「ちぃ、ちぃっ!!」
少年は――悟は力の限り叫んだ。
ちぃ、千里。
彼の妹の名だ。さっきまで一緒だったのに、ほんの一瞬目を離した隙にいなくなってしまった。
「僕が……僕が、こんなところ連れてこなければ……」
近所の工事現場に住み着いた猫の親子は同級生の間で人気者だった。私も見たい、とまだ小学校にあがったばかりの千里が駄々をこねるものだから根負けした悟は親には内緒で妹と一緒に工事現場を訪れたのだ。
けれど、猫はいなくて――探しているうちに千里とはぐれてしまった。
「もしかして……ここに落ちたのかな」
悟は地面の裂け目を見つけて、ごくりと喉を鳴らした。子供ならちょうど入れるくらいの、溝のような穴だ。彼は祈るような気持ちでそっと足からその裂け目に入っていった。
「みんな、集まってくれてありがとう」
須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)はお決まりの挨拶を交わした後、本題に入る。
「北関東の街中に流れついたネズミバルカンの討伐をお願いしたいんだ。工事現場の地下に潜り込んでるみたいなんだけど、実はね、子供が2人迷い込んじゃってるの。早く助けてあげないと……」
まりんは敢えて言葉を飲み込んだ。
はぐれ眷属はまともな知性など持たない。ただ、目の前の獲物に食らいつくだけ――、だ。
子供達が地下に入り込んだ場所はアスファルトに刻まれた僅かな隙間である。小学一年生の女の子と、小学四年生の男子。兄妹らしい。
「二人に追いついて助けるにはここから入るしかない、けど大きな隙間じゃないから小学生の子か小柄な女の子くらいしか無理だと思う。他の皆は別の場所から地下にもぐって! 基礎工事中の建物北側に地下通路用の横穴があるから、そっちからなら誰でも入れるはずだよ」
一色・リュリュ(高校生ダンピール・dn0032)はこくこくと頷きながらメモを記していった。アスファルトの裂け目と建物側の横穴は直線にして百メートルほど。地下は駐車場を作る予定らしく、正方形の空間が広がっている。
ネズミバルカンは中に置きっ放しの重機や壁の横穴などに隠れているようだ。数は全部で十。いずれも見た目から連想されるような遠距離攻撃を得意とするが、二体のみ強化された特殊個体らしく近接攻撃も仕掛けてくる。
「一体ずつはそれほど強くない、けど徒党を組んで襲ってくるからやっかいかもしれないね。二、三体で固まって狙い撃ってくるよ」
まりんはそう言い結んで、その場に集まった灼滅者たちを見渡した。
「よろしくお願いね。二人ともを助けるのは難しいかもしれないけど、皆ならきっと大丈夫だって信じてるから! だから、いってらっしゃい」
参加者 | |
---|---|
紫月・灯夜(煉獄の殺人鬼・d00666) |
長谷川・邦彦(魔剣の管理者・d01287) |
坂守・珠緒(紅燐の桜守・d01979) |
龍崎・ビリー(ビリー・ザ・ドラゴン・d04632) |
四津辺・捨六(黒の影・d05578) |
響乃・アリア(空色の魔法・d05702) |
時宮・霧栖(殺陣乱舞・d08756) |
初風・まい(あわき夢の国・d09670) |
●地下へ
(「迷いこんだ兄妹は運が無かったな……」)
ざっくりと開いたアスファルトの裂け目はまるでうっすらと開いた『眼』のようにも見える。紫月・灯夜(煉獄の殺人鬼・d00666)は小型の携帯ライトの電源を入れながら穴の下に体を滑り込ませた。
明かりはひとつだけではなく、坂守・珠緒(紅燐の桜守・d01979)の腰でも蛍光灯の白っぽい光が揺れている。
「う、狭い……」
腕や太腿が土と擦れ、悲鳴をあげるかのようだ。犬変身した四津辺・捨六(黒の影・d05578)は身軽にも斜面を駆け下り、着地と同時に人の姿に戻る。
「きゃっ」
暗がりの向こうで小さな悲鳴がした。
「しっ」
すかさず、一緒に降りてきていた響乃・アリア(空色の魔法・d05702)が唇の前に人差し指を立てる。探すまでもなく近くにいるようだ。灯夜の掲げた明かりが二人の兄妹が寄り添う姿を照らし出した。
「大丈夫? きっと無事に帰してあげるから、もう少し頑張……」
言いかけて、アリアははっと顔をあげた。
「危ない!」
彼らの背後から黒い影が迫ろうとしている。すぐさまディフェンダーを選択した灯夜と珠緒が身を盾にして二人を守った。
「もう大丈夫だからね。おねーちゃんたちと一緒なら怖いことないから、一緒にここから出ようね♪」
目線を合わせ、にっこりと微笑んだ珠緒はすでにカードを手にしている。
