夕闇のトレイン・ループ

    作者:雪月花

     かたたん、という定期的な揺れで感じ取る。
     ――ああ、私は電車に乗っているんだった。
     赤い夕焼けが、車内とシートに座った自分の背中を照らしている。
     くるみは周囲を見回してほっとした反面、憂鬱な気分で鞄をぎゅっと抱きしめた。
     小学六年生の彼女が、いつも通り塾へ行く為に乗る電車。
     こうして座席で黙って揺られていると、えもいわれぬ不安が圧し掛かってくる。
     両親は彼女の将来を思って、進学で有名な私立中学校に入れさせようと熱心だった。
     くるみもその期待に応えて頑張っていたけれど、学期が進む毎に上位の人達に付いていけなくなって……この前のテストは散々で。
     もっと頑張らなきゃと思う反面、前を進む子達を必死で追い掛けるのは辛かった。
     このまま駅に着かなければいいのに。
     カンカンカンカン……。
     踏み切りの音がドップラー現象を伴って右から左へ流れていくのに合わせて、そんな気持ちが過ぎっていった。
     と、ガラリと戸が開かれ、隣の車両から顔色の悪い大人達が雪崩れ込んでくる。
    「ひっ……せ、先生?」
     驚いてまじまじ見れば、それはくるみの知っている人達ばかりだった。
     学校や塾の先生、近所のおばさんや親戚の人達、そして両親。
     彼らは一様に、その手に持った紙を突きつけてきた。
     思わしくない点数の答案用紙――勿論くるみのものだ。
    「勉強……勉強し……」
    「逃げるな……」
     押し寄せてくる大人達に少女は青褪め、車両の端に追い詰められてうずくまった。
    「い、いやっ……」
     周囲に助けを求めようとしても、他の乗客はゾンビもどきもくるみも見えていないかのように知らん顔だ。
    「努力が足りない……」
    「もっと勉強……」
     大人達は口々に責め続ける。
    「……けて、誰か助けて!」

     かたたん、という揺れではっと顔を上げた。
     赤い夕焼けが、車内とシートに座った自分の背中を照らしている。
     ――ああ、私は電車に乗っているんだった。
     いつもの、塾へ行く為の電車に。
     疲れてうたた寝してしまったのか、悪い夢を見ていたようだ。
     くるみは周囲を見回してほっとした反面、憂鬱な気分で鞄を……。
     
    「悪い夢から覚めた筈なのに、そこもまた悪夢の中……」
     何処か歌うように呟いて、五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は目の前の灼滅者達を見る。
     悪夢の中で塾へ向かう電車に乗り続けているくるみという少女は、現実では数日前に突然倒れ、意識不明のままだという。
     医師にも原因が分からず、受験勉強に対するストレスやプレッシャーのせいではないかと、両親は期待を掛けすぎてしまった自分達を責めながら娘の回復を待っている。
    「人の精神世界(ソウルボード)に巣食い、悪夢で踏み荒らしていくダークネス・シャドウ。くるみさんの心は、そのシャドウに囚われてしまっています」
     灼滅者達はこれから、シャドウを追い出す為にくるみが見せられている悪夢の中に向かうのだ。
     くるみが眠っているのは都心にあるとある病院の一室。
     看病に疲れた母親が枕元で居眠りしているが、灼滅者達なら忍び込むのは難しくない。
    「悪夢の舞台は、電車の車両内です。アクセスすれば、くるみさんと同じ最後尾の車両に乗ることが出来るでしょう」
     まずは居合わせた乗客として静観し、くるみの周囲の大人を模したゾンビ達が現れたらそれらから彼女を守る。
     方法は物理的に押し返してもいいし、助けようとする行為だけでもくるみの心に光を差すことが出来るかも知れない。
    「ゾンビもどきは倒すことは出来ませんが、とにかくシャドウが皆さんの存在が自分の楽しみの邪魔だと思って姿を現してくれれば、この段階はクリアです」
     ゾンビ達は消滅し、スペードの印を持ったシャドウが黒い人間のような姿をした手下を引き連れ現れるという。
    「このシャドウは、シャドウハンターに似た効果のサイキックを使い、鋭い手足に龍砕斧のような力を秘めている、攻撃に特化したタイプみたいです」
     手下の方は5体。影技がそのまま人の形を取っているようなものをイメージすると、分かり易いかも知れない。
     シャドウは敗北を察すれば撤退していくが、ひとつ注意しなければならないことがある。
    「あまり挑発しすぎて怒らせてしまうと、現実の世界に現れて皆さんを手に掛けようとしてくるでしょう。現実世界でのシャドウの力は絶大で、とても敵う相手ではありません」
     それに、と姫子は少し眉を下げた。
    「眠っているくるみさんとお母さんも巻き込んでしまいますから、出来るだけソウルボードの中での決着を目指して下さいね」
     延々と続くループに、くるみの心は相当参っていることだろう。
    「ソウルボードからシャドウを排除しなければ、近い将来彼女の心は壊れてしまい、いずれは命も落とすことになります。そうなってしまう前に、どうかくるみさんを助けて差し上げて下さい」
     姫子は真摯な眼差しで、灼滅者達にそう願うのだった。


