはヴァグノからラブリンプロのグッズを受け取りながら呟いた。ほら、ちょっと体の一部に色々ある人が多いだけです。
    「……こほん」
     木乃葉はわざとらしい咳払いをした。顔がちと赤い。
    「もっとナギサさんみたいな可愛い人とお話がしたいです」
     あらかたの事を伝えてから七が締める。
    「これに答えれば貴女は安全、私達は余計な戦いをしなくていい。誰にとっても良い事しか無いでしょう? 無いわよね? 無いわ」
     さっと契約書を取り出し色々とナギサに迫る彼女。これでもまだ優しい方である。何故だろうね。
    「あの、一つ聞いていいですか?」


     目の前の力なき淫魔からの質問に灼滅者達は少し間を置く。
    「えと、私頭悪いから間違っているかもしれませんけど、この話断ったら死んじゃうんですよね。倒されちゃうのかな、たぶん」
     概ねここに集まっている灼滅者達は彼女を倒さずに済むように考えている。それでもナギサが断れば、どのような形であれ彼女は灼滅されるだろう。
    「あ、いえ。そのラブリンなんとかという所に行くのが嫌なわけじゃないんです。……なんでみなさん、そんなに私を助けようとしてくれるんですか?」
     それは選択肢の無い彼女からの疑問。それに真っ先に答えたのはシエナ。
    「わたしはダークネスと人は等しい存在だと思ってますわ。ですからここで貴女を倒すことは人を殺すことと同じと考えております」
     ある意味でそれは人としてもダークネスからもずれた見方と言っていいだろう。人はダークネスを認識することさえ怪しい、そしてダークネスは人を道具としか見ていない。ある意味でとても灼滅者らしい思考でもある。
    「まあ俺も似たようなものだな。あと無意味に女の子を殴る趣味も無いからねえ」
     少し真面目な顔で和弥は言う。彼らの意見とは別の答えを木乃葉は述べる。
    「ボクは一般人が傷つくのは嫌いです。でもダークネスと仲良く共存できるならそっちの方が良いと考えています」
    「確かに俺達灼滅者は人間に危害を及ぼす淫魔達も灼滅してきた。けど、出来るなら共存したいとも考えてる」
     武流は木乃葉の言葉に頷く。手寅は自分の胸元を見て呟くように答える。
    「親近感、というより同類なんだと思います。だからかな」
    「さっきも言ったけれど私はどちらでも構わないわ。ただ少しだけ違うみたいだから機会を与えてあげるだけ」
     七は淡々と言い切る。それでもわざわざ準備をしている辺り温情はあるのだろう。さて、こんな割りと真面目な流れの話の中、空気読まない男が一人。
    「自分? 自分は彼女を連れ帰って恋人にしたいっす」
     真顔でギィは言い放った。とりあえず君は自分の感情欄とか画像一覧とか省みるべきではなかろうか。
    「というわけで、学園なら、灼滅者相手に恋愛っぽい関係を作ったりもできるっす。お試しで、自分とちょっとひと夏のアバンチュールしてみやせんか? とりあえずその岩陰あたりで……」
    「ちょっと待った! その役目俺に任せてもらおうか!」
     ここで和弥が静止をかける。2人の間に弾ける火花。お互いに約得をかけて突如良くわからない戦いが発生した。
    「……これは籠絡に、なるのかなあ……」
     手寅は醜い争いを前に頭を抱える。男の欲望って酷いね。
    「私のために争ってくれる人がいる……!」
     おいナギサが変な趣味に目覚めたぞ。どうしてくれる。
    「面倒になる前に早くここに名前書いて。細かいことは後で確認すればいいから、早く」
     この良くわからない勢いに乗って七がナギサを急かす。果たしてあっさりと彼女はサインを書く。
    「それじゃ一緒にお話しながら帰りましょう!」
    「ナギサちゃんなら、凄く人気出ると思うよ?」
     木乃葉が手を引いてメイニーヒルトが声を話しながら歩いて行く。その途中で彼女がナギサに渡した一葉。
    「cogito ergo sum.だよ」
     我思う故に我あり。そしてタロットの死神はこれまでの終わり、新しい始まり。メイニーヒルトはふっと微笑んだ。

    作者:西灰三 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年10月4日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 5
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