「暁に熾きろ」
解除の言葉で炎が生まれ、
「宵に輝け」
続けて紡がれた言葉そのままに、闇を塗り替える朱金の輝きが篭手と化して漆黒の小太刀を鞘から引き抜いた。
「急げ」
ここは任せろ、という意味を込めて灯夜は結界糸を張り巡らせる。数体のネズミバルカンがそれに引っかかった。だが、全てとはいかない。
「さて、凡人なりに頑張ってみるか」
だが、こちらにはもう一人がいた。それまで仲間の影に隠れるように気配を殺していた捨六は即座に自らの影を武器としてネズミバルカンへの攻撃を開始した。
「ちっ、始まっちまってる」
長谷川・邦彦(魔剣の管理者・d01287)の横顔に僅かな焦りが浮かんだ。アスファルトの裂け目から北に回り込んだ場所に、その横穴はぽっかりと穿たれている。戦闘音はその奥から聞こえてくるのだった。
「ふふ、六六六人衆ほどじゃないけど、この子達なら腕試しにはもってこい、だよね」
唇の端に刻む笑みは愉悦か自嘲か。底を見せない瞳で、時宮・霧栖(殺陣乱舞・d08756)は横穴の内を駆けながら呟いた。
「Death is the dearest neighbor for us.」
それは解放の言葉。
力と、霧栖の本質をさらけ出すキーワード。
初風・まい(あわき夢の国・d09670)のカンテラと邦彦のヘッドライトがあるため、明かりには困らない。
「一色さんは敵に構わず、子供たちの保護を。坂守さんや響乃さんが連れてきてくれるはずですので」
「oui」
一色・リュリュ(高校生ダンピール・dn0032)は短く、けれどはっきりと頷いた。すぐに視界が開け、広い地下空間が姿を現す。子供二人を庇いながら移動を始めていた少女たちは射線をくぐり抜け、もうそこまで迫っていた。
●灰色の物語
こわいこわいこわいこわい――……。
悟は千里をしっかりと抱きしめながら、懸命に走った。手のひらの熱で握り締めた飴玉が溶けてゆく。『お姉ちゃんは正義の魔法使いなんだよ』悪戯っぽく笑ってそれこそアニメのように可憐な姿に変身してみせた少女は、自分と千里を別の少女に預けて戦いの中に舞い戻っていった――。
「ったく、しつこいはぐれどもだな」
「回復は任せてください。後ろは振り返らず、前へ!」
織緒の張り巡らせた結界符が、自らを盾に擲つ密その人が眷属の追撃を断ち退避を助ける。背中の傷は文らが癒し、威司の牽制射撃が眷属の足元で弾けた。他にも幾人かの援護があり、救出は問題なく行われた。
「これで、思う存分戦えますね」
リュリュ達に連れられた兄妹が穴の向こう側に消えるのを見送って、正義の魔法使いことアリアは微笑んだ。
眼前には凶悪な眷属の群れ。
既に半分を落としたが、未だボス級を含む五体が現存する。
「サポートするわ。どうぞご存分に、力をお振るいになって」
地下を満たす、ソプラノの歌声――まいのエンジェリックボイスが美しい旋律を紡ぎ上げた。「すみません」と謝辞した邦彦は体から生やしたバルカンを鈍器として使用するネズミバルカンの巨体を刀で切り結び、押し返す。
「ここから先は一歩も通しません」
「同じく。――疾く逆巻きて―闇を薙げ」
ボス級は2体。
もう一方に張り付いた珠緒は篭手と同色に輝く刀に炎を載せて、敵の抑えに奮迅した。その間に龍崎・ビリー(ビリー・ザ・ドラゴン・d04632)は居合い斬りを発動、日本刀の一閃によって深手を負った眷属は「キキッ」と鳴いて後ずさる。
「悪いが、駆除させてもらうぞ」
狙い済まされた捨六のデッドブラスターが漆黒の弾丸となって眷属を射抜き、この世から消し去った。
「主である魔王の命により、幼女は絶対に助けなければならない……いや、もちろん言われなくとも戦うけどね」
ちら、と捨六は意味ありげな視線を穴の奥にやりつつ次の弾丸を生み出した。敵の足止めに尽力していた灯夜は仲間と合流できた時点で戦法を切り替えている。
即ち、ヒットアンドウェイを利用した本格的な戦闘へと――。
「二人とも助けられたのか、それは重畳だな」
「当たり前でしょ。っと、残念! ハズレだよーん」
紙一重で射撃を避けた霧栖は、にや、と笑って弄ぶように龍すら砕くという所以の斧を振り回した。
(「囮なんて暗殺者らしくないんだけど、ね……」)
悪い気分でもないのが不思議だ。
龍骨斬の余韻も冷めやらぬうちに、くるり、と可憐に振られたアリアのロッドから放たれた魔弾が流星となって7体目の眷属を滅ぼした。
「あと少しですね」
「うん。ちょっと厄介なのが残ってるけど」