    参加者
    水綴・梢(銀髪銀糸の殺人鬼・d01607)
    アシュ・ウィズダムボール(潜撃の魔弾・d01681)
    不知火・隼人(フォイアロートファルケン・d02291)
    逆霧・夜兎(深闇・d02876)
    三条・美潮(高校生サウンドソルジャー・d03943)
    釣鐘・まり(春暁のキャロル・d06161)
    シュテラ・クリューガー(星を撃つ・d09156)
    有馬・由乃(歌詠・d09414)

    ■リプレイ

    ●赤い光の差す夢へ
     窓から差し込む光が次第に色を帯びてきて、何処か寂しさを感じる。
     一般の面会時間も終わりに近いせいか、並ぶ病室に面した廊下は静かだ。
     遠くでパタパタと足早に歩いていく音が聞こえたけれど、こちらに来る気配はない。
     お見舞いの振りや忍び込むなどして、ある病室の前に辿り着いた灼滅者達は誰も来ないうちに、そっと開いた扉を潜った。
     そこそこ裕福な家なのか、くるみの病室は個室だ。
     清潔な白い部屋のベッドの上で、彼女は昏々と眠っていた。
     掛け布団から出た腕には点滴の跡。その手を握ったまま、枕元で居眠りをしている女性がいる。
     女性――くるみの母親の少しやつれた雰囲気の顔をじっと眺め、アシュ・ウィズダムボール(潜撃の魔弾・d01681)は視線を少女の方へと向ける。
     まだ小学生なのに頑張り屋な娘と、自分達に気付かず眠り続けているくらい、看病に根を詰めていたらしい母。
    (「……実は似たもの同士?」)
     思わずそんな感想を持ってしまう。
    (「周りの期待が大きすぎてプレッシャーに押しつぶされそうになってるところ、シャドウに付け込まれたってことか……」)
     少しの間、アシュと同じくシャドウハンターの逆霧・夜兎(深闇・d02876)はくるみのあどけない、けれどあまり血色のよくない寝顔を眺めていた。
     静かに上下する薄い胸は、このままではいずれ止まってしまう。
     その前に。
     アシュは母親を起こさないよう、そっとくるみの額に手を伸ばした――

     かたたん、かたたん。
     ソウルアクセスで入り込んだ、そこは赤い夕日の光差す電車の中。
     ドアの横に立つ水綴・梢(銀髪銀糸の殺人鬼・d01607)が周囲を見回すと、車両内には点々と仲間達の姿があった。
     シートに座っていたり、外を向く姿勢で立っていたり、それぞれが乗客としての役割を持っているように。
     釣鐘・まり(春暁のキャロル・d06161)は梢と挟むように立っているシートの真ん中に座る、くるみをちらりと見遣った。
     ループから戻ってきたばかりなのか、驚いたような表情できょろきょろしている少女にそそくさと窓の外へと視線を戻す。
     黒く陰った街並みの向こうで、夕日と空の天幕が溶け合って、不思議な色合いを生み出している。
     その景色を背に、ひとり揺られる電車の中……何処か胸の奥の寂しさにちりちりと触れるようで、まりはくるみの不安や恐れを理解出来る気がした。
    (「無限ループって怖くね?」)
     何度この状態を繰り返しているのか……シュテラ・クリューガー(星を撃つ・d09156)は、ほっとした後俯いて鞄を抱き締める少女の姿を忍び見た。
    (「上手くいかねーこととの付き合い方なんて、ナカナカ身につくもんじゃねーすよね」)
     自分も失敗が多いから、その気持ちは分からなくもないと三条・美潮(高校生サウンドソルジャー・d03943)は口端を緩める。
     周囲からの期待の重さや、思うように結果が出ないことへの焦り。
     それらは伝統を守る厳格な両親の許で育った有馬・由乃(歌詠・d09414)も経験していたことだった。
    (「でも、くるみさんにはくるみさんを心から心配してくれるご両親がいる……」)
     窓の外の、飛び去っていく景色を青い瞳に映しながら、こんな悪夢は一刻も早く終わらせなければと強く思う。
     赤いミラーシェードを掛けた学生服姿の不知火・隼人(フォイアロートファルケン・d02291)が、車両を繋ぐ扉に目を配る。
     その向こうには、まるで時を待つかのようにひしめく人影があった。