アリアと珠緒はちらりと視線を組み合わせ、頷いた。戦場は常にまいの歌声に満たされている。着飾り、類まれな歌声を披露するまいの姿はさながら戦場に咲いた一輪の花。
(「何処でだって歌えるわ。例え其処が戦場であっても」)
呼び寄せる風は特に、ボス級を牽制する邦彦たちにとってはありがたい。
「これで――……!」
ラスト。
小さな体に似合わない目つきで敵を見据え、灯夜は8体目の眷属に止めをさした。手段は最も火力の高い魔弾――マジックミサイルだ。
「今だ突っ込め! 俺が合わせる!」
捨六は敢えて一手を捨て、ポジションを変更。その間にアリアと霧栖は照準を合わせる。
「では、まずは……」
「珠緒ちゃんが抑えてる方? りょーかーい」
レーヴァテインの炎と輝ける魔弾がまずは1体目のボス目がけ、放たれた。着弾を邪魔しないように珠緒はタイミングを合わせて敵から離れる。機を見たまいはその時、歌声を切り替えた。たった一瞬でそれは癒しではなく眠りに誘う攻性の旋律と化す。
「私のアリアは安くなくてよ? 覚悟して頂戴」
可憐な姿とは裏腹な宣戦布告通り、眠りに陥った眷属は足並みを崩された。その目が開く寄り前に珠緒の日本刀、【熾神楽】が上段から振り下ろされる。
――炎爆。
斜め後ろから聞こえた爆音に邦彦は唇の端をあげた。
「どうやら、お仲間は全て倒されたようですよ」
鋭い叫びで気合を入れると同時に、傷を塞いでしまう。足りない分はアリアがシールドリングを飛ばした。おかげでなんとか、持ちこたえることができた。
「お命頂戴します」
「ここからが正念場だ、一気に畳み掛ける!」
復帰した捨六の放つ、斬影刃。実体のない影が刃の形をとって眷属を切る、裂く、穿つ――!
「お願いします!」
叫んだ時にはもう、霧栖は敵の背後に回り込んでいた。
「コッチ向いてくれなきゃ、ダ、メ☆」
けれど振り返るより早く、炎が眷属の全身を包み込む。
ふっとまいが息継ぎのために唇を開いた。アリアと入れ替わりで癒しの歌を口ずさむ。そして、戦線に舞い降りたアリアの戦女神たる歌声が一層気高く響き渡った。
「ギッ……!!」
眷属が鳴いた。
悲鳴ですらない、断末魔の呻き。
「ありがとう、楽しかったよ。じゃあ、バイバイ」
影が、闇の弾丸が、煉獄の炎が――その身を葬りさるためだけに全力をもって灰色の体を蹂躙した。
「んー、いないねぇ」
夕闇の中、珠緒は遠くを見透かすように目をすがめた。だがいくら探しても猫の姿はない。悟も千里も残念そうにしていたが、やがて自分たちの方から口を開いた。
「ありがとう。でも、もういいよ。早く帰らないとお母さんに怒られちゃうし……」
「ああ、そうだな。それにこの場所は危ない。猫を見たいからといって近寄るのは今日で終わりにした方がいい」
邦彦が言い聞かせると、二人は「うん」と素直に頷いた。
「そう落ち込むな。君は妹のために頑張ったいい兄貴じゃないか」
「ほんと?」
肩を落とす悟を励ますように、捨六は力強く彼の背を叩く。悟は男同士通じ合うものを感じたのか、元気を取り戻した様子で家に帰っていった。
「猫の親子、もしかしたらあの眷属たちに……」
彼らが影すら見えなくなったころ、アリアは顎に手をあてて小さく呟いた。聞けば、猫の姿を見たのはあの裂け目の近くだったというのだ。だから今日に限って猫たちは現れなかったと考えれば辻褄は合う。
「ダークネスが跳梁する限り、こんなことが繰り返されるのかしら」
寂しく揺れるねこじゃらしの先を見つめて、まいが言った。ピントの合わない背景では、霧栖がリュリュにちょっかいを出している。
「うわぁ……ちょっと寒いなぁ……リュリュちゃーん、あーたたーめてー☆」
「えっ、あの、どうすればよろしいでしょうか? 気が利かなくてすみません。暖かいもの、何も持っておらず……」
「いいのいいの、こうするから」
缶コーヒー片手に霧栖はリュリュをもふもふして遊んでいる。大人しくもふられつつ、リュリュは「暖かいですか?」と健気に尋ねた。
確かに十月も終わりに近づくと、日暮れの後は肌寒い。誰かが「帰ろう」と水を向けた。長い影が並んで工場跡を去った跡で、闇の帳が静かに閉じる。
作者:麻人 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2012年10月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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