    ●踏み切り超えて
     前方で鳴っていた踏切の音が、ゆっくり低くなったかと思うと一瞬で後方に吹き飛んでいった。
     いよいよか、と灼滅者達が密かに構える中、バンと扉が開き、テスト用紙を突きつけながらゾンビもどきがゾロゾロと入ってくる。
     顔色を変えて後退ったくるみと、彼女を責め立てながら詰め掛けてくるゾンビもどき達の間に、灼滅者達が滑り込んだ。
     くるみを囲むようにしてゾンビもどき相手に手足を突っ張ると、その進行が緩まる。
    (「一応、くるみちゃんの親とかと同じ顔すからねぇ」)
     肩を並べて両腕を突き出した美潮は、物凄い形相のゾンビもどきを眺めながら思う。
     病室で眠っていた母親の顔とは全然違うけれど、やっぱりあまり手荒なことはしたくない。
     状況を飲み込めないまま皆の背を見ていたくるみの両耳が、ふわっと柔らかな感触で包まれた。
     たおやかな手が、少女の頭を抱いている。
    『あなたに足りないものなんてない』
     吃驚して手と頭に響いてきた声の主を見遣る少女に、まりはちょっと気弱そうな、優しい微笑みを浮かべて見せた。
    『皆の期待に応えたくて必死に頑張ってる、健気で、とても優しい子』
    「辛くても誰にも言わずに独りで抱えてたんだよ、ね。
     もう大丈夫。
     ご両親も、あなたの笑顔が何よりの宝物だって思い出したから」
     途中から手を離して、接触テレパスではなく直接告げる。
    「今まで、よく頑張りましたね」
     側にいた由乃も、安堵を誘うような笑みを浮かべている。
     くるみは何が起きたのか飲み込み切れずに目をぱちくりさせたものの、青褪めていた顔に赤みが戻ってきていた。
     彼女を更に安心させるように、振り返った隼人も言葉を投げる。
    「大丈夫だ、助けに来たぜ……悪夢はここで終わりだ」
    「お母さんを見てきたよ。君の看病疲れで寝てた」
    「えっ……」
     肩越しに告げるアシュを、弾かれたように見るくるみ。
    「ああ、ずっと君の傍に付き添ってるぞ」
     夜兎が現実のくるみが病室で母の看病の許眠っていることを話すと、幼いくるみも漸く合点がいったようだった。
    「わたしたちは君を助けにきたのだ。ご両親は君を心底案じている、共に戻ろう」
    「私……ここから出られるの? パパとママに会いたい……」
     返ってきた言葉に、シュテラは満足そうに頷いた。
     アシュの怪力無双のお陰もあって、サイキックを使うまでもなくゾンビもどきは前方に押し戻されていた。
     一部は壁と仲間に挟まれて苦しそうな声を漏らしている。
     と、その呻きに混じるようにグワッグワッと奇妙な音が響いた。
     くるみにどう話し掛ければいいか分からない分、敵に意識を注いでいた梢はすぐにそれが何か察した。
    「……来るわ!」
     殺気を微かに滲ませた彼女の声に前方にいた皆が飛び退くと、直後にゾンビもどきの頭上の空間がぐにゃりと歪んだ。
     歪みに巻き込まれて消えていく彼らと入れ替わりに、歪みの奥にある闇から奇妙な影が4つの人影を引き連れてやって来た。
     ぶよぶよとした巨体にスペードの模様を浮かばせ、昆虫のような足で歩くシャドウ。
    「ようやく、ご登場か?」
     右側だけ長い襟足を揺らし、夜兎は挑発的な笑みを浮かべる。
    「さぁて……悪いが邪魔させて貰うぜ、シャドウさんよぉ!」
     ミラーシェードを取ってポケットにしまい、一歩踏み出した隼人はニッと笑ってスレイヤーカードを取り出した。
     一瞬にして、深紅の衣装が彼の身を包み込む。
     耳朶に光る天然石のピアスに触れ、持ち主だった兄を想うと由乃の心は和らいでいく。
    「今を春べと咲くやこの花」
     歌うように口ずさみながら、カードを掲げた。
     まだ武装していなかった者も、共に殲術道具を纏う。
    「シャドウと戦うのは初めてだな……興味深い」
     眇めた目に好奇心の光を煌かせながら、シュテラはその姿や動作を眺めながらジャマーに移る。
    『鼠が紛れ込んだと思ったら……フン、面白い』
     斧状になった前足を掲げ、奇妙な仮面がグワッグワッと笑った。
     そして、巨体に似合わぬ高速移動で前衛陣に突っ込み、思いっきり刃を振るい出す。

    ●巣食うモノと救う者の戦い
     シャドウの蹂躙を追うように、4つの影が動き出した。
     影達の攻撃はどれも追加効果が厭らしい。
     梢と夜兎が鋼糸を手繰って糸の結界を張り巡らせていく間に、美潮は怒りを情熱に変えてバトルオーラを操り、影達に一斉に攻撃を仕掛ける。
    「オラァ! これでも喰らいなっ」
     隼人のシールドバッシュが、最初に集中攻撃を行う影の指針となった。
     彼はその後も、影達に怒りを与えて自らに注目するよう仕向ける。
    「ハートを踏みにじる者は俺が絶対許さない……!」
     シャドウを睨み据え、アシュは胸にハートの印を浮かばせる。
     自らの心を闇へと傾けながらの威嚇にも、シャドウは仮面の表情の如く何処か愉快げだ。
     由乃とシュテラが共に隼人と美潮、2人のディフェンダーに防護符を施す。
     目の前には頼もしい仲間達、背後に感じる小さな存在。
     自分まで不安に呑まれてしまいそうな悪い夢の中でも、
    (「大丈夫、戦える」)
     まりはサイキックソードと愛用のバスターライフルを手に、狙い澄ました死角への道を駆ける。
     斬撃と共に、影の一部が裂けた。
     怒り状態の影達は、やはり隼人を狙ってくることが多い。
    「掛かってきな、こんなもんじゃ俺は倒れねぇ!」
     不敵な笑みを浮かべて親指で自分を指しながら、隼人はWOKシールドの力で自らを癒した。
     シャドウの方はといえば、攻撃も対象も気紛れだ。
     その気になれば、恐らく手下も使った集中攻撃でこちらのひとりくらいそう手間を掛けずとも落とせようものなのに。
    「こいつ……オレ達で遊んでるのか」
     戦いにスリルを求める夜兎は、相手の動きを眺めながらあまり面白くなさそうだ。
     影からの攻撃をかわし、彼の足元から影業が反撃する。
     双方バッドステータスだらけになりながらの戦い。
    「風よ……」
     由乃が起こした優しい風が、身を蝕む痛みや実体を持つ幻覚を拭い去っていく。
    「踏ん張ってくれたまえ、まだ脅威は眼前にある」
     更にシュテラがシールドリングや防護符をダメージの大きい仲間に施していった。
     回復担当でなくとも手立てを持っていた者も多くすぐに対処をし易かったこと、夜兎のナノナノも「ナノナノ~」と鳴きながら頑張って回復してくれるのもあって、考えていた回復重視のポジション変更は行わなくても乗り切れそうだった。
     蓄積されたダメージとバッドステータスで消耗した影の1体は、相手にとっては予想外の方向からの斬撃で切り伏せられた。
     黒死斬を放った美潮の背で、バトルオーラが輝いている。
    「ふん、わたしの本分は射撃なのだがね……役目は役目だ、割り切ってやってやろうじゃないか!」
     シュテラが放ったリングスラッシャーが7つに分裂し、一斉に影達を襲う。
     その衝撃が、影に掛かっていたバッドステータスをより深刻なものにさせ、同時に2体が消滅する。
     更にまりがティアーズリッパーで残りの1体を切り裂いてしまうと、後はシャドウのみだ。
     勢いをつけた梢の脚に、影が宿る。
    「私の姿をトラウマにしてお帰り願おうかしら?」
     漲る殺気と共に突き出された爪先が、鋭くシャドウを捉えた。
    『クク……やるな』
     笑いに震える声が少し拉げたのは、奴に取り憑いたトラウマのせいだろうか?
     そして、怒りとトラウマに溢れた戦いに終わりが訪れる。
     これ以上サイキックエナジーを消費したくないと考えたか、シャドウは自らを取り巻く空間を歪めた。
    「待て、クソシャドウ!」
     思わず悪態をつきながら、シュテラが放ったセブンスハイロウ……だが、分裂したリングスラッシャーはシャドウを飲み込んで解けていく歪みをすり抜けた。
     灼滅とまではいかなかったが、シャドウは去りくるみのソウルボードは守られたのだ。

    ●悪夢の終わり、明日の始まり
     電車は定期的な音と揺れが聞こえる空間に戻っていた。
     他の乗客らしきもいつの間にかいなくなり、この車両に乗っているのは灼滅者達とくるみだけだ。
    「勉強も、疲れたら休むのが一番。お母さんに相談しなよ。きっと伝わるから」
     少女と目線を合わせたアシュの言葉に、由乃も頷く。
    「くるみさんの素直な気持ち、ご両親に伝えてもいいと思いますよ。貴女のご両親ならきっと分かってくれます」
     沢山の選択肢がある、そう言われてくるみは嬉しいのか恥ずかしいのかほんのり頬を赤くした。
    「両親が一番望んでるのは君の笑顔だろ?」
     夜兎に言われ、くるみは「そう、かな?」とはにかむ。
    「学問のコツは楽しむことだ。根を詰めるとかえって失敗するものだよ」
     とシュテラのアドバイスを真面目に聞いたり。
    「キミはいい子スから、親と話し合ってズレねぇ様にすりゃ大丈夫すよ。会話がなくなるとズレんのは親もッスから、そういう意味でも必要すよね」
    「ズレ、ですか」
    「ま、ぼちぼち行きやしょ、大丈夫っすよ、うん」
     美潮の笑顔に釣られて、くるみもにこっと小さく笑みを浮かべた。
    「ほぐれた?」
     にこにこ笑っている彼に少女がはにかんでいると、電車がゆっくりと速度を落として停まる。
     窓の外の景色は何処かの駅のようだけれど、一拍置いて開いた扉からは朝日のような光が溢れ出した。
     眩しそうにそれを眺めているくるみに、梢はクリーニングを掛ける。
    「ん、まあ、もっと気楽に、ね?」
    「ありがとう」
     なにやら照れ臭そうな様子の梢ににこっと笑い、少女は鞄を手に光の中へと飛び込んでいった。
     言えなかった言葉もあるけれど、いつかきっとそれが必要な時もくるから。
     まりは小さな背が薄れていくのを見送る。
    (「辛いなら泣いていいんだって伝えられた、かな。傍に支えてくれる人がいる、よ」)
     やがて、彼らの視界も白く霞んで――

     景色は打って変わって、目には病室の風景が飛び込んでくる。
     無事に自分の肉体に戻って来られたことに安堵していると、ベッドで横たわっていたくるみが小さく身動ぎして、ゆっくり瞼を開いた。
     何処かぽうっとした目で傍で眠っている母親の顔を見て、そして灼滅者達の姿に気付いた彼女は起き上がろうとする。
    「急に起きると、身体がびっくりしちゃいますよ」
     まりの優しく密やかな声に、くるみはもたげていた頭を枕に戻す。
     現実にはたいした時間は経っていないようだけれど、他の人々に気付かれないうちにと灼滅者達は病室の扉に向かった。
     くるみを振り返ったり、小さく手を振ったりしながら。
    「……あ」
     起き抜けの掠れた声を上げ、扉の向こうに消えていく彼らの姿を見ているくるみの横で、もぞりと母親が動いた。
     自分が居眠りしていたことに気付いて、彼女はぴょんと椅子の上で跳ねるように姿勢を正す。
    「いけない、私ったら。……くるみ!?」
     目に飛び込んできた娘は、ちゃんと瞼を開けて母親を見上げていた。
    「おはよう、ママ」
    「くるみ……夢じゃないわよね?」
    「心配かけて、ごめんなさい」
    「何言ってるの! 私がもっとしっかりしていれば……よかった、本当によかった」
     微かに聞こえてくる母親の涙声を聞きながら、灼滅者達はそっと笑い合って。
     病棟が夕食の時間で慌しくなる前にと、足早に去っていく。
     冷えた空気の中沈んでいく現実の夕日は、温かな橙の光で街並みを照らしていた。
     明日もきっと、いい天気。

    作者:雪月花 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年11月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 4/素敵だった 9/キャラが大事にされていた 4